特集にあたって (特集 中国農業の持続可能性)
著者
山田 七絵
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
193
ページ
2-3
発行年
2011-10
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004129
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農業の持続可能性の系譜
農業の持続可能性 ( Ag ricultural Sustainability ) に 関 す る 議 論 は、 一 八 世 紀 末 に イ ギ リ ス の ト マ ス・ マルサスが著した「人口論」に端 を発する。彼は有名な「人口は制 限されなければ幾何級数的に増加 するが生活資源は算術級数的にし か増加しない」 という命題を示し、 このまま世界の人口増加が続けば いずれ潜在的な農業生産能力を超 え、人類は深刻な食糧難に直面す ると予言した。その後人口は急速 に 増 加 し た が、 後 に「 緑 の 革 命 」 と呼ばれた近代品種の導入と化学 肥料等の大量投入によって農業生 産性が著しく上昇し、 幸いにも 「マ ルサスの罠」は回避された。 「 緑 の 革 命 」 は 世 界 の 食 糧 問 題 を 解 決 し た か に み え た。 し か し、 石油由来の化学肥料、農薬などの 生産資材、灌漑用水の大量投入を 必要とする近代農業は世界各地で 環境破壊、食品汚染を引き起こし た。早くも一九六二年にはアメリ カの女性生物学者、カーソンが著 書「沈黙の春」のなかで近代農業 の危険性を指摘した。従来の農業 に関する議論が生産性に偏ってい たのに対し、同書は環境や人体へ の影響という新たな論点を投げか け、農業と環境問題に関する広汎 な議論を巻き起こした。 一九七〇~八〇年代は、資源依 存型の経済成長モデルに対する疑 問の声が上がり始めた時期であっ た。 「持続可能な開発」の概念は、 一九八七年の国連「環境と開発に 関する世界委員会」において初め て 提 唱 さ れ 、 一 九 九 一 年 に は F A O が持続可能な農業と農村開 発に関するデンボス宣言を採択し た。この議論の潮流は一九九二年 の「環境と開発に関する国際連合 会議」 (通称「地球サミット」 )に 受け継がれ、リオ宣言および行動 計画「アジェンダ 21」で国際的合 意 と し て 結 実 す る に 至 っ た。 ア ジェンダ 21の第十四条「持続可能 な農業と農村開発」の精神は、一 九九〇年代以降の各国の農業政策 にも引き継がれている。特に欧米 諸国の農業環境政策においては農 業が環境に与える正・負の影響を 評価し、政策に明示的に反映する 手法が広く採用されている。●
﹁持
続
可
能
な
農
業
﹂
と﹁
農
業の持続可能性﹂
各論に先立ち、本特集のテーマ 「 持 続 可 能 な 農 業( Sustainable Ag riculture )」 と「 農 業 の 持 続 可 能性」 の概念について整理したい。 先進国における農業と環境に関 する初期の取組みは、 市民団体等 により個別に行われており、 出来 る限り環境に負の影響を与えない 農業システム、すなわち「持続可 能な農業」をどう実現するか、と い う 問 題 意 識 か ら 始 ま っ た。 「 持 続可能な農業」とは有機農業、循 環型農業といった技術体系のみな らず、 技術普及、 狭義の地産地消、 産直提携等といった活動全般を含 む。どちらかといえば農業の技術 面を強調した用語である。地域の 自然環境に応じて、持続可能な農 業技術が異なるのは言うまでもな い。 やがて農業と環境の問題が政策 レ ベ ル で 議 論 さ れ る よ う に な る と、閉じたシステムとしての持続 性ではなく、農業の内的・外的な ショックに対するより広い意味で の対応能力、耐性、つまり「農業 の持続可能性」が重視されるよう になった。ここで考慮する要素は 生態学的な持続可能性、経済的な 持続可能性、社会・政治的な持続特集にあたって
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アジ研ワールド・トレンドNo.193 (2011. 10) 表 「農業の持続可能性」の系譜 年 出来事1798 Thomas Malthus(英)がAn Essay on the Principle of Populationを発表
₁₉₆₂ Rachel Carson(米)がSilent Springを発表
₁₉₇₂ Club of RomeがDonella Meadows(米)らによるThe Limits to Growthを発表
₁₉₈₁ Lester Brown(米)がBuilding a Sustainable Societyを発表
₁₉₈₅ Gordon Douglas(米)がAgricultural sustainability in a changing world orderを発表
1987 国連「環境と開発に関する世界委員会」(WCED)がOur Common Futureを発表
1991 FAOがDen Bosh宣言を採択(蘭)
1992 「環境と開発に関する国際連合会議」開催、リオ宣言採択
可 能 性 の 三 つ で あ る( 図 )。 生 態 学 的 な 持 続 可 能 性 が 主 に 技 術 に よって保証されるのに対し、経済 的持続可能性は農業の外部不経済 を補助金等の適切な農業環境政策 によって最適な水準へ導くことで 実現する。環境ビジネスの育成な ど担い手の支援も含まれよう。社 会・政治的持続可能性は、農業が 貧困削減や文化の保全などの社会 的意義を持ち、人々に支持される ことにより成立する。この三層構 造は、農業の持続可能性に関する 議論が生態学的に「持続可能な農 業」の追及を原点として次第に社 会を広く巻き込み、政策や社会の 意 思 決 定 に 影 響 を 与 え る よ う に なっていった発展過程と重なる。 注 意 し な け れ ば な ら な い の は、 社 会 の 特 徴、 経 済 発 展 の 段 階 に よって農業に求められる役割が異 なるという点である。中国では一 九九〇年代後半に食料自給を達成 するまで、一貫して生産性の向上 が農業の至上課題であった。巨大 な人口を抱える中国にとって食料 自給は依然最重要課題のひとつで は あ る も の の、 経 済 水 準 の 向 上、 国際市場とのリンクの深化に伴い 食品の安全性、品質に対する国内 外の要求が高まっている。また大 都 市 周 辺 地 域 に お け る グ リ ー ン ツ ー リ ズ ム の 盛 況 ぶ り を 見 れ ば、 農業の持つアメニティへの需要の 急速な拡大と農村経済の活性化へ の潜在力がみてとれるだろう。