座圧測定による感情状態推定の試み
木村 司
(大阪大学産業科学研究所)植山 七海
(関西学院大学文学部)片山 順一
(関西学院大学文学部/関西学院大学応用心理科学研究センター)Assessment of Emotional States by Measuring
the Pressure Exerted on the Seat
Tsukasa KIMURA
(The Institute of Scientific and Industrial Research, Osaka University
)Nanami UEYAMA
(Department of Psychological Science, Kwansei Gakuin University
)Jun ichi KATAYAMA
(Department of Psychological Science/Center for Applied Psychological Science,
Kwansei Gakuin University
)We developed a method for estimating people
’s emotional states by measuring the pressure exerted on their
seats. We focused on approach and avoidance behaviors associated with emotional states and evaluated positive
and negative emotions using the movement of a person
’s center of gravity by measuring the pressure on their
seats when they were watching positive, negative, or neutral film-clips. The results showed that the subjective
ratings of the films-clips fit the expected emotions. Moreover, participants
’center of gravity, as measured by the
seat pressure, was directed backward when watching negative film-clips. These results suggest that seat pressure
could be an alternative measure of negative emotions that does not interrupt a person
’s work or require attaching
sensors.
Key words: approach-avoidance, emotion, sensing method, seat pressure
【要 約】 本研究ではセンサの装着が不要であり,かつ着席中に常時データの取得が可能な座圧から感情状態の センシングを試みた。特に,感情状態に対応した接近回避行動に着目し,着席時の前後の重心移動からポジティ ブ感情とネガティブ感情のセンシングを試みた。この目的のため,ポジティブ動画,ネガティブ動画,ニュート ラル動画視聴時の座圧を測定し,座圧から計算された前後の重心移動と動画に対する主観指標を分析した。その 結果,動画の感情価に対応し主観指標は変化した。さらに,ネガティブ動画視聴時のみ課題早期から一貫した後 方への重心移動がみられた。これらの結果は,座圧を測定することでセンサ装着の負担や作業の中断なく,ある 限定されたネガティブ感情についてその代替指標となりうる可能性を示唆した。 2020.1.21受稿,2020.6.3受理,2020.06.13 J-STAGE早期公開,doi: 10.5674/jjppp.2001br 連絡者及び連絡先:〒567‒0047 大阪府茨木市美穂ヶ丘8‒1 大阪大学産業科学研究所 木村 司 E-mail: [email protected]
短 報
序 論 日常生活を送る中で,我々の心身の状態は絶えず変 化している。この状態の変化をセンシングするため, これまでに様々な指標や測定方法が考案されている。 その中でも,座圧データは車や飛行機,オフィスの椅 子 の 座 り 心 地(レ ビ ュ ー と し て,
Hiemstra-van
Mastrigt et al., 2017; Zemp et al., 2015
)や車いす使用 時 の 身 体 的 負 担 の 測 定(e.g., Cascioli et al., 2011;
Rosenthal et al., 1996
)など人間工学研究で用いられてきた。例えば,車の座席やオフィスで使用する椅子 を設計する際,着席時の座圧と主観的な座り心地の関 係を検討することで,座り心地が改良された椅子を開 発することができる(
e.g., Gyi & Porter, 1999; Vos et
al., 2006
)。これらの研究は,製品に対する快適性の 評価であるが,作業従事者の感情状態を測定する試み も始まっている。Beggiato et al.
(2018
)は自動車運転 シミュレーション時に不快と評定された区間での後方 への重心移動を報告した。そのため,座圧データは作 業従事者の感情状態を反映する指標となる可能性があ る。しかし,この研究では,ドライビングシミュレー タ上のハンドル操作を行うため腕を突き出す姿勢をと り,また,運転に伴う動作を行っている。このような 姿勢,動作を伴わない着席時の重心移動を検討するこ とで,運転中といった特定の状況に限定せず,感情状 態の変化に対応した生物の基本的な身体動揺を検討で きる可能性がある。また,Beggiato et al.
(2018
)では 感情状態の誘導は行っておらず,自動車運転シミュ レーション後,不快と感じた区間を事後的に評定させ ていた。そのため,実際に,不快感情が報告されたそ の区間でまさに不快感情が生じていたのか,また不快 感情が生じたタイミングで重心移動が生じていたかは 検証することができない。本研究では,特定の動作や 作業を求めない安静座位において,映像刺激によって 被験者の感情状態を誘導し,その際の重心移動をリア ルタイムで測定することで,座圧による感情状態のセ ンシングを試みた。 先行研究では,不快状態での後方への重心移動が報 告されているが(Beggiato et al., 2018
),これは感情 状態に対応した接近回避行動の結果であると考えられ る。環境内の刺激が自らにとってポジティブなもので あるかネガティブなものであるかの判断は,環境内で 生存するために必要である。そのため,ポジティブな 刺激に対してはそれを獲得するために接近し,ネガ ティブな刺激に対しては回避する指向システムをヒト は有していると考えられている(e.g., Frijda, 1986;
Lang et al., 1990
)。この関係は実際の身体動作として も現れ,感情価を有する刺激に対しレバーや腕の前後 動作によって反応させると,ポジティブな刺激に対し ては引き寄せる動作(i.e.,
接近行動)が適合し,ネガ ティブな刺激に対しては押し伸ばす動作(i.e.,
回避行 動)が適合すると報告されている(Solarz, 1960; Chen
& Bargh, 1999
)。Beggiato et al.
(2018
)の結果は,ネガティブ感情 (i.e.,
不快評定)に対する直接的な回避行動を示した 結果だと考えられるが,この研究では被験者が不快と 評定する区間を事後的に抽出し,座圧を含む各指標と の関係を検討していた。そのため,被験者の感情状態 の統制がされておらず,座圧測定による重心移動と感 情状態の関係は十分に議論されていなかった。そこ で,本研究では感情喚起刺激であるポジティブ動画, ネガティブ動画,ニュートラル動画視聴時の座圧を測 定し,その重心移動と感情状態の関係を検討すること で,座圧測定によるポジティブ,ネガティブ感情のセ ンシングを試みた。ヒトがポジティブな刺激,ネガ ティブな刺激に対する接近回避を指向するシステムを 有し,それが重心移動に表れるのであれば,ポジティ ブ動画視聴時には刺激呈示ディスプレイへの接近行動 (i.e.,
前方への重心移動)がみられ,ネガティブ動画視 聴時には刺激呈示ディスプレイからの回避行動(i.e.,
後方への重心移動)がみられると予測した。 方 法 被験者 大学生24
名(男性12
名,女性12
名,年齢範囲:18
―22
歳)が参加した。全ての被験者が実験参加に支障の 無い視力(矯正視力を含む)と聴力を有していた。本 実験は関西学院大学「人を対象とする行動学系研究倫 理委員会」の承認を受け実施した。質問紙の回答に不 備のあった2
名と座圧分布データに不備のあった3
名 を除いた19
名(男性11
名,女性8
名,年齢範囲:18
―22
歳)のデータを分析対象とした。刺激 感情喚起刺激として真田ら(
2019
)で用いられたポ ジティブ動画,ネガティブ動画,ニュートラル動画を1
本ずつ用いた。ポジティブ動画は,乳児が紙を破き 笑っている動画であった(96
秒)。ネガティブ動画は, ムカデがゴキブリを捕食する動画であった(83
秒)。 ニュートラル動画は,工場排水が流れる動画であった (85
秒)。各動画の呈示前には,黒い背景に白文字で 「3
・2
・1
」と10
秒間のカウントダウンが表示され, その後7
秒間の黒い背景がベースライン期間として表 示された。その後にポジティブ,ネガティブ,ニュー トラルのいずれかの動画が呈示された。 動 画 は17
イ ン チ 液 晶 デ ィ ス プ レ イ(DELL
社 製1708FPb
)と ス ピ ー カ(BOSE
社 製MM-1 2080353
) で呈示した。液晶ディスプレイ,スピーカと被験者間 の距離は約50 cm
に設定した。 主観指標 感情状態は多面的感情状態尺度短縮版(寺崎ら,1992
)を用いて測定した。本質問紙は40
項目8
因子 (抑鬱・不安,敵意,倦怠,活動的快,非活動的快, 親和,集中,驚愕)で構成され,各項目は「全く感じ ていない」から「はっきり感じている」までの4
件法で 測定された。 座圧分布測定 座圧分布はSR
ソフトビジョン数値版(住友理工株 式会社製SVZB4545 L
)で測定した。これは圧力セン サを内包したシートと,座圧分布を表示,収録するソ フトウェアから構成された。シートは縦横450 mm
(感圧範囲:縦横350 mm
)の正方形で,256
箇所(空 間分解能:縦横22 mm
)から圧力の測定が可能であっ た(測定範囲:20
―200 mmHg
)。サンプリング周波 数は5 Hz
であった。ソフトウェアではシートの各セ ンサで測定した座圧分布が表示可能であった(Figure
1
)。さらに,座圧分布から面圧中心点が算出可能で あった。面圧中心点は重心を真下に下ろした際のシー トの面との交点であり,重心が前方に移動すると面圧 中心点も前方に変化し,重心が後方に移動すると面圧 中心点も後方に変化した。なお,本研究では256
箇所 の一部で測定範囲の上限である200 mmHg
を超える 座圧が記録された被験者も含まれていた。予備実験の 結果から,測定範囲外のデータを含む場合でも面圧中 心点の算出は可能であり,重心移動の変化も測定可能 であったため本研究では測定範囲外のデータも分析に 含めた。 手続き 被験者が実験室に入室後,実験内容を説明しイン フォームドコンセントを得た。被験者には実験室内の 卓上に置かれた液晶ディスプレイの正面に座るよう求 めた。その際,椅子は背もたれのない丸椅子を使用 し,丸椅子にクッション(縦横37 cm
)を敷いた上にSR
ソフトビジョン数値版シートを設置した。被験者 の着席後,多面的感情状態尺度短縮版を用いて課題前 の感情状態に関する評定を求めた。評定後に90
秒間 の安静期を設け,その後ポジティブ動画,ネガティブ 動画,ニュートラル動画のいずれかを呈示した。動画 の呈示後,再び多面的感情状態尺度短縮版を用い動画 視聴後の感情状態に関する評定を求めた。評定後に90
秒間の安静期を設け,その後同様の手順で残りの 動画の視聴と動画視聴後の感情状態に関する評定を求 めた。各感情喚起動画は1
回ずつ呈示し呈示順は被験 者間でカウンターバランスした。 被験者へは,椅子に座る際にシートへ満遍なく座る ように指示し,シートの端にのみ座ることのないよう にした。また,実験中は目をそらさずにディスプレイFigure 1.
The screen for measuring the seat pressure.
Each grid is arranged according to the position of
each sensor
(256 points; spatial resolution: 22 mm by
22 mm
). The value of each grid is the value of seat
pressure measured by each sensor, and the higher seat
pressure is colored by red
(range: 20
‒200 mmHg
).
全体を見続けること,実験後に感想文を書くので集中 して見ることを指示した。さらに,動画視聴時の自然 な姿勢の変化を検討するため,被験者へは「椅子に敷 いてあるシートは温度を測定しています。心理学の実 験では姿勢を崩さないようにと指示がある場合があり ますが,今回の実験では姿勢の変化は体温に影響しな いので,意識せず,自然な姿勢で見てください。」と 教示した。
1
名あたりの実験所要時間は約40
分であっ た。実験後,被験者へは体温ではなく座圧測定を行っ ていたことを伝えた。 結果の処理 多面的感情状態尺度短縮版は各項目で「全く感じて いない」を1
点,「はっきり感じている」を4
点とし,8
因子の各因子に含まれる質問項目への評定値に対して 平均得点を算出した。各因子の平均得点について4
条 件(動画視聴前,ポジティブ動画視聴後,ネガティブ 動画視聴後,ニュートラル動画視聴後)の1
要因被験 者内計画による分散分析を行った。 座圧分布は各動画によって喚起される感情が接近回 避行動に影響すると予測し,面圧中心点の位置に注目 し分析した。面圧中心点を算出後,動画呈示前の黒い 背景が表示されている7
秒間の内,2
秒から7
秒まで の5
秒間の平均値をベースラインとし,それ以降の面 圧中心点の位置の値からベースラインを減算すること で変化量を算出した。また,各動画は時間長が異なっ ていたため,時間長の短いネガティブ動画に合わせ動 画呈示開始から81
秒間のデータを分析対象として切 り出した。さらに,81
秒間のデータを27
秒ごとに等 分し(前期・中期・後期),各期間内で面圧中心点の 変化量を平均化した。各動画と各期間における面圧中 心点の変化を検討するため3
動画(ポジティブ動画, ネガティブ動画,ニュートラル動画)×3
期間(前 期・中期・後期)の2
要因被験者内計画による分散分 析を行った。 本研究で行われた分散分析はすべて反復測定データ かつ3
水準以上であったため,Mauchly
の球面性検定 を行い球面性の仮定が成り立たなかった場合にはGreenhouse
‒Geisser
の自由度の修正を行った。また, 主効果が有意であった場合には,Holm
法を用い多重 比較を行った。分散分析における主効果および交互作 用の効果量は偏イータ2
乗(η
p2)を示した。これらの分 析はR 3.5.3
とその関数であるanovakun 4.8.2
(井関,2018
)を用いて行った。 結 果 主観指標Figure 2
は各条件における多面的感情状態尺度短縮 版の8
因子の全被験者(N
=19
)の平均得点を示してい る。活動的快や非活動的快,親和といったポジティブ な因子はポジティブ動画視聴後の得点が高く,敵意や 驚愕といったネガティブな因子はネガティブ動画視聴 後の得点が高いことが見て取れる。 各因子の得点に関して,動画に関する4
つの実験条 件の違いについて,1
要因被験者内計画による分散分 析を行った結果,すべての因子の得点において主効果 が有意であった。以下,因子ごとに主効果の統計量と 多重比較の結果を記す。 抑 鬱・ 不 安(F
(3, 54
)=7.51, p
<.001, ε
=.92, η
p2 =.29
)では,他の3
条件と比べポジティブ動画視聴後 の得点が低かった(ps
<.05
)。敵意(F
(3, 54
)=12.20,
p
<.001, ε
=.55, η
p2=.40
)では,他の3
条件と比べネ ガティブ動画視聴後の得点が高かった(ps
<.05
)。倦 怠(F
(3, 54
)=12.25, p
<.001, ε
=.74, η
p2=.40
)では, 他の3
条件と比べポジティブ動画視聴後の得点が低 か っ た(ps
<.05
)。 活 動 的 快(F
(3, 54
)=38.42, p
<.001, ε
=.78, η
p2=.68
)では,ネガティブ動画視聴後 とニュートラル動画視聴後に比べ,動画視聴前とポジ ティブ動画視聴後の得点が高く,また動画視聴前より もポジティブ動画視聴後の得点が高かった(ps
<.05
)。 非 活 動 的 快(F
(3, 54
)=23.07, p
<.001, ε
=.86, η
p2 =.56
)では,ネガティブ動画視聴後に比べ他の3
条件 で得点が高く,ニュートラル動画視聴後に比べ動画視 聴前とポジティブ動画視聴後の得点が高かった(ps
<.05
)。 親 和(F
(3, 54
)=61.49, p
<.001, ε
=.75, η
p2 =.77
)では,ネガティブ動画視聴後とニュートラル 動画視聴後に比べ,動画視聴前とポジティブ動画視聴 後の得点が高く,また動画視聴前よりもポジティブ動 画視聴後の得点が高かった(ps
<.05
)。集中(F
(3, 54
) =11.98, p
<.001, ε
=.68, η
p2=.40
)では,他の3
条件 に比べ動画視聴前の得点が高かった(ps
<.05
)。驚愕 (F
(3, 54
)=28.02, p
<.001, ε
=.71, η
p2=.61
)では,ポ ジティブ動画視聴後に比べ他の3
条件で得点が高く,動画視聴前とニュートラル動画視聴後に比べネガティ ブ動画視聴後の得点が高かった(
ps
<.05
)。これらの 結果から,ポジティブ動画視聴後はポジティブな因子 の得点が,ネガティブ動画視聴後はネガティブな因子 の得点が増加することが示された。 座圧分布Figure 3
(a
)は各動画視聴中の面圧中心点の前後移 動を示しており,各動画の視聴開始から81
秒後まで のデータに対し動画視聴前5
秒間のベースラインを減 算した差分を示している。差分値は正の値が大きくな ると前方(i.e.,
ディスプレイ方向)への重心移動を表 しており,負の値が大きくなると後方への重心移動を 表している。ネガティブ動画では,動画視聴開始直後 から後方への重心移動がみられる。Figure 3
(b
)はFigure 3
(a
)のデータを27
秒ごとに等分し,各期間 (前期・中期・後期)において面圧中心点のベースラ インからの差分値を平均したデータを示している。Figure 3
(b
)で示される各動画,期間での面圧中心 点の変化量に対し3
動画×3
期間の2
要因被験者内計 画による分散分析を行ったところ,動画の主効果のみ が み ら れ た(F
(2, 36
)=4.64, ε
=.95, p
=.02, η
p2 =.21
)。多重比較の結果,他の2
動画と比べネガティ ブ動画では負の値が大きく,後方への重心移動がみら れ た(ps
<.05
)。 期 間 の 主 効 果(F
(2, 36
)=1.85, ε
=.62, p
=.19, η
p2=.09
)と交互作用(F
(4, 72
)=2.49, ε
=.37, p
=.11, η
p2=.12
)は有意ではなかった。これら の結果から,ネガティブ動画視聴による後方への重心 移動が示された。Figure 2.
The mean scores of emotional ratings. The error bars indicate the standard errors.
Figure 3.
The movement of subjects
’center of gravity along the longitudinal direction
(a
)while they were
watching movies, and
(b
)in each time period. The positive value means the movement of forward direction, and
考 察 本研究はセンサの装着が不要であり,かつ座位作業 中に常時データの取得が可能な座圧を用いて,動画を 視聴することで喚起したポジティブ感情,ネガティブ 感情,およびニュートラルな状態が,重心移動に反映 されるのかを検討した。 その結果,多面的感情状態尺度短縮版による主観指 標では,各動画に対応した感情が喚起され,これらの 動画による感情状態の操作が適切であったことを示し ている。面圧中心点では,ネガティブ動画視聴中に, 一貫して負の値になることが示され,重心が後方に移 動することが示された。 本研究ではネガティブ刺激に対する姿勢の変化がみ られたが,ネガティブ感情を喚起させる刺激は心身を 害する対象との関連が強く,これらの害を避けるた め,生物はネガティブな刺激を回避する指向システム を有していると考えられている(
Frijda, 1986; Lang et
al., 1990
)。そのため,本研究の結果もネガティブ動 画視聴によってネガティブ感情が喚起され,ネガティ ブな刺激を回避する指向システムによって動画が呈示 されるディスプレイから離れるように身体を移動させ た結果であると考えられる。これは事後的に報告され た不快状態に対する座圧を検討した先行研究の結果と 一致する(Beggiato et al., 2018
)。また,この動画間 での重心移動の結果は動画視聴後早期にそして視聴中 一貫してみられたことから,ネガティブな感情状態に よる重心移動は刺激呈示後早期にそして一貫して生じ ることを示している。 このような座圧測定による感情状態のセンシング は,センサの装着やそれによる拘束がなく,座席に シートを設置することで被験者の作業を中断させず, かつ作業中のリアルタイムな反応を取得可能である。 このような非拘束性,リアルタイム性は本指標の利点 であると考えられる。 しかし,本研究には座圧測定の手法やデータ分析に ついて検討すべき点が残されている。本研究は経時的 な座圧測定による感情状態のセンシングを試みている が,座席にクッションを置いた工夫やセンサの測定上 限を超えるデータの扱いなどに定まった方法は存在せ ず,探索的な研究にとどまっている。本研究では心拍 変動や皮膚電気抵抗の実験でしばしば用いられる区間 平均の分析方法を参考に,動画視聴中の面圧中心点を 前期,中期,後期の区間に分割し平均した。この分析 方法は各期間での重心移動を検討可能であるが,記録 の即時性という座圧の指標のメリットを生かした方法 とは言い難いものとなっている。例えば,脳波では時 系列変化の分析方法として,point wise t test
(Guthrie
& Buchwald, 1991
)やジャックナイフ法(Kiesel et al.,
2008
)などが考案されており,これらの方法を参考に 分析方法の更なる検討が必要である。 また,重心移動が持つ感情状態への時間感度も考慮 する必要がある。Figure 3
(a
)の結果から,本研究で はネガティブ動画の視聴開始直後から一貫して後方へ の重心移動がみられた。これはネガティブ感情が喚起 された直後からその効果が重心移動に表れたことを示 しているが,感情状態が重心移動に現れるまでの時間 は不明瞭である。また,感情状態のみならず,動画内 の特定のイベントに対する一過性の反応の有無や,そ の反応が重心移動として惹起するまでの時間も明らか ではない。測定対象である感情の時間変化特性を明ら かにすることにより,時系列分析の最適な時間分解能 を探ることが求められる。 一方,ポジティブ動画,ニュートラル動画視聴時で は前方,または後方への重心移動はみられなかった。 起立時の重心移動を指標とした一部の先行研究では, ポジティブな刺激に対する前方への重心移動が報告さ れている(Eerland et al., 2012
)。これは用いた刺激の 覚醒度とポジティブな刺激の文脈依存性が影響してい た可能性がある。本研究では,ポジティブ動画として 乳児が紙を破き笑っている動画を用いた。乳児は“か わいい”と評定され,“かわいい”は接近動機が伴うポ ジティブ感情であることが示唆されている(井原・入 戸野,2012; Nittono et al., 2012
)。しかし,本研究に おいても,起立時の重心移動を指標とした先行研究に おいても,乳児を含む視覚刺激に対する重心移動はみ られなかった(e.g., Hillman et al., 2004
)。Hillman et
al.
(2004
)は,乳児や家族といった視覚刺激は食料や 性的な刺激に比べ覚醒度が低く,重心移動を促さな かった可能性を指摘している。例えば,本人が空腹で あるという文脈が存在するときは,即時に食べ物とい う刺激への接近行動が生じると考えられるが,満腹で あるという文脈では行動は遅くなる,または行動をし ないことも考えられる。そのため,今回の結果からポジティブな刺激に対して全般的に重心移動が生じない と結論づけることはできず,刺激の文脈と覚醒度を統 制した上で,今後の研究が必要であると考えられる。 将来的には,座圧変化の潜時と強度を組み合わせ利用 することで,本人の置かれた文脈の違いや接近動機の 強さを推測することも可能となることが期待される。 最後に,各感情状態に対する重心移動の変化の一貫 性と,感情状態をどの程度,重心移動から分類可能で あるかを考慮する必要がある。本研究では真田ら (
2019
)の実験刺激を用い感情状態を誘導した。主観 計測の結果から,動画刺激によってポジティブとネガ ティブ感情の喚起は確認されたが,同じ感情価を持 つ,例えば聴覚刺激などの別の刺激でも本研究と同様 の重心移動が生じるかについては検討する必要があ る。また,ポジティブ刺激において,乳児の刺激が必 ずしも接近行動を誘導しないことと同様に,ネガティ ブ刺激においても,刺激の内容や,導かれるネガティ ブ感情の覚醒度などが回避行動に影響する可能性があ る。例えば,本研究では敵意の増加が認められたが, 敵意は攻撃行動と関連した接近的な不快感情とも考え られる。そのため,重心移動と感情状態の分類につい ては更なる検討が必要であり,その感度によって座圧 データの適用範囲や用いる主観評定も考慮する必要が あると考えられる。 本研究は,座圧を測定することでセンサ装着の負担 や作業の中断なくネガティブ感情のセンシングが可能 となることを示した。測定のための制約が少ない座圧 による感情状態のセンシングは,多くの実験環境や日 常的な場面で継続的なセンシングが可能である。しか し,座圧データの分析方法や時系列変化の特性,心理 反応との対応や適用範囲は更なる検討が必要である。 これらの検討により,実験場面や実社会において,拘 束感が小さく,様々な感情状態のセンシングが可能な 見込みのある評価方法の確立が将来的に期待される。 謝 辞 本研究は文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支 援事業(2015
―2019
年度,事業番号S1511032
)の 補助を受け,植山七海の関西学院大学文学部卒業論文 研究として実施された。 引用文献Beggiato, M., Hartwich, F., & Krems, J.
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寺崎 正治・岸本 陽一・古賀 愛人(