1.はじめに 近年,「価値評価研究(valuation studies)」が 興隆している.会計学研究においても,実践への 注目や複数性への言及など「計算の会計学派」と 呼ばれるスクールは,価値評価研究ときわめて近 いアプローチを採用してきた.価値評価が現代社 会の隅々にまで及んでいるという観察を背景に, 同様の研究が多くの人文・社会科学研究において おこなわれてきており,近年の価値評価研究はそ れらを体系化することを目指している.
■ 特 別 寄 稿 論 文
Abstract : The aim of this paper is to describe how Japanese accounting rules for nuclear power have been changed after Fukushima accident in reference to the framework of valuation studies which stresses the importance of investigating process and practices. The paper employs the concept of “plasticity” of accounting which means the accounting nature to be easily moulded or to undergo a permanent change in shape. The paper will reveal that the accounting has been changed in 2013, 2015, and 2018 for decommissioning and in 2016 for reprocessing of spent fuels in terms of their definitions of costs, classification of assets and procedures to calculate liabilities and losses. It will be argued that the accounting for nuclear power is not a single, universal technique but could be different in different time and space.
Keywords : accounting for nuclear power, decommissioning, reprocessing of spent fuel, Japan energy policy, Fukushima accident
立命館大学 金森 絵里
*Ritsumeikan University Eri KANAMORI
The Plasticity of Accounting for Nuclear Power
* 立命館大学 経営学部 教授
原発会計の可塑性
本稿は,福島第一原子力発電所事故後の日本の 原発会計を取り上げ,価値評価研究ないしは「計 算の会計学派」による研究に依拠しながら,その 「可塑性」を指摘することを目的としている.そ のことによって,原発の経済性が厳然たる実体と して自然に存在するのではなく,社会的文脈のな かで創造されるものとして理解できることを示し たい.なお,原発会計は世界的にも研究が決して 多いとは言えないが,価値評価研究や上述の会計 学派の研究においてたびたび言及されており (Power, 2007; Mennicken and Power, 2015 な ど),それらのアプローチを採用する対象として 適切な事例のひとつであると考えられる.第 2 節と第 3 節では価値評価研究を概観すると同 時に「可塑性」という分析視角について説明する. 第 4 節ではエネルギー政策においては「統一的」 「客観的」「科学的」な評価によってエネルギーが 選択されると考えるが,その具体化であるコスト 評価は可塑的で複数性を有することを紹介する. 第 5 節と第 6 節では,原子力発電設備の廃炉に係 る会計を,第 7 節では使用済燃料の再処理に係る 会計を取り上げ,それぞれの可塑性について検討 する.第 8 節ではこれらの可塑性を踏まえ,「科 学的」な原発会計のありかたについて展望する. 2.価値評価研究の興隆 近年,「価値評価研究(valuation studies)」が 興隆している.「価値評価」の定義は一様ではない (Kjellberg et al., 2013, pp. 17-21)が,「ものを測 り(gauge),それらを査定し(assess),それら を格付け(rate),それらに貨幣的価値を与える (put monetary value)といった現代社会における 傾向」(Helgesson and Muniesa, 2013, p. 2),もし くは「価値を生産し(produce),拡散し(diffuse), 査定し(assess),制度化する(institutionalize)」 (Lamont, 2012, p. 203)といった現象がそれにあ たる.したがって,定量化(quantification)も しくは貨幣的評価(monetary valuation)が価値 評価のひとつの重要な形であるが,必ずしもそれ に限定されるわけではない.すなわち,査読(peer review)のような人間の判断という形態も価値 評価には含まれる(Lamont, 2012, p. 204). 価値評価研究が興隆しているのは特定の学術分 野ではない.社会学,経済社会学,科学技術研究, 経営学と組織論研究,社会文化人類学,歴史学, 市場研究,制度派経済学,会計学,文化地理学, 哲学,文学研究といった人文・社会科学のほとん どの学問領域において価値評価研究がおこなわれ ている(Helgesson and Muniesa, 2013; Kjellberg et al., 2013).それは,価値評価のない領域を見 つけることが難しいくらいに,価値評価という現 象が今日の社会に広くいきわたっているからであ る1).近年の価値評価研究は,これまで相対的に 独立しておこなわれてきたこれらの異なった分野 における個別の研究を,体系化することを目指し ている(Lamont, 2012, p. 204). 価値評価が重要なのは,それが社会に影響を及 ぼすからである.例えば,人々は,映画を見に行 くときに,映画評論家のレビューに基づいて選ん だり,上映第 1 週の興行収入に基づいて選んだり する.この場合,映画評論家のレビューや上映第 1 週の興行収入は,単にその映画の価値を評価し ているのではなく,実際の人々の行動に影響を及 ぼしている.同様のことは,銀行が融資をおこな う際の信用度を評価する利子率,環境破壊の程度 を評価する経済的損失額,大学人の評価を示す研 究費の獲得金額,といった現象にもみられる (Helgesson and Mniesa, 2013, p. 3).つまり,価 値評価はただ存在するのではなく,結果として社 会秩序を形成しているのである(同上). したがって,価値評価研究の対象は,個人の心 の中に生じる価値評価ではなく(これは認知心理 学の主要関心事である),人々が(特定のあるい は一般的な)他者と潜在的にもしくは明示的に対 話をおこないながら実際に時間を使っておこなう 価値評価実践(valuation practices)に限定され る(Lamont, 2012, p. 205).前者は他者とのかか わりがないことから社会的影響力を持たないが, 後者は社会に影響を及ぼす価値評価だからであ る2). 価値評価研究の目的のひとつは,所得格差や「勝 ち組がすべてを獲得する社会(winner-take-all society)」が拡大するなかで,現代社会の動態を 理解することにある(Lamont, 2012, p. 202).価 値評価研究は,(移民排斥や人種差別,貧困,富 の再分配といった)現代社会が直面する主要な社 会問題のいくつかに極めて目的適合的であると考 えられている(同上).すなわち,不確実性が高 まり,金融,環境,生活などのさまざまな側面で リスクが高まっている現代社会において,価値評 価や計算という実践を分析することが,これらの 問題群に対する重要な手掛かりを提供してくれる (國部,2017,pp. 40-42)のである3).
会計学の観点からみると,価値評価プロセスを 理解するにあたって,何が価値あるものなのかを 説明する計算インフラは重要であり,この計算に 対する関心を,会計学という社会科学と価値評価 研究は共有している(Mennicken and Sjögren, 2015, p. 1).1970 年代以降,会計学者は計算とい う実践の研究に 40 年以上関心を持ち続けてきた (Hopwood, 2007).それまで会計は,組織的業績 を評価し財務的非財務的資源配分の意思決定を行 うための手段であるという道具主義的な見方をさ れており,そのような見方は疑う余地がないと思 われていたが,それを批判し,会計は単なる技術 ではなく行動学的でプロセス志向の現象であると みることによって,社会科学としての会計学は出 現したのである(Mennicken and Sjögren, 2015, p. 2).1980 年代には,会計学者は,会計実践 (accounting practices)と組織化の方法(modes
of organizing)と,そしてより一般的な経済化 (economizing)という社会的プロセスに言及する ようになった(Miller and Power, 2013, p. 558). すなわち,会計学という社会科学と価値評価研究 は,プロセス志向で実践志向なものの見方と,計 算による利害調整が「どのように」行われている か に 対 す る 関 心 を 共 有 し て い る の で あ る (Mennicken and Sjögren, 2015, p. 2).
このような会計学研究は日本語でも紹介され, 日本においてもなじみ深いものになっている.「計 算の会計学派」(國部,2017,p. 32)と呼ばれる 研究スクールの研究がそれにあたるが,例として 日本でも翻訳書が出版されたこの領域の近年の代 表的論者の研究書 2 点を取り上げて,この領域の 具体的な研究内容を概観するとともに,当該会計 学研究と価値評価研究との関連性や類似性を確認 すると以下のとおりになる. 第 1 に,「監査」に関する会計学研究(Power, 1997)がある.監査とは,狭義には企業の会計監 査を指すが,広義には検証・審査・検査・チェッ クあるいは評価などの類似の活動にまで拡張して 理解できる(Power, 1997, p. 3, 訳 p. 4).1980 年 代の終わりから 1990 年代の初めにかけて,イギ リスでは「監査」という言葉がさまざまな文脈で ますます頻繁に使われ始めるようになった(同 上).会計監査による民間の企業会計に対する規 制に加え,環境監査,VFM(Value for Money) 監査,経営監査,不正捜査監査,データ監査,知 的財産監査,医療監査,教育監査,技術監査など の実務が定着したのである(同上).同様の「監 査社会」といもいうべき状況は,日本でもみられ る.「会計監査の強化が叫ばれ,保証業務が次々 に拡大し,パブリックセクターの効率的な管理が 至上命題とされ,品質監査や環境監査の国際規格 の取得が奨励され,国立大学を独立法人化して第 三者機関の評価にさらそうとする現在の日本の状 況は,まさに監査社会の道を邁進している」(國部, 2003,p. 238).このようなチェック機能の爆発 的拡張や「被監査者(Auditees)」人口の増加は, 何を意味するのか,その本質は何か,どのような 影響があるのか,といったことが研究されてきた. 監査は監査対象が適正か適正でないかという価値 評価をおこなうことであり,広義の「監査」概念 が価値評価概念と非常に密接に関連していること は明白である4). 第 2 に,「リスク管理」に関する会計学研究 (Power, 2007)がある.「リスク管理」という概 念は,保険や工学の分野で生まれたものであるが, 1990 年代の半ば以降,組織をいかに統治し構成す るかということに関係するようになった(Power, 2007, p. 3,訳 p. 3).伝統的に環境・健康・安全・ 社会政策といった領域でリスク分析が行われ, ファイナンスの領域ではネガティブであれポジ ティブであれ期待される結果のボラティリティと いうテクニカルなものとしてリスクが捉えられ, 経営学や政治学の領域では企業や価値創造とリス クが密接に関連づけられてきたように,リスクと いう概念自体は本質的に論争的である(同上). それにもかかわらず,むしろそうだからこそ,か つてないほどに社会的・政治的・組織的重要性を 獲得してきた(同上).何をリスクと捉えるか, それをどのような基準やガイドラインのなかに表 現し落とし込むか,といったことはプロセスや社
会的文脈に依存するが,その一連の実践を研究対 象として設定し,それが組織のありようにいかな る影響を及ぼすのかに関する分析がおこなわれて きた.価値評価研究と極めて近いアプローチが採 用されているといってよい. このように,日本語でこれらの会計学研究が翻 訳され紹介された一方,日本においても同時期に, この領域と重なる研究が展開されてきた.その一 例が,これまで経済学において排除されてきた 「計算」という実践に着目する研究(國部他, 2017)である.新古典派経済学においては,経済 人という「完全に合理的な人間」を前提として, それに対するインプットとアウトプットの変数関 係として経済活動を認識するが,完全に合理的な 人間などは存在しないので,不完全な人間がどの ようにして経済活動を行っているのかという側面 は分析対象から排除されてきた5)(國部他,2017, p. 20).ところが,この経済学からは排除された 領域において企業や市場がそれなりに体系的に動 いているのであり,そこにおける人間の行動様式 の内的合理性を分析する必要がある(國部他, 2017,p. 25).そのような内的合理性は何らかの 計算に基づいているが,その計算実践に関する研 究は経営学と会計学の分野で行われてきた.現実 的な人間は不完全である以上,その計算は,無分 別なものかもしれず,盲目的なものかもしれず, 不十分なものかもしれない(同上).とはいえ, そうした計算こそが,一人の個人あるいは複数の 個人に対し,希少資源をしかじかの目的に割り当 てるという意思決定や行動や経済的現実を生み出 している(國部他,2017,p. 26).さらに,この ような資源配分に影響を及ぼすという意味で,計 算は権力の行使や一元的な価値判断に結びついて いるので,これらの弊害に対抗することを考える ならば,計算を民主的な方向へ多元的に再構成す ることが有効である(國部,2017,pp. 38-42). このような,実践に着目し,プロセスを重視する というアプローチや,そのプロセスないし実践が 現代社会に与える影響に注目するという点は,ま さに価値評価研究と軌を一にしているといえる. このように,「監査」「リスク管理」「計算」といっ た実践を対象にした会計学研究は,価値評価研究 と同様に,人間がなぜそのような意思決定をし, そのような行動をとるのか,それによってどのよ うな社会的影響がもたらされるのかといったこと を,明らかにするひとつの分析視角を提示してき た.これは,環境破壊や経済的格差といった現代 的な諸問題がなぜ引き起こされたのか,それを解 消するにはどうすればよいのか,といった課題に 取り組むにあたり,ひとつの有効な理論的枠組み を提供する価値評価研究のなかで,企業や組織や 市場といった経済的側面に関わる部面を担うもの であると位置づけられるであろう.本稿との関連 でいえば,2011 年の福島第一原子力発電所事故 はなぜ起こってしまったのか,1945 年に原子爆 弾の市街地爆発を経験した国がなぜ世界有数の原 発推進国になったのか,あるいは福島第一原子力 発電所事故が起きてもなぜ原発優遇政策が採用さ れつづけるのか,といった社会的な課題に対して, 「計算の会計学派」が採用する方法論は,その経 済的側面において一定の有効な分析を可能にする といえる. しかしながら,この研究方法については,現時 点では未だ限定的なものといわざるをえない.な ぜならば,第 1 に,「価値評価研究(Valuation Studies)」という雑誌が創刊されたのは 2013 年で あることにみられるように,価値評価研究という 領域はまだ十分な研究蓄積や学術的な歴史がある とは必ずしもいえず,さまざまな領域の知見を集 合させる途上にある段階だからである(Doganova et al., 2018).少なくとも,例えば新古典派経済 学が世界的に標準化されたテキストを用いて教育 され,普及している状況と比較すると,必ずしも 一般化しているとはいえない.第 2 に,各国にお いて政策に適用可能な「答え」を次々と提案する 新古典派経済学とは異なり,価値評価研究はプロ セスを重視するという特徴にみられるように,必 ずしも啓蒙的な結論を導き出すことに急がない. これは慎重かつ誠実な研究姿勢ではあるが,同時
に「科学的エビデンスに基づいた政策(evidence-based policy)」を標榜する政策論者や市民にとっ ては若干頼りないものに映るであろう.もちろん, 「科学的エビデンス」という言説自体が,その表 現から察せられる頑健性とは裏腹に,「無分別な ものかもしれず,盲目的なものかもしれず,不十 分なものかもしれない」ということを指摘するこ とは重要である.とはいえ,具体的な「処方箋」 が科学研究には求められていることもまた事実で あり,それにもかかわらず,その期待に応えるよ うな何らかの回答を,新古典派経済学と同じ程度 に一般的なものとして用意する段階にまでは価値 評価研究は至っていないと思われる. 本稿では,以上のような価値評価研究の意義と 限界を踏まえつつ,一足飛びに結論や解決策を提 示することは直ちにはできないにしても,やはり 現実世界の問題を具体的に解決することを目指す のであれば,実践プロセスに着目することが不可 欠であるとの観点から,価値評価研究の経済的側 面としての会計学研究の枠組みに則り,福島第一 原子力発電所事故後の日本における原発会計を分 析することを試みたい.具体的には,福島第一原 子力発電所事故後の日本の原発会計における「可 塑性」を指摘することによって,原発の経済性が 厳然たる実体としてではなく社会的文脈のなかで 創造されるものとして理解できることを示した い6).なお,原発会計は世界的にも研究が決して 多いとは言えないが,価値評価研究や上述の会計 学派の研究においてたびたび言及されており (Power, 2007; Mennicken and Power, 2015 な ど),このアプローチを採用する対象として適切 な事例のひとつであると考える.
3.「計算の会計学派」と可塑性
これまで,「計算の会計学派」は経済的価値の 計算における価値評価の複数性(plurality)を強 調してきた(Mennicken and Sjögren, 2015, p. 3). 例えば資産評価における歴史的原価対公正価値, 資本予算編成における資本と時間の多様な計算方 法などである(同上).つまり,会計は「可塑的 (plastic)」である.なぜなら,方法論的にも多様 であるし,会計概念と会計技術の中に取り込まれ る価値の領域も多様だからである(同上).なお, 「可塑性(plasticity)」とは,オックスフォード 英語辞典によると「成形が容易であること,また は形状が恒久的に変化すること」(the ability to be easily moulded or to undergo a permanent change in shape)である.
「可塑的」とは,安定的であると同時に不安定で あるという性質である(Mennicken and Power, 2015, p. 210).会計が安定的なのは,フィクショ ンを作り出すにあたって制約を受けるからであ る.例えば,現実的な取引に基づいていなければ ならない,貸借対照表の形式は規定されているひ な形を守らなければならない,など,特定の制度 的義務に注意を払う必要がある(同上).しかし 会計は,一般に考えられているよりも安定的でも なく耐久的でもない.例えば,博物館の文化遺産 の例がある.もし博物館が独立した会計的すなわ ち経済的実体であれば,遺産は貸借対照表の「資 産」となり,その経済的パフォーマンス(すなわ ち入館料を支払う訪問者)の観点から価値評価さ れる.しかし,もし博物館が社会と将来世代のた めにそのような遺産を信託されているとみなせ ば,それらは博物館が負っているもの,すなわち 「負債」である(同上).つまり,何かが貸借対照 表のどちら側に計上されるかということは自然で 明白な事実ではないのである(Mennicken and Power, 2015, p. 212). 「可塑的」な会計の歴史的な実例として,1970 年代の付加価値会計,1980 年代のブランド会計, 2000 年代の公正価値会計と減損会計が挙げられ ている(Mennicken and Power, 2015).その概 略は以下のとおりである. 付加価値会計は,企業の利益ではなく付加価値 を計算する会計で,株主や経営者のみならず労働 者や国などの利害関係者に対する分配を明らかに することを目指して,1975 年にイギリスで提唱 された.会計とは何かという会計専門職の関心と, 生産性をより可視化するというマクロ経済的な狙 いと,労働党政権と労働組合の「産業民主主義」
づいた交換から得られた価値という定義を採用す るという会計のファイナンス化(financialization of accounting)であった.しかし,このような傾 向には反対も多い.実は,会計のファイナンス化 は,会計外部からの要請ではなく,会計専門職内 部での理想主義者とプラグマティストとの争いと みることができる(Mennicken and Power, 2015, pp. 217-220).理想主義者は金融経済学から引き 出された価値評価モデルという「信頼性(reliabil-ity)」を重視し,プラグマティストは計上された 利益の「実現可能性(realizability)」を重視する (同上).金融危機を契機に,公正価値会計への全 面移行は勢いを失い,価値評価の複数主義への回 帰がみられる(同上). 減損会計は,資産の簿価が減損している場合に, その簿価を切り下げる会計である.経営者は,毎 期,資産の回収可能価額(recoverable amount) が簿価よりも低くなっていないかどうかを確認す る減損テストをおこなう.毎期,前年度の数値を 見 直 す と い う の は ま さ に「 可 塑 的 」 で あ る (Mennicken and Power, 2015, pp. 220-222). ま た,回収可能価額は,公正価値か使用価値のいず れか高い方が採用され,この意味で,市場志向の 価値評価と経営者志向の割引将来キャッシュ・フ ローの見積もりという 2 つの価値評価が適用され る.これは価値評価の複数性を表している(同上). さらに,このような減損会計が制度化されたのは 1980 年代後半であるが,資産の評価減は 100 年 以上前から存在しており,保守主義や慎重性の原 則のもとで確立していた.にもかかわらずこの時 期に改めて制度化されたのは,会計が何らかのア ルゴリズムに従って技術的に形成されるのではな く,感情や儀式や他者への依存-他者の判断や経 験や嗜好によって形成される,複雑で分散した 人々の努力の結果だということを示している(同 上). このように,会計の手続きは決して価値中立的 ではなく,何を評価するかという認識対象の決定 において価値判断を伴っており,その評価につい ても特定の時間と空間にのみ適用される一時的な に対する関心という 3 つの要素がうまく接合した
のである(Mennicken and Power, 2015, pp. 208-209).しかしこの会計イノベーションは短命で あった.保守党が 1979 年に政権につくと同時に 消滅したのである.この付加価値会計の事例は, 価値評価が一時的な性質を持つということ,時間 とともに変化すること,空間も限定されているこ とを示している(同上). ブランド会計は,企業の貸借対照表にブランド という無形資産を計上する会計である.会計専門 家にとってブランドは資産として「信頼性がなく (unreliable), 主 観 的 す ぎ る(too subjective)」
とみなされたが,マーケティングや資本市場にお ける企業価値の観点からみるとブランドこそが企 業の比較優位の源泉であった.したがってそのよ うな価値を持つブランドは資産として計上される べきであり,仮にブランドが計上されなければ企 業価値が過小評価され,企業は買収の脅威にさら されるとみなされた.このブランド会計の事例が 示すのは,ブランドを計上するという一見技術的 な評価(・監査・その他の検証)プロセスが,実 際はブランドという対象の説明や対象そのものを 同時に生み出しており,したがって何を価値評価 するのかという議論に結びついているということ で あ る(Mennicken and Power, 2015, pp. 215-217). 公正価値会計は,公正価値という実際のもしく は架空の市場における価値で資産(と負の資産と しての負債)を評価する会計である.伝統的に, 会計においては,市場における価値(市価)に加 えて,取得原価・取替価額・使用価値・正味売却 価額などの複数の価値評価が併存してきたが, 2000 年代の公正価値会計は,資産評価を公正価 値に一本化するという試みであった.当時,機械 などの伝統的な資産よりもデリバティブのような 金融商品が貸借対照表において高い割合を占める ようになってきていたことを追い風に,市場にお ける交換を志向する公正価値会計は推進された. それは,金融経済学から引き出された価値評価技 法を会計測定に適用し,資本市場や資本市場に基
性質を有している.貸借対照表に資産(や負の資 産としての負債)の一覧を掲載し,その価値を一 元的に決定するという会計は,一見,あたかも技 術的に客観的におこなわれているかのような印象 を与えるが,実は,さまざまな社会的文脈のなか で行動する現実世界の人間による,より複雑な価 値評価プロセスなのである.会計に関するこのよ うな理解は,会計学者にとっては決して目新しい 内容ではない.しかし,日本にかぎらず国際的に も,原発会計にかかるこのような「可塑性」が指 摘されたことはほとんどない.本稿では,福島第 一原子力発電所事故後の原発設備の廃炉に係る会 計処理(以下,「廃炉会計」という)と使用済核 燃料の再処理に係る会計(以下,「再処理会計」 という)を取り上げて,その制度化過程や帰結に ついて描出し,その可塑的な性質を指摘する.な お,廃炉会計と再処理会計の検討に先立ち,原発 の経済的側面に関する議論において焦点となるエ ネルギーコストの議論についても,上述の観点か ら整理する. 4.「電源別のコスト検証」から「エネルギー システム間のコスト・リスク検証」へ 2018 年 7 月,日本政府は「第 5 次エネルギー 基本計画」(経済産業省,2018)を閣議決定した7). そのなかでは,日本が抱える構造的課題(資源の 海外依存による脆弱性,人口減少等による需要構 造の変化,新興国の需要拡大による資源価格の不 安定化,世界の温室効果ガス排出量の増大等)と エネルギーをめぐる情勢変化(脱炭素化に向けた 技術間競争,地政学的リスク,国家間・企業間の 競争の本格化)を踏まえて,2030 年に向けた基 本的な方針・政策対応と,2050 年に向けたエネ ルギー転換・脱炭素化へのシナリオが示された. 国のエネルギー政策の目標ともいえる 2050 年 に向けたエネルギー転換・脱炭素化へのシナリオ を設計するにあたっては,3 つの新たな点,すな わち「より高度な 3E+S」,「科学的レビューメカ ニズム」,「脱炭素化エネルギーシステム間のコス ト・リスク検証」が導入された.エネルギーコス トの観点から重要なのは,「脱炭素化エネルギー システム間のコスト・リスク検証」という概念が 導入されたことである.ただ,上述の 3 点はそれ ぞれが連動しているとされるので,以下で順に確 認する. 「より高度な 3E+S」とは,従来の「3E+S」を 「より高度」にしたものである.従来の「3E+S」 とは,「日本のエネルギー政策の基本視点」(経済 産業省,2018,p. 12)であり,「安全性(Safety) を前提とした上で,エネルギーの安定供給(Energy Security)を第一とし,経済効率性の向上(Eco-nomic Efficiency)による低コストでのエネルギー 供給を実現し,同時に,環境への適合(Environ-ment)を図るため,最大限の取組を行う」(同上) という原則である.それは,①安全最優先,②資 源の自給率向上,③国民負担抑制,④低炭素化, とも言い換えられている(資源エネルギー庁, 2018,p. 71).第 5 次エネルギー基本計画では,「長 期のエネルギー転換に向けては,より複雑で不確 実な状況下においてエネルギー選択を行っていく ことが求められる」(経済産業省,2018,p. 96) として,「より高度な 3E+S」が提唱された.「よ り高度な 3E+S」では,①安全最優先を,技術革 新とガバナンス改革による安全の革新により実現 する,②資源自給率に加え,技術自給率の向上と さまざまなリスク8)の最小化のためのエネルギー 選択の多様化を確保する,③環境適合においては, 脱炭素化への挑戦に取り組む,④国民負担抑制に 加え,自国産業競争力の強化を図る,という 4 点 をエネルギー選択の評価軸とするとされている. 「科学的レビューメカニズム」とは,「『より高 度な 3E+S』を満たすエネルギー選択を適切に実 行していくため,最新の技術動向と情勢を定期的 に把握し,透明な仕組み・手続きの下,各選択肢 の開発目標や相対的重点度合いを柔軟に修正・決 定していく」(経済産業省,2018,p. 96)しくみ とされる.このメカニズムによってエネルギー選 択が具体化されるが,その際には,以下のような 多層的な検証が行われるとされる.すなわち,① 内外の人的ネットワークを駆使した情報収集・解
析,②統一的な評価軸での技術の比較検証,③各 技術が内包する多様なリスクの定性・定量的評 価,④各技術に関する自国産業の比較優位の検証, ⑤①~④に関する客観的・多面的・専門的な分析 の結果に基づき,選択肢ごとの開発目標を設定す るとともに,選択肢の相対的重点度合いを判断し, それに応じて政策資源の重点化を決めていく,で ある(同上,p. 97).別の表現では,「情報分析 と学術・技術の人的ネットワークの形成」「デー タ集積と経済分析手段の開発と共有」「公開によ る透明なエネルギー情勢判断の基礎材料の共有」 が「科学的レビューメカニズム」であるとされる (資源エネルギー庁,2018,p. 40). 最後に,「脱炭素化エネルギーシステム間のコ スト・リスク検証」は,「より高度な 3E+S」を 満たすエネルギーを,「科学的レビューメカニズ ム」に基づいて選択するにあたって,採用される 具体的なアプローチであるとされる.そこでは, 「電力のみならず,非電力の熱・輸送システムな ども含め」(経済産業省,2018,p. 97),「実際に 要する他のコスト(需給調整コスト,系統増強等 に要するインフラコスト等)も含めたシステム全 体でのコストの比較」(同上)がおこなわれる. つまり,従来の「電源別のコスト検証」から「脱 炭素化エネルギーシステム間でのコスト・リスク 検証」へと,エネルギー選択にあたってのコスト 評価の方向性が転換されている. 以上をまとめると,エネルギー政策は,「コス トの比較」に具体化される「統一的な評価軸」や 「客観的な……分析」にもとづく「科学的レビュー メカニズム」によって「より高度な 3E+S」を達 成する試みであるといえる.言い換えれば,「統 一的」「客観的」「科学的」な評価によってエネル ギーが選択されると考えられている.これは,価 値評価が現実社会に影響を及ぼしている一例であ るといってよい.そして資源の海外依存や人口減 少,新興国の需要拡大による資源価格の不安定化 などの構造的課題や情勢変化というきわめて高い 不確実性のなかで,価値評価が具体的に役割を果 たしている典型的な事例であるともいえる. しかし,果たして統一的で客観的な価値評価は, 可能なのだろうか.前節までで確認したように, 価値評価は現実世界の資源配分に影響を及ぼす以 上,権力の行使や一元的な価値判断に結びついて いる.エネルギー政策におけるコスト評価に具体 化される「科学的」な方法に弊害はないのだろう か,より民主的で多元的な計算はありえないのだ ろうか.この点に関連して,発電コストをめぐる 議論は興味深い. 従来の「電源別のコスト検証」の歴史は古く, これまでのエネルギー政策の根幹のひとつをなし てきた.日本では,1960 年代初頭から通産省や 原子力委員会が独自の発電コスト計算をおこな い,原発の経済性を喧伝しはじめた(金森,2018, p. 204).それ以来,電源別の発電コスト比較によ り,原子力発電が経済的側面から最も有利な電源 とされ,開発推進の大きな理由とされてきた(大 島,2010,p. 53).福島第一原発事故後,原発の 経済効率性にも疑問符が突き付けられたが,この ときも各電源の発電コストが比較された(高橋, 2017,p. 227).このように,「電源別のコスト検 証」はエネルギー政策ないしは原子力政策におけ る経済的側面の中心的論点であった.これを「脱 炭素化エネルギーシステム間でのコスト・リスク 検証」へ転換することは,歴史的な変化であると いってよい. この転換に関しては,再生可能エネルギーの経 済性を低く,原発の経済性を高く見せるための恣 意 的 な 施 策 で あ る と 批 判 さ れ て い る( 諸 富, 2018).すなわち,「脱炭素化エネルギーシステム 間でのコスト・リスク検証」の結果は以下のよう に要約できる.「資源エネルギー庁の試算によれ ば,原子力同様にベースロード電源として活用す る前提のもとで太陽光・風力と蓄エネ技術を組み 合わせる場合,仮に太陽光・風力の発電コストが 7 円/kWh 程度まで低下していたとしても,太陽 光・風力+蓄電池のコストは 69 円/kWh,太陽 光・風力+水素は 32 円/kWh……これに対して 原子力のコストは,現時点においても 11 円/kWh を下回る水準である」(経団連,2019,p. 15).す
なわち,従来の「電源別のコスト検証」では太陽 光・風力といった再生可能エネルギーの発電コス ト(7 円 /kWh)は原子力のコスト(11 円/kWh) よりも安くなるが,新しい「脱炭素化エネルギー システム間でのコスト・リスク検証」では「蓄電 池が高すぎて……とても原発や火力と競争できる 水準ではない,という結論が引き出されている」 (諸富,2018)のである. ここで指摘されているのは,エネルギーコスト 計算の「可塑性」である.第 1 に,従来の計算で は発電コストのみが対象とされていたが,新しい 計算ではシステム全体のコストが対象となってい る点である.つまり,エネルギーコストの計算に おいて,その対象は必ずしも自明ではなく,可変 的である.第 2 に,この転換が再生可能エネルギー の経済性を低く,原発の経済性を高く見せるため の恣意的な施策であるという点である.すなわち, 再生可能エネルギーを抑制し,原子力エネルギー を推進するという価値判断が,新しいエネルギー コスト計算に含まれていることになる.これは現 在の政権のエネルギー政策方針から導かれるもの であり,政権が変われば異なった価値判断が実装 される可能性がある.この意味で,新しいエネル ギーコスト計算は,イギリスの付加価値会計と同 様に一時的なものであることを否定できない. 次節からは,原発会計の可塑的な性質を確認す る.これにより,「科学的」「統一的」「客観的」 な評価によってエネルギー選択がおこなわれると いう考え方とは対照的に,廃炉や再処理に係る会 計処理が安定的でも耐久的でもないことを指摘す る. 5.廃炉会計①:資産除去債務会計と原子力 発電施設解体引当金 廃炉会計には,一般的な産業にも適用される資 産除去債務会計の枠組みのなかでの廃炉会計と, 電気事業に限定して適用される電気事業会計規則 上の特殊な廃炉会計の 2 つがある.前者は原子力 発電設備を解体するときに生じる費用(解体費) に係る会計であり,後者は原子力発電設備そのも のに係る会計である.後者に関して補足すると, 一般的な産業においては,工場等の有形固定資産 が操業を停止し,もはや収益を生まなくなったと きは,減損会計の対象となり,減損損失が認識さ れるとともにその帳簿価額はゼロとなる.これに 対して原発設備等については,廃炉が決定された 後も減損の対象にはならず,通常の減価償却が継 続されたり,電気料金で回収された金額に応じて 減額されたりする.本節では,以上の 2 つの廃炉 会計のうち資産除去債務会計の枠組みのなかでの 廃炉会計を取り上げ,次節で特殊な廃炉会計を取 り上げる.いずれの廃炉会計においても可塑性が 認められることを確認する. 原発事業における資産除去債務会計は 2011 年 3 月期から適用されている9).原発の廃炉は,「核 原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する 法律」(昭和 32 年 6 月 10 日法律第 166 号)(以下, 「原子炉等規制法」という)に特定原子力発電施 設の廃止措置として規定されており,「資産除去 債務に関する会計基準」(企業会計基準第 18 号, 平成 20 年 3 月 31 日)(以下,「資産除去債務会計 基準」という)の定める「法律上の義務」に該当 するからである.原子炉等規制法に規定された廃 止措置に要する費用すなわち解体費は,資産除去 債務会計基準に基づき,資産除去債務として,総 見積額の現価相当額(割引率 2.3%)が電力会社 の貸借対照表に計上されている.なお,総見積額 およびその内訳は公表されておらず,割引後の現 価相当額が公表されているのみである. 解体費の計上方法は,資産除去債務しかないわ けではない.2010 年 3 月期までは,「原子力発電 施設解体引当金に関する省令」(平成元年通商産 業省令第 30 号)(以下,「解体引当金省令」という) に基づき,原子力発電施設解体引当金が計上され ていた.これは「原子力発電設備の解体に要する 費用に充てるため,解体費の総見積額を基準とす る額を原子力の発電実績に応じて計上」(東京電 力有価証券報告書,2011 年 3 月期,p. 62)する ものであった.資産除去債務と原子力発電施設解 体引当金はどちらも負債であるが,相違点は,前
者が将来キャッシュ・フローの割引現在価値とし て計算されるのに対し,後者は将来キャッシュ・ フローを基準とする額(「基準とする」の具体的 内容は不明)を生産高比例法で期間配分した費用 の累積額として計算されるということである.両 者に大きな差が出るのは,原発が稼働しないとき, すなわち電力発電量(=生産高)がゼロのため生 産高比例法では解体費が計上されないときであ る.これが問題になったのが福島第一原子力発電 所事故後の状況であり,会計制度の変更がおこな われたが,この点については後述する. 2011 年 3 月期以降,日本の企業会計制度にお いて資産除去債務会計が適用されたのは上述のと おりであるが,原発事業においては,資産除去債 務会計が適用されているのは貸借対照表に限定さ れている.すなわち,資産除去債務会計は,損益 計算書には適用されていない.損益計算書では従 来の原子力発電施設解体引当金の会計が適用され ている.これは,資産除去債務会計の例外措置, すなわち,「資産除去債務に関する会計基準の適 用指針」(企業会計基準適用指針第 21 号平成 20 年 3 月 31 日)第 8 項10)が適用されているからで ある.いわば新しい資産除去債務会計と従来の原 子力発電施設解体引当金が併存するかたちとなっ ている.なお,原子力発電施設解体引当金の計上 方法と,資産除去債務との差額は注記されている. その後,2013 年 10 月 1 日に「電気事業会計規 則等の一部を改正する省令」(平成 25 年経済産業 省令第 52 号)が施行され,解体引当金省令が改 正されたため,同施行日以降は,原子力発電施設 解体費の総見積額を発電設備の見込運転期間に安 全貯蔵予定期間を加えた期間にわたり,定額法に よる費用計上方法に変更された.上述のとおり, 再稼働が進まないなかで,原子力の発電実績に応 じた生産高比例法による費用計上を続けると解体 費の確保が困難になるという状況があり,これに 対応するために定額法に変更されたのである.こ の背景には,会計上解体費と認められた項目が, 総括原価方式のもとでの電気料金に算入されると いう制度があった.原発が稼働しない場合,生産 高比例法によると会計上の解体費はゼロになり, これを電気料金に含めることができない.これに 対して,定額法によると原発の稼働の有無にかか わらず解体費を引き当てることになり,これを電 気料金に含めて回収することができる.ちなみに, 見込運転期間は 40 年,安全貯蔵予定期間は 10 年 とみなされたので,積立期間は原則として 50 年 とされた(解体引当金省令,第 1 条). さらに 2018 年 4 月 1 日に「原子力発電施設解 体引当金に関する省令等の一部を改正する省令」 (平成 30 年 3 月 30 日経済産業省令第 17 号)が施 行され,解体引当金省令が改正された.この省令 の改正により,同施行日以降は,見込運転期間に わたり定額法により費用計上する方法に変更する こととなった.すなわち,引当期間が 50 年では なく 40 年に短縮された.この背景には,2013 年 に閣議決定された電力システム改革により,2020 年 4 月に電力小売料金の全面自由化,すなわち総 括原価方式による電気料金の算定が撤廃されるこ とが予定されていることが挙げられる.自由競争 の環境下11)で総括原価方式が撤廃されると,必ず しもそれまでのように原価の積上げによる料金決 定ができなくなる可能性が高い.競争条件の不透 明感が増すなかで,引当期間の短縮によって,解 体費の早期回収を目指していると解釈できる12). 以上,福島第一原子力発電所事故後の廃炉会計 のうち,資産除去債務会計の枠組みのなかでの解 体費に係る会計の変遷を辿った.2011 年から 2018 年までの 7 年間に,会計制度の変更が頻繁 に行われたことやその背景などを踏まえると,当 該廃炉会計の可塑性を指摘することができる. 第 1 に,資産除去債務会計の適用により,従来 の原子力発電施設解体引当金から新しい資産除去 債務へと負債の名称と計算が変更された.解体費 を負債計上するにあたって,その会計処理は一様 ではないことが確認できる.第 2 に,貸借対照表 では資産除去債務会計を適用するが,損益計算書 では従来の引当金会計が継続された.このように, 1 つの会社の決算書においてさえ,同じ解体費に 対して異なる会計の併存することが現実に観察さ
れる.第 3 に,原子力発電施設解体引当金の引当 方法が,生産高比例法から定額法に変更された. この背景には,福島第一原子力発電所事故後の規 制強化を受けて原発の再稼働が暗礁に乗り上げる なか,生産高比例法では解体費を計上することが できなくなったことが挙げられる.第 4 に,引当 期間が原則として 50 年から 40 年に短縮された. この変更はわずか 5 年でおこなわれた.この背景 には,電力市場の自由化がさらなる進展を背景に, より早期に解体費を計上する必要性が高まったこ とが挙げられる. 以上にみられるような廃炉会計の変遷は,解体 費の計算が,自然に決定される技術的な問題では なく,その時々の状況に応じたさまざまな判断や 価値評価にもとづいておこなわれることを示して いる.資産除去債務か原子力発電施設解体引当金 か,生産高比例法か定額法か,引当期間は何年か, といった問題は,決して一意的に確定するもので はなく,不安定な可塑性を有するのである. 6.廃炉会計②:廃炉設備の減損から資産計 上へ 本節では,第 2 の廃炉会計,すなわち電気事業 に限定して適用される電気事業会計規則上の特殊 な廃炉会計を取り上げる.これは原子力発電設備 そのものに係る会計であり,一般的な産業におい ては減損会計が適用されるが,原発事業において は減損会計が適用されないというものである.減 損会計の代わりに,電気事業会計規則では,廃炉 資産価額が維持され,通常の減価償却が継続され たり,電気料金で回収された金額に応じて減額さ れたりすることは前述のとおりである(より厳密 には,2015 年以降は,原子力発電設備のみならず, 廃炉した原子炉に係る建設仮勘定や核燃料などの 資産項目,ならびに,未引当の再処理費や解体費 も資産計上の対象となるが,詳細は以下で説明す る). このような特殊な廃炉会計制度は福島第一原子 力発電所事故後の 2013 年と 2015 年に制度化され たものである.それ以前は,一般的な産業と同様 に,廃炉となった原子力発電所には減損会計が適 用されていた.以下,まずは,廃炉設備に対する 減損会計の適用を確認する. ここで例に挙げるのは,福島第一原子力発電所 1~4 号機の廃炉である13).2011 年 5 月 20 日開催 の取締役会において廃炉が決定され,2011 年 3 月期の決算において減損会計が適用された.そし て,福島第一原子力発電所 1~4 号機の建物・構 築物・機械装置・建設仮勘定他に対して減損損失 1,016 億円が計上された.これは,「福島第一原子 力発電所 1~4 号機の廃止……の決定に伴い,投 資の回収が困難であるため,帳簿価額を回収可能 価額まで減額し,当該減少額を減損損失として災 害特別損失に含めて計上」(東京電力有価証券報 告書,2011 年 3 月期,p. 79)するという会計処 理である.なお,ここでいう回収可能価額とは,「正 味売却価額を使用しており,正味売却価額につい ては,他への転用や売却が困難であるため零円と している(同上,p. 79)」14). その後,2013 年 10 月 1 日に「電気事業会計規 則等の一部を改正する省令」(平成 25 年経済産業 省令第 52 号)が施行され,電気事業会計規則が 改正された.この改正では,「廃止措置資産」と いう概念が導入された.これは,「原子炉の廃止 に必要な固定資産および原子炉の運転を廃止した 後も維持管理を要する固定資産」(電気事業会計 規則別表第 1)を指す.そして,廃炉となった原 子力発電設備を,「廃止措置資産」とそれ以外の「発 電のみに使用される資産」に区分することになっ た.「廃止措置資産」についてはあたかも稼働中 の原子力発電設備であるかのように資産計上と減 価償却を継続し,「発電のみに使用される資産」 については従来通り減損処理をおこなう,という 新たな会計処理が導入された. この制度が適用されたのは,2014 年 3 月期に 廃炉となった福島第一原子力発電所 5,6 号機で ある.期首における福島第一原子力発電所 5,6 号機の残存簿価は 1,564 億円であった.このうち 「廃止措置資産」に区分された部分が 1,368 億円, 「発電のみに使用される資産」に区分された部分
が 196 億円とされた.減損会計を適用するという 従来の慣行にしたがえば,この期は 1,564 億円の 減損損失を計上するところであったが,廃炉会計 制度の変更によって,366 億円(「発電のみに使 用される資産」の減損損失 196 億円+「廃止措置 資産」の減価償却 170 億円)が費用・損失として 計上された(金森,2016,pp. 176-178).なお, この期における東京電力の経常利益は 1,014 億円 であったから,損失額縮小の影響は大きかったと いえる. さらに,2015 年 3 月 13 日に「電気事業会計規 則等の一部を改正する省令」(平成 27 年経済産業 省令第 10 号)が施行され,電気事業会計規則が 改正された.ここでは「原子力廃止関連仮勘定」 という概念が導入された.これは,「原子力発電 設備等簿価」15)と「原子力廃止関連費用相当額」16) という,いずれも新しい項目にさらに区分される. 前者は,上述の「発電のみに使用される資産」に 「当該原子力発電設備に係る建設仮勘定」と「当 該原子炉に係る核燃料の帳簿価額」を加えたもの であり,後者は「当該原子炉の廃止に伴って生じ る使用済燃料再処理等費」などとされる.すなわ ち,従来であれば廃炉に伴い一括して損失計上さ れたものがすべて「原子力廃止関連仮勘定」とい う資産に統合されるという改正である.そしてこ の仮勘定は,「料金回収に応じて,原子力廃止関 連仮勘定償却費により償却する」(関西電力有価 証券報告書,2015 年 3 月期).すなわち,償却方 法は定額法や定率法といったシステマティックな 方法ではなく,「料金回収に応じて」というきわ めて環境依存的な方法が採用された.なお,この 会計規則が適用されることとなった 2015 年 3 月 期には,関西電力の美浜原子力発電所 1・2 号機, 日本原子力発電の敦賀 1 号機,九州電力の玄海 1 号機,中国電力の島根 1 号機,四国電力の伊方 1 号機が相次いで廃炉決定した.本会計制度によっ て関西電力は 280 億円,日本原電は 98 億円,九 州電力は 216 億円,中国電力は 180 億円,四国電 力は 217 億円の損失回避(先送り)が可能になっ た(各社有価証券報告書より). 以上が,福島第一原子力発電所事故後に制度化 された,電気事業会計規則上の特殊な廃炉会計の 内容である.ここで指摘できるのは,第 1 に,一 般的な企業会計とは異なる電気事業会計というも のが存在することである.すなわち,各業種に固 有の会計制度がありうるのであり,会計が各業界 の事情と密接に関連するものであることを示して いる.第 2 に,原子力発電設備に,「廃止措置資産」 と「発電のみに使用される資産」という新しい内 訳区分を設け,それぞれに異なる会計処理を施す, ということが決められた.それまで 1 つの項目の 下に処理されていた資産が,分割されたり,異な る会計処理を施されたりすることがあるという事 実は,区分や処理が機械的・技術的に決定される ものではないことを示している.第 3 に,従来で あれば減損の対象となっていた資産が,資産とし て計上され続けることができるようになった.す なわち,一部(「廃止措置資産」)については減価 償却が,他の一部(「発電のみに使用される資産」) については減損が適用される,という変更がおこ なわれた.さらに後者(「発電のみに使用される 資産」)についても,わずか 2 年後には,「原子力 廃止関連仮勘定」の一部として再区分され,資産 計上されたうえで,料金回収に応じて費用化され るという処理が制度化された.このように,廃炉 資産の費用化・損失化の方法は,きわめて可変的 である.第 4 に,原子力発電設備のみならず,廃 炉となった原子炉に係る建設仮勘定や核燃料,使 用済燃料の再処理費など,それまで廃炉に伴って 費用・損失として処理されていたものも,原子力 発電設備とならんで資産計上されるようになっ た.それらは 1 つの項目(「原子力廃止関連仮勘 定」)の下に合算され,内訳も示されなくなった. 項目区分と当該項目の会計処理は可変的である. 以上のように,電気事業会計規則上の廃炉会計 という特殊な会計が存在すること,その会計が短 期間で改正されること,項目区分と費用化・損失 化の会計処理はきわめて可変的であること,は原 発会計の可塑性を示すものであるといえる.また, この変化を理解するうえで,当時,原子力発電所
の事故や電力システム改革による経営環境の変化 を無視することは困難である. 7.再処理会計:引当金・積立金から拠出金へ 最後に,使用済燃料の再処理に係る会計に焦点 を当てる.日本では,原子力発電所で使い終えた 燃料(使用済燃料)を再処理し,再利用可能なプ ルトニウムやウランを取り出して MOX 燃料に加 工し,もう一度発電に利用するという核燃料サイ クル政策が採用されている17).日本国内の原子力 発電所から出た使用済燃料は,青森県六ケ所村の 再処理工場で再処理されることになっているが, これまでにさまざまなトラブルが相次ぎ長年にわ たって竣工が延期されているため,実質的には遠 い将来の費用となっている.この再処理に係る費 用は,福島第一原子力発電所事故当時,使用済燃 料再処理等(準備)引当金18)・使用済燃料再処理 等積立金として処理されていた19).すなわち,引 当金として計上すると同時に,外部への積立金を 資産計上していた. 2016 年 10 月 1 日に「原子力発電における使用 済燃料の再処理等のための積立金の積立及び管理 に関する法律の一部を改正する法律」(平成 28 年 法律第 40 号)および「電気事業会計規則等の一 部を改正する省令」(平成 28 年経済産業省令第 94 号)が施行され,電気事業会計規則が改正さ れた.そこでは,改名された「原子力発電におけ る使用済燃料の再処理等の実施に関する法律」(平 成 17 年法律第 48 号)(以下,「再処理等拠出金法」) により使用済燃料再処理機構が設立され,使用済 燃料再処理拠出金という制度が創設された.従来 の使用済燃料再処理等(準備)引当金と使用済燃 料再処理等積立金は廃止され,電力会社は,法定 の使用済燃料再処理拠出金を,運転に伴い発生す る使用済燃料の量に応じて費用計上することに なった.それまで計上されていた積立金は引当金 と相殺され,引当金側に生じた差額はその他固定 負債に振り替えられた(東京電力ホールディング ス有価証券報告書,2017 年 3 月期,p. 85). ここで,使用済燃料再処理費の計算において, 重要な変更が施された.それは,使用済燃料再処 理事業費の範囲が変更され,2017 年 3 月期から MOX 燃料加工事業費が含まれるようになったこ とである.具体的には,改正前の「原子力発電に おける使用済燃料の再処理等のための積立金の積 立て及び管理に関する法律」では,「再処理等」 とは,「一 再処理,二~四 (省略)」(第二条の 4)とされていた.これに対し,改正後の再処理 等拠出金法では,「再処理等」とは,「一 再処理 及び再処理に伴い分離された核燃料物質の加工 (原子炉等規制法第二条第 9 項に規定する加工を いう.以下「再処理関連加工」という.),二~四 (省略)」(第二条の 4)と定義された. 2016年3月期までは,「MOX燃料加工事業費は, バックエンドというよりはむしろフロントエンド と考えられることから,燃料加工費として整理す ることが妥当」(総合資源エネルギー調査会電気 事業分科会中間報告,2004,p. 13)とされてい たため,それまでの引当金や積立金の計算には含 まれていなかった.しかし,2017 年 3 月期以降は, 「使用済燃料再処理等4 事業費」に MOX 燃料加工 事業費が含まれるようになったのである(使用済 燃料再処理機構,2018)(傍点は筆者). これは,使用済燃料再処理事業費という概念の 含む範囲が,定義次第で変更されうることを示し ている.なお,定義の変更に関する説明は見当た らない. この引当金・積立金制度から拠出金制度への変 更については,その変更を機に,2020 年以降も総 括原価方式がのこる送配電事業における託送料金 に使用済燃料再処理等事業費を加算するという制 度変更がおこなわれた.すなわち,「再処理費用 は原発を持っている事業会社のみ負担すべきであ り,発電事業者である新電力にはその負担を負わ なくてもよいはずである」(村井,2018,p. 94) のに,「自由化の流れの中で価格競争に圧倒的に 不利になる」(同上)ことを回避するために,原 発事業をおこなっていない新電力にも使用済燃料 再処理事業費を負担させることになった.さらに, 「実質破綻している『核燃料サイクル』を継続で
きるように,国家主導の制度設計のなかに組み入 れた」(村井,2018,p. 95)という指摘もある. つまり,引当金・積立金制度から拠出金制度へ の変更は,単に使用済燃料再処理機構が拠出金を 収納することになったという変更にとどまらず, そのような変更を機に,原発コストを新電力にも 負担させ,核燃料サイクルを継続させる,という 価値評価と具体的施策の実行を伴ったといえる. むしろ,そのような価値評価の実現のほうが主眼 だった可能性も否定できない.したがって,この 変更に伴って,使用済燃料再処理事業費という概 念の含む範囲が拡大されたことも,このような状 況となんらかの関係があるのではないかと疑うこ とも,あながち不当とは言い切れない. 8.おわりに 本稿では,福島第一原子力発電所事故後の日本 の原発会計における「可塑性」を指摘することに よって,原発の経済性が厳然たる実体としてでは なく社会的文脈のなかで創造されるものとして理 解できることを示した.原発会計の手続きは決し て価値中立的ではなく,何を評価するかという認 識対象の決定において価値判断を伴っており,そ の評価についても特定の時間と空間にのみ適用さ れる一時的な性質を有しているといえる. 現在の日本のエネルギー政策においては,既述 のとおり,「科学的」レビューに基づいた「統一 的な評価軸」によって,最適な解が導かれるとさ れている.しかし,本稿でみてきたのは,一見, 客観的で価値中立的な会計が,他の価値評価と同 様に,実は不安定で環境依存的な可塑性を有して いるということであり,それは原発会計にもあて はまる,ということである.ほとんどの価値評価 は期待と希望が投下された,予測と見積りと多か れ少なかれ体系的に整理された当て推量に依拠し ている(Mennicken and Sjögren, 2015, p. 4).し たがって会計は「統一的」ではありえない.誰が, どのような状況下で価値評価をおこなうかによっ て結果は異なりうる.本稿では,そのような複数 性を,原発会計の事例で確認した. 「科学的」であるとはどういうことだろうか. 客観的で,普遍的な真実を示すことだろうか.し かし,「いま科学が変貌しようとしている」(浅田, 1986,p. 4)といわれる.「純粋な観念の世界の なかで永遠普遍の心理を探求するものと思われて いた数学にさえ,ゆらぎをはらんだ多様な現実と 対話しながら自己を革新していこうとする動きが 出てきたことは,もっとも顕著な例と言ってよい ……格段に複雑性の高い対象をあつかう生物科学 や社会科学においては,それがいっそう明確な形 をとって現れるはずだ」(同上)とされる.社会 科学,例えば経済学は客観的で,普遍的な真実を 示すだろうか.「経済学者の知見や知識といえど も完全なものではないのだ……要するに,われわ れはすべてを知っているわけではないので,政策 提言は常に全き論証ではなく,主張という性格を 帯びざるをえなくなる」(猪木,2012,p. v)とさ れる. 少なくとも本稿の関連において「科学的」であ るとは,客観的で普遍的な真実を示すことは不可 能,もしくはきわめて困難である,という認識か ら出発することである.そして,政策提言におい て重要なのは,「健全な価値観と判断能力を持っ たアマチュアの生活者としての知恵」(猪木, 2012,pp. 224-225)から始め,「あとはデモクラ ティックな過程の中で,議論を重ねながら何らか の合意に達する道を探るというのが,リベラル・ デモクラシーの文明社会に住む人間の義務と責任 なのである」(同上)ということになる.一見客 観的で価値中立的な計算や数字を仕立て上げて, なんらかの主張や価値判断を押し付けるようなこ とは科学的とはいえないし,仮にそのようなこと があれば,それに対する「国民の批判的精神と, その発露を正当な権利として認める法制度,およ び,それを守ろうとする国民の強い意志」(安斎, 2005,p. 158)が必要になる. もちろん,不可能と知りながらも一定の会計数 値を導き出すことは,「こころ」の中のイメージ を他者と共有し共感することを可能にし,将来の 見通しや期待の形成に役立ち,人々を安心させる
効果がある(高寺,1999).この意味で,フィクショ ンたる会計の儀式的重要性が存在する.しかし, 同時に,いったん数値化されたものを信仰しすぎ ないこと,その数字はあくまでもフィクションで あり儀式であり便宜的なものであり,時には妥協 の産物であり特定利害関係者の意見や主張や宣伝 でさえあるため,常に新たな会計の可能性にひら かれていることを忘れてはならない.それこそが 「科学的」な姿勢であるからである.このような 観点からの原発会計研究が求められるが,それは 今後の課題としたい. 注 1)その背景としては,経済新自由主義(neoliberalism) と市場原理主義(market fundamentalism)の台頭に より,目的達成能力をより重視するニュー・パブリッ ク・マネジメント手法を政府が採用するようになった ことなど,業績や基準が数量的に測定され,人間活動 の領域や諸制度に重要な影響を及ぼすようになったこ とが挙げられている(Lamont, 2012, p. 202). 2)このように実践(practices)に焦点を当てるのは,ア メリカおよびヨーロッパにおける新しいプラグマティ ズム研究の動向でもある(Lamont, 2012, p. 205).社会 にはいろいろな論理(logics)があり,それぞれに従っ た価値評価目的がある.例えば市場論理(market log-ic)が優勢なところでは価値評価目的は利益最大化で あるし,産業論理(industrial logic)では生産性であ るし,忠誠論理(domestic logic)では人間関係である し,市民論理(civic logic)では政治における市民連帯 であるし,ひらめきの論理(inspired logic)ではカリ スマである.プラグマティズムの観点から見ると,人々 はこれらの価値評価目的の間で妥協点を創りだして, 日常生活をおこない,行動を調整する(Lamont, 2012, p. 208).価値評価研究の対象はこの意味で多次元的で あり,異なる価値評価目的の並存状態(equivalence) がどのように社会的に構成されるのかという点に焦点 を当てている点で,北アメリカにおいてもヨーロッパ においても一致している(Lamont, 2012, p. 210).なお, 上述の価値を導く諸論理は,オーグスティンの『神の国』 におけるひらめき的市民体,ボシュエの『聖書の言葉 そのものから引き出された政治論』における忠誠の市 民体,ホッブスの『リヴァイアサン』における高名さ または名声の市民体,ルソーの『社会契約論』におけ る市民的市民体,スミスの『道徳感情論』における商 業的市民体,サン = シモンの『産業体制論』における 産業的市民体という諸類型が念頭におかれている (Boltanski and Thèvenot, 1991, Stark, 2009). 3)OECD の報告によると,とりわけ英国,米国,カナダ といった英語圏の国々で顕著に人々の経済格差が広 がっており,「分厚い中流層」の分解といわれる現象が 進んでいる(Milanovic, 2016).不平等は,自然環境問 題に劣らない危機的な国際問題であるとの認識が今, 急速に広まっている.かつての科学・技術の発展とそ れに支えられた産業は,人間社会に豊かさだけでなく 環境問題をもたらしたが,近年の「儲かる」科学・技 術に価値を置く考え方が経済的不平等問題を悪化させ ている(隠岐,2018). 4)「監査社会」とは,社会生活のさまざまな側面に「監査」 が入り込み,新しい正当性を獲得していく社会(國部, 2003,p. 226)であるが,「監査社会」は「監視社会 (surveillance society)」とは全く異なる(Power, 1997, p. 123).監査社会は信頼がある社会であるが,監視社 会は信頼がない社会である(同上). 5)新古典派経済学における経済人モデルは,人間が完全 な情報を持ち,完全な意思決定すなわち「合理的な選択」 をできるという架空の前提に立っていると同時に,観 察された行動が効用を最大化した合理的な選択の結果 であるという顕示選好の仮定に基づいている (國部, 2017,p. 18-19).これは,まさにトートロジーの世界 であるが,多くの経済学者はこのことに気づいていな い(國部,2017,p. 19). 6)福島第一原子力発電所事故に至る原発会計の歴史につ いては金森(2018)を参照. 7)「エネルギー基本計画」とは,2002 年に制定されたエ ネルギー政策基本法において定められた「エネルギー の需給に関する基本的な計画」(第 12 条)である.そ の策定プロセスは以下のとおりである.まず,経済産 業大臣が,総合資源エネルギー調査会の意見を聴いて, エネルギー基本計画の案を作成し,閣議の決定を求め る(第 12 条第 3 項).次に,閣議の決定があったときは, 経済産業大臣はエネルギー基本計画を国会に報告する とともにこれを公表する(第 12 条第 3 項).また,政 府は,少なくとも 3 年ごとに,エネルギー基本計画に 検討を加え,必要があると認めるときには,これを変 更しなければならない(第 12 条第 5 項).これまでに, 2003 年に第 1 次エネルギー基本計画が,2007 年に第 2 次エネルギー基本計画が,2010 年に第 3 次エネルギー 基本計画が,2014 年に第 4 次エネルギー基本計画が, それぞれ策定されている. 8)ここでのリスクには,「間欠性のある電源の出力変動に 伴う需給調整リスク,事故・災害リスク,化石資源の