金属を超高純度化すると?
戦略的基礎研究推進事業 研究領域「極限環境状態における現象」研究代表者(’95 ∼)安 彦 兼 次 *
人類文明の進歩は金属という物質の発展により大きく支えられてきた。その発展 は量産化と特性改善の歴史であった。18 世紀にヨーロッパに起こった産業革命を 支えたのも、20 世紀文明の飛躍的な進歩を支えたのも金属であった。21 世紀にも、 金属はやはり文明を支える重要な物質であることは間違いない。革新的な特性を 有する金属はどうすれば発見できるのだろうか。今日、満ち溢れるほどの金属を 生産し、保有する我が国では、金属の重要性はおろか、より優れた特性の金属を 創ろうとする関心が薄らえてきたようだ。幸い、プロジェクト「超高純度ベース メタルの科学」の成果によって生まれたナノメタラジーの概念を遂行することは、 新しい金属 ( 合金も含む ) を発見する早道の一つであることが分かってきた。ここ では「超高純度ベースメタルの科学」の成果の一部を紹介することにする。1.
はじめに
我々人類は、何千年という非常に長い間をかけて金属 材料を発展させ、文化・文明を築いてきた。鉄を例にと ると、日本へ鉄がもたらされたのは弥生時代の初め ( 今か ら約 2200 年前 ) とされており、5∼6世紀になって、和 鋼 ( たたらで吹いた鉄 ) が安定してまとまった量、作れる ようになった。現在でも日刀保たたらで十数トンの鉄が 作られ、刀鍛冶に使われている。しかし、現在ではヨー ロッパで産業革命を支えた鉄が世界中で使われている。 一方、13 ∼ 14 世紀頃、ヨーロッパのライン河のほとり に、木炭高炉という縦型炉で鉄が作られていた。それが イギリスに渡り、1707 年、アブラハム・ダービー 1 世が コークスで銑鉄 ( 多量の炭素やシリコンなどを含んだ鉄 ) を作ることに成功した。このコークス高炉は 1735 年ダー ビー2世によって完成された。1856 年、ヘンリー・ベッ セマーは銑鉄を精錬する転炉法を発表した。それまでは、 何日もかかって鉄の精錬をしていたが、ベッセマーは溶 鉄を転炉に入れ、空気を吹き込んでわずか 30 分ほどで鉄 を精錬することができることを実証した。それは非常に 驚くべき方法であったが、ベッセマーの作った鉄は、残 念ながらイオウとリンの除去が十分にできなかった。そ のために、脆くて、非常に錆びやすい鉄のままであった。 それから 23 年経った 1879 年、シドニー・トーマスが、カ ルシウムを用いた塩基性操業によってリンを除去する方 法を考え出した。ベッセマー法が誕生して丁度 100 年後 の 1956 年、オーストリアのリンツ、ダーナウィッツ地方 で純酸素上吹き転炉法 ( 純酸素を転炉上部から入れ、不純 物元素の酸化熱を利用して高い温度で不純物除去する方 法 ) が開発され、転炉法の大発展につながった。 日本においては、1901 年、北九州の地で官営八幡製鉄 所が生まれ、鉄鋼の大量生産が始まった。戦後、いち早 く純酸素上吹き転炉法を取り入れ、1980 年後半には、連 続鋳造法を完成して、自動車のボディなどに使う最高性 能の深絞り鋼鈑など世界トップの品質を誇る製鉄王国に なった。言うならば、我が国で今日のように高性能な鉄 鋼が生産できるようになったのは、まだほんの 20 年足ら ずなのである。 人類が隕石を使ったり、鉄鉱石が偶然還元されたもの を使って道具を作ってきた古代から深絞り鋼鈑を作る今 日までには、何千年にわたる知識の集積と知恵の髣髴が あった。このような発展を支えたのは分析や特性測定の 高精度化を忘れてはならない。そのお陰で鉄中の有害不 純物元素を除去し、有用元素を添加して組織制御を施し て特性改善ができたのである。そして、そのような繰り 返しが鉄の高純度化を促し、今日の鉄鋼材料の発展に大 きな貢献を果たしてきたことは間違いない。 *東北大学金属材料研究所 助教授現在、我々は戦略的基礎研究推進事業 研究分野極限環 境状態における現象において「超高純度ベースメタルの 科学」(平成7年度採択)を推進している。これは、鉄、 クロム、ニッケルなどのベースメタルについて、人類が 為してきた材料発展の歴史を適応し、可能な限りの純度 向上を原点に、有用元素の添加や適切な熱処理によって、 既知の特性がどのように変化するかを明らかにするとい うプロジェクトである。幸いにも、我々の研究成果は、 「超高純度ベースメタル国際会議」において、毎年 10 数 編の論文を発表できるほどに発展している。なお、ここ では鉄とクロム合金に限り報告することにした。
2.
超高純度鉄
我々は、鉄の高純度素材を作るために、電解鉄という メッキ法で作った鉄を如何に高純度化するかという点に 絞って考えてきた。結論からいえば、約 20 年かけて、30 元素の極微量定量を行い 99.997%(4N7, four nine seven) ぐ らいの超高純度電解鉄を作ることに成功した。1979 年市 販の電解鉄は 1970 年には 3N3 の純度のものだったが、電 解鉄の高純度化に着手してから 5 年後の 1984 年には 4N2、 1992年には 4N7 にまで高純度化することができた。しか し、素材の超高純度電解鉄の板ができたといっても、す ぐに鉄の研究を始めるわけにはいかない。そこで、1990 年代前半から、我々は超高真空雰囲気溶解炉の開発に着 手した。超高純度電解鉄 10kg を 10-10 Torr の超高真空中 で溶融することによって、鉄の純度を高め、インゴット にするというのである。その溶解炉は図 1 に、溶製した 超高純度鉄のインゴットは図 2 に示すとおりである。純 鉄インゴットの純度は 34 種の不純物元素を分析して 99.99890%である。なお、不純物元素の総量 11.0ppm のう ちガス成分元素である酸素は 1.4ppm、窒素は 0.1ppm 以 下、炭素は 0.4ppm、S は 0.8ppm であり、これら 4 元素の 総和は 2.7ppm である。残り 30 種の不純物元素の総和は 8.3ppmである。しかし、不純物の総量 11.0ppm 中には 21 元素が分析限界以下であり、99.99890% はその分析限界値 だけ不純物元素が入っているとしたover estimateの純度で ある。例えば、酸素量 1.4ppm の中には表面に形成された 酸化皮膜に含まれる酸素量約 1ppm も加算されている。も し、分析限界値以下の場合や酸化皮膜中の酸素量を加算 しないとすると不純物元素量の総和は 6.7ppm になり、純 なされなければならないが、そのような高精度の分析装 置、その原点を与える基準物質などが完備されなければ 到底不可能である。なお、ここに示した分析値は世界で も屈指の高精度分析値であり、「超高純度ベースメタル国 際会議」参加国の中では最も高い評価を受けていること、 この鉄は 10kg という大塊としては世界トップの純度であ ることなどをここで強調しておきたい。図1 Ultra-high vacuum copper-cooled crucible induction furnace 図2 10Kg ingot of UHP-iron では、この超高純度鉄はどのような特性を有している のだろうか。まず、錆び難くい。例えば、市販の鉄を塩 酸に入れると激しく反応し、多量の水素を発生して溶解 する。しかし、超高純度鉄の場合は水素の発生も極めて 少なく、ほとんど溶解しない。王水に浸すと金の約2倍 程度の速さで溶解するが、市販鉄の場合より極めて遅い。
純度鉄だと 400 ℃で再結晶が完了する。再結晶が終了し た 2 種類の鉄を室温で引張り試験すると、市販の純鉄は 1平方 mm 当り約 17kg の力で変形し始めるが、超高純度 鉄の場合は約2 kg の力で変形できるほど軟らかい。そし て、市販鉄では 35% くらい伸びて cup-cup 状に破断する が、超高純度鉄では 55% 伸びてナイフエッジ状に破断す る。引張り試験の進むにつれて超高純度鉄では数 100μm の大きさの結晶粒は回転運動をしながら引張り方向に伸 びていくほど軟らかい鉄であることが分かった。 鉄は 910 ℃で α-γ 変態が起こる。鉄を加熱すると 910 ℃で α 相 ( 体心立方晶 ) から γ 相 ( 面心立方晶 ) に変態 する。市販鉄と超高純度鉄を γ 相域で圧延し、室温まで 空気中で冷却すると、3N の市販鉄では細かい結晶粒が沢 山現れる。しかし、超高純度鉄の場合には圧延方向と直 角に巨大柱状晶が現れる。つまり、鉄の結晶粒を細かく するにはα-γ変態を利用するのが常識とされているが超 高純度鉄の場合はその常識が通用しない。 このように鉄の性質は知り尽くされていると思われて いるが、純度をどこまでも上げることによって既知の性 質とは異なる性質が現われることが分かってきた。この ことは、さらに優れた鉄鋼材料が生まれる可能性を意味 するもので、極めて重要な発見である。
3.
高純度
Cr
‐
Fe
合金
Fe-Cr合金は、現在、フェライト系ステンレス鋼として 実用化されている。Cr を増せば増すほど耐食性、耐酸化 性、強度は向上するが、加工硬化が激しいこと、σ 相析 出、2 相分離、475 脆性などによる脆化という欠点が現れ ることが知られている。そのため、実用材料とするには Cr量の上限が生じ、最も Cr 量の多い実用鋼としては Fe-Cr30%-Mo2% 合金が関西国際空港ビルの屋根に使われて いる。 1985 年頃から、私は Cr の高純度化について取り組ん だ。そして、1992 年頃には、高 Cr を含む Fe 合金の高純 度化を進めた。それまでは、例えば、50%Cr を含む Fe 合 金は、加工がほとんど不可能とされており、極めて脆い 材料として知られていた。700 ℃で数時間保つと試験片全 体が σ 相になり、脆化するというのである。 1993年、我々は可塑性に富んだ高純度 50%Cr-Fe 合金 の溶製に成功した。図 3 はそのインゴットである。この 合金は 1300 度でシームレスパイプに加工できること、室 温で圧延加工が可能であるなど、可塑性に富んでいるこ とが分かった。室温から 1300 ℃における機械的性質や変 形機構についても明らかになってきた。さまざまな雰囲 気における耐食性や σ 相の形成について、炭素、窒素、 タングステンの効果や純度の影響についても分かってき た。結局、50%Cr-Fe 合金は、オーステナイト系ステンレ ス鋼 SUS304 やフェライト系ステンレス鋼 SUS430 などよ り、はるかに優れた特性を有することが分かってきた。図3 Ingot of UHP 50 mass%Cr-Fe alloy
さらに Cr 量の高い Fe 合金の溶製にも着手した。60% Cr、70%Cr を含む Fe 合金の溶製に成功した。室温から 1300℃における機械的性質について明らかにした。Cr 量 が増すほど強度が高くなるが優れた可塑性も有している ことが分かってきた。70%Cr-Fe 合金は 1100 ℃以上になる と Ni 基超合金 type718 よりも高温強度が高くなり、可塑 性が極めて良好であることも分かってきた。図4は高純 度 60%Cr-Fe 合金、高純度 50%Cr-Ni 合金、Ni 基超合金を
1200 ℃で引張り試験したときの、破断試験片の写真であ る。Cr-Fe 合金は極めて可塑性の高い破断を示すが、Ni 基 超合金は全く変形を伴わない脆性破断をすることを示し たものである。さらに、高 Cr-Fe 合金は切削性にも富んで いる。図5は高純度 50%Cr-Fe 合金を鍛造後、NC 旋盤で ヘリコプターのエンジンブレードに機械加工したもので ある。勿論まだ実用化段階ではないが、極めて容易に、短 期間に、しかも精度良く加工できことが明らかになった。
図4 Fractured specimen of Ni base super alloy (type Inconel-718), UHP 60mass%Cr-Fe alloy and UHP 50%massCr-Ni alloy tensile-tested at 1473K.
図5 An engine blade of helicopter made of High Purity 50%Cr-Fe alloy.
従来、極めて作製が困難であった高 Cr-Fe 合金は高純度 化することによって、機械的性質、可塑性、機械加工性、 耐食性、耐酸化性などに富んだ金属であったことが実証 された。特に、体心立方晶の金属は炭素や窒素などの侵 入型不純物元素、酸化物を形成する酸素やイオウ、リン などのメタロイド不純物元素の影響で本来の性質とは異 なった特性が現れていたためであろう。Cr は Ni と比べて 溶融温度が約 450 ℃高く、熱伝導度が大きく、密度と熱 膨張係数が小さく、表面皮膜の耐酸化性など、高温材料 として多くの長所がある。本プロジェクト「超高純度ベー スメタルの科学」の研究成果から生まれた高 Cr-Fe 合金 が、21 世紀のエネルギー産業の発展を支える高温合金の 原点となることを願っている。
4.
まとめ
質が現れることが分かってきた。これらの研究成果は、21 世紀の日本を繁栄に導く若い研究員と共に明かしたベー スメタルの本性であり、毎年開催される「超高純度ベー スメタル国際会議(UHPM シリーズ)」において発表され た。 平成7年科学技術想像立国を宣言した我が国におい て、本プロジェクト「超高純度ベースメタルの科学」の 成果として、ナノメタラジーの概念を UHPM-2000 の場に おいて世界へ発信できたことは誠に意義深いことであ る。その概念が、21 世紀文明の発展を支える金属材料の 飛躍にどれだけ大きなインパクトを与えるのか。ひたす ら研究を続けながらその答えを待ちたい。 [注 ]ナノメタラジー: ナノレベルでの原子制御を念 頭に、金属を限りなく高純度化し、有用元素を添加し、粒 界、クラスター、析出物などをナノスケールで組織制御 して、本来の性質を有する金属を創出するメタラジー。こ の概念は 2000 年 6 月フィンランドで開催された第 7 回 「超高純度ベースメタル国際会議 UHPM-2000」において提 言したものである。参考文献
[1] K. Abiko; The Evolution of Iron, Phys.Stat. Sol.(a), Vol.160, No.2, p.285-296 (1997).
[2] S.Isozaki and K. Abiko; Role of Tungsten for the Mechanical Properties of High-Purity Fe-50 mass% Cr Alloys at Elevated Temperatures, Phys. Stat Sol.(a), Vol.160, No.2, p.469-480 (1997).
[3] K. Abiko, T. Nakajima, N. Harima and S.Takaki; Preparation of 10Kg Ingot of Ultra-Pure Iron, Phys. Stat. Sol.(a), Vol.167, No.2, p.347-356 (1998).
[4] K. Abiko and Y.kato; Properties of a High-Purity Fe-50 mass% Cr Alloys, Phys.Stat. Sol.(a), Vol.167, No.2, p.449-462 (1998). [5] S.Isozaki and K. Abiko: High-Temperature Deformation
Mechanism of a High-Purity Fe-50 mass% Cr Alloy, Phys. Stat.
Sol.(a), Vol.167, No.2, p.471-480 (1998).
[6] K. Kato, Isozaki, S.Takaki and K. Abiko; Deformation Mechanism of a High-Purity Fe-50-Cr(-50W) Alloys at elevated Temperatures, Phys. Stat. Sol.(a), 167, No.2, p.481-494 (1998). [7] T. Yokota, S. Satoh, Y. Kato and K. Abiko; Corrosion Resistanse
Floating-Zone Melting in Ultra-High Vacuum, Mater. Trans.
JIM, Vol.41, p.2-6 (2000).
[9] T. Ogawa, N. Hirama, S. Takaki and K. Abiko; Influence of Purity and ForgingTemperature on the Microstructure of High-Purity Iron, Mater. Trans. JIM, Vol.41, p.95-101 (2000). [10] K. Abiko, S. Takaki, T.Yokota and S. Satoh;Formation of Giant
Columnar Grains in High-Purity Iron by Hot-Rolling, Mater.
Trans. JIM, Vol.41, p.102-108 (2000).
[11] K. Yano and K. Abiko;Role of Carbon and Nitrogen on the Transformation of the Phase in Highly Purifind Fe-50 mass% Cr Alloys, Mater. Trans. JIM, Vol.41, p.122-129 (2000).
[12] M. Asahina, N. Hirama, S. Takaki and K.
Abiko;High-Temperature Mechanical Properties of a High-Purity Cr-Ni Alloys, Mater. Trans. JIM, Vol.41, p.178-183 (2000).
[13] K. kato, S. Takaki and K. Abiko;Effect of Grain Size on the Deformation Properties of a High-Purity Fe-50-Cr Alloy at 293 and 773 K, Mater. Trans. JIM, Vol.41, p.184-193 (2000). [14] S.Isozaki and K. Abiko; Role of Tungsten in the Mechanical
Properties of a High-Purity Fe-50 mass% Cr alloy at 293-773K,
Mater. Trans. JIM, Vol.41, p.194-196 (2000).
[15] G. Kano, N. Hirama, S. Takaki and K. Abiko;Mechanical Properties of a High-Purity 60 mass% Cr-Fe Alloy, Mater. Trans.