報 告
〔書女医葎、離63巻平醗二二.
小児糖尿病キャンフ.の30年
東京女子医科大学 マル 丸 小児科学(主任:福山幸夫教授) ヤマ ヒロシ 山 博 (受付 平成5年6月29日) Tllirty・year正[istory of Japanese Camps for Diabetic Children Hiroshi MARUYAMA Department of Pediatrics, Tokyo Women’s Medical College The first camps for diabetic children, started in 1963 by the authors, served e量ght diabetic children (7girls and one boy)and involved medical and. comedical staff. Initially a few decades behind the United States and Europe, with the advent of diabetic children in Japan, these camps have since reached a level comparable to those in other countries. The camp was the first step in med孟cal self−care and patient edu6ation in this country. The second and the third camps opened in 1969, and gradually spr6ad all over Japan, numbering 38 by 1992。 Over a thousand boys and girls attend diabetic camps every year inJapan, representing about 20%of allJapanese diabetic children. Early camps were carried out on a trial and error basis, but a general standard was established after publication of the “Guidelines for Diabetic Summer Camp”in 1984. Almost all camps have adopted on open system for particip3tion of diabetic ch量ldren which has been in effect s三nce the early period of camp operation, and this system was fir血ly established after the introduction bf financial support from the. Japanese Diabetic Lay Society in 1981.This support is now very poor, however, comprising only aboμt 7%of all expenses in our Tokyo camp. In addition to the financiarconsiderations, we also have camp location problems. All but one of our Tsubomi camps have been carried out圭n national or public hotels where ideal services were not readily availabie。 To assure the future welfare of diabet童。 children we must have the financial support of national or lOCa190vernmentS. はじめに 日本では1963年に始めて丸山によって小児糖尿 病キャンプが始められて30年が経過した.医療 キャンプとしては糖尿病に限らず初めてのもので あったし,またセルフケアの教育の試みとしても あまりに時代に先んじていた.すでに欧米にも糖 尿病キャンプはその20∼30年前からあったが,日 本のキャンプのように医療教育のキャンプとして 位置づけられたものではなかった.もちろん教育 キャンフ.ではないと言っても現在の我々から見て とても上手な実行法で良い効果を挙げていると思 う. 我々のキャソフ.のあゆみは試行錯誤のうちに行 われたが,方向としては自然に生じてくるニーズ に添うものであったと思っている. 従ってこのキャンプ,即ち「つぼみの会」キャ ンプの試みの成功と失敗とは,これからの患老教 育の方法に示唆を与えるものと思、う. そこで「つぼみの会」キャンプの沿革を辿って いようと思、う.. 「つぼみの会」糖尿病キャンプのあゆみ(表)第1回サマーキャンプは1963年,キャンプ
NYDA(ニューヨーク糖尿病協会)の役員の訪日 を契機として行われた. 対象患者は8名(男子1,女子7)で一.部患者 の親と同胞も参加した.表 つぼみの会サマーキャンプの歴史 回 実施年 場所 参加 l数 1 1963 勝山 8 家族キャンプの始まり 2 1964 軽井沢 8 「つぼみの会」の結成 3 1965 野辺山 8 食品交換表 4 1966 日本平 21 現地家族講習会の始まり 5 1967 日本平 25 6 1968 前日光 25 7 1969 五日市 22 メンバー座談会の始まり 8 1970 清里 28 家族分離,東京講習会の始まり 9 1971 清里 28 10 1972 武尊山 40 11 1973 清里 38 12 1974 清里 48 ユースキャンプ,Tグループの始まり 13 1975 清里 55 小児糖尿病を守る会の発足 14 1976 清里 50 小児慢性特定疾患研究治療制度 15 1977 清里 55 16 1978 清里 51 17 1979 清里 53 「つぼみの会」役員の交代 18 1980 清里 60 19 1981 霊山 ユ00 一期のみ,イソスリン給付される 20 1982 霊山 124 二期 21 1983 霊山 160 以後三期 22 1984 霊山 142 23 1985 霊山 162 24 1986 霊山 130 25 1987 霊山 122 26 1988 霊山 120 27 1989 霊山 150 28 1990 霊山 143 給食センター依託の試み,2年間 29 1991 霊山 134 「つぼみの会」役員の交代 30 1992 霊山 146 スタッフは医師2名,臨床検査技師1名,栄養 大学の先生と生徒数名および教育心理学科の学生 2名であった.当時はこのような医療キャンプに 対する医療の世界の理解はなかったから,スタッ フは参加に勇気を必要としたと思うから今でも筆 者は感謝している.キャンプの目的は糖尿病の チェック(実際には24時間一血糖検査とその他の生 化学検査),登山や水泳による体力の増強,旅行の 体験(当時は一且糖尿病を発病しインスリン注射 が必要になると旅行は不可能であった),および簡 単な糖尿病教育であった. 場所は千葉県勝山海岸で旅館を利用,了解をえ て調理場を使わせて貰い自炊した.調理には栄養 学生と母親が当たった. 期間は1963年8月18日から8月25日までの8日 間であった. キャンプの効果としては,その後家族旅行をす ることができるようになったこと,こどもた’ちが よく運動するようになったこと,子供達の顔が明 るくなったことが挙げられる. 1964年の第2回キャンプは中軽井沢の学園寮で 行い,このときにも教育心理学科の学生を生活指 導担当として参加してもらった.以後ずっと現在 まで教育心理学科の大学院生を中心とする生活指 導グループが毎年のキャンプの運営にも協力して いる.その役割は次第に変化したのであるがそれ は後で述べる.またボラソティアとして専任栄養 士の参加があった.この年もメンバーは8人で あった.この年の秋にはメンバーの家族を中心に して「つぼみの会」が結成された.以後のキャン プは形としては「つぼみの会」が主催することと なった. 1965年第3回は野辺山駅官舎で行い,この年も 8人であった。この年から献身的な一人の栄養士 が毎年参加して献立作成と実行と共に子供達に栄 養指導をしてくれるようになった. 1966年第4回はユースホルテル日本平ロッジで 行い,メソバーは21人に急増した.この年から両 親を積極的にキャンプに参加させて,家族講習会 を開くこととした.講師には著名な糖尿病学者を 招いた.メソバーの急増は筆者が小児糖尿病患者 をもつ各地のクリニックにキャンプに参加させる ように呼びかけたためで,同時になるべく主治医 にも参加するようにお願いした.その目的は糖尿 病キャソプの普及を考えたためである. 1967年第5回は同じ場所で,メン・ミーは25人, それに高等学校をすでに卒業した者をOGとして 参加させた.これはその後の処置とは異なりキャ ンプに参加させるための救済措置であった. 1968年第6回は前B光で行ったが,ドこの年から 期間を10日間とした.日数延長の理由は教育や行 事が多く余裕がないためで,できれば14日の日数 が欲しかったが経済や利用場所の制限のため10日 に止どめた.この2日延長で日程はずいぶんと楽 になった. この10日日程は1988年まで続いたが,その後主 として医師の都合で再び8日日程に戻った.
1969年第7回は五日半で行ったが,このときか ら主として糖尿病の子供達だけの集まりが持たれ るようになった.この年の参加メンバーは27人で あったが,この位の数になり,また家族が参加し たり,参加しなかったりになると,子供達同志の トラブルや家族の子供への干渉が強まったりして キャンプの運営に支障を生じるようになった.こ の年はつぼみの会キャンプ以外でも福岡と熊本で サマーキャンプが初めて行われた. 1970年第8回目ャンプ以後1980年まで1回を除 き11年間毎年清里でサマーキャンプを行った.こ の年から家族をキャンプから引き離し,子供達は 一人で親元を離れて参加し,家族講習会は東京で 開くこととした. 1974年第12回以後はキープ協会の好意でユース キャンプを借りられることにな:り,ようやくキャ ンプらしい形をとることができた.この頃から キャンプ参加希望者が増加して受け入れ可能数を 越え,時には100人に達するようになった.受け入 れ可能数は約50人であったから,参加者を選考せ ざるを得なかった.優先順は,初回参加者,参加 回数の少ないもの,コントロールが悪く特に再教 育を必要とするもの,とした.従来何となく続い ていた子供達の集まりは,Tグループの名をかり て正式なプログラムとして取り入れることとなっ た.もちろんその名を冠するものとはかなり異 なっており,もっと自由なもので訓練的と言うよ り心理的なものである.もう一つの変化はこの年 から分業制が行われ,医療看護部,栄養給食部, 生活指導部に分かれるようになった.参加メン バーの増加に伴う必然性によるものであった. 1975年よりキャンプ卒業生いわゆるOG, OBを積 極的にキャンプに参加させて,将来キャンプの指 導者となるように育てようと試みたが,これは後 に失敗に終わったことを知った。 清里キャンプの後半では参加希望者の増加と清 里そのものの観光地化のために糖尿病キャンプを 実行するのが次第に困難となってきた.、 1981年以後は霊山でキャンプを行うこととなっ た.ここは筆者がこのような事態を予想して1972 年に購入しておいた山地に療育キャンプ専用の施 設を建設したもので,宿泊施設のほかに15床の有 床診療所を併設したものである.収容可能数は135 人である.すでに「つぼみの会」キャンプは6つ の大学病院と連携した歴史を持ち,現在でもなお 4つの大学病院と連携しているので,キャンプを 何回かに分けることができた. 1981年には1回だけ,1982年には2回,1983年 以降は3回に分け10日間ずつ,それぞれ担当大学 グループを決めて実行することとした. 専用キャンプに診療所を併設したのは,もちろ ん医療キャンプであるから医療施設が必要である ためもあり,病室はたいへんに役に立ったが,も う一つの理由は,子供やスタッフが病気になって キャンプのなかで治療したとぎ健康保険の適用が うけられるようにすることであった. 1989年からは各期とも8日間ずっとしたがこれ は主としてキャンディレクターである医師の都合 によるものであるが,この頃から医師にかぎらず, いろいろな職種のボランティアの日程的余裕がな くなってきたので,日程の短縮は社会的必然で あった. OB, OGには毎年参加してもらっているが現在 では指導者の養成と言う意味でなく,キャンプメ ソパーの将来の見本としての意味である.専用 キャンプができて以後場所は固定したが,いろい ろの試みが行われている.例をあげると,調理実 習(指定されたパラメータで計算し調理するのは なかなか難しい),メンバーによる糖尿病講座 (もっとも良く学ぶのは教えることである),雨が 降ってグランドが使えないとき食堂でする室内運 動会などである.給食の給食センター受託も試み たが2年程で挫折した. このようにして現在の「つぼみの会」キャンプ に至っている. 長いキャンプの歴史のなかに医学的および社会 的な動きも反映している.1974年小児慢性特定疾 患研究治療費助成制度が発足し,健康保険制度と 合わせて医療費が保険にかかる部分だけ無料と なったがキャンプには全く無関係であった.しか し霊山キャンプに診療所を併設すると,この制度 が子供達の医療費負担を軽くするのに役立っこと
になった.当初のキャンプでは家庭でのコント ロール指標は主として尿糖検査であった.血糖検 査は実験室的方法で測定したので,始めの3年は キャンプで検体をとり,東京まで持ち帰って検査 した.以後15年程はキャンプに実験器械を持ち込 み,現地で測定しキャンプ終了時には主治医への 報告書に記載することができるようになった.そ の後は比較的簡単な器械を用いて血糖が測定可能 となり,霊山にキャンプを定めてからは血糖,尿 検査以外の種々の検査も検査センター依託で可能 となり,子供達の健康判断もよりょくできるよう になった. インスリンの注射方法も移り変わった.始めは ガラス注射器と鋼鉄針を用いていたためにこれら の器具の消毒法を教えていたが,1981年にインス リン自己注射が保険給付されるようになってから はプラスチックの使い捨て注射器を使うように なった.更に最近ではペン型注射器を使う人が増・ えてきている.ジェット式注射器は普及するには 至らなかった.1982年には血糖自己測定も保険給 付されることになったためにキャンプでは必ず血 糖検査の指導をすることになった. キャンプの年計画 サマーキャンプは夏期休暇中に行われるが,そ のためには半年以上に及ぶ準備や後始末の期間が 必要である.「つぼみの会」ではキャンプの準備は 2月目始まる.各部の世話人および「つぼみの会」 の役員がおよそ30人ほど集まりキャンプ準備会を 開く,ここで今年のキャンプのテーマがきまる. その他,各期の分担(どの大学あるいは病院がど の期を担当するか),ボランティア募集の方法,見 込み,各期の責任者の決定,計画への希望および 家族講演会のプログラムなどが話し合われる。 次に糖尿病協会の機関誌である「さかえ」と「つ ぼみ」にメンバー募集の案内を出す,同時に「つ ぼみの会」の会員にキャンプの趣意書をおくり参 加をうながす. 参加スタッフの所属機関には糖尿病協会理事長 の名前で派遣依頼を発送する. 参加の締め切りは5.月末から6月始めで,キャ ンプ選考会は6月中旬に行われる.メンバーを多 い期から少ない期へ移すことはあるが,ほぼ全員 が参加でぎる.OB, OGの参加もスタッフも,メ ンバーの数に合わせて決める.キャンプは小児糖 尿病の社会への窓口の一つなのでなるべく多く参 加してもらうようにしている.このためにスタッ フの数はメンバーの数を越えることが多い.ス タッフは医師,看護婦,栄養士,事務員,学生な どすべてボランティアである. 7月中旬にはキャンプオリエンテーションが行 われる.様子のよく分からない初参加のメンバー にはキャンプディレクターが面接して子供の様子 を確かめまた参加の方法を知ってもらうのであ る.そのあとスタッフに対し指導講習が行われる. 糖尿病の実態を知らないためのミスを防ぐためで ある. 本年のサマーキャンプの日程は,第一期キャン プは7.月27日から8月3日まで,第二期は8月5 日から8月12日まで,第三期は8月16日から8月 23日までである.キャンプ中の8月中旬にはキャ ンプと平行して「つぼみの会」家族講習会が開か れる.そして10月中旬にキャンプ映写会が行われ, メンバーやスタッフの交歓の場となる. キャンプの内容 1.一日目計画 午前6時 起床,排尿,洗面 ラジオ体操,採尿 7時血糖測定演習1 インスリン注射演習 8時 朝食 9時 血糖測定演習2 運動会,登山,川遊び, 海水浴,自由時間など 10時 1血糖測定演習3 11時 (湯来) 血糖測定演習4 インスリン注射演習 12時 昼食 午後1時 行事:運動会,スポーツ大会,演芸会など 2時 血糖測定演習5 3時 (間食) 4時 糖尿病教室 5時 排尿 尿検査,血糖測定演習6,インスリン注射
演習 6時 夕食 7時 行事:Tグループ,眼科検診,胆試し,ディ スコ大会,キャンプファイヤー,キャンド ルサービス,など. 8時 血糖測定演習7 9時 排尿,採尿,血糖測定演習8,間食,就寝 (小学生) 10時 採尿,血糖測定演習8,就寝(中高校生) 2.各期の計画予 州1日 到着,ガイダンス,荷物整理,自由行動 第2日頃血液尿検査,自己血糖演習日,キャンプ内遊
歩
第3日 スポーツ大会,カフェテリア 第4日 霊山登山,自由時間 第5日過調理実習,露店遊び 第6日 海水浴,河あそびあるいは潮干狩 第7日 演芸会,キャンプファイヤー,キ甲ソドル サービス 第8日 帰京,解散 小児糖尿病キャンプと糖尿病教育 糖尿病キャンプには相異なる二つの目的があ る.一つは教育を目的とするもので糖尿病治療上 必要な細かい知識を単に聞くだけではく,体験的 に教えられるよい機会である. もう一つはほかのキャンプと同じようにレクリ エーションを目的とするものである.たしかに糖 尿病児は旅行をしたり,遊びにいったりすること が困難であるからレクリエーションとして捉えら れてもそれは意義のあるところである. しかし筆者は糖尿病キャンプを教育キャンプと して把握している.もし糖尿病の子供がレクリ エーションキャンピングを望むのであれば,まず 糖尿病キャンプを経験して自信を付けたら,一般 のキャンプに参加するほうがよいと思うからであ る.子供達の社会参加から考えるとすぐわかるよ うに糖尿病者が一般のキャンプに参加することは 前進であり,糖尿病者だけのレクリエーション キャンプに参加するのは逃避である. それではなぜ糖尿病キャンプにレクリエーショ ン要素をとりいれるのかといえば,その理由は教 育を実りあるものにするためである.上手に組み 上げられた遊びは,子供のエネルギーを高め,治 療への意欲を引き出すことがでぎ,生活と治療の マッチングのような更に高度な教育に結び付ける ことができるからである. 糖尿病教育の方法について 糖尿病キャンプは教育キャンプであると述べた が,それでは糖尿病者にどのように教育をほどこ すかが次の課題である.現在の学校教育のように 単にものを知っていることを目標にしたのでは, 教育は糖尿病者がみずから納得できる人生を送る のに役にたたない.自分の健康を賭けた実行が糖 尿病者にとって必要だからである. 教育には,知識を伝えるために本を読ませたり, 講義を聞かせたり,コンピュータ教育のように機 材を用いさせたりするもの,知識が真実であるこ とを納得させるための実習や実験,知識を役立た せるための仮説と証明の実行,より新しい知識を えさせて同じことを繰り返し知識の更新をはから せること,および知識を実際に応用し治療に結び 付けそれを続ける意欲を持たせる行動コントロー ルの技術などがある. 通常の患者教育は単に解義を行う形式のものが 多く,知識の伝達に止っている. 糖尿病キャンプセは患者は知識の伝達を受ける だけでなく,実習をし,また登山やスポーツを通 してエネルギーを多く使ったときの対応などを自 ら体験することができるし,毎年参加すれぽ知識 の更新をすることもできる. これが糖尿病キャンプが糖尿病の治療,管理の うえでよい成績を挙げてきた理由であると思う. しかし,糖尿病の教育の上でもっとも困難であ るのは治療の意欲を引き出すことである.糖尿病 の子供達はどうしても親の手がかかり,過保護に なり自立心が損なわれる,また他の子供と区別さ れ,不愉快な思いをすることも再々で,挫折を経 験することもよくある.このような子供達の意欲 を引き出すのは,口で言うほど容易なことではな い.行動コントロールのしっかりした技術をもつ ことが大切である. 学習行動を強化するには,その子供の存在を認 めてやること,これは子供の言うことをよく聞いてやる,責任のある仕事をさせる,おだてるなど によって子供のプライドを満足させてやるのがよ い. またもう一つの方法は報酬をつかうごとであ る.報酬には食物,飲み物などの一次強化子,そ の同等物である貨幣,一次強化子と同時に与えら れて報酬となる抱く,肩を叩く,握手する,褒め る,おだてる,などの二次強化子,報酬によって 釣られて学習しているうちに学習自体が面白く なってしまう,つまり強化が外からでなく内部か ら発するようになった内部報酬とがある.これら の報酬を意識的に用いて次第に自立的に学習する ようにもってゆくのがよい. これらの技法は教育を担当するものに個々に技 術を与えよるようにする必要がある.そのために キャンプスタッフにはオリエンテーションの折に あるいは別の機会を作って教育をしておくことが 望まれる. 小児糖尿病サマーキャンプの成果 小児糖尿病サマーキャンプの成果をデータを もって示すことはできない.なぜなら参加したも の,参加しないものとに分けて比べてみても意味 がないからである.キャンプに参加しないという ことはそれだけでもう心理的に問題を抱えている ことが分かるのである.従ってキャンプの成果は 印象で述べるしかないであろう. キャンプの在り方は初期の頃はあまり構造化さ れていなかったが,次第に次々と問題が起こるに つれその対策をとるという形で構造化されてき た.しかしそれでもキャンプの成果はあまり変 わっていないように思われる. 短期の効果はキャンプが終わっても,家庭で自 分を注射をするとか,血糖検査をすすんでやる, 何でも食べるようになる,キャンプで教えられた ことを話すなどの形で現われる.しかしこの効果 はあまり長続きせず通常1月程度で消えてしま う. 長期の効果としては,糖尿病の仲間ができて悩 みができると相談できるようになりあまり親に当 たらなくなった,学校で自信をもって生活できる ようになった,病気を負担に感じなくなった,さ らに第1回の参加メソ・ミーは殆ど障害をきたすよ うな合併症を持っていないことから分かるように 長期予後が良いということである. もちろん良いことぽかりではない,あまり感心 しないこととしては,日常生活でうまくゆかない とキャンプに逃避しようとする傾向があったり, 仲間から好ましくない情報を得たりすることがあ る.たとえば」血糖が高くても低く出るように試薬 をいじったり,暴飲暴食したときにインスリンを 多く注射したり,走ったりすることを覚えるなど がそれである. しかしそれも,知識の一つであり何も知らない よりも良いことであるとは思っている.現在,世 界中で糖尿病キャンプが行われて益々その重要性 が認められていることからも成果は明らかである と考えている. 日本における小児糖尿病キャンプのあゆみ 小児糖尿病キャンプは筆者らによって1963年に 日本で初めて開かれてから30年経過した.1969年 には3ヵ所になり,1992年には38ヵ所に増加し日 本全国をカバーするようにな:つた.始めには実行 方法もよく分からぬまま行い,次第に発生する ニーズに従って構造化が行われた.多くの事項は そのまま定着したが,失敗することもあった。こ れはどのキャンプでも事情は同じであろうと思わ れる.しかし1984年に「こどもの糖尿病サマーキャ ンプのてびき(日本糖尿病学会編)」が出てからは キャンプ運営の方法は公開のものとなった. 経済的にはどのキャンプでも多額の寄付金がな いと運営できないのが悩みであるが,1972年から 10年ほどは,厚生省科学研究費を治療研究のかた ちで筆者が各キャンプに配分し,運営の足しにし てもらった.1981年目らは日本糖尿病協会から補 助金が出るようになり,また1991年からは日本船 舶振興会からも補助金が得られるようになった. しかしこれでもキャンプの運営は困難で,欧米の ように公的な資金の導入がないと実行を中止した り,形だけのキャンプになったりする恐れがあり, 今後の成り行きが心配される. 場所もまた問題である.糖尿病専用のキャンプ 用地を持つものは筆者の設立した「つぼみの会」
キャンプのみである.その他のキャンプは公的あ るいは私的な宿泊施設を用い,いろいろな制限を 受けつつキャンプを実行している.理想的な糖尿 病教育を望むのならば,専用施設といっても糖尿 病にかぎらず慢性疾患をもつ小児が利用できる施 設を沢山作るのがよいと思う. ま とめ 1963年日本では初めて行われた糖尿病キャンプ は30年経過した.このキャンプはセルフケア即ち 患者教育のはしりであった.そしてインスリン依 存型の糖尿病小児の増加に歩調をあわせてキャン プ数も増加して1992年には38ヵ所を数えるに至っ た.試行錯誤をかさねて進歩したキャンプもよう やく安定した構造をもち,海外との交流さえ行わ れるに至った.しかし糖尿病キャンプも一つの社 会現象である,社会の動きによってこれからも動 いて行くであろう.これまでに多くの実績を積み 重ねてきたのであるから,これからは単に社会現 象であるにとどまらず,社会システムとなり安定 した運営ができるようになりたいと思うのであ る.そのためにはキャンプ施設の建設と財政基盤 の確立が必要であると考える. 稿を終えるにあたり,長い間ご指導を頂きました小 児科部長福山幸夫教授にお礼申しあげます.またキャ ンプを実行するにあたりご協力いただいた多くの医 師,看護婦,栄養士,学生,各種企業の社員の方々, ご援助いただいた日本糖尿病協会,日本船舶振興会に お礼申し上げます. 本稿は福山幸夫教授退職記念論文として執筆した ものです.