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国境をまたぐ生活スタイル――アジアにおける広域調査と事例調査に向けて 利用統計を見る

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国境をまたぐ生活スタイル――アジアにおける広域

調査と事例調査に向けて

雑誌名

東洋大学アジア文化研究所資料集

発行年

2016-02-15

(2)

東洋大学アジア文化研究所

(3)

目 次

Ⅰ はじめに ···

1

Ⅱ <国境をまたぐ家族>――広域調査法の検討 ···

3

趣旨説明――交通・通信手段の発展と<国境をまたぐ家族>層増加の関係について

··· 松本誠一

3

国際クレジットカード各社の「家族カード」使用条件の比較 ··· 松本誠一

6

韓国の「早期留学」研究を通じてみた<国境をまたぐ家族> ··· 小林和美

7

<国境をまたぐ家族>国際調査への提言

――「世帯・家族」調査票の研究史的検討を通じて ··· 清水浩昭 17

討 論

··· 20

Ⅲ <国境をまたぐ生活スタイル>――東アジア・東南アジア・南アジアの事例を通じて

学術シンポジウム ··· 35

趣旨説明――<国境をまたぐ生活スタイル>

東アジア・東南アジア・南アジアの事例を通じて ··· 松本誠一 35

移住への渇望――21 世紀の韓国人外国居住者のユートピア性 ··· 太田心平 36

コーズウェイを越えて――「イスカンダル開発プロジェクト」と

越境するシンガポール人 ··· 田村慶子 45

国境をまたぐ,言語をまたぐ

――ネパール大震災支援活動から窺えること ··· バイラ・ビレンドラ 49

コメント:箕曲在弘 ··· 58

コメント:小林正夫 ··· 62

コメント:井出弘毅 ··· 66

Ⅳ 小林和美・参考図1 ··· 76

清水浩昭・資料

3~7 ··· 80

(4)

本書は,東洋大学井上円了記念助成(The INOUE ENRYO Memorial Foundation for

Promoting Sciences)による成果の一部です。

東洋大学アジア文化研究所資料集

国境をまたぐ生活スタイル――アジアにおける広域調査と事例調査に向けて

Transnational Lifestyles: Toward Extensive Survey and Field Work in Asia.

2016 年 2 月 15 日 発行

編集・発行 東洋大学アジア文化研究所

所長 松本誠一(まつもと せいいち)

〒112-8606 東京都文京区白山 5-28-20

TEL 81-(0)3-3945-7490

FAX 81-(0)3-3945-7513

© 2016 by Asian Cultures Research Institute, TOYO University, Tokyo, JAPAN

Printed in Japan.

All Rights reserved.

ISBN 978-4-903878-14-0

C3036 ¥00000 E

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Ⅰ はじめに

本資料集は,東洋大学「平成27 年度井上円了記念研究助成 大型研究・共同研究」の研究計画「アジア における国境をまたぐ生活スタイルの研究――東アジア・東南アジア・南アジアの比較を中心に」(研究代 表者 松本誠一)の成果報告の一部として,年度中に3 回開催した研究集会のうち 2 回分の記録です。 次に,本書の構成について説明します。 Ⅱは2015 年 6 月 27 日に開催した「<国境をまたぐ家族>広域調査法検討 学術集会」,Ⅲは 2015 年 7 月25 日に開催した「<国境をまたぐ生活スタイル>――東アジア・東南アジア・南アジアの事例を通じて 学術シンポジウム」の録音データを基に,文字起こししたものです。Ⅳには本文中に収められなかった図 表をまとめています。 報告者・司会者・討論参加者には文字起こし原稿を送り,修正等を加えてもらいましたが,全体の調整 を図るため,編集者の側で語句の加除を加えるなど,手を加えた箇所が多々ありますので,あるいはニュ アンスを損ねた場合があるかも知れません。文責は編集者にあります。 当日,配布資料・パワーポイントにより提示された図表のすべてをここに採録すれば,読者の理解を深 めるのに役立つであろうが,紙幅の関係で,厳選させていただきました。 なお,本書の文中には,以下の司会者,報告者,コメンテーター,討論参加者の発言が収められていま す。 Ⅱ <国境をまたぐ家族>――広域調査法の検討 司会者 西野理子(社会学部教授) 報告者 小林和美(大阪教育大学・教授),清水浩昭(日本大学・元教授),松本誠一(研究員,社会学 部教授) 討論参加者 井出弘毅(客員研究員),喜岡恵子(研究員,総合情報学部・准教授),権香淑(客員研究 員),小林正夫(研究員,社会学部・教授),鄭大均(首都大学東京・特任教授),バイラ・ビレンドラ(研 究員,文学部・助教),山本須美子(研究員,社会学部・教授),吉川美華(客員研究員) Ⅲ <国境をまたぐ生活スタイル――東アジア・東南アジア・南アジアの事例を通じて> 学術シンポジウ ム 司会者 植野弘子(研究員・社会学部教授) 報告者 太田心平(国立民族学博物館・准教授),田村慶子(北九州市立大学・教授),バイラ・ビレン ドラ(文学部・助教),松本誠一(再掲) コメント 井出弘毅(客員研究員),小林正夫(研究員・社会学部教授),箕曲在弘(研究員・社会学部 講師) 討論参加者 飯塚勝重(客員研究員),後藤武秀(研究員,法学部・教授),鈴木佑記(再掲),長津一史 (研究員,社会学部・准教授),本田洋(東京大学) 本書に収録していない研究集会は,2015 年 11 月 28 日に開催した「アジアにおける国境をまたぐ生活ス タイルの研究――東アジア・東南アジア・南アジアの比較を中心に」現地調査報告会です。 この回の報告は,別途『東洋大学アジア文化研究所 研究年報』第50 号掲載の「アジアにおける国境を

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またぐ生活スタイルの研究――東アジア・東南アジア・南アジアの比較を中心に」の一部に収めているの で,併せて参照していただきますようお願いいたします。なお,この回は以下の陣容で開催し,報告者か ら後日,印刷用原稿をいただいて,掲載しています。 司会者 松本誠一(再掲) 報告者 鈴木佑記(研究員・社会学部助教)/貝吹一成(大学院社会学研究科博士前期課程),箕曲在弘 (再掲),山本須美子(再掲) アジア文化研究所の一つの共同研究事業として取り組みましたが,ご参加いただきました皆様には,感 謝いたします。また,本誌編集に際し,研究支援者・山越英嗣氏の助けを得ました。併せて感謝いたしま す。 この課題は,広く内外の方々と共有できるものと考えておりますので,これからのご支援とご協力を賜 りますようお願いいたします。 2016 年 1 月 22 日 東洋大学アジア文化研究所 所長 松 本 誠 一

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Ⅱ <国境をまたぐ家族>――広域調査法の検討

西野:本日はお忙しいなか,お集まりいただきありがとうございます。「国境をまたぐ家族」というテーマ のプロジェクトの研究集会を開会させていただきたいと思います。私は,今日,司会を務めさせていただ きます西野と申します。よろしくお願いいたします。 まず,開会のごあいさつとこのプロジェクトの趣旨説明を,松本先生,お願いします。

趣旨説明――交通・通信手段の発展と<国境をまたぐ家族>層増加の関係について

松本:東洋大学内の競争的研究資金に,井上円了記念研究助成というのがありまして,そのなかの大型研 究・共同研究という種目があり,それに採択されました。 これまでも過去,同じく井上円了記念研究助成の研究所プロジェクトという資金を受けまして,研究所 の研究員,客員研究員の方たち,十数名ぐらいのメンバーで共同の3年計画を重ねて参りました。いずれ も,トランスナショナルという言葉をテーマに含めた共同研究です。 今回の計画では,マクロ研究とミクロ研究の組み合わせ,あるいは広域的方法と集約的方法,統計的研 究と事例的研究,家族社会学的に調査票を用いた研究と人類学的なフィールドワークを中心にした研究の 組み合わせというような枠組みで,計画全体を構成しています。本日は前者の調査方法に関して,皆様の お知恵を伺って,検討を深める契機としたいと思っております。 さて,本日のご出席者のうち,ちょうど向かいにおられます,首都大学東京特任教授の鄭大均さんをご 紹介しておきます。1980 年代の初めころ,韓国で日本語教師をする者同士として,知り合いました。ご存 知の様に,鄭さんは,在日コリアンの人たちに対して,非常に刺激の強いメッセージを出され,アイデン ティティーの持ち方に対して,旧来のあり方ではいけないと,強く主張されてきています。研究者として の言論への姿勢などを拝見しながら,いろいろ刺激を受けてきたりもしました。初めてご同席の方も多い と思いますので,最初に皆様にご紹介します。 さて,私自身の当時の韓国研究は,韓国の農村や漁村に泊めてもらって行いました。地域の社会組織が どうなっているかと,そこらへんを調べて,報告するということを,当初の課題にしておりました。1970 年代からやっておりましたけども, 韓国の経済が急速に発展するという,非常に目覚しい変化のありよう を目にしてきました。農村で,薄明るい電球が家の中で一灯ついていたという頃から,パワーアップした 電力が入るようになる。また,村に数軒だけ入っていた電話が,各家々に入ってくる。テレビがどの家に も入ってくる。夜の室内が明るくなり,テレビや電話で外の世界とつながってくると,一日の農作業が終 わったところで,夜,集落の家に上がり込んで話を訊いていても,家の人は,テレビに夢中でインタビュ ーにならないとか, 電話もしょっちゅう,かかってきて,インタビューが中断するとか,そんな状況にな ってきました。 それで,地域調査は難しくなったなと限界を感じていたところへ,1995 年度に 1 年間,海外研究の機会 を得ました。カナダ・モントリオールのマギル大学(McGill University)の井川史子先生にお世話になり

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ました。井川先生は,戦後日本の社会人類学・文化人類学初期の祖父江孝男,住谷一彦,蒲生正男,高橋 統一,綾部恒雄,青柳清孝,山田隆治,永田脩一など,同じ頃に東京におられた若い先生たちと一緒に研 究会をやってこられた方です。1994 年にはマギル大学の副学長をされておられて,たまたま日本に来られ ているということを高橋統一先生から伺って,海外研究の受入先を,井川先生に頼んでみたらと勧められ ました。連絡しましたら,すぐ会いましょう,と。会いましてご相談したら,すぐマギルで受け入れます からとお誘いいただきました。モントリオールにもコリアンがいて,誰も研究していないから,というご 指導までいただいて,そこで私としては初めて,海外のコリアンについて,情報集めすることができるよ うになりました。 その後,カナダ以外の外国でも,コリアンを訪ね歩くということを,続けてやってきました。台湾,東 南アジアのシンガポール,タイ,ミャンマー,インドネシア,ベトナム。そして,ヨーロッパも行ってみ ようということで,ドイツに4年,フランスに4年,この夏からはイギリスに行きます。 コリアンが大勢住んでいるところには,必ず,コリアンのキリスト教会がある。そこを訪ねていけば, 経験上,来るものを拒むということはありません。日曜の礼拝に参加しますと,そのあと,礼拝後の共同 の食事[飲福]があり,そこも一緒に出なさいというふうに声をかけてくれます。自己紹介をして,実は 日本人でということになりましても,どこでも歓迎してくれます。 海外のコリアン社会を回ってみたら,韓国と縁を切って,行った先でずっと暮らしているという人より は,韓国に行ったり来たりしている,家族の誰かを韓国に送りこんでいるという話をよく耳にします。家 族で何か店をやっている,韓国食品を販売しているとか,韓国レストランをやっている場合ですと,事業 に必要なものを韓国に送った家族から送らせると。一番信頼できるのは身内でしょうから。そんなスタイ ルでやっている,という例を,よく目にしました。こうして,国境をまたぐ生活について強く印象付けら れたのです。 ところで,トランスナショナルファミリー研究が,イギリスのほうで早くから着手されています。一方, 大阪の伊地知紀子さんは,済州島出身の日本に住んでいる人たちを研究されていますが,「国境をまたぐ生 活圏」という言葉を早くから掲げておられます。

拙稿「transnational ノート1」は,Oxford English Dictionary (OED) のトランスナショナルの項目を

見て,これを翻訳して,あとは,少し文章を加えたものです。OED は言葉の使用例が載っていて,それが 何年のものだと,明示されておりますから,いつごろ,そういう言葉が使われていたかも追跡できる,便 利な辞書だと思っております。トランスナショナル何々という用例は,そこにたくさんありまして,これ らのほとんどは20 世紀になってからの用例です220 世紀になってから,もう 100 年が経ち,そして,今, 21 世紀に入っておりますけれども,この 20 世紀の初期には,transnational family に対する「国境をま たぐ家族」という日本語訳はそぐわない場合が多いかもしれません。 国境をまたぐ家族という言葉,概念について,核家族や拡大家族,それから,「その他の家族」も含めよ うと,考えています。ただ,当面の研究対象として,核家族,そして拡大家族,あまり,関係性がいろい

1 松本誠一 2011「transnational ノート」『東洋大学アジア文化研究所研究年報』44:19-24. 2 その後,英語コーパスを参照すると,transnational の語は,少なくとも 16 世紀までさかのぼって使用

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ろ広がっていかないような,そういう家族について注目します。

そして,OED にあります語句例,transnational activities から, transnational terrorism までの語句 例を見ますと,多かれ少なかれ,トランスナショナルな家族というのが背景に,だいたいあると言えるで しょう。それで,トランスナショナルファミリーという,新しい家族のあり方,家族の新しい暮らし方, ライフスタイルといいますか,それが問題として出てきます。

transnational activities transnational actors

transnational company [multinational-] transnational corporation

transnational crimes

transnational digital government research transnational economy

Transnational English Database(TED) transnational families

transnational feminism transnational gangs

transnational law [international law] transnational migrants

transnational mother: mothering from a Distance transnational parenting transnational professionals transnational terrorism 海外駐在員と家族,留学生と家族を思い浮かべていただきますと,海外駐在するのは父親であれば,母 親と子どもたちが国に残っている。 留学生と家族の場合,子どもが海外へ行って,両親と別の子どもは国 に残っている。こういう家族のあり方は,実は,明治に最初の留学生を送ったときからあるのですが,交 通・通信の状況が21 世紀に入ってから,とくに大きく様変わりました。 国際結婚もどんどん増えておりまして,韓国では多文化家庭という言葉が,行政用語化もされておりま すし,論文にも多文化家庭という言葉が頻出しております。国際養子も,韓国の例でいいますと,赤ちゃ んが,海外養子に出されて,成長して,自分が両親と身体特徴が違う,アジア系だと自覚する。海外養子 までトランスナショナルファミリーに入れるのは,ちょっと無理があるかもしれませんが,いろんなケー スを細かく考えていけば,多様な形態を分けていくことができるかと思います。

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国際クレジットカード各社の「家族カード」使用条件の比較

次に,クレジットカードの話に,移っていきます。小さい本を持ってきていますが,『ロスチャイルド家』, 副題として「ユダヤ国際財閥の興亡」とあります。ドイツのフランクフルトのゲットー――ユダヤ人が狭 い範囲に集住していた地区から出て,国際財閥となったロスチャイルド(ロートシールト)家。この一家 は,19 世紀,20 世紀と,金融を中心に,どんどん,国際的な財閥に成長していきます。ロスチャイルドは 子ども,きょうだいをあちこちの国に置いて,そのネットワークで国際的に金を動かす,国際金融のシス テムをつくりあげていく。このロスチャイルド家は19 世紀に,トランスナショナルな家族・親族であった わけですが, 21 世紀の私たちが問題にしようと思っている「国境をまたぐ家族」とは,交通,通信の条 件も,環境も変わってきています。こういう先駆例はあっても,別のアプローチが必要だろうと考えてい ます。 交通・通信手段についてですが,まず, 船の時代から,飛行機の時代に変わり,航空機利用が,ずいぶ ん身近なものになってきた。海外の家族に,事件,事故があったときにも,翌日, 翌々日には現地に駆け つけている,ということができるようになっています。 それから,国際電話の普及と,電話料金の低価格化,無料化があります。どの家庭の固定電話からも国 際電話がかけられるようになりました。携帯電話の電波が届く,圏内であれば,どこからでも国際電話が かけられる。海外にいる家族も携帯電話で通信可能であれば,いつでも連絡がつくようになっている。 Skype(スカイプ)やその他の通信アプリで,インターネットを介して,電話料金は無料で国際通話がで きるようになっています。 そして,より注目しているのは,国際クレジットカードが普及したことです。国際クレジットカードの 家族カードというのが,海外の家族と家計を共にすることを,ずいぶん簡単にしました。 皆さんも海外旅行で使えるクレジットカードを,お持ちだろうと思いますが,それに家族カードをつけ ておられる場合,その入会条件を見ていただいて,会社により,商品により,いろいろパターンがあるよ うです。 A 社のカード規則では,「・・・当社が適格と認めた方を家族会員とします」と,書いてありますが,入 会申込書には,家族の続柄欄には,配偶者,子,親と 3 通りしかなくて,家族カードのお申込み欄には, 「家族カードは満18 歳以上(高校生不可)の方がお申し込みいただけます。(本会員と生計を共にする配 偶者・子・親に限ります)」とあります。続柄の選択肢は,多くありません。 B 社の家族カードの条件は「満 18 歳以上(高校生は除く)の同姓・同居のご家族となります」と。同姓・ 同居って,どうしてこんな条件をつけているのか不思議に思います。B 社のカードでは,海外だけでなく, 国内の別居家族も使えないようです。別姓夫婦も駄目でしょうか。 学生本人がクレジットカードを申し込むときに,月の使用料が10 万円以内とか制約があります。これで は,クレジットカードを使って,留学先の大学の学費を払うということはできないわけです。しかし,家 族カードを持って留学して,ということであれば,その本会員が,月額どれだけ使えるかの金額設定を大 きく定めていれば,1回に何十万使うということも可能になってくるわけで,この国際クレジットカード の家族カードのシステムがあれば,国境を別にしていても,家族のつながりというのは希薄化しないで存

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続できるような,そういう時代になってきています。「遠くの親戚よりも近くの他人」という言葉がありま すけれども,遠くに行っても親族関係を維持できるような,そういう環境ができてきて,それで国境をま たぐ家族という,そういう生活スタイル,これはこれからどんどん増えてくるのでしょう。 これを,統計的に,量的に,どうやっておさえていくか。これまでの家族・世帯統計は,国ごとにとら れていたわけですから,その国の統計で単身世帯となっていても,実は,2 国の統計をつなぎ合わせると, 他の家族の断片と結び付けられるという場合がある。 西野先生にお願いしたいのは,国際的な,この国境をまたぐ家族の統計的な把握,調査法,あるいは調 査票のあり方,どうすればいいかみたいな,西野先生中心に運んでいただければと思っているところです。 国境をまたぐ家族,そういう人たちがいるということを前提にすると,国境管理のあり方も変わってい くだろうし,国の役割というのも,大きく変わっていくのではないか。現実には,ボーダーレスな動きを している人たちが,多く,国民のなかに出てきております。特に韓国の人を見ていると,非常に自由で, 海外に行っている人たちは非常に自由に考えていて,それを見ていると,おそらく韓国の政治家は国家の まとまりに危機感を持っていて,在外コリアンも国民のうちに含めたくなってくるのかと思います。以上 です。 西野:ありがとうございました。趣旨説明からということなので,用語の話から経済の話まで,多様な視 点のご紹介があったと思います。後半に時間はありますので,今,基礎的なことだけ確認したい点があり ましたらご質問いただいて,本格的な議論というのは,後半のほうに回させていただきたいと思いますが, よろしいでしょうか。では,2番目に小林和美先生から,ご報告をいただきたいと思います。小林先生か らは「韓国の「早期留学」研究を通じてみた<国境をまたぐ家族>」というタイトルでご報告をお願いし ます。

韓国の「早期留学」研究を通じてみた<国境をまたぐ家族>

小林(和):初めまして。大阪教育大学の小林和美と申します。私は,もともと,日本の地域社会,特に日 本の農村の研究をしておりました。1997 年ごろから韓国農村との比較研究を始めました。最初は,農村の 家族や,地域組織の研究をやっていたんですけれども,あるとき,村で,不思議なことに気がつきました。 土日になると,小学生や中学生が増えるのです。なぜ韓国の村では,土日になると子どもが増えるんだろ うと思って,村の人に聞いてみたら,普段,子どもたちは都市に住んでいる,そして土日になると親元に 帰ってくるんだと。「なんだ,それは」と思って,韓国の農村から,どんなふうに子どもが流出するのかと いうことを調べて,論文を書きました。 何が起こっていたかといいますと,韓国の人たちというのは,教育熱心ですから,できるだけいい教育 を受けさせたいということで,都市のいいと思う学区,すなわち校区の学校に子どもを行かせるわけです。 そのためには,その校区内に住んでいないといけませんから,たいてい,おばあちゃんとかを世話係につ けて,おばあちゃんと,子どもたちを大都市に住ませて,小学校に通わせるわけです。お父さんとお母さ んは村で農業をして,経済的に彼らの生活を支えるということを,私が最初に調査に入った村ではやって いました。

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この現象を調べて論文を書きたいと言いましたら,村の皆さんが,「なんという時代遅れのことを言うん だと」おっしゃいました。というのは,当時,すでに韓国では,早期留学が始まっていました。1997 年と いうのは,経済危機の直前です。韓国はかなり経済成長をしていまして,富裕層は,すでに,外国に子ど もたちを送り込んで,英語を習得させるということをやっていたんです。ですから,「今の時代は,もう, 妻や子どもを送り込む先は外国なんだ」と。「今さら,大都市に子どもを送り込む人の調査なんて,遅れて いないか」ということを,村の人に言われたんですけれども,その当時,まだ日本では大都市に子どもを 送り込む現象についての研究は,なされていなかったので,「取りあえず,やらせてください」ということ で,論文を書きました。もしよろしければ,お読みください3 「今の時代は,子どもや妻を送り込む先は,すでに海外なんだ」と,90 年代末に言われたことが,私の 心に引っかかっておりまして,いつか,研究したいと思っていたんですけれども,その機会が,ようやく, 2006 年頃にやってきました。神戸大学(当時)の佐々木衛先生を研究代表者とする科研プロジェクト「国 境を越える移動・エスニシティ・地域社会の再構築に関する比較社会学研究」の一部として取り組ませて いただいたのが,今日発表させていただく早期留学の研究です。今も1人で,この研究を続けております。 今日はそのなかから分かったことを,お話しさせていただこうと思います。 留学を理由にして,海外に出国した小中高校生の数が発表されておりまして,これが韓国で,早期留学 生数とされている統計です。1995 年頃から留学ブームが始まったといわれるんですが,2,000 人,3,000 人ぐらいだったものが,経済危機のため,1998 年に一回落ち込みます。そのあと,2000 年頃に中間層を 巻き込んで,留学ブームが起こります。そこから,小学生が非常に増え始めまして,頂点に至るのが,2006 年(29,511 人)です。そして,国際的な経済状況の悪化とか,ほかの要因もいろいろ絡みまして,現在は 下降傾向というのが,これまでの動きです。 一般的には,小学生,中学生,高校生が留学することを,韓国の人たちは「早期留学」と呼んでいます。 ここには,やや批判的な意味が,込められていまして,留学というのは,大学生になってから行けば十分 だろう,早過ぎませんかという,ニュアンスがあります。 この現象は,韓国では否定的に扱われてきました。マスコミは,非常にたくさんの問題を抱えていると,

3 小林和美 2007「韓国における初等学生の早期留学――教育のための国際人口移動」, 佐々木衞編『越境 する移動とコミュニティの再構築』, 東方書店, pp.55-69 小林和美 2008「韓国からの『早期留学』の事例研究――2組の留学生姉妹が辿った道程」『大阪教育大学 紀要第Ⅱ部門』56(2): 59-73 小林和美 2009a「『キロギ・アッパ』になった韓国の父親たち――『早期留学』についてのインタビュー 調査から」『大阪教育大学紀要第Ⅱ部門』57(2): 1-18 小林和美 2009b「韓国における早期留学の動向――早期留学生37人の事例分析」『公民論集』(大阪教育 大学公民学会)17: 93-110 小林和美 2013 「韓国における早期留学の変遷――統計分析による各政権期の特徴」『大阪教育大学紀要 第Ⅱ部門』61(2): 1-18 小林和美 2014「韓国における『早期留学』をめぐる新聞報道――1990年から2003年2月まで」『大阪教育 大学紀要第Ⅱ部門』63(1): 1-18

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絶えず批判しております。とくに批判されているのが,家族別居問題です。子どもを,そんな小さいうち から外に出して,親の役割を放棄しているのではないかという論調があります。それから,階層間格差の 問題。お金持ちしか,子どもを,小学生,中学生,高校生の段階で留学なんてさせられませんから,金持 ちはますます文化資本を身につけて,お金がない人たちは,グローバル化から取り残されていくという問 題があるのではないかといわれています。それから,韓国の公立の学校が,ちゃんと英語教育をしてくれ ないから,こんなことが起こっているんだ,グローバル教育が不十分だから,みんな出ていかざるを得な いんだという公教育批判も出ています。そして,彼らのせいで外貨が流出している,国際収支に大きな影 響を与えているという批判もあります。こういった批判がありながらも,早期留学の現象は今まで止めら れない流れとして続いてきています。 マスコミでどのように取りあげられてきているのかについて,韓国の総合日刊紙10 紙に,早期留学に関 係のある記事がどのぐらい出ているのかを数えてグラフにしました。まず,2000 年頃にかなり話題になっ ています。2006 年,2007 年頃の早期留学のピーク期にかなり話題になっています。2000 年の場合は,留 学規定の改正問題などが絡んでいますけれども,2005 年以降は,早期留学批判が強くなっています。 早期留学のために,つまり,子どもが小中高の段階で外国に留学するために,家族の別居の問題が起こ るんですけれども,その際,母親が子どもについていくということがよく起こります。そして,お父さん だけが韓国に残って,海外に出ていったお母さんと子どもたちのために,送金を続けるという現象が見ら れるようになりました。このお父さんのことを韓国語でキロギ・アッパと呼ぶようになりました。渡り鳥 の雁 ガン のように,お父さんが妻子の住んでいるところに行ったり来たりする,という比喩的表現から生まれ た言葉です。 この言葉は,調べてみましたら,2001 年に使われ始めたということが分かりました。2001 年以前にも, こういう現象はもちろん起こっておりまして,最初のころは,こうした子どもの留学のために分かれて住 んでいる家族のことは,「新版離散家族」とか,「新離散夫婦」とか,言われていました。お父さんたちは, 「独りぼっちの父親」とか「ハン総連」,正確には「韓国の一時的独身男性連合」という名称の略語だそう ですけれども,そういう名前で,呼ばれていました。2001 年にキロギ・アッパという言葉がはやりました ら,この言葉に席巻されまして,現在は子どもの留学のために妻子を外国に送り出している父親のことは, 一般的にキロギ・アッパといわれております。 この言葉は,大変有名になっておりまして,英語版のウィキペディアにも載っています。「Gireogi appa」 で検索しますと,英語版のウィキペディアの説明文が出てきます。そのほかにも,ワシントンポストをは じめ,いくつかの欧米のメディアがこの現象を取りあげておりまして,韓国人というのは,非常に教育熱 心でこんなことまでするのだという論調で報道されています。 アメリカなどの新聞に,キロギ・アッパのことが載ると,それが韓国でニュースになります。私は,た またま,2005 年 1 月 9 日の,ワシントンポストの記事が出た日,ソウルにいたんです。なんとなくテレビ をつけたら,今日のワシントンポスト紙にキロギ・アッパのことが報じられたというニュースをやってい まして,韓国の人たちにとって,これが報じられるということには,大変な,ニュース価値があるんだな と思ったことを覚えています。韓国の人たちにとっては,国際的にずいぶん,視線を集めているというこ とを意識している問題であるということです。

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その後,キロギ・アッパという言葉は,分化してきまして,経済的余裕があって,いつでも家族に会い にいけるお父さんのことをトクスリ・アッパ,ワシのパパ,時々,会いにいく普通のお父さんをキロギ・ アッパ,経済的に余裕がなくて飛んでいけないお父さんのことをペンギンパパ,その他にもいろんな言葉 ができています。例えば,ソウルのカンナム地区に子どもを住まわせるのがせいぜいの地方暮らしのお父 さんのことをスズメパパというそうです。キロギ・アッパは,こういった流行語を生むような社会現象に なっています。 2005 年にキロギ・アッパの自殺や孤独死に関する報道が非常にたくさんありました(表 1)。とくに1 人で亡くなっていたお父さんの周りに焼酎の空き瓶が転がっている状態で,死後何日もたってから発見さ れるという事件が起こりまして,それからは,大きな批判の対象になっております。そこで業者が開発し たのが,管理型留学という留学方法です。子どもたちの放課後の暮らしであるとか,ホームステイ先での トラブル解決,それから,お小遣いの管理,あらゆることを全部現地で見てくれる,そして親に報告して くれるということで,母親がついていかなくても,外国で留学ができるシステムを留学業者が開発しまし た。お母さんが行かなくて済むから,取りあえず,夫婦関係は破綻しないという留学スタイルが売り出さ れておりまして,2006 年以降,人気を集めています。

表 1 キロギ・アッパの死亡記事

2005年10月17日 6年前,妻と息子と娘をアメリカに留学させ,独り暮らしをしていたヤンジェ洞のK 氏(52歳)が高血圧による脳出血で死亡。死亡5日後,会社の同僚が発見。 2005年3月1日 カナダに息子と娘を早期留学させ,4年間独り暮らしをしていたバンイ洞のジョン某 氏(50歳),首吊り自殺。 2004年12月9日 10年前から妻と別居,オーストラリアへ息子と娘を留学させたガルヒョン洞のキム某 氏(50歳),首吊り自殺 2004年11月25日 ニュージーランドへ娘と息子を留学させたヨクサム洞のベク某氏(42歳),父親の墓で 首吊り自殺。 2004年4月12日 10年間,キロギ・アッパ生活をした億単位の年俸のS銀行幹部H氏(45歳),2002年,妻 と離婚した後,養育権争いで首吊り自殺。 2003年10月25日 カナダ,バンクーバーへ妻と高校生の娘2人を留学させたヨンイン市ジュクジョン洞の ユン某氏(49歳),死亡。 2003年7月2日 1年前,カナダへ妻と2人の子どもを留学させ,事業に失敗したドゴク洞のシン某氏 (36歳),首吊り自殺。 2003年3月28日 ニュージーランドへ6ヶ月前,妻と息子と娘を留学させたヨンサン事業団所属のチェ某 中領(42歳),脳出血で死亡。 2003年3月26日 妻と2人の息子を外国に残し,独りで帰国して生活していたソウル大産業工学科のキ ム某教授(41歳),心臓麻痺でギルサン洞の自宅で死亡。 注:「『キロギ・アッパ』の孤独な死」『国民日報』,2005年10月19日より小林作成。 出典:小林(2009a,p.2)

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そんなにしてまで行くことないじゃないという批判が,相当強くなってきたのが,2005 年以降ですけれ ども,家族を破綻させずに留学生活をするには,あるいは,家族を破綻させずに,子どもをグローバル人 材にするにはどうしたらいいのかという問題の立て方に変わってきて,近年ではインターナショナルスク ールに子どもを入れるとか,華僑学校に入れるとか,済州英語教育都市に開校した海外名門校の分校に子 どもを入れるとか,というのが,注目を集めています。 次に,早期留学の研究動向について,簡単にお話ししておきます。韓国で早期留学という社会現象が話 題になり出したのは,1980 年代後半からでした。この時期には,まだ,富裕層がするものだという認識が ありました。金持ちの子女が外国に行って勉強もちゃんとしないで,結局,麻薬をやったり,遊びまわっ ているという報道が80 年代には出ていました。ところが,そのあと,留学ブームになって,行く人が増え てきました。90 年代半ばごろからは,優秀な子も行っているという報道が出始めます。そして,2000 年 ごろから研究者が本格的に研究を始めました。韓国教育開発院をはじめ,家族社会学者,教育学者などの 研究が見られるようになってきております。キロギ・アッパについては,2005 年が批判のピークだと言い ましたけれども,だいたい,それぐらいから研究も数多く出てくるようになってきております。 近年では,早期留学に関する多様なテーマが研究対象になっておりまして,韓国語文献も,120~130 は あります。毎年のように,早期留学とかキロギ家族をテーマにした博士論文や修士論文が書かれておりま して,とても全部目を通すのは不可能だというぐらいの量の研究が,韓国ではなされております。韓国人 が留学先で書いた英語論文もありますし,日本に来ている韓国人留学生が書いた文献も,出ております。 日本人が研究したものは,私のもののほかに,石川裕之さんが早期留学を事例にグローバル化のなかで揺 れる韓国の家族のかたちについて考察した論稿を,最近出されています。 留学を理由として国境をまたぐ家族が生まれるという現象は,とくに韓国に限ったものではありません。 韓国の早期留学生が問題になる前に,台湾や香港からのアメリカ留学生が社会問題として取りあげられて いまして,研究が始まったのは,中国系の早期留学生のほうが先です。彼らは,いろいろな問題を起こし たんです。素行不良でドラッグなどの犯罪を起こすということがありまして,研究対象になりました。英 語圏では,彼らをparachute kids と名づけました。パラシュートで子どもをアメリカに投下して,英語の 勉強をさせるということを親がやっているんだという,批判的な意味が込められているそうです。 子どもの教育のために,母子が英語圏に移り住む現象を研究するときに使われた語が,astronaut families,宇宙飛行士家族です。satellite kids とか,astronaut とお父さんのことを呼んだりとか,空から 投下されるというイメージで英語圏では名前をつけて研究されてきたようです。少数ですが,インドネシ

ア,マレーシア,フィリピンからアメリカに来たparachute kids の研究も,アメリカではなされています。

それから,もう少し後になってからですけれども,子どもを連れてシンガポールにやってくる,大陸の, 中国の母親についても,注目されています。study mama とか study mothers という名前をつけて,論文 が出ています。あとは,日本でも,早期留学的要素のある母子留学が,出てきているといわれ始めていて, それについて,五十嵐(五十嵐洋己)さんという方が論文を書かれています。ただし,日本では韓国のよ うに,例えば大学の先生だったら,これを一回は考えるのが当たり前でしょうというほど,ポピュラーに なってはいませんね。階層的な広がり方が違うと捉えております。

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の早期留学生がどんな家族形態をとってきたのかということを図にしたものを分析することによって,早 期留学というのは,どんな家族形態を,どんな順序で生んでいくのかを見ていきます。お配りした資料の 最後の「参考図1」が見慣れない図になっていると思います。我流ですけれども,インタビューした早期 留学生たちの人生を,なんとか1枚の図4にできないかと考えて,つくりました。

早期留学によくみられるパターン例(参考図 1 参照)

B1さん(1982年生,男性),B2さん(1983年生,男性):専門職の父親が妻子を残して来る(キロギ家族) 父親は原子力の研究者,母親はパートタイム勤務。父親の仕事のため,1990年(B1さん小2)から1年間, 家族でアメリカに住んだ。1996年(B1さん中1),父親の赴任にともない家族でアメリカ・コネチカット州へ。 1998年6月(B1さん10G)に父親のみ帰国,母親とB1さん,B2さんはアメリカに残った。赴任当初,両親は 子どもを留学させる予定はなかったが,帰国しようとした時期に韓国で留学ブームが起こっており,通貨 危機で為替が2倍に上がっていた。アメリカに残ることをチャンスと考える母親と家族一緒に帰国すべきと 考える父親との間で3ヵ月にわたる議論が続いたが,帰国2週間前に父親が折れた。1999年に母親が職を得 たため,シアトルに移った。 P1さん(1991年生,女性),P2さん(1992年生,男性):オジの海外赴任に同行(キロギ家族) 両親は焼き肉店経営。2002年,父親の兄が交換教授で家族とともにアメリカ・カリフォルニア州に行く さい,一緒に行った(小5と小4)。両親の仕事が忙しく,子どもの面倒を充分に見られない状態だったため, 行くことになった。当初,母親はアメリカに住まない予定だったが,現地で1週間生活してみて母親が必要 だということになり,残った。初めは1年だけの予定だったが,滞在を延長した。父親は「留学の目的は英 語のため。今までたくさん苦労してきたので,ここでやめる気がしない」と言う。父親の兄も「キロギ」 になった。 X1さん(1997年生,女性):フィリピンの初等学校へ(キロギ家族) 父親は地下鉄公社勤務,母親は看護師。2005年(小2)の夏から1年間,母親,母親の姉(初等学校教員を1 年間休職),母親の姉の子ども2人(小5と小3)の計5人で,フィリピンのマニラに行き,インターナショナル スクールに通った。父親をひとり残して行くことになるので,地理的に近く,かつ留学費用の安いフィリ ピンを選んだ。観光ビザで入国し,学生ビザに切り替えた。両親は,経済的に余裕があればX1さんをフィ リピンに残してくるつもりだったが,ホームステイの滞在費がかかるので戻って来た。両親が働いてお金 が溜まったら,近いうちにまた留学する予定。 Y1さん(1997年生,男性),Y2さん(1999年生,男性):祖父母はアメリカ移住者(キロギ家族) 父親は医師,母親は専業主婦(元看護士)。母親の両親は1992年にアメリカに移住し,市民権を取得。Y2 さんはアメリカで生まれたのでアメリカ市民権を持っている。幼稚園のときから英語塾に通い英語の勉強 を始めた。2005年12月,Y1さん小3,Y2さん小1で,母親とともにカナダのバンクーバーに行った。2年で 帰国する予定。

4 小林和美 2008 「韓国における早期留学の動向――早期留学生 37 人の事例分析」『公民論集』(大阪教

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G1さん(1987年生,男性),G2さん(1990年生,男性):みなの憧れ?アメリカ名門寄宿生学校へ(子のみ) 父親は弁護士,母親は専業主婦。1995年,父親の留学にともない家族でアメリカへ行き(G1さん小2, G2さん5歳),1年後に帰国。アメリカの教育が気に入った父親の勧めで,G1さんは2003年,アメリカの名 門私立寄宿制学校に入学(高1)。2006年にアメリカの大学に進学した。G2さんは2006年9月,兄と同じ高校 に入学。 O1さん(1991年生,男性):中国の中学校へ(子のみ) 父親は事業経営。2006年2月,事業家になる夢を抱いて,単身,中国・北京の中加国際学校に留学。1学 期を終えた後,中国人学校に転校。姉が大学で中国語を専攻し,中国留学経験があったため中国に興味を 持ったという。 Q1さん(1991年生,男性):カナダの中学校への「管理型留学」(子のみ) 父親は会社経営,母親は専業主婦。父親の知人が利用した留学院を使い,2006年1月,中1でカナダ・バ ンクーバーの中学校に留学。留学院を通して留学する60人ほどが一緒にバンクーバーに行き,3つの地域 に分かれてホームステイしている。留学院のプログラムで,週3回,韓国の学校と同じ進度のアフタースク ール(国・英・数)があり,韓国のおやつを作ってくれる栄養士まで配置されている。週1回,ホームステイ 先とアフタースクールを管理している留学院から,小遣いの使用状況やアフタースクールの成績を知らせ るメールが来る。小5のとき,1ヵ月間,アメリカの親戚の家に行き,小6のとき,1ヵ月間,民族史観学校 の英語キャンプに参加した。学年が上がるたびに勉強ができなくなることに危機感を覚えた両親が留学を 勧めた。 U1さん(1995年生,男性):南アフリカの初等学校へ(子のみ) 父親は外資系銀行勤務,母親は専業主婦(元CA)。ネイティブ・スピーカーのいる英語幼稚園に通い(当時, 競争率はそれほど高くなかった),英語の家庭教師もついた。母親はカナダかアメリカへの母子留学を考え ていたが,2004年9月,小3で,移民した父親の兄の誘いで南アフリカ・ケープタウンのアメリカ系インタ ーナショナルスクールに留学し,2007年帰国予定。 V1さん(1995年生,男性):初等学生の非正規留学(子のみ) 父親は医者,母親は専業主婦。2002 年 12 月,7 歳(小 1)のとき,ハワイに 6 ヵ月間,留学した。母親が V1 さんを連れてハワイにいる妹のところに旅行に行き,置いてきた。6 ヵ月で帰ってきたのは,観光ビザ だったため。 小林(和):A さんちの1人目の子,2人目の子,B さんちの1人目の子,2人目の子というふうに見てい っていただければいいんですけれども,この研究会との関連で大事になってくるのは,トランスナショナ ルファミリーになっている期間がどこなのかということだと思います。斜線のところと白いところがトラ ンスナショナルファミリーの状態で暮らしている期間ということになります。斜線が引いてあるところは, いわゆる,キロギ家族の期間です。お母さんと子どもが外国に住んでいて,お父さんが韓国で暮らして仕 送りをしている期間というのが,斜線の期間です。それから,真っ白なところ,色がついていない白いと ころは,子どもだけが外国にいて,残りの家族が韓国にいる状態のところです。ぱっと見て,結構,バリ エーションがあるということが分かっていただければと思います。

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次に,よくあるパターンを挙げておきましたので,関心がある方は,あとでお読みいただければと思い ます。アルファベットの記号は,後ろの図に対応しております。まずB さんの例を挙げていますが,初期 のキロギ家族,トランスナショナルファミリーの現れ方です。専門職の父親が,自分の仕事の都合で家族 と一緒に海外赴任をして,現地の学校に子どもたちを通わせます。いよいよ任期が来て帰るというときに, 妻子が「帰らない」という,「私たちはこのまま残る,これはチャンスだ」と言い出すんですね。お父さん は「家族は一緒に暮らすべきだ,みんなで帰ろう」,そして,もめた末に妻子だけ残してくる。90 年代の 終わり頃には,こういうかたちで生じるトランスナショナルファミリーが,よく見られました。 次のP さんの例も,よくあります。自分の親族のなかの誰かが海外赴任になった。そうしたら,「うちの 子も連れていって」と頼むパターンです。「うちの子も英語の勉強をさせたいから」,あるいは,「うちの子 も海外で教育を受けさせたいから,一緒に行かせて」と頼んで,自分の子どもを同行させるというのが,P さんのうちのパターンです。ただし,このうちの場合は,最初は子どもだけを,おじさんに預けようとし たんですけれども,現地に行ってみたら,とても,母親抜きで生活できる環境ではないということで,急 きょ,お母さんが残ることになったために,キロギ家族になっています。 その次のX さんちのパターンは,2000 年代に入って,早期留学が大衆化してきてから現れる例です。お 母さんと,お母さんのお姉さん,小学校の先生ですけれども,その2人で相談して,2組の母子,計5人 でマニラで一軒家を借りて暮らして,子どもたちをインターナショナルスクールに通わせ,1年で帰って きています。 その次もよくある例で,親族のなかの誰かがアメリカに親戚がいるということで,市民権を持っている 子どもを将来アメリカの大学に入れることを見据えて,アメリカの教育を受けさせるべく,早期留学をさ せるパターンです。そのあと,G さん以下,載っておりますのは,子どものみ行かせる場合のパターンで す。G さんは,典型的とは言いがたいんですけれども,「お金さえあれば,みんな,こうしたいんだよ」と, 皆さんが語っていた理想のパターンにあたるので載せておきました。アメリカ東海岸の,アメリカ大統領 の出身校といわれるような名門私立ボーディングスクールに子どもを行かせる。これは,ものすごい年収 の弁護士さんがやられた事例です。 それから,少し大衆化してきてから出てきたパターンが,その下のO さんです。なんらかの事業をして いる人が,息子にその事業を継がせるという前提で,中国に1人で早期留学に行かせる。これも,割とよ くあります。この方は電気関係の事業をしている方でした。 その次のQ さんですが先ほど話した管理型留学の例です。エージェントを通して,子どもを集団で連れ ていって,現地でホームステイさせて1年とか2年とか,エージェントが面倒を見てくれて,最後もちゃ んと連れて帰ってきてくれます。長い修学旅行のような留学のしかたというのが2006 年頃から出てきます。 その次は,南アフリカに移民した親戚がいたので,そこに預けた。その次は小学校1年生の子を6カ月 間,ハワイにいる妹のところに置いてきたという話です。母親が自分の女きょうだいのところに子どもを 置いてくるというパターンが,よくみられます。韓国の方と話していると,女きょうだいのところに子ど もを預けるというのは,あまり不安がないそうです。この方の妹さんは,ハワイの大学に留学中でした。 そこで,留学中の妹のところに,子どもを連れていって,ハワイの小学校に子どもを通わせて,英語の勉 強をさせ,半年後に連れて帰るということをやっていらっしゃいました。

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今まで話したのが,わりと,よくみられるパターンです。整理しますと,表2のようになりました。早 期留学が始まった初期のころには,欧米に海外赴任経験があったり,欧米に知り合いがいたりと,それな りに外国人についての知識もあって,それなりの社会階層である親が子どもを連れて外国にいって,そし て母親が子どもとともに残るというパターンが,割と多かったんです。ところが,中間層に拡散していく 過程で,やり方が多様化してきます。母親が同行しない留学のバリエーションが増えてきますし,留学先 も多様化してきます。親が外国についての知識があまりなくても,エージェントに任せてお金を払えば, 安心して留学させられるシステムが出てくるために,母親が同行する必要がないパターンも増えてきまし た。

表 2 早期留学生の家族形態の特徴

全 体 Ⅰ 大学生以上 (1976-1988 年生) Ⅱ 中学2年生- 高校生 (1988-1991 年生) Ⅲ 初等学生- 中学1年生 (1993-1997 年生) 調査事例数 25 家族(37 人) 9 家族(16 人) 7 家族(11 人) 9 家族(10 人) 「キロギ家族」 の経験 9 家族(17 人) 4 家族(8 人) 3 家族(6 人) 2 家族(3 人) 留学先 欧米:21 家族(33 人) アメリカ:14 家族(21 人) 欧米:9 家族(16 人) アメリカ:7 家族(12 人) 欧米:6 家族(10 人) アメリカ:5 家族(7 人) 欧米:6 家族(7 人) カナダ:4 家族(5 人) 家族での海外赴 任経験 10 家族(18 人) 7 家族(13 人) 2 家族(4 人) 1 家族(1 人) 親の海外赴任終 了後の残留によ る早期留学 7 家族(13 人) 6 家族(11 人) 1 家族(2 人) 0 家族(0 人) 注:小林(2007b),pp.158,165 より作成 出典:小林(2009a),p.3 ここで注意していただきたいことは,早期留学の場合は,必ずキロギ家族になるわけではないというこ とです。先ほども,だんだん中間層に早期留学が広まっていって,パターンが多様化してくると,キロギ 家族ではないパターンがいろいろ出てきますという話をしたんですが,これを見ていただくと,そのこと が具体的に示されていると思います。興味のある方は,私が,このお父さんたちのインタビューをした内 容を書いた論文[小林和美 2009a]を出しておりますので,そちらを読んでいただけば,具体的なストー リーとして理解していただけると思います。 キロギ家族の家族形態の変遷から分かることをまとめますと,キロギ家族の出現のしかたには2パター ンあるのだということが分かってきました。子どもを外国の大学,特にアメリカの大学に入学させること を目標として留学をする家族の場合は,子どもが中学生,高校生のころから,大学に入学するまでのあい だの期間をキロギ家族にする,トランスナショナルファミリーとして過ごすという傾向があります。もっ

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と幼い段階の子ども,小学生とか中学1年生ぐらいまでの子どもに英語を身につけさせるということを目 的として,早期留学をする家庭の場合には,1年か2年のあいだ,期間限定で,みんなで耐えましょうと いうことで,トランスナショナルファミリーを選択するという傾向があると。ただし,先ほども述べまし たように,近年では,できるだけ,キロギ家族の形態を避けようということで,それに代わる方法が模索 されています。 最後に,国境をまたぐ家族を量的にどう把握するのかということが,この研究会の課題だということで したので,私の分かる範囲で情報提供ができればと思って資料をまとめております。まず第一に,最初に 早期留学生の数をグラフで示しましたけれども,これが韓国では,どうやって把握されているのかを説明 しようと思います。1ページ目に載っている,このグラフですけれども,韓国では,これが早期留学生数 の変遷という名前をつけて,新聞などに出てきます。このデータを公開している韓国教育開発院が元にな る数字をどうやってつくっているかといいますと,学校から上がってきた数字をまとめていることになり ます。それぞれの地域の教育庁に調査依頼が来るのですが,教育庁は,それを学校にたずねます。だから, 学校が留学のために,学校をやめた子たちのデータを教育庁に上げて,教育庁が,その数字を,さらに, 上に上げてまとめられたものがこの数字ということになるわけです。早期留学というのは,割と周囲から の批判がある現象なんですね。 ですから,学校に留学すると言わないで,ある日,突然来なくなることが,よくあるのだそうです。2 学期が始まったら,夏休みが明けたら,教室の子どもが少ない,何日もたっても登校しない,どうしたん だろうと調べたら留学していたということが,よくあるそうです。そういう子たちが統計に上がってきて いるかどうかは,疑問です。それから,最初は親の海外勤務に子どもがついていったんだけども,お父さ んだけが1人で帰国するというパターンだと,学校に届け出る時点では,海外赴任への同行になるので留 学ではありません。ということで,この早期留学生の数字は,実際とは距離がありますが,正確に把握す ることは難しいです。 2番目の「海外コリアン数の把握」については,外交部の在外同胞現況を見ますと,海外コリアンの数 が分かるようになっています。海外コリアン,すなわち,在外同胞とは何かという定義は,この外交部の 統計に書かれています。 早期留学によって国境をまたぐ家族が生じやすくなる要因の1つとして,海外に居住する親戚や知人が いる人が,たくさんいることがあげられます。海外コリアン数が非常に多いので,どこか外国に子どもを 送り込もうと思ったとき,つての1つや,2つはある人が多いという背景があります。 それから,3番目の「国外分居家族数の把握」についてです。韓国の統計庁が社会調査をやっておりま して,その調査票のなかに「分散家族」を調べる項目が入っています。2006 年から家族部門の質問項目に, 「分散家族」が新しく加わりました。 職場や学業などの理由で他地域(海外を含む)に住んでいる配偶者や未婚子がいる家族のことを,ここ で「分散家族」といっています。最初は「分散家族」という名前で調査が行われていたんですけれども, 2010 年から,「分居家族」に変わりました。調査票の細かい文言は,ほとんど変化なく2006 年から同じで す。右上が韓国語の調査票で,その下に日本語訳を載せておきました。 調査結果を見ると,分居家族,つまり,家族成員のなかの一部が分かれて住んでいるという家族が全世

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帯の,20%ぐらいあるということが分かります。その結果は表3にまとめておきました。調査票には,世 帯主が,原則,答えますので,世帯主から見て分居家族がいるかどうか,「いる」のほうに丸をつけている 人が何パーセントかという数字が発表されています。このうち,分居家族員が国外にいる人の割合が出て いますので,これをかけ算しますと,国外分居家族のいる世帯主が全体の何パーセントを占めるのかを計 算することができます。2014 年で 2.1%,50 世帯に1世帯ほどが,海外に配偶者なり,子どもなりが住ん でいる家族であると推計することができます。この数字が多いのか,少ないのか,あるいは実態を反映し ているのか,していないのかということについては,ご教授いただきたいと思います。 それから,調査票の下のほうに,別に住んでいる理由が問われていますので,この項目を見てみました。 ただし,残念なことに,国家統計ポータル(KOSIS)には,配偶者と未婚子それぞれの数値が載っていない んです。ですので,一般公開されている範囲で分かるのは,ここまでですけれども,国内と国外で別に住 んでいる理由が違うことが分かります。国内の場合ですと,仕事の関係,職場の事情で分居している人が 多いんですけれども,国外になると留学が,一番多い割合を占めています。ですから,留学は,国外分居 家族形成の大きな要因の1つになっていることを,ここから推測することができると思います。お時間で すね。以上,私が早期留学の研究をやってきたことのなかで,この研究会と関係がありそうなことについ てお話しさせていただきました。どうもありがとうございました。 西野:興味深いご報告をありがとうございました。ちょっと時間が押しておりますので,やはり,簡単な, 事実確認だけ,ここでさせていただいて,中身に関する議論は後半のほうに回させていただきたいと思い ます。要望など,あるいは調査に関して確認しておきたい点などございますでしょうか。よろしいですか。 ご研究の中身に関しては,いろいろとお尋ねしたいこともたくさんありますが,それは後半のほうに回さ せていただきまして,ありがとうございました。それでは,続きまして,第3報告をお願いしております, 清水先生から,よろしくお願いします。それでは,清水浩昭先生から,「<国境をまたぐ家族>国際調査へ の提言」ということで,副タイトルが「『世帯・家族』調査票の研究史的検討を通じて」が今回の広域調査 法検討というテーマに合ったご報告をお願いしていました。よろしくお願いいたします。

<国境をまたぐ家族>国際調査への提言――「世帯・家族」調査票の研究史的検討を通

じて

清水:第1報告と第2 報告を伺いながら,果たして,私の報告が,うまく繋がるだろうかと心配していた のですが,松本先生の移民の話を伺いながら,人類学では泉靖一先生が編集した『移民 ブラジル移民の 実態調査』古今書院,1957 年が,社会学では福武直先生編の『アメリカ村―移民送出村の実態』東京大学 出版会,1953 年があります。これらの調査報告を思い出しながら,お二人の報告に繋がることを念じてお ります。 さて,私に与えられました報告課題は,日本で実施されてきた世帯(家族)の変遷をお話しすることで すが,私の報告が,今回の調査にお役に立てば,ありがたいなと,考えております。 ここにお集まりの皆さんは人類学が専門の方が多いので,調査票を使った調査は少ないと思いますが, 今日は,様々な調査で用いられております世帯調査,その代表的なものが「国勢調査」ですので,はじめ

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に,この調査のお話しをさせていただきます。まず,国勢調査における世帯と家族との関係をみたいと思 います。資料1をご覧下さい。家族は同居親族と他出家族員とで形成されていますが,世帯は同居親族と 同居非親族とを組み合わせたものになります。ですから,世帯調査からは家族が把握できないことも生じ ます。例えば,東洋大学に入学した学生が,故郷を離れて板橋区に居を構えたとしますと,国勢調査では, 板橋区で一人暮らしをしている大学生は「単独世帯」になりますが,故郷のご両親は,その父母と生活し ていれば「二世代のその他の親族世帯」となります。ところが,家族としてみると,「三世代のその他の親 族世帯」(「単独世帯」+「二世代のその他の世帯」)になるわけです。このように他出家族員がいる場合, 世帯は家族と異なった様相を示すことになります。

資料 1 世帯の家族との関連

出典:森岡清美「家族をどうとらえるか」 森岡清美・望月嵩『家族社会学(四訂版)』培風館,2007 年 この国勢調査は,1920 年に開始されました。この調査を用いて世帯の動向を明らかにしたのが戸田貞三 先生の『家族構成』(弘文堂,1937 年)になります。戸田貞三先生は,晩年,東洋大学に在籍しておられ まして,東洋大学には戸田文庫というものがありました。そこで,川合隆男監修『戸田貞三著作集』(大空 社,1993 年)の刊行の折には,松本先生が川合隆男先生に,協力されたと聞いております。 さて,国勢調査に再度戻ります。国勢調査では,資料2のような世帯の種類を表示しております。現在 は,一般世帯と施設等の世帯の分類になっていますが,かつては普通世帯と準世帯でした。何故,この分 類が現在のようになったかですが,従来,準世帯に分類されていた「間借・下宿などの単身者」と「会社 の独身寮の単身者」は「一戸を構えて住んでいる単身者」に準ずるとの考えられると判断したからだと言 われております。資料3がその国勢調査票です。

資料 2 世帯の種類

一般世帯 施設等の世帯 普通世帯 ・住居と生計を共にしている人の集まり ・一戸を構えて住んでいる単身者

C

A

B

家族=A+B 世帯=A+C A:同居親族 B:他出家族員 C:同居非親族

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準世帯 ・間借り・下宿などの単身者 ・会社などの独身寮の単身者 ・寮・寄宿舎の学生・生徒 ・病院・療養所の入院者 ・社会施設の入所者 ・自衛隊の営舎内居住者 ・矯正施設の入所者 ・その他 出典:総務省統計局編『平成 22 年国勢調査報告書日本の人口・世帯(上巻-解説・資料編)』総務省統 計局,2014 年 それでは,世帯票から家族をみることは,できないのでしょうか,そのことを可能にした調査票が資料 4です。これは,家族問題研究会(現在の家族問題研究学会)が大丹波(奥多摩町)の山村世帯,狛江町 (現在の狛江市)の農家世帯と非農家世帯,戸山アパート(新宿区)の都市世帯を対象にして行ったもの です。調査結果は,小山隆編『現代家族の研究』(弘文堂,1960 年)にまとめられています。この調査票 には,他出家族員の記入欄がありますので,現在世帯員と他出家族員を合わせますと家族になります。小 山隆先生も東洋大学におられまして,私の指導教授です。このように東洋大学には,家族研究を牽引して きた戸田貞三先生,小山隆先生がおられたことになります。 つぎに,厚生省人口問題研究所(現在の国立社会保障・人口問題研究所)の調査票を紹介します。この 調査は,高度経済成長に伴う人口移動が農村地域と都市地域に核家族化をもたらすという研究に対する疑 問から行われたものです。その議論は,農村地域からの若年層による大都市圏への人口流出は,農村地域 に「高年型核家族」を,大都市圏には「若年型核家族」をもたらしたとの理論で,小山隆先生が提示した ものです。しかし,岡正雄先生・泉靖一先生・蒲生正男先生を中心とする社会人類学の研究によれば,日 本社会には地域性が存在しているとの見解がありました。そこで,私たちは,二つの見解のいずれが妥当 するのかを検討することにしました。その調査票が資料5(その後,平成10 年に,私が日本大学の研究費 で同じ調査を行いました。この調査票は,その時のもの)です。この調査は,昭和62 年に実施された回想 法による調査です。昭和30 年以降について調査することにしました。これには,二つの意味があります。 一つは高度経済成長直前の状況把握です。もう一つは,30 年間(約1世代)であれば,記憶の範囲となる と想定したからです。資料5にありますような記載方法によって実施されました。調査地は,山形県山形 市・藤島町,愛知県名古屋市千種区・中区・中川区名東区,大阪府大阪市東区・南区・西成区・鶴見区, 島根県松江市・温泉津町・菱川町,鹿児島県鹿児島市・大崎町・鶴田町でした。この調査結果は,資料6 のような方式で集計しました(この集計は,歴史人口学者の速水融先生の分析方法を借用したもので,そ の方法は,速水融『近世農村の歴史人口学的研究』(東洋経済新報社,1973 年)の 143 頁に記述されてお ります)。 なお,調査結果は,実地調査報告資料『昭和62 年度世帯形成の地域差に関する人口学的調査』(厚生省 人口問題研究所)として公表されています。私も『高齢化社会と家族構造の地域性――人口変動と文化伝 統をめぐって』(時潮社,1992 年)で,この調査資料を用いて分析を行いました。 しかし,その後,従来と違う見方で家族を把握しようとする動きが出て参りました。田淵六郎先生によ

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