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ナガサキ・ヒロシマ通信 No.205

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Title

ナガサキ・ヒロシマ通信 No.205

Author(s)

Citation

ナガサキ・ヒロシマ通信 No.205; 2015

Issue Date

2015-02-20

URL

http://hdl.handle.net/10069/36821

Right

© 長崎の証言の会

NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE

(2)

11

I

(1) ナガサキ・ヒロシマ通信N0.205 (18 一事務局だより ︻活動報告︼ 九月二十五日RECNA研 究会 十一月六日証言集発行・記 者会見 十一月二十二日運営委員会 十一月二十九日﹁戦後史を 残す会﹂総会 十二月八日不戦の集い 十二月十一日運営委員会 十二月十三日故本島等氏を 偲ぶ会 十二月十四日﹁証言の会﹂ 総会 ︻遺構巡り・講話︼ 九月七校/講話一校十月六 校/講話四校十一月十一校 /講話一校十二月一校 ︻カンパに感謝致します︼ 水野浩氏︵旭丘高︶三万円/ 森口貢氏三万円/芝野由和 氏千円/古川︵夏目︶有子

氏千円/井上日磨美氏五

千円/大島知子氏二千円/ 北園健二氏五千円/妹尾芙 美子氏五千円/荒巻︵鶴︶ 文乃氏三千円/田崎昇氏 五千円/塩塚修氏五千円/ 濱崎梢氏五千五百円/大賀 和男氏五千円/山村晋氏 五千円/冨増由美子氏二千 円/匿名氏一万円 事務局雑感一 0 ■ 0 Ⅱ ■ Ⅱ 1 . 1 Ⅱ Ⅱ ■ I ︲ l Ⅱ 0 1 Ⅱ l ﹂ ﹁天皇の戦争責任は、ある

11

と思う﹂と発言し、右翼から 銃撃され、辛うじて死を免れ た元長崎市長・本島等氏が、 二十五年目の昨年十月三十一 日に亡くなられた。九十二歳 だった。右翼は彼を暗殺して 口を封じようと意図したが、 本島さんは、発言を撤回する ことはなかった。 一月十四日仏で起こったテ ロ、イスラム教の預言者ムハ ンマドを椰楡する風刺画を掲 載した週刊誌の編集者や画家 を襲撃して射殺した。表現の 自由を否定することだとして 欧州初め各国の首脳も参加し て抗議のデモが仏の各都市で 行われた。日本でも表現の自 由は守られるべきとして主張 している。一方では、宗教を 冒涜する表現は慎むべきとい う論も出ている。二十五年前 の本島市長暗殺未遂事件も、 フランスの事件も表現の自由 を否定する事では根っこは同 じだが、背景は異質と考える。 仏の事件はさておき、本島 市長暗殺未遂事件の引き金と なった発言は、未だ日本では 総括されていない。﹁天皇の 戦争責任﹂を語ることは、菊 のタブーとされているからか。 昭和天皇が、戦後米国訪問の 折、﹁原爆投下は、戦争だっ たのでやむ得なかった﹂と 言ったが、その戦争の宣戦布 告は、﹁開戦の詔勅﹂として 天皇が発し、御名御璽と署名 ID﹁

'

. ’ 1 元長崎市長・本島等追悼 『銃撃事件25年」展 ∼平和と民主主羅は守られたか∼

元長崎市長・本島等追悼「銃撃事件25年」展2015年度「長崎の証言の会」総会。講演する ( 於 長 崎 新 聞 1 F ホ ー ル ) 舟 越 歌 一 氏 ( 元 ・ 長 崎 大 学 教 授 ) 。 11■■■■一一-一一一-一・ 天皇が統治し、・・国の元首 条、第四条で﹁大日本帝国は した。大日本帝国憲法の第一 で統治権を総攪し・・﹂とあ り更に第十三条で﹁天皇は戦 を宣し和を講し・・﹂とある。 このことからも戦争責任が天 皇にあることは自明である。 それでも、米国の占領政策と 相まって、戦争責任は、軍部 や輔弼の責任となり、天皇の 責任は、菊の張の奥に隠され て議論は埋れてしまった。 数年前、当時の久間防衛大 臣が﹁原爆投下は仕様がな かった﹂と言って、市民から の抗議を受けて、大臣を辞職 したが、米国での天皇の発言 は、日本国内では漣程度の反 響で、大きな問題にはならな かった。何故なのか。﹁菊の タブー﹂という自主規制で、 マスメディアも政治家も、多 くの評論家も口を閉ざした。 昨年の衆院選挙の際、自民 党はマスメディアに報道のや り方で注文を付けた。又、NH K籾井会長は政治家を椰楡し た文言を、芸人の台詞から削 除させたという。表現の自由 を言うならば、これは侵害であ る。しかし、報道は僅少であった。 他所事では、言論の自由を 叫び、国内では言論を自粛し、 些細なこととする。我が国は 言論の自由が二重基準として 存在しているのではないか。 ︵森口貢︶ 『胱撃事件妬竿』を考えろ 髄

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一 元長崎市長.本島等追悼シンポ「銃撃事件25 年」を考える(写真提供四枚共森口正彦さん) 太平洋戦争開戦72年目、「核廃絶人類不戦の碑」前 の不戦の集い、平和への思いを合唱する活水高生。 そして平和憲法壊憲:.:.。ま さに﹁この道﹂は﹁いつか来 た戦争への道﹂である。 *﹁イスラム国﹂の人質殺害 事件’貧困、差別、無知︲:⋮・ 憎悪と暴力の連鎖が続く。そ こには常に格差社会を生み出 す経済的利潤追求に繋がる ﹁犠牲のシステム﹂がある。 ﹁知っていて蛮勇奮い歴訪 し﹂﹁さあこれで有志連合仲 間入り﹂︵同柳壇大和田淳 雄︶。私達、自分自身も傍観 者になっていないだろうか? *﹃過去に目を閉ざす者は、 現在にも盲目となる﹄l独・ 元大統領ワイッゼッカー氏が 逝去された。ヨ過去に目を閉 じる﹄者とは首相かね﹂︵同 柳壇・村上健︶。 安倍首相は戦後七十年の談 話で歴代内閣のキーワードの 継承に否定的な考えを示した。 ﹁積極的平和で人を殺すより 消極的でも非戦を選ぶ﹂︵同 歌壇・前田一摸︶。私達は今、 方向を見誤ってはならない時 に立っている。︵森口正彦︶ 編集後記 *﹁戦争へなだれし日にも間 かされしこの道しかないは いつか来た道﹂︵朝日歌壇・ 中原千絵子︶。昨年末の衆院 選挙の自民党ポスターに﹃こ 長崎市議会での﹁天皇の戦争 責任はあると思う﹂という答 弁だった。 この一言が、当時のマスコ ミによって大々的に報道され、 ﹁言論の自由﹂を守ろうとの になったのは、八八年十二月、 をとりとめた。事件の引き金 銃撃されたが、奇跡的に一命 月十八日に市役所の玄関前で 本島さんは、一九九0年一 に開催された。 五年﹂展が、二O一五年一月 んを追悼する﹁銃撃事件二十 ある。元長崎市長,本島等さ た暴力という巨大な不条理で 平和と民主主義に襲いかかっ 品という﹁物﹂が語るのは、 た血まみれのワイ、ンヤシ。遺 痕。手術時に鋏で切り裂かれ 背広に残る五ミリの銃弾の 人間の課題 構造的暴力の根絶こそ 世論が雲7ねりとなった。言論 の自由は民主主義の根幹であ るから、言論の自由を守れと いう論調は当然だ。しかし答 弁の主眼点は﹁戦争責任﹂だっ たが﹁菊のタブー﹂からか、 それは論じられなかった。 日本のヘイトスピーチや欧 米でのテロにみる﹁異なるも の﹂への侮辱や敵対行動と言 論・表現の自由についても、 論点をすり替えるのではなく、 暴力の世界化の根源たる貧困、 差別、格差といった構造的暴 力の根絶に真正面から向き合 うことこそ二十一世紀を生き る人間の課題ではないだろ建7

か。︵山川剛︶

密保護法・集団的自衛権行使。 の道に待っているのは特定秘 の道しかない﹄とあった。こ

一一 、 一 一 一 二 や , = ‐ - - - 一 一 一 一 口 一 一 F 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 上 一 言 一 一 一 一 一 一 一 − , - − − − − − − − . = 一 A/Vews/erZer〃o"7A脚GASA〃一月脾OSf〃レル4

2015.2.20 定価年1500円(送料含む) 発行長崎の証言の会 事務局 〒852-8105長崎市目覚町25-5 念・FAXO95-848-6879 〔主な内容〕 太平洋礎争開始72年-ナガサキ・不屈の蝋 い2,狐5年庇隈崎の証言の会騰会・活 動方針4、帥15年隈崎の証首の会」新年 の災い(悪口正彦)8,本島市長銃繁リ件 25年展で考えたこと(舟越敗一)9、韓甫大 学での平和交流仇尾育朗)10、原覺核災・ フクシマからの報告一被災5年目、反攻のと き(#、弘)11,イスラム国問題などについて (戸、柵12、佐野凧繍大使・核爆発の認駐 発言への抗齪寅Iリ114、ナガサキ通憶(末永 浩)15、ヒロシマ通信(田崎昇)16,瓢務局だ よ')<森口尚)18絹典後記(孫口正彦)18 一一口 一一 一一一 一一

(3)

l ‐ | ’ (2) ナガサキ・ヒロシマ通信No.205 (3) | ’ 午後五時半、冬の日暮れが 迫る碑前には、証言の会・被 災協など、高齢者から高校生、 幼少年児まで市民約三十人。 司会進行は太田千賀子︵証言 の会・運営委員︶さん。 集いは、次第に濃くなりゆ く暮色に包まれる碑前に、日 本・アジア諸国を含めて全て の戦争犠牲者およそ三千万人 余の命への追悼と平和祈念の 思いを胸に全員での黙祷から 始められた。そして献灯。十 五年にも及ぶ侵略戦争で、犠 牲者の殆どが人生の半ばにも いかない中に命を絶たれ、奪 われていった。この戦争犠牲 0﹃L︲ヨー’一一次やユヨP院 海軍による真 島コタバルー ら始まった十 洋開戦日。爆 にある﹁核壷 碑﹂前で、長 長崎被災協な ﹃ナガサキ不 今年も寒気厳 十二弓瓜司別 ジオが対米英戦争開戦を伝え た時、大変なことだと思った。 戦争では多くの人達が犠牲に なることは、日中戦争で出征 した多くの兵隊が帰ってこな いことで知っていた。そして 弟は、敗戦を知らせる放送が あった八月十五日、死んで いった。被爆後、弟を空き地 に一人で運び、木切れを集め て焼いたことは忘れない。弟 は平和な日を一日も生きずに 命を終わっていった。家族を 全て失い、たった一人で私は 被爆後を生きた﹂と池田早苗 さん。続いて、末永さん﹁先 日、こんな川柳が投稿されて いたl﹃戦争が廊下の隅に 立っている﹄。そこで私も 作った。﹃戦争が安倍の後ろ に立っている﹄。戦争は絶対 に始めさせてはならない。ダ メなものは駄目なのだ﹂。 山川さん﹁何回も同じ話を しなければならない恐ろしい 時代になった。過去のことを 学ぼうとしない日本人が多く なり、その人達が国を動かし ている。過去に学ばないこと の大きな原因は教育とマスコ ミにある。教育の問題が起 こっても、日教組のコメント は出ない。全てにものを言わ なくなっている。八・十五、 十二・八のマスコミ報道でも、 八・十五は取り上げても、十

澆戻預絶輔禧

集い﹂が、 芙催によ基 証言の会・ ︿類不戦の 公園の一睡 八日の太率 奇襲攻蕊労 一○一四生 一圭雪lL堤﹂o 大のレーン夫妻、学生の宮沢 さんも逮捕され投獄。拘束理 由は海軍飛行場の話をしたこ とだったとのこと。敗戦後、 宮沢さんは釈放されましたが 二十七歳で死去。この戦争で 日本人約三百十万人、アジア 諸国の犠牲者は二千万人に及 びました。今、安倍政権は再 び戦争への道を歩き始めよう としています。私達は再び子 供や孫達を戦火に追いやり、 戦場に出してはなりません﹂。 事実、開戦翌日から治安維 持法や軍機保護法などが適用 され、外事警察と憲兵隊に よって、八、九日の二日間で や訣垂届耒 田中重 開戦のR や憲兵に 本政府と 口を塞ぎ 二・八は報道しない。結果は 書くが、原因は書かない。被 害は書くが、加害は書かない。 十二・八を社説で書いたのは、 地元紙・長崎新聞と中日、東 京新聞の三社のみ。今日は戦 争について考えることがテー マである。ナガサキから全国 に必要な言論報道を広げよ う﹂。最後は、竹下芙美さん ﹁足下に寒さが来るこの日の 二か月前に私は生まれ、四歳 になる前に被爆した。戦争に 反対する声も上げられなかっ た。今度の選挙、戦争には一 切荷担しない党を支持し、周 りにも広げよう。かつて天皇 の戦争責任に触れた元長崎市 長・本島さんの暗殺未遂銃撃 事件から二十五年目。彼は自 分の意見を曲げることなく、 その後、平和運動に身を捧げ ていかれた。改めて、学び、 その意志を受け継ぎたい﹂。 集いの締めくくりは、活水 高校・平和学習部/岩下梨菜 さんら生徒四人による﹃不戦 の誓い﹄発表。﹁.:⋮私達は 二度とあのような悲惨な出来 事を繰り返してはいけません。 私達は微力だけど無力ではあ りません。⋮⋮核兵器廃絶と 平和の大切さを世界に訴えて いくことを誓います﹂⋮.:若 い凛とした声が、夕闇に包ま れた爆心地公園に響いていつ 隣垂︷ヨ目 ロウソケ 老α△町〃 琴三弐こ圭迩今訓 の明かh の中にあ 和責任存 合掌、そ 加出席者 明へと移 、の園一犀 ﹄逮捕黄 一国民の ﹄O多Lの α汁叶て煕 台戦争寶 口自身に して追悼 からの因 拘束された人達は六百八十三 人。その殆どが普通の庶民や 学者だった。その頃、庶民の 生活を詠んだ歌人・渡辺順三 は東京・下北沢で古書店を営 んでいたが、検挙された時に 家族に次の歌を残していった という’﹃ある子供は大きな 柿の樹を描いていた枯れ枝 の中に一つ、赤々と実を﹄。 ところが、特高警察は、この 冬の風景を詠んだ渡辺の歌に 対し﹁赤い実は﹃弾圧されて も共産党は健在だ﹄というこ とを暗示している﹂と決めつ け、厳寒の拘留中に、水を入 れたバケツを順三の両手に持 たせ、膝の裏に棒を入れた状 態で床に座らせて拷問したと いう。渡辺が保釈されたのは 拘束から一年三か月後の四十 三年三月だった。そして、七 十二年後の今国会で安倍・自 公民政権は現代版・治安維持、 軍機保護、国防保安法I﹃特 定機密保護法﹄を成立させた。 次いで城壷さん﹁私の一番 の心配は、国民は今度の選挙 で安倍政権が何を行なおうと しているのか知ろうともしな いで、アベノミクスという経 済的感覚だけで選挙に臨んで はないかということです。若 いお母さん方に何を基準にし て選ぶのか尋ねると、集団的 自衛権や特定秘密法などは殆 た。 閉会の言葉は、証言の会代 表委員・内田伯さん。廣瀬方 人さん共に入院と体調不良で 不参加のために挨拶代読と なった。﹁一九四一年十二月 八日未明、日本海軍攻撃隊に よるアメリカ太平洋艦隊への 奇襲攻撃lそれが四年近くに も及ぶ太平洋戦争の始まりで した。一九三一年の満州事変、 そして一九三七年盧溝橋から 始まった中国大陸への侵略戦 争は拡大していく一方、世界 恐慌と共に日本でも経済不況 が広がり、その中で起きた 五・一五事件、二・二六事件 をきっかけに軍部の台頭を許 し、日本の社会全体が暗黒と 閉塞感に覆われてきました。 更に台頭するナチスドイッの 勢いに魅せられた軍やマスメ ディアは、三国同盟締結を主 張し、それに対する国民の反 対意見は押し潰され、戦争へ の道へと日本は突き進んで いったのでした。 何故、私達国民は太平洋戦 争を避けることはできなかっ たのか?何故、戦争反対の 国民の意思を反対運動に結束 していけなかったのか?そ の結果がナガサキ・ヒロシマ ヘの原爆投下へと繋がってい たことを考えると、改めて無 念の思いでいっぱいですcそ ど考えていない。最も大切な ことを知らないで行動するこ との恐ろしさです。共に考え たい﹂。 さらに発言者は続いた。﹁ク リントン大統領時の国防次官 補ナイ氏は近代兵器の威力増 大の中で基地の恒久化は非常 に危険だと指摘している。県 知事選で示した沖縄市民の辺 野古基地は県外・国外移設と の意思を自公民政権は無視。 民主主義の否定を超えて対米 従属の中に基地恒久化を進め ている。自然災害は近代的科 学の力でも完全な予知はでき ないが、戦争は必ず前兆があ り、予知できる。太平洋戦争 時は軍機保護法、国防保安法、 治安維持法といった悪法で、 国民は予知力さえ奪われて戦 争に巻き込まれていった。今、 安倍自公民政権は、再びかっ ての同じ破滅の道に私達国民 を巻き込もうとしている。今 回の選挙でも好戦・好核政党 に対し真に平和を守り、民主 主義国家を目指しているのは、

どんな人達か?どの政党

か?しっかり見極める務め が被爆地を問わず、私達には ある﹂と森口正彦さん。 ﹁私の弟は、満三歳で被爆 の中に死んでいった。この 弟・三郎が生まれたのが七十 二年前の今日の晩だった。ラ 八月十五日の敗戦記念日が、 天皇をはじめ政府閣僚、遺族 など出席の中での全国戦没者 追悼式と共に必ず報道されて いながら、十二月八日の太平 洋開戦日は逆に風化、埋没化 されていく。むしろ意図的で ある感も免れない。昭和天皇 の開戦詔書と戦争責任に触れ ることは、加害を記憶するこ とであり、過去に学ぶことで あれば、そこにタブー視と忌 避感覚が働いているのでは? とも疑いたくなる。ヒロシマ。 ナガサキの被爆で終わった敗 戦を終戦と呼称していく中で、 加害よりも被害重視の中での 平和感覚は、日本人全体にあ るダブルスタンダード的な一 面ではないのだろうか? 私達は、この日を歴史の中 に決して埋没させない。永遠 に記憶に止どめ、語り繋いで いく使命を課せられている。 ﹃ナガサキ不戦の集些は、 とっぷりと暮れた冬の厳しい 寒さと共に午後六時半に終了 した。 ︵記録&文責森口正彦・運 営委員︶ れだけに太平洋戦争開戦七十 二年目の今日、戦争を許さず、 平和を守り抜く市民としての 私達それぞれの決意を確認す る集いとして終わりたい﹂。 二 一 = ー ニ ー ー 空 二 一

(4)

(5) ナガサキ・ヒロシマ通信N0.205 (4 ネルギー資源の開発と密接に 結びついている。尖閣諸島の 領有権主張の背後にも、基本 的には経済の発展を維持し続 けようとする中国政府の思惑 がある。他方、いまや中国と の貿易額が日本のそれの三倍 に達したアメリカも、何とか してアジアにおける権益や自 国の安全保障を確保しようと している。 ③イラン、北朝鮮の核開発問 題 イランと欧米六カ国による 核開発問題の包括的な解決を 目指す交渉期限は十一月二十 四日である。双方の努力は見 られるが、欧米がウラン濃縮 について核兵器開発の疑惑を かけているのに対して、イラ ンはあくまで核エネルギーの 平和利用のためだとして、両 者の隔たりは埋まっていない。 核不拡散条約︵NPT︶に照ら せば、イランの核の平和利用 という主張は条約違反ではな い。イランの核開発の基本に は、イスラエルの実質的な核 保有に対するアメリカ政府の 黙認があるが、この問題は議 論されないまま推移している。 被爆七十年目を前にした二 ○一四年十二月十四日日、長 崎被災協会議室で二○一五年 度の﹁長崎の証言の会﹂活動 方針案協議を中心にしての総 会が開催されました。 総合司会城臺美弥子さん。 議事進行・末永浩さん。内田 伯・証言の会代表委員の開会 挨拶に続いて、舟越取一︵長 崎大学名誉教授︶氏の講演﹃社 会が壊れる、政治が壊れる﹄ I

二○一五年度﹁長崎の証言の会﹂総会開催

l被爆七十年・非核非戦の世界を目指して’

二○一四年十二月十四日日於・長崎被災協 2015年度「長崎の証言の会」総会開催 北朝鮮は二○○三年にNP Tを脱退したまま核兵器の開 発を続けているが、来年五月 のNPT再検討会議でそれが どのような形で取り上げられ るのか定かではない。北朝鮮 が保有する核兵器の廃棄につ いては六ヶ国協議の枠組みが あるが、北朝鮮が望む﹁米朝 平和条約﹂の締結やエネル ギー、食料などの十分な供給 なしでは、北朝鮮の核兵器放 棄は極めて困難だと言わざる を得ない。 ④﹁核兵器の非人道性﹂の認 識の広がり

米国・英国は十二月に

ウィーンで開かれたばかりの ﹁核兵器の非人道性に関する 国際会議﹂︵通算三回目︶に 初めて参加した。他の主要な 核保有国であるロシア・フラ ンス・中国は参加しなかった。 米国は、会議参加に先立って 発表した声明で、﹁この会議 は核軍縮交渉にはふさわしく ない﹂と述べ、﹁核兵器禁止 条約﹂締結の促進につながる 動きを牽制する姿勢をあらわ にした。 また、この会議中、日本の

益。

推測予断が非常に困難な状況 沌としており、来年に向けた 現在の国際情勢は極めて混 ︵|︶国際情勢 一、情勢分析

なのか?戦後七十年目で

で、真の民主国家樹立は可能 に行動する能力が未熟なまま の利害を認識した上で政治的 こうとしているのか?自分 拡大の中に日本国をどこへ導 法政治の破壊と格差・貧困の 議席を占めた自公政権は、憲 全有権者の約十七%で八割の 国民の政策判断と投票行動I 昨年末の衆院選を巡っての 間半に渉って行われました。 が、質疑応答を含めて約一時

二○’五年度﹁長崎の証言の会﹂

活動方針

佐野利男軍縮大使が、核兵器 一剛蠅総蠅椰朏舟州獅価哨峨小 見方について、﹁悲観的過ぎ る。少し前向きに見てほし い﹂と発言した。﹁︵対応でき ないと︶あきらめるのではな く、国や国際機関が︵被害者 の︶救出の研究をすべきでは ないのか﹂というのが、発言 の真意であるという。 しかし、過去二回の﹁核兵 器の非人道性に関する国際会 議﹂で出された結論は、ひと たび核兵器が使用されれば、 いかなる機関・団体もそれに 効果的に対処することは不可 能、というものであった。佐 野大使の発言は、この認識を 一八○度ひっくり返し、核兵 器使用がありうることを前提 にしたもので、とうてい許さ れるものではない。︵※抗議 声明Puに掲載︶ ゥイーン会議に先立って、

去る十月二十日、日本や

ニュージーランドなどが、通 算五回目となる核兵器の非人 道性とその不使用を訴える共 同声明を国連第一委員会で発 表した︵日本が署名したのは 一 ﹁社会が壊れ、政治が壊れて いく﹂のをそのまま見過ごし ていっていいのか?選挙を 通じて国家としての在り方や 方向を決めるとすれば、民主 主義と平和・福祉国家を真に 実現していく政党に一票を託 すことが先ずは大切なことで はないのか?我々市民一人 ひとりの有権者としての在り 方に大きな課題を投げ掛けた 充実した講演でした。 次いで、総会議事に従って、 活動、会計報告、新年度の活 動方針案の協議と決定と被爆 七十年目を前にして非核・非 戦への世界への歩みを確認す る約三時間をこえての講演に 続く総会になりました。 ①アメリカの威信低下1国一 連安保理の機能不全 国内では、オバマ大統領へ の不信から十一月の中間選挙 で上院、下院とも共和党が多 数を占めて民主党甜剛過し、

I ’ 仙姻泪珊柵州臥於馴鰕州藤棚、一 剛勵淋川鯲訓搾即M餅即げけ︾|| 声明では﹁いかなる状況の下 でも核兵器が二度と使われな いことに人類の生存がかかっ ている﹂と核兵器の不使用を 求めている。 来年は被爆から七○年、四 月末からNPT再検討会議も 始まる。被爆の体験を証言す る者がいよいよいなくなろう とする今、私たちに課せられ た課題は重大である。 三︶国内の情勢 日本が先ほど述べた﹁核兵 器の非人道性﹂国際共同声明 に賛同したこと自体は歓迎す べきことだ。しかし、核廃絶 の主唱者としての表向きの顔 とは反対に、日本が依然とし て米国の︿核の傘﹀への依存 を放棄していないことは、声 明賛同の真意を疑わせるもの である。 それだけではない。安倍晋 三政権は今、核戦争を導きか ねない危険な政策ばかりを日 本国内で推し進めようとして おいっそう低下した。 大統領の政治的な指導力はな 他方、国際的には、ロシア によるクリミア半島の領有化 とウクライナ情勢の不安定化 があり、アメリカによるシリ ア政府軍への空爆、﹁イスラ ム国﹂への対応問題などで国 連安保理に米国が提出した決 議案に対してロシア、中国が 拒否権を発動して、安保理は 機能不全に陥った。一方、E Uとロシアは経済的な結びつ きが強く、クリミア編入問題 ではアメリカと同一歩調を とってロシアへの経済制裁に 踏み切ったものの、その足並 みは必ずしも揃っていない。 ②中国の力の拡大と、米中に よる新たな形の大国関係の 形成 十一月十一日に北京で開か れたAPECでは、中国の習 近平主席とオバマ大統領が十 時間以上に及ぶ会談を行った と報じられた。習主席は再度、 ﹁世界第一と第二の経済大国 の新たな形の大国関係﹂に言 及したという。中国はアジア 諸国と領土紛争を起こしてい るが、それらはそこに眠るエ I ■ ■ ■ 一 − 0 ー −−ー一一一一一一 ー= ー

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ナガサキ・ヒロシマ通信No.205 (7) (6) 核軍備競争の早期の停止及び 核軍備の縮小に関する効果的 な措置につき、誠実な交渉を おこなうことを約束する。﹂ とある。二○○○年のNPT 再検討会議で、﹁核兵器保有 国は保有核兵器の完全廃棄を 達成するという明確な約束を 行う﹂と合意したにも関わら ず、守られていない。核保有 国は、国防のためには核抑止 力は必要だとした政策をとり 続けている。 発足以来、﹁長崎の証言の 会﹂は、︿非核・非戦﹀を活 動の中心に据えている。安全 保障を︿核の傘﹀に頼る政策 には反対し、まずは北東アジ ア非核兵器地帯構想の実現を 図れと主張してきた。また、 非戦という観点から、現憲法 を擁護し、憲法改定には断固 として反対していく。 国内外がこのような不穏な 状況にある中、﹁被爆体験の 記憶﹂の普遍化と継承という 大きな問題が私たちの前に立 ちはだかっている。﹁長崎の 証言の会﹂でもこれを現在の 最重要課題であると見なし、 ﹃証言二○一四︵第二八集︶﹂ 集団的安全保障や平和維持活 自衛権の解禁に加え、国連の 秘密保護法の制定や集団的 ねない。 され、核攻撃の対象になりか 日本も相手方から敵国とみな 行使して米国を支援すれば、 陥り、日本が集団的自衛権を 米国が核保有国と交戦状態に らない。日本の同盟国である 加勢する権利﹂のことに他な 自衛権とは﹁他人のケンカに 変更を閣議決定した。集団的 行使を可能とする憲法解釈の 年七月一日、集団的自衛権の さらに、安倍政権は、十四 いる。 今年十二月十日に施行されて ことになるだろう。同法は、 チェック能力を著しく弱める 日本の軍事化に対する市民の 萎縮効果を人々にもたらし、 な活動は自粛しておこうとの 国家の﹁秘密﹂に触れるよう とを目的としたこの法律は、 下に市民の目から遠ざけるこ の活動を﹁特定秘密﹂の名の せた。政府による防衛や外交 月、特定秘密保護法を成立さ 安倍政権は二○一三年十二 いる。 で特集として取り上げた。長 崎で多くの高校生や大学生が、 被爆体験の記憶や被爆者の思 いを受け継ぎ、﹁核兵器なき 世界﹂の実現に向けて自らの 意思で活動していることから も明らかなように、すべての 若者が核兵器や戦争といった テーマに無関心だというので はない。問題は、いつの時代 にも一定程度は存在する﹁無 関心﹂な人びとに対して、︿非 核・非戦﹀を求める私たちの 声をいかにして届けるのか、 という点にある。残念ながら 今の日本社会は、戦前回帰の 方向をめざす勇ましい叫びだ けが、多くの若者たちにとっ て魅力的なものと映る時代に 入ってしまっている。 原爆投下から六十九年、歴 史の証人たちの減少は自然の 成り行きであるが、﹁長崎の 証言の会﹂の四十六年間の活 動を継続していくことが、私 たちにとって最重要課題であ る。差別と抑圧、戦争と核兵 器の問題性を告発し、ナガサ キ・ヒロシマの声を世界に浸 透させねばならない。証言活 動を継続するとともに、次の 核戦争への道でもある。 平和憲法破壊への道はまた、 の実戦使用ではなかったのか。 戦争の延長線上で起きた原爆 で見たものは、軍隊の始めた しかし、私たちが長崎・広島 の万能策とみる思想である。 るのは、軍隊を国際問題解決 うとする安倍政権の背後にあ に自衛隊をさらに関与させよ らない﹁グレーゾーン事態﹂ 動︵PKO︶、武力攻撃に至 また現政権は、東京電力福 島第一原発の事故後の処理が 思ったように進まず、被災者 への十分な賠償や生活支援も 行われない中で、日本各地の 原発再稼働へと踏み出そうと している。原発規制の新基準 策定後初めての原発再稼働が 鹿児島県の川内原発で行われ ようとしていることは、同じ 九州を基盤に活動する私たち にとっても無視できる問題で はない。 さらに、二○一四年中に以 前より強く現れてきたのは、 日本の歴史や文化をひたすら に美化し、過去の行いを忘れ させようという傾向である。 史実を無視して﹁従軍慰安婦 ︵四︶﹁長崎の証言の会﹂の事 業及び関連事業 一、事業活動 ①﹁証言二○一五﹂︵第二九 集︶の発行 ②﹁ナガサキ・ヒロシマ通 信﹂の発行 ③修学旅行で来崎する児童・ 生徒・学生・市民への証言 活動・講話・被爆遺構の案 内 ④﹁長崎原爆の戦後史を残す 会﹂への参加・支援 スピーチについては、十二月 まっている。しかし、へイト て、排外主義的な雰囲気が強 ︵憎悪表現・発言︶が広がっ 蔑・差別するヘイトスピーチ 国人などをあからさまに侮 妄言がはびこり、朝鮮人・中 など存在しなかった﹂という 十日までに出された最高裁判 決でも明確に﹁人種差別﹂だ と判断されており、決して許 されないものだと認識しなく てはならない。 また、安倍首相は二○一三 年末に靖国神社に参拝した。 教育現場では、﹁道徳の教科 化﹂を通じた生徒の評価が狙 われ、教育委員会への行政支 配を強める方向が目指される など、国家主義的な思想を植 え付けようとの動きが絶えな いO 日本が過去に行い、そして ある意味では現在も続いてい る植民地化の歴史を消し去ろ うとするこのような動きは、 日本とその周辺国との関係を いたずらに悪化させ、集団的 自衛権解禁を求める世論を作 り出すのに一役買っている。 根拠の薄い中国・北朝鮮脅威 二、企画 ①﹁ノーモア・ヒロシマ・ナ ガサキ記憶遺産を継承する 会﹂に協力・長崎の証言の 会資料の収集・保存

②被爆体験の記憶・証言活

動﹂の継承のあり方につい て検討会 世代の﹁継承者﹂を発見し、 育てていくことが、私たちに 緊急に課せられた使命である。 三、平和活動団体との共同作 業・支援活動 ①RECNAと連携して情報 発信・交流 ②被爆者団体と連携 ③平和教育・平和文化活動へ の参加・推進 ④在外被爆者救援や強制連行 訴訟への支援 ナガサキ・ヒロシマヘの原 割と課題 ︵三︶﹁長崎の証言の会﹂の役 爆投下から六十九年の歳月を 経たが、未だ世界では、九ヵ 国が一万六千余発の核兵器を 保有している。 一九七○年にNPT︵核不 拡散条約︶が発効したが、そ の第六条には﹁各締結国は、 なのである。 と現代の軍事化は裏表の関係 を後押している。歴史の忘却 論もまた、日本の軍事大国化 また、アベノミクスという 経済政策の失敗は格差を生み、 一部の大企業への優遇措置が 多くの市民を経済苦に陥れて いる。こうした中、安倍首相 は、消費再増税を延期しアベ ノミクスを争点にするという 名目で、憲法問題を裏側に隠 し、衆議院解散という愚行に 走った。この結果は、どうな るのだろうか。国民の意識が 結果を生み出すのであるcこ のような状況に対時する︿非 核・非戦﹀の動きをどのよう に作り出すか、それが私たち に投げかけられた課題である。 ︵五︶主な年間計画︵二○一 五年度︶二○一四年十一月 ∼二○’五年十月

十二月八日側ナガサキ不戦

の集い

十二月十四日佃﹁長崎の証

言の会﹂総会 一月十日出﹁長崎の証言の 会﹂新春の集い

二月﹁証言二○一五﹂編集

委員会発足

四月∼五月国連NPT会議

四月二日附福田須磨子忌

︵第四○回︶ 八月六日附ヒロシマ平和記 念式典 八月九日佃ナガサキ平和祈 念式典 八月十五日出ナガサキ不戦 の集い 九月﹁証言二○一五﹂刊行 予定 十月﹁核被害者フォーラム﹂ 広島会議・パグウォッ シュ会議

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(8) (9) ナガサキ・ヒロシマ通信N0.205 I 「長崎の証言の会」新年の集いで挨拶さ れる内田伯・代表委員 (写真提供森口正彦さん) 二○一五年一月十日出、恒 例の﹁長崎の証言の会﹂新年 の集いが、会員、マスコミ関 係者、高校生等、三十名を超 える出席の中で、十二時から 約二時間、開催されました。 被爆七十年を迎えて、戦争. 被爆体験者の高齢化が進み、 戦争非体験者が国民の八割を 超えていく中、十五年戦争で の悲惨な戦争・被爆体験の証 言活動等を通じて非核・非戦 の思想をいかに後世に継承し ていけるか?お互いに二○ 一五年という新たな年を迎え て、それぞれの思いと決意を 語り合う集いになりました。

非核。非戦の思想lその継承を目指して

l被爆七十年。証言活動は絶やさないI

あの銃撃事件から二十五年 がたって、当時を再現する 数々のよすがを前にして、本 島市長への深い敬意と、様々 な感慨がこみ上げてきたのだ が、私は本島市長への個人的 な思い入れとは別に、あの銃 撃事件は、それを社会的・歴 二十五年展は、一月十五日 から十九日までの五日間、長 崎新聞社一階展示ホールで開 催された。期間中五○○名を 超える入場者があったが、年 配者が多く、若い人が少な かった印象が残った。学生は 数えるほども来なかったので はないか。開催方式は、実行 委員会に集まったボランティ アが運営し、賛同者から賛同 金をいただいて開催費に充て るという方式をとったが、幸 い賛同者は一○○名を超えて 赤字にはならなかった。 ︿一一○’五年.﹁長崎の証言の会﹂新年の集い﹀ I

▽ 0 ■ 。 える。年末の衆院選挙の厳し い結果、今からの我々市民の 姿勢が問われてくる﹂。内田 伯︵証言の会代表委員︶氏の 開会挨拶に次いで、新会員、 大矢正人・総科大名誉教授・ 新委員、高校生平和大使の活 水高校生などの紹介。REC NA客員研究員で新会員の四 條知惠さんからは﹁今年から ﹃長崎の証言﹄掲載の証言の データ・ベース化に取り組み たい﹂との力強い発言があり ました。 ささやかではあっても美味 しい料理を味わいながらの出 席者の思いや決意の発言が 次々と続きました。先ず、田 中安次郎さん﹁昨年も遺構・ 碑巡り案内に学んだ。なぜ長 崎か?平和ってなんだ? 子供たちと共に考えたい﹂。 次いで、力丸︵朝日新聞記者︶ さん﹁高校生時に修学旅行で 来崎。遺構巡りでの継承に触 れ、ジャーナリストを志した。 長崎を希望して赴任。その思 いを全国に届けたい﹂。更に、 司会進行は、森口貢︵事務 局長︶。﹁沢山の方々の出席に 感謝。地球規模の災害多発。 積極的平和主義という安倍首 相の方向に疑問と危機感を覚 史的文脈に置くことによって、 いまの日本の政治・社会状況 を照射する手掛かりになると 考えた。 第一、毎年八月九日に長崎 の市長が読み上げる長崎平和 宣言に関わって、本島市長の 時代には、日本の侵略に対す る反省と謝罪がなければ核廃 絶は世界に届かないという趣 旨の文言が必ず入っていた。 しかし今日それらの文言が消 えて久しい。 第二、それと関連して、今 や日本の政治は、日本の侵略 や加害を語り、反省や謝罪を 説くことは自虐的で反日的で あるとしてこれを指弾し、﹁戦 後レジームからの脱却﹂を旗 標とする政府の時代になって いるが、それは本島市長の立 ち位置と反対の方向であると 言わなければならない。あの 時代からなんと遠ざかってい

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戦争せぬ国古来稀れ﹄と

あった。平和憲法の下で日本 は、非戦を白寿まで貫けるだ ろうか?安倍政権は憲法壊 憲と併せて集団的自衛権行使 に﹃存続事態﹄という新概念 を設けて安保法制化を企図し ている。今や戦前に近い﹂と 森口正彦さん。続いて、池田 早苗さん﹁正月の座り込み、 娘一家、孫共々参加した。意 思を引き継いでくれそう。被 爆七十年を記念して、あの八 月九日、被爆者の死体が川の 流れを塞き止めた浦上川の河 川敷に被災協、二世の会の支 援を受けて花を植えている﹂。 池田さんの娘さんは﹁被爆二 世の会﹂結成後、被爆体験の 継承を実践化、活躍中。 ﹁証言の会・入会のきっか けは森口さん達とスコットラ ンドの英原潜基地での抗議活 動を共にしたこと。遺構巡り は学習の連続だが、生徒達に 逆に励まされている。アメリ カは毎年訪ねるが、ネバダ核 実験場はまだ。是非行きた い﹂と井手尾弘さん。﹁東日 、,

戸田清︵長大教授︶氏.九 六五年以来、昨年は初めての 原発ゼロの一年だった。財界 人の十五%は原発再稼働を求 めている。ナチスドィッも原 爆実験を大戦末期に実施、被 爆者も出ていることを最近 知った。核廃絶へ向かって多 ることか。 第三、本島市長は一九九○ 年一月市役所玄関先で撃たれ た。二○○七年四月には伊藤 市長が長崎駅前の選挙事務所 近くで撃たれて亡くなった。 被爆都市長崎の、世界に向け て平和を訴えていた現役の市 長が、白昼堂々、二代続けて 銃撃されるという事態を私た ちはどう説明したらいいのか。 私たちは一体誰に向かって平 和を訴えているのか。継続す る原水禁運動の傍らで兵器生 産都市長崎はノーチエックの ままで戦前水準まで復活した と思うが、それでいいのだろ うか。長崎市民の平和意識は 大丈夫なのか。私は深刻な自 問自答を続けている。 第四、昭和天皇のXデー状 況の中、記帳と自粛の強要に よって、当時の政治も社会も 過剰な大勢順応・コンフオー ミズム︵8口5局目の日︶に投 げ込まれていた。そんな雰囲 気下の一九八八年十二月、本 島市長の﹁天皇の戦争責任は あると私は思います﹂という 発言があり、以来、長崎の街 は、﹁天誹﹂の怒号に埋め尽 くされていき、一九九○年一

月、発言から二年もたたない うちに本島市長が銃撃される という事態になった。そのと き私たちは市長に暴力が及ぶ

危険性にあまりにも無頓着

だったのではないか。 その社会状況に照らして現 代日本を見ると、朝日新聞た たき、ヘィトスピーチ、嫌中 本・嫌韓本の氾濫の中で、﹁天 誹﹂﹁売国﹂﹁反日﹂などのお ぞましい言葉が公然と投げつ けられている異様さが目につ く。一方的に攻撃される立場 におかれた人びとの恐怖・ス トレスは大変なものだという ことに私たちは早く気付くべ きだ。このまま排外主義。排 斥主義が蔓延し、多数者と少 数者を分断し、少数者の存在 を否定するような言動のハー ドルが低くなっていけば、暴 力や、迫害、またテロなどが 簡単に起きてしまうのではな いかと私は危倶する。あるい は日本社会の雰囲気は、敵と 味方を峻別する戦争前夜のよ うな水域に近づいているのか 一拙函酎掘櫓紐︾︾銅︾燕控に を与えてくれた。 りたい﹂。 今度は命懸けで子供たちを守 私を産み育ててくれた母たち。 ん﹁七十年前、被爆の中から 手︲会計担当の太田千賀子さ 証言の会﹂の縁の下の支え い﹂。締めくくりは、﹁長崎の える役割は果たしていきた は今もある。真実を後世に伝 はタブー視。言論の規制強要 話題になり、天皇の戦争責任 民主主義の言論の自由だけが 課題〃民主主義と天皇制″は 事件から二十五年目。当時の 剛さん﹁本島・元市長の銃撃 と萩谷瑞夫さん。最後は山川 足腰使って行動する市民に﹂ を起こさない日本人でなく、 り。内なる敵と闘おう。行動 すぐに暴かれそうなことばか 倍首相の虚言、暴言。多くは い﹂と城臺美弥子さん。﹁安 被爆地の市民として行動した 甲状腺癌が百余人出ている。 放射能の影響が心配。すでに した。福島では子供たちへの かと先ず福島へと行動を起こ 本大震災後、なにかできない 二○一五年一月十日。出席 者それぞれが非核。非戦への 固い決意を改めて表明。紙面 の許す限りでの報告となりま したが、寒気厳しい中に新年 を迎えて、思い新たな﹁証言 の会・新年の集い﹂となりま 、’し︽に0 ︵記録&まとめ・太田千賀子 /森口正彦︶ ’ I ■ ■ ■ ■ ■ − = - - - 二 - - 再 − − − − … - − − − 犀 一 一 一 一 − ー 一 一 一 一 − − − 国 一 員 − 一 − 一 一 一 一 ・ ・ 一 ー 一 国 ー

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1 ナガサキ・ヒロシマ通信No.205 (11) (10) ! ll ll ■原発核災・フクシマからの報告

私たちは負けない闘い

被災5年目、反攻︽

マ = 新聞の歌壇で見かけた一首 です。例年になく早い雪の訪 れ。十二万を超える人々の避 難生活は、間もなく五年目に 入ろうとしています。 ﹁復興﹂に名を借りた棄民 政策が進む中、﹁泣き寝入り はしない﹂という反撃も確か に進んでいます。 国会に向かい﹁被ばく者一摸﹂ 暮れも押し迫った十二月二 十六日、寒風の中で国会議事 堂に向かって声を上げる三十 人ほどの集団がありました。 胸に﹁南相馬・被ばく者一 摸﹂﹁汚染地への帰還絶対 反対!﹂のゼッケン。南相馬 市原町区の山すそからバスで 駆けつけた住民と、首都圏の 支援者らでした。 国は二十二日、南相馬市で 開いた住民説明会で、福島第 一原発から三○キロ近く離れた 集落の百五十二世帯に指定し 昨年二月、韓国のある大学 の先生と学生が来崎。二十六 聖人記念館を訪問した際、偶 然に平和資料館の案内板を見 て、﹁岡まさはる記念長崎平 和資料館﹂を訪問。展示内容 を見て、日本人にもこ誇りいう 事を真剣に取り組んでいる人 達がいる事を知り、帰国後、 是非学生の皆さんに紹介をし たいと講師派遣の依頼があり ました。理事長の高實先生は 日程の都合上行けず、代わり に私が行くことになりました。 大学がミッションスクールと いう事で、以前、岡平和資料 館に勉強に来ていた全恩玉 ︵チョン・ウノク︶さんが推 薦してくれたそうです。 ﹁チャペル授業﹂四十五分 の中での講話で、私は十二分 程度、それを通訳。資料館の

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韓南大学での平和交流一

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本の加害責任そして被爆を考えるl

1日

一 丸尾育朗︵長崎被爆二世の会・会長︶︷ ↑ f 官 I リ ウ ● G 二 台 9 4 9 . 6 , 6 ■ 4 q も 。 ▲ 合 ‘ G q p 9 回 里 ■ ︲ ■ q ● 色 甘 4 t ‘ も 司 引 ■ 1 4 F 4 6 ‘ も ? Q R 亜 哩 凸 ■ 即 日 ■ 早 守 ‘ ◆ Q , 4 G 二 “ q F b G ■ ・ Q p . 。 ● 。 ■ 、 ■ O q 4 q 6 ◆ b ■ l わ か ・ 写 ■ ■ ■ ﹃ ‘ 巳 甘 U ■ ■ “ ■ 。 . ︲ ● 。 p ■ ・ り り U ● ● p L かなしみの数だけともる 仮設の灯 らさくこぼれ了 雪の降りつむ ∼

反攻のとき

闘い続けるから

賠償切りと原発回帰のために 国は事故後の二○二年四 月、福島第一原発から二○キロ 圏内を﹁警戒区域﹂、飯舘村 を﹁計画的避難区域﹂として 強制避難を指示。六月にホッ トスポットが多い南相馬市、 伊達市、川内村の一部を﹁特 定避難勧奨地点﹂として、住 民に避難を勧告しました。 しかし、十二月の野田首相 の﹁事故収束宣言﹂を合図に、 国は避難指示や避難勧奨地点 の解除に向けて走り出します。 翌一二年四月以降、﹁警戒 区域﹂を放射線量に応じて﹁避 難指示解除準備区域﹂﹁居住

村田弘

ていた﹁特定避難勧奨地点﹂ を解除すると通告していまし た。住民らは最後の手段とし て国との直接交渉を要求し、 三時間余にわたって国側を追 及。﹁私たちは命をかけて訴 えている。一方的に解除する というなら、法的手段に訴え ざるを得ない﹂と宣言した後 でした。しかし、国は二十八 日午前零時、予定通り指定解 除を通告しました。 加学生は六千名を超えました。 回と先生方一回、計九回。参 は十一日に四回、十二日に四 学、学生数約一万七千人。話 まず、自己紹介では、母が 長崎で被爆した﹁被爆者﹂で ある事。被爆者の子供たちを ﹁被爆二世﹂と呼んでいる事。 被爆者の子供として戦争絶対 反対、核兵器廃絶のための活 動をしてきた事などを話しま した。 次いで﹁岡まさはる記念長 崎平和資料館﹂は、日本の戦 争責任を追及し、侵略の歴史 と、アジア全域、特に朝鮮や 岬蝿析洲轆噸岬柳鯏脚湘柑脱一 場舳雌Ⅷ糾降月柵剛枡縦軸# 紹介などをという事でした。

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韓南大学での平和交流会てもら箔7ために開設。 特に学生たちに知っ 日本国内で、大人や 侵略の歴史を展一不し、

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テーマは、侵略と ﹁皇民化﹂、強制連 行、南︷泉大虐殺、韓 国・朝鮮人被爆者、 戦後補償などを中心心 に展一不していること を紹介しました。

1 一 一た紳臓順府帷帥雌強制連行で |強制連行後、日本全国にわ の日本国内の行き先は、炭坑 や、鉱山、ダム建設現場など、 南から北全国にわたった。し かも最も危険な作業場。賃金 もわずかしか支払わず、食事 さえ満足に与えられず、しか も長時間の重労働。事故や餓 死状態で亡くなった人がいた。 長崎県でも,多くの朝鮮の人 たちが働かされ、特に﹁軍艦 島﹂と呼ばれた﹁端島炭坑﹂ は、まさに﹁生き地獄﹂で、 その中で働かされていた。 アジアの人たちが、原爆が 戦争を終わらせ、解放された と思っている事について、約 一諜椚諏叫恥洲洲鮒峨鮴榊州刈 たか。長崎原爆の犠牲者は、 日本人だけでなく、俘虜収容 所に収容されていた連合国軍 の兵士たち、強制連行などで 連れてこられた朝鮮の人たち、 中国の人たちと国籍を問わな かった。まさに無差別の非人 道的攻撃だった。 ・0

制限区域﹂﹁帰還困難区域﹂ に再編。除染によって年間空 間線量一ミリシーベルトを目 指すとしていた方針を棚上げ し、﹁二○ミリ﹂を解除の基 準として、まず十二月に伊達 市と川内村の避難勧奨地点を 解除。 一三年十二月には、安倍政 権が﹁福島復興加速化指針﹂ を閣議決定。帰還困難区域は 帰還断念を、避難指示準備区 域は五年を目途に解除すると の方針を示し、昨年四月に田 村市の都路地区、十月には川 内村の避難指示区域を一方的 に解除しました。さらに今年 三月以降に楢葉町を、来年三 月には南相馬市の避難指示を 解除する、としています。 東電は避難勧奨地点解除後 三ヵ月で賠償を打ち切りまし た。国が勧奨や指示解除を急 ぐ背景には、東電の賠償軽減 と、原発再稼動や輸出を進め るための﹁被害隠し﹂の意図 があることは明らかです。 拡大し続ける被害を背負って 福島県の避難者は、昨年末 でなお十二万余人︵福島県ま とめ︶。災害関連死は千七百 人を超え、先の見えない生活 に絶望して自ら命を絶つ人も 六十人に迫っています。県内 の甲状腺検査では、悪性のが ん︵疑いを含む︶と診断され 削鮴泓洲冊棚鴨肌州燗洛螂腓一 者も一万人と推定されている。 爆での死者は約一万人。負傷 万人の朝鮮の人達がいた。原 長柵鮴舳剛側剛峨川帥叫州郭一推移 1 11

に帰っても、日本にいたとい る事。韓国人被爆者は、祖国 いる方が、二千六百名ほどい は、被爆者協会に登録されて 最後に、現在、韓国国内に 、りことで、あまり良く田心われ なかった事。原爆による被爆 で傷がある人、外面的には何 もないが、放射能は体を蝕み、 仕事が出来ず、健康面、生活 面、そして精神的にも大変な 状況をかか、凡て生きてきたこ となどを通して韓国の被爆者 の方々の話を是非聞いてほし いとお願いしました。 ︵岡まさはる長崎平和資料 館正△云員︶ た子どもが百十二人に達し、 八十五人が手術を受けていま す。 一月十六日、千葉地方裁判 所で避難原告七人の本人尋問 が行われました。全国十八地 裁一支部で闘われている二十 三の損害賠償請求集団訴訟の 先頭を切っての証拠調べです。 延べ六時間にわたる尋問で、 原告らは奪われた生活とふる さと、子どもや孫の健康、破 壊された人間関係などの残酷 さを淡々と証言しました。裁 判長は年内結審、来春判決の 意向を表明しています。福島 地裁、前橋地裁でも審理はヤ マ場に差し掛かっており、来 年には相次いで司法の判断が 示される情勢です。 ﹁原因と被害の全体像を徹 底して隠し、手を変え品を変 え被害者を黙らせる。これが 国と加害企業のやってきたこ とです﹂l水俣病、筑豊じ ん肺訴訟、﹁よみがえれ!有 明訴訟﹂などを勝ち抜いてき た馬奈木昭雄弁護士は、近著 の中でこ蚤7述べています。そ して、﹁私たちは絶対に負け ない。なぜなら、勝つまで闘 い続けるから﹂とも。 これこそが、核・原発との 決別を願需7人々と、私たちの 心です。 ︵フクシマ原発難民・元朝日 新聞記者︶ 最後に被爆写真 ①、被爆前・後の爆心地付近 の写真。②、焼死体が転がる 焼野が原を歩く人たち.③、 浦上駅の母と子、白骨化した 母と娘の写真について$それ ぞれを説明して原爆の実態を 訴えました。 ままである。 なし。死んでなお差別された なったのか把握せず、登録も

査を一切行わず、何人亡く

は、朝鮮人の方の被爆実態調 原爆は、﹁大量無差別殺人兵 器﹂であり、軍人、民間人の 区別なく、生き物全てを破壊 する兵器、特に放射能は生き 残った人に死ぬまで影響を与 え続ける恐ろしい兵器であり、 今後一切使わせてはならない。 一 一 一 一 一 ロ ー ■ = 一 ロ ー ー 一 口 ・ 一 ■ ← ロ ■ 一 二 = 目 − ー一■一一一炉 − マ ー ー ー ー ー ニ ー ー 一 一 一 .

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-(13) ナガサキ・ヒロシマ通信No.205 (12) 中東崩壊と欧米の敗北﹄︵集 英社新書、二○一五年︶は、 中東問題の背景を知るうえで 必読の良書である。内容が適 切であるだけでなく、文章も 読みやすい。目次をみると﹁ト ルコに学ぶ﹂という言葉が目 をひく。﹁人権先進国トルコ﹂ ︵内藤の表現ではない︶とい う側面に新鮮な驚きをおぼえ た。中東の代表的な親米国家 はいうまでもなくイスラエル とトルコである︵サウジアラ ビアもそうかもしれないが︶。 イスラエルはパレスチナのこ とで手一杯であり、海外派兵 をして米国の軍事作戦に協力 する余裕などまったくない。 NATOの一員であるトルコ は、中東の地域大国であり、 強力な軍隊を持つので、アメ リカからたびたび集団的自衛 権の行使を求められてきた。 しかし朝鮮戦争に派兵した程 度で、湾岸戦争、アフガン戦 争、イラク戦争、イスラム国 空爆など、中東における軍事 力行使への協力をことごとく 拒んできた。﹁罪なき子ども や母親を殺してはいけない﹂ 一月二十日、イスラム国は 日本人人質二名の写真を公表 し、二十三日までに二億ドル の身代金を払わなければ殺す と警告した。一月七日の﹃シャ ルリー・エブド﹄襲撃事件な どから間もない時期であり、 ﹁イスラム過激派の恐ろし さ﹂を印象づけた。警告文の なかに﹁女性や子どもたちを 殺し、イスラム教徒の家を破 壊するために︵日本政府は︶ 一億ドルを提供した。﹂とい う一文がある。政府は﹁日本 の中東支援は人道目的であ る﹂と弁解している。 この弁解は通用するだろう か。小泉政権のイラク派兵で、 陸上自衛隊は給水や学校・道 路補修などをしていたが、航 空自衛隊の仕事のなかには米 兵輸送も含まれていた。その ため、二○○八年名古屋高裁 判決は憲法違反と指摘した。 二○一二年の自民党憲法草

イスラム国問題

田清︵長崎大学・教員︶

案と二○一四年の安倍政権集 団的自衛権閣議決定は、﹁米 兵輸送﹂よりさらに踏み込む 可能性を示唆している。世界 的に憲法草案の知名度は低い が、閣議決定は周知である。 日本政府はイスラム過激派 のテロを非難するが、イスラ エル政府の国家テロ︵最近の 典型例は二○一四年ガザ攻撃 で二千人以上死亡、うち五百 人以上は子ども︶を非難せず、 欧米諸国の二重基準と同様で ある︵一月二十二日朝日新聞 ﹁オピニオン﹂の臼杵陽、野 中章弘も参照︶。 人質解放に向けて仲介を頼 むべきは、なにより﹁学識あ る日本人ムスリム﹂であると 考えるのが合理的で、だとす れば適任者は中田考︵元同志 社大学教授︶のほかに見当た らない。中田はイスラム国の 内情をもっともよく知る日本 人である。政府の言う﹁あら

などについて

とい訓イスラム的価値を誠実 に守ってきたのである。タリ バンにひとりも殺されていな い。イスラム国に人質︵外交 官とその家族︶をとられても 外交交渉で解放させてきた。 もちろんトルコは国内のク ルド民族を迫害してきた過去 はあるが、最近は改善されて きた。イスラム世界でほぼ唯 一の死刑制度廃止国である。 その背景にはEU加盟の願望 がある。トルコ共和国が成立 して以来世俗化、西洋化をす すめてきたトルコであるが、 最近はイスラム化してきた。 しかし﹁死刑廃止は西洋の 押し付けだから死刑を復活し よう﹂という声はない。七十 人以上殺害のブレイビーク事

件三○二年︶を経験した

ノルゥェーで死刑復活の声が 出ないのと同様である。対照 的にフィリピンでは、事件が 起こると死刑を復活してし まった。 日本人は環境先進国という とすぐドイツや北欧を思い浮 かべるが、先進国はひとりあ たり資源消費が多い。ほんと うの環境先進国はむUろコス タリカやキューバではないだ ろうか。同様に私たちは、人 権先進国トルコに学ぶべきだ。 日本、アメリカ、中国、DP RK、イランなどの人権後進 国は、トルコに学ぶべきであ ると思う。 内藤教授は﹁シリア内戦で の人道の危機とイスラム国の 残虐性を比べたりすると批判 を受けるでしょうが、犠牲者 の数の多さ、徹底して無慈悲 な点で、アサド政権の軍を上 回るものは、今の世界にはな いと言っても過言ではありま せん﹂︵一九八頁︶と指摘す る︵一月二十日朝日新聞﹁耕 論﹂の連続テロについての内 藤とベルナール・アンリ・レ ヴィのインタビューも参照︶。 シリア問題、イスラム国問 題、パレスチナ問題、さらに 十六億人のムスリムとの多文 化共生について多くのことを 教えてくれる。空爆でイスラ ム国問題は解決しない。誤爆 で多くの市民が死ぬだけだ。 北大生らの志願問題で話題に なったイスラム法学者中田考 ゆるルートで解放に全力﹂、 ﹁人命第一﹂は嘘で、最重要 な対話チャンネル︵中田・常 岡︶は一貫して無視されてき た。これで救出できれば奇跡 であり、できなければ見殺し である。ついに湯川さんが殺 されてしまい、要求は身代金 ︵期限三日︶から人質交換︵期 限なし︶に変わった。その後 ﹁期限一日﹂が提示され、三 十一日に後藤さんも殺されて しまったようだ。残虐なイス ラム国と、冷酷愚鈍な安倍政 権に怒りを禁じえない。 ﹃シャルリー・エブド﹄事 件については、﹁ムハンマド の風刺画がテロを誘発した﹂ という重大な誤解が蔓延して いるのではないだろうか。風 刺画がムスリムの憤激を招い ていることは事実である。し かし同紙がムスリムをもっと も激怒させたのは、イスラエ ルのガザ攻撃への強い支持を はじめとする同紙の政治的姿 勢であろう︵成澤宗男、週刊 金曜日二○一五年一月十六日 号︶。 昨年のガザは悲惨であった ○ がイスラム世界との共生のた めのキーパースンであること も述べられているし、集団的 自衛権の危険性を指摘する中 村哲医師の発言も引用されて いる。アフガニスタン政府代 表とタリバン代表の同席に成 功した同志社大学での国際シ ンポジウムについても説明さ れている。 長崎出身のジャーナリスト で、ムスリムでもあり、昨年 も長崎で講演した常岡浩介の 新刊﹃イスラム国とは何か﹄ ︵旬報社︶が二月中旬に刊行 された︵朝日新聞一月二十六 日﹁耕論﹂の常岡、週刊金曜 日一月三十日号、西日本新聞 二月二日の孫崎亨らの座談会 も参照︶。 イスラム国問題、欧米の軍 事行動の失敗などについて、 平和と人権を守る立場からど のように考えるべきか、内藤 ﹃イスラム戦争﹄と常岡﹃イ スラム国とは何か﹄は最良の 手がかりとなるはずだ。また、 内田樹・中田考﹃一神教と国 家﹄︵集英社新書、二○一四 年︶も有益な参考文献である。 ﹁罪なき子どもや母親を殺し てはいけない﹂というイスラ ム的価値︵人類の普遍的価値 でもあるはずだが︶が瑚笑さ れたのである。﹁罪なき男は 殺してもいい﹂ということで はなく、子どもと女性が特に 強調されるらしい。死亡ある いは重傷の我が子を抱きかか えて泣き叫ぶ中東の男性の映 像がたびたび出てくるのは、 そのあらわれである。 同紙の政治姿勢の背景には 編集部の変質があるらしい。 一九七○年に創刊されたとき には左翼的︵社会主義的、無 政府主義的︶傾向があったが、 その後右派が編集権をにぎっ た︵最近読んだ記事であるが、 出典を忘れた︶。その右派が、 米国やイスラエルの軍事作戦 を支持する記事をのせるよう になったのである。いまでも ジャン・マリー・ルペン︵国 民戦線︶などの極右が同紙を 左翼呼ばわりすることがある のは、昔の印象の名残なので あろう。 内藤正典﹃イスラム戦争

(9)

' 1 (14) ナガサキ・ヒロシマ通信N0.205 (15) <佐野軍縮大使・核爆発の認識発言に対する抗議声明〉 9.1城山小学校・被爆 北校舎の基礎発見。 9.5稼働から銘年、九 電玄海1号廃炉検討。︵1月 廃炉決定︶ 9.8消えゆく被爆樹木 維持費個人負担で壁。 9.畑川内原発が基準に ﹁適合﹂、規制委が正式に決定。 9.相長大レクナら北東 アジア非核化で日韓共同研究。 9.〃大阪空襲訴訟最高 裁棄却﹁国に賠償責任なし﹂ と敗訴確定。 9。佃北東アジア非核兵 器地帯でダナパラ元国連事務 事情が講演。 9.理被爆体験者訴訟第 2陣l原爆後脱毛や下痢など 証言。 9.羽第五福竜丸無線長 久保山さん釦回目の命日に際 し、シンポや行進実施。 9.型被爆、年に広島で 非核﹁賢人会議﹂を初開催。

9.妬初の国連核廃絶

デー、長崎で被爆者ら訴え。 ナガサキ通信 ︵判。9月∼担月︶ 安倍晋三内閣総理大臣 岸田文雄外務大臣 佐野利男軍縮大使

佐野利男軍縮大使の「核兵器の非人道性に関する国際会議」

での発言に厳重に抗議する

ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部の佐野利男特命全権大使は、12月8日∼9日にか けて、ウィーン(オーストリア)で開催された第3回「核兵器の非人道性に関する国際 会議」の場において、核爆発後の緊急事態対応能力についての、これまでの見方は、あ まりに「悲観的」であり、そのような場合における人道支援の能力構築を「前向き」に 考えるべきだとの見解を示しました。 69年前に、長崎・広島で私たちが見たものは、ひとたび核兵器が使用されてしまえば、 人命を救う為の努力を人々がいかに現場で積み重ねようとも、その能力には限界があり、

多くの命が失われていくことでした。このことは、オスロ(ノルウェー)とナジャリッ

ト(メキシコ)で開かれた過去2回の「核兵器の非人道性に関する国際会議」でも共有

されています。だからこそ、これらの会議では、「核使用という事態を防ぐための最大 の防護策は、核兵器自体を廃絶することである」という結論が導き出されたのです。 しかし、佐野利男軍縮大使の発言は、このような議論の積み重ねを、根底から否定し、 核兵器廃絶のための取り組みを進めることよりも、「核兵器の使用がありうること」が あっても仕方がないことを前提として、「そのような場合の緊急対策を、先ずは考える べきだ」と主張しているものです。

長111奇・広島への原爆投下とその後の69年を経ても、終わることのない原爆被害を経験

し続けている私たちにとって、核攻撃への対応を「前向き」に考えることなどはありま せん。 私たちは、佐野利男軍縮大使の発言に強く抗議するとともに、このような人物を軍縮

大使として任命した安倍首相、岸田外務大臣にも厳重に抗議するものです。また、日本

政府に対しても「核爆発への緊急対応のための能力構築」などといった作業に、エネル

ギーを傾けることよりも、核兵器禁止条約の一日でも早い成立を目指した外交努力を始

めることを強く要望します。 l咄OⅢ核実験に抗議座り 込みの県内岨市民団体が長崎 で交流会。 9.羽型か国外交官ら長 崎訪問。被爆者・早崎さんが 原爆体験を話す。 扣・4ヒロシマ﹁黒い雨﹂ 援護地域拡大を求め集団訴訟。 扣・8長崎の女性、甲状 腺機能低下症で原爆症認定求 め提訴。 相・相ノーベル平和賞に マララ・ユスフザイ、カイラ シュ・サトャルティの2氏受 賞決定。憲法第9条、平和賞 ならず。 加・旭国家補償の援護法 で長崎被災協学習集会。 扣・加旧城山国民学校北 校舎の試掘調査。基礎部分に 爆風による亀裂判明。 加・餌ハワイで原爆展実 施。長崎出身の被爆2世浅井 さんら企画。 扣・配原発新基準で初め て、川内原発再稼働に地元自 治体同意。 扣。訓﹁天皇に戦争責任﹂ と発言し、右翼から銃撃され た元長崎市長本島等氏、死去。 1Jl 議h ︿云士 ︲● ’

川。6長崎の劃一回の会 ﹁証言lナガサキ・ヒロシマ の声12014﹂発行。 Ⅱ・7川内原発再稼働に 鹿児島県知事同意。 ・ピースボートが長崎に寄港 し、核廃絶訴え。 ・ウィーンで来月実施の非人 道性会議に米参加。核保有5 大国で初の参加。 側・川松本市で平和首長 会議、政府への核兵器廃絶要 請文採択。 川・禍長崎で日本平和博 物館会議、﹁継承﹂へ報告。 川・側被爆体験者の地域 拡大協が市に手帳交付再要望。 柵・幅﹁体験者は被爆者﹂ と長崎で被爆者ら意見交換。 h・焔高山氏が﹁長崎原 爆被災の記憶﹂を発表。 州。〃長崎市が﹁被爆者 の絵をデジタル化﹂し展示へ。 ・捕虜収容所で被爆した元オ ランダ兵シモンズさん、的年 ぶり長崎訪問。 側。旧被爆、周年記念事 業で長崎市八団体選定。 洲・相高見大司教﹁武器 で平和はつくれない﹂と講話。 n.幻国際平和フォーラ

ム開幕︵劉日まで︶。 柵・理市民ボランティア の朗読劇﹁被爆と被曝﹂上演。 h・鴎ポーランド・トレ プカ監督のドキュメンタリー 映画﹁地上に降りる﹂が上映。

川・別イラン核協議、来

年7月まで再延長。

川。妬NPT再検討会議

へ長崎被災協が谷口稜嘩会長 ら三氏を派遣。

川・閉長崎原爆の戦後史

をのこす会、中間報告会を開 催。

川・釦ローマ法王、﹁世

界は広島・長崎に学んでいな い﹂と核の脅威憂盧。

枢・5世界七人委員会

﹁安倍氏は強権的に即成事実 か﹂と批判。 ・広島市、原爆ドーム劣化調 査開始。 ・米原爆施設を国立公園に− 下院法案可決。 枢・6福島大の小山教授、 ﹁福島の現状と課題﹂を紹介。 枢・8ウィーンの非人道 会議で米﹁核禁止条約﹂を支 持せず。 ・ナガサキ不戦の集い。市民 2014年12月16日 長崎の証言の会

代 表 委 員 内 田 伯 。 廣 瀬 方 人

事 務 局 長 森 口 貢

〒852-8105

長崎市目覚町25-5

TEL&FAX(095)848-6879

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参照

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