• 検索結果がありません。

イノベーションデザインの創造性

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "イノベーションデザインの創造性"

Copied!
17
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)50. 特集:イノベーションデザイン論. 田浦俊春 Taura Toshiharu 神戸大学. Kobe University. イノベーションデザインの創造性 直感・シンセシス・仮説の役割 Creativity in Innovation Design − Roles of Intuition・Synthesis・Hypothesis. 永井由佳里 Nagai Yukari 北陸先端科学技術大学院大学. Japan Advanced Institute of Science and Technology. 概要 高度に科学技術の発達した成熟社会では、量的なイノベーションから質的 なイノベーションへの転換が進むと考えられる。本稿では、そのような転換 を見据えて、そこに求められる創造性についてデザインの観点から議論す る。具体的には、デザインのプロセスが「直観ないし直感→アナリシスない しシンセシス→成果物」のフローを経て進むとし、さらに、プロダクトの目 的や目標がデザインの外にあるか内にあるかの違いもデザインの創造性を左 右するひとつの因子であると考え、これらの諸相について検討する。そし て、プロダクトに予め外部から与えられる目的や目標に照らして設計解が探 索されてそれが量的なイノベーションに関与するという「分析的なデザイン 創造サイクル」と、直感より始まる仮説形成プロセスから未知のプロダクト が考案されてそれが質的なイノベーションに関与するという「構成的なデザ イン創造サイクル」の2つのサイクルから成るイノベーションデザインのプ ロセスモデルを提案する。最後に、これらの考え方のもとに実施したデザイ ンスクールの概要について報告する。. 1.はじめに 今日まで科学技術(注1)は、プロダクト(本稿では、工業製品、プラント、 建築物などのデザインの成果物を総称して「プロダクト」とよぶ)を介して 人間を不幸な自然災害から守り、生活を便利で豊かなものにしてきたといえ よう。しかしながら、技術がより高度化する現代においては、ものが充足す る一方で、科学技術の進歩に伴う機械文明の発達により人間らしさが奪われ てきているとの指摘もあり、科学技術と人間社会との関係がより複雑になっ てきている。今後は、どのようなプロダクトをつくればよいか真剣に問われ るであろう。本稿では、そのような課題へのひとつのアプローチとして「創 造性」と「イノベーションの質」に注目する。 まず、本稿で用いる「イノベーションデザイン」という用語について説明 する。最近では、いわゆる工業デザインや機械設計だけでなく、コーポレー トデザインやキャリアデザインなど、「……デザイン」という表現を耳にす (注1)本稿では,物理現象の基本原理を理解すること,お よびそれを活用するための基礎知識を総称して科学 技術という用語を用いることにする. (注2)本稿では,社会という用語は,プロダクトが利用さ れる世界の意味に用いる.. ることが多い。本稿では、科学技術のもたらす社会の変化(イノベーショ ン)に注目し、それをデザインの視点から議論する。そして、「プロダクト を介して、科学技術と社会(注2)との間を橋渡しすること1)」を「イノベー ションデザイン」ということにする。また、そのためにプロダクトの構造や.

(2) デザイン学研究特集号  Vol.25-1 No.97. 形を考案することをデザインとよぶことにする。 イノベーションデザインでは、社会のもとめる革新的(本稿では、新規性 および有用性が高いという意味で「革新的」という用語を用いる)なプロダ クトをいかにして継続的にデザインするかが問われている。その議論を開始 図1 イノベーションデザインの構図. するにあたり、まず、どこからデザインを始めるのがよいか(デザインの起 点をどこに置くべきか)という課題について考えたい。図1に示したイノ ベーションデザインの構図から、次の3つが考えられる。 1つめは、社会の変化を感知することからデザインを始めるという考え方 である。これは、初めにユーザーの声に耳を傾けようという姿勢であり、い わゆるニーズ先行型のデザインである。実際、プロダクトを社会に供給する 際には、それに先立って、ニーズの調査やマーケッティングが行われること が多い。このことは、ユーザーがプロダクトを最終的に評価し購入すること に鑑みると当然のことではある。そして、最近では、デザインする者がプロ ダクトの利用されるであろう地域やコミュニティに主体的に入り込み感情移 入(empathize)するなかから、その潜在ニーズを発見するという方法が提案. されている2)。さらに、ユーザー自身が起こすイノベーションに注目したユー ザーイノベーションという考え方も提案されている3)。また、非連続性を考 慮に入れて社会の将来的な姿を想定する方法も提唱されている4)。 2つめは、科学技術の発見や開発をデザインの糸口にするという考え方で ある。いわゆるシーズ先行型のデザインである。実際、新材料や情報技術に ついては、基礎的な知見が得られると、それの適用可能なプロダクトを探索 するようなことがよく行われる。たとえば、カーボンファイバーは、まず、 素材の構造や製造方法が開発され、その後に利用範囲が次々と広がり、現在 では航空機の筐体に用いられるまでに至っている。一般的にイノベーション という用語は、この意味(技術革新)で用いられることが多い。 3つめは、ニーズとシーズを橋渡しすることを重視し、そのためのプロダ クトを創案することから始めるという考え方である。既知の科学技術を基に 新たなプロダクトのコンセプトを考案することを先行して行い、その後に、 必要に応じて、それの求める基礎的な科学技術の研究開発を行ったり、それ が社会に受け入れられるか評価しようということである。第2章や3.5節で後. 述するように、社会的に大きなインパクトを与えた革新的なプロダクトのい. くつかは、このようにしてデザインされたと考えられている。なお、この考え 方は、シーズやニーズを無視するということではない。あくまでも、順序とし て、プロダクトのコンセプトを生成することから出発しようというものである。 上述の3つのアプローチは決して排中律的なものではなく、並存するもの である。シーズやニーズはデザインにおいて必須であり、実際の革新的なデ ザインでは、3つのアプローチは融合されている。そうではあるが、本稿で は、それらのアプローチへの重心の置き方に目を留める。なぜならば、より 革新度の高いプロダクトを得るためには、初めにニーズに重心をおくのか、 シーズに重心をおくのか、あるいはそれらを橋渡しすることに重心を置くの か議論する必要があると考えるからである。1つめの考え方であるニーズの 把握から始めると、社会に有用なプロダクトはデザインされるが、科学技術 からは遠い位置にあるため、最新の科学技術を駆使したプロダクトのアイデ アは得にくい可能性がある。一方で2つめの考え方であるシーズの調査ない し開発から始めると、社会との距離が遠いためにニーズに合ったプロダクト に結びつかない可能性がある。そこで、本稿では、3つめの考え方を中心に. 51.

(3) 52. 特集:イノベーションデザイン論. すえて議論を展開することにしたい。 以降、第2章では、イノベーションデザインにおける創造性について検討 し、第3章では、イノベーションデザインにおける創造的思考の諸相につい て述べる。それらの議論をもとに、第4章でイノベーションデザインのプロ セスモデルを提案する。第5章では、これらの考え方のもとに実施したデザ インスクールの概要について報告する。. 2.イノベーションデザインにおける創造性 革新的なプロダクトを創案するためには、創造性が求められる。では、イ ノベーションデザインにおける創造性とはどのようなものなのだろうか?過 去に「デザインと創造性」に関して筆者らが行った議論を踏まえて5)、本稿 では、イノベーションデザインという視点から改めて検討する。筆者らは、 大きく2つのタイプがあると考える。 第1のタイプは、いわゆる常識(先入観)を覆すような発想を得るという 創造性である。このタイプの創造性は、9点問題におけるそれに近い。9点 問題とは、正方形に並べられた9点を一筆書きの4本の直線で結ぶという問 題である(図2)。そのポイントは、線が9つの点の作る正方形の外側まで 延長してもよいことに気がつくか否かである。先入観から如何に解放される かが創造性のポイントであるとされ、fixation(固執)の問題として議論さ. 図2 9点問題   :問題⒜と正解の例⒝. れている(このことについては、3.2節にて再度議論する) 。デザイン研究に おいても fixation は注目されている。たとえば、デザイン例を事前に被験者. に見せるとデザイン成果物にどのような影響が生じるか実験的に調べた研究 がある6)。また、このタイプの創造性は、実際の革新的なプロダクトのなか にも多く認められる。ホンダジェット(注3)は、まさに、その典型例という ことができよう7)。 一方で、第2のタイプとして、いくつかの要素的な知識を結びつけること で革新的なプロダクトのコンセプトを創案するという創造性が考えられる。 ダガンは、多くの偉大な科学的発見や革新的なプロダクトのアイデアはいく つかの既存の知識や技術を結びつけることにより得られたと述べている8)。 そして、その例として、コペルニクスやニュートンの業績は既知の知識を組 み合わせて新しい手法や概念に発展させたものであり、Mac は当時ゼロック. スが開発していた GUI を小型コンピュータに組み合わせて生まれたものであ. り、ゲイツが行ったのは、他者が発明したアルテア、8080チップ、BASIC、 そして PDP-8の4点を組み合わせたことであると指摘している8)。また、ク. レステンセンは、 「イノベーションとは、一見、関係のなさそうな事柄を結. びつけることである」と述べている9)。実際、ジョブズの「創造とは結びつ けること」との発言もある10)。他方、筆者らは、互いに関連のうすい2つの 概念をどのように合成すればどのように創造的なアイデアが得られるか体系 的に調べている1)、5)。 以上に述べたような物事を結びつけることに由来する創造性は、fixation. からの解放に起因する第1のタイプの創造性と全く無関係ということはない. が(それまでの「結びつき」が先入感に縛られている場合がある)、本稿で は、異質のものと考える。なぜならば、いくつかの要素的な知識を関連づけ るという思考は、(3.2節で後述するように)自由連想的で「動的」な様相を. (注3)ホンダジェットは,エンジンを翼の上に配置すると いう従来の常識を覆すような構造を採用した.. 呈すると考えられるのに対して、fixation からの解放を主題とする創造性は、. 「静的」な視点の設定の仕方に関するものと考えられるからである。.

(4) デザイン学研究特集号  Vol.25-1 No.97. 本稿では、上述の2つのタイプの違いを意識しながら、イノベーションデ ザインにおける創造性の姿に迫ることにする。. 3.イノベーションデザインにおける創造的思考の諸相 本節では、初めに、量的なイノベーションと質的なイノベーションという 考え方について述べる。つぎに、創造的思考の諸相について「直観と直感」 「アナリシスとシンセシス」「設計解と仮説」、および、「プロダクトの目的や 目標がデザインの外にあるか内にあるか」の観点から議論する。. 3.1. 量的イノベーションと質的イノベーション. 今日まで、生活者は利便性の向上を求め、その要望に応えるべく「効率化」. が追求されてきた。そして、より便利に生活できるよう、自動車、電気製品、 コンピュータ、発電設備などのプロダクトを、より廉価に提供する努力がなさ れてきた。そのために、より具体的で信頼性の高いデザイン知識が求められ、 モジュール化、標準化、そして自動化が推進されてきた。その成果は目覚まし く、現代では、我々は生活にそれほど不自由さは感じなくなってきているとい えよう。そのような「効率化」に寄与するイノベーションを「量的なイノベー ション」とよぼう。しかし、効率化を指向するイノベーションは、社会に対し て質的な変化は生じさせない。ここで、社会の質的な変化に資するイノベー ションを「質的なイノベーション」とよぶことにしよう。質的なイノベーショ ンでは、新たな生活スタイルが実現されたり、新たな文化の創成につながるよ うなプロダクトがデザインされる。携帯型音楽プレーヤによって、従来では室 内でしか楽しめなかった音楽が、電車の車内でも楽しめるようになったような ことである。携帯型音楽プレーヤの普及は、音楽の楽しみ方、さらには、電車 内での時間の過ごし方に変化をもたらした。そして、それらは、文化となり、 新たな音楽のあり方にも影響を与えている。 科学技術の引き起こす物質中心社会の弊害が、文化芸術や狭い意味での (色やカタチの)デザインにより補われてきたという意見を聞くことがある。 しかし、携帯型音楽プレーヤのように、科学技術が新たな文化芸術の誕生に つながることもある。以下に、科学技術が人間の感性の世界を切り拓く可能 性のあることを述べる。 夜景について考えてみよう。我々は、夜景を美しいと思う。しかし、夜景 とは自然に存在するものではなく、人工的に創られたものである。それを見 て、心が響く。また、日本刀は、それの有する清く澄み切った神秘的な美し さのために、現代では芸術品として鑑賞され取引されている。ところが、日 本刀は、加熱した鋼を槌で打って鍛錬し、焼き入れを行うなど独自の技術を 極めることによってつくり上げられるものである。このように、我々は人工 的につくられたものについて心が響く。これはどういうことなのであろう か。夜景や日本刀から受ける心の響きは、富士山のような自然界の風景や 満開の桜から受ける心の響きとは異なっているように思われる11)。であると するならば、これまでに感じたことのない心の響きが科学技術によって生じ たということになる。このことは、これまで埋もれていた感性が科学技術に よって呼び起こされた、ないし、感性の世界が新たに切り拓かれたというこ とにならないだろうか。実際、ブロンズの鋳造技術や、建築技術の発達によ り、次々と新たなスタイルの彫刻や宗教建築がつくられ、それによって、文 化芸術が発展してきたのはまぎれも無い事実である。. 53.

(5) 54. 特集:イノベーションデザイン論. 新たなプロダクトが広く使われる理由を、上述の議論に求めることもでき る。たとえば、スマートフォン等の画面で行われるピンチアウトやピンチイ ンの操作(2本の指の間を広げたり狭めたりすることで行う画面操作)は、 人間が自然界で行う操作ではないが、人間にとって極めて自然な操作であ る。そして、これらの操作は、科学技術の進歩により最近になって初めて実 現されたものである。このことは、スマートフォンとは、たんに利便性や操 作の効率性をもたらしているだけでなく、人間のごく自然に感じる感性の巾 を広げ、社会に新たな意味を提供しているということにならないだろうか。 以上の考察は、質的イノベーションの方向に示唆を与える。最新の科学技 術を駆使することで、人間の有する感性や自然観を広げることに関与するプ ロダクトをデザインすればよいということになる。. 3.2. 直観と直感. 意思決定では直観ないし直感が重要な役割を果たすといわれている。たと. えば、ジョブズは、 「And most important, have the courage to follow your heart. and intuition.」と述べており12)、また、ビジネスの成功者や将棋の名人が直感. 力の重要性を指摘するなど 13)、14)、高度な意思決定における直観ないし直感の 重要性は数多く論じられている8)、15)、16)。 では、直観ないし直感とはどのようなものなのだろうか。 辞書によると17)、「直観」とは、「哲学用語であり、推理などを用いず、直 接に対象をとらえること」であり、「直感」とは、「推理・考察などによら ず、感覚的に物事を瞬時に感じとること」とある。 直観という現象についての研究も数多くなされている18)。そこでは、全体 性、分析的プロセス、無意識的思考、意思決定、問題解決、暗黙知、専門 家、経験、などとの関係について議論されている。 デザイン研究においても、直観ないし直感は注目されている。デザインに. おける intuition 的なプロセスについて、その特徴をまとめた研究19)や、経験. 的につくられるスキーマやスクリプトなどのメンタルモデルとの関係から議 論した報告がある20)。 一方で、ダガンは、類似した問題をパターン化し処理スピードの向上に有 効な「専門的直観」と、実用主義的に既知の知識にふれるなかでそれらをひ らめきから有機的に結びつけて新たな発見に発展させる「戦略的直観」を対 比させ、後者の有用性を指摘している8)。 以上の議論をふまえ、本稿では、「直観とは、経験によるパターン化に基 づいて物事を瞬時に判断すること」とし、「直感とは、感性に基づいて物事 の有りようないし関連を感じとること」とする。以降、「直観」および 「直 感」 という用語は、この意味で用いる。なお、英語では、intuition は直観を. 意味し、直感は gut feeling と表されるようであるが、厳密に区別されている. ようでもない。. 先入観を経験的な知識のひとつの表れとみなすと、第2章の第1のタイプ における fixation は、直観のひとつの形態であるといえよう。前述の9点問. 題では、先入観から解放されることがいわゆる「ひらめき」であった。この ように考えると、直観そのものは、実は創造性の妨げとなる可能性を含んで いることになる。 一方で、第2章の第2のタイプの創造性は、直感に関する創造性であると いえよう。「直感」は、次に示すように、自由連想の観点からとらえること.

(6) デザイン学研究特集号  Vol.25-1 No.97. もできる。 筆者らが互いに関連のうすい2つの概念を合成して新しいアイデアを生成 する過程をコンピュータをもちいてシミュレーション(注4)したところ、独 創性が高いと評価されたアイデアを思いついたときは(すなわち、関連のう 図3 アイデアの生成過程における連想の広 がり   :独創性が高いと評価されたアイデアを 生成した場合⒜と独創性が低いと評価 されたアイデアを生成した場合⒝. すい2つの概念の合成に成功したときは)、連想がより複雑に絡み合いなが ら膨らんでいるという結果が得られた21)(図3)。 また、同様の方法を用いて、あるものから印象を受ける過程をシミュレー ション(注5)したところ、好みであると評価されたものから印象を受けるとき は、連想がより複雑に絡み合いながら膨らんでいるという結果が得られた22) (図4) 。 これらの結果は、互いに関連のうすい概念を関連づけてよいアイデアを思 いつくことが、よい印象を受けることと本質的には同じような仕組みにもと づくことを示唆している。そして、その仕組みとは、「星」とか「バラ」の ようなある特定の静的な概念が連想の中心になるということではなく、さま. 図4 印象の生成過程における連想の広がり   :好みのものから印象を受けた場合⒜と 好みでないものから印象を受けた場合⒝. ざまな概念が複雑に絡み合いながら膨らむ、連想の動的な有りように関する ものであると考えられる。すなわち、音楽に心が響くとか、創造することに 心が踊る、というような心の「ときめき」は、ある特定の種や芽に反応する ようなことではなく、それに伴って生じる(自由)連想の広がりや複雑さに 反応(共鳴)するということであり、そのための「音叉のような共鳴器」が 心の中にあるのではないかと推察される。 上述の議論から、「直感」の源には上述の音叉のような仕組みがあると 考える。これは、gut feeling における‘gut’ということもできよう。また、. ジョブズのいうところの‘heart and intuition’であるということもできよう。 そして、その音叉が共鳴するように物事が(自由連想を促すように)関連づ けられたときに、その関連が「ひらめき」として表出すると考える。 本節での議論をまとめると、直観における「ひらめき」とは、先入観 (fixation)から解放されたときに得られる飛躍のことであり、直感における. 「ひらめき」とは、物事が感性的に(感性に共鳴するように)関連付けられ たときに得られる飛躍のことであるということができる。. 3.3. アナリシスとシンセシス. デザインのプロセスは、アナリシスとシンセシスから構成されているとい. われている。アナリシスとは、「すでに世の中に存在しているものごとにつ いて、それをいくつかの部分や性質の要素に分けることでそのものごとの有 りようを明らかにすること」であり、シンセシスとは、「すでに存在してい るさまざまなものごとを組み合わせて、まだ存在していないひとつのものご とにまとめあげること」である。物質の性質を、分子から原子、さらに素粒 子へと細かく分解して解明するのがアナリシスであり、各種の部品を使って 新しい機械の構造を考案するのがシンセシスである。シンセシスを行うため (注4)図3は,被験者が船とギターのふたつの概念を合成 して新しいコンセプトを生成するというデザイン実 験において,船とギターの2つの語と,デザイン成 果物を説明する語の集合(被験者に書かせた)の間 を,語彙が階層的に整理されている概念辞書を用い て仮想的に繋いで得られたネットワークである. (注5)図4は,被験者にいろいろなコップをみせてそこか ら連想された語(連想語)について,任意の2つの 連想語の間を概念辞書を用いて仮想的に繋いで得ら れたネットワークである.. にはアナリシスが必要であるが、アナリシスの知識だけではシンセシスはで きない、といわれている。それは、なぜであろうか。 ひとつの理由は、全体と部分の関係にある。全体論 23)と称する考え方で は、「全体は部分の和以上である」と述べている。分解された要素を再構成 するだけでは全体は実現されないということである。これはどういうことだ ろうか。機械のデザインでは、要素を組み合わせると、組立品ができるでは ないか、それは全体ではないのか。その疑問には、「創発」という考え方が. 55.

(7) 56. 特集:イノベーションデザイン論. 答える。ポラニー24)は、「上位のレベルは、それがはたらくためには、下位 のレベルの要素そのものを支配する法則に依存する。しかし、上位のレベル のはたらきを、下位のレベルの法則によって明らかにすることはできない。」 と述べ、都市 ─ 建物 ─ レンガ ─ 材料の4つのレベルを例にあげている。上 位のレベルでは下位のレベルとは異質の働きがあるということである。自動 車の性能は、エンジン等の部品の性能に帰着するが、エンジンやタイヤの設 計者を集めるだけで、良い自動車がデザインできるわけではない。 一方で、もうひとつの理由を、それらを行うための知識の構造の違いに求 めることもできる25)。アナリシスを行うための知識は、分類の曖昧性をきび しく排除することによって整然と構造化されたものである。エンジンの性能 は定量的に分析され、数直線上で比較される。そして、直和分割された知識 構造として表される(図5⒜)。しかし、シンセシスを行うための知識は、 そうではない。最近の携帯電話がカメラや音楽プレーヤの機能を備えている ように、新たなコンセプトは、既存のいくつかのものごとの組み合わせから 図5 知識の構造の違い(注6)   :アナリシス⒜とシンセシス⒝. 生成されることがある。そのための知識の構造は、重なりのあるものでなく てはならない(図5⒝)。このような重なりは、アナリシスをいくら突き詰 めてもそれだけでは決して得ることができない。そのためには、アナリシス から得られた知識(実体や性質:要素や部分集合で表される)を、知識の重 なりのあるように再構成する必要がある。 上述の議論を第2章での議論と関連づけてみよう。アナリシスを行うため には、それに先立って視点を定めなければならない。その際に、過去の視点 (先入観)に拘わりすぎると、アナリシスが適切に行われない危険性がある。 このように考えると、アナリシスには第1のタイプの創造性が関係している ことになる。一方で、第2のタイプの創造性はシンセシスそのものである。. 3.4. 設計解と仮説. デザインの成果物は、多様に表現される。工学設計では、「設計解」とよ. ばれることが多い。その理由は、工学設計がいわゆる「問題解決」ないし 「与えられた問題を解くこと」とみなされることが多いからであろう。一方 で、設計やデザインの成果物を「仮説」ととらえる考え方もある26)。それ は、デザインの成果物がディダクション(演繹推論)から導かれるのではな く、アブダクション(仮説推論)により生成されると考えるからである。こ こで、ディダクションとアブダクションの違いについて概観してみよう。 ディダクションとは、一般的ないし普遍的な知識から、より具体的な知 識を導く推論であり、いわゆる三段論法がその代表例である。米森27) は、 「ディダクションはただその前提にすでに述べられている事実からひとつを 取り上げ、それをその結論において明確に述べるだけである」と述べ、例と して、x + y =1と2x + y =6から解として x =5、y =−4を求める行為 を示している。この例の意図は、2つの方程式を図示してみると容易に理解 できる。2つの方程式の解とは、それらの直線の交点のことでもある。そし て、2つの直線は、それらが図示されたと同時に、交点が定まる。したがっ て、交点は2つの方程式に暗黙裡に含まれるものであり、方程式を解くとい うことは、その暗黙裡の交点を明示化することにすぎないということができ る。 (注6)図5は,知識構造を集合論を用いて表したものであ る.要素はプロダクト等の実体であり,類(部分集 合)は,それらの性質である.. 一方で、アブダクションとは、仮説を発見する推論である。アブダクション では、直接観察したものとは異なる種類の何ものか(仮説)を推論する。ここ.

(8) デザイン学研究特集号  Vol.25-1 No.97. で、パースやポアンカレの言説27)、28)を参考に、 「仮説」という概念について考 えてみよう。医師が病状から診断する病名は、仮説ということができよう。こ のような仮説を「原因仮説」とよぼう。また、ニュートン力学の法則のように、 ある現象を説明する原理も仮説である。このような仮説を「説明仮説」とよぼ う。さらに、幾何学の証明に用いる補助線も、仮説とよぶことができる。この ような仮説を「作業仮説」とよぼう。ここで、原因仮説は、症例を多く集める ことで、ディダクティブにつくることができる。また、説明仮説も、現象から 帰納的に得ることができる場合もある。しかし、ニュートン力学の法則や補助 線は、ディダクティブには得ることができず、そういう意味において、 「真の仮 説」ということができよう。デザインの前提条件が実験室で再現できたり、デ ザインの成果物が既存のプロダクトを改良することにより得られるのであれば、 その問題点をアナリシスすることでディダクティブにデザインできるが、未知 のプロダクトをデザインするのであれば、真の仮説を求めるようなことが行 われなければならない。 上述のように、デザインのプロセスがディダクティブなものであるか、ある いは、アブダクティブなものであるかのとらえ方の違いから、その成果物の表 現に違いが生じたものと思われる。 すなわち、「設計解」という表現には、なんらかのデザイン成果物が存在 することを前提とし(たとえば、前例となるプロダクトがあるなど)、その 性能やコストの「最適性」を追求することに主眼を置くという意味が含意さ れているのに対して、「仮説」という表現には、そもそも、その存在自体は 不明であるが、未知のプロダクトを発見したいとの意識のもとに、それを仮 置きすることに主眼を置くという意味が込められているように思われる。そ して、「問題を正確に解く」と表されるように、解の妥当性がそれを導く手 続きの正しさに帰着することが多い(たとえば、強度計算が正しく行われた かなど)のに対して、仮説が妥当であるかは、それを導く手続きだけからは 判断されにくく他のデータ(たとえば、プロダクトがユーザーにどのように 評価されるなど)を必要とすることが多い。 上述の議論をまとめると、 「設計解」と「仮説」の表現の違いからは、デザ インとは「与えられた問題を解く行為」であって「正確な手続きによる最適 性の追求」が求められるものなのか、それともデザインとは「正しいかは分 からないがとりあえず案を仮置きする行為」であって「未知のプロダクトの 新たな発見」が求められるものなかのか、の違いを読み取ることができよう。 また、第2章での議論に関連づけてみると、第1のタイプとして例示した 9点問題ではまさに「解」が求められているのに対して、第2のタイプにお いて得られるコンセプトは「(真の)仮説」とみなすのがふさわしいと考え られる。そのように考えると、「設計解」という表現には第1のタイプの創 造性が関係しており、「仮説」という表現には第2のタイプの創造性が関係 しているということになる。. 3.5. プロダクトの目的や目標はイノベーションデザインの外か 内か イノベーションデザインには、大きく2つの型(様式)がある。ひとつ は、プロダクトの目的や目標が予め与えられるという型である。デザインの 発注者からデザインの仕様が与えられるようなことである。ユーザーのニー ズからプロダクトの仕様が決まるような場合もある。もうひとつは、デザイ. 57.

(9) 58. 特集:イノベーションデザイン論. ンするなかで、プロダクトの目的や目標(仕様)がみえてくるような型であ る。体系化されているデザイン方法論については、前者の型にならうものが 多いが(たとえば、29))、革新的なプロダクトを実際に導いたデザインの多くは後 者であったといわれている8)。第2章で述べたゲイツやジョブズの例につい ては、つくりたいプロダクトの目的や目標が先にあってそのためにいくつか の要素的な知識を関係づけたのではなく、関係づけた結果として、プロダク トの目的や目標(仕様)がみえてきたと考えられる。この点については、第 4章でも触れる。 上述の2つの型の違いは、プロダクトの目的や目標を定める行為が、デザ インの外にあるのか、それとも、内にあるのかの違いということもできる。 これは、システム論の立場からは、デザインが自己言及システムであるか否 かという問いである。 ここで、第2章での議論を振り返ってみよう。第1のタイプについては、 例示した9点問題が所与のものであるように、「解」の目的や目標は外から 与えられることが多いと思われる。それに対して、第2のタイプでは、要素 的な知識を実際に結びつけてみるまでは、どのような機能(目的や目標)の プロダクトが生成されるか分からない。また、予め目的や目標が与えられて しまうと、それが制約となるため、その制約に収まるように要素的な知識を 結びつけることは難しい。したがって、第2のタイプの創造性については、 プロダクトの目的や目標がデザインするなかでみえてくることが多いと考え られる。. 4.イノベーションデザインのプロセスモデル 前述の議論から、イノベーションデザインに関する2つのプロセスモデル を考えることができる(図6を参照のこと、なお、図中の番号は、以下の説 明文中の番号に対応している)。. 図6 イノベーションデザインのプロセスモデル.

(10) デザイン学研究特集号  Vol.25-1 No.97. ひとつは、初めに①プロダクトの目的や目標がデザインの外部より与えら れ、それに基づいて②直観→③アナリシス→④設計解のプロセスからプロダ クトのコンセプト(設計解の案)が生成され、続いて、それが目的や目標を 満足しているか⑤評価され、必要に応じて⑥修正される(注7)というサイク ルを経て、最終的に、最適なコンセプト(設計解)に至るというプロセスモ デルである。もうひとつは、①直感(注8) →②シンセシス→③仮説のプロセ スからデザインが始まり、次に④プロダクトの目的や目標が生成され、続い て、その観点からプロダクトのコンセプト(仮説の案)が⑤評価され、必要 に応じて⑥修正されるというサイクルを経て、最終的に、未知のコンセプト (仮説)が発見されるというプロセスモデルである。本稿では、前者を「分 析的なデザイン創造サイクル」とよび、後者を「構成的なデザイン創造サイ クル」とよぶことにする。また、前者に関する創造性を「分析的なデザイン 創造性」とよび、後者に関する創造性を「構成的なデザイン創造性」とよ ぶ。なお、両者の対比は、前書[1]における「分析的概念生成」と「構成 的概念生成」、前書[5]における「Problem-driven phase」と「Inner sense-. driven phase」、および、前稿30)で述べた「分析的デザイン思考」と「構成的. デザイン思考」に対応している。また、本稿でいう直感は、[1]で議論し た内的動機や[5]で議論した inner sense を含むものである。. 「分析的なデザイン創造サイクル」では、外部から予め与えられている(プ. ロダクトの)目的や目標に照らして直観的(経験的)に定められた視点を基 に現状の問題点が分析(アナリシス)され、最適な設計解が求められる。こ れは、いわゆる問題解決型のデザインフローである29)。問題解決的に最適性 を追求するデザインは、プロダクトの性能を向上させたりコストを削減する ことに有効なため、量的なイノベーションに寄与すると考えられる。また、 その内容(直観、アナリシス、設計解)により、 「分析的なデザイン創造サ イクル」は第2章における第1のタイプの創造性に類するといえよう。先入 観からの解放が「ひらめき」となって、革新的なプロダクトのアイデアを生 むと考えられる。 「分析的なデザイン創造サイクル」の例としては、前述の ホンダジェットを挙げることができる。ホンダジェットは、機内のスペース をより広くとりたいという目的のもとに開発責任者(藤野道格)が思案を重 ねるなかで、エンジンを翼の上に配置するという「ひらめき」を得て、その アイデアを実現すべく厳密なシミュレーションによるアナリシスを繰り返し 行った結果、最適な形状(設計解)が求められたといわれている。 一方で、「構成的なデザイン創造サイクル」では、デザインする者の直感 から出発する。そして、直感に基づいて、いくつかの要素的な知識が結び つけられ(シンセシスされ)、仮説がつくられる。逆にいうと、仮説はシン セシスでつくられ、その源には直感があるということである。これは、「ま ず発見があり、そのあとで仮説がつくられる」というダガンの言説とも整 合している8)。そして、関連づけのなかで、プロダクトの目的や目標がみえ てくる。「構成的なデザイン創造サイクル」は、その内容(直感、シンセシ ス、仮説)により、第2章における第2のタイプの創造性に類するといえよ う。また、直感の源にある音叉のような共鳴器が人間の感性の巾を広げて質 的なイノベーションに関与すると考えられる。実際、質的なイノベーション (注7)直観に関する「ひらめき」は,先入観の修正プロセ ス(先入観からの解放)で生じると考える. (注8)直感に関する「ひらめき」は,①または⑥のプロセ スで生じると考える.. につながった革新的なプロダクトの多くは、要素的な知識を関連づけるとい う「構成的なデザイン創造サイクル」のプロセスにならってデザインされた と考えられる。その結果として、プロダクトのみならず組織として取り組む. 59.

(11) 60. 特集:イノベーションデザイン論. べき新たなビジョン(目的や目標)が生みだされたといわれている8)。 「分析的なデザイン創造サイクル」と「構成的なデザイン創造サイクル」 との違いは、図6において、それぞれの要素(直観と直感、アナリシスとシ ンセシス、設計解と仮説)の違いに加えて次のように示されている。 まず、プロダクトの目的や目標を定めるプロセスがデザインの外にあるか 内にあるかの違いが、プロダクトの目的や目標からの矢印の向き、および、 デザインの範囲(点線で示されている)の違いとして表されている。 そして、「分析的なデザイン創造サイクル」では外部から与えられたプロ ダクトの目的や目標を受けてデザインが始まるのに対して、「構成的なデザ イン創造サイクル」では、デザインする者の直感を頼りにデザインが始まる という違いは、順序を記す番号の差異として表されている。 なお、 「分析的なデザイン創造サイクル」と「構成的なデザイン創造サイク ル」を対比させて議論したのは、それらの特徴を誇張することで、イノベー ションデザインの創造性をより深く理解するためであり、実際には、両者が 混合していると思われる。たとえば、外部からプロダクトの目的や目標が与 えられた直後にデザインする者の直感を頼りにシンセシスがなされたり、い くつかの分析(アナリシス)手法が直感的に組み合わされることもある。 「分析的なデザイン創造サイクル」と「構成的なデザイン創造サイクル」 は互いに遷移可能な関係にある。「構成的なデザイン創造サイクル」が突然 に始まることは稀であり、「分析的なデザイン創造サイクル」を繰り返し 行っているなかで、直感が育まれ、そこから新たな仮説(未知のコンセプ ト)がつくられることが多い。第2章で紹介したゲイツとジョブズの例につ いても、初めは、普通のパソコンの開発から始まっている。また、セレン ディピティーとよばれている「思いがけない発見や発明」31)も、このよう な遷移のプロセスとして説明できる。その典型例といわれているポストイッ トの開発事例は次のように解釈できる。より強力な接着剤を開発している過 程で(分析的なデザイン創造サイクル) 、非常に接着力の弱い接着剤を作り 出してしまった。この非常に接着力の弱い接着剤をしおりに組み合わせて (構成的なデザイン創造サイクル)開発されたのがポストイットということ である。以上に述べたような「分析的なデザイン創造サイクル」から「構成 的なデザイン創造サイクル」への遷移を、本稿では、デザイン創造サイクル の「抽象化」ということにする。 一方で、直感からプロダクトのアイデアが創案されると、その過程でみえ てきた目的や目標を受けて「分析的なデザイン創造サイクル」が行われ、そ して、より良い性能と使い易さを求めて、プロダクトの構造や形状が洗練さ れていくことがある。このような「構成的なデザイン創造サイクル」から 「分析的なデザイン創造サイクル」への遷移を、本稿では、デザイン創造サ イクルの「具体化」ということにする。デザイン創造サイクルの「具体化」 は、プロダクトを商品化するためには不可欠である。 実際には「構成的なデザイン創造サイクル」であったとしても、後日、 「後付け的」に「分析的なデザイン創造サイクル」の枠組みを借りて説明さ れることがある。それは、ものごとを「分析的」に説明すると、一般的に説 得力が高まるからである。感性的な直感を信じたと言うよりは、経験に基づ く直観に頼ったと言う方が説得力があり、思いつくままに試行錯誤を繰り返 しているうちに目的や目標が定まったと言うよりは、予め定められた目的や 目標から解を分析的に求めたと言う方が信頼感のある説明となる。.

(12) デザイン学研究特集号  Vol.25-1 No.97. 5.デザイン創造性を鍛えるためのデザインスクールの実践 本章では、構成的なデザイン創造性の醸成に主眼を置いて実施したデザイ ンスクールの概要を紹介する32)。. 5.1. デザインスクールの基本的方針. 前述したように、構成的なデザイン創造性については、それが実際には革. 新的なイノベーションデザインの原動力であるにも関わらず感覚的で説明力 に欠けるために、体験談として言い伝えられることはあっても体系的に教育 されることは少なかったと考えられる。しかしながら、今後は、構成的なデ ザイン創造性に対する期待は、ますます大きくなるであろう。 そのために、筆者等は、構成的なデザイン創造サイクルに始まり、分析的 なデザイン創造サイクルに遷移するようなフローに従って、グループワーク により革新的なプロダクトのコンセプトのデザインするための教育方法を構 築し、実践することにした。その基本的方針を以下に述べる。 まず、コンセプトの生成を「直感」から始めることにした。一般的に、学 問を教示する場合には、「合理的な根拠」が求められる。設計やデザインの 方法論は、「その経験者から実技や演習を通して」教えられることが多いが、 そこでの根拠は「経験」である。一方で、「直感」については、「思いつき」 や「あてずっぽう」と誤解されることが多く、根拠に乏しいとされ教育現場 では避けられてきた概念であるといえよう。しかしながら、前述のように、 「直感力」は、実際のデザイン現場では重要な役割を果たしていると考えら れる。では、「直感力」はどのように教育すればよいのだろうか。筆者らは、 「直感力」そのものは教えられる能力ではないと考える。しかしながら、か りに「直感力」が、3.2節で述べた「音叉」のような仕組みに根拠をおくも. のであるならば、それ自体を新たに作るようなことは難しいとしても、少な くとも、たとえば錆び付いてしまったときにはその錆を取り払うようなこと や、音叉の共鳴する様子に耳を済ます態度を醸成するようなことはできると 考える。. そこで、本教育方法では、新しいコンセプトを得るために、「イルカのよ うな自転車」のように生物からのメタファよりヒントを得る方法1)、5)にお いて、一見したところでは関連のなさそうな生物とプロダクトを「直感的」 に結びつけさせることにした。このように互いに関連のうすい概念をなかば 強制的に結びつけてそこからアイデアを考えさせる手法は、クリステンセン がイノベーション力を向上させるために提案している手法9)に類似してい るが、本手法では、その結びつけを「直感力」に頼るところに特徴がある。 生物は多くのすぐれた性質を有しており、また、比較的なじみ深く多くの概 念の発想や連想がしやすいことから、デザイン分野においてもバイオミメ ティックス33)や生物模倣設計 34)などのキーワードで近年盛んに研究がなさ れている。このタイプのメタファは、その構造がアナロジ(類推)であるた めに問題の解決に用いられることが多いが、本教育方法では、メタファーを 直感的に表現させ、さらに、プロダクトの目的や目標がその内容を議論する なかから得られるようにすることで、構成的なデザイン創造サイクルの枠組 みに入ると考えた。そして、直感的に結びつけたアイデアが、それを具体化 するなかにおいて、革新的でかつ好みのプロダクトに仕上がっていく有りよ うを体験することで、「直感に基づいて仮説を発見すること」の可能性や有 意性に気づく(目覚める)ことを期待した。. 61.

(13) 62. 特集:イノベーションデザイン論. 一方で、創案されたアイデアを具体化することもさせた。それは、実際の デザインでは、実現可能なレベルまでにコンセプトを精緻化する必要があ り、そのためのスキルも不可欠だからである。そこで、基本的なアイデアが まとまった段階で、分析的なデザインサイクルに移行(遷移)し、プロダク トの具体的な構造やメカニズムを検討し、3次元形状モデルを作成させるこ とにした。 ところで、3.1節で述べたように、革新的なプロダクトは、新たな生活の. スタイルを提供し、質的なイノベーションにつながることが期待される。し かしながら、これからデザインされるプロダクトはいまだ世の中には存在し. ないものなので、その新たな生活のシーンも現存せず、想像するしかない。 ここで、これからデザインしようとしているプロダクトがどのように新たな 生活のシーンを生むのか仮想的に体感できると、デザインする者のみならず ユーザーもそのプロダクトの新規性や有用性を事前に評価し易くなる。 そこで本教育方法では、考案したプロダクトと、それの利用されるシー ンの両者を同時に VR(Virtual Reality)装置に投影して、仮想的に体感でき. るようにした。VR 装置には、神戸大学統合拠点に導入されている、CAVE. (Cave Automatic Virtual Environment)とよばれる没入型の三次元立体可視化 装置π-CAVE 35)を用いた。これは、前面2枚、床面2枚、側面に各1枚ず. つのスクリーンで構成されており、高さ3m ×奥行3m ×横幅7.8m の直方. 体構造の中で、最大20名程度が同時に VR を体験できる。. 以上をまとめると、本教育方法におけるデザインの手順は、生物とプロ. ダクトの直感的な結びつけ→シンセシス→(ここから遷移)→アナリシス → CAD を用いた3次元形状モデル生成→(評価:市場調査など)と、構成的. な創造デザインサイクルから始まり、途中から分析な創造デザインサイクル に遷移するフローとなっている。そして、このフローは、一般的なデザイン スクール2)、36)、37)とは異なっている。なお、今回は、時間の都合で、プロダ クトの評価は行っていない。. 5.2. デザインスクールの手順. 以下に示す手順にしたがってグループワークを行った。. Step 1(5分間):メンバーごとに「自然物」と「プロダクト」をそれぞれ 10種類ずつ考える。. Step 2(2分間):Step 1で考えたリストの中から、メンバーごとにそれぞ. れ面白いと思う「自然物」と「プロダクト」を3つずつ選ぶ。選んだものを 付箋に書き、所属チームの模造紙に貼る。. Step 3(3分間):Step 2で作成された所属チームの「自然物」と「プロダ クト」のリストから、「〈自然物〉のような〈プロダクト〉」として面白そう な組み合わせを各メンバーが1つずつ「直感的」に選ぶ。. Step 4(2分間):Step 3で得られた組み合わせの中から、「直感的」に最 も面白そうだと思うものをチームで1つ決める。. Step 5(5分間):Step 4で選んだ組み合わせの〈自然物〉の特徴をメン. バーごとに考えて付箋に書き、模造紙に貼る。. Step 6(3時間半):Step 5で書き出した特徴を活かすように「〈自然物〉の. ような〈プロダクト〉 」とはどのような形状、メカニズム、サービスシステム であるか、チームで話し合いアイデアをまとめる。プロダクトのスケッチを作 成する。また、プロダクトが使われるシーンを想定し、その画像を収集する。.

(14) デザイン学研究特集号  Vol.25-1 No.97. Step 7【中間発表】:各チーム20分間で、これまでのグループワークについ て PowerPoint を用いて発表する。. Step 8(1時間):VR 装置のインストラクションを受ける。プロダクトが 使用されるシーンの360度パノラマ画像を VR 装置へ投影し、π-CAVE を体. 験する。投影されたシーンの中で、プロダクトの使われ方、サイズや構造に ついて検討する。. Step 9(7時間):プロダクトの構造やサイズ等を具体的に決定する。必要. があれば計算をし、CAD モデルを作成する。プロダクトを使用するシーン について、さらに画像を収集する。. Step10:教員やスタッフによる中間レビューを行う。これまでにグループ. ワークで作成したデザイン案について、デザイン案の概要、これまでの作業 内容、これからの方向性について説明し、アドバイスを受ける。. Step11(10時間) :引き続き具体的に設計を行う。適宜、VR 装置を利用して、 プロダクトの使われ方、サイズや構造について検討する。. Step12:チームごとに、PowerPoint によるプレゼンテーション(15分程度). と、プロダクトとそれが使用されるシーンの VR 装置を用いたデモンスト レーションを行う。. 5.3. デザインスクールの結果. 2016年5月19日(木)∼22日(日)の4日間で神戸市ポートアイランドに. ある神戸大学統合研究拠点で実施した。. 5.3.1. 参加者. 神戸大学(日本)とカーネギーメロン大学(CMU、米国)から各8名の. 工学を専攻する学生(19才∼33才、内、男子12名・女子4名)が参加した。 また、指導および運営のために教員とスタッフ9名が参加した。4名のメン バーから成る4つのチームを編成し、それぞれ、チーム R、チーム G、チー ム B、チーム Y のチーム名をつけた。. 5.3.2. グループワークの様子. 図7に Step 1∼Step 6のグループワーク中の様子を示す。チームごとに. 作業机に向かい合って座り、机の横の壁に貼ったあるいは机の上に置いた模 造紙を用いて、メンバーが考えた製品や自然物、その特徴のアイデアを共有 した。Step 7の中間発表では、一チーム当たり10分∼20分間でプレゼンテー. ションを行い、7名の教員・スタッフが参加した。. Step 8∼9の様子を図8に示す。Step 8では、チームごとにπ-CAVE. (VR 装置)の操作と没入体験を行った後、プロダクトの使用される様々な シーンを想定してその360度パノラマ画像を用意し、π-CAVE に投影して. シーンを仮想体感しつつプロダクトの有りようについて議論した。予定時間 を超えて熱心に議論する様子がみられた。Step 9では、プロダクトが使用. されるシーンについて、フィールドワークと画像撮影のために実施会場近く の大型家具店まで出かけたチームもあった(図8右)。Step10では一チーム. 当たり10分∼20分間で計6名の教員・スタッフが中間レビューを行った。. 63.

(15) 64. 特集:イノベーションデザイン論. 図7 グループワークの様子(Step 1から Step 6). 図8 グループワークの様子(Step 8から Step 9). ⒜ team R. 5.3.3. 成果物. 表1および図9に最終成果物示す。最終成果物をみると、従来のプロダク. トの改良品ではない、未知ないし極めて革新性の高いプロダクトがデザイン されていることが分かる。 表1 最終成果物の概要. ⒝ team G. 製品―自然物. プロダクトのコンセプト. 使用される シーン. Camera ─ Ant. 蟻のように小さなカメラで、災害 現場など人間が立ち入ることの難 しい場所へ群れになって入り込み、 それぞれが写真を撮る。. 災害現場. G. Watch ─ Bee. 蜂が羽音で自分の位置を知らせた りコミュニケーションをとるよう に、 骨 伝 導 で 情 報( 時 刻、 位 置、 危険情報)を伝える時計。. 人ごみ、 車の中. B. Lamp ─ Monkey. 猿のように、使いたい状況に合わ せて種々の方法で固定することの できるランプ。. 家の中. Y. Fish net ─ Baleen whale. クジラのように泡を吹いて魚を囲 い込みノイズを発生させて魚を混 乱させるようなことのできる潜水 艦が、複数連携して魚を漁網に追 い込む。. 海中. R. ⒞ team B. ⒟ team Y. 図9 最終成果物のスケッチと CAD モデル.

(16) デザイン学研究特集号  Vol.25-1 No.97. 5.3.4. アンケートの回答結果. 参加した学生から得られたアンケートの回答結果を図10に示す。 Q1.グループワーク (デザイン) は楽しく夢中になりましたか? Q2.チームのメンバーとはうまく協力できましたか? Q3.インストラクションはわかりやすかったですか? Q4.ツールは有効で興味をひかれるものでしたか?. Q5.プロダクトと場面をセットで考える事は有効だと思いますか? Q6.メタファーはアイデアを出しやすかったですか? Q7.Bio inspiredはアイデアを出しやすかったですか? Q8.今後に活かせそうな経験でしたか? 5 強くそう思う. 4 そう思う. どちらとも 3 言えない. 2 そう思わない. まったく 1 そう思わない. 図10 アンケートの回答結果. この結果から、参加者の評価はおおむね良好であったと考える。 また、演習プログラムへの参加学生からの感想では、“Design process was. interesting and I learned some things I probably would not have without this interuniversity collaboration.”、“The design process to integrate two unrelated objects is stimulating.”といった意見が聞かれた。. 6.イノベーションデザインに求められる人材(結言に代えて) 革新的なプロダクトは、限られた卓越したリーダーにより構想されること が多い。ホンダジェットは藤野道格が構想し、零戦は堀越二郎により導か れ、アップルコンピュータ社のプロダクトの多くはジョブズが構想した。こ のような卓越したリーダーには、専門的な知識に加えて広い視野や創造性が 求められるといわれている。 一方で、革新的なプロダクトは、その有りようだけでなく「設計思想」が 語られることがある。それは、優れた設計には優れた機能に加えて優れた思 想が期待されるからであろう。そして、その革新的なプロダクトを構想した 者とは、たんに、なんらかの能力やスキルに秀でている達人ではなく、より 深いなにかを備えている「思想家」のような人物ではないかと想望されるか らであろう。そうであるならば、本稿で議論したイノベーションデザインを 実践し得る創造的な人物とは、「設計思想家」と称されるに相応しい人物と いうことになる。思想家であるからには、プロダクトだけを見るのではな く、社会全体を見渡し、将来を見据えられる者でなくてはならない。そし て、豊富な知識に加え、未来に対するするどい洞察力と、なによりも、研ぎ すまされた感性と確固たる信念を持ち合わせている必要がある。科学技術と 人間社会との関係がより複雑になってきている現代においては、まさに、社 会として、卓越した「設計思想家」を育成していく必要があると考える38)。. 謝辞 本研究の一部は、科研費15K12291により行われた。. 65.

(17) 66. 特集:イノベーションデザイン論. 【参考文献】 1)田浦俊春『創造デザイン工学』,東京大学出版会(2014). 2)d. school,http://dschool.stanford.edu/ (2016年8月23日参照). 3)P. Faulkner and J. Runde, On the identity of technological objects and user innovations in function,. . . Academy of Management Review, 34(3), 442-462(2009). 4)鷲田裕一編著『未来洞察のための思考法』勁草書房(2016). 5)T. Taura and Y. Nagai『Concept Generation for Design Creativity』, Springer(2012) . 6)D.G. Jansson and S.M. Smith, Design Fixation, Design Studies, 12(1), 3-12(1991) . .. 7)前間孝則『ホンダジェット ─ 開発リーダーが語る30年の全軌跡』新潮社(2015). 8)ウイリアム・ダガン著/杉本希子,津田夏樹訳『戦略は直観に従う』,東洋経済新報社(2010). 9)クレイトン・クリステンセン,ジェフリー・ダイアー,ハル・グレガーセン 著/櫻井祐子訳 『イノベーションの DNA 破壊的イノベータの5つのスキル』,翔泳社(2012).. 10)桑原晃弥『スティーブ・ジョブズ名語録』PHP 文庫(2010).. 11)G.V. Georgiev, Y. Nagai and T. Taura, Understanding the Bases of Design Impressions of Natural or. Artificial: Survey of Cognition in Different Regions, Proceedings of the 60th Annual Conference of . . JSSD 2013, 34-35(2013). 12)スティーブ・ジョブズ,スタンフォード大学卒業式でのスピーチ(2005). 13)船井幸雄『直感力の研究』,PHP 研究所(1993).. 14)羽生善治『直感力』,PHP 研究所(2012).. 15)ゲルト・キーゲンレンツァー著/小松淳子訳『なぜ直感の方が上手くいくのか』,インターシ フト(2010). 16)マルコム・グラッドウェル著/沢田博,阿部尚美訳『第1感「最初の2秒」の「なんとなく」 が正しい』,光文社(2010). 17)新辞林(直感,直観),三省堂(1999). 18)Marta Sinclair(ed.) 『Handbook of Intuition Research』, Edward Elgar,(2011).. 19)P. Badke-Schaub and O. Eris, A Theoretical Approach to Intuition in Design: Does Design. Methodology Need to Account for Unocnscious Processes?,『An Anthology of Theories and Models of. Design, A. Chakrabarti and L.Blessing(eds.)』, 353-370. Springer(2014).. 20)D. Durling, Intuition in Design – A perspective on designer’s creativity –, In Bulletin of 4th Asian. Design Conference: International Symposium of Design Science(1999).. 21)T. Taura, E. Yamamoto, M.Y.N. Fasiha, M. Goka, F. Mukai, Y. Nagai and H. Nakashima, Constructive. simulation of creative concept generation process in design: A research method for difficult-to-observe ( - 6), 297-321(2012) . . design-thinking process, Journal of Engineering Design, 23(4). 22)T. Taura, E. Yamamoto, M.Y.N. Fasiha and Y. Nagai, Virtual impression networks for capturing deep. impressions,『Design Computing and Cognition’ 10, J. Gero(ed.)』, 559-578. Springer(2011).. 23)哲学事典(全体論),平凡社(1995).. 24)マイケル・ポラニー,佐藤敬三訳『暗黙知の次元』,紀伊國屋書店(1993). 25)吉川弘之,田浦俊春「一般設計学のプロセス知」,『技術知の位相』,東京大学出版会,91-106 (1997).. 26)吉川弘之:「歴史科学としての新しい工学体系」,『技術知の位相』,東京大学出版会,3-21 (1997).. 27)米森裕二『パースの記号学』,勁草書房(1992). 28)ポアンカレ著/河野伊三郎訳『科学と仮説』,岩波文庫(2015). 29)ゲルハルト・ポール,ウルフギャング・バイツ著,ケン・ワラス編/設計工学研究グループ 訳『工学設計 体系的アプローチ』,培風館(1995). 30)田浦俊春,現代デザイン思考 ─技術と意味の時代の創造性 ─,Oukan,10(1),5-13(2016).. 31)ロイストン・ロバーツ著/安藤喬志訳『セレンディピティー 思いがけない発見・発明のド ラマ』,化学同人(1993).. 32)田浦俊春,嶋田憲司,山田香織,妻屋 彰,貝原俊也,横小路泰義,佐藤隆太,構成的思考 力を鍛錬する国際デザインスクールの実践,Design シンポジウム2016論文集,(2016).. 33)下村政嗣,生物の多様性に学ぶ新世代 バイオミメティックス材料技術の新潮流,科学技術 動向研究,No. 5,9-28(2010).. 34)G. Ashok et al.(eds) 『Biologically Inspired Design』, Springer.(2014).. 35)π-CAVE,http://www.eccse.kobe-u.ac.jp/pi-cave/. 36)東京大学 i. school 編『東大式世界を変えるイノベーションのつくりかた』,早川書房(2010).. 37)石田亨編『デザイン学概論』,共立出版(2016).. 38)田浦俊春,設計思想 ─ 質的イノベーションを創出するデザイン力のひとつの姿 ─,第7回横 幹連合コンファレンス講演会論文集(2016)..

(18)

参照

関連したドキュメント

In terms of the i-invariants, the absolute p-adic Grothendieck conjecture is reduced to the following two

By virtue of Theorems 4.10 and 5.1, we see under the conditions of Theorem 6.1 that the initial value problem (1.4) and the Volterra integral equation (1.2) are equivalent in the

iv Relation 2.13 shows that to lowest order in the perturbation, the group of energy basis matrix elements of any observable A corresponding to a fixed energy difference E m − E n

ppppppppppppppppppppppp pppppppppppppppppppppppppppppppppppp ppppppppppp pppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppp pppppppppppppppppppp

It is known that quasi-continuity implies somewhat continuity but there exist somewhat continuous functions which are not quasi-continuous [4].. Thus from Theorem 1 it follows that

This amounts to showing that the homo- topy category of injective objects of some appropriate Grothendieck abelian category (the category of ind-objects of C ) is compactly gener-

「 I certify that the goods described in this document qualify as originating and the information contained in this document is true and accurate. I assume

I was a business student when I did my undergraduate degree, but such a broad perspective was not really done un- til I took that International Management course. Q What would