音楽知覚認知研究 Journal of Music Perception and Cognition Vol. 25, No. 1, 1, 21-28, (2019) (2019) 21 資料論文 音大生の演奏における表現の自覚性尺度の作成 高田由利子 1, 石黒千晶 2 3, 岡田猛 概要 : 演

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全文

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資料

論文

音大生の演奏における表現の

自覚性尺度の作成

高田 由利子

1

石黒 千晶

2

岡田 猛

3 概要:演奏者は作曲家の意図や演奏者自らの意図や,聴衆への伝わりやすさなどを省察しながら練 習を重ねる。本研究の目的は,音大生のような学習者の表現の自覚性を測定する心理尺度を開発す ることである。音楽教育家と心理学者が共同して,演奏表現の特徴を踏まえた演奏表現の自覚性尺 度を作成し,音楽学科に所属する 180 名の大学生を対象に質問紙を実施した。その結果,演奏表現 の自覚性尺度は聴衆への伝達性,演奏者の表現意図と表現方法の調和性,楽譜への忠実性という 3 因子からなることが示された。また,各因子に十分な信頼性が確認された(αs>.70)。この尺度 は音楽演奏の学習過程を理解する上で役立つ。 キーワード:表現の自覚性,心理的尺度,音楽演奏,準熟達者,自己省察

Development of Psychological Scales for Expressive awareness

in Musical performance

Yuriko T

AKADA

1

, Chiaki I

SHIGURO

2

and Takeshi O

KADA

3

Abstract: Music performers often reflect on whether they can follow the composerʼs images through the music score, realize their own images, and convey such images to listeners. These notions can be called expressive awareness in music performance. The purpose of this study is to develop psychological scales for expressive awareness in music performance for music performance learners such as music students. An expert in music education along with two psychologists conducted a questionnaire survey with 180 undergraduates (M=20.04, SD= 2.17) who majored in music. Factor analysis indicated a three-factor structure of expressive awareness in music performance: ʻConveying the messages to the audience,ʼ ʻMatching the performerʼs intention and method for expression,ʼ and ʻFollowing the music score.ʼ Each factor of expressive awareness demonstrated sufficient reliability (Cronbachʼs α>.70). This scale is thought to be useful to understand how music performers practice and learn to perform better. Key words: expressive awareness, psychological scales, music performance, semi-professionals, reflection

1〒 113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1 東京大学;University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033,

Japan(e-mail: yuri0375@g.ecc.u-tokyo.ac.jp)

2〒 921-8501 石川県野々市市扇が丘 7-1 金沢工業大学;Kanazawa Institute of Technology, 7-1 Ohgigaoka, Nonoichi,

Ishikawa 921-8501, Japan(e-mail: ishigurochiaki37@gmail.com)

3〒 113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1 東京大学;University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033,

Japan(e-mail: okadatak@p.u-tokyo.ac.jp) 2018 年 12 月 31 日受稿,2019 年 5 月 9 日受理

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ピアノやバイオリンなどの音楽演奏は,私たち の心を癒し感動を与えてくれる。特に,熟練した 演奏者の表現は,決まりきった楽譜の再現ではな く,場所や状況に合わせたり,その演奏者独自の 表現を取り入れたりして,様々なヴァリエーショ ンで音楽を楽しませてくれる。このような優れた 演奏者を育成することは音楽の専門教育の重大な ミッションの一つである。音楽大学や音楽学科の ある大学では,演奏の初心者ではなく一定の技術 試験をクリアした学習者がより良い演奏表現を学 ぶ場を提供する。その際には,単に高度な演奏技 巧を指導するだけではなく,演奏表現の熟達の道 を自律的に歩むことをサポートする。 熟達のために欠かせないのが練習である。音大 生などの演奏表現の学習者はもちろんのこと,プ ロの演奏者ですらも優れた音楽演奏のために練習 を行う。練習とは学習や熟達を目的とした演奏の 反復,あるいは体系的なエクササイズであり(マ クファーソン・ガブリエルソン,2011),演奏の 反復の中で自分の演奏を振り返りながら試行錯誤 することを指す。実際,優れた芸術家や実践家は 行為の最中に自らの実践を振り返る自己省察を行 うと言われている(Schön, 1983)。しかし,一言 に自己省察といっても振り返るべき観点は無数に ある。音大生のような演奏表現の学習者が自己省 察する際に重要なのは,どのような観点だろうか。 演奏練習における自己省察 音楽教育家である Lhevinne(1991)は,楽譜に書かれた内容を聴 衆に伝えることの次に,自分が感じたことや欲す ることを聴衆に伝えることを演奏時の注意点とし て指摘している。楽譜には作曲家の意図が示され ていることを考えると,演奏者は作曲家と演奏者 自身の意図の両方を考慮しながら演奏することが 求められているといえる。また,作曲家と演奏者 自身の意図を調和させることも求められる。演奏 者の主観的世界(イメージ,感情,比喩など)と 演奏の客観的特徴(例えば,演奏表現としての強 弱やレガート,スタッカートなどの演奏技法)を 関連付ける必要がある(マクファーソン&ガブリ エルソン,2011)。つまり,より良い演奏表現の ためには,作曲家と演奏者自身の意図を関連付け ながら聴衆に伝えることが重要なのである。この ように聴衆に伝えたい主観的世界と演奏の客観的 特徴を関連付けるためには,自分の音を客観的に 聴くことが重要である(梅本,1996)。練習や演 奏中に自分の生み出す音を客観的に聴くことで, どのような音が作曲家や演奏者の意図を示す上で 適切かを判断することができ,それに伴う奏法を 身に着けるなど,次の練習の方針を立てることが 可能になる(マクファーソン・ガブリエルソン, 2011)。 まとめると,演奏表現では,楽譜から作曲家の 意図を読み取ってそれを再現するだけでなく,演 奏者自身が表現したい内容を聴衆に伝えることが 求められる。そのため,練習では作曲家の意図と 表現者自身の意図を関連づけながら,それに適し た演奏方法を試行するのである。そして,これは 音楽専門教育で特に重視されている観点でもある (花岡,2010; 坂本,2005) 演奏者自身が表現したいことを問う姿勢 上述 したような表現者の意図とそれに適した表現方法 を問う自己省察は,音楽に限らず美術などの表現 教育でも重視されてきた。例えば,美術教育家の 小澤(2012)は,芸術領域の表現者は「自分は何 を表現したいのか」という問いに主体的に取り組 まなければならないことを指摘している。また, 石黒・岡田(2013)は表現内容とその表現内容に 適した方法との一致を意図することを表現の自覚 性と呼び,表現に関する重要なメタ認知的知識と して位置付けている。彼女らはさらに,写真初学 者が数ヶ月間にどのように表現の自覚性を獲得す るかをインタビューによって検討し,初心者でも 数カ月創作活動を行ううちに表現の自覚性を獲得 できることを示唆している。近年,美術教育研究 の領域では,表現の自覚性を測定するための心理 尺 度 が 開 発 さ れ(横 地・八 桁・小 澤・岡 田, 2014; 石黒・岡田,2016),実際にその尺度を用 いて,美術の初学者や教職課程の学生を対象とし た教育実践の効果測定が行われている(横地ら, 2014; 石黒・岡田,2013)。

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一方,音楽教育研究の領域では,表現の自覚性 など学習者の自己省察を測定する尺度や指標はま だ開発されていない。そのため,演奏表現の学習 過程を実証的に評価することが難しい。この問題 を解決する第一歩として,本研究は音楽演奏表現 の自覚性を測定する心理尺度を開発することを目 的とする。音楽演奏表現の自覚性尺度があれば, 演奏の熟達途上にある音大生の学習の状態を把握 することができ,効果的な指導にもつながる。 演奏表現の自覚性尺度開発の方法 本研究では 音楽演奏という表現領域の特徴を踏まえた表現の 自覚性尺度を開発する上で,音楽教育の専門家と 心理学者が協同で心理尺度の開発に取り組む。具 体的には,音楽教育の専門家は音楽演奏経験やそ の指導経験を踏まえて表現の自覚性の定義を考え, 音大生が回答しやすい項目について心理学者と議 論する。なお,演奏表現の自覚性尺度を作成する 際には,音楽演奏に適した概念構成や項目を作成 する。横地ら(2014)や石黒・岡田(2016)の美 術表現の自覚性尺度では,表現内容と表現方法と のマッチングに焦点が当てられている。しかし, 美術表現が作家の意図を絵画や写真などの作品に 反映するという行為であるのに対して,音楽表現 は作曲によって楽譜が生産される一次表現と,演 奏によって音楽が生産される二次表現に分かれる, より複雑な表現領域である。そのため,このよう な領域特性を踏まえて,本研究は演奏表現の自覚 性を「作曲家や演奏者自身の意図が聴衆に伝わる ように演奏方法をマッチングすること」と定義し, それを測定する項目を作成する。 方法 心理尺度の項目作成 演奏表現の自覚性尺度の項目 上述したように, 演奏表現の表現意図には作曲者と演奏者の意図が ある。そのため,表現の自覚性の中心概念である 表現意図と表現方法のマッチングについては,作 曲者の意図を反映させる「作曲者の表現意図への マッチング」と,演奏者自身の意図を反映させる 「演奏者自身の表現意図へのマッチング」の 2 つ に関する項目を作成した。 まず,「作曲者の表現意図へのマッチング」を 示す 6 項目を作成した。本研究では作曲者の意図 を反映することは,楽譜に忠実であることや,楽 譜に書かれていない要素の演奏を回避することだ と考えて,項目を作成した。したがって,「演奏 者は,楽譜に書かれていない要素(演奏記号な ど)を演奏してはならない」,「楽曲の解釈には, 楽譜に書かれている要素(演奏記号など)が最も 重要だ」,「演奏者は楽譜に忠実に演奏しなければ ならない」,「よい演奏とは,楽譜に忠実であるこ とだと思う」,「楽譜に書かれていない要素(演奏 記号)が多いほど,表現の自由度は高まると思 う」および,逆転項目の「演奏者は楽譜に独自の 解釈を加えて演奏するべきだ」を楽譜への忠実性 の項目とした。 次に,横地ら(2014)の美術領域における表現 の自覚性項目を参考にして「演奏者自身の表現意 図へのマッチング」に関する 6 項目を作成した。 具体的には,「私は,楽譜に書かれた要素(音楽 記号など)を音に出せるが,どのように表現して いいのか分からないことがある(逆転項目)」, 「私にとって,自分のイメージを適切に表現する よりも,楽譜に忠実であることの方が大切だ(逆 転項目)」,「私は自分のイメージや考えを演奏を 通して適切に表現できる」,「私は自分が表現した いことにぴったりとくる方法を用いて演奏する方 だ」,「私は表現したい内容があるが,それを表現 する方法が分からない(逆転項目)」,「私は,自 分のイメージを伝えるために選んだ方法について 説明することができる」の 6 項目を作成した。 なお,横地ら(2014)は表現の自覚性に関わる 要素としてコミュニケーションの側面を重視し, 「作品を制作する時に,他者が自分の作品をどの ようにみてくれるかを考える」といった項目も作 成していた。上述したように,演奏表現を省察す る 際 に も 聴 衆 へ の 意 識 が 不 可 欠 で あ る (Lhevinne, 1991)。実際に,演奏表現の学習者は レッスンや教師の指導を通して人に伝わるような メッセージ性をもって演奏することを意識するよ

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うになる。様々な領域の熟達について研究してい る大浦(2000)は,熟達者の創作(演奏)過程に ある共通性として,聴衆にアピールしたいメッ セージがあること,そしてそれを表現したいとい う強い思いがあることを示唆している。それを考 慮すると,自らの演奏を聴衆に伝えることを意識 しているかどうかも表現の自覚性に関する要素と して取り入れる必要があるだろう。そこで,「私 は自分の演奏を通じて,聴いている人に伝えたい ことがある」「私は聴いている人に何らかのメッ セージを伝えるために演奏する方だ」「私は,音 楽を通して聴いている人に何らかのメッセージを 伝えることは大切だと思う」「私には,演奏を通 して聴いている人に伝えたいことはあまりない」 (逆転項目)「私は,聴いている人が自分の演奏を どのように聴いてくれるかを考える」「私は聴い ている人にイメージを伝えるテクニックを持って いる」といった 6 項目を作成した(Table 1)。 質問紙調査 調査対象 第一著者が勤務する国内の音楽大学 に通う大学生 180 名(男性 35 名,女性 144 名), 平均年齢 20.04 歳(SD=2.17,Range: 18-41), ピアノ演奏経験年数平均 9.90 年(SD=5.91, Range: 1-24),各コースの対象者数は,ピアノ コース 28 名(16%),声楽コース 19 名(11%), 管弦打楽器コース 72 名(40%),音楽指導コース 16 名( 9 %),作曲・電子オルガンコース 9 名 ( 5 %),音楽療法コース 34 名(19%),および無 記名 2 名が調査に参加した。演奏経験については, 調査先の音楽大学においてピアノ学習が全学生の 必修科目であること,ピアノ楽譜(ト音記号とヘ 音記号の五線譜に記譜された複旋律楽譜)は他楽 器の楽譜よりも読み方が統一されていることから, ピアノ演奏経験を演奏経験の指標とした。 手続き 第一著者が 2015 年および 2018 年の 9 〜10 月に実施した。成績評価を懸念した回答が 出ないように,第一著者が担当していない 4 つの 科目(音楽概論,合唱,音楽指導法,伴奏法など 講義系と実技系の科目)で実施した。本研究は東 京大学ライフサイエンス委員会倫理審査専門委員 会の承認を得て実施した(審査番号:17-70)。調 Table 1 演奏表現の自覚性尺度の項目一覧 表現の自覚性の構成概念 具体的な項目 1 .作曲者の表現意図への マッチング (1)演奏者は,楽譜に書かれていない要素(演奏記号など)を演奏してはなら ない (2)楽曲の解釈には,楽譜に書かれている要素(演奏記号など)が最も 重要だ (3)演奏者は楽譜に忠実に演奏しなければならない (4)よい演奏とは, 楽譜に忠実であることだと思う (5)楽譜は書かれていない要素(演奏記号な ど)が多いほど,表現の自由度は高まると思う (6)演奏者は楽譜に独自の解 釈を加えて演奏するべきだ(逆転項目) 2 .演奏者自身の表現意図 へのマッチング (1)私は,楽譜に書かれた要素(音楽記号など)を音に出せるが,どのように 表現していいのか分からないことがある(逆転項目) (2)私にとって,自分の イメージを適切に表現するよりも,楽譜に忠実であることの方が大切だ(逆転 項目) (3)私は自分のイメージや考えを演奏を通して適切に表現できる (4) 私は自分が表現したいことにぴったりとくる方法を用いて演奏する方だ (5) 私は表現したい内容があるが,それを表現する方法が分からない(逆転項目) (6)私は,自分のイメージを伝えるために選んだ表現方法について説明するこ とができる 3 .演奏者の聴衆に向けた 伝達性 (1)私は自分の演奏を通じて,聴いている人に伝えたいことがある (2)私は聴 いている人に何らかのメッセージを伝えるために演奏する方だ (3)私は,音 楽を通して聴いている人に何らかのメッセージを伝えることは大切だと思う (4)私には,演奏を通して聴いている人に伝えたいことはあまりない(逆転項 目) (5)私は,聴いている人が自分の演奏をどのように聴いてくれるかを考え る (6)私は聴いている人にイメージを伝えるテクニックを持っている

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査内容や,研究協力の任意性と撤回の自由,個人 情報保護方針に関する説明は調査用紙冒頭に記載 し,口頭でも「音楽表現に関する調査」と説明し てから具体的な説明をした。回答者は調査協力に 同意する場合のみ回答した。回答時間は概ね 15 分程度であった。 質問紙の内容 回答者は,まず上述した表現の 自覚性に関する 18 項目に回答した。表現の自覚 性項目への回答にあたっては「演奏に対するあな たのお考えについてお聞きします。」という説明 を 示 し た 上 で,「 1 :全 く そ う 思 わ な い」─ 「 5 :非常にそう思う」の 5 件法で回答を求めた。 その後,別の質問に回答した後,年齢や性別,専 攻,ピアノ歴を年数で回答し,コンクール参加経 験の有無などを回答した。 結果と考察 表現の自覚性尺度の因子構造の検討 表現の自覚性に対する 18 項目の因子数を決定 するための探索的因子分析をおこなった。初期解 の因子固有値の減衰状況は 4.17,2.62,2.07, 1.39,1.06,0.84… で,MAP 基 準(Velicer, 1976)か ら は 3 因 子,情 報 量 規 準(BIC) (Akaike, 1987)からも 3 因子,さらに,平行分 析(堀,2005)の結果からは 4 因子が提案された。 そのため,解釈可能性も鑑みて 3 因子を想定した 因子分析(最小残差法)を行った。なお,本研究 では因子を無相関として捉える強い根拠が無く, 因子間相関の意味を含めた解釈を行う必要がある (柳井,2000)。そのため,因子分析においてはプ ロマックス回転を用いた。因子負荷量の絶対値が .40 を下回る項目や,当該項目を削除することに より因子の内的整合性が上昇する計 4 項目を削除 し,14 項目で再度因子分析を実施した。その結 果,3 因子 14 項目が抽出された(Table 2)。 第 1 因子は,「私は自分の演奏を通じて,聴い ている人に伝えたいことがある」「私には,演奏 を通して聴いている人に伝えたいことはあまりな い(逆転項目)」「私は聴いている人に何らかのメ ッセージを伝えるために演奏する方だ」などの項 目に高い負荷が確認された。これらの項目は,当 初想定していた「観客へのメッセージの伝達」に 合致する内容,すなわち,演奏表現で聴衆に伝え たい内容を意識している度合いを測定していると 言えるだろう。そこで,第 1 因子は「聴衆への伝 達性」と命名した。 第 2 因子は「私は自分のイメージや考えを演奏 を通して適切に表現できる」「私は聴いている人 にイメージを伝えるテクニックを持っている」 「私は自分が表現したいことにぴったりとくる方 法を用いて演奏する方だ」などの項目に高い負荷 が確認された。これは,当初想定した「演奏内容 と演奏方法のマッチング」である。そこで,第 2 因子は「演奏者の表現意図と表現方法の調和性」 と命名した。 第 3 因子は「演奏者は楽譜に忠実に演奏しなけ ればならない」「よい演奏とは,楽譜に忠実であ ることだと思う」「演奏者は,楽譜に書かれてい ない要素(演奏記号など)を演奏してはならな い」などの項目に高い負荷が確認された。これは, 当初想定した「作曲者の表現意図へのマッチン グ」を示しているため,第 3 因子は「楽譜への忠 実性」と命名した。また,各因子の内的整合も十 分であった(第 1 因子:α=.828,第 2 因子:α =.726,第 3 因子:α=.744)。 なお,各因子間相関を算出した結果,聴衆への 伝達性と演奏者の表現意図と表現方法の調和性の 因子間相関は .34,演奏者の表現意図と表現方法 の調和性と楽譜への忠実性の因子間相関は .07 で あった。そして,聴衆への伝達性と楽譜への忠実 性の因子間相関は .09 であった。このことから, 聴衆への伝達性と演奏者の表現意図と表現方法の 調和性の間には弱い正の相関があるが,楽譜への 忠実性がこれらの因子とは関係性が弱いことが示 唆された。 なお,演奏表現の自覚性と演奏経験は関連する ことが予想されるため,各因子得点と回答者のピ アノ学習年数,および,コンクール参加経験の相 関係数を算出した。その結果,ピアノ学習年数と 「聴衆への伝達性」,「演奏者の表現意図と表現方

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法の調和性」,「楽譜への忠実性」の各因子得点と のピアソンの積率相関係数は,それぞれ r=.07 (n. s., 95%CI:−.08〜.22),r=.08(n. s., 95% CI : −.07〜.22),r=.17(p<.05,95%CI : .02〜.31)であった。この結果から,極めて弱い 相関であるが,ピアノ学習年数が長いほど楽譜へ の忠実性が高くなることが示唆された。コンクー ル参加経験は有りの場合 1,無しの場合は 0 とし てスピアマンの順位相関係数で算出したところ, コンクール参加経験と各因子得点との相関係数は rs=.09(n.s., 95%CI:−.06〜.24),rs=.15(p <.05, 95%CI : −.02〜.29), rs=.09 (n. s., 95%CI:−.06〜.24)であった。極めて弱い相 関ではあるが,この結果は,コンクール参加経験 がある方が演奏者の表現意図と表現方法の調和性 が強くなる可能性を示唆している。ただし,本研 究の調査デザインでは変数間の相関係数に関する 検定力は .13〜.63 と十分ではなかった。今後は Table 2 演奏表現の自覚性尺度の因子分析結果(最小残差法,プロマックス回転) 項目内容 Ⅰ Ⅱ Ⅲ M SD Ⅰ 聴衆への伝達性(α=.828) 4 私は自分の演奏を通じて,聴いている人に伝えたいことがある 0.88 0.02 0.08 3.88 0.94 5 私には,演奏を通して聴いている人に伝えたいことはあまりない(R) −0.73 0.05 0.22 1.96 1.02 2 私は聴いている人に何らかのメッセージを伝えるために演奏する方だ 0.70 0.22 −0.01 3.62 0.99 10 私は,音楽を通して聴いている人に何らかのメッセージを伝えることは大切だと思う 0.64 −0.06 0.02 4.50 0.80 Ⅱ 演奏者の表現意図と表現方法の調和性(α=.726) 9 私は自分のイメージや考えを演奏を通して適切に表現できる 0.09 0.74 0.07 2.88 0.89 12 私は聴いている人にイメージを伝えるテクニックを持っている 0.10 0.71 0.01 2.47 0.94 11 私は自分が表現したいことにぴったりとくる方法を用いて演奏する方だ 0.11 0.64 0.11 3.31 0.95 7 私は表現したい内容があるが,それを表現する方法が分からない(R) 0.24 −0.56 0.17 3.54 1.08 3 私は,楽譜に書かれた要素(音楽記号など)を音に出せるが,どのように表現していいのか分からないことがあ る(R) 0.23 −0.47 0.16 3.49 1.00 Ⅲ 楽譜への忠実性(α=.744) 16 演奏者は楽譜に忠実に演奏しなければならない 0.00 0.06 0.70 3.23 1.05 18 よい演奏とは,楽譜に忠実であることだと思う −0.03 −0.07 0.68 2.54 0.94 13 演奏者は,楽譜に書かれていない要素(演奏記号など)を演奏してはならない 0.01 0.05 0.64 2.07 0.91 6 私にとって,自分のイメージを適切に表現するよりも,楽譜に忠実であることを大切にした −0.08 −0.03 0.57 2.69 0.96 15 楽曲の解釈には,楽譜に書かれている要素(演奏記号など)が最も重要だ 0.04 0.07 0.41 3.61 0.89 累積寄与率 36.80 69.10 100.00 因子間相関 Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅰ 0.34 0.07 Ⅱ 0.09 Ⅲ 注)(R)は逆転項目

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サンプル数を大きくする必要がある。 総合考察 美術教育において表現の自覚性を測定する試み は行われてきたが,音楽教育において表現の自覚 性のような自己省察に関わる心理尺度は開発され ていなかった。本研究では,演奏表現における表 現の自覚性や楽譜への忠実性といった概念を測定 する心理尺度を開発し,その妥当性と信頼性を検 討した。その結果,演奏表現の自覚性が「聴衆へ の伝達性」,「演奏者の表現意図と表現方法の調和 性」,および,「楽譜への忠実性」の 3 因子によっ て構成されること,また,それぞれの因子が十分 な信頼性を示すことがわかった。なお,本研究で は音大生の演奏表現の自覚性と演奏経験との関係 も検討し,ピアノ学習年数が楽譜への忠実性と極 めて弱いが正の相関を持つこと,コンクール参加 経験が演奏者の表現意図と表現方法の調和性にも 極めて弱いが正の相関を持つ可能性が示唆された。 今後は,演奏表現の自覚性と演奏経験との関係を より詳細に検討し,演奏表現の自覚性と演奏表現 の学習や熟達過程との関係を理解する必要がある。 本研究で演奏表現の自覚性尺度を作成した意義 は二つ挙げられる。第一には,音楽教育で学習者 がどのように練習に取り組んでいるかを理解する ための心理指標を作成したことである。先行研究 において演奏表現に関わる心理尺度は開発されて おらず,音楽領域の学習過程を理解するための実 証的な心理指標はなかった。そのため,本研究で 開発した尺度は将来的に音楽演奏の学習過程や熟 達過程を検討する上で役立つと考えられる。特に, 本研究は音楽表現が作曲家の作曲によって楽譜が 生産される一次表現と,演奏によって音楽が生産 される二次表現に分かれることを考慮して,演奏 表現の自覚性尺度を作成した点に独自性がある。 これまでも表現の自覚性については美術領域で尺 度作成が行われてきたが(横地ら,2014; 石黒・ 岡田,2016),音楽のように,芸術領域によって は表現の構造が異なる場合がある。このような芸 術領域による表現の違いも考慮しながら妥当,か つ,信頼性の高い尺度作成を作成したことは,今 後の音楽教育研究への貢献といえる。ただし,本 研究は音大生という限られた学習者の表現の自覚 性への反応しか測定できていないため,初心者や 熟達者がどのような表現の自覚性を持ち,それが 学習や演奏経験によってどのように変化するかに ついては,今後より詳しく検討する必要がある。 第二の意義として,音楽演奏における表現の自 覚性の構成概念について一つの知見を示したこと が挙げられる。石黒・岡田(2013)は,表現の自 覚性を「表現する際に表現内容とその表現内容に 適した方法との一致を意図することを意味してい る」と定義し,表現内容と表現方法のマッチング の意図に焦点を当てた概念だと考えられていた。 しかし,演奏表現においてはこのようなマッチン グの意図は演奏者個人の中で完結するものではな く,作曲者や聴衆との関係性も含み込まれる。演 奏者の表現意図と表現方法の調和性と聴衆への伝 達性における弱い相関から鑑みても,演奏者が表 現するときには,作曲家の意図を汲むこと,他者 (聴衆)へ伝えることが大切な要素の一つである。 この要素が演奏表現の自覚性にも組み込まれると いうことが本研究を通して得られた新しい知見で あると言えよう。特に,本研究の調査結果で,音 大生の楽譜への忠実性は演奏経験と正の弱い相関 があるが,演奏者自身の意図を反映したり,聴衆 に伝わる演奏を心がけたりすることとあまり関係 しなかったことは興味深い。これらの知見は,演 奏表現の学習過程を検討する上で重要な示唆を与 える。今後は学習や熟達が進むにしたがって,こ れらの演奏表現の自覚性を支える要素同士の関係 性がどのように変化していくかを検討する必要が ある。このような知見が得られれば,演奏表現の 学習を促進する指導方法の開発にもつながるだろ う。例えば,現時点でも演奏家になる為の技術の 身につけ方については多数の教則本があるが(e. g., Gieseking, 1979; Matthay, 1993),聴衆を意識 した練習方法などが教示された教則本は稀少であ る。このような背景からも今後,演奏者が自分の 表現をいかに伝えるかということを目標とした教

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育方法が開発されることが期待される。 なお,本研究ではいくつかの課題がある。第一 に,本研究では演奏表現の自覚性に関する心理尺 度を開発し,演奏経験やコンクール参加経験との 関連も検討した。しかし,今後はこれら以外の変 数も考慮に入れて,演奏表現の自覚性について検 討する必要がある。第二に,演奏経験やコンクー ル参加経験と演奏表現の自覚性の関係性を検討す る上で,本研究のサンプルサイズは十分でなかっ た可能性がある。今後は弱い相関についても十分 な検定力を担保できるような調査をデザインし, 本研究の知見を再検討する必要がある。最後に, 本研究では参加者の専攻がピアノ専攻 28 名,ピ アノ専攻以外 152 名で,演奏経験もそれぞれ M =14.92(SD=1.66),M=9.05(SD=5.97)と 有意な差が見られた(t=−5.87,p<.000)。こ のような専攻によるピアノ演奏経験の違いは演奏 経験と演奏表現の自覚性の関係に影響する可能性 がある。今後はより幅広い専攻の学生に調査する と同時に,専攻ごとに演奏表現の自覚性を検討す る必要性がある。 引用文献

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