症 例 報 告
臍 帯 血 移 植 後 に 血 清Eosinophil
Cationic Protein値
が 高 値 を 呈 し
気 管 支 喘 息 様 症 状 を 呈 し たBronchiolitis
Obliterans
Organizing
Pneumonia
(BOOP)の1症
例
荻 野
芽 子, 森
健, 矢 内
友 子, 早 川
晶
竹 島
泰 弘, 松 尾
雅 文
神戸大学大学院医学系研究科成育医学講座小児学科
Serum Eosinophil Cationic Protein Level Measurement under the Case of Infantile Acute
Lymphoblastic Leukemia with Lung Complication after Cord Blood Transplantation
Wakako OGINO, Takeshi MORI, Tomoko YANAI, Akira HAYAKAWA, Yasuhiro TAKESHIMA and Masafumi MATSUO
Department of Pediatrics, Kobe University Graduate School of Medicine
Abstract It is difficult to distinguish bronchial asthma from bronchiolitis obliterans organizing pneumonia (BOOP), when dyspnea with wheeze is revealed after allogeneic stem cell transplantation. However, to clarify the cause of wheeze is important because treatment and prognosis are quite different between bronchial asthma and BOOP. We
described here infantile acute lymphoblastic leukemia (ALL) for an 8-month-old female case that developed respiratory disorder with wheeze after unrelated cord blood transplantation (CBT). She got onset of infantile ALL, and underwent CBT from an HLA-one-locus-mismatched unrelated donor at the first complete remission. When dyspnea with wheeze appeared two months after CBT, she was treated with methylprednisolone pulse therapy as the possibility of lung graft-versus-host-disease (GVHD) could not be excluded. Blood examination revealed an increase of serum eosinophil cationic protein (ECP) levels (111 ƒÊg/l, compared to a normal range of less than 8.8 ƒÊg/l), which indicates that dyspnea with wheeze was a symptom of asthmatic BOOP. An effective treatment with steroid inhalation was ap-plied. As a result, serum ECP level measurement was shown to be a useful diagnostic tool and indicator for clinical
course in the case of lung complication with wheeze after CBT.
要 旨 同 種 造 血 幹 細 胞 移 植 後 の肺 合 併 症 と して 特 発 性 器 質 化 肺 炎(BOOP)や,閉 塞 性 細 気 管 支 炎(BO) な ど が あ り,そ の症 状 と して 喘 鳴 を伴 う呼 吸 障 害 を呈 す る こ とが あ る.今 回 わ れ わ れ は臍 帯 血 移 植 後 に,気 管 支 喘 息 様 症 状 を呈 し た生 後8ヵ 月 発 症 の乳 児 急 性 リンパ 性 白血 病(ALL)の1例 に対 し,気 道 過 敏 性 と相 関 し好 酸 球 の活 動 性 を 反 映 す る血 清eosinophil cationic protein (ECP)値 を測 定,ECPの 著 増 を 認 め た の で 報 告 す る.症 例 は1歳 時 に非 血 縁 者 間 臍 帯 血 移 植 を施 行,移 植 約2ヵ 月後 に 右 下 肺 野 に肺 雑 音 が 出現,当 初 は移 植 片 対 宿 主 病(GVHD)の 肺 症 状 と して ス テ ロ イ ドパ ル ス 療 法 を施 行 し,症 状 は や や 改 善 した.し か し 移 植 後 約5カ 月 頃 よ り著 明 な呼 気 性 喘 鳴 を 認 め 呼 吸 状 態 は さ らに 悪 化,そ の診 断 に難 渋 した が,血 清ECP 値 の 著 増 を 認 め,気 管 支 喘 息 様 症 状 を呈 し たBOOPと して ス テ ロイ ド吸 入 療 法 を 行 い有 効 で あ った.本 症 例 で 血 清ECPは 病 勢 を反 映 し,ス テ ロイ ド治 療 に対 す る反 応 性 を 示 す 指 標 と して も有 用 で あ った.
Key words: cord blood transplantation (CBT), eosinophil cationic protein (ECP), wheeze, bronchiolitis obliterans
organizing pneumonia (BOOP)
2006年1月23日 受 付,2006年6月23日 受 理
別 刷 請 求 先:〒650-0017神 戸 市 中 央 区 楠 町7-5-2神 戸 大 学 大 学 院 医学 系 研 究 科 成 育 医学 講 座 小 児 学 科 荻 野 芽 子
Reprint requests to Wakako Ogino, Department of Pediatrics, Kobe University Graduate School of Medicine, 7-5-2, Kusunoki-cho, Chuo-ku, Kobe, 650-0017 Japan
582 日本 小 児 血 液 学 会 雑 誌 第20巻 第6号(2006年12月) I. は じ め に 近 年,造 血 幹 細 胞 移 植 技 術 の 発 展 に伴 い小 児 期 難 治 性 造 血 器 疾 患 の 長 期 生 存 が可 能 とな って い る.し か しそ の 反 面,移 植 合 併 症 は 移 植 後 長 期 に わ た り患 者 のquality of life (QOL)を 大 き く損 な い,生 命 を 脅 か す こ と も少 な く は な い.と くに肺 合 併 症 は しば しば 直接 的 に生 命 に 関 わ る合 併 症 とな って い る.そ の 臨 床 像 は多 彩 で,急 性 発 症 し治 療 に反 応 しや す いBOOPや,治 療 抵 抗 性 のBO な ど,さ ま ざ ま な 病 態 を 呈 す る 団.今 回 わ れ わ れ は, 乳 児 急 性 リ ンパ 性 白血 病(ALL)に 対 して臍 帯 血 移 植 施 行 後 に呼 気 性 喘 鳴 を伴 う呼 吸不 全 を 呈 した症 例 に 対 し, 気 道 炎 症 の マ ー カ ー で あ る血 清ECP濃 度 を測 定5"7),気 管 支 喘 息 様 症 状 を呈 したBOOPと して 吸 入 ス テ ロ イ ド を 開 始 した と こ ろ著 効 を示 した. II. 症 例 患 児:初 診 時8カ 月 女 児. 既 往 歴:特 記 事 項 な し。 家 族 歴:母 に ア ト ピー性 皮 膚 炎 の 既 往, 現 病 歴:生 後8カ 月,食 欲 不 振 と不 機 嫌 が続 くた め 近 医 を 受 診,血 液 検 査 で 白血 球 増 加(343,600/μl)と 血 小 板 減 少(1.3×104/μl)を 認 め,当 院 紹 介 入 院 とな つた. 入 院 時 現 症:身 長70cm,体 重8.0 kgと,発 育 は 月 齢 相 応 で あ っ た。 全 身 に散 在 す る出 血 斑 を認 め た.心 肺 所 見 は異 常 な く,腹 部 は肝 を臍 下1横 指,脾 を肋 弓 下2横 指 触 知 した. 入 院 後 経 過:骨 髄 検 査 に て,有 核 細 胞 数41.8×104/μl, lymphoblast 93.8%,巨 核 球 数 は0/μlで あ っ た.表 面 マ ー カ ー はCD10陰 性, CD19・CD34陽 性,染 色 体 検 査 は 46, XX, t(4;II (q21, q23),遺 伝 子 検 査 でMLL遺 伝 子 再 構 成 を 認 め た.以 上 よ り乳 児ALLと 診 断,過 粘 調 症 候 群 や腫 瘍 崩 壊 症 候 群 が 懸 念 さ れ るた め,ま ず 交 換 輸 血 を 施 行 し,次 に 乳 児 白血 病 共 同研 究 会 のMLL02-pilotプ ロ ト コ ー ル に よ り化 学 療 法 を開 始 した.す み や か に 初 回 寛 解 に導 入,強 化 療 法 を3コ ー ス行 い,発 症 後4ヵ 月 の1歳 時 に 腰 帯 血 移 植 を 施 行 した. 移 植 の経 過:ド ナ ー は女 性 でHLAは 拒 絶 ・GVHD方 向 と も にDR座1抗 原 不 一 致,血 液 型 は 患 者A型,ド ナ ーO型 で あ っ た.前 処 置 はbusulfafi(150 mg/m2/day× 4days)+etoposide (60 mg/kg/day× 1 day)+cyclophospha-mide(60 mg/kg/day×2days)で 行 い,輸 注 細 胞 数 は保 存 時 細 胞 数 と して9.75×107個/kgで あ った.移 植 片 対 宿 主 病(GVHD)予 防 はcyclosporinと 短 期methotrexate (移 植 後1,3,6日 目 に お の お の7.5mg/m2)で 行 った. 移 植 後20日 目 にgrade Iの 急 性GVHDと 思 わ れ る発 疹 が 顔 面 に 出 現 し,同 時 期 にJOResら の 基 準8)を 満 た す 中 等 度 の肝 中心 静 脈 閉塞 症 を認 め たが,治 療 にて軽 快 した. 移 植 後2カ 月 頃 よ り,発 熱 と と もに 右 下 肺 野 に湿 性 ラ 音 と,軽 度 の 喘 鳴 が 出 現(Fig.1),胸 部 単 純X線 上 も 同 部 位 に 浸 潤 影 を 認 め た(Fig.2a).こ の 時 の 喀 痰 の細 菌 ・真 菌 培 養 ・サ イ トメ ガ ロ ウ イ ル ス抗 原 ・pneumocys-tis carinii DNA(PCR)は 陰性 で あ った(Table 1).治i療 と してsalbutamolの 吸 入 を行 った が,そ の後 も ラ音 は 改 善 せ ず 呼 気 性 喘 鳴 が増 強,酸 素 投 与(2l/min)下 でSpO2 は90%前 後 で あ っ た.こ れ ら をGVHDの 肺 症 状 と考 え, ス テ ロ イ ドパ ル ス 療 法(25mg/kg/day×3days)を 施 行 し た.そ の 後,呼 吸 状 態 は や や 改 善 し,呼 気 性 喘 鳴 は salbutamol吸 入 に対 して 一 時 的 に 軽 減 した が,夜 間 の呼 吸 障 害 は続 き,酸 素 投 与(l 1/min)を 継 続 した.こ の 時 の 胸 部 単 純X線 で は,浸 潤 影 は や や 改 善 し左 肺 野 の 気 腫 様 陰 影 が 目 立 っ て い た(Fig.2b).喘 鳴 の 精 査 の た め 施 行 し た血 液 検 査 で は(Table 2), CRP陰 性,好 酸 球 増 多 は 認 め ず, IL-5は5.0 P9/ml以 下, IgE 15IU/ml, RASTは ダニ ・ハ ウ ス ダ ス トな ど の 吸 入 抗 原 は す べ て 陰 性,ま た 間 質 性 肺 炎 の マ ー カ ー で あ るKL-69)の 上 昇 は 認 め な か っ た.一 方,血 清ECP値 は111μg/lと 基 準 値 (8.8μg/l以 下)と 比 べ て 著 明 な 高 値 で あ っ た.そ の 約 1ヵ 月 後,臨 床 症 状 は や や 改 善 傾 向 で あ っ た が,血 清 ECP値 は271μg/lと さ ら に上 昇 して い た(Fig.1).こ の 時,気 管 支 喘 息 様 症 状 を 呈 す るBOOPが 強 く疑 わ れ, 治 療 と してbeclomethasone dipropionate 600μg/日 の 吸 入 を 開 始 した.喘 鳴 は徐 々 に 改 善 して い っ たが,移 植 後6 カ 月 時 の 胸 部 単 純X線 で は 浸 潤 影 ・気 腫 様 陰 影 は 軽 快 した もの の残 存,胸 部CTで は移 植 後5ヵ 月 時 に ス リガ ラス状 の 淡 い濃 度 上 昇 域 を 経 気 道 性 に右 肺 の 広 範 囲 と左 上 葉 に認 め,1ヵ 月後 も同様 の 陰影 で あ つた(Fig. 2c,d). そ の 後,喘 鳴 は 軽 度 夜 間 に 聴 取 す る 程 度 と な り, cyclosporinを 減量 後 中 止 し,移 植 後 約7カ 月 で退 院 とな っ た.退 院 後 は 感 冒 時 に 呼 気 性 喘 鳴 の 増 強 を 認 め, cromoglicate sodium (DSCG)・salbutamol頻 回 吸 入 を 一 時 的 に要 す る こ と が あ った が,外 来 加 療 で コ ン トロ ー ル で きた.ま た 血 清ECP値 は50μg/l前 後 を 推 移 し,大 き な変 動 は認 め なか つた.そ の 後,喘 鳴 は ほ とん ど認 め な くな り,移 植 後 約2年 で 吸 入 ス テ ロ イ ドを 減 量 中 止 と し た.現 在3歳 で 血 清ECP値 は24.8μg/lと 低 下,血 液 学 的 に も寛 解 を維 持 して お り,全 身 状 態 も良 好 で あ る. III. 考 察 移 植 後 肺 合 併 症 の 病 型 はBOやBOOPな ど,多 彩 な
臨 床 像 を呈 し,診 断 は 画 像 所 見 ・呼 吸機 能 検 査 ・気 管 支 鏡 検 査 や肺 生 検 な ど に よ り行 わ れ て い る.ま た,そ の治 療 に は 強 力 な 免 疫 抑 制 療 法 を 必 要 と す る こ とが あ り,な か で もBOは 難 治 性 で 移 植 患 者 のQOLを 大 き く損 な い 致 死 率 も高 い4).一 方,移 植 後 肺 合 併 症 に は気 管 支 喘 息 の 報 告 も散 見 され る10-12).こ れ らは14歳 以 上 の症 例 で, 診 断 は血 液 検 査 以 外 に 気 道過 敏 性 試 験 や気 管 支 肺 胞 洗 浄, 気 管 支 生 検 に よ り行 わ れ て い た.こ れ らの侵 襲 的 な 検 査 は 呼 吸 障 害 を伴 い,乳 児 で あ る本 症 例 に は困 難 で あ つ た. そ こ で わ れ わ れ は気 道 炎 症 の マ ー カ ー と して 血 清ECP 値 を 測 定 した.ECPはIL-5な ど の サ イ トカ イ ン を介 し て活 性 化 さ れ た好 酸 球 が 放 出 す る傷 害 性 顆 粒 蛋 白 の1つ で,こ の 蛋 白 は気 道 上 皮 細 胞 を損 傷 ・脱 落 させ 気 道 過 敏 亢 進 を生 じる.よ つてECPは 気 道 過 敏 性 と相 関 し好 酸 球 の活 性 化 を反 映 す るた め,気 管 支 喘 息 で は,予 後 の指 標 や 吸 入 ス テ ロイ ドの適 応 基 準 に な って い る13).ま た 吸 入 ス テ ロイ ド療 法 は 喘息 治 療 に お い て も つ と も効 果 的 で か つ 安 全 性 の 高 い長 期 管 理 薬 で あ り,そ れ ゆ え 持 続 性 喘 思 で は,い か な る璽 症 度 に お い て も推 奨 さ れ て い る14). 本 症 例 で は呼 気 性 喘 鳴 著 明 時,原 因 ア レル ゲ ン やIL-5, 好 酸 球 数 の増 加 は 認 め ず,血 清ECP値 の み が 著 明 な 高 値 を 示 して い た.ま たCTで は,肺 炎 様 の 浸 潤 影 の み で BOOPに 特 徴 的 な末 梢 胸 膜 下 に非 区域 性 に分 布 す る斑 状 のair space consolidation等 は認 め な か つた15).し か し,
これ ま で にBOOPの 気 管 支 肺 胞 洗 浄 液 でECP値 の上 昇 を 認 め た16)報告 や,ま たBOOPで は 画 像 上 典 型 的 な 所 見 を 示 す こ とが 少 な く,ス テ ロ イ ド治 療 が 約80%の 症 例 で 奏 効 し,一 般 に 予 後 良 好 な 疾 患 群 と報 告 さ れ て い る4)こ と か ら,本 症 例 の 病 態 は,臍 帯 血 移 植 後 の 肺 GVHDに よ り さ ま ざ ま な サ イ トカ イ ンや 接 着 分 子 を介 した 免 疫 反 応 に よ り炎 症 性 ケ モ カ イ ンの 分 泌 が 誘 導 さ れ 剃,こ れ に よ り好 酸 球 が 遊 走 さ れ,こ の 好 酸 球 が ECPを 含 む 傷 害 性 顆 粒 蛋 白 を 多 量 に 放 出 す る こ と で 気 管 支 喘 息 様 の症 状l8)を呈 したBOOPと 考 え られ た.確 定 診 断 に は肺 生 検 が 不 可 欠 で あ るが,と くに小 児 で は患 者 へ の侵 襲 が大 き く,臨 床 の現 場 で は積 極 的 な適 応 と な
Fig. 1 Clinical respiratory course after cord blood transplantation CBT: cord blood transplantation, IV: intravenous administration
, BDP: beclomethasone dipropinate, M-PSL: methylpredniso-lone, DSCG: cromoglicate sodium. Lower figure: serum eosinophil cationic protein level . A dotted line represents the upper limit of normal ECP level (8.8 ƒÊg/l in children). The highest ECP level was 271ƒÊg/l at 5 months after transplantation
584 日本 小 児 血 液 学 会 雑 誌 第20巻 第6号(2006年12月)
(a)
(b)
(c)
(d)
Fig. 2 Sequential changes in chest radiograph and CT scan
Table 1 Laboratory findings at 2 months after cord blood transplantation
Coarse crackles and mild wheeze shown in right lung area.
Table 2 Laboratory findings at 4 months after cord blood transplantation
りえ な い こ とが あ る. 本 症 例 は移 植 後 に 呼 気 性 喘 鳴 を呈 す る肺 合 併 症 を認 め 血 清ECPが 高 値 を 示 し, BOOPの 病 態 に好 酸 球 の 関 与 が 示 唆 さ れ た.ま た 臨 床 上,血 清ECPは 呼 吸 器 症 状 を 反 映 し,ス テ ロイ ド治 療 に対 す る反 応 性 を示 す 指 標 と し て も有 用 で あ つた. 本 稿 の 要 旨 は 第23回 日本 小 児 科 学 会 兵 庫 県 地 方 会 (2005年9月,姫 路)に お い て 発 表 した. 引 用 文 献
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