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巨大災害・巨大リスクと保険制度

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(1)

巨大災害・巨大リスクと保険制度

堀 田 一 吉

■アブストラクト

巨大リスクは国民経済を脅かす存在として,個人や企業にとって大きな関 心となっている。近年,多大な経済的損害をもたらす自然災害が多発する中 で,保険損害も著しい増加傾向を示している。巨大リスクは,保険可能性に おいて困難なリスクではあるが,保険可能性は,絶対的基準ではなく相対的 基準である。保険技術や保険会社の資本増強により,保険キャパシティは格 段に向上している。巨大リスクへの対処策の保険の機能を最大限に引き出す ためには,補償と抑止の相互性を踏まえた損害緩和の対策が重要である。さ らに,巨大災害コストを社会全体として引き下げるために,リスクマネジメ ントの観点から,それぞれの次元で,官民役割分担のあり方を考慮に入れる 必要がある。

■キーワード

保険可能性,損害緩和,官民役割分担

1.はじめに

近年,多大な経済的損害をもたらす自然災害が多発する中で,保険損害も 著しい増加傾向を示している。人口や資産の地理的集中が進むにつれて,巨 大リスクは国民経済を脅かす存在として,個人や企業にとって大きな関心と なっているだけでなく,国家的対策を施すべき課題となっている。

*平成24年10月21日の日本保険学会大会(日本大学)報告による。

/平成25年1月16日原稿受領。

【平成24年度日本保険学会大会】シンポジウム 巨大災害・巨大リスクと保険

(2)

まず,巨大リスクの特性を分類整理し,その保険可能性について考察する。

つぎに,巨大リスクへの対処策として,保険の機能を整理し,リスクファイ ナンス手法の中での保険の優位性と課題を考察する。そして巨大災害コスト を引き下げるために,補償と抑止の相互性を踏まえて,そこでの損害緩和の 重要性を強調する。最後に,リスクマネジメントの観点から巨大災害補償に おける官民役割分担の在り方について考察する。

2.巨大リスクと保険可能性

⑴ 巨大リスクと保険損害

保険損害は,近年,著しい増加傾向にある。その背景としては,①人口集 中によるリスク集積,②経済発展による資産増大,③保険付保率の上昇,④ 保険会社によるリスク引き受け拡大,⑤異常気象による自然災害の増大,な どが考えられる。多発する自然災害が地球温暖化によるものかどうかはさま ざまな議論があるものの,少なくとも,保険業界が積極的に巨大リスクを引 き受けており,保険業界が,明らかに巨大リスクとの関連性を深めている。

地球規模で考えると,新興国を中心として経済成長は持続しており,並行 的に経済ストックは増大している。また,保険業界も,そうした国々で積極 的に保険引き受けを行っていることから,今後,保険損害は拡大する可能性 が高いことが予想される。

⑵ 巨大リスクの性質分類と特性

巨大リスクは,比較的に大規模な災害をもたらすリスクであるが,明確な 定義があるわけではない。筆者は,巨大リスクをその性質によって,4つに 分けて捉えている。すなわち,①航空機事故や高層ビル火災などのように,

一度の事故で,大規模の損害が発生する単発的(outbreak)リスク,②台

風・ハリケーン,洪水,地震などのように,短い期間に,広範囲に損害が拡

大する集積(collective )リスク,③公害,環境被害,薬害事故,パンデミ

ックリスク,原子力災害などのように,長い時間をかけて,累積的に損害が

(3)

拡大する累積的(cumulative )リスク,④テロ,戦争,金融危機のように,

人為的あるいは政治的な原因で,システマティック(組織的)に事故が発生 する社会経済的(socio-economic )リスクである。

これらのリスクを相互に比較すると,単発的リスクは,PML(最大予想 損害)が前もって推計できるのに対して,集積リスクならびに累積リスクは,

PML

を推計することが難しい。したがって,保険可能性においては,前者 より後者のほうが,困難さを伴うことになる。また,社会経済的リスクの多 くは,保険の社会性(あるいは公序良俗)との関係で,保険の対象とするこ とが難しい。

巨大リスク対策を考えるうえでは,それぞれのリスク特性を十分に検証す る必要がある。巨大リスクの特徴は,①統計が乏しく正確な事故予測が困難,

②空間的かつ時間的リスク分散を図るために,大きな準備金(プール)が必 要,③リスク認知が主観的になりやすい(=個人差が大きい),④損害が多 重的で多種多様な保険が関与する,などの特徴を有しており,保険可能性

(insurability )の観点から困難を有している。しかし,最近の保険技術や金 融技術をめぐる発展は目覚しく,保険の引き受け能力は飛躍的に高まってい る。

⑶ 巨大リスクにおける保険可能性

保険はどういう条件のもとで成立できるか,すなわち保険可能性(insur-

ability

)の要件については,これまで多くの研究者によって言及されてきた。

それらの表現は,多少異なっているが,おおむね共通した見解に到達してい るといっていい。例えば,Cummins (2006,pp.342‑345)は,①N(統計 数)が十分に大きいこと,②σ (分散)が十分に小さいこと,③十分な統計 データが利用できること,④損害分布のパラメーターを見積もること,⑤損 害分布が安定的であること,を挙げている。また,Vaughan and Vaughan

(2008,pp.42‑43)は,①同質なリスクが十分に多数あること,②損失が限 定かつ計測できること,③損失が偶然であるがランダムに発生すること,④

保険学雑誌 第 620号

(4)

巨大リスクではないことの4点に整理している。

巨大リスクは,統計数が小さく分散が大きいことから,通常の保険数理で 用いられる

FD

分析の応用が難しい。理論的には,保険料は,頻度(F )と 規模(D)の積をベースに,安全割り増しを加味して決定されるが,巨大リ スクのように

FD

分析が難しい場合には,割増率を大幅に加味することで対 応することになるが,危険割増率の公正な設定が理論的に確立されていない 状況では,保険設計は困難とならざるを得ない。

しかしながら,Berliner (1982)は,保険可能性は相対的な基準であり,

絶対的なものではないことを強調している。ここでは,保険可能性を判断す る基準として,①損失発生のランダム性,②最大予想損害,③平均損失額,

④2つの損害発生の平均期間,⑤保険料水準,⑥モラルハザード,⑦公共政 策,⑧法的制約,⑨補償限度額の9つを示している。

注目すべきことは,それぞれの程度が低い(少ない)ほど,保険可能性が 高まり,高い(多い)ほど,保険可能性は低下する。しかも,その保険可能 性は固定的なものではなく,経済状況に応じて技術進歩によって変化する。

例えば,研究や統計分析により,リスクの性質把握が可能となれば,リスク の相対的位置付けが変わってくる。他方,保険会社の引き受け余力は,保険 技術の進歩や自己資本力の増強により,拡大する保険可能性は拡大する。

(図表1を参照)

また,保険者にとっては,資本調達のための金融資本市場の発達が大きい。

保険者にとって,時間を通じて,一時期に発生する巨大災害を,いかに平準

させるかが重要であるが,そこでは,保険者は,十分な資本を持たなければ

ならず,資本がなければ,撤退せざるを得ない。しかし,最近の保険技術や

金融技術をめぐる発展は目覚しく,保険の引き受け能力は非常に高まってい

る。巨大リスクに対する保険可能性の領域は,保険の発展とともに確実に拡

大している。

(5)

3.巨大災害・巨大リスクと保険機能

⑴ 巨大災害補償における保険機能

災害補償において,保険は主要なリスク対応策であるが,保険には,その リスク処理の過程においてさまざまな機能を有している。

第1に,損害填補機能である。これは,保険の直接的機能であり,主要機 能である。保険金によって発生する損害が直接的に補填されることで,経済 的損失を軽減させると同時に,これにより,被災者は経済的困窮から救済さ れることになる。

第2に,リスク内部化機能である。それぞれの個人が直面する災害リスク について,保険に加入することで,保険制度に移転することができる。それ によって,災害リスクは保険制度に内部化される。保険制度は,個別の経済 活動の外部に存在するリスクを集めて,合理的なリスク処理方法を提供する。

その結果,第3の機能として,リスク社会化機能がある。多くの人々が保 険に加入することで,保険加入以前においては,個人に帰属したリスクが社 会化され,社会全体で共有されることになる。保険制度の存在によって,保 険加入者の間で利害が共有されることになる。

第4に,損害抑止機能である。保険によってリスクはコストに置換される。

出典:筆者作成

図表1 保険の発展と保険可能性の領域拡大

6 保険学雑誌 第 2 号0

揃えてあるのは 先方指示です。

イレジュラー処 理です。

下キャプショ ンが図表の頭 保険技術の進歩や資本増強などに

よる引受けキャパシティの拡大

いかにして、保険可能性 の領域を実現するか?

高 基準1 リスク情報入手・精緻化

による条件改善 基準 2

(初期値)

(6)

リスクに応じて保険料を設定することで,契約者に対しては,損害抑止のイ ンセンティブを与えることにもつながる。契約者自身の経済合理性が高いほ ど,損害抑止効果は大きくなるものと考えられる。

第5に,情報提供機能である。損害防止機能を発揮させるためには,リス クに対する情報が正確に提供されることが必要である。それにより,あらゆ る経済主体に対して,合理的な経済行動を促すことができる。保険によって,

発生不確実なリスクがコストに置換される。

保険制度のあり方を考えるに際しては,これらの保険機能を最大限に引き 出すために何をすべきかが課題となる。

⑵ リスクファイナンスにおける保険の優位性

巨大災害によるリスクへの対処方法としては,リスクコントロールとリス クファイナンスの2つがある。リスクコントロールは,災害防止や損害軽減 の方策であるのに対して,リスクファイナンスは,準備金積立や保険やリス ク証券によって,損害発生に備えて金銭的備えを行うものである。リスクコ ントロールだけでリスクを根絶することはできないから,災害発生に備えて 予めリスクファイナンスを講じておくことは必要である。

巨大災害をカバーする保険として,再保険が重要な役割を担っているが,

再保険市場の引き受け能力は限定的である。巨大災害への対応を資本とリス クの統合的管理の観点で考えた場合,ある程度の期間損失までは,資本,準 備金で賄うことができる。

しかし,損失額が大きくなると既存の損失が毀損し,また新たな資本調達 も困難になり,事業継続が不可能になる。こうしたリスクは確率が低いが,

発生すると巨額な損失が生じ,企業活動に致命的な影響が起こりうるために,

外部移転を検討しなければならない。CAT ボンド(保険リスク証券)は,

地震や台風などの自然災害についての保険的リスクを証券化し,金融資本市 場の投資家へのリスク移転を図るものである 。

1) 両者の経済学的比較分析については,例えば,Cummins (2006) , Finken

 

(7)

CAT

ボンドと比べて,保険の決定的な優位性は,制度として準備金を保 有することである。巨大リスクを安定的にカバーするためには,合理的な準 備金の積み立て方を考慮しなければならない。危険準備金の存在は,保険制 度の安定性において重要な役割を担う 。

この場合に,どのようなルール(限度額,積立率,期間など)に基づいて 危険準備金を蓄えていくかは,重要な政策的判断となる。保険理論からする と,契約者の保険期間を超えて長期的に積み立てられた準備金は,共通財産 的(=公共財的)性格を帯びることになる。この時,純粋な保険数理に基づ いた保険制度から乖離して基金制度に性格が移行することになる。したがっ て,長期的に公正に保険制度を管理するためには,政策的介入をすると同時 に,国民的合意も必要となるだろう。

⑶ 巨大災害と企業リスク管理(ERM)

近年,企業リスク管理(=ERM )が注目されているが,ここで重要なの は,測定困難な巨大リスクのリスク量をいかに把握するかである。それを踏 まえて,経済資本(リスク資本)を確保するために,保有,保険,CAT ボ ンド,デリバティブなどのリスクファイナンスにおける最適組み合わせを模 索することになる。

保険会社は,引き受けたリスクのうち,自らの自己資本で支払うことがで きる範囲のリスクだけを留保して,大部分のリスクは再保険会社に移転され る。そうして引き受けた再保険会社は,同じく,自ら自己資本で支払うこと ができる範囲のリスクだけを引き受けて残りのリスクを他の再保険会社に 再々保険として移転する。そうして,保険業界全体としての自己資本総額に 相当するリスク量までを引き受ける制限としている。

and Laux (2009) などを参照。

2) 大規模自然災害リスクに対応した火災保険の異常危険準備金の法定基準につ いては,トーア再保険株式会社 (2011,pp.314‑317)を参照。

保険学雑誌 第 620号

脚注が入らないため、アキを作成しています

(8)

ERM

の意義・目的は,大きく2つある 。一つは,リスク総量が,リス ク資本(経済資本)に比べて過大となっていないかである。これは,保険会 社にとっての健全性の確保を図ることを意味する。もう一つは,リスクとリ ターンの観点から,リスクに対する資本効率が高められているかを判断する ことである。これは,収益性を追求することである。ERM は,この健全性 と収益性の両立を図ることを意図している。

そして,保険事業にとって巨大リスクへの対処として

ERM

の観点を導入 することは,効率的なリスク処理手法の確立に向けた取り組みとして捉える ことができる。このときの課題としては,第1に,リスク量をいかに正確に 把握することであり,そのためには,リスク研究・分析が重要である。そし て,第2に,最適資本ポートフォリオの実現に向けて,リスク資本を全体と して調達するための手法の確立である 。ERM の手法を適用しつつ,適正 に保険が引き受けるためには,全体としてのリスク量をいかに引き下げるか が課題であるが,そのための重要な対策が防災・減災である。

4.巨大災害コストと損害緩和

⑴ 巨大災害コストとコスト最小化

経済活動の中ではさまざまな災害を伴うが,巨大災害が問題とされるのは,

その影響度が甚大であることである。巨大災害は,社会全体で対処すべき性 質のものであるから,社会的にいかに損害コストを引き下げるかを考えなけ ればならない。

損害コストを引き下げるためには,リスクコントロールとリスクファイナ ンスをうまく組み合わせて,災害のリスクに対処する方法を見出すことが重 要である。その際には,まず,損害自体を広く把握しなければならない。損 3) 藤田(2012)を参照。ここでは,今後,重大な影響を及しうる国際会計基準 の適用のみならず内部統制の観点からの ERM の考え方の有効性が論じられて いる。

4) 保 険 事 業 に お け る ERM の 動 向 な ら び に 課 題 に つ い て の 考 察 は,羽 原

(2012) を参照されたい。

(9)

害コストは,直接的損害,間接的損害,そして,防災費用から構成される。

直接的損害には,物理的損害,人的損害,救助費,医療費,ライフライン損 害,インフラ損害,ネットワーク被害などが含まれる。間接的損害には,株 価下落,物価上昇,為替下落,売り上げ低下,保険料上昇,税金上昇,損害 賠償費用などが含まれる。そして,防災費用には,防災対策費,防災管理費,

防災関連法コスト,啓蒙活動費である。これら全てが,損害コストであり災 害費用ということになるが,問題は,全体としてのコストを引き下げること が社会的に合理的手段ということになる。

図表2では,災害防止に対する支出とそれによる費用低減効果がいかに期 待できるかを示したものである。横軸には,災害規模を,縦軸には,災害費 用(直接ならびに間接)と災害防止費用が示されている。災害費用は,災害 規模が大きくなるほど逓増的に上昇すると考えられるので,D という曲線 で表現できる。このときの総災害費用は,D +aとなる。

いま,災害防止対策を強化し,aから

bに対策費用を増加させたとする。

(図中①)災害対策によって,災害費用は低下するであろうが,規模が大き 図表2 災害費用と災害防止効果

出典:筆者作成

第 6 保険学雑誌 20号

揃えてあるのは 先方指示です。

イレジュラー処 理です。

キャプショ ンが図表の頭に

(10)

い災害ほどその効果は大きくなるはずである。したがって,災害対策強化に より,災害費用は,D か ら

D

に シ フ ト し,結 果 と し て,総 災 害 費 用 も

D

+aから

D

+bにシフトする。(図中②および③)

図から分かるように,災害防止対策の強化は,D +a >D +bである場合,

つまり災害規模が

X

を超える大災害において,費用削減効果が認められる。

さらには,災害規模が大きくなるほど,その効果は高いことも示されている。

巨大リスクに対しては,災害削減効果を働かせるような防災対策が重要であ る。

⑵ 補償(保険)と抑止(緩和)の相互性

保険は,損害補償の一手段であるが,損害抑止とは損害を緩和するための 手段である。補償(保険)システムは事後的措置であり,抑止(軽減)対策 は事前的対策であるが,両者は,密接な相互依存関係にある。損害が抑止さ れれば,保険コストは軽減され,保険システムの効率性も改善される。また 保険の引受キャパシティも増大することになる。逆に,保険システムが引き 受ける条件として,抑止対策を要求することができれば,抑止対策を促すこ とも考えられる。

被災者にとっては,損害補償のあり方が重要であるが,社会としては,損 害抑止を図り,全体としての損害コストの経済負担を減らすことが大切であ る。したがって,被災者救済と損害抑止を一体的に捉えることが重要な観点 である 。

損害抑止を行う場合においても,多様な手法が考えられる。法と経済学で は,事故抑止に対して,一般的抑止(general deterrence )と個別的抑止

5) 洪水災害に対する被災者救済と事前規制を一体的に制度化したものとして,

全米洪水保険制度(National Flood Insurance Program ) がある。ここでは,

政府による土地利用規制(洪水被害軽減)を強化する一方で,それを満たした 場合に限り,洪水保険(被災者救済)への加入が認められることが特徴となっ ている。Michel-Kerjan (2010) を参照。

脚注が入らないため、アキを作成しています

(11)

(specific deterrence )の2つのアプローチを提示している 。一般的抑止 は,市場メカニズムを用いて,関係者の経済的インセンティブを重視するこ とで,主体的に事故抑止に誘導するという考え方である。これは,経済学的 思考であり,また,社会全体の効率性を意図するマクロ(巨視)的な抑止手 法である。これに対して,個別的抑止は,関係者に対して,直接的規制を行 うことである,政府による公権力を用いて,強制的な働きかけを行おうとす るものである。この場合,個別の経済活動に介入し,法的ルールへの罰則を 施すことで,個別活動を制限するものである。

問題となるのは,一般的抑止は,個別主体のインセンティブを期待するの であるが,個別企業が,自らの最適行動を認識する能力を有しているかどう かが問われることになる。他方,個別的抑止は,確実に実行できれば効果が ある。しかし,実際にはモニタリングコスト(監視コスト)がかかることで,

非効率な場合が多い。

巨大災害においては,補償システムに限界があるので,より損害抑止が重 視されなければならない。保険は,リスクに応じた保険料(risk-based pre-

mium

)を設定することによって,人々に費用効果的な損害防止手段に投資 するインセンティブを与えうる。この前提として,保険料がリスクの大きさ を反映していることである。保険料は,リスクをコスト化したものであり,

経済活動にコストを内部化することで,資源配分の効率性改善に資する。効 率的にコストを内部化できるかどうかは,リスク把握の正確性に依存する。

保険を通じたリスク情報は,社会経済的に有意義であるだけでなく,社会で 共有すべき財産ともいえる。その提供は保険者の担うべき重要な機能である。

保険がリスクに関する情報提供機能を有し,また損害抑止インセンティブ を与える機能があるにもかかわらず,人々は必ずしも災害保険に加入すると は限らない。人々が災害保険に積極的に加入しようとしない理由としては,

①発生確率に対する誤ったリスク認識(= 自分には起こらないだろう と

6) 環境リスクに関する法と経済学からの考察については,堀田(2010)を参照 されたい。

保険学雑誌 第 620号

(12)

いう認識),②保険料を支払ってリスク移転するよりも,リスク保有を選好 する行動様式であること,③保険料負担能力がないこと,④事後的な被災者 救済制度の存在が,保険加入インセンティブを減退させること,などを指摘 することができる 。

個人が災害リスクに関する正確な情報を有していないだけでなく,仮にそ の情報を入手できたとしてもそれを正しい行動に反映できない可能性があ る 。危険そのものを正確に認識しないために,自ら進んで防災手段を講じ ていないならば,政府による規制や介入をすることは,国民経済的にも正当 化されるであろう。この意味で,正確なリスク情報を伝達するために,官民 協力に基づくリスク分析・研究の推進が不可欠である 。

個人の合理性が限定的であることや危険情報の認識が不十分であることを 前提とすれば,パターナリズム(温情主義)による保険加入を促進する政策 も正当化できる 。

⑶ 巨大災害における損害緩和の重要性

巨大災害のうち自然災害については,人的災害とは異なり,ロスプリベン ション(発生確率の抑止)は難しい。しかし,ロスリダクション(損害規模 の低減)は可能である。自然災害については,損害規模を減らすための様々 な対策が最も重要である。

巨大リスクを保険や

CAT

ボンドなどのリスクファイナンスだけで対処す

7) Kunreuther (2006) , pp.212‑215 . 8) Lewis and Murdock (1999) , p.60 .

9) 東京大学大学院工学系研究科編(2012)では,工学の使命と果たすべき役割 を考えるという視点から,東日本大震災から得るべき教訓と防災活動への総合 的な諸提言が示されている。

10) 人々は,限られた合理性(bounded rationality )の中で災害対策を講じ,

また保険選択を決定するのであり,合理性が期待できない場合には,政府によ

る介入も必要である。Botzen and van den Bergh (2009) ならびに Botzen

et.al. (2012) を参照。さらに,現代人のリスクに対する観念や行動について  

の社会学的考察については,植村(2012)を参照。

(13)

ることは不可能であり非効率である。巨大災害にかかわるコスト全体を把握 して,社会全体として災害コストを最小化するという考え方が非常に重要で ある。言い換えれば,巨大災害対策においては,とりわけ補償(保険)と抑 止(緩和)の相互性を捉えて,最適バランスを探るための考究が必要である。

地震保険に関していえば,建築基準を強化した上で,保険加入を促進するこ とは,災害コストの軽減効果をもたらし,資源配分の効率性を促すことにも なる 。

この時には,損害緩和(loss mitigation)の視点が極めて重要であり,

それにより保険の引き受け範囲を拡大する可能性が高まる。ここでは個別主 体の自由な選択行動よりも,防災対策や基準設定などの集権的措置が不可欠 となる。損害緩和の政策(例えば,土地利用法や建築基準の強化)が,予想 最大損失額(PML)を小さくできれば,保険者が提供する補償範囲を拡大 できるし,保険料が低下すれば,人々の保険へのアクセスをより容易にする ことができる。また,保険料をリスクに反映させることで,加入者の損害緩 和インセンティブを促進できるだろう。

例えば,銀行が,住宅ローンを設定するに当たり,保険加入を義務付けて,

損害が軽減されれば,デフォルトリスクが低下し,ローン回収率が高まるで あろう。政府にとっては,保険加入を税制優遇により促進することで,損害 軽減が促進され,自助努力を促す一方で,政府が支出する損害コストが減ら せる。つまり,理論的には,損害緩和を中核に据えることによって,社会シ ステムの中に

WIN-WIN

関係を構築することが可能である 。

11) Vaughan and Vaughan (2008) , Kunreuther (1974) , Kunreuther (2006) ,

Coomber (2006) などでは,自然災害による損害を低下させるためのインセ

ンティブとして保険が機能する可能性ならびに取り組みについて論述されてい る。

12) Smolka (2006) , pp.2153‑2154 .

保険学雑誌 第 620号

見出しが行末に来てしまうのでアキを作成しています。訂正時注意

(14)

5.巨大災害補償と官民役割分担

⑴ 巨大災害とコスト負担ルールの設定

巨大災害であろうと,中小災害であろうと,最終的なコスト負担は,個人

(企業)に帰着する。企業が負担する災害コストも,製品価格に転嫁できれ ば,個人が負担することになる。また,政府が支出する復旧費や被災者生活 支援のための費用も,最終的には,税負担の増加を通じて個人に帰着する。

したがって,災害コストをいかに対応するかという問題は,コスト負担ルー ル(=コストをどのように再分配するか)の設定の問題として理解すること ができる。ここにおいて,保険制度は,所得再分配機能を通じて,最終的な コスト負担者を決定することになる。

コ ス ト 負 担 ル ー ル を 設 定 す る に 当 た っ て は,ま ず 災 害 が,人 的 災 害

(man-made disaster )か,自然災害(natural disaster )なのかを考慮すべ きである。人的災害であれば,賠償責任ルールに従って,加害者に責任を負 わせることで被害者救済できる。ただし,その場合であっても,加害者が賠 償資力を有していることが前提であるが,責任保険が存在する場合には,そ の保険料や保障範囲によって,最終的なコスト負担者が決定される。

他方,自然災害の場合には,被害者が賠償責任を求める加害者は存在しな い。日本国憲法でも,基本的人権の一種として居住の自由が認められており,

居住地を自由に選ぶことができる。したがって,自由に選択した居住地での 自然災害に対しては,自ら甘んじて受けざるを得ないという考え方もできる。

この場合には,個人にとって自分の財産と生命を守るために,保険制度が 利用できるかどうかが重要になる。保険が有効手段であると認識されると,

政策的観点から,特定の集団が排除されて保険加入が制限されてしまわない ようにすべきであるという 利用可能性(availability ) の問題と,保険料 が高くなって,負担限度を超えないようにすべきであるという 購入可能性

(affordability ) への配慮も要請される 。

13) Mills et.al. (2006) では,気候変動リスクが高まる中での保険の果たす役

(15)

保険を通じたコスト負担の在り方は,保険料率の設定によって決定される。

保険原理に従えば,リスクに応じた保険料負担を行うことが必要になるが,

この場合,高リスク者の保険加入が困難になるかもしれない。そこで,政府 は,個人の自助努力や保険利用を可能にするように政策介入をする必要があ る。

巨大災害においては個人の自助努力には限界があることから,依然として 政策介入は重要である。政策介入には,事前規制と事後救済がある 。事前 規制では,建築基準法や土地利用法などの諸規制を通じて,個人負担を通じ て防災対策を促すことになる。これに対して,事後救済では,被災者を対象 に当面の被災者生活支援を目的とした措置を講ずることになるが,原状回復 ではなく一律的救済とならざるを得ない。財源において,前者では個人負担 が中心であるのに対して,後者では税金が主なものとなる。

巨大災害をいかなるコスト負担ルールに基づいて処理するべきかは,国民 の合意が必要であり,それを踏まえた民間保険の補償範囲が決定される。

⑵ 巨大災害補償における政府の役割

自然災害などの巨大災害は,ほとんどの場合,被災者自身には非が認めら れない。このことが,政府が被害者保護を積極的に行うことの大きな根拠と なる 。一方で,政府が関与することで,加害者による支払い不能を修復で きる。

巨大リスクは,民間保険システムの中だけで処理することは難しいので,

一般の保険リスクと異なって,政府との連携が不可欠である。巨大リスクへ の対処を完全に個人判断に委ねるべきではなく,政府の果たすべき役割は多 様であり大きなものである。具体的には,①被災者に対する救済,②企業・

個人の自助努力の支援,③保険システム(準備金積立)の強化策,④最後の

割を,政府,消費者,投資家などとの相対性の中で論じている。

14) Bruggeman et. al. (2010) , pp.371‑375 . 15) Bruggeman et. al. (2010) , p.366 .

37 保険学雑誌 第 620号

↑14と15の 脚 注 で.

が あ り、な し に な

っていま す が 先 方

データの た め そ の

ままです

(16)

手段(last resort)としての再保険者,⑤損害負担ルールの設定,⑤防災対 策の実施,⑥災害情報の調査研究,などがあるだろう。巨大災害を社会全体 としていかに処理するべきかについては国民の間の合意が必要となるし,そ れを踏まえた保険的対応の範囲が決定されなければならない。巨大リスク・

巨大災害への対応策は,まさに災害補償における官民役割分担のあり方を考 えることである。

個人は巨大リスクを過小評価することから,自ら進んで保険加入によって リスク転嫁をしなければ,災害復興や被災者救済のためのコストで政府負担 を増加させる可能性がある。保険がなければ,個人は,巨大リスクに対して,

保護的手段をとらないかもしれない。したがって,保険加入を強制化するな ど政府介入することの正当性も認められる 。規制は,すべての消費者が保 険を購入すること外部性を制限するために保険加入を奨励するべきである。

地震保険に対する政府介入は,最適とはいえないが,他の制度と比べてみれ ば,優先されるべきセカンドベスト(次善策)ということである。

政府が最後の再保険者として責任を担うことは,保険システムの安定性と 信用を保持する上で有力である。政府は,必要に応じて,災害債券(国債)

を発行したり,税金を課したりすることで,資金調達をする手段を有してい る。したがって,民間保険会社が直面する支払い不能リスクを取り除き,保 険市場を有効に機能させるための重要な役割を担っている 。

この点においては,Cummins (2006)も,政府が関与すべき最も望ましい 形は,市場増進(market enhancement)であると述べている 。

Cummins

は,保険市場に政府が関与することは,一般的に弊害が多いとしている。例 えば,自由放任主義(laissez-faire )に基づく自由競争へ関与しようとすれ

16) Schwarcz (2010) , p.40 .

17) Kunreuther and Pauly (2006) では,官民関係を踏まえた災害保険制度と して,1 レイヤーは自家保険,2 レイヤーは民間保険,3 レイヤーは再保 険・資本市場,4 レイヤーは政府再保険・基金という4段階のレイヤーの創 設を提唱している。

18) Cummins (2006),pp. 370‑371 .

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ば,レントシーキング(超過利潤の追求)を目指そうとして,市場は非効率 になる場合が多い。また,公共利益(public interest)を理由に保険取引に 政府が介入しようとすれば,ロビイストなどの政治的団体からの歪んだ圧力 を受けやすい。規制緩和や補助金を設けるなどして民間の保険取引を支援し,

市場を促進することは,両者の中間的な位置づけであり,弊害が最も少ない と主張している 。

⑶ 巨大災害補償における官民役割分担の考え方

巨大災害に対する補償対策を実施するためには,官民役割分担に関する基 本的な考え方を明確にしておく必要がある。

上述してきたように,巨大リスクへの対処を考えるにあたって,リスクコ ントロールとリスクファイナンスの最適組み合わせを模索することが重要で あるが,そのためには,前提としてのリスク分析が不可欠である 。それぞ れにおいて,官民の関係性を構築することが求められる。リスク分析を通じ て得られる知見や情報は,公共性の高いものであることから,この分野は政 府が主導するべきものである。例えば,地震研究は,民間が手がけるには,

経済的にも経営的にも困難であり,政府に依存することが正しい。他方,民 間は,その成果を受けて保険事業の効率性を高めることができるのであるか ら,財源拠出にも積極的に協力すべきであろう。

リスクコントロールは,政府と民間がともに主導的役割を担うべきである。

民間保険会社も,リスクコントロールに対して,積極的に情報入手に協力す る必要がある 。保険会社にとって,災害による損害を抑止することは,保 険金支払いを抑制することになり,保険収支の改善と保険の普及向上にも資

19) 同様の指摘は,Lewis and Murdock (1999,p.76) にもある。

20) Vaughan and Vaughan (2008) , p.397 .

21) Crichton (2008 , pp.117‑118) では,巨大リスクに関して民間保険会社の役 割として,①リスク地域の特定への協力,②災害モデルの開発,③洪水地域で の建築を取りやめさせる経済的インセンティブ,④洪水損害のコストに関する データの収集,⑤防災復興技術の促進,⑥一時的防御策の促進をあげている。

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することである。

最後に,リスクファイナンスは,基本的には,民間システムを最大限に機 能させて,政府は,それを補完する立場を貫くべきだろう。個人は,自らの 財産や生命を守るべく,自助努力・自己責任の意識の中で,保険や保有を通 じたリスクファイナンスの手段を講ずるが,当然ながら,巨大リスクにおい ては,個人の能力を超えたところに災害が及ぶことが想像される。そうした 領域については,政府による被害者救済や地域社会の援助体制を準備してお かなければならない。政府主導の巨大災害対策においては,生活自己責任原 則に基づく社会公平性と,社会全体の経済効率性とのバランスを図る中で考 えなければならない。

6.おわりに

巨大災害・巨大リスクには,全体としてのコスト最小化の視点が重要であ り,そこでは,リスク分析を踏まえたリスクコントロールとリスクファイナ ンスの最適な組み合わせを探ることになる。巨大リスクについても,民間保 険が対応可能な範囲は民間が中心に,政府は,民間保険システムが機能する ために,補完的かつ補助的な役割を担うべきである。

巨大災害対策では,損害緩和を最も重視するべきであり,そこでは政府が 主導的役割を担うべき部分が多い。さらに損害緩和は,保険機能・保険可能 性の改善につながるものである。巨大災害の補償問題は,コスト負担ルール を設定することであり,官民役割分担のあり方を問うことになる。そのルー ルに基づいて,民間保険の担う補償範囲が決定される。巨大災害・巨大リス クへの対応は,国際的連携がますます必要な状況にあり,日本の保険業界に は,国際的視野に立った役割も期待されている 。

(筆者は慶應義塾大学商学部教授)

22) 発展途上国にとっても巨大リスク対策は重要な課題であるが,その市場は未 成熟で不完全である。これに関しては,Cummins and Mahul (2009) ならび に池田(2011)を参照。

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