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  任狐猿   きのけつしさままにさおっのしば

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Academic year: 2021

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(1)

良寛の遺詠とその作曲〔I〕

Ryokan's Long‑poem and it's Musical composition 〔I〕 

by  Tomiji Kurosaka

 私が良寛の短歌をはじめて知ったのは,師範学校の生徒のときだった。それは国文の教科書に 載っていた

       霞たつ長き春日を子どもらと 手まりつきつつけふも暮らしつ

うちつけに死なば死なずてながらへて かかる憂きめをみるがわびしさ であった。良寛のほかに,家持,憶良,西行,子規,牧水,白秋,晶子,茂吉など,わが国の古 今にわたる歌人たちの,代表的短歌2首つつが並べられてあったように思う。

 相馬御風先生が講演に来校されたことがあった。訥々とした話し振りだったが,真実の美は素 朴な自然に胚胎するし,地方交芸の発展が望まれると,力説された。そのお話の中で,良寛とそ の芸術に言及されたことだった。そのような機縁に恵まれたのであったが,それが良寛を研究す る動機にはならなかった。富山市の須垣久作さんは,熱心な御風礼賛者であり,従って良寛仰慕 の士でもある。私は時折り須垣さんが所蔵された,御風,良寛の墨蹟を見る機会もあったのに,

まだ良寛に憧れ思慕するまでには至らなかった。ところが昭和52年4月,私が本学に奉職するこ とになり,良寛に関する数多い文献や資料に接することが出来,また良寛の遺跡を訪ねるに及ん で,私はすっかり良寛の人生と芸術のとりこになってしまった。

 良寛の芸術は,いうまでもなく漢詩と書と歌の三方面に現われ結晶している。私にとって漢詩 はとても及ぼぬ世界であるし,書もまた程遠い境域ではあるが,書は歌との関連が深いので,無 縁として片ずけるわけにもいかない。音楽表現,ことに作曲の直接的対象になるのは歌である。

私を励ましてくれる,そして私を含めた国民大衆が口ずさみ,或いはうたうことによって,良寛 の芸術と心が自分たちのものになるよう念願し,数多い長歌,旋頭歌,短歌のなかから,いくつ かを選び,それらを作曲しようと思い立った。およそ15曲程度を目途とし,それらを「良寛のう た」として,一冊の楽譜本にまとめたいと思っている。

 「月の兎」 良寛の歌調は萬葉歌のそれであるといわれている。良寛は「歌を学ぶには萬葉を       こ きん

読むべし」と言い,また「古今以下は読むに堪えず」としている。甚だ明快且つ自信に満ちた喝 破であると思うし,事実そのとおりである。私は萬葉振りの表現と言い,萬葉の歌調ともいうが,

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表出の内面に躍動するこころのことはしばらく措き,その形式における萬葉の大きな特長の一つ は「長歌」であると思う。その点,最近まで刊行された「昭和萬葉集」に,霧しい数の短歌が収 載されているが,旋頭歌や長歌の表出が見つからぬので,私が抱いている「萬葉集」のイメージ 新潟青陵女子短期大学 研究報告 第11号 (1981)

(2)

90 黒 坂 富 治

月 の 兎(良寛)

①!4巌∂冠¢(斉唱)穏やかに親しみをもって 黒坂富治作曲

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94 黒 坂 冨 治

(7)

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(8)

96 黒坂富治

(9)

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(10)

98 黒  坂  富  治

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100 黒坂富治

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昭和53年9月 作曲

な  あ  み  き 久ひ  か 夕ゆ 朝あ 狐き 事こ  あ  み  さ 国く 天あ

つ  し  だ  き さ  く ふ  し っ  と  き 仏ほ  と に  ま

       月みびさま方かしべた霜になかと需は需は雲ぐ

         )       )   

行ゆきεむしたつににとりたけししもの きのとてのつははがきののももの        兎

 良寛 むかふすきはみ

向 

伏 

極(わ)

 (わ)

猿  

はやしにか

年  経   (わ)

食 

(13)

給 (え)

いこひしに

とびとべど 圃  

ことなりと

 ば

かりてこよ 刈  

可階 

翁お 焔ほ  ま  き  ま  を  い  い  な  を  い 狐き 木こ 猿ま 尾を

  任狐猿   きのけつしさままにさおっのしば

汝  兎魚、

       花

な 硲ほ  の  に  は  ぎ  し  し  も  ぎ  を  に 実み  は  な

 )のにまはしうめはもは食くはをは刈か     柴輩

牲に投なにこばかけこのあAはやッとやり

       

       心    簗

εへげまれをられこせたεへなミりし敷し

とてにを 

をばろでりてのてのき

なしにける  みるよりも 

こひまろび 

まうすらく 

いましみたりの 申     

汝  三 人 ともがきに 

友 

垣   優  

いはねども 

をさぎをみれば めぐしとて 

からをいだいて

ひさかたの 

つきのみやこに はふりけり  つがのきの 

いやつぎつぎに かたりつぎ 

つきのをさぎと 語  継  

月   兎 いふことは  ありけりと  しきたへの 

衣   袖  (お)

(14)

102 黒  坂  富  治

がかなりダウンしているのだ。「長歌」をものし得る歌人は,よほどの達人であると思う。その 点良寛は萬葉の様式を承け継ぎ,さらにそれを拡大顕現した最高の歌人であると思う。それで良 寛の「長歌」のうち,最長篇の「月の兎」を,先ず第一の対象として作曲を挑むことにした。

 「月の兎」の長歌は4種遺っている。①林甕雄本のは「みたりの友」と題され,題詞の下に

「又月のうさき」とつけ加えられている。②原田家に蔵された遺墨(原田本)の「月の兎」は

いそ  かみ  ふり    み よ       まし をさぎ   きつに      ぬ

石の上 古にし美世に 有と云ふ 猿と兎と 狐とが 友を結びて 朝には 野山……

と書きはじめられている。これは吉野秀雄著「良寛和尚の人と歌」に収載されており,昭和31年 NHKから「良寛の生涯」の題で,放送された講話内容の一部であるとされている。③木村家蔵 本(木村本)の分は「月の兎をよめる」と題され

あまくも   むかふ         たにぐく     わた  そこ   くに       さは      ひと

天雲の 向伏すきはみ 谷膜の さ渡る底ひ 国はしも 沢にあれども 人はしも……

とある。相馬御風著「大愚良寛」に,これが収載されている。黒田家蔵(黒田本)の「月の兎」

       たにぐく     わた  そこ

は,木村本とかなり類似しているが,書きはじめの一部分「谷膜の さ渡る底ひ」のカットが先 ず目立つ。

あまぐも    むかふ      くに

天雲の 向伏すきはみ 国はしも あまたあれども さとはしも さはにあれども……

私は「今昔物語」に書かれた「兎身を焼く」物語りの筋が,必要にして充分に,また冗漫に過ぎ ることなく書かれ,音楽表現にもふさわしい歌ということで,この黒田本の「長歌」を作曲する ことにした。しかしこの遺墨にも次のような

       

   重複(……さとははしも,……つがかのきの……)    があり       ツ ミ

   傍記(……このみをとりて……)       が見え,或いは

       

   脱字(……(し)なひうらぶれ……,……いま(の)おつつも……)があるなど,作曲は

黒田本に拠ったとは言え,林,原田,木村の各本を参考にして補遺し,最終的には私の責任にお いて,別項の歌詞により作曲した。

 吉野秀雄の前記著によれば,「月の兎」の「長歌」には,次の「反歌」が附加されたのもある        はずとされているが,私はこの際これらの短歌を,敢えて作曲の対象から外すことにした。

    おきな

あたら身を翁がにへとなしけりな 今のうつつに聞くがともしさ 秋の夜の月の光を見るごとに 心もしぬにいにしへおもほゆ      と

ますかがみ研ぎし心は語りつぎ いひつぎしのべよろつよまでに        かげ

あまのはらとわたる月の光見れば 心もしぬにいにしへおもほゆ 初演 昭和53年10月7・8日 第14回 新潟青陵学園祭

同  同   10月14日   富山県芸術祭洋楽演奏会 (昭和55年11月13・晩秋好日稿)

参照

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