弱さの研究(中間報告)
著者 大岩 圭之助, OIWA Keinosuke
雑誌名 明治学院大学国際学部付属研究所研究所年報 =
Annual report of the Institute for International Studies
巻 15
ページ 81‑83
発行年 2012‑12‑01
その他のタイトル On being fragile, weak and meek : Interim report
URL http://hdl.handle.net/10723/1452
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弱さの研究
大 岩 圭之助
<はじめに:ポスト311における本研究の意味>
2011年度における本研究会の活動は、2011年3月11日の東北大震災とそれに続く福島第一原 発の重大事故によって大きな影響をこうむることとなった。ある意味では、「弱さ」という本研 究会のテーマそのものが3・11とその後の一連の事態によって、根底から揺さぶられ、問い直さ れたとも言える。
文明(強きもの)が自然(弱きもの)を支配するという近代的な図式が、一挙に逆転して、自 然の猛威を前にした人間社会の弱さ、自然に対する支配としての科学技術が孕む弱さ、自然を外 部性として外に締め出すことによって成り立つ経済システムの弱さ、自然と切り離されたものと しての人間の弱さなどが暴露された。いわば、近代文明そのものの「強さ」であったはずのもの が「弱さ」へと転化したのである。逆に、近代的な社会の中で、「弱さ」と見なされてきたもの
――巨大化、集中化、大量化、加速化、複雑化などに対する「スモール」、「スロー」、「シンプ ル」、「ローカル」といった負の価値を荷ってきたもの――が元来もっているはずの「強さ」(レジ リアンスやロバストネス)が浮かび上がってきたのではないか。この逆説的な事態――「強さの 弱さ」と「弱さの強さ」――こそが、ポスト311の月日のひとつの重要な特徴ではなかったろう か。
それは、長田弘の詩「ねむりのもりのはなし」に出てくる「あべこべのくに」のようだ。
つよいのは もろい/もろいのが つよい/
聖書にもこうある。
柔和な人たちは、さいわいである。彼らは地を受けつぐであろう。
柔和な人とは英語のmeek、つまり弱き者のことだ。
ところで、「弱さ」という負の記号を荷うものに注目し、そこにポジティブな――時には逆説 的に「強さ」とも呼びうるような――価値や意味を探るということこそ、本研究会の当初からの 課題に他ならない。その意味で、ポスト311の日本とは、我々の研究にとっては最適なフィール ドであるとも言えるだろう。
<前期の活動を振り返って>
「311とその後」という新しい状況の中で、我々の研究の立脚点を再点検し、方法論を再検討 することがまず必要となるだろう。この問題意識に基づいて、昨年度には研究会のメンバーがそ れぞれ、被災地を訪ねるなどフィールド調査をしながら、独自にポスト311についての研究と思 索を重ねた。
それをもち寄って、7月5日には高橋と大岩が、非公開研究会を、7月22日には向谷地(外部
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研究員・べてるの家)と大岩が、公開セミナーと研究会を開き、議論を交えた。(記録済み――
いずれ何らかの形で報告したい。)高橋は、論壇でポスト 311 をめぐる議論のオピニオン・リー ダーとして活躍した。
その他の主な活動として以下のものがある。(以下、大岩研究員の活動を中心に報告する)
・田中優子氏(法政大学)を招き、「ポスト 311 のための江戸学」というテーマで、公開セミ ナーを開催した。成長から持続可能性へ、グローバル化からローカル化へという転換こそが ポスト311時代を特徴づけるものとなるべきだという共通認識に基づいて、その転換のため に、戦国時代の「拡大」から江戸時代の「縮小」への転換という歴史的プロセスが参考にな るとする田中氏の議論から多くを学ぶことができる。(6月)
・庭野平和賞の授賞式のために来日していたタイの反体制知識人・社会運動家スラック・シワ ラック氏を招いて、京都と東京で公開講演会・セミナーを開いた。この機会に合わせて、大岩 が昨年度末より翻訳を進めていた氏の英文著作The Wisdom of Sustainability: Buddhist Economics
for the 21st Centuryを『しあわせの開発学――エンゲージド・ブディズム入門』として出版し
た。講演・セミナーでは、特に仏教思想における「謙譲」や「慈悲」の概念と「弱さ」との 関連に注目した。東京国分寺で行ったセミナーでは、法政大学の田中優子氏にも討論に加わ っていただき、「開発」(development、かいはつ、かいほつ)という概念をめぐって議論し た。(7月)
・大岩は昨年度以来続けてきた、川口由一氏からの聞き書き調査を、『自然農という生き方』
として刊行(5月)、さらに 10月にリリースされるDVD『自然農というしあわせ』の編集 にとり組んだ。この双方において、「弱さと強さ」はひとつの重要なテーマであり、「強きも のとして都市/弱きものとして農村」「強きものとしての工業/弱きものとしての農業」「強 きものとして近代的農業/弱きものとしての自然農」という一連の対立項が、問い直されて いる。
・ニューヨークを拠点に活動するヨガのアンドレイ・ラム氏を招き、「ポスト 311 のためのデ ィープエコロジーとスピリチュアリティ」をテーマに、講演会やセミナーを開催した。そこ でも、自然の外に君臨し、それを支配しようとしてきた「強き自己」からの脱却への道筋に ついて、ヨガの思想と実践から学んだ。(9月)
・韓国に、ファン・デグォン(黄大権)氏を訪ねて、聞き書き調査を行った。(10月)また、
12 月には来日する同氏を招き、沖縄、九州、そして関東各地で、「弱さ・野草・エコロジ ー」をテーマに研究会、講演会などを開催した。12月16日には、戸塚善了寺にて、ファン 氏、田中優子氏、辻信一(大岩)による公開鼎談を行った。この間、ツアーの模様やインタ ビューを撮影した。DVD化をめざしている。(註:ファン・デグォン氏について)
・2 月末に来日した、エコロジー思想家で、雑誌『Resurgence』を主宰するサティシュ・クマ ール氏とともに関西、関東各地を訪ね、講演会などを開催、戸塚でも学生も参加する公開研 究会を開催した。テーマは「ポスト311時代の生き方」
・田中優子氏とのポスト311についての討論を継続。そこで議論のポイントとなっているのが、
江戸時代における「縮み」であり、それが現代日本社会を呪縛する成長や進歩や強さという
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マインドセットを超えるためのヒントになりうるのではないか、という点だ。1月から3月 にかけて行った対話を記録し、今年度後期には書籍として刊行する予定。・すでに撮影したスラック・シワラック氏とのインタビューを中心とする映像を編集し、これ も今年度以降DVD作品として完成し、その刊行をめざしたい。
<註>
ファン・デグォン:1955年ソウル生まれ。著述家、環境思想家、「生態共同体」運動のリーダー。軍事独裁時代の1985年、
スパイ・反乱罪の濡れ衣を着せられて逮捕され、拷問を受けた末、無期懲役の宣告を受ける。牢獄生活の中で、雑草と の出会いを通じて次第に独自のエコロジー思想を紡ぎ出し、刑務所内に野草園をつくる。13年余の後、民主化の影響と 粘り強い支援運動の結果、ついに釈放され、農耕生活を始める。1999年、アムネスティ・インターナショナルの招きで 渡欧、ロンドン大学で農業生態学を学ぶ。2002 年には、獄中から妹に宛てて書いた絵入りの手紙を集めた本『野草手 紙』を刊行、韓国でベストセラーとなる。
※本報告書は、国際学部付属研究所共同研究「弱さの研究」の中間報告書である。