• 検索結果がありません。

カクチケル年代記

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "カクチケル年代記"

Copied!
739
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

カクチケル年代記

著者 八杉 佳穂

雑誌名 国立民族学博物館調査報告

巻 148

ページ 1‑736

発行年 2019‑03‑28

URL http://doi.org/10.15021/00009378

(2)

カクチケル年代記

八杉佳穂 著

2019

(3)

目   次

はじめに  1

第 1 部 カクチケル年代記   7

第 2 部 古典カクチケル語の文法   503

附  録

 1 系図   687

 2 カクチケルの暦   690

 3 支配者とその期間   705

 4 章立ての違いの対照表   713

文  献   715

索  引   721

スペイン語の借用語(人名、地名、聖人名を除く)   731

(4)

はじめに

 『カクチケル年代記』は,カクチケル人が,マヤ諸語のうちのひとつであるカクチケル 語で,征服直後に学んだアルファベットを用いて,自分たちに伝わる神話と歴史を記し たものである。それゆえ征服前後の歴史はもちろん,人間の創造やカクチケル人の成り 立ちなどの伝承を知ることのできる第一級の資料といえる。同時に,カクチケル語の音 韻が正確に区別して記述されているので,16世紀後半の言語状態を知ることのできる第 一級の資料でもある。

 16世紀初頭のグアテマラ中央高地では,キチェとカクチケルが勢力を競っていたが,

ペドロ・デ・アルバラード率いるスペイン軍に征服されて,スペイン人の政府がカクチ ケル領域内にできた。圧倒的多数を占めるカクチケル人のことばは,そのため,以後メ トロポリタン言語として,正書法が定められ,大学などでも教えられてきた。それゆえ 19世紀までの言語資料は相当な数にのぼる(Brinton 1884: 350-360; Villacorta 1934: 65-

79)。しかし現在簡単に利用できるものは,シュパンツァイXpantzay文書や土地文書,

遺言書(ピリルPirir文書)などいくつかの文書にすぎない(Berlin 1950; Crespo 1956;

Recinos 1957; Hill 1989)。そのなかでもっとも有名な資料が『カクチケル年代記Anales de los Cakchiqueles』である(Contreras and Luján Muñoz 2004)。この文書は,Anales de los Xahil,Memorial de Tecpán-Atitlán,Memorial de Sololáなどの名でも呼ばれてきた。ソ ロラの町のシャヒル族の歴史という意味ではこうした題名を採用すべきであろうが,シ ャヒル族やソツィル族などの支族を含むカクチケル族・語の歴史という意味でカクチケ ル年代記という名を本書では採用した。なお『カクチケル年代記』に用いられたカクチ ケル語は,グアテマラ高地に住むカクチケル人の使う現代カクチケル語とは少しばかり 異なるので,古典カクチケル語と称することにする。

 『カクチケル年代記』の手書き原本は,Juan Gavarreteによりグアテマラ市のサンフラ ンシスコ修道院の大司教館で1844年に発見され,大司教のFrancisco de Paula Garcia Pelaez に渡された。1855年にグアテマラにやってきたBrasseur de Bourbourgはその原本を見せ られ,フランス語に翻訳した。1874年、Brasseur de Bourbounrg死亡後,『カクチケル年 代記』の原本はAlfonse Louis Pinartの手に渡り,Daniel G. Brintonが翻訳して,“The Annal of the Cakchiquels” として1885年に出版した。その後Pinartのコレクションは競売にかけ られ,1887年にBrintonが購入した。1899年にBrintonが死亡したのちは,ペンシルバニ ア大学博物館に保管されている。原版は48枚(31.3×21.6cm 96ページ)ある。

 『カクチケル年代記』は,現在,英語やスペイン語訳,オリジナルの写真版など,いろ

(5)

いろな版が利用できる。本書は『カクチケル年代記』を分析,訳出したものであるが,

本書で利用したのは写真版(Otzoy 1999)で,18ページから最終の96ページまで( 1 章

~232章)を,文法篇の表記法の項で示す決まりに基づき転写するとともに,現代カク チケル語の正書法になおして,形態素の分析と意味を付した。形態素の分析,文の意味 等は,DanielBrinton(1885,185章まで,本書の章付けでは190章),FranciscoHernández AranaXajiláandFranciscoDíazGebutaQuej(1934, オリジナルすべての転写があるが,訳 は215章まで。J. AntonioVillacortaC.がテキストの校訂,註をつけている),DanielBrinton の訳をもとにGeorgesRaynaudがフランス語訳したものをMiguelAngelAsturiasJ. M. GonzálezdeMendozaがスペイン語に訳した1937年版(185章まで,本書では190章),Adrián

Recinos(スペイン語版1950/1980は227章以後章立てが異なる。英語版1953は章番号がな

く,後半部省略が多い),Simón Otzoy(1999),JudithM. MaxwellandRobert M. Hill(2006)

等を参照するとともに,文法書や辞書を利用した。なおOtzoy(1999)本は 1 ページから 96ページまですべての写真版,18ページから96ページまでの現代表記による転写,スペ イン語訳がある。JudithM. MaxwellandRobertM. Hill(2006)本は,オリジナルの一部 並び替えがあるが, 1 ページから17ぺージに含まれるパカルPakal文書やクェクァクッ Qekakuch系図,1580年代から1591年までの論争,さらにはXpantzay文書なども訳出 されている。『カクチケル年代記』に現れる最終年は1600年であるが,この部分に現れ る最終年代は,1614年( 8 頁,おそらく1604年の間違い)と1619年(15頁)である。1619 年は1605年のあといきなり出てくる年であり,歴史的な記述としての裏付けがはっきり しない。ちなみに1605年までは確実である。そのほか翻訳されたもので未見のものに,

Teletorのもの(1946 Memorialde TecpánAtitlán)がある(その一部がAkkeren 2000に引 用されており,どのような解釈がなされているかがわかるが,既存の訳とそれほど変り なく,どうしても参照する必要がある文献ではないと判断した)。

 『カクチケル年代記』の作者はシャヒル支族のHernándezAranaJunIq’ 王の孫,征服 の証人,1582年までの記録)とFranciscoDíaz(1600年頃まで)とされているが,おおよ その内容は次の通りである(Otzoy 1999: xiv)。章立ては,不適切と思われる点もあるが

(たとえば131章から135章は 1 章にまとめた方がよいであろうし,逆に135章は 2 つに分 けてもよいであろうし,141章と142章は一続きにしたほうがよいであろう),参照の便 宜を図って,Brintonの章立てを踏襲したOtzoyに従った。ただし173章からはBrinton 章立てと異なる。225章と226章はVillacortaの章分けに従った。またRecinosの英語版に は章立てがないが,スペイン語版には章立てがある。それとも175章からは異なる。Otzoy と異なる章は,テキストの章番号のあとに括弧に入れて示した。

第一部 神話または伝承 1 章から11章

 我らの父母や祖先の神話的な起源。黒曜石と人間創造。 7 つの部族の13支族がトゥ

(6)

到着までの旅の記述。カクチケルとツトゥヒルの分かれ。

39章から98章

 カクチケル,キチェ,ツトゥヒル,アクァハルの居住と植民化。キチェのキクァブ との同盟。チアワルの建設。キチェの王キクァブに対する息子達の反乱。カクチケル がチアワルから去りイシムチェの建設。キチェの敗北等を扱う。

第二部 歴史または年代記 99章から143章

イシムチェの内乱(変)の1493年を基準点にして,スペイン人が到着した1523年末 から1524年初頭までのカクチケルの王朝史を中心にキチェやツトゥヒルなどの歴史 を含む。

144章から226章

スペイン人の征服から1594年までのカクチケルと征服支配者層や司教などとの間の 出来事。

227章から232章

1591年と1593年の喜捨の記録,1564年から1600年にわたるフランシスコ・ディアス とペドロ・エリアスの年代記など。

 さて,翻訳のために利用した古典カクチケル語の文法書であるが,比較的手軽に入る ものに,BenitodeVillacañas(16世紀末),JosephFlores(1753),EstevanTorresano(1754)

がある。Villacañasの文法書はBerendtによる写本(1871)が出版されている(GarcíaAranda 2011)。Torresanoの文法書はおそらく19世紀の写本とみられる写真版がウェブで入手可 能である。しかし両者とも,とくにカクチケル語の転写間違いと思われる箇所が多々み られ,信頼度に欠ける。JosephFloresの文法書は初版(1753)の写真版がウェブで入手 可能で,これがもっとも信頼度が高い。また作者不明の1692年の文法書をもとに,

VillacañasTorresanoの文法書を参考にしてDanielBrintonが1884年に書いた文法書もあ

る。Ximénez(1722?)はカクチケル語とキチェ語とツトゥヒル語の 3 つを扱っている

(1993年に再版がグアテマラから出ている)。

 辞書はThomásde Coto(1656年頃)のもの(Coto 1983),植民地期初期の辞書をもと Ortwin Smailesが編集したもの(Smailus 1989),FranciscodeVareaが書き残した辞書

(1604年,1997年にグアテマラで出版Varea 1997),それをもとにSáensde SantaMaría 編んだ辞書(1940)が役に立つ。Ximénezのカクチケル語,キチェ語,ツトゥヒル語の 語彙集もSáensdeSanta Maríaが出版している(Ximénez 1985)。またVillacañasの語彙集 も文法書の後につけられている(GarcíaAranda 2011)。ほかにPantaleóndeGuzmán(1704)

(7)

の分類語彙集の複製本が1984年にメキシコから出版されている(Guzmán 1984)。また17 世紀のものと思われるDomingodeVico(1555年死亡)のVocabulario delalenguacakchiquel の手書き写本(BibliothèqueNationaledeParis所蔵のコピーがアンティグア・グアテマラ CIRM図書館にあったものを利用)のコピーも手元に置いて参照した。

 現代カクチケル語の研究は,SILSummerInstituteofLinguistics)のW. Cameron Townsend のカクチケル文法(1926年,出版は1961年)やシカゴ大学のManuel J. Andradeの語彙調 査やテキストの記述(1936)から始まる(Andrade 1946)。1956年にはHerbrugerらによ る入門書が書かれた(HerbrugerandDiaz 1956)。1969年にはRobertW. Blairらによって,

録音テープつきのCakchiquelBasic Courseが出された。辞書も出版された(Blairet al. 1969;

1981)。Hendrick Krueger(1986)によって博士論文の対象にもなった。現在のカクチケル 語については,OKMAOxlajujKejMayaAjtz’ib’)やPLFMProyectoLingüístico Francisco Marroquín)といった言語学研究所が出版したものがある。またCLKComunidadLingüística Kaqchikel)やALMGAcademiade LenguasMayasde Guatemala)が精力的に調査し出版 したものもある。辞書や記述文法(Gramáticadescriptiva)のほかに標準文法(Gramática

normativa)も出版されている。また方言研究も進み,各地の方言の違いもおおよそわか

るようになっている(Comunidad LingüísticaKaqchikel 2004)。それらは文献を参照され たい。また聖書の翻訳や法律類の翻訳,物語を採集したものも多数ある。

 本書における提示の方法は, 4 行を一組にして,最初の行に原文の転写, 2 行目に現 代表記になおして形態素に分割したものを, 3 行目には形態素分析, 4 行目はできる限 り直訳に近い訳文を与えた。そのため各章ごとに意訳をつけることにした。訳は既存の 訳と異なるところが多いが,その一部は注釈で取りあげた。そして『カクチケル年代記』

の文法的な記述のあと,付録として,家系図,歴史的記述が理解できるための暦の解説 とマヤ暦とカクチケル暦と西暦との関係を示す表,役職者の名前等をつけた。

 本書は,カクチケル語がどのような言語であるかを知るために,そして現代カクチケ ル語がどのような歴史的な変遷を経てきたかを知るための基礎資料になるように,古典 カクチケル語の代表的資料である『カクチケル年代記』を分析したものである。カクチ ケル語の研究のきっかけは,科学研究費補助金基盤研究(SJP22222001「OS型言語の 文処理メカニズムに関するフィールド言語認知脳科学的研究」、科学研究費補助金基盤研 究(AJP15H02603「OS言語の談話処理メカニズムに関するフィールド心理言語学的研 究」の対象となったことによる。現在主流のSVO語順が,基本語順と思われるVOS 順からどのように変化していったのかをはじめ,認知脳科学的研究の下支えができるよ うに,方言の状況や歴史的な変遷を把握する必要を感じたからである。研究代表者の小 泉政利東北大学教授はじめ,研究グループの諸氏から,そしてグアテマラの研究協力者 LolmayPedroOscarGarcíaJuan EstebanAjsivinacSianFilibertoPatal Majzulからさま ざまな有益な助言を得ることができた。また角田太作先生(国立国語研究所名誉教授)

(8)

略号

1 firstperson 2 secondperson 3 thirdperson

A ergativeSet Apronominal ABS absolutivesuffix

ACT actual ADJ adjectivizer

AG agentive

AP antipassive

B absolutiveSet Bpronominal C independentSetCpronominal CAUS causative

CL nounclassifier CMP completive CPAS completivepassive D determinative DIM dimunitive DISTR distributive DUP duplication

E epenthesis

EMP emphaticparticle EMPL emphaticparticle plural FM frontinggapfiller FREQ frequentative FUT future

H hortative

I instrumental

ICP incompletive IMP imperative INT intensifier IRR irrealis IV intransitivizer LOC locative N nominalizer NEG negative NUC numeralclassifier PAR particle

PAS passive PAST past PER perfective

PL plural

PLUP pluperfectpluscuamperfecto POADJ positional adjective

POS possessive POT potential PP past participle PR preposition Q interrogative REC recentpast RS relationalsuffix SF stem formative ST stativeaspect SUF suffix TV transitivizer 4 行一対の最初の行である原文転写行にみられる/は行の終わりをしめす。

(9)

文献略号

DC Ruyán Canúetal. 1991. Diccionario cakchiquel central y español.

DK CojtiMacario etal. 1998. Diccionario kaqchikel.

FP FilibertoPatalMajzul 2007. Diccionario bilingüe estándar ilustrado.

GK García MatzarLolmayand Rodríguez GuajánPakal B’alam) 1997. Gramática kaqchikel.

GN TichocCumesetal. 2006. Gramática normativa del idioma maya kaqchikel

OS OrtwinSmailus 1989. Vocabulario en lenguas castellana y guatemalteca que se llama cakchiquel chi.

PG Pantaleón de Guzmán 1704. Compendio de nombres en lengva cakchiqvel, editedby René Acuña 1984

SS CarmeloSáenz deSantaMaría 1940. Diccionario cakchiquelespañol.

TC Thomas deCotoca. 1647~56). Thesavrvs verborv,editedby RenéAcuña 1983

(10)
(11)

『カクチケル年代記』冒頭部分(p. 18)

(12)

(p.18)

1.

Vae xtinu4’ibaɧ halal quitziɧ he nabey

/ katata kamama

wa’e’ xti-Ø-nu-tz’ib’-a-j jalal ki-tzij je1) nab’ey qa-tata’ qa-mama’

now POT-B3-A1-write-SF-TV little A3PL-word EMPL first A1PL-father A1PL-grandfather いまここに私は最初の我らの父,我らの祖父の言葉を少しばかり書き記そう

heri xeboço vinak oher

je ri x-e-b’os-o winäq2) ojer EMPL D CMP-B3PL-engender-AP people ago その昔人間を生んだ

mahaniok ti la3abex vae ɧuyu / ta3aɧ

majani oq ti-Ø-laq’-a-b’ë-x wa’e’ juyu’ taq’aj3)

NEG when ICP-B3-settle-SF-I-PAS here hill plain まだここの山や平野が住まわれ始まるずっと以前に

4aruyon ok vmul 4’iquin 4oɧ que cha

k’a ru-yon oq umül tz’ikin k’oj k-e-cha’4)

well A3-only when rabbit bird exist ICP-B3PL-say そのときはウサギと鳥がいただけと言う。

haok ki xquila3abeɧ huyu / ta3aɧ he4a katata ka mama

ja oq qi x-Ø-ki-laq’-a-b’e-j juyu’ taq’aj je k’a qa-tata’ qa-mama’5)

EMP when truly CMP-B3-A3PL-settle-SF-I-TV hill plain EMPL well A1PL-father A1PL-grandfather それはまさに我らの父,我らの祖父が山と平野に住み始めたときであった。

yx nu4ahol Pa tulan ————/

ïx nu-k’ajol pa Tulan6)

C2PL A1-son PR Tulan 汝ら,トゥランの私の子よ。

 1) jaは通常文頭に置かれ強調の役目を果たすが,ki-tzijのkiを受けるのがje nab’ey qatata’ qamama’であるの で,文中で主語以外でも生起する例と考えられる。jeはjaの複数であり,eとも交替し,単なる複数標識と して機能することもあるので,この場合複数標識とも考えることが可能である。

wa’eが動詞の前にあるにもかかわらず,動詞の後ろにwiがない。「ここ,これ」という以外に,「ただちに,

すぐにal punto, en seguida (SS)」という意味がある。そこで,「いまここに」と訳すことにした。

 2) 関係節行為者焦点化,目的語winäqが動詞内のeで照応とも,主語の表示ともとれる。je riにより関係節が つくられている。先行詞はje nab’ey qa-tata’ qa-mama’である。

 3) 冒頭のqatata’ qamama’やこの文のjuyu’ taq’aj や次の文のumül tz’ikinのように,接続詞なしで名詞句は並 列される。majani oqが先行するが動詞のあとにwiはない。juyu’ taq’ajが定ではないということか。juyu’

は山とか丘とか牧草地,荒れ地,野原という意味があり,taq’ajは谷とか平野とか海岸部という意味が辞書 には登録されている。意味するところが広く,どれがふさわしいか曖昧である。juyu’ taq’ajは山岳部と海岸 の平野部を意味することばとすると,グアテマラのカクチケル人の住む地帯一帯にふさわしく,それを指す ことばと思われる。

 4) kecha’やxcha’は伝聞であることを示す。「~だとさ」,「~だったそうだ」

 5) majani oqやja oqは時の強調。 2 段上のtilaq’ab’ëxが受け身でjuyu’ taq’ajが主語と考えられるので,ここ ではjuyu’ taq’ajは目的語になり,je ka’ qatata’ qamama’が主語と解釈できる。ja oqは「そして,それから

entonces (SS)」という意味がある。

 6) 「汝はトゥランの我が子である」といわゆるbe動詞文とも解釈できるが,文の流れからは呼び掛けとみたほ うがよい。

(13)

 いまここに,その昔人間を創造した最初の我らの父,我らの祖父の言葉を少しばかり書き記そう。1 章訳 まだ人間が山や平原に住み始めるずっと以前には,ウサギと鳥がいただけだったというが,我らの 父,我らの祖父が山や平原に住み始めたのはまさにそんなときであった。汝ら,トゥラン(トゥリ ャン・トゥーラ)の我が子よ。

2.C xtinu4’ibaɧ 4a quitziɧ ri ki henabey katata kamama

xti-Ø-nu-tz’ib’-a-j k’a ki-tzij ri qi je nab’ey qa-tata’ qa-mama’

POT-B3-A1-write-SF-TV then A3PL-word D truly EMPL first A1PL-father A1PL-grandfather それでは,私は確かに最初の我らの父,我らの祖父達である彼らの言葉を書き記そう

3a3avitz ru bi çac / te cauɧ rubi hun chic

Q’aq’awitz ru-b’i Saktekaw ru-b’i jun chik Q’aq’awitz A3-name Saktekaw A3-name one more その名前はクァクァウィツであり,もう 1 人の名はサクテカウである。

He4oɧ quitziɧ que cha

je k’oj7) ki-tzij k-e-cha’

B3PL exist A3PL-word ICP-B3PL-say 彼らの言葉がここにある,と彼らは言う。

4a 4hakapalouɧ xoɧpe vi / Patulan rubi huyu

k’a ch’aqa palow x-oj-pe wi Pa Tulan8) ru-b’i juyu’

then other sea CMP-B1PL-come FM PR Tulan A3-name hill 海の向こうから我らはやってきた。パ・トゥランが山の名前であり,

xohalax xoɧ 4aholax vipe ruma katee katata

x-oj-al-ä-x, x-oj-k’ajol-ä-x9) wi pe r-uma qa-te’ qa-tata’

CMP-B1PL-son-SF-PAS CMP-B1PL-son-SF-PAS FM coming A3-cause A1PL-mother A1PL-father 我らの母,我らの父によって,我らは母の子,父の子となったところである。

yx / ka4ahol que charioher tata mama————

ïx qa-k’ajol k-e-cha’ ri ojer tata’ mama’

C2PL A1PL-son ICP-B3PL-say D ago father grandfather 汝ら我らの息子よ,と遠い昔の父と祖父が言った。

 7) be動詞文で主語を受けるB3PLjeが前置。

 8) 場所前置のためにwiが動詞のあとに生起する。第 4 章にトゥランは海の向こうと記されているので,海の 向こうからトゥランにやってきたのではない。海の向こうのトゥランという山からやってきたのであり,分 離構文と取るべき。Tulanが人の名なのか場所の名なのか馴染みがないことを配慮したためか,場所を表わ す前置詞paがついている。

 9) wiがあることで動詞の前に生起しているjuyu’が生まれた場所であることが示される。x-oj-aläx, x-oj-k’ajoläx

という対句は 3 度テキストに出てくる。同じ息子でもalは女性が呼ぶ際,k’ajolは男性が呼ぶ際に使われる。

これは古典期マヤ時代の碑文にすでに存在する。それが動詞化され受動態になったものである。文法篇

(3.2.3)に示しているように,男性から子供をいう場合,男女の区別がある(k’ajol/me’al)が,女性が子供 に言及する場合は男女ともalである。

(14)

3a3avitz çac te cauɧ quibi riki / xepe patulan

Q’aq’awitz Saktekaw ki-b’i ri qi x-e-pe pa Tulan10)

Q’aq’awitz Saktekaw A3PL-name D truly CMP-B3PL-come PR Tulan 確かにトゥランから来たものが,名前をクァクァウィツとサクテカウといった。

he cay chiachij heri xoɧ boço oɧ xahila ————/

je ka’-i’ chi achi je ri x-oj-b’os-o öj Xajil-a’11)

EMPL two-SUF PR man EMPL D CMP-B1PL-endender-AP C1PL Xajil-PL 我らを生んだのはこの 2 人の男であった。我らはシャヒルである。

2 章訳

 それでは,クァクァウィツといい,もう 1 人の名はサクテカウという最初の我らの父,我らの祖 父である彼らの言葉を書き記そう。彼らの言葉をここに記そう。「海の向こうから我らはやってき た。パ・トゥランが山の名前であった。そこは,我らの母,我らの父によって,我らが母の子,父 の子となったところである。汝ら,我らの息子よ」と父祖が言った。彼らの名前はクァクァウィツ とサクテカウで,確かにトゥラン(トゥリャン,トゥーラ)から来た人であった。我らシャヒルを 生んだのはこの 2 人であった。

3.

C va4a quibi ruhay ruchi namit ee 3eka4uch, ba4ahola çibakihay

wa k’a ki-b’i ru-jay ru-chinamit e’12) Q’eqak’üch, B’ak’ajola’ Sib’aqijay here well A3PL-name A3-house A3-lineage B3PL Q’eqak’uch B’ak’ajola Sib’aqijay それからここに家族,氏族の名前がある。それらはクェクァクッチ,バカホル,シバクィハイ。

1. 4atun / 4hutiaɧ quibi xeboço ba4ahola.

1. K’atun Ch’uti’aj ki-b’i x-e-b’os-o13) B’ak’ajol-a’.

1 K’atun Ch’uti’ Aj A3PL-name CMP-B3PL-engender-AP B’ak’ajol-PL ひとつ,バカホルを生んだのはカトゥンとチュティアフという名前である。

1. tzanat 3u3u chom quibi xeboço 3eka / 4uchij

1 Tzanat Q’uq’-u-chom ki-b’i x-e-b’os-o Q’eq-a-k’uch-i’

1 Tzanat quetzal-ADJ-shrimp A3PL-name CMP-B3PL-engender-AP black-ADJ-vulture-PL ひとつ,クェクァクッチを生んだのはツァナットとククチョムという名前である。

Daqui ahauɧ 4hahom ahauɧ xeboço çibaki hayi

Daki Ajaw Ch’ajom Ajaw x-e-b’os-o Sib’aqijay-i’

Daki Ahaw Ch’ajom Ajaw CMP-B3PL-engender-AP Sib’aqijay-PL シバクィハイを生んだのがダキ・アハウとチャホム・アハウである。

10) 接続詞なしで名詞句は並列され,ri以下は関係節と解釈できる。paは場所を表わす前置詞であるが,ここ では「~から」の例となろう。ri qi以下が一つの句であることを示している。

11) je riによりそれ以下の文が関係節であり,動詞形はb’os-oで行為者焦点化文であることがわかる。動詞につ

く人称には 1,2 > 3 人称の階層性があり,B1PLのojはここでは目的語を表わす。chi achiは「男の中の」

という意味であろうが,全体の文意からみると,ka’i’ achij「 2 人の男」とは違い,前文既出のクァクァウィ ツとサクテカウのことを指していることは間違いなく,限定される場合に使われるようで「この 2 人の男」

と訳すことにした。

12) in jay in chinamit “generación como linage” (OS)とあるのでXajilと同世代の家柄という訳が可能。

jeとeは自由交替である。eeと書かれているので,e’と転記したが,ふつうはeである。しかしwa...e’とみ た方がいいのかもしれない。

13) x-e-b’os-oのeは人称Bの 3 人称複数であり,b’o’s-oの主語とも目的語とも取れる。後ろに名詞が後続しな

い場合は,目的語となるが,このように後ろに名詞b’ak’ajola’がある場合は,どちらを指しているのかいう ことはできない。

(15)

xaoɧ caɧi chichi / namit ok xoɧpe patulan

xa oj kaj-i chi chinamït14) oq x-oj-pe pa Tulan just B1PL four-SUF PR lineage when CMP-B1PL-come PR Tulan

「我々がトゥランから来たときは,我々は確かにこの 4 つの氏族であった。

rioɧ cak chiqual vinak yxka4ahol quecha ————/

ri öj kaqchikel winäq ïx qa-k’ajol k-e-cha’

D C1PL Kaqchikel person C2PL A1PL-son ICP-B3PL-say 我々はカクチケル人である。汝ら我々の子供よ」と彼らは言う。

4ax4amar 4a vaue ri caveki

k’a x-Ø-k’am-är15) k’a wawe’ ri Kaweq-i’

then CMP-B3-take-IV then here D Kaweq-PL さてカウェック家がここまで連れてこられた(始まった)。

totomay xur caɧ quibi xeboço————

Totomay Xurkaj ki-b’i’ x-e-b’os-o16)

Totomay Xurkaj A3PL-name CMP-B3PL-engerder-AP その名もトトマイとシュルカフが彼らを生んだ。

xavi4ax / 4amar vaue ri ah quehayi xeboço

xawi k’a x-Ø-k’am-är wawe’ ri Aj Kejay-i’ x-e-b’os-o

also then CMP-B3-take-IV here D AG Kejay-PL CMP-B3PL-engender-AP そして同じく彼らを生んだケハイ家がここに連れてこられた(始まった)。

loch, xet, quibi xeboço

Loch, Xet, ki-b’i’ x-e-b’os-o

Loch Xet A3PL-name CMP-B3PL-engender-AP ロッチとシェットが彼らを生んだ名前である。

xavi4a x4am / ri aɧ pak, telom,

xawi k’a x-Ø-k’am ri Aj Paq, Telom17), also then CMP-B3-bring(PAS) D AG Paq Telom それからまたアフパックとテロムがもたらされた。

14) 数詞+chi+名詞の句は,前章のje ka’-i’ chi achiもそうだが,「この 4 つ」のように,限定的な意味がくみ 取れる。

15) x-k’amär「連れてきたfue traido (FP)」,Dayley(1985: 25)は受身の古形(“It was taken.” archaic passive)と いうが,Saens Santa Mariaはk’amar「始まるcomenzar」という意味を記している。190章では受け身として 使われている。

16) 以下関係代名詞のない関係節行為者焦点化文が続く。

17) paq, telomとコンマで区切られており,アフパックとテロムとすべきと思われる。実際RecinosやOtzoy

ふたつにわけている。しかし文の流れからkaweqiとkejayiは一つであるので,アフパックテロムと一つに すべきかもしれない。この一例しかないので,なんとも判断しがたいが,その解釈はMaxwell and Hillが採 用している。しかしkaweq-iもkejay-iもどちらも複数形であるのに対し,aj paq telomは単数形である。わ ざわざaj paq, telomとコンマで切ってあるので,前文のLoch, Xetや次の文のk’oxajil, K’ob’aqilのコンマが 別の人の並列であるのと同じように, 2 つで複数になるのであろう。しかし 4 分家を手がかりにすると,

Kaweqi, Kejayi, Aj PaqTelom, Iqomaq’iとなろう。するとコンマの意味は,同格で,ajpaqでありtelom,ajpaq すなわちtelomという可能性も否定できない。

(16)

4oxahil, 4obakil quibi xeboço————

K’oxajil, K’ob’aqil ki-b’i’18) x-e-b’os-o

K’oxajil K’ob’aqil A3PL-name CMP-B3PL-engender-AP コシャヒルとコバクィルが彼らを生んだ名前である。

quere nauiperi ykoma / 3i,

ke re’ nawipe ri Iqomaq’-i’, so D furthermore D Iqomaq’-PL さらにイクォマック家がこのようにして xavi 4ax4amar he4acaɧ 4hob

xawi k’a x-Ø-k’am-är je k’a kaj ch’ob’

also then CMP-B3-take-IV EMPL then four division 同じように 4 分派がもたらされた。

ri4axe4amar vaue he ama3 ————/

ri k’a x-e-k’am-är wawe’ je amaq’19)

D then CMP-B3PL-take-IV here EMPL tribe それから各家がここに始まった。

3 章訳

 ここにクェクァクッチ,バカホル,シバクィハイの一族の名前をあげよう。ひとつ,バカホルを 生んだのは,カトゥンとチュティアフという名前であった。ひとつ,クェクァクッチを生んだのは,

ツァナットとククチョムという名前であった。ダキ・アハウとチャホム・アハウがシバクィハイを 生んだ。

 「我らがトゥリャンから来たときは 4 つの氏族であった。我らはカクチケル人である。汝ら,我ら が子供よ」と彼らは言う。まずカウェック家がもたらされた。トトマイとシュルカフが彼らを生ん だ名前である。そして彼らを生んだケハイ家がここにもたらされた。ロッチとシェットが彼らを生 んだ名前である。そしてそれからアフ・パックとテロムがもたらされた。コシャヒルとコバクィル が彼らを生んだ名前である。さらにイクォマック家がそうだ。同じように 4 分家がもたらされた。

各家(部族アマック)がここに始まった。

18) 21章では,k’oxajil k’ob’aqil ru-b’iと単数のru-で受けている。単複の表示の曖昧な例のひとつである。k’oxajil

k’ob’aqilは必ず一緒に生起。

19) amaq’はpuebloという意味が辞書や歴史書にあげられている(amaq’ = el pueblo [PG: 181, SS: 45])。Carmack

(1973: 309)はhamlet, lineage, or settlementとして,refers to permanent but dispersed settlements located outside

the fortified centersとしている。Ximénezによると,amaq’は蜘蛛amの足のように周辺に拡がっている小さ

な町で,王侯が住むtinamitとは違うという(Orellana1984: 49より引用)。しかし 8 章ではuuq amaq’がトゥ ーラからやって来たというのであるから,場所ではなく部族の意味もあるに違いない。古典カクチケル語の 文法書を書いたFlores(1753: 53)はwinaq(人),amaq’(村,町pueblo)を集合名詞colectivoで格変化しな

indeclinable名詞としている。古典キチェ語の文法書を書いたAnleo(1630/32~1694)はcopulativo

indeclinable(曲用のない連結辞)やnombre copulativo(繋辞名詞)としているが,その編者であるAcuña

nombre colectivo(集合名詞)と注釈を加えている(Anleo 2002: 44–45)。集合名詞とすると,ronojel amaq’

は「すべての村」とともに「村の人すべて」ということになり,その構成員である部族tribeという意味が 浮き上がってくる。スペイン語のpuebloには確かに村や小さな町という意味があるが,それは第 3 義であ り,辞書の第 1 義は民族,国民,人民,第 2 義は,民衆,大衆,庶民であり,こちらの意味で訳されたと思 われる。

(17)

4.C He 4a4oɧ quitziɧ ri3a3avitz çac te cauɧ

je k’a k’oj ki-tzij ri Q’aq’awitz Saktekaw EMPL then exist A3PL-word D Q’aq’awitz Saktekaw クァクァウィツとサクテカウの言葉がある。

xere4aki ruxe quitziɧ vae / que cha4ari 3a3avitz çactecauɧ,

xere k’a qi ru-xe’ ki-tzij wa’e’ k-e-cha’ k’a ri Q’aq’awitz Saktekaw, only then true A3-root A3PL-word here ICP-B3PL-say then D Q’aq’awitz Saktekaw この彼らの言葉はもととなるものである。クァクァウィツとサクテカウが言う。

caɧi xpevi vinak patulan

kaj-i’ x-Ø-pe wi20) winäq pa Tullan four-SUF CMP-B3-come FM person PR Tullan

「人々は 4 つになってトゥリャンから来た。

chirelebal3iɧ / hun tullan

chi r-el-eb’al q’ij jun Tullan PR A3-leave-LOC sun, one Tullan 太陽の昇る東からひとつのトゥリャン。

hun chi4a chi xibal bay, hun 4a chukahibal 3iɧ

jun chi(k) k’a chi xib’alb’ay21), jun k’a ch-u-qaj-ib’al q’ij one more then PR underworld one then PR-A3-fall-LOC sun もうひとつはシバルバイから。もうひとつは太陽の沈む西から。

chiri4a / xoɧ pevi chukahibal 3iɧ

chi ri’ k’a x-oj-pe wi22) ch-u-qaj-ib’al q’ij PR D then CMP-B1PL-come FM PR-A3-down-LOC sun そしてあちらの西から我々は来た。

hun chivi4a chi4abovil

jun chi(k) wi k’a chi k’ab’owil23)

one more INT then PR idol もうひとつは,カボウィルから。

que re4a cahivi / tullan ri yx ka4ahol quecha,

ke re’ k’a kaj-i’ wi Tullan ri’24) ïx qa-k’ajol k-e-cha’, like this then four-SUF FM Tullan D C2PL A1PL-son ICP-B3PL-say つまりトゥリャンは 4 つあった。汝ら我らが子供よ」と彼らは言う。

20) 数と名詞の分離wi。kajiはwiにより副詞的な機能を持つと考えられる。

21) xib’alb’ayは地獄,冥界であり,天底nadirとする解釈があるが,マヤ人の方角の呼び順は東北西南であり,

それからすると北となろう。しかし,北はkaqiq’,南はxoqomil,西はaponib’al q’ij,東はreleb’al q’ij (PG)

である。kaq’ik “viento norte(北風)”,xokomil “viento tempestuoso(嵐のような風)(SS),chu xokon, chi

xokon “sur(南)(TC)。現代カクチケルでは上をpa jotol,下をpa xulanと言い,北と南に当てる。儀式言

語ではreleb’al kaqiq’とruqajib’al kaqiq’である(Maxwell and Hill 2006: 7)。しかしFilibertoの辞書では北 releb’al kaq’iq’, 南ruqajib’al kaq’iq’, 南風xokomilである。pa jotolが北(DC)であり,Xibalbayは地下世 界で下なので,Xibalbayは南pa xulanとなる。もしそうだとすると,伝統的な順とは逆となる。

22) 場所chiri前置のため動詞のあとにwi

23) k’ab’owil (「偶像idolo, estatua, imagen」)を天頂といい,北?

24) ke re...wi...ri構文(文法篇9.2.2.5参照)

(18)

chukahibal 4a3iɧ xoɧ pevi patullan /

ch-u-qaj-ib’al k’a q’ij x-oj-pe wi pa Tullan PR-A3-down-LOC then sun CMP-B1PL-come FM PR Tullan 我々は西の方のトゥリャンから来た。

4haka palouɧ 4a4o vi ri tullan

ch’aqa palow k’a k’o wi25) ri Tullan other side sea then exist FM D Tullan そのトゥリャンは海のむこう側である。

chiri4a xohalax vi ul xoɧ 4aholax / vipe

chi ri’ k’a x-oj-al-ä-x wi ul x-oj-k’ajol-ä-x wi pe26)

PR D then CMP-B1PL-son-SF-PAS FM hither CMP-B1PL-son-SF-PAS FM coming あちらで我らは母方の息子となった,我らは父方の息子となった,

rumakatee katata quecha-

r-uma qa-te’ qa-tata’ k-e-cha’

A3-cause A1PL-mother A1PL-father ICP-B3PL-say 我らの母,我らの父によって,と言う。

4 章訳

 ここにクァクァウィツとサクテカウの言葉がある。「それは自分たちの言葉の根元となるものであ る」とクァクァウィツとサクテカウが言う。「人々は 4 つに分かれてトゥリャンから来た。太陽の出 る東からひとつのトゥリャン。ひとつはシバルバイから。もうひとつは太陽の沈む西から。その太 陽の沈む西から我らは来た。もうひとつは,カボウィルから。つまりトゥリャンは 4 つあった。汝 ら,我らが子供よ」と彼らは言う。「西の方のトゥリャンから我らは来た。トゥリャンは海のむこう 側である。あちらで我らの母,我らの父によって我らは息子となった」と言う。

5.

Tan4a talax ri chay abaɧ,

tan k’a t-Ø-al-ä-x ri chay ab’äj, ACT then ICP-B3-son-SF-PAS D obsidian stone それから黒曜石が生まれた。

ruma / raxaxibal bay 3ana xibal bay

r-uma rax-a Xib’alb’ay q’an-a Xib’alb’ay27)

A3-cause green-ADJ Xibalbay yellow-ADJ Xibalbay 緑色のシバルバイと黄金のシバルバイによって

25) 場所前置のためのwi。k’aは文頭から 2 番目に生起することが多い。そうだとすると,ch’aqa palowは一語 と認識されていると見なされる。次の文のchi ri’もそう考えられる。

26) 場所前置のマーカーwiの方が方向詞ul, peより前。 2 番目の受動文も場所前置のwiがあることでchi ri’ 受けることがわかる。そこで我々の女系の男子が生まれ,我々の男系の男子が生まれきた。一方はul(「こ ちらにつく」),他方はpe(「来る」)と区別して表現している。 5 章にも同じ文がみられる。

27) rumaの後ろに生起する名詞は複数でありながら,それに照応する人称は,複数のk-とならずr-と単数扱い で あ る。xibalb’ay「 冥 界,悪 魔,精 霊,不 快 な も のlugar subterraneo; fantasma, demonio, duende; cosa desagradable (SS)」

(19)

tan4a ti4’ak vinak ruma 4’akol bi / tol

tan k’a ti-Ø-tz’aq winäq r-uma Tz’aqol B’itol28)

ACT then ICP-B3-invent(PAS) man A3-cause invent-AG create-AG それから人間がツァコルとビトルによって創られた。

tzukul ri chin ri chay abaɧ

tzuq-ül r-ichin ri chay ab’äj

sustain/offer candles-AG A3-for D obsidian stone 黒曜石を養う(にローソクを捧げる)人であった okx4’ak ri vinak panpo kon 4a xu / tzin vinak

oq x-Ø-tz’aq ri winäq pan poqön k’a x-Ø-utz-i-n winäq29)

when CMP-B3-invent(PAS) D man PR suffering then CMP-B3-good-SF-AP man 人が創られたとき,苦しみのなかで人ができあがった

xtiho chee, xtiho4axaki

x-Ø-tij-o che’, x-Ø-tij-o k’a xaq-i’30)

CMP-B3-eat-AP tree CMP-B3-eat-AP then leaf-PL 木を食べ,そして葉も食べた

ruyon uleuɧ xraɧ oc

ru-yon ulew x-Ø-r-aj ok A3-only earth CMP-B3-A3-want DIM ただ土を欲しただけであった。

mani / 4a x4hao mani xbiyin,

mani k’a x-Ø-ch’a’-o mani x-Ø-b’iyin31), NEG then CMP-B3-speak-AP NEG CMP-B3-walk

「まだ話さなかった。歩くこともなかった。

mani 4aruqui4el rutiohil xux,

mani k’a ru-kik’-el ru-ti’oj-il x-Ø-üx32), NEG then A3-blood-POS A3-flesh-POS CMP-B3-be まだ血も肉もなかった」

28) Tz’aqolとB’itolという 2 柱でありながら,それを受けるr-umaは単数扱いのr-である。

29) utzinは他動詞activoであるutzijの単項化(絶対)動詞形absoluto,自動詞neutroはutzir。

k’aは 2 番目に生起するのが普通であるから,pan poqönは後ろの文につくと解釈した。

30) x-Ø-tij-oが主語焦点化形であるので,winäqにかかる関係節とした。

31) 否定語のmaniには「誰もないnadie」という意味も記されているので,ここではそれが行為者焦点化文にふ さわしい。しかし絶対逆受動と取れば,maniは単なる否定詞で,「彼は話さなかったし歩かなかった」と解 釈できる。日本語に訳すと「できる」という意味を入れないと安定しないので,「できる」が含まれている と思われる。19段あとにx-e-ch’a’-o x-e-b’iyinとあるので,絶対逆受動と取った方がよいだろう。そうする と,絶対逆受動の接尾辞は,現代カクチケル語の-on/-unとは異なり,-o/-uであったことになる(文法篇参 照)。

b’iyinはb’iij「言う,話す,会話するhablar, decir, conversar」の絶対形か,それともb’iin「歩く,流れる,熟 れる,同棲するandar, caminar, fluir, madurar las frutas, juntarse los sexos entre los animales」なのか曖昧であ るが,テキストには「言う,話す」の意味でb’i’ij/b’i’inがあるので,b’iyinは「歩く」を意味すると判断し た。

32) いわゆるbe動詞文は名詞の並列で動詞は必要ないが,be動詞文の過去形は最後に生起。

(20)

que chae / nabey katata kamama yx nu4ahol,

k-e-cha’ e33) nab’ey qa-tata’ qa-mama’ ïx nu-k’ajol, ICP-B3PL-say B3PL first A1PL-father A1PL-grandfather C2PL A1-son と,最初の我らの父,我らの祖父は言った。汝ら,我が子供たち。

mani 4ax canay rixoc 4arunah / 4a x canay rixoc

mani k’a x-Ø-kanay ri xok k’a runaj34) k’a x-Ø-kanay ri xok NEG then CMP-B3-be found D hoe then slowly then CMP-B3-be found D hoe まだ木鍬は見つからなかった。しばらくして木鍬が見つかった。

xae cay chichicop etemayon 4o vi riecha

xa e ka’-i’ chi chiköp Ø-etam-ay-on k’o wi ri echa’35)

only PL two-SUF PR animal B3-know-AG-PER exist FM D food 2 匹の動物が知っているところに食べ物があった。

pam paxil / rubi huyu 4o vi

Pam Pax-il ru-b’i’ juyu’ k’o wi PR Paxil A3-name hill exist FM 山の名がパム・パシルというところにあった。

hari chicop Vtiuɧ kochquibi

ja ri chiköp utiw qo’ch ki-b’i’

EMP D animal coyote crow A3PL-name その動物とは,コヨテとカラスという名前であった。

xa4a parachak xcanay / vi

xa k’a pa r-achäq x-Ø-kanay wi

just then PR A3-sediment CMP-B3-be found FM ちょうど澱の中に探しあてられた。

tok xcamiçax 4ari chicop Vtiuɧ,

toq x-Ø-kam-isä-x k’a ri chiköp utiw36), when CMP-B3-death-CAUS-PAS then D animal coyote 動物のコヨテが殺されたとき,

xpo4h el chupam ri yxim

x-Ø-poch’ el ch-u-pam ri ixim37)

CMP-B3-burst(PAS) out PR-A3-stomach D maize トウモロコシが内から割れ出てきた。

33) eが複数を表わす(Brinton 1884: 362)。

34) k’a runaj「少し後でun poco más tarde (SS)」

35) 「その 2 匹の動物だけが食べ物のあるところを知っていた」と訳せるかもしれないが,次の文と構造的に同 じであり,k’oのあとに場所前置を知らせるwiがあるところから,訳文のように訳すべきであろう。

36) 分類名詞としてchiköpが使われている。文意からみて,明らかにtoq節が主節に前置されている例といえる。

37) 文法的には「トウモロコシの中から」と訳せそうだが,文脈からはそう訳さないほうが適切である。前置詞 句の方が主語より前のVLSと解釈せざるを得ない。前置詞句の方が主語より前のVLSという語順は現在で も踏襲されている。

(21)

tan 4a / ti be canox yo3 bal richin ruma chicop tiuɧ tiuɧ rubi,

tan k’a ti-Ø-b’e-kan-ö-x yoq’-b’äl r-ichin38) r-uma chiköp tiwtiw ru-b’i’, ACT then ICP-B3-go-seek-SF-PAS knead-I A3-for A3-cause animal sparrowhawk A3-name ハイタカという名の動物によってそれを捏ねる棒が探されていた。

4achupam palouɧ / xpe vi ru ma tiuɧ tiuɧ

k’a ch-u-pam palow x-Ø-pe wi r-uma tiwtiw39)

then PR-A3-in sea CMP-B3-come FM A3-cause sparrowhawk 海の中からハイタカによってきた。

ruqui4el tixli cumatz xoc xyo3bex ri chin / ri yxim

ru-kik’-el tixli kumätz x-Ø-ok x-Ø-yoq’-b’ë-x r-ichin ri ixim40)

A3-blood-POS tapir snake CMP-B3-enter CMP-B3-knead-I-PAS A3-for D maize 野豚と蛇の血が加えられ,それが使われてトウモロコシを捏ねた。

x4’ak bex ri chin rutiohil vinak ruma 4’akol bitol

x-Ø-tz’aq-b’ë-x r-ichin ru-ti’oj-il winäq r-uma Tz’aqol B’itol41)

CMP-B3-create-I-PAS A3-for A3-flesh-POS man A3-cause Tz’aqol Bitol それ(トウモロコシ)がツァコルとビトルによって使われて人間の肉をこしらえた。

4ahaki e / (p.19) tam a yom ri 4’aqol, bitol alom 4aholom,

k’a ja qi Ø-etam-ay-om42) ri Tz’aq-ol, B’it-ol Al-om K’ajol-om, then EMP true B3-know-IV-PER D build-AG create-AG son-AG son-AG ツァコルとビトルとアロムとカホロムは本当に知っていた。

hexe4’ako vinak 4’ak que cha- /

je x-e-tz’aq-o winäq tz’aq k-e-cha’

EMPL CMP-B3PL-create-AP man create CP-B3PL-say 彼らが人間を創った。できた,という。

xutzin 4a vinak 4’ak

x-Ø-utz-i-n k’a winäq tz’aq CMP-B3-good-SF-AP then man create それから人間がよくなった。できあがった。

38) kanöxはkanoj「探す」の受動。名詞分類詞としてchiköp.。richinyoq’b’älの目的語であろう。

39) 自動詞だがrumaが生起。peは「もってこられた,もたらされた」という意味となろう。

40) 入れた野豚と蛇の血でもってトウモロコシが捏ねられたのであり,この受動文の意味上の主語はrichin ri iximである。しかしそれが使われたという「それ」,すなわち「豚と蛇の血」が受動態になったとも解釈で きそうな構文となっている。

41) 道具格受動,目的語が斜格richinで,行為者が斜格rumaであるのでri iximが構文上の主語となると解釈さ れる。しかし,捏ねられたトウモロコシがツァコルとビトルによって使われて人間の肉が創られるのであ り,文の意味上の主語となるのは人間の肉richin ruti’ojil winäqであろう(文法篇8.8参照)。

42) 10段前ではetamayonであったが,ここではetam-ay-omである。k’ajolomは「息子を持つ人el que tiene hijos

(Flores: 223)」で他動詞k’ajolajからの派生語だが,ここでは神話の人物名として使われている。k’aja「ちょ っと前にhace poco (SS)」,k’a ja ri「正確に,まさにexactamente, ni mas ni menos (SS)」という意味もある。

(22)

oxlahuɧ achij cahlahuɧ 4a yxok xux, x4ohe ru vi /

ox-lajuj achi kaj-lajuj k’a ixöq x-Ø-üx, x-Ø-k’oj-e’ ru-wi’43)

three-ten man four-ten then woman CMP-B3-be CMP-B3-exist-IV A3-top 13人の男と14人の女が生成した。余分に存在した。

4ate 4aok xe4hao xebiyin

k’atek’a oq x-e-ch’a’-o x-e-b’iyin later when CMP-B3PL-speak-AP CMP-B3PL-walk それから彼らは話し,歩いた。

x4ohe qui qui4el quitiohil xe4ulu4uxin4a, /

x-Ø-k’oj-e’ ki-kik’-el ki-ti’oj-il x-e-k’uluk’ux-i-n k’a44), CMP-B3-exist-IV A3PL-blood-POS A3-PL-flesh-POS CMP-B3PL-contradict-SF-AP then 彼らには血が,肉があった。彼らは反対のことを言った。

he 4a cay rixhayil hun xux,

je k’a ka’-i’ r-ix-jay-il jun x-Ø-üx, EMPL then two-SUF A3-AG-house-RS one CMP-B3-be

1 人が 2 人の妻をめとった。

Quere 4ax la3o vi vinak ri quecha oɧer vi- / nak

ke re’ k’a x-Ø-laq’-o wi winäq ri’45) k-e-cha’ ojer winäq like D then CMP-B3-marry bigamously-AP FM person D ICP-B3PL-say ancient person つまりその人は妻がいるのに結婚したと,古人は言う。

yx ka4ahol ïx qa-k’ajol C2PL A1PL-son 汝,我らの子供よ。

xemealan xe4aholan 4a rihe nabey vinak

x-e-me’al-a-n x-e-k’ajol-a-n k’a ri je nab’ey winäq46)

CMP-B3PL-daughter-SF-AP CMP-B3PL-son-SF-AP then D EMPL first person 最初の人たちが娘を産み,息子を産んだ。

quere4aru / banic vinak rij

ke re’ k’a ru-b’an-ik winäq ri’

so D then A3-make(PAS)-N person D このように人間の創造があった。

43) ru wiのwiは「頭,一番高いところ,髪」であるが,「端,余分 extremidad, sobras de cualquier cosa (TC)」

という意味もある。

44) k’ojが過去形になると-eが必要でx-k’ojeとなる。

k’uluk’uxin「反対のことを言う,矛盾したことをいうcontradecir (SS)」

45) laq’「離婚する,または最初の妻が生きているのに 2 度目の結婚をするhacer divorcio, o casarse segunda vez, siendo viva la primera muger (OS)」。ke re’...wi...ri’構文(文法篇9.2.2.5参照)

46) 絶対逆受動の動詞句が 2 つ並列され,その主語je nab’ey winäqが両方の動詞句の主語として使われている。

(23)

querenavipe rubanic chay abaɧ ri,

ke re’ nawipe ru-b’an-ik chay ab’äj ri’, so D furthermore A3-do-N obsidian stone D このようにしてまた黒曜石の創造があった。

4apal47)4aruchi ri tu / llan xoɧ pe vi,

tz’ap-äl k’a ru-chi’ ri Tullan x-oj-pe wi, close-POADJ then A3-mouth D Tullan CMP-B1PL-come FM われわれが来たトゥリャンの入り口は閉まっていた。

xahun chiço4’4’apibal ru chij ri tullan

xa jun chi sotz’ tz’ap-ib’äl ru-chi’ ri Tullan just one PR bat cover-LOC A3-mouth D Tullan ただ 1 匹のコウモリが,トゥリャンの入り口を覆っていた。

xohalax viul xoɧ / 4aholax vipe

x-oj-al-ä-x wi ul x-oj-k’ajol-ä-x wi pe48)

CMP-B1PL-son-SF-PAS FM hither CMP-B1PL-son-SF-PAS FM coming そこで我々の女系の男子が生まれ,我々の男系の男子が生まれきた。

xya vipe ri ki kan chi3e kum chia3a,

x-Ø-ya’ wi pe ri q-iqa’n chi q’eq-um chi aq’a’, CMP-B3-give(PAS) FM coming D A1PL-burden PR black-N PR night そこで我らの荷が,暗闇の中,夜中に与えられた。

yx ka4ahol, xecha can / ri 3a3avitz çactecauɧ

ïx qa-k’ajol, x-e-cha’ kan ri Q’aq’awitz Saktekaw C2PL A1PL-son CMP-B3PL-say remaining D Q’aq’awitz Saktekaw 汝ら,我々の息子よ,とクァクァウィツとサクテカウが言い残した。

yx nu4ahol xa4a mani xqui meztaɧ rutzihoxic /

ïx nu-k’ajol xa k’a mani x-Ø-ki-mes-ta-j ru-tzij-o-x-ik49)

C2PL A1-son only then NEG CMP-B3-A3PL-sweep-SF-TV A3-word-SF-PAS-N 汝ら,私の息子よ。彼らは言われたことを決して忘れなかった。

he4iyaley chie kamama

je k’iy-aley chi e qa-mama’50)

EMPL many-SUF INT PL A1PL-grandfather 彼らはたいへん優れた我らの祖父たちだった。

47) 原文では4apalと書かれているが, 4’apalすなわちtz’apalであろう。

48) wiのあとにul/pe。wiがあることで,トゥリャンの場所でということが示されている。 4 章参照。

49) 動詞の名詞化ru-tzijoxikは動詞の意味する行為が行われたあとのことを示す名詞であり,意味する行為が行 われる前ではないことを示している。

50) k’iyaley「~に勝ったもの lo que supera, lo que sobrepuja, el exceso (SS)」

maij chi jay「とても大きな家muy grande casa」,tij chi tew「とても寒いmuy grande frio,ja jabab「大雨muy grande aguacero」,tij chik chi ala「とても大きな子ya está muy grande el muchacho」(Flores: 275),chiには 強調の意味がある。

(24)

4oɧ quitziɧ oher tak chibal 4a quichin vae.-

k’oj ki-tzij ojer taqchi-b’äl k’a k-ichin wa’e’.

exist A3PL-word ago temptation-I then A3PL-for here 昔ここで彼らを惹きつけた彼らの言葉があった。

 それから緑色のシバルバイ(悪魔)と黄金色のシバルバイによって黒曜石が生まれた。それから5 章訳 黒曜石を育むためにツァコルとビトルによって人間が創られた。人が創られたとき,苦しみの中で 人ができあがり,木を食べ,葉を食べた。ただ土を欲しただけであった。「まだ彼は話すことも,歩 くこともできなかった。血も肉体もなかった」と最初の我らの父,我らの祖父は言った。「汝ら,我 らの子供たちよ」。

 まだ木鍬は見つからなかった。しばらくして木鍬が見つかった。 2 匹の動物だけがパシルという 山の食べ物のあるところを知っていた。その動物とは,コヨテとカラスという名前であった。ちょ うど澱の中に探しあてられた。動物のコヨテが殺されたとき,トウモロコシが内から割れ出てきた。

その間に捏ね棒がハイタカという名の動物によって探され,ハイタカによって海の中からもってこ られた。野豚と蛇の血がトウモロコシに入れられ,捏ねられて,それでもって人間の肉がツァコル とビトルによってこしらえられた。ツァコルとビトルとアロムとカホロムは確かに知っていた。彼 らが人間を創ったのだ。「できた」という。それから人間が完成した。できあがった。

 13人の男と14人の女が生成した。女は 1 人余分に存在した。それから彼らは話し,歩いた。彼ら には血が,肉があった。彼らはつじつまの合わないことを言った。「 1 人が 2 人の妻をめとった。つ まりその人は重婚した」と,古老は言う。汝,我らの子供よ。最初の人は娘を産み,息子を産んだ。

このように人間の創造があった。同じように黒曜石の創造があった。

 「我らが来たトゥリャンの入り口は閉まっていた。ただ 1 匹のコウモリが,トゥリャンの入り口を 覆っていた。そこで我らの女系の男子が生まれ,我らの男系の男子が生まれきた。そこで我らの荷 が,夜の暗闇の中で与えられた。汝ら,我らの息子よ」とクァクァウィツとサクテカウが言った。

汝ら,私の息子よ。語られたことを彼らは決して忘れなかった。我らの祖父達はとてもすぐれてい た。ここに彼らを惹きつける言葉があった。

6.

C Tok xoɧ pi xabax 4ape ruma katee katata

toq x-oj-pixab’-ä-x51) k’a pe r-uma qa-te’ qa-tata when CMP-B1PL-order-SF-PAS then coming A3-cause A1PL-mother A1PL-father 我らの母と我らの父によって我らが命令されたとき,

oxlahu4hob 4a vukama3 / oxlahuɧ 4hob 4a aɧ labal

ox-laju ch’ob k’a wuq amaq’ ox-lajuj ch’ob’ k’a aj lab’al three-ten division then seven tribe three-ten division then AG war

7 つの部族は13の隊。戦士は13の隊。

ok xoɧ pe pa tullan, chi3e kum chia3a,

oq x-oj-pe pa Tullan, chi q’eq-um chi aq’a, when CMP-B1PL-come PR Tulan PR black-N PR night 我らが暗闇の中で,夜に,トゥリャンからやって来たとき,

51) pixab’ajは「なにかをするように命令するmandar a otro que haga algo (OS)」,「用意する,警告する,処理 する,許す,指定する,委任するapercibirse, despachar, dispensar, emplazar, licenciar, mandar (TC)」,「許可 する,許す,委託する,準備するdar permiso, permitir, encomendar, preparar (SS)」などがあり,文脈によ っても一義的に決めることが難しい語である。pixab’「最後の助言を与えるdar consejo final (Carmack and Mondloch 1989: 124)」

参照

関連したドキュメント

Thus as a corollary, we get that if D is a finite dimensional division algebra over an algebraic number field K and G = SL 1,D , then the normal subgroup structure of G(K) is given

Fulman [10] gave a central limit theorem for the coefficients of polynomials obtained by enumerating permutations belonging to certain sequences of conjugacy classes according to

(The Elliott-Halberstam conjecture does allow one to take B = 2 in (1.39), and therefore leads to small improve- ments in Huxley’s results, which for r ≥ 2 are weaker than the result

This paper gives a decomposition of the characteristic polynomial of the adjacency matrix of the tree T (d, k, r) , obtained by attaching copies of B(d, k) to the vertices of

For a complete valuation field k and a topological space X, we prove the universality of the underlying topological space of the Berkovich spectrum of the Banach k-algebra C bd (X,

Using the previous results as well as the general interpolation theorem to be given below, in this section we are able to obtain a solution of the problem, to give a full description

F rom the point of view of analysis of turbulent kineti energy models the result.. presented in this paper an be onsidered as a natural ontinuation of

This seminal work gave rise to a series of papers including [6, 7, 8, 10, 14, 15, 16, 17, 18, 19], where one considers matrix valued spherical functions associated to a