[ 要 旨 ] 平 成 二 十 六 年 度 に 日 本 女 子 大 学 文 学 部 日 本 文 学 科 で 入 手 し た 大 蔵 流 茂 山 千 五 郎 家 の 狂 言 台 本 二 十 七 冊 の う ち、 茂 山 眞 一 の 署 名 と「 茂 山 文 庫 」 の 印 のある『鶏猫』と、 茂山社中、 橋本治夫の署名や印のある『二九十八』 『呂蓮』 『長光』の四作品を翻刻した。
『長光』 ・サ行イ音便 [キーワード] …茂山千五郎狂言台本 ・『鶏猫』 ・『長光』 ・『二九十八』 ・『呂蓮』 ・ の特徴ともいえるサ行イ音便が多用されているところに特徴がみられる。 た 資 料 で あ る。 千 五 郎 家 台 本 は 同 時 期 の 和 泉 流 野 村 家 の 台 本 と 比 較 し、 狂 言 が、 当 該 書 も 同 様 に 大 正 末 か ら 昭 和 初 期 の 茂 山 家 千 五 郎 家 の 狂 言 を 書 き 留 め
茂 山 眞 一 は 三 世 茂 山 千 作 で、 現 在 の 茂 山 千 五 郎 家 狂 言 一 八 四 曲 を 整 理 し た
日本女子大学日本文学科で平成二十六年度に購入した大蔵流茂山千五 郎家の狂言台本二十七冊のうち、平成二十七年度に『千鳥』 『狐塚』 『入 間 川 』『 末 廣 か り 』 を 翻 刻 し た が
(1)、 今 回 は、 平 成 二 十 九 年 度 日 本 語 学 演 習で取り上げた『鶏猫』 『二九十八』 『呂蓮』 『長光』の四作を翻刻する。 書 誌 な ど は す で に 報 告 し た が、 『 鶏 猫 』 は 表 紙 に「 茂 山 文 庫 」 の 印、 裏 表紙に茂山眞一の署名と花押があり、他の三作品は「茂山社中 橋本治 大蔵流茂山家狂言台本翻刻
坂本清恵・川上真由子・林美樹・シラージ アンドレア
夫」によるもので、いずれも大正末から昭和初期にかけて茂山千五郎家 の狂言を書き留めたものである。
同時期に出版された和泉流野村家の台本と比較すると、狂言に特徴的 なサ行イ音便の出現に相違がみられる。和泉流野村家の台本にはイ音便 が少なく、大蔵流茂山家の台本にイ音便が多く、その相違がはっきりし てい る
(2)。また、大倉浩氏が狂言記正編のイ音便の例が「さす」をはじめ、 全て語幹末母音がア列音の動詞の例であると指摘している が
(3)、和泉流野 村 家 台 本 の イ 音 便 の 例 が こ れ に 合 致 し、 「 致 す・ 被 ら か す・ で か す 」 に のみイ音便が現れる。これに対して、大蔵流茂山家の台本には語幹末ア 列音で終わる「致す ・ でかす ・ 話す」などはもちろん、ア列音以外の「隠 す・殺す・直す・許す」にもイ音便が現れる。前回と今回の合計八作品 におけるサ行イ音便と非音便の現れ方は以下のとおりである。不明とし たものは、送り仮名がないものである。狂言の特徴的なものとしてサ行 イ音便を多用していることがわかる。
翻刻にあたって
・ 漢 字 か な 交 じ り の 本 文 で あ る が、 促 音 の 書 き 表 し 方 が 書 写 者 に よ っ て 異なり、本文に並書きで書き込まれる場合、後から本文脇に「ツ」と添 えられる場合、本文脇に「ツメ」と書き添える場合がある。本文脇に促 音を後から書き入れたものは「ッ」として本文に組み入れた。 ・ 節 付 け の あ る 部 分 に つ い て は、 文 字 の み 翻 刻 し、 胡 麻 章 が 施 さ れ た 部 分には傍点を付した。 ・『 鶏 猫 』 に 書 き 込 ま れ た 役 柄 な ど、 朱 の 書 き 込 み は[ ] に 入 れ て 示 した。 ・『 二 九 十 八 』 に あ る、 本 文 の 左 に 朱 で 書 き 込 ま れ た ト 書 き は〈 〉 で 囲んで本文行に翻刻をした。 ・「 迠 」 は「 迄 」 に 翻 刻 し た。 「 水 」 を「 氷 」 と す る な ど、 明 ら か な 誤 字 は直した。 なお、 『鶏猫』の翻刻は全員で分担し、 『二九十八』はシラージ・アン ドレア、 『呂蓮』は林美樹、 『長光』は川上真由子が担当した。
翻刻『鶏猫』
[内大名] (茂山文庫) [内神文] 大蔵流
鶏猫 六義【表紙】
鶏猫 [ 大 ] 是 は 伊 豫 の 国 の 住 人。 高 野 の 某 で す。 此 間 某 の 秘 蔵 の 猫 が 見 へ 舛 せぬに依て。色〳〵尋ぬれ共。兎角行衛が知れ舛せぬ。夫に付思案を致 いた事が御座る。先太郎官者を呼出し申付る事が御座(大名物呼出/常 の 通 り )【 一 オ 】 汝 を 呼 出 す は。 別 成 事 で も 無 い 兼 て 尋 ぬ る。 猫 の 行 衛 は 何 と し た。 [ 太 ] 去 れ は 其 事 で 御 座 る 我 等 も 方 々 と 詮 義 致 舛 る が 今 に 知れ舛せいで。 迷惑致し舛る。
[大]
夫ならば。 此上は高札に立ひ。 [太] 畏て御座る[大]高札の表には。猫の行衛を【一ウ】申来る者が有らば。 勲 功 は こ う に 依 る べ し と 打 て を け[ 太 ] 心 得 舛 し た。 [ 大 ] 又 申 来 る 者 有らば此方へ 奏
[ソー]をせい。 [太] 畏て御座る。 [大] ヱイ
引[太] ハア
引[太] 扨 も 〳〵 一 段 の 事 を 仰 出 さ れ た。 急 ひ で 高 札 を 打 ふ 是 〳〵 こ れ で 能 ふ
サ行イ音便 サ行非音便 サ行不明 致す 15 貸す1 思し召す 2 追い走らかす4 指す 1 追い払らかす1 済ます 1
遣す1 出す 2
隠す1 話す 1
翳す1 申す17
食わす1
殺す 6
探す1
済ます3
出す7
でかす2
直す5
流す1
成す3
話す5
囃す1
許す3
御 座 る【 二 オ 】[ 子 ] 罷 出 為 者 は 此 當 り に 住 居 致 す 者 で 御 座 る。 此 国 の 守護人。御秘蔵の猫を失われ。色〳〵御尋被成るれど。兎角知れぬと有 て。猫の行衛を申来る者有らば。勲功はこうに依るべしと。高札を打れ たと申。扨夫に付【二ウ】御秘蔵の猫は。某の親が殺いて御座る。もし 此 事 が。 余 人 の 口 か ら 御 耳 へ 入 た な ら ば。 親 子 は 申 に 不 及。 一 門 迄 も。 迷 惑 致 す 程 に 此 事 を 某 が 申 上。 此 度 の 勲 功 に。 親 の 命 を 申 受 ふ と 存 る。 乍去。誠か偽りか参て見ふと存る。先急で【三オ】参ふイヤ誠に。もし 此事が誠で御座らば。某の望みを叶へてもらをふと存る。イヤ参る程に 早是に高札が有る。 すれば誠で御座る。 急で此由申上ふ (案内/常通) [太] 案 内 と は 誰 そ。 [ 子 ] 高 札 の 表 に 付 て 参 た 物 で 御 座 る 其 通 り 仰 ら れ て 被 下い。 [太] 其【三ウ】 由申上ふ。暫く夫に待たしめ [子] 心得舛した。 [太] 申 上 舛 る 高 札 の 表 に 付 て。 稚 い 者 が 参 て 御 座 る。 [ 大 ] 何 じ や 高 札 の 表 に付て。稚い者が来たと言か。 [太]左様で御座る。 [大]夫は一段の事 じや。早ふ是へ通せ。畏て御座る。イヤ能ふ〳〵斯通【四オ】通らしめ。 [ 太 子 ] 畏 て 御 座 る。 [ 太 ] 申 此 者 で 御 座 る。 [ 大 ] ヤ イ 〳〵 汝 は 何 く の 者じや。 [子]私は此當りの者で御座る。 [大]そちは猫の行衛を知てい る か。 [ 子 ] 如 何 に も 存 て 居 り 舛 る。 [ 大 ] 夫 な ら ば 何 者 が 捕 へ て い る 早 ふ 言 て 聞 せ い。 [ 子 ] 何 が 扨【 四 ウ 】 申 上 舛 せ ふ が。 高 札 に は。 勲 功 は功に寄るべしと御座るが。若是が誠で御座らば。私の望みを叶へて被 下るゝか。 [大]何成共叶へてとらせふ。 [子]迚もの事に御誓言を以て 承 り 度 ふ 御 座 る。 [ 大 ] 弓 矢 八 幡 偽 り は 言 わ ぬ。 早 ふ 言 て 聞 せ い。 [ 子 ] 夫ならは申上舛 【五オ】 せふ。 此所の。 藤三郎と申者が殺いて御座る。 [大] 何 藤 三 郎 が 殺 い た。 [ 子 ] 中 〳〵。 [ 大 ] 言 語 同 断 悪 い 奴 じ や。 す れ ば 碇と見届たか。 [子]加様申上舛るからは。偽りは申舛せぬ。 [大]夫な らば汝を。後日の證據に立る程にそふ心得い。 [子]畏て御座る【五ウ】 [大]先夫へ寄ていよ。 [子]心得舛した[大]ヤイ〳〵太郎官者。 [太] 何 事 で 御 座 る。 [ 大 ] 今 の を 聞 た か。 [ 太 ] 如 何 に も 承 て 御 座 る。 [ 子
ママ] 扨〳〵憎い奴じや。急ひで藤三郎を引立て来い。 [太]畏ては御座れ共。 アノ藤三郎は。日頃心得た者で御座るに依て【六オ】私一人では成舛る まい。 [大] ムヽ夫ならは両人の者をも連て行け。 [太] 心得舛した。 [大] 亦 ぬ か る な。 [ 太 ] ぬ か る 事 で は 御 座 ら ぬ。 [ 大 ] 早 ふ 行 け。 [ 太 ] 畏 て 御座る。 [大] ヱイ
引[太] ハア
引能〳〵両人の者をりやるか [両] 是 にいる。 [太]兼て御尋ねな【六ウ】さるゝ。猫の行衛が知れぬと有て。 高札を立させられたれば。此所の藤三郎が殺いたと言て。証人致いた者 が有に依て。急で藤三郎を召とれと仰付られたが。き奴は。日頃心得た 者じやに依てすは参るぞ懸かるぞでは【七オ】召取られまいが。何とし た 物 で 有 ふ ぞ。 [ 次 ] お し や る 通 り き 奴 は 日 頃 大 力 な 者 じ や に 依 て 聊 爾 には召取られまいが。何とが能かろふぞ。 [三]誠に何とた物で有ふぞ。 [ 太 ] イ ヤ 能 い 事 が 有 る。 先 が 先 へ 往 て 案 内 を 乞 う て 呼 出 そ ふ 程 に。 和 御【 七 ウ 】 料 達 は 間 合 を 見 て 縄 を か け さ し め。 [ 両 ] 是 は 一 段 の 調 儀 で お り や る。 [ 太 ] 夫 な ら ば 身 共 は 先 へ 行 程 に。 つ が い の 抜 け ぬ 様 に 来 て 呉さしめ。 [両] 心得た。 [太] 必ぬかるまいぞ。 [両] ぬかる事では無い。 早 ふ 行 か し め 心 得 た。 [ 太 ] 何 と ぞ ま ん ま と【 八 オ 】 し お ふ せ 度 い 物 じ や イ ヤ 参 る 程 に 早 是 じ や。 先 案 内 を 乞( 案 内 / 常 通 )[ 太 ] 今 来 る も 別 成事でもおり無い。頼ふだ御方チトそなたに急な御用が有との事じや急 で 御 出 や れ。 [ 仕 手 ] 何 某 に 急 の 御 用。 [ 太 ] 中 〳〵。 [ 仕 手 ] イ ヤ 夫 な らは追付て行う。 【八ウ】 [太] サア〳〵おりやれ〳〵。 [仕手] 参る〳〵。 扨某に急な御用とは何で有ふぞ。 [次] が
ツメき め。 [仕手]何とする。 [三] 取たぞ。 [仕手]憎い奴の。 [太]サア〳〵早ふ縄を懸さしめ〳〵。 [次] が き
ツメめ。 [ 仕 手 ] 何 と す る。 [ 次 ] 何 と す る と 言 て 覚 が 有 ふ。 [ 太 ] 出 か
い た【 九 オ 】 〳〵。 急 い で 引 立 て お り や れ 某 は 申 上 ふ。 [ 両 ] 心 得 た サ ア 〳〵 行 け 〳〵。 [ 仕 手 ] 扨 も 〳〵 苦 〳〵 敷 い 事 じ や。 [ 太 ] 申 上 舛 る。 藤三郎を召取て参り舛した。 [大] 夫は出かいた。急で是へ連て来い [太] 畏て御座る。サア〳〵早ふ【九ウ】連て渡しめ。 [両]心得た。 [大]ヤ イ 〳〵 汝 は 某 の 秘 蔵 の 猫 を 殺 た と 言 が 誠 か。 [ 仕 手 ] 是 は 思 ひ も 寄 ら ぬ 事 を 御 尋 ね 被 成 る ゝ。 私 は 左 様 な 猫 は 終 に 見 た 事 も 御 座 ら ぬ。 [ 大 ] イ ヤ〳〵しかと汝が殺いたと言者が有つゝまずと言へ。 [仕手] 御詞を 【十 オ】返舛るは如何がでは御座れ共。私は 曽
[カツ]で存ませぬ。夫は定めて。人 違ひで御座ろふ。 [太] 是にはたしかな證據が有が。 夫でも知らぬか。 [子] 其證據には。 私が立舛した。 [仕手] ヤア何己が申上た。 [子] 中〳〵。 [仕 手]やあら己は憎い奴の。如何に【十ウ】稚い者じやと言て。親のとが を申上グれば。汝迄御とがめの有事を知ていながら。己の口から申上げ。 親を此様に縄目に逢すと言事が有者か乍去此上は是非に及舛せぬ真すぐ に申上せふ。 [大]早ふ言へ。 [仕手]何を隠し舛せふぞ【十一オ】私も。 秘蔵の鶏を乞うており舛るが。此間何ヅ方からやら猫が参り。鶏をくわ へて逃舛るに依て。何心無ふ打殺いて御座るが。見舛すれば承り及ふだ。 御秘蔵の猫で御座る。若此事が知れ舛したならば御咎めも有ふ 【十一ウ】 と存じ。深く隠いて御座る。又是成者は。私の一子で御座るが親を見捨 御忠節申た者で御座ろふ。殿の為には忠の者。私の為には。此子が敵で 御 座 る。 乍 去 加 様 に 申 上 舛 る か ら ば。 何 卒 命 を 助 け て 被 下 い。 [ 大 ] 能 ふこそ【十二オ】申上たれ。乍去。汝が敵は猫にて有物を。何とて我等 子を敵とは申ぞ。 [仕手]是は御詞とも覚へ舛せぬ。猫の敵はにわとり。 私 の 敵 は 此 子 て は 御 座 ら ぬ か。 [ 大 ] イ ヤ 〳〵 猫 の 敵 は 汝 に 定 た。 と こ を言へは時刻が移る。只一ト打にして 遣
[呉]ふ。 【十二ウ】 [子]アヽ悲しや 先待たせられい。 [大]何と待てとは。 [子]此度の勲功に。親の命を助 て 被 下 い[ 大 ] 夫 な ら ば な ぜ 申 上 た。 [ 子 ] 去 れ ば 其 事 で 御 座 る。 若 此 事が余人の口より御耳へ入たならば。親子は申に及ず。一門迄も迷惑致 そふと存じ申上【十三オ】舛した。何卒此度の勲功に親の命を助けて被 下 い。 [ 大 ] ム ヽ 汝 の 言 所 は 尤 な れ 共。 此 者 は 咎 有 者 じ や。 助 く る 事 は 成らぬ。そこを退け只一ト打にして呉う。 [仕手] 先待たせられい。 [大] 何 と 待 て と は。 [ 仕 手 ] 夫 に 付 思 ひ 出 す 事 が 御 座 る。 【 十 三 ウ 】 昔 敬
[ケイヨーコク]養國 の民の者病をうけ羊をふくして直ると言夢を見て。帝御秘蔵の羊 を盗み。 夫をぶくして息才とは成たれ共。 帝 逆
[ゲキリン]鱗 舛しまし高札を立られ。 勲 功 に 親 の 命 を 申 請 ん が 為。 子 が 證 據 に 立 て。 命 を 助 た 例
タミシも 御 座 ら ば 【 十 四 オ 】 何 卒 私 も 命 を 助 て 被 下 い[ 子 ] 其 上 子 が 證 據 に 立 て。 親 を 殺 させては。天道の罸も恐敷ふ御座るに依て。此上は私から先へ御成敗被 成て被下い。 [大]扨て〳〵。汝は。年にも似合ぬこびた事を言物じや。 汝には余の 褒
ホー賞
ビを取らする。此【十四ウ】者は咎有者じやそこを退け只 一ト打にして呉う。 [子] すれば最前の御誓言の無に被成 さ るゝか。 [大] 夫 じ や に 依 て。 汝 を に は。 余 の 望 み を 叶 へ て 取 ら す る と 言 に。 [ 子 ] 何 と親を殺させて。私が生ていられ舛せふぞ。此上は。私【十五オ】から 先 へ。 御 成 敗 被 成 ね ば。 爰 を 一 寸 も。 動 舛 せ ぬ( 大 泣 )[ 大 ]
下ア ノ 夫 で な。 [ 三 人 ]
下あ ふ
引。[ 一 同 ]( 一 同 泣 )[ 大 ] 天 晴 孝 心 な 者 じ や 只 一 ト打とは思へ共。此者の心中を感じたれは。太刀の打付け所が無い。最 早命を助くるぞ。 [子]夫は誠で御座るか【十五ウ】 [大]誠じや。 [子] 御 真 実 で 御 座 る か[ 大 ] 則 太 刀 も 鞘 に 納 む る ぞ。 [ 仕 手 / 子 ] ハ
ツメア
引偏 へに命の親と存舛る[大]早縄目をとひて遣れ。 [子]畏て御座る。 [仕 手 ] 是 は 有 難 ふ 御 座 る[ 大 ] 何 と 今 は 気 遣 ひ に 有 た
ツメか 。[ 仕 手 ] 毎 〳〵 より御気色替らせられて御座るに依て。随分身【十六オ】の毛をつめて お り 舛 し た。 [ 大 ] 某 も 毎 〳〵 よ り 腹 は 立 た れ 共。 此 者 の 心 中 を 感 じ。
太刀の打付所が無いに依て。命を助けた。天晴孝心な者じや随分大切に い た わ
ツメて 取 ら せ い[ 仕 手 ] 有 難 ふ 御 座 る。 [ 大 ] 扨 何 ぞ 褒 美 と は 思 へ 共 何 も 無 い。 【 十 六 ウ 】 是 は 重 代 な れ 共。 あ の 者 へ ほ ふ 美 に 取 ら す る。 是 を 持 て 目 出 度 ふ 我 家 へ 帰 り 候 へ。 [ 仕 手 ]
謡有
、難
、の
、御
、事
、や
、。 あ
、ら
、有
、難
、の
、御
、事
、や
、。[ 地 ] 慈
、悲
、有
、る
、殿
、の
、御
、情
、。 咎
、有
、る
、親
、の
、一
、命
、を
、た
、す
、け
、給
、ひ
、し
、志
、。 天
シホルに
、も
、上
、る
、心
、持
チし
、て
、。 父
、何
、某
、を
、肩
、に
、か
、【 十 七 オ 】け
、。 帰
、る
、ぞ
、嬉
、し
、か
、り
、け
、る
、〳
、〵
、。
[仕手] 一 小格子着流し 一 腰帯無地
一 墨絵中啓 一 襟うす者 [大名]
一 素袍 一 洞烏帽子
一 紅白幅のし目 一 少刀
一 扇子 一 紅ゑり [子]
一 半上下出立 [三人]
一 半上下出立 [作物]
一 太刀 一 葛桶
一 縄(腰布壱尺五尺) 【十七ウ】
茂山真一(花押) 【裏表紙】 翻刻『二九十八』
(橋本氏蔵) 〈平物聟女狂言〉 大蔵流
二九十八 六義 (橋本治夫) 【表紙】
大正拾三年五月 アド 乙 【表見返し】
二九十八 [ 仕 手 ]〈 名 の り ザ 〉 罷 り 出 為 者 は 此 當 り に 住 居 致 す 者 て 御 座 る 某 近 頃 恥敷い申事乍未だ定る妻が御座らぬ 夫に付清水の觀世音は現仏者じや と 申 に 依 て 是 よ り 妻 乞 の 祈 誓 を 懸 け に 参 ふ と 存 る 先 そ【 一 オ 】〈 道 行 〉 ろり〳〵と参ふイヤ誠に清水の觀世音は 霊
[レイゲン]現 あらたに御座るに依て加様 に祈誓を懸けたならば御利生の無いと申事は御座るまい
〈真中正向キ〉
イ ヤ 何 か と 申 内 早 御 前 で 御 座 る
い参詣じや先拝を致そう〈ザニ〉 〈 右 ヘ 見 マ ワ ス 〉 ハ ヽ ア 毎 参 て も 夥 敷
〈扇開キ礼スル〉あら有難や〳〵南無
【 一 ウ 】 大 慈 大 悲 の 觀 世 音 菩 薩 私 未 だ 定 る 妻 が 御 座 ら ぬ に 依 て 何 卒 能 い 御 妻 を 授 け て 被 下 い 南 無 大 慈 大 悲 の か ん ぜ 音 ぼ さ つ 荒 有 難 や 〳〵 〈 見 マ ワ ス 〉 ハ ヽ ア 毎 参 て も し ん 〳〵 と し た 殊 勝 そ ふ な 御 前 で 御 座 る 更ば今宵は是にて【二オ】通夜を致そふか〈扇スボメヒザヘ立テ頭横ニ ネ ム ル 〉 ハ ヽ ア
引〈 一 足 下 り 扇 開 キ 礼 拝 ス ル 〉 荒 有 難 や 南 無 大 慈 大 悲 の
か ん ぜ 音 菩 薩 荒 有 難 や 〳〵
一 の き ざ 橋 に 立 た せ 置 く を 汝 の 妻 と 定 め い と の 御 事 じ や 〈 扇 サ ス 〉 あ ら た に 御 霊 夢 を 蒙 た 西 門 の
て 定 め て 能 い 御 妻 を 授 て 被 下 る で 御 座 ろ ふ カブリテ一ノ松ヘ出立居ル〉の觀世音は承り及ふだ現佛者で御座るに依 キ 〉 更 は 急 ひ で 西 門 へ 参 ふ イ ヤ 誠 に 清 水【 二 ウ 】〈 此 目 分 ニ 女 カ ズ キ 〈 立 二 度 道 行
は も し や 御 夢 相 ニ モ イ ン ギ ン ニ 口 傳 〉 ハ ア ー 申 〳〵 夫 へ つ く り と 立 た せ ら れ 舛 し た 居られまいこりや恥し乍問ふて見う〈名のりザヘ腰ヨリ下タデ合掌如何 参ろふ物を近頃残念な事を致いたじやと言て毎が毎【三ウ】迄問ずにも は成まいが近頃恥敷い事じや加様な事と知たならば 誰そ人をも頼ふで めて御無相の御妻で有ろふが人違ひと云事が有るに依て是は問ふて見ず 去 れ は こ そ あ れ へ や ご と 無 い【 三 オ 】 御 姿 で つ ッ く り と 立 た せ ら れ た 定 右ヘ見マワシ〉 いらるゝ事じや知らぬ 〈女ヲ見て恥シソウニスル躰〉 (笑) 西門へ参た 扨此當りは御妻らしい人は見へぬがどこ元に〈笛ノ上ヨリ 〈 真 中 〉 イ ヤ 何 か と 申 内 早
折 節 誰 れ も【 四 オ 】 通 ら ぬ こ り や の し 切 て 問 て 見 う
ヲリフシて問わるゝ事では無い〈見マワス〉誰そ通れかし人に頼み度い物じやが 〈 笑 乍 元 ヘ 戻 ル 〉
引ー( 笑 ) 如 何 な 〳〵 中 〳〵 恥 敷 ふ
如 何 な 〳〵 中 〳〵 恥 敷 ふ て 問 わ る ゝ 事 で は 無 い 是 は 先 何 と 致 そ ふ 申 〳〵 夫 へ つ く り と 立 た せ ら れ 舛 し た は も し や 御 夢 相 の 御 つ ……( 笑 )
ツメ〈 萬 同 行 〉 ハ ア ー
か れ と 申 思 ひ 切 て 問 ふ て 見 う ザ一ツ打チ〉おゝ夫〳〵男の心と大佛の柱は太い上が上にも【四ウ】太 〈 ヒ
立たせられ舛したはもしや御夢相の御妻殿では御座らぬか 〈 萬 同 行 〉 ハ ア ー 申 〳〵 夫 へ つ く り と
[女]
夫
ツマも 無 き[ 仕 手 ] ヤ ア
引[ 女 ] 我 身 一 ツ の 小 衣 に[ 仕 手 ] ヤ ア 〳〵
サヨゴロモ袖を片しく獨り寝ぞする [ 女 ]
[仕手]
〈元へ戻ル〉ほふこりや【五オ】歌を 詠 ま せ ら れ た
る〳〵ハヽアこりや疑ひも無い御夢相の御妻じや 乍去御迎を進ぜずば ( 吟 ズ ) 袖 を か た し く ひ と り ね ぞ〈 右 袖 見 ル 形 モ 有 〉 す 座るが御宿はどこ元で御座るぞ 成まい御宿をも問て見う〈萬〉ハアヽ申〳〵夫ならば御迎を進ぜ度ふ御
[女]我宿は【五ウ】
[仕]ヤア
[女]
春の日奈良の町の内
[仕]ヤア〳〵[女]風の當らぬ里と尋ねよ
[仕 手 ]〈 元 ノ ザ ヘ 〉 ほ ふ 又 歌 を 詠 ま せ ら れ た( 吟 ズ ) 風 の 當 ら ぬ 里 と 尋 ね よ 〳〵 ハ ヽ ア
引風 の 當 ら ぬ 里 な ら ば 定 め て 室 町 の 春 日 町 の 事 で 有 ろ ふ 是 は御宿は知れたが 角
[カド]から【六オ】何軒目と言事を問わずは成まいが 惣 じて人に歌をよみ懸られ 返歌をせいでは後の世に口無い虫に生るゝと やら申何卒返歌を致したい物じやが イヤ致し様が御座る〈萬同行〉ハ ア
引ゝ
引春日成る里とは聞けど室町の角よりしてはいくつめの家 【六ウ】 [ 女 ] 二 九
引〈 ト 云 テ 直 ニ 幕 ヘ 入 ル 〉[ 仕 手 ]〈 右 手 サ ス 〉 ア ヽ 申 〳〵 先 またせられい〳〵是は如何な事二九と計り仰られて早どれへやら行れた ほ
下々ゝ身共が憎いと言事が知らぬイヤ〳〵 御夢相の御妻じや物憎からふ 様 が 御 座 ら ぬ ハ ヽ ア
引こ り や 九 九 で 返 事 を 召 さ れ【 七 オ 】 た 物 で 有 ろ ふ 九 九 な ら ば 定 め て 二 九
引十 八 軒 目 の 事 で 有 ろ ふ 更 は 急 ひ で 室 町 へ参ふ〈道行〉イヤ誠に〈仕手道行ノ間ニ女再ヒ笛ノ上ヨリ出ル〉御夢 相の御妻は格別じや 歌を詠ませらるゝ三 弦
カンにも達せらるゝ定めて美目 も美敷い事で有ふイヤ何かと申内早室町へ参【七ウ】た先角より〈名乗 ザニテ一軒言ニ大キク合点スル右ヨリクリット左ヘマワル口傳〉しては 一軒二軒 三軒 四軒 五軒十軒十五軒 十七軒 十八軒去ればこそ是 じ や 先 案 内 を 乞 う 物 も 案 内 も
そ ど な た て 御 座 る [ 女 ] イ ヤ 表 に 物 申 と 有 る 案 内 と は 誰
西 門 で 御 目 に 懸 た 御 夢 相 の 御 妻 で は 御 座 ら ぬ か [ 仕 手 ] そ つ し な 申 言 乍 若 し や 此 方 は 最 前【 八 オ 】
座 る[ー] 最 前 か ら 此 方 の 御 出 と 存 じ 待 て 居 り 舛 し た [ 女 ] 如 何 に も 童 で 御
の事で御座る [ 仕 手 ] 夫 は 幸
[女]サア〳〵斯通らせられい
[仕手]すれば通ても苦
敷ふ御座らぬか
[女]中〳〵つう【八ウ】と通らせられい
[仕手]夫
ならば真平許させられい〈ト云テ両人共ワキ座ヨリ間半程右ニ正向キザ ス〉 [女] 〈仕手は女ノ右ナリ〉扨此方の御出と存じ竹筒を用意致いて御 座る [仕手]
夫は一段の事で御座る 夫ならば開いて参り舛せふ
[女]
夫が能う御座り舛せふ 〈後見ザヨリ葛桶ノフタ取扇開キ盃ノ通リ〉 [仕手] 扨惣じて婚禮の盃には【九オ】女より呑ふで男へさす物じやとやら申舛 るに依て先是は此方より始めさせられい[女]夫〈盃取リ受ル〉ならば 童 か ら 頂 き 舛 せ う
夫は慮外で御座る [ 仕 手 ]〈 酌 萬 通 リ 〉 則 私 が 御 酌 を 致 し 舛 せ う[ 女 ]
[仕手]それ〳〵〳〵〳〵
[女]お……丁度御座る
[ 仕 手 ] 誠 に 丁 ぞ 御 座 る [ 女 ] 頂 舛 る【 九 ウ 】 [ 仕 手 ] 目 出 度 ふ 御 座 る〈女呑時ハ少しハズシ面見セヌ様ニ呑ムガ吉し〉扨是を此方へ進ぜ舛 せ ふ
な ら ば 私 も 頂 舛 る [ 仕 手 ] と れ 〳〵〈 手 酌 ニ テ 呑 ム 〉 頂 舛 せ ふ お ゝ 丁 度 御 座 る 夫
〳〵〳〵 舛した〈諷一バイニ盃ヲツクナリ〉 ( 懸 け て 通 へ や ヲ諷フ) [女]ヤンヤ
、、、、下、、、、此方へさし舛せふ[女]どれ〳〵頂舛る一ツ諷わせられい[仕手]心得 [ 女 ] 目 出 度 御 座 る[ 仕 手 ] 扨 又 是 を〈 文 句 通 リ 〉
を此方へ進せ舛せふ [ 仕 手 ] 不 調 法 を【 十 オ 】 致 い て 御 座 る〈 呑 ム 〉 [ 女 ] 又 是
[仕手]どれ〳〵頂き舛る
[女]又諷わせられい [仕手]心得舛した
〈手酌テテ呑ム〉
( 千
上、、、歳 の
、、命
、、下を
、延
、、る
、ヲ諷フ) [女] ヤ ン ヤ 〳〵[ 仕 手 ] し だ い 〳〵 に に ぎ や か に 成 舛 し た
御 座 る〈 取 ツ テ 呑 ム 〉 [ 仕 手 ] 扨 盃 事 も 目 出 度 ふ 納 め 舛 せ ふ [ 女 ] 其 通 り で
て 盃 事 も す ん で 目 出 度 ふ 御 座 る[ 女 ] 有 難 う 御 座 る が 能 う 御 座【 十 ウ 】 り 舛 せ ふ〈 後 見 ザ ニ テ 納 メ テ 元 ヘ 戻 リ 〉[ 仕 手 ] 扨 [ 女 ] 夫
私は千年も万年も中能う 添 い舛せふぞ
[ソイ][ 仕 手 ] 扨 此 方 と
[女]
近頃 嬉
[ウレ]敷ふ御座る
[仕
手]夫ならば 對
[タイ]めんを致そう程に其かづきを取らしめ
[女]
〈カブリフ ル〉童は恥しう【十一オ】ていやで御座る[仕手]近頃尤なれ共其儘同 道も成舛せに依て平におとりやれ
[女]
〈カブリフル〉童はどう有ても 恥 敷 う て い や で 御 座 る [ 仕 手 ] い や じ や と 言 て 毎 が 毎 迄 其 様 に し て 居らるゝ物か〈仕手立テカズキヲ取リニ行ク〉どれ〳〵夫ならば某が取 て進ぜう〈女イヤガルヲ無リニトリ笛ノ上ヘ捨ル〉
[女]童はいやで御
座る〳〵【十一ウ】 [仕手] 〈後見ヨリカズキ引ク〉更は對面を致そうと 存る〈女カズキ取ラレテ立両袖ヲ上ゲ正向キ居ル仕手女ノ面ノゾキビツ ク リ ス ル 〉〈 名 乗 座 ヘ 逃 ル 〉 是 は 如 何 な 事 觀 世 音 も か ん ぜ お ん じ や あ の 様 な 悪 女 と 何 と そ わ る ゝ 物 か 扨 も 〳〵 苦 〳〵 敷 い 事 じ や
に 居 て 被 下 い の
引〳〵 らるぞ千年も萬年も中能うそふとは【十二オ】仰られぬか何卒童が 添 ば
[ソバ]〈 両 袖 フ リ 乍 仕 手 ノ 左 手 ヲ 取 リ 引 戻 ス 〉 イ ヤ 申 〳〵 此 方 は ど れ へ 行 か せ [ 女 ]
と 忘 れ た 物 が 有 る い て 取 て 〈 フ リ ハ ナ ス 〉 参 ろ ふ [ 仕 手 ]〈 迷 感 ソ ウ ニ 〉 ア イ ヤ ど れ へ も 参 ら ぬ ち
〵[仕手]夫ならば有様を申そうか 御くすりならば童が方に能いのが御座る何卒童がそばにいて被下いの〳 が い た い い て 薬 り を 取 て〈 引 ハ ナ ス 〉 参 ふ[ 女 ] 〈 引 戻 ス 〉 イ ヤ 申 〳〵 ヲサヘル〉アヽ痛〳〵〳〵[女]おゝ何と被成舛した〳〵[仕手]虫腹 せ ふ 何 卒 童 が そ ば に い て 被 下 い の
引〳〵[ 仕 手 ] ア【 十 二 ウ 】〈 右 脇 腹 〵〳〵〈又引戻ス〉忘れさせられた物が御座らば童が方より人を遣り舛 [ 女 ] イ ヤ 申 〳〵〳 [女]
有
[アリヨー]様 を仰られい
[仕手]有
様 は【 十 三 オ 】 [ 女 ]( 返 す ) 忘 れ た 物 も 無 し〈 ナ シ 〉( 返 す )[ 仕 手 ] 腹 も痛ふは無けれ共〈なけれ共〉 (返す) [仕手]難方身 共
[じ]や と言て此方の 様な悪女と 〈女ヲ突コカシ両袖打〉 何とそわるゝ物か 〈払ヒ逃込ム〉 アヽ うるさやな〳〵許いてくれい〳〵〳〵
[女]
〈コカサレテ両袖ハラヒ追 込ム〉アイタ〳〵いや申〳〵〈如何ニモ優ナル女ラシク形スル〉童を此 様にしてどちへ行かせらるゝ童も一しよ【十三ウ】につれていて被下い の先またせられいの〳〵〳〵
[仕手] 一 半上下出立 [乙] 一 女 出立 一 乙面 一縫袖 かずきにする [作物] 一 葛 桶【十四オ】
茂山社中 橋本治夫(橋本氏蔵) 【裏表紙】
翻刻『呂蓮』
(橋本氏蔵)
[平物出家座頭狂言] 大蔵流
呂蓮 六義
(橋本治夫) 【表紙】
大正拾三年三月 アド 呂蓮【表見返し】
呂蓮 是 は 遥 か 遠 国 方 の 出 家 で 御 座 る 某 未 だ 上 方 を 存 舛 せ ぬ に 依 て 此 度 思 ひ 立 都 へ 登 り 名 所 旧 跡 残 る 所 無 ふ 一 見 致 そ ふ と 存 る 先 そ ろ り 〳〵 と 参 ふ イヤ誠に出家と申者は 若い時に修行を致さねば【一オ】年寄て口がき かれぬと申程に ふと思ひ立て御座る 是は如何な事 未だ程も参らぬに早 日 が 暮 る 更 は 此 當 り で 宿 を 取 ふ と 存 る 物 申 案 内 申 イ ヤ 表 に 物 申 と 有 る 案 内 と は 誰 そ ど な だ で 御 座 る 行 暮 た 修【 一 ウ 】 行 者 で 御 座 る 一 夜 の 宿 を 借 て 被 下 い 安 い 事 か し て 進 ぜ 舛 せ ふ 斯 通 ら せ ら れ い 夫は有難ふ御座る つふと通らせられい 心得舛した 其當りにと ふ ど 御 座 れ 是 は か ま わ せ ら る ゝ な ヤ イ 〳〵 旅 の 御 出 家 を 壱 人 御 【二オ】宿申た程に 一飯を拵へい ヱ
引イヤ申〳〵 チト御くたひれも 退舛したか イヤ諸々を巡る者の事で御座るに依て さのみ草臥も致ま せ ぬ 夫 は 何 よ り で 御 座 る 扨 私 は 此 當 り で も つ ふ ッ と 志 の 深 い 者 で 御 座 る に 依 て【 二 ウ 】 旁 の 様 な 旅 の 御 出 家 を 見 れ ば 悦 ふ で 御 宿 致 す 事 で 御 座 る 今 宵 は 近 頃 む さ く ろ 敷 い 所 へ 御 留 申 面 目 も 御 座 ら ぬ 扨 〳 〵夫は奇特な事で御座る出家と申者は人の 哀
アワレミか無ふては旅は成らぬと申 物て御座る【三オ】今宵は御宿を頂祝着に存舛る 扨只今一飯を申付 舛 し た に 依 て 程 無 ふ 出 来 舛 ふ 何 卒 御 草 臥 に も 御 座 ろ ふ か 其 間 に 御 教 化 を 被 成 て 被 下 ふ な ら ば 忝 ふ 御 座 る 何 教 化 が 聴 度 い と 仰 ら る ゝ か 中 〳〵。 【 三 ウ 】 扨 〳〵 脩
シユシヨー生 な 事 じ や 安 い 事 話 い て 聞 せ 舛 ふ 能 ふ 聴 せ ら れ い 畏 て 御 座 る 別 に 教 化 と 申 て 六 ヶ 敷 い 事 で も 御 座 ら ぬ 只後生を願へと申事で御座る 有難ふ御座る此方程加報な御方は御座 ら ぬ 先 見 舛 た 處 家 居 も つ き【 四 オ 】 〳〵 敷 ふ 御 座 る 定 め て 御 子 達 も 数 乍御座ろふ 如何にも御座る すれは此世の願はサットすんだと申 物 で 御 座 る イ ヤ 〳〵 左 様 で は 御 座 ら ぬ 只 今 日 を う か 〳〵 と 暮 る 分 の 事 で 御 座 る イ ヤ 〳〵 惣 じ て 人 間 の 身 の 上 の 願 い【 四 ウ 】 と 申 物 は 限 りの無い物で御座るて 名利名聞に溺れ 欲によくを重ね 今日只たるを知
ら ぬ が 人 間 の 情 で 御 座 る ハ ア
引生 者 必 滅 と 申 て 此 世 へ 生 ず る 物 は 必 め
ツメす と 云 事 を 皆 人 事 に 口 に は 云 へ ど も 正 敷 我 身 の 上【 五 オ 】 に 有 を 知 ら ぬ 果 な い 浮 世 で 御 座 る に 依 て 只 後 生 を 願 わ せ ら れ た が 能 ふ 御 座 る
有 難 ふ 御 座 る 惣 じ て 人 間 の 命 の 果 い 事 は 風 の 前 の 灯 火 水 の 上 の あ わ 雷
(マゝ)光 朝 露 石 の 火 よ り も 未 だ 果 な い 人 間 の 命 で 御 座 る【 五 ウ 】 既 に 朝 開 暮 落 と 申 て 朝 㒵 の 花 に も た と へ 置 れ て 御 座 る 朝 と 申 物 は 花 は 華 麗 な 物 で 御 座 る が 早 朝 に は 開 き 日 の 出 す る に 従 て し ぼ み 夕 辺 に は ホ ロ リと落る 人間も其事くけふ有てあす無い命出る 息
イキ引く【六オ】息を待 た ぬ 果 な い 浮 世 で 御 座 る に 依 て 只 後 生 を 願 わ せ ら れ た が 能 ふ 御 座 り 舛 せ ふ 有 難 ふ 御 座 る 何 と 此 生 者 必 滅 が 御 合 点 が 参 り 舛 し た が 得 と 合 点致いて御座る イヤ是さへ御合点が参れは外に申事は御座らぬ 下 手 の【 六 ウ 】 長 談 儀 は 高 座 の さ ま た げ と や ら 申 舛 る 今 宵 は 是 に て 仕 舞 舛 せ ふ 扨 も 〳〵 有 難 御 教 化 を 初 め て 承 て 御 座 る 扨 御 坊 に チ ト 御 願 が 御 座 る 夫 は 又 如 何 様 な 願 で 御 座 る 私 兼 〳〵 出 家 に 成 度 〳〵 と 存 る 處 只 今 の 御 教 化 を 承 て【 七 オ 】 得 道 致 い て 御 座 る 何 卒 此 方 の 御 弟 子 に 被成法躰にさせて被下ふならば忝ふ御座る 何出家に成度と仰らるゝ か 中 〳〵 扨 〳〵 奇 特 な 事 〳〵 御 座 る 乍 去 此 出 家 と 申 物 は 朝 夕 の 勤 行の又は旦那あしらいのと申て中〳〵六敷い物で御座る【七ウ】其上加 様な事は御一門衆や又御内儀共御相談被成御得心の上ならでは成らぬ事 で 御 座 る 去 れ ば 其 事 で 御 座 る 最 前 も 申 通 り 私 は 常 〳〵 志 の ふ か い 者 で 御 座 て 毎 ぞ は 法 躰 致 ふ と 存 一 門 衆 や 女 共 に も 相 談 の 致 し 何 れ も 得 心 【 八 オ 】 致 い て お り 舛 る に 依 て 是 非 共 法 躰 に さ せ て 被 下 い す れ ば 御 一 門 衆 や 御 内 儀 に も 御 得 心 の 上 で 御 座 る か 左 様 で 御 座 る 其 儀 な ら ば 兎 に 角 も で 御 座 る 先 つ む り を も な せ ら れ い 心 得 舛 し た 何 と 能 ふもめ舛したか 一段と能むめました【八ウ】夫ならばそれへ出させ ら れ い 畏 て 御 座 る 先 三 帰 五 戒 を 授 け 舛 る 南 無 帰 依 佛 〳〵 南 無 帰 依 法
引〳〵 南 無 帰 依 僧 〳〵 南 無 帰 依 佛 教 〳〵 帰 依 法 教 〳〵 帰 依 僧教〳〵 ゾリ〳〵〳〵〳〵 ハヽア一段 【九オ】 と能ふ御座る ハヽ ア 御 蔭 で さ ぱ り と 致 い て 御 座 る 扨 此 方 に は 衣 の 御 用 意 は 御 座 る か 左様な者は用意致舛せぬ 幸是に愚僧の懸替の衣が御座る 是を此方へ き せ て 進 ぜ 舛 せ ふ 是 は 何 か ら 何 迄 も 慮 外 で 御 座 る 何 と 能 似 合【 九 ウ 】 舛 る か 一 段 と 能 ふ 似 合 舛 る 迚 も の 事 に 得 と 見 て 被 下 い 前 か ら 見 て も 後 か ら 見 て も 殊 の 外 能 僧 柄 で 御 座 る 夫 は 悦 敷 い 事 で 御 座 る 未 た チト御願が御座る 夫は又如何様な事で御座る 何卒名を付けて被 下 い 何 名 を【 十 オ 】 名 を 付 け て 呉 い 中 〳〵 只 今 迄 の 御 名 は 何 と 申 舛 る 只 今 迄 は 治 夫 と 申 と 申 舛 る 何 治 夫 〳〵 一 段 と 能 ふ 御 座 る 治 夫にして置せられい 夫では何とやら出家らしゆ御座らぬに依て何卒 法名を付て被下い 何法名が【十ウ】付てほしい 中〳〵 近頃 安い事では御座れ共是は又此方にも定た旦那寺も御座ろふ程に あれへ 往 て 付 て 貰 わ せ ら れ い 成 程 旦 那 寺 も 御 座 る が 御 坊 の 御 弟 子 成 た 事 で 御 座 る に 依 て や は り 御 坊 に 付 て も ら い 度 ふ 御 座 る【 十 一 オ 】 す れ は 是 非 共 で 御 座 る か 左 様 で 御 座 る チ ト 待 て 被 下 い 心 得 舛 し た
是 は 如 何 な 事 愚 僧 は 今 迄 終 に 人 に 法 名 を 付 た 事 が 御 座 ら ぬ 是 は 先何と致そふ イヤ伊呂波四十八文字は片の如く存じており舛るに依て 是 を 何 と【 十 一 ウ 】 哉 引 直 い て 付 て 遣 ふ と 存 る イ ヤ 申 〳〵 早 ふ 付 て 被 下 い 何 が 扨 付 て 進 ぜ 舛 せ ふ が 惣 じ て 法 名 と 申 物 は 其 家 〳〵 に 定 ま
ツメて 付 く 字 が 御 座 る が 此 方 の 御 家 は 何 と 言 字 を 遣 わ せ 被 る ゝ 私 の 家 に は 代 々 下
モに 蓮 の 字 を 付 舛 る【 十 二 オ 】 れ ん の 字 と は は ち す の 蓮 で 御 座 る ヱ ヽ は ち す の 蓮 文 字 で 御 座 る か 中 〳〵 夫 な ら ば 能 い 名 が 御 座 る か 何 と で 御 座 る い れ ん 坊 と は 何 と で 御 座 る 何 い れ
ん 中 〳〵 い れ ん 何 と や ら 気 に 入 舛 せ ぬ は ゝ 気 に 入 舛 せ ぬ か 中 〳 〵【十二ウ】いれん気に入らずは はれん坊とは何とで御座る 是も い や で 御 座 る 夫 が い や な ら ば ほ れ ん 坊 と は 何 と で 御 座 る 其 様 な い な 名 は い や で 御 座 る も そ
ツメと 長 い 名 を 付 て 被 下 い ハ ヽ ア 長 い 名 が 能 ふ 御 座 る か 中 〳〵 何 と で 御 座 ろ ふ ぞ ヲ ヽ 能 い【 十 三 オ 】 名 が 御 座 る は 何 と で 御 座 る ち り ぬ れ ん 坊 と は 何 と で 御 座 る 是 も 気 に 入 舛 せ ぬ 夫 が 気 に 入 ら ず ば よ た れ ん 坊 と は 何 と で 御 座 る 是 も い や で 御 座 る 夫 が 気 に 入 ら ず は や ま け れ ん 坊 と は 何 と で 御 座 る 是 も 気 に 入舛せぬ ゑひもせす京れ【十三ウ】ん坊と付て置しめ 其様なむさと し た 名 は い や で 御 座 る 扨 〳〵 此 方 は 名 に 用 が ま 敷 い 人 じ や 用 が ま 敷 ふ は な け れ 共 迚 も 付 け て も ろ ふ か ら な ら ば も そ ッ と 呼 能 い よ い 名 が付て欲ふ御座る チトまたせられい 心得舛した【十四オ】是は 如 何 な 事 伊 呂 波 四 十 八 文 字 事 〴〵 く 申 て 御 座 れ 共 何 れ も 気 に 入 ら ぬ と 申 最早名が御座らぬ 是は先何と致そふ ヲヽ夫〳〵能い名が有は イヤ 申 〳〵 能 い 名 が 御 座 る は 何 と で 御 座 る 呂 蓮 坊 と は 何 と で 御 座 る 何ろれん【十四ウ】中〳〵 ろれん一段と気に入舛した ハヽア ろれん御気に入舛したか 中〳〵ろれん坊ときめ舛ふ 夫ならば呂 蓮坊と極めさせられい 扨此上は此方の御弟子に被成れて 諸国修行を させて被下い 何が扨諸国修行【十五オ】行をさせて進ぜ舛ふぞ イ ヤ 申 〳〵 こ れ の ふ は ど れ に 御 座 る ぞ 最 早 一 飯 も 出 来 上 り 舛 し た 是 の ふ は ど れ に 御 座 る ぞ 是 は 如 何 な 事 御 出 家 は 一 人 じ や と 仰 ら れ た に 二 人 い ら る ゝ イ ヤ 申 〳〵 是 の ふ は ど れ に 御 座 る ぞ 〳〵【 十 五 ウ 】 是 〳〵 身 共 じや是に居 女共〳〵是にいると言に ヨ
引ヤイ〳〵〳〵和男己童に相談 な し に 能 も 〳〵 坊 主 に 成 お た な 〳〵 扨 〳〵 そ な た は わ ゝ 敷 人 じ や
夫 じ や に 依 て は 兼 〳〵 出 家 に 成 度 〳〵 と 言 た れ ば 和 御 料 成【 十 六 オ 】 ても苦敷ふ無いと言たではないか ヱヽ腹立や〳〵あれは仮初言にこ そ 云 へ 毎 童 が 坊 主 に な れ と 云 た 早 元 の 通 り に 成 を れ い や い 〳〵 其 上 身 共 は さ の み 成 度 ふ も 成 か た が ア ノ 御 出 家 が 坊 主 と 云 物 は 能 い 者 じ や 成 れ 〳〵 と【 十 六 ウ 】 に 依 て 成 た 云 分 有 ら ば ア ノ 御 出 家 に お し や れ 〳〵 す れ ば ア ノ 出 家 が 坊 主 に 成 れ と 申 舛 た が 中 〳〵 ヱ ヽ 腹 立 や 〳〵 ヤ イ 〳〵〳〵 和 坊 主 己 能 ふ も 〳〵 童 の 夫 を 坊 主 に 仕 お ッ た な 〳〵 ア ヽ 是 〳〵 先 心 を 静 め て【 十 七 オ 】 能 ふ 御 聞 や れ 夫 じ や に 依 て加様な事は御一門衆や又御内儀共得と御相談の上ならては成らぬと申 た れ ば 和 御 料 や 御 一 門 衆 も 皆 御 得 心 の 上 じ や に 依 て 是 非 共 坊 主 に し て 呉いとおしやッたに依て剃た 云分有らば御亭主に【十七ウ】おしやれ 〳〵 すれば童が得心していると申舛したか 中〳〵 ヱヽ腹立や〳 〵 ヤ イ 〳〵 和 男 毎 童 が 得 心 じ や と 言 た 早 元 の 通 り に 成 お れ い や い 〳〵 最前も云通り身共はいやじや〳〵と云たれ共アノ出家が是非なれ〳〵と 言 た に【 十 八 オ 】 た に 依 て 成 た 云 分 有 ら ば ア ノ 出 家 に お し や れ 〳〵 身共は知らぬぞ〳〵〳〵 ヱヽ腹立や〳〵 己喰裂て退ふか引裂いて退 ふ か 早 元 の 通 り に 毛 を は や せ い や い 〳〵 何 じ や 元 の 通 り に 毛 を は や せ 中〳〵 二三年【十八ウ】もしたならば 元の通りに毛がはゆる で 有 ふ ぞ( 笑 ) ヱ ヽ 未 だ 其 連 な 事 を 云 己 喰 裂 て 退 ふ か 引 裂 て の け ふ か ア ゆ る い て 呉 い 〳〵〳〵 ア ノ 和 坊 主 誰 そ 捕 へ て 呉 い 遣 る ま い ぞ 〳〵 〳〵〳〵。 【十九オ】
[仕手] 一 能力頭巾 一 無地のし目 一 無地腰帯 一 寄水衣 一 珠数 一 扇子
一 脚伴 一 狂言袴かゝり 一 へん哲を竹にはさみ左に肩ゲ 一 剃刀 一 たすき懐中ス [アド] 一 半上下出立 一 能力頭巾懐中する [女] 一 女 一式 一 但し仕手長衣袈裟にて
出る事も有へし【十九ウ】
茂山社中
橋本治夫 (橋本氏印) 【裏表紙】
翻刻『長光』
(橋本氏蔵) [平物集狂言] 大蔵流
長光 六義
(橋本氏夫) 【表紙】
大正拾三年四月
仕手 すつぱ【表見返し】 長光 罷 出 為 者 は は る か 遠 国 の 者 で 御 座 る 某 永 々 在 京 致 す 処 に 訴 詔 思 ひ の 儘 に 相 叶 ひ 安 堵 の 御 教 書 給 わ り 国 元 へ の 御 暇 迄 も 被 下 て 御 座 る 此 様 な 満 足 な 事 は 御 座 ら ぬ 扨 に 付 今 日 は 寺 町 の 市 で 御 座 る に 依 て あ れ へ 参 り 何 そ土【一オ】産物を調へて下ふと存る先そろり〳〵と参ふイヤ誠に国元 では此様な事とは存ぜいでけふかあすかと唯待兼て居るで御座ろ戻て此 様 子 を 咄 い た な ら ば 唯 皆 の 者 が 悦 ふ で 御 座 ろ ふ イ ヤ 参 る 程 に 早 寺 町 じ や チ ト 見 物 致 そ ふ ハ ア 是 は 何 じ や【 一 ウ 】 こ り や 絹 布 店 そ ふ な 金 蘭 緞 子 綾 錦 扨 も 〳〵 結 構 な 事 か な 罷 出 為 者 は 洛 中 を 走 り 廻 る 心 も 直 に 無 い 物 で 御 座 る 今 日 は 寺 町 の 市 で 御 座 る に 依 て あ れ へ 参 り 何 ぞ 能 い 物 も御座らば調儀致そふと存る先そろり〳〵と参ふイヤ誠に【二オ】今日 は 門 出 を 祝 ふ て 御 座 る に 依 て 何 ぞ 仕 合 の 無 い と 申 事 は 御 座 る ま い イ ヤ あ れ に 田 舎 者 と 見 へ て 賣 物 に 見 入 て 居 る 見 れ は 眉 合 の 延 た 奴 で 御 座 る 其 上 能 い 太 刀 を 持 て 居 る チ ト 當 て 見 ふ と 存 る ハ ア 是 は 何 店 じ や ヲヽ何みせじや【二ウ】是は子供の持て遊店そふな誠に子供のもて遊び 店 そ ふ な で ん 〳〵 太 皷 ふ り 皷 ピ イ 〳〵 風 車 あ れ に し ほ ら 敷 い シ ポ ラ ポ ウ も 有 は 其 通 り じ や 是 は 如 何 な 事 扨 〳〵 都 と 申 所 は 由 断 の な らぬ所じや何者やら身共の太刀へ手を懸るチト店【三オ】を替ふ 是 は如何な事眉合の延た奴かと存じて御座れば眼の鞘のはずれた奴じやハ ア店を替るそふな今一度當て見ふハア是は何店じや ヲヽ何店じや 是は茶道具店そふな誠に茶道具みせそふな 風呂釜 茶碗茶入 水指し【三 ウ】水こぼし 火箸羽箒 あれに能い夏目も有は 其通りじやヤイそこな奴 己人の持ている太刀になぜ佩ぞ 己社人の佩ている太刀になぜ手を懸 る是は身共のじやこちへをこせ〳〵 こちへをこせ〳〵誰そ出手合へ
〳〵〳〵 アヽ先 【四オ】 待て〳〵 汝らは此御政道正敷御代に何事をわッ ぱと云ぞ私の持ている太刀を佩て我物じやと申舛 イヤ〳〵私の佩て い る 太 刀 に 手 を 懸 我 物 じ や と 申 舛 る 是 は 身 共 の じ や こ ち へ を こ せ 〳〵〳〵 ア ヽ こ り や 〳〵 身 共 が 出 て か ら は【 四 ウ 】 聊 爾 は 成 ら ぬ、 先 是 を 身 共 へ 預 け い ま づ 此 方 は 何 な た で 御 座 る 所 の 目 代 じ や 目 代 殿 な ら ば き ッ と 御 禮 を 申 舛 る 私 も 御 礼 を 申 舛 る 礼 に は 及 ば ぬ 先 是 を 某 へ 預 け い 夫 な ら ば 預 舛 る が 必 ア ノ 者 に 遣 て 被 下 る な ヲ ヽ 遣 る【 五 オ 】 事 で は 無 い 申 チ ヤ ト 捕 へ て 被 下 い ヤ イ 〳〵 汝 も 預 け い 私 の 物 で 御 座 る に 依 て 預 く る に は 及 舛 せ ぬ ア ノ 物 は 預 け た に 依 て 汝 も 先 預 け い 夫 な ら ば 預 舛 る が 必 き や つ に 遣 て 被 下 る な ヲヽ遣る事では無いヤイ〳〵汝は何国の者なれば何【五ウ】事をはッぱ と 申 ぞ 此 方 も 聞 て 被 下 い 私 は 遙 か 遠 国 方 の 者 で 御 座 る が 永 々 在 京 致 所 訴 詔 思 ひ の 儘 に 相 叶 ふ て 御 座 る に 依 て 近 日 国 元 へ 下 り 舛 る 夫 に 付 今 日 は 土 産 物 を 調 へ に 此 所 へ 参 り 市 立 を し て お り 舛 る と 毎 の 間 に や ら ア レ あ の 者 が【 六 オ 】 何 方 か ら や ら 参 て 私 の 持 て い る 太 刀 を 佩 て 我 物 じ や と 申 舛 る 夫 を 一 ツ 二 ツ 申 上 て の 事 で 御 座 る 目 代 殿 な ら ば き ッ と 仰 付 ら れ て 被 下 い ア ノ 者 の 口 を も 聴 ふ 暫 く 夫 に 待 て 畏 て 御 座 る ヤ イ 〳〵 汝 は 何 者 な れ ば 何 事 ろ ん ず る ぞ【 六 ウ 】 此 方 も 聞 て 被下い(アドと同断)目代殿ならば急度仰て被下い 心得た暫く夫に 待て 心得舛た是は如何な事どちらを聴ても同じ事を申 ヤイ〳〵 誠 汝 の 物 な ら ば 国 作 を 知 て い る か 中 〳〵 私 の 太 刀 で 御 座 る に 依 て 聞たよりはましに存て【七オ】居り舛る 夫ならば云て見よ先太刀は 備 前 物 で 御 座 る ホ ン 備 前 に 取 て も 名 は 長 光 此 方 も 御 存 じ で 御 座 ろ ふ が ながは長うみつは光ると書た文字で御座るきやつは存舛るまい問て見さ せられい 心得た(仕手へもアドへ云た通り問と仕手も/アドと同じ 様 に 答 へ る 也 )【 七 ウ 】 き や つ は 何 も 存 舛 る ま い 問 て 見 さ せ ら れ い きやつは知ていると云は きやつの知ろふ筈は御座らぬが 暫く夫 に 待 て 畏 て 御 座 る ヤ イ 〳〵 誠 汝 の 物 な ら ば 地 肌 焼 付 を 覚 へ て 居 る で有ふ 中〳〵覚へており舛る 夫ならば云て見よ【八オ】先鎺元 よ り 物 打 迄 は 直 焼 で 御 座 る ホ ウ 夫 よ り 鋒 へ 懸 て 大 亂 に 乱 焼 で 御 座 て是を物にたとへて申そふならば霜月師走の頃薄氷の上ゑ薄霜の降懸た 如くくわツ〳〵と身の毛もよだつ程の恐いみで御座るき奴は存舛るまい 問 て 見 て 被 下 い 心 得 た【 八 ウ 】( 萬 同 断 仕 手 も 同 断 ) ヤ イ 〳〵 誠 汝 の 物 な ら ば 寸 尺 を 知 て い る で 有 ふ 如 何 に も 存 じ て お り 舛 る き 奴 は 知 て い る か 問 て 被 下 い。 心 得 た ヤ イ 〳〵 誠 汝 の 物 な ら ば 寸 尺 を 知 て い るで有ふ 如何にも存じており舛き奴は存舛るまい問て見て被下い あの者【九オ】は知て居ると言は ヨウき奴が存じていると申舛るか
中〳〵 き奴の知ふ様は御座らぬが夫ならば先き奴から云へと仰 ら れ い 心 得 た ヤ イ 〳〵 先 汝 か ら 云 て 見 よ と 言 は 夫 に 付 私 は 田 舎 者 で御座て物言聲高に申舛るに依て定めてき奴が聴取り【九ウ】口真似を 致 す 者 で 御 座 ろ ふ 此 度 は 寸 は 囁 い て 申 舛 ふ 是 は 能 い 所 へ 気 が 付 た 一 段 と 能 か ろ ふ 夫 な ら ば こ ち へ 御 座 れ 心 得 た 申 〳〵 き 奴 が 承り舛る 心得たヤイ〳〵汝はつふと夫へ依ていよ 畏て御座る寸 は ヲヽ 寸は ヲヽ【十オ】イヤ申き奴が聞舛る ヤイ〳〵 汝は夫へ依ていよと云に 心得舛た 寸は ヲヽ 寸は ヲヽ で御座るおゝ一段と能ふ言た暫く夫に待て 畏て御座る ヤイ〳〵 アノ物は言た程に汝も早ふ言へ(アド同断)寸は囁て申舛ふ夫が能かろ ふ こちへ御座れ【十ウ】心得た イヤ申〳〵き奴が承り舛る 汝 は 夫 へ 依 て 居 よ 心 得 舛 し た 寸 は ヲ ヽ 寸 は ヲ ヽ で ゞ 御 座 る で 御 座 る で は わ か ら ぬ 寸 は 何 と じ や 早 ふ 云 へ 〳〵。 イ
ヤ 申 き 奴 が 聞 舛 汝 は 夫 へ 依 て い よ と 言 に 畏 て 御 座 る 寸 は ヲヽ 寸は ヲヽ でゞ【十一オ】御座る で御座るではわか ら ぬ 早 ふ 言 へ ヤ イ 〳〵 早 ふ 云 へ 〳〵 な 名 は 長 光 な が は 長 み つ は 光 る と 書 た 文 字 で 御 座 る 夫 は 国 作 で 合 点 じ や 寸 は 何 と じ や 早 ふ 言 へ 〳〵 ぱぱと身の毛もよだつ程の恐敷い身で御座る 夫は地肌焼付 で合点【十一ウ】じや 扨は水破で有ふ 丸裸にして遣舛せふ 最早 能ふ御座る能ふ助かりや〳〵ゆるいて呉い〳〵〳〵 己憎い奴の イ ヤ 申 ア ノ 様 な 者 を お ふ て 居 り 舛 ち や と 捕 へ い ア ノ 水 破 誰 そ 捕 へ て呉い遣るまいぞ〳〵〳〵〳〵。 【十二オ】
[仕手] 一 中格子 一 色無厚板/壺折に 一 ゑん尾 一 髭 一 狂言袴 一 腰帯 一 タスキ(女帯 腰帯/珠数 等懸つける) [アド 送とほり] 一 半上下出立 一 太刀 一 脚伴 [目代] 一 長上下出立【十二ウ】
茂山社中 橋本治夫
(橋本氏印)
【裏表紙】 注 ( 1) 坂 本 清 恵・ 加 野 友 理・ 野 見 山 優・ 野 中 く れ あ( 二 〇 一 六 )「 大 蔵 流 茂 山 家 狂 言 台本の翻刻と紹介」 『日本女子大学大学院文学研究科紀要』二二 (2)坂本清恵(二〇一六) 「現代能楽の音便」 『論集』十二 ( 3) 大 倉 浩( 一 九 九 五 )「 狂 言 記 に み る サ 行 四 段 動 詞 の イ 音 便 形 」『 文 藝 言 語 研 究 』 言語篇 二七
Typeset Versions of Shigeyama Family Kyogen Scripts of the Okura School: "Keimyo," "Niku Juhachi," "Roren," and "Nagamitsu"
SAKAMOTO Kiyoe, KAWAKAMI Mayuko, HAYASHI Miki, and Szilagyi Andrea
[Abstract]
In the 2014 academic year, the Department of Japanese in the Japan Women's University Faculty of Humanities acquired 27 volumes of kyogen scripts from the Shigeyama Sengoro family of the Okura School of the traditional form of Japanese comic theater known as kyogen. Typeset versions have been produced of four of these w or ks :"K eim yo ," w hic h be ar st he si gn atu re o fS hig ey am a M as ak az u and the "Shigeyama Library" seal, and "Niku Juhachi," "Roren," and "Nagamitsu," which bear the signatures and seals of Shigeyama members and of Hashimoto Haruo. Sh igey ama Ma sak azu, wh o is Sh igey ama Se nsak u II I, pu tth e 184 kyogen works that are presently in the Shigeyama Sengoro family into organized order, and like them, the texts here constitute materials
documenting the kyogen works of the Sengoro branch of the Shigeyama family from the mid- to late 1920s. By comparison with the scripts in the Nomura family of the Izumi School, which are of the same period, the scripts in the Sengoro family are distinguished by the more frequent occurrence of "i" onbin in the "sa" column of sounds (e uph oni c so und ch ang e fr om "s hi" to "i " in wo rds ), wh ich is a characteristic of kyogen.
[Keywords