智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵四
︶
藤 井 教 公
国際 仏教 学大 学院 大学 研究 紀要 第 号︵ 平成 年︶ 20
28
Journal of the International College
for Postgraduate Buddhist Studies
Vol. XX, 2016
智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵四
︶
藤 井 教 公
はじ めに 筆者 は智 顗撰
﹃維 摩経 文疏
﹄の 訳注 を︑ 順次
︑本 誌第 十七 号︵ 平成 二十 五年 三月 刊︶ と第 十八 号︵ 同二 十六 年三 月 刊︶
︑第 十九 号︵ 同二 十七 年三 月︶ に︑ それ ぞれ 智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵一
︶︑ 同︵ 二︶
︑同
︵三
︶と して 発表 した 本 ︒ 稿は
︑先 に刊 行し た訳 注︵ 一︶ から
︵三
︶に 続く もの であ る︒ 体裁 は前 稿を 踏襲 して
︑﹃ 新纂 大日 本続 蔵経
﹄ 第十 八巻 所収 の﹃ 維摩 経文 疏﹄ のテ キス ト原 文を 数行 のま とま りご とに 区切 って 示し
︑そ の部 分の 訓読 を掲 げ︑ 次に その 部分 の訳 注を 付し た︒ 本稿 は四 七一 頁下 段十 一行 目か ら四 七五 頁中 段九 行目 まで を掲 載す る︒ この 続き は順 次発 表し てい きた い︒ 過誤 の多 いこ とを 懼れ るが
︑大 方の 批正 を請 う次 第で ある
︒凡 例は 次の 通り であ る︒ テキ スト の解 題は 智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵一
︶を 参照 され たい
︒ 国際
仏教 学大 学院 大学 研究 紀要 第二 十号 平成 二八 年三 月
一
凡 例 一︑ テキ スト 原文 には 一︑ 二点
︑レ 点な どの 返り 点が 施さ れて いる が︑ 読点 や句 点は ない
︒今
︑返 り点 を省 き︑ 意味 に従 って 句点 を施 した
︒ 一︑ テキ スト の文 中に は頁 と段 の変 わり 目に カッ コで
﹃新 纂大 日本 続蔵 経﹄ 巻十 八の 頁と 段を 示し た︒ 一︑ 字体 はテ キス ト部 分と その 引用
︑書 き下 し文
︑﹃ 大正 蔵経
﹄所 収の 経典 論書 の引 用部 分な どは
︑原 則と し て正 字を 用い た︒ それ 以外 は略 字を 用い た︒ 一︑ テキ スト 文中 のゴ チッ ク字 体部 分は
﹃維 摩経
﹄の 経文 部分 であ る︒ 一︑ テキ スト 文中 の︿
﹀内 の部 分は 割り 注部 分を 示す
︒ 一︑ 書き 下し 文中 のヤ マカ ッコ は筆 者に よる 補い で︑
﹃略 疏﹄ との 対照 によ るテ キス ト欄 外注 記に 従っ て字 を 補っ たも ので ある
︒ 一︑ 守篤 本純 の﹃ 維摩 詰經 疏籤 録﹄ の場 所の 指示 は︑ 巻数 と頁 数を 記し
︑頁 数の 次に 表の 場合 は﹁ オ﹂
︑裏 の 場合 は﹁ ウ﹂ と記 した
︒ 一︑ 註に 記し た典 拠の 引用 文で
︑引 用部 分が 判然 とし にく い場 合に は該 当部 分に 傍線 を付 した
︒
【テ キス ト︼
﹃新 纂大 日本 続蔵 経﹄ 巻十 八︑ 47 1c 11 -472a1
(以 下頁
︑段
︑行 のみ を記 す) 如是 案此 即爲 三意
︒一 總明 如是 意在 勸信 者︒ 如來 如法 相解
︒如 法相 說︒ 所說 誠諦 必可 信從 也︒ 大智 論云
︒佛 法大 海︒
智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵四
︶︵ 藤井 )
二
信爲 能入
︒智 爲能 度︒ 如是 者即 是信 相︒ 又如 是是 善信 之辭
︒不 信者 言是 事不 如是
︒信 者言 是事 如是
︒有 信之 人︒ 入佛 法能 得四 沙門 果︒ 其無 信者
︒雖 復出 家剪 落著 染衣
︒讀 種種 經︒ 能難 能答
︒於 佛法 中︒ 空() 無所 獲︒ 又大 智論 云︒ 如是 者示 人無 諍之 法︒ 佛以 無猗 心說
︒弟 子以 無著 心受
︒故 能得 解脫
︒故 言如 是︒ 非如 外道 說者 以執 見心 說︒ 聽者 以取 著心 受︒ 現世 鬪諍
︒死 入地 獄︒ 豈名 如是
︒故 智度 論偈 云︒ 自法 愛念 故毀 呰他 人法
︒雖 持戒 行人 不脫 地獄 苦也
︒ 又古 來法 師多 云︒ 如是 者﹇ 47 1c
﹈文 如理 是︒ 文以 巧詮 爲如
︒理 以無 非曰 是也
︒ ( ) テキ スト には
﹁空
﹂の 次に
﹁無
﹂の 一字 があ るが
︑﹃ 大智 度論
﹄の 原文 より して 衍字
︒い ま削 除す る︒
【書 き下 し】 如是 此を 案ず るに 即ち 三意 と爲 す︒ 一に 總じ て如 是の 意は 信を 勸む るに 在る を明 かす とは
︑如 來は 法相 の如 く解 し︑ 法相 の如 く說 く︒ 所說 の誠 諦は 必ず 信從 すべ きな り︒
『大 智論
﹄に 云く()
︑﹁ 佛法 の大 海は 信も て能 く入 ると 爲し
︑智 もて 能く 度る と爲 す︒ 如是 とは 即ち 是れ 信の 相な り︒ 又︑ 如是 は是 れ善 信の 辭な り︒ 不信 とは 是の 事︑ 是く の如 から ざる を言 う︒ 信と は︑ 是の 事︑ 是く の如 くな るを 言う
︒有 信の 人は 佛法 に入 り︑ 能く 四沙 門果() を得
︒其 の無 信な る者 は︑ 復た 出家 して 剪落 し()
︑染 衣を 著︑ 種 種の 經を 讀み
︑能 く難 じ︑ 能く 答う ると 雖も
︑佛 法中 にお いて 空に して 獲る 所無 し﹂ と︒ 又︑
﹃大 智論
﹄に 云く()
︑
﹁如 是と は︑ 人に 無諍 の法 を示 す﹂ と︒ 佛は 無猗 の心() を以 て說 き︑ 弟子 は無 著の 心を 以て 受く
︒故 に能 く解 脫を 得︒ 故に 如是 と言 う︒ 外道 の︑ 說く 者は 執見 の心 を以 て說 き︑ 聽く 者は 取著 の心 を以 て受 け︑ 現世 に鬪 諍し
︑死 して 地獄 に入 るが 如く に非 ず︒ 豈に 如是 と名 づけ んや
︒故 に﹃ 智度 論﹄ 偈に 云く()
︑﹁ 自法 の愛 念の 故に 他人 の法 智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵四
︶︵ 藤井 )
三
を毀 呰せ ば︑ 持戒 の行 人と 雖も
︑地 獄の 苦を 脫れ ざる なり
﹂と
︒又
︑古 來の 法師()
︑多 く云 く︑
﹁如 是と は文 は如
︑ 理は 是な り︒ 文は 巧詮() を以 て如 と爲 し︑ 理は 非無 きを 以て 是と 曰う なり
﹂と
︒ ( )
『大 智論
﹄に 云く
『大 智度 論﹄ 巻第 一に
﹁以 故初 A如 是語
︒答 曰︒ 佛法 大海 信爲 能入
︒智 爲能 度︒ 如是 義者 即是 信︒ 若人 心中 有信 清淨
︒是 人能 入佛 法︒ 若無 信是 人不 能入 佛法
︒不 信者 言是 事不 如是
︒是 不信 相︒ 信者 言是 事如 是︒ 譬如 牛 皮未 柔不 可屈 折︒ 無信 人亦 如是
︒譬 如牛 皮已 柔隨 用可 作︒ 有信 人亦 如是
︒復 次經 中説 信如 手︒ 如人 有手 入寶 山中 自在 取 寶︒ 有信 亦如 是︒ 入佛 法無 漏根 力覺 道禪 定寶 山中
︒自 在所 取︒ 無信 如無 手︒ 無手 人入 寶山 中︒ 則不 能有 所取
︒無 信亦 如 是︒ 入佛 法寶 山︒ 都無 所得
︒佛 言︒ 若人 有信
︒是 人能 入我 大法 海中
︒能 得沙 門果 不空
︒剃 頭染 袈裟
︒若 無信 是人 不能 入 我法 海中
︒如 枯樹 不生 華實
︒不 得沙 門果
︒雖 剃頭 染衣 讀種 種經 能難 能答
︒於 佛法 中空 無所 得︒ 以是 故︒ 如是 義在 佛法 初︒
﹂と ある
︵傍 線部 が引 用相 当部 分︑
﹃大 正蔵
﹄巻 二十 五︑ 63 a1 -1 7︶
︒ ( ) 四沙 門果 声聞 修道 上の 四つ の階 位︒ 預流 果︑ 一来 果︑ 不還 果︑ 阿羅 漢果 をい う︒ ( ) 剪落 し
「剪 落﹂ は切 り落 とす の意 で︑ 剃髪 する こと
︒ ( )
『大 智論
﹄に 云く
『大 智度 論﹄ 巻第 一に
﹁今 如是 義示 人無 諍法
︒聞 他所 説説 人無 咎︒ 以是 故諸 佛經 初A 如是
︒﹂ とあ る︵ 同上
︑6 4a 11
︶︒ ( ) 無猗 の心
「猗
﹂は
﹁依
﹂に 同じ
︒﹃ 詩経
﹄﹁ 衞風
﹂淇 奥に
﹁猗 重較
﹂と あり
︑﹃ 釈文
﹄に
﹁猗
︑依 也﹂ とあ る︒
﹁無 依 心﹂ で︑ 依存 する こと のな い心
︑の 意か
︒ ( )
『智 度論
﹄偈 に云 く
『大 智度 論﹄ 巻第 一に
﹁自 法愛 染故 呰毀 他人 法 雖持 戒行 人 不脱 地獄 苦﹂ とあ る︵
﹃大 正蔵
﹄ 巻二 十五
︑63c4 -5
︶︒ ( ) 古來 の法 師 未検
︒た だし
︑吉 蔵の
﹃法 華義 疏﹄ にも 次の よう にあ る︒
智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵四
︶︵ 藤井 )
四
「有 人言
︒如 是者 文如 理是
︒兩 物相 似曰 如︒ 一物 無非 曰是
︒以 文能 詮於 理相 似曰 如︒ 理則 至當 無非 A是 也︒
﹂︵
﹃大 正蔵
﹄ 巻三 十四
︑4 52 b2 2- 24
︶吉 蔵の 引用 は﹁ 有人 言﹂ とな って おり
︑具 体的 人物 を指 して いる よう であ る︒ また
︑引 用の 内 容も より 詳細 であ る︒ これ らの こと を考 え合 わせ ると
︑こ の引 用は 灌頂 が吉 蔵疏 から 後に 補っ たも のと いう 可能 性も 考 えら れる
︒ ( ) 巧詮 たく みな 言い 表し
︑表 現の 意味
︒
【テ キス ト︼ 47 2a 1- 19 第二 約教 明如 是者
︒今 明四 不可 說︒ 赴機 而有 四教
︒約 四教 即有 四種 如是 也︒ 一因 緣生 滅如 是︒ 二因 緣即 空如 是︒ 三因 緣假 名如 是︒ 四因 緣即 中如 是︒ 一因 緣生 滅如 是者
︒佛 昔於 波羅 奈︒ 說五 陰生 滅︒ 俱隣 等聞 如是 之說
︒即 得悟 道︒ 此經 復土 求聲 聞人 知有 爲法 無常
︒得 羅漢 果︒ 及得 法眼 淨︒ 是爲 不空 出家 著染 衣能 得四 沙門 果也
︒ 二明 因緣 即空 如是 者︒ 如說 大品 三乘
︒同 見第 一義 無言 說道
︒斷 煩惱
︒此 經破 迦旃 延明 五義
︒二 百比 丘聞 如是 說︒ 心得 解脫
︒即 是示 人無 諍之 法也
︒ 三因 緣假 名如 是者
︒如 無量 義經 云︒ 摩訶 般若 華嚴 海空
︒宣 說菩 薩歷 劫修 行︒ 此經 亦云
︒以 無所 受而 受諸 受︒ 若 菩薩 聞如 是說
︒得 道種 智︒ 入菩 薩位
︒知 衆生 根也
︒ 四因 緣中 道如 是者
︒如 大品 說︒ 佛以 諸法 實相 故︒ 出現 於世
︒化 佛亦 以諸 法實 相故
︒出 現於 世︒ 法華 經云
︒諸 法 實相 義已 爲汝 等說
︒此 經諸 菩薩 各說 入不 二相() 門︒ 若菩 薩聞 如是 說︒ 即見 佛性
︒開 佛知 見︒ 住不 思議 解脫 也︒ ( )
『略 疏﹄ では
﹁相
﹂を
﹁法
﹂に 作る
︒﹁ 此經 諸菩 薩各 説入 不二 法門
﹂︵
﹃大 正蔵
﹄巻 三十 八︑ 56 8c
︶6 智顗
撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵四
︶︵ 藤井 )
五
【書 き下 し】 第二 に教 に約 して 如是 を明 かさ ば︑ 今︑ 四不 可說() を明 かす
︒機 に赴 いて 四教 有り
︒四 教に 約し て即 ち四 種の 如 是有 るな り︒ 一に 因緣 生滅 の如 是︒ 二に 因緣 即空 の如 是︒ 三に 因緣 假名 の如 是︒ 四に 因緣 即中 の如 是な り︒ 一の 因緣 生滅 の如 是と は︑ 佛︑ 昔波 羅奈 に於 いて 五陰 生滅 を說 きた もう
︒俱 隣等 は是 くの 如き 說を 聞き()
︑即 ち 悟道 を得
︒此 の經 は土 を復 して() 聲聞 を求 むる 人は 有爲 法の 無常 を知 り︑ 羅漢 果を 得︑ 及び 法眼 淨を 得︒ 是れ を空 しく 出家 し︑ 染衣 を著 せず して
︑能 く四 沙門 果を 得る と爲 すな り︒ 二に 因緣 即空 の如 是を 明か すと は︑
﹃大 品﹄ に說 くが 如く()
︑﹁ 三乘 同じ く第 一義 無言 說道 を見
︑煩 惱を 斷ず
﹂と
︒ 此の 經は
﹁迦 旃延 を破 し︑ 五義 を明 かし
︑二 百比 丘︑ 是く の如 き說 を聞 いて 心に 解脫 を得()
﹂と
︒即 ち是 れ人 に無 諍の 法を 示す なり
︒ 三に 因緣 假名 の如 是と は︑
﹃無 量義 經﹄ に云 うが 如し()
︒﹁ 摩訶 般若
︑華 嚴海 空︵ を説 き︶
︑菩 薩の 歷劫 修行 を宣 說す
﹂と
︒此 の經 に亦 た云 く()
︑﹁ 無所 受を 以て 諸受 を受 く﹂ と︒ 若し 菩薩 是く の如 き說 を聞 かば
︑道 種智 を得 て︑ 菩薩 位に 入り
︑衆 生の 根を 知る なり
︒ 四に 因緣 中道 の如 是と は︑
﹃大 品﹄ に說 くが 如し()
︒﹁ 佛は 諸法 實相 を以 ての 故に 世に 出現 した もう
︒化 佛も 又亦 た諸 法實 相を 以て の故 に世 に出 現し たも う﹂ と︒
﹃法 華經
﹄に 云く(%)
︑﹁ 諸法 實相 の義 は已 に汝 等が 爲に 說け り﹂ と︒ 此の 經は
︑諸 の菩 薩︑ 各︑ 入不 二相 門を 說く に︑ 若し 菩薩
︑是 くの 如き 說を 聞か ば即 ち佛 性を 見︑ 佛知 見を 開い て不 思議 解脫 に住 する なり()
︒10 (
) 四不 可説 大乗
﹃涅 槃経
﹄に 説か れる
﹁生
﹂と
﹁不 生﹂ の四 句分 別に 基づ いた 四種 の不 可説
︒生 生不 可説
︑生 不生 不 可説
︑不 生生 不可 説︑ 不生 不生 不可 説の 四種 をい う︒
﹃法 華玄 義﹄ など に度 々用 いら れる
︒﹃ 涅槃 経﹄ 徳王 品に
︑﹁ 佛言
︒
智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵四
︶︵ 藤井 )
六