浅海域における正弦波造波に伴う 2 倍周波数成分の越波量への影響
Effect of 2nd-order Waves on Wave Overtopping by Sinusoidal Waves Generated in Shallow Water
土木工学専攻
34号 細田 勝也
Katsuya HOSODA 1. はじめに海岸工学において越波量の算定は重要な問題の一つであ り,現在までに数多くの研究がなされてきた.しかし,越 波量に関係する要素が多く現象が複雑なため,越波問題に はまだ研究の余地がある.過去の研究ではその要素の一つ である前後の波の干渉に着目したものがあり,例えば不規 則波の打ち上げ高に関して戻り流れの影響が小さいほど打 ち上げ高が大きくなることが示されている
(木村ら,1982)1). また齋藤
(2006)2)は二連の孤立波を用いて2 波の間隔を短く していくと,
2波が干渉を始める波峰高のピーク間隔が存在 し干渉の結果
2波目の越波量が減少することを実験的に示 している.
本研究では,正弦波における前後の波の干渉に着目して 実験をおこなった.その結果越波量は周期によって大きく 変動した.ただしその変動は越波壁による反射(前の波と の干渉)ではなく浅海域における正弦波造波に伴う
2倍周 波数成分によるものであることが判明した.
2.
正弦波造波による海岸堤防実験
2.1実験概要
実験は吸収性能付きピストン型造波装置を有する断面
2次元装置を用いておこなった.図-
1に実験模型概要図を示 す.実験水槽は一様水深部
0.25m,一様斜面勾配1/20であ る.なお,集水箱内には乱れを抑えるために消波マットを 設置して計測をおこなった.データの取得には
AD変換ボードを装備したノート型パソコンを用い,サンプリング周波
数は
100Hzでデータを取得した.造波信号の振幅は沖波換算波高
H0を
5.0cmとなるように周期に応じて決定した.個々波は水位計データからゼロダウンクロス法により定義 した.波高,越波量は水位変動の時系列データを定常状態 に達したと判断される所から連続する
5波の平均を取り,
さらに越波量については単位幅当たりとしている.
2.2
実験結果
周期Tと越波量
Qの関係を求めたものを図-2(
■印)に示す.
従来の規則波による越波量の考え方によると周期の増大に 伴い越波量は単調に増大する.しかし,今回の実験条
0.25[m]
10.30[m]
x
wave maker
s=1/20
14.91[m]
3.00[m]
10[mm]
15[mm]
X1 X2 X3 X4 wave gauge
図-1 実験模型概要図
1 1.5 2
0 20 40
0 2 4
T[s]
overtopping rate [cm3 /cm/wave]
Q(hc=1.0cm)
η[cm]
ηp(hc=1.0cm)
Q(hc=0cm)
図-2 周期
Tと越波量
Qの関係
件では周期の増大に伴い越波量が単調増加するというわけ ではなく,T=1.75,2.10s付近で越波量が減少するという 傾向がみられた.またこの図中には堤防前面における水位 変動ηのピーク値(以下 η
pとする)を併せて示す.ただし η
pは越波量を算出する際に用いた5 波の平均値である.こ の図より越波量
Qはη
pと強い相関があることがわかる.こ こで堤防前面における水位計データ,つまり越波波形に着
目すると
T=2.10sでの越波波形は図-3に示すように,
T=2.00,2.20sの越
波波形と比べ η
pが小さくなって いるとともに
2次波峰が存在す る.このことが 結果として越波 量Qを減少させ
41 42 43
0 2 4
time[s]
η[cm]
T=2.0[s]
T=2.1[s]
T=2.2[s]
図-3 堤防前面における越波波形
ている原因の1つと考えられる.なお越波 波形に2 次波峰が存在するのはT=2.10sの ケースのみである.
2.3
反射波の影響について
反射波の効果について検討するために 堤防高さh
c =1.0cmと堤防なしの2ケース について,図-
1に示した水位計群
X1, X2, X3, X4の
4台のデータを用いて
SLSM法に より一様水深部において入反射分離をお こなった.各水位計の間隔は造波板から
5,7.5,10cmであり,分離地点はX2 (X=10.125m)である.そ
の結果,
hc =1.0cmでの反射率は
7%程度,堤防なしのケー スについては反射波が
2%程度であることが確認された.また,図-2 から周期Tと越波量
Qの関係は堤防の有無によら ない.これらのことから越波量の変動には反射波は関与し ていないと考えられる.
2.4 2
倍周波数成分について
次に着目したのはX
2地点における進行(実測)波形が周 期によりかなり異なる点である.水位計データに数値ロー パスフィルターを施すことにより基本周波数成分と高次成 分との分離をおこなった.その際カット周波数は
1.5/Tとし,さらに高次成分についてカット周波数を2.5/Tとして
2倍周波数成分を分離した.厳密解である有限振幅波理論では水 位変動をフーリエ級数展開すると
1次成分(基本周波数成 分)と拘束波としての
2倍周波数成分が存在する.そのた め正弦造波すると造波に伴う
2倍周波数成分が自由波とし て発生する.ここで
2倍周波数成分間の位相関係について 検討する.
2次の拘束波は造波周期
Tに対応する波速
C 1で伝 わる.一方自由波は周期
T2=T /2に対応する波速C
2で伝わ る.任意地点における拘束波と自由波の到達時間の差は式
(1)で表される.( )
=∫
X( )
−∫
X C( )
x dx xC X dx
0 2 0 1
τ
(1)
造波段階で逆位相となっていることを考慮すると,
⎪⎪
⎩
⎪⎪⎨
⎧
+
⋅
= +
⋅
⋅
=
⋅
=
:同位相
:逆位相
) 1 2 4 ( ) 1 2 2 (
4 2 2 2
2 2
T n T n
T n T n
τ n=0,1,2… (2)
となることが予想される.式(1),(2)から
X=10.30m(斜面先端) ,
14.91m(汀線)地点において拘束波と自由波との
位相差を求め,実験結果である
2倍周波数成分の波高H
2, 越波量との関係をそれぞれ図-4(a),(b)に示す.図中の△,
▽マークは順に各周期におけるτをT /4 で割ることにより 奇数となる場合が同位相(
H2:最大) ,偶数となる場合が逆 位相(
H2:最小)であることを示す.これより両地点にお いて
H2の変動は
2倍周波数成分の位相関係と対応している ことがわかった. ただしX=14.91mでは
2倍周波数成分より も
1次成分の変動量が大きく越波量の変動と相関が高い.
これはX=14.91mでの数値ローパスフィルターを施して得 られた
2倍周波数成分は, 図-
3で示されるような砕波後の 前傾化した三角形の越波波形を周波数分解しているに過ぎ ないことに対応している.そのため,
2倍周波数成分の位相 関係と越波量の増減とに相関があるのではないかと推測さ れるものの,斜面での実験(砕波・遡上を含む)ではその 検証は困難である.
3.
一様水深中の鉛直壁での実験
3.1実験概要
越波量に与える
2倍周波数成分の影響を検討するために 非砕波となる一様水深での実験をおこなった.実験模型概 要図を図-5 に示す.造波周期は式(1),(2)から鉛直壁前面
(X=10.00m)
において2 次の拘束波と自由波とが同位相お
よび逆位相となる周期と,その間を埋めるように斜面での 実験と同様に
0.05s刻みとした.
0.25[m]
x
wave maker
10.00[m]
45[mm]
3.00[m]
wave gauge
図-5 実験模型概要図(鉛直壁での実験)
1 1.5 2
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
0 10 20
T[s]
τ/(T/4) H[cm] overtopping rate [cm3 /cm/wave]
phase lag at X=10.30m overtopping rate Q H2(2nd.order)X=10.30m
H1(1st.order) X=10.30m
図-
4(a) 2次成分波間の位相差と
2次 成分の波高および越波量(
X=10.30m)1 1.5 2
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
0 10 20
T[s]
τ/(T/4) H[cm] overtopping rate [cm3 /cm/wave]
phase lag at X=14.91m overtopping rate Q H2(2nd.order)X=14.91m
H1(1st.order) X=14.91m
図-
4(b)同左
(X=14.91m)3.2
実験結果(図-
6)ま ず 鉛 直壁の 無 い 状態
(全 水 槽 長は
18.35m)で ,
X=10.00mにおいて2倍周波数成分間の波高(
●)はほぼ計算した位相関係と対応している.鉛直壁の設置時にも波高は 反射のために大きくなるものの同じ対応関係が確認される.
越波量は
2倍周波数成分の波高と同様の挙動を示し,
2倍周 波数成分間の位相関係が越波量に大きく影響していること がわかった.計算では
T=
2.00sにおいて
2倍周波数成分の 位相関係が逆位相となり波高は打ち消されて越波量が最小 となることが期待される.しかし,実際にはもっと長周期
側の
T=2.10sにおいて2倍周波数成分の波高および越波量
は極小値をとっている.このことは周期の長い側における 差異は
3次成分の影響と考えられる.
1 1.5 2 2.5
0 1 2 3 4 5 6 7 8
0 10 20 30 40
T[s]
τ/(T/4) H[cm] overtopping rate [cm3 /cm/wave]
overtopping rate Q phase lag at X=10.00m H2<壁なし> H2<壁あり>
図-6
2次成分波間の位相差と
2次成分の 波高および越波量
(X=10.00m)3.3 2
倍周波数成分に対する考察
クノイド波
1次近似解のフーリエ級数展開の係数を用い て計算した各地点の
1次および
2倍周波数成分の波高と実 験結果との比較をおこなう.
H2maxおよびH
2minは
2次の拘 束波と自由波の位相関係が同位相および逆位相となった場 合の波高であり,
H2bを
2次の拘束波の波高とすると
H b
C
H C 2
2 1 max
2 1⎟⎟⋅
⎠
⎜⎜ ⎞
⎝
⎛ +
= (3)
H b
C
H C 2
2 1 min
2 1⎟⎟⎠⋅
⎜⎜ ⎞
⎝
⎛ −
= (4)
となる
3). これを基に比較をおこなったものを図-7 に示す.
概ね計算と実験結果とで
2倍周波数成分の波高H
2は同様の 挙動を示しているといえるが,図-
6と同様に逆位相となる タイミングが
T=
2.00sと
2.10sとで異なる結果となった.こ
の原因として以下のことが考えられる.長周期側では非線 形性により波速が異なる.またさらに高次の成分である
3次成分が影響し,
1次との差の干渉を考慮する必要があるの ではないかと推測される.後者については周期が長くなる に伴い,
2倍周波数成分に対して
3次以降の成分の比率は大 きくなっていくことは確かである.次に波高の大きさにつ いて検討すると逆位相となる場合には計算結果に近い値と なり打ち消していることが確認できる.それに対して同位 相の場合には実験結果は計算結果の
6,7割程度となってい る.これは孤立波同士の重ね合わせが線形でないことと同 様に,同位相時の拘束波と自由波の重なりが非線形である ことに起因していると考えられる.
1 1.5 2 2.5
0 1 2 3 4 5
T[s]
H[cm]
H1 H2max H2min H2 H1<exp>
H2<exp>
図-7
X=10.00mにおける各成分波の波高(壁なし)
次に鉛直壁の高さをかさ上げすることにより越波しない 場合の鉛直壁前面での水位について検討する.
2倍周波数成 分の振幅が増幅するケース(同位相)T=1.54,1.78s,打ち 消すケース(逆位相)
T=1.64,2.10s における実測波形およ び
2倍周波数成分の水位の
1周期変動を図-8 に示すが,
2倍周波数成分が増幅するケースでは波形の峰が尖っている 様子がわかる.この尖った分だけ水位のピーク値が増大し,
結果として越波量が増大するものと考えられる.
–5 0 5
t / T
η[cm]
η2nd.order<T=1.54s>
ηtotal<T=1.54s>
ηtotal<T=1.78s>
η2nd.order<T=1.64s>
0 1 2
ηtotal<T=1.64s>
ηtotal<T=2.10s>
η2nd.order<T=,2.10s>
η2nd.order<T=1.78s>
図-8 鉛直壁前面での水位データ(越波なし)
4.
富士・吉原海岸における実験結果の検討
駿河湾に面した静岡県富士・吉原海岸において台風
6626号の高波が海岸堤防を越波し後背地に流れ込み,甚大な被 害を引き起こした.当地ではそれを契機に海岸堤防をかさ 上げすることとなり,その高さを決めるため災害当時の水 理条件を推定するべく規則波を用いた実験が実施された.
その結果被災時は,最大波で周期
T=20 s,沖波波高H0=21mと推定され,それに対応するために
T.P.17mという非常に高 い海岸堤防が築かれた
(富永ら,1967).齋藤(2006)は再実験 をおこない検討しており,ここではその時の実験条件に対 して
2倍周波数成分について検討する.実験模型概要図は 図-
9に示す通りであり,ここに
T=1.1,
1.3sの規則波を入 射させている.その結果が図-10 である.T=1.1,1.3sと もに斜面先端(X=11.90m)では
2次の拘束波と自由波との 位相差は同位相である.ここで齋藤(2006)の実験条件を基 にクノイド波
1次近似解のフーリエ級数展開をおこなった ものを図-
11(a),(b)に示す.X=6.30m地点では2倍周波数 成分は逆位相である.
H=5.0cmのケースでは2倍周波数成 分は
1次成分の波高の
28%程度であり,H=10.0cmのケースでは
53%程度である.波高の増大に伴い非線形性が強く なり,そのあたりから
2倍周波数成分の影響が顕著になり 急激に越波量は変動する可能性がある.このことを念頭に 図-
10をみると富永ら
(1967)の実験結果では,H0=8.5cmより大きい範囲では越波量は直線的に増加せず,指数関数
X
11.90
13.20 13.69
0.260 0.297 0.017
1/5
1/13
wave maker
unit:(m) 0.266
0.010
/
/
/ /
/ /
/
/
/ //
/
/
/
/
/
/
/
/
/
/
/
/
/
/
/ / / / / / /
/
図-
9実験模型概要図(富士・吉原海岸)
4 6 8 10 12
0 10 20
overtopping rate (cm3 /cm/wave)
wave height H0(cm)
T=1.3s (20s)
齋藤 (1967)
周期(現地換算)
T=1.1s (17s)
図-10 沖波換算波高と 1 波当たりの越波量の関係
的に増大している.以上のことから,この実験においても
2倍周波数成分は越波量に対する影響が有意であった可能性 が高く,規則波による実験が災害時の推定越波量に対応す る入射波高の推定にあたって過大評価になっている可能性 を指摘できる.
–5 0 5
10 20
–5 0 5
time[s]
η[cm]
η1 η2b+η2f X=6.30m
X=11.90m
ηtotal
図-11(a) クノイド波
1次近似解のフーリエ級数展開
(
T=1.3s, H=5.0cm)–10 0 10
10 20
–10 0 10
time[s]
η[cm]
η1 η2b+η2f
2
)齋藤典之
(2006):越波現象に及ぼす波の連なりの効果,中央大 学大学院理工学研究科土木工学専攻修士論文
X=6.30m
X=11.90m
ηtotal
図-
11(a)クノイド波
1次近似解のフーリエ級数展開
(
T=1.3s, H=10.0cm)2. まとめと今後の課題
以下に主要な結論を列記する.①斜面での実験から周期 の増大に伴い越波量が一様に増加しないことを確認した.
②その原因として
2次成分の拘束波と自由波の位相関係に 着目した.③鉛直壁での実験により,
2倍周波数成分が越波 量に影響を与えることを検証した.④この応用例として富 士・吉原海岸における実験結果を検討し,災害時の推定越 波量に対応する入射波高の推定にあたって過大評価になっ ている可能性があることを指摘した.
今後の課題としては①斜面上での
2倍周波数成分と浅水 変形,砕波との関係の解明.②クノイド波造波により周期 の増大に伴い越波量が一様に増大するかどうかの検証実験 などが挙げられる.
参考文献
1)木村晃・瀬山明・若狭聡(1982):波のうちあげ高におよぼすも
どり流れの効果,第
29回海岸工学講演会論文集,
pp.380-384.3)関克己(2007):中央大学流体力学研究室勉強会資料(1/22)