最判平 22・6・17 裁時 1510 号 1 頁の検討
―― 最判平 19・7・6 との関係および居住利益等の 控除について ――
畑 中 久 彌*
目 次 はじめに
1.本件における取引の経緯および建物の状態 2.第 1 審
3.控訴審 4.上告審 5.検討
はじめに
本件では、建物に瑕疵がある場合に、建物の売主および設計・施工者等が 建物の買主に対してどのような責任を負うかが問題となった。社会的にも注 目を集めた居住利益等の控除問題のほか、設計・施工者等の不法行為責任を 認めた最高裁平 19・7・61との関係も問題とされている2。
*福岡大学法学部准教授
本稿は、まず、最判平 19 と本件を対比し、本件にどのような特徴がある か、最判平 19 との関係でどのように評価できるかを検討する。具体的に は、以下の点を論じることとしたい。最判平 19 では設計・施工者等の不法 行為責任が問題となったのに対し、本件ではさらに売主の不法行為責任も問 題となった。本件売主は原告との契約の当事者であり、第三者ではないが、
最判平 19 は設計・施工者等が契約当事者である場合にも適用される3。そ れゆえ、本件売主にも類似の責任を認めるべきか否かは、検討に値する問題 であると思われる4。また、最判平 19 をめぐっては、修補費用相当額の賠 償の根拠をめぐって議論が続いている。本稿では、これまでの議論を整理し つつ、特に実際の費用支出が必要かという問題について検討を加えたい。
次に、居住利益等の控除問題について、建物での生活という利益をどのよ うに評価すべきかという観点から検討を加えたい。なお、居住利益等の控除 における不法行為責任と契約責任の関係をどう評価すべきか、建物の再取得 価額の賠償が追及されているという実態をどう評価するかも問題となるが、
この点については若干の検討を加えるにとどめたい。
1.本件における取引の経緯および建物の状態
Y 1(不動産取引業者)は、Y 2(建築業者)との間で、建売用の居宅建
1 民集 61 巻 5 号 1769 頁。以下、最判平 19 という。
2 古積健三郎「判批」TKC ローライブラリー速報判例解説民法(財産法)42 号(2010 年)
2-3 頁。
3 高橋譲「解説」法曹 62 巻 5 号(平成 22 年)230-231 頁等。
4 北居功教授は、最判平 19 をふまえつつ本件における請負人の建替費用相当額の賠償責 任を肯定し、また、建物使用利益の控除を否定する。そして、これらの法理は売主に対 する賠償請求においても妥当すべきとする。北居功「判批」法教 365 号別冊付録(2011 年)
20 頁。
築を目的とする請負契約を締結した。工事の施工はY 2 が5、設計及び工事 監理はY 3(設計事務所)とY 4(一級建築士でY 3 の被用者)が行い、建 物は平成 15 年 5 月 14 日までに完成した。Y 1 ~ 3 の代表取締役は同一人で あり6、Y 4 はY 1 ~ 3 の取締役である。
Xら(原告 2 名)は、平成 15 年 3 月 28 日、Y 1 から、代金 3700 万円 で、本件建物及びその敷地を購入した。Xらは、同年 5 月 31 日、本件建物 の引渡しを受け、以後これに居住している。
本件建物の状態は次のようであった。まず、柱はり接合部については、溶 接未施工の箇所や、突合せ溶接(完全溶込み溶接)をすべきであるのに隅肉 溶接ないし部分溶込み溶接になっている箇所がある。また、1 階及び 2 階の 柱の部材が小さすぎるため、いずれも柱はり耐力比が制限値を満たしてい ない上、1 階の柱については応力度が許容応力度7を超えている。2 階の大 ばり8の部材が小さすぎるため、応力度が許容応力度を超えている。2 階及 び 3 階の大ばりの高力ボルト9の継ぎ手10の強度が不足している。外壁下地 に、本来風圧を受けない間仕切り壁の下地に使用される軽量鉄骨材が使用さ れているため、暴風時などに風圧を受けると、大きなたわみを生じ、外壁自 体が崩壊するおそれがある。基礎のマットスラブの厚さが不足しており、そ の過半で応力度が許容応力度を超えている。
5 実際の工事は全て下請に出された。第 1 審判決は下請業者の不法行為責任も肯定した
(控訴されていない)。
6 Y 1 ~ 3 の代表取締役および下請業者の代表取締役と取締役も被告とされたが、第一 審と控訴審で責任が否定された。
7 応力とは、外力に抵抗する物体内部の力をいう。許容応力度とは、物体が壊れない安 全な応力度をいう。
8 柱に結合されている主要なはりをいう。
2.第 1 審11
Xらは、本件建物には、柱はり接合部を除いても、明らかな欠陥があっ て、建物の構造耐力が不足しており、これらの瑕疵をすべて修補するために は本件建物の建替えが必要であるとして、Yらに損害賠償を求める訴えを提 起した。
(1)Xらの主張するYらの損害賠償責任の根拠
Y 1 は、瑕疵担保責任に基づいて瑕疵修補に代わる損害賠償責任を負 う12。また、Y 1 は、建売住宅の販売に当たっては、専門業者として、建物 が通常有すべき構造上の安全性を備えた建物であることを確認して販売する 義務があるにもかかわらず、故意又は過失によりその確認を怠ったものであ り、不法行為による損害賠償責任を負う。
Y 2 は、建設業者として、建設基準法に定める基準に従い、構造上の安全 性のある建物を建築する義務を当然に負っている。本件建物には、上記の 重大な瑕疵があり建物として通常有するべき基本的な安全性さえ欠如してい る。かかる瑕疵が生じるについては、元請であるY 2 において故意又は過失 の落度があったことは明らかであり、不法行為による損害賠償責任を負う。
Y 3 は設計事務所として、Y 4 は、Y 3 の取締役であるとともに、Y 3 の 一級建築士として、Y 2 から、本件建物の設計及び施工監理を請け負うとと もに、建築確認申請の代理を受託し、本件建物の設計をなし、建築確認申請
9 高張力鋼で作られたボルトをいう。
10 部材と部材の接合部分をいう。
11 名古屋地裁平 20・11・6 LEX / DB 文献番号 25463749。
12 住宅品質確保促進法の旧 88 条 1 項(現 95 条 1 項)。以下、同法を品確法という。
を代理し、施工監理を行ったものであるところ、本件建物には、上記の重大 な瑕疵があり建物として通常有するべき基本的な安全性さえ欠如しているも のであり、かかる瑕疵が生じるについては、設計及び施工監理を行ったY 3 及びY 4 において故意又は過失の落度があったことは明らかであり、不法行 為による損害賠償責任を負う。
(2)損害賠償の内容
Xらは、本件建物の取壊費用、本件建物の新築費用(2343 万円余)のほ か、工事期間中の仮住まい費用、引越費用、登記手続費用、調査費用、慰謝 料、弁護士費用を請求した。慰謝料は、建物の安全性に不安を抱きながら、
崩壊のおそれと背中合わせに日々くらしていることの精神的苦痛に対するも のとされている。
このうち、本稿の問題意識から、以下の二点における双方の主張を紹介し たい。
①建替費用の制限
Yらは、売買代金額を超えて損害賠償を認めるべきではないと主張した。
すなわち、本件建物の代金は、最大でも 1880 万円余を上回らない。本件売 買に品確法の適用があるとしても、あくまで売買契約であり、本件建物にい かに重大な瑕疵があったとしても、本件建物の売買代金額を超えて損害賠償 が認められるものではない。
これに対し、Xらは、本件建物の代金の見積もりについて争うほか(Yら の内部関係からして、本件建物の建築請負代金は通常よりも低く設定されて いる)、品確法によって、売主であっても、請負人と同様に、民法 634 条 2 項前段の担保責任を負うと定められている以上、建替えに要する費用の全額 を賠償する責任があるというべきであると主張した。
②損害額の算定における居住利益の控除
Yは、Xらの居住利益の控除について、以下のように主張した。「Xら は、平成 15 年 5 月 31 日に本件建物に入居し、以後、現在に至るまで本件建 物に居住し、使用利益相当額の利益を現実に享受しているのであり、公平の 観点からしても、同価値分を原告らの損害額から控除しなければならないと いうべきところ、Xらが享受する使用利益相当額の利益は、本件建物の近辺 の賃料相当額になるが、原告らの主張を前提としても、1 か月 20 万円を下 るものではないというべきである。……仮に、本件建物の耐用年数を 20 年 とすれば、本来、Xらは、平成 25 年 5 月まで使用可能な本件建物を所有し ていたことになるところ、当初建物と同等の建物に建て替えるための費用を 損害と認めた場合、これまでの居住期間の分だけ、耐用年数の長い建物を取 得できることになるものであり、居住利益を控除しなければ、当事者間の衡 平に反する結果になることが明らかである」。
(3)裁判所の判断
①損害賠償責任の有無
本件建物には、Xらの主張する瑕疵があることが認められ、それらの瑕疵 の修補を行うには、本件建物を解体し、再築する以外に方法がなく、建替え が必要である。本件建物に存在する上記瑕疵は極めて重大なものであり、建 物として通常有するべき基本的な安全性さえ欠如するに至っている。
Y 1 は、売主として品確法上の瑕疵担保責任を負う。また、Y 1 とその他 の被告との関係をふまえると、Y 1 には、建物として通常有するべき基本的 な安全性を欠如する本件建物を販売したことについて、少なくとも過失が あったことは優に推認しうるものであり、不法行為による損害賠償責任を負 う。
Y 2 は、建設業者として、建築基準法に定める基準に従い、構造上の安全
性のある建物を建築する義務を有し、また、Y 3 は設計事務所として、Y 1 から本件建物の設計及び施工監理を請け負うとともに、建築確認申請の代 理を受託し、Y 4 はY 3 に雇用されている一級建築士として本件建物の設計 及び施工監理の実務を担当し、本件建物の設計をなし、建築確認申請を代理 し、施工監理を行ったものであるところ、本件建物に存在する上記瑕疵は極 めて重大なものであって、建物として通常有するべき基本的な安全性さえ欠 如するに至っているものであり、かかる瑕疵が生じるについては、瑕疵の内 容及び程度からして、施工面においても、設計及び施工監理面においても、
少なくとも過失があったことは優に推認しうる。それぞれ不法行為による損 害賠償責任を負う。
②損害賠償の範囲
Y らが重大な瑕疵のある本件建物を建築し、これをXらに販売したこと によってXらが被った損害は、総額 3128 万円余と認められた。Xらの主張 した費用項目は、本件建物の新築費用が 2184 万円と認定される等、一部、
請求額を下回ったが、いずれも賠償対象として認められた。慰謝料について は、幸い大地震に見舞われず建物の崩壊の危険が顕在化しなかったこと、建 物利用について目立った障害がなく使用を継続し居住利益を得ていること、
Y側の対応が相応に誠意あるものであったことが、減額理由としてあげられ ている。
第 1 審判決は、建替費用の賠償は売買代金を限度すべきとのYらの主張に ついて、次のように述べて、これを退けた。「Yらは、品確法の適用がある といっても、XらとY 1 との間の契約が特定物についての売買契約である 以上、本件建物にいかに重大な瑕疵があったとしても、損害賠償額は本件建 物についての売買代金相当額の限度に限られる旨主張するけれども、品確法 88 条 1 項により、売主においても請負人と同様に民法 634 条 2 項の担保責 任を負うこととされている以上、瑕疵の修補のために建物の建替えを要する
場合には、建替費用の全額を賠償する責任を負うというべきである」。
第 1 審判決は、居住利益の控除を次のように認めた。「Xらは、平成 15 年 5 月 31 日に本件建物に入居し、以後、少なくとも本件口頭弁論終結時まで 5 年 4 か月余の期間にわたり、本件建物に居住し、使用について目立った障 害もなく、使用を継続し、居住の利益を享受している。こうした居住の利益 は、少なくとも、Xらの附帯請求である遅延損害金に見合う程度に達してい るものと推認される。衡平の原則に照らし、本件口頭弁論終結時までの遅延 損害金との損益相殺を認めるのが相当である。(もっとも、本件建物の建替 費用については、本件口頭弁論終結時における建替費用を算出したものであ り、建替費用について当初契約締結時からの遅延損害金を認めなくとも、X らに格別不利益を及ぼすことにはならないというべきである。)」
3.控訴審13
(1)控訴審におけるYらの主張
第 1 審判決に対しては、Yらが控訴し、Xらが附帯控訴をした。Yらが控 訴審において敷衍または追加した主張のうち、本稿の問題意識と関わるもの として、以下を紹介したい。
まず、建物の売買代金額を損害額の上限とすべきとの主張である。「Xら は、本件建物に瑕疵があることを理由に、Y 1 との間の本件土地建物に係る 売買契約を解除することができるのに、本件土地を気に入っているとして、
売買契約を解除することなく、建物の建替えを前提に、本件土地建物の売
13 名古屋高裁平成 21・6・4 LEX / DB 文献番号 25463750、消費者法ニュース 82 号(2010 年)264 頁。消費者法ニュースは、申立てと事案の概要を省略して掲載している。
買代金額……のうち、本件建物部分に相当する代金額……を大きく上回る額 の損害賠償を請求している(なお、Xらは、Yらから損害賠償金の支払を受 けても、実際には本件建物の建替えに着手しない可能性が高い。)。しかし、
上記金額……を大きく上回る損害額を認めることは、Xらが売買契約を解除 した場合を超える利益を買主に与える結果となって、相当でない。したがっ て、不法行為による損害賠償請求、瑕疵修補に代わる損害賠償請求のいずれ についても、……本件建物部分に相当する代金額……をもって、損害額の上 限とすべきである」。
次に、「少なくとも建替費用に係る損害賠償金については、Xらが本件建 物を解体することを条件として、その支払を命ずるべきである」との主張で ある。
(2)裁判所の判断
①損害賠償責任の有無
控訴審判決も、Y 1 ~ 4 の損害賠償責任を肯定した。
②損害賠償の範囲
控訴審判決は、建替費用の賠償額の制限および支払いの条件に関するYら の主張を、次のように判示して退けた。すなわち、「本件建物の瑕疵の修補 を行うには、本件建物を解体して再築する(建替え)以外に方法がないとい うのであるから、これによりXらが建物の新築費用相当額(社会通念上相当 な額)の損害を被ったことは明らかである」。また、「Xらには建物の新築費 用相当額の損害が既に発生しているのであるから、Yらに対し、建替費用に 係る損害賠償金の支払を命ずるに当たり、Xらが本件建物を解体することを 条件とすることはできない」。
また、控訴審判決は、次のように判示して、第 1 審判決が認めた居住利益 の控除を否定した。「Xらは、平成 15 年 5 月 31 日から現在まで、本件建物
に居住しており、この間、その使用についての重大な支障が具体的に生じ たことを認めるに足りる証拠はない。以上の点から、Yらは、損益相殺とし て、上記居住利益を被控訴人らの損害額から控除すべきであると主張する。
しかし、Xらは、本件売買代金を完済した上で本件建物に居住しているもの であることや、本件建物の瑕疵の内容、部位、程度等は、前示のとおり、構 造耐力についての建築基準法上の基準に適合しない重大なものであり、本件 建物は、安全性を欠いた欠陥住宅であるといえるから、Xらは、やむなくこ れに居住しているものと推認できること(なお、Xらが本件売買契約を解除 しないからといって、この判断が左右されるものではない。)等の本件の事 実関係の下においては、Xらが本件建物に居住していることにつき、損益相 殺の対象とすべき利益(居住利益)があるとすることはできない」。
損益相殺が否定されたことにより、遅延損害金の賠償(Xら各自につき 416 万円余)が認められることになった14。
4.上告審15
(1)上告受理申立理由
Yらの上告受理申立理由は、大要すると次の通りである。①Xらがこれま で本件建物に居住していたという利益、②Xらが本件建物を建て替えて耐用 年数の伸長した新築建物を取得するという利益は、損益相殺の対象として、
14 不法行為による損害賠償金(Xら各自 1564 万円余)について、不法行為の結果発生後 である平成 15 年 6 月 6 日から支払済みまでの遅延損害金を年 5 分の割合で算定。なお、
瑕疵修補に代わる損害賠償債務の遅延損害金については、催告日の翌日が起算日となる ところ、不法行為による遅延損害金の発生(平成 15 年 6 月 6 日)より前に催告をした事 実を認めることはできないとされた。
建て替えに要する費用相当額の損害額から控除すべきである。
(2)裁判所の判断
まず、①の利益については、「売買の目的物である新築建物に重大な瑕疵 がありこれを建て替えざるを得ない場合において、当該瑕疵が構造耐力上 の安全性にかかわるものであるため建物が倒壊する具体的なおそれがあるな ど、社会通念上、建物自体が社会経済的な価値を有しないと評価すべきもの であるときには、上記建物の買主がこれに居住していたという利益について は、当該買主からの工事施工者等に対する建て替え費用相当額の損害賠償請 求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として損害額から控除す ることはできないと解するのが相当である」。「本件建物には、……構造耐力 上の安全性にかかわる重大な瑕疵があるというのであるから、これが倒壊す る具体的なおそれがあるというべきであって、社会通念上、本件建物は社会 経済的な価値を有しないと評価すべきものであることは明らかである。そう すると、被上告人らがこれまで本件建物に居住していたという利益について は、損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として損害額から控除すること はできない」。
次に②の利益については、「Xらが、社会経済的な価値を有しない本件建 物を建て替えることによって、当初から瑕疵のない建物の引渡しを受けてい た場合に比べて結果的に耐用年数の伸長した新築建物を取得することになっ たとしても、これを利益とみることはできず、そのことを理由に損益相殺な いし損益相殺的な調整をすべきものと解することはできない」。
15 最判平 22・6・17 裁時 1510 号 1 頁、判時 2082 号 55 頁、判タ 1326 号 111 頁、消費者法ニュー ス 85 号 263 頁。
本判決には、宮川光治裁判官の補足意見が付されている。「建物の瑕疵は 容易に発見できないことが多く、また瑕疵の内容を特定するには時間を要す る。賠償を求めても売主等が争って応じない場合も多い。通常は、その間に おいても、買主は経済的理由等から安全性を欠いた建物であってもやむなく 居住し続ける。そのような場合に、居住していることを利益と考え、あるい は売主等からの賠償金により建物を建て替えると耐用年数が伸長した新築建 物を取得することになるとして、そのことを利益と考え、損益相殺ないし損 益相殺的な調整を行うとすると、賠償が遅れれば遅れるほど賠償額は少なく なることになる。これは、誠意なき売主等を利するという事態を招き、公平 ではない。重大な欠陥があり危険を伴う建物に居住することを法的利益と考 えること及び建物には交換価値がないのに建て替えれば耐用年数が伸長する などと考えることは、いずれも相当でないと思われる」。
5.検討
(1)損害賠償責任の有無
Y 1 はXらに対し売買契約上の責任を負う。Y 1 についてはこれに加え て、また、Y 2 ~ 4 については、Xらと直接契約を締結していないため、不 法行為責任の有無が問題となる。
最判平 19 は、基本的安全性を欠く建物の設計者、施工者、工事監理者
(以下、設計・施工者等という)の不法行為責任を肯定した16。本件建物に は構造耐力上の安全性にかかわる重大な瑕疵があり、倒壊の具体的おそれが あると認定されている。最判平 19 の基準によれば、Y 2 ~ 4 の不法行為責 任を肯定することになる。
Y 1 は、売主であるから、最判平 19 の法理は直接には適用されない。建 物に対する売主と設計・施工者等の関わり方は異なるから、売主には最判
平 19 とは異なる基準を適用すべきとも考えられる。しかし、本件建物は、
倒壊の具体的おそれのある建物であり、危険性が高い。最判平 19 の法理が 建物の安全性確保を目的としていることからすると、本件建物について同 様の法理を及ぼす必要性は高い17。また、本件では、Y 1 は売主であるが、
Y 2、Y 3 との意思決定上の人的関係が密接であるとともに、本件取引の経 緯を見ても、最初からY 1 ~ 4 が一体となって建売住宅の建築・販売を企画 し実行したものといえる18。一般的には、売主は自ら建物の建築に関わって いないから、設計・施工者等よりも危険な瑕疵を発見する可能性が低くなる し、危険な建物の作出への関与という点でも、設計・施工者等に比べて間接 的な立場にあるが、Yらの一体的関係を見てみると、本件ではそのような議 論はあてはまらない。さらに、瑕疵の発見可能性という点については、Y 1 は不動産取引業者であるから、本件建物のような重大な瑕疵を見過ごしたこ との落ち度は大きいといえる19。本件においては、瑕疵の発見可能性の差を 考慮して、設計・施工者等よりもY 1 の責任を軽減する必要はない。このよ うに、本件においては、建物の瑕疵が安全面で深刻であること、Y 1 の地位 を設計・施工者等と明確に区別できないこと、Y 1 は不動産取引業者である
16 前掲注(1)。
17 最判平 19 の差戻審判決は、問題となった建物について、生命、身体、財産に対する具 体的危険は存在しないと認定した。福岡高判平 21・2・6 判時 2051 号 74 頁、判タ 1303 号 205 頁。本件建物は、これを上回る危険性を有している。
18 古積教授は、この事情に基づいて、Y 2 ~ 4 にY 1 の契約責任に準じる義務ないし責 任を負わせるのが妥当としている。古積・前掲注(2)3 頁、4 頁注(11)(12)。同じ事 情に基づいて、これとは逆方向の議論(Y 1 にY 2 ~ 4 の不法行為責任と類似の責任を 負わせる)も可能ではないだろうか。
19 Xらは、Y 1 の不法行為責任の追及において、Y 1 の専門業者という地位に言及して いる。
こと、という事情がある。そうすると、たとえ売主と設計・施工者等とで不 法行為責任の基準を変えるべきだと一般的には言えるとしても、本件売主に ついては、建物の安全性を確保するという最判平 19 の趣旨が妥当すると思 われる。以上から、Y 1 にも不法行為責任を認めるのは妥当である。
(2)損害賠償の範囲
①不法行為責任と契約責任の関係
本件においては、不法行為責任に基づく建替費用相当額の損害賠償が認め られた。このことは、最判平 19 が基本的安全性を欠く建物による財産的損 害の賠償を認めたことと、どのような関係に立つであろうか。
基本的安全性を欠く建物の取得者が安全性を確保するために建物を修補す ることは、社会通念に照らして、通常の行為と評価することができる。これ と同様、修補では安全性を確保できない場合、建物を収去し安全な建物を建 てることは、社会通念に照らして、通常の行為と評価することができる。
そうすると、安全な建物を建築する費用も、修補費用と同様、不法行為に基 づく損害賠償の範囲に含まれる。賠償される額は、民法 416 条の類推適用に よって判断される。控訴審判決のいう社会通念上相当な額は、通常損害とし て位置付けられよう20。
ただ、以上の理解については、これを認めると、契約関係にない者に対し ても、実際には契約上の利益の保護を求めることができることになってしま うのではないか、という問題がある21。
この点については、契約によって生じた利益について不法行為上の保護を
20 鎌野邦樹「判批」NBL875 号(2008 年)14、17 頁、古積・前掲注(2)参照。
否定する必要はなく、不法行為とそのような利益の喪失との間に相当因果関 係があるかないかの問題として取り扱えば足りるとの解答があり得る22。最 判平 19 は、一定の場合に限定して、契約上の利益についても不法行為によ る保護の対象となると判断したことになる23。この立場に立てば、修補費用 も建替費用も、不法行為による損害賠償の対象となる。
以上と異なり、たとえ契約によって生じた利益の保護を不法行為法の目的 から除外するとしても、修補費用の負担は、建物取得者の既存財産を減少さ せるものとして、不法行為による保護の対象となるとの考えもあり得る24。 この立場からは、建替費用の負担も、建物取得者の既存財産を減少させる ことになるから、不法行為による保護の対象となる。ただ、最判平 19 の理 解の仕方によっては、建替費用については、修補費用と異なる考慮が必要と なる可能性がある。最判平 19 が基本的安全性を欠く建物による財産的損害
21 この問題についてどのような立場をとるかは別にして、多数の研究が指摘するところ である。大西邦弘「判批」広法 32 巻 1 号(2008 年)96-97 頁、荻野奈緒「判批」同法 60 巻 5 号(2008 年)456-457 頁、464 頁、466-467 頁、474 頁注(50)、同「判批」同法 61 巻 4 号(2009 年)182-183 頁、185 頁、新堂明子「判批」NBL890 号(2008 年)61-63 頁、
同「契約と過失不法行為責任の衝突―建物の瑕疵により経済的損失(修補費用額)が生 じる例をめぐって」NBL936 号 11-12 頁、18 頁、22 頁、高橋寿一「判批」金商 1291 号(2008 年)
6 頁、橋本佳幸「不法行為における総体財産の保護」論叢 164 巻 1-6 号(2009 年)413 頁、
416 頁注(83)、418 頁注(86)、原田剛「建物の瑕疵に関する最近の最高裁判決が提起す る新たな課題―追完の場合の利用利益返還問題および瑕疵のある建物の『権利侵害』性
―」法と政治 59 完 3 号(2008 年)36-41 頁、43-45 頁、48-49 頁、55 頁、平野裕之「判批」
民商 137 巻 4・5 号(2008 年)441-443 頁、450-452 頁、451 頁注(8)、山口成樹「判批」
判評 593 号(2008 年)186-187 頁、松元克美「判批」立命 324 号(2009 年)321-328 頁、
336-341 頁、笠井修「判批」判評 616 号(2010 年)195 頁、古積・前掲注(2)3 頁、拙稿「判 批」福法 53 巻 4 号(平成 21 年)473-474 頁。
22 山口・前掲注(21)187 頁。
23 高橋・前掲注(21)6 頁。
について不法行為責任を認めた趣旨は、建物そのものの利益ではなく、危険 な建物によって侵害される利益の保護にあると考えると、そのような利益を 保護するための費用―危険な瑕疵の修補費用―もまた、危険な建物によって 侵害される利益として、保護の対象とすべきことになる。それでは、修補に よって建物の安全性を確保できない場合はどうであろうか。建物を収去すれ ば、危険な建物は存在しなくなる。この点に着目し、建物を収去すれば危険 な建物によって他の利益が侵害される危険はなくなるから、安全性確保のた めには建物を収去すれば足りる(それゆえ建物収去費用のみが保護の対象と なる)、と考えることはできるだろうか。危険な建物から保護すべき利益に は、生命、身体、パソコン等、建物の有無とは無関係に存在する利益のみな らず、建物で生活するという利益も含まれると考えられる。建物での生活と いう利益を確保するためには、危険な建物の収去だけでは不十分であり、安 全な建物を建築することが必要である。そうすると、建替費用についても、
修補費用の場合と同じ考え方に基づき、不法行為による損害賠償を認めるこ とができる。
さらに、契約上の利益保護を不法行為法の目的から外す立場に立ちつつ、
建物価値の減少分を不法行為法の保護の対象とすることにより、修補費用と 建替費用の賠償を認めることも考えられる25。売買契約において目的物の価
24 橋本・前掲注(21)412-414 頁、416-418 頁。契約上の利益を不法行為上の保護から除 外するとの立場に立つものではないが、危険を除去するための費用が必要になっている 点に着目して損害の発生を認めるものとして、高橋・前掲注(3)236 頁注(5)がある。
また、同解説は、この損害は商品価値自体の減少とは別に評価し得る損害であろうとし ている。同解説の他、危険を除去するための費用が必要になったという点に着目する論 稿として、荻野・前掲注(21)、鎌田・前掲注(21)14 頁、松本・前掲注(21)341 頁、
山口・前掲注(21)186 頁、吉岡和弘「判批」別冊ジュリスト 220 号(2010 年)155 頁、
古積・前掲注(2)3 頁、拙稿・前掲注(21)473-474 頁、485-486 頁がある。
値と代金は対価関係にある。主観的に見て、買主の財産状態はプラス・マイ ナス・ゼロであり、売買契約以前の買主の財産状態と同じである。しかし、
安全性確保のために建物を収去した場合、建物の買主にとって、売買代金の 対価たる目的物の価値はゼロとなる。建物を収去すると、プラスがなくなる ので、マイナスのみとなる。このマイナスの分だけ、買主は既存の財産状態 よりも悪化している。このマイナス分の回復は、既存の財産状態を回復しよ うとするものであり、積極的に契約目的を実現しようとするものではない。
このように考えれば、契約上の利益を保護することになるという理由で、
建物価値減少分を不法行為による保護から除外する必要はないことになる。
もっとも、この建物価値の減少は、基本的安全性を欠く建物を契機として生 じる損害ではあるが、建物以外の利益を危険から保護するために生じた不利 益というよりも、買主の資産状態自体に生じた不利益という色彩が強いよう に思われる。最判平 19 の趣旨を、建物以外の利益の安全を確保するために 必要とされる費用の保護と捉えた場合、上記の考え方をその趣旨からどう評 価すべきかは検討の余地がある26。
また、この見地からだと、第一審におけるYらの損害賠償の上限の主張 が、理論的な面では正当性を持つことになる可能性がある(建物分の代金を
25 契約上の利益を不法行為上の保護から除外するとの立場に立つものではないが、価値 減少分そのものを損害として評価する可能性を指摘するものとして、高橋・前掲注(3)
231 頁がある。その他、価値減少分の損害賠償請求について論じるものとして、荻野・
同法 60 巻 5 号・前掲注(21)466-467 頁、新堂・前掲注(21)63 頁、高橋・前掲注(21)、
山口・前掲注(21)187-188 頁、橋本・前掲注(21)397 頁、橋本佳幸「判批」別冊ジュ リスト 196 号(2009 年)161 頁、拙稿・前掲注(23)485-486 頁、487 頁注(36)。石橋 秀起准教授は、安全性確保を前提とする建物価値への買主の信頼という保護法益を設定 し、建物価値の低下の限りにおいてその侵害が認められると指摘する。石橋秀起「判批」
立命(2009 年)378-382 頁。
26 拙稿・前掲注(25)。
限度とすべきとの主張に限ってのことであり、具体的な建物分の代金の見積 もりまで正当とするものではない)。建物収去によるXらの損害は、対価な く代金を喪失したことであるとすると、代金分が填補されればその損害は回 復されることになる(なお、これは建物自体についての議論である。建物収 去費や引越費用は、Xらの既存財産をさらに減少させるものとして、賠償対 象となる)。こう考えると、建物収去によるXの損害賠償は、建物自体につ いていえば、代金額が上限となる。
②実際の費用支出が必要か
契約上の利益保護を不法行為法の目的から除外しないのであれば、買主が 実際に建替費用を支出していなくても、買主は契約で予定された利益を取得 していないという点ですでに損害を被っているから、建替費用分の損害賠償 請求が可能である。
また、①で最後に述べた考え方による場合でも、実際の費用支出は必要な いことになる。対価なく代金を失ったことを損害と捉えるから、実際の費用 支出をしていなくても、すでに損害が生じているといえる。
以上に対し、危険の除去費用が必要になったという点に着目する考え方
(①で二番目に述べた考え方)については、実際の費用支出がなければ、建 替費用相当額の損害は発生していないのではないか、との疑問がある27。本 件において、Yらは、建物収去を損害賠償の条件とすべきと反論している。
これは、上記疑問に通じる主張といえる。Yらのこの反論は、建替費用相当
27 古積・前掲注(1)3 頁。荻野・同法 60 巻 5 号・前掲注(21)474 頁注(50)、同・同 法 61 巻 4 号・前掲注(21)194 頁注(14)、笠井・前掲注(21)196 頁。古積教授は、現 に支出されたことが必要と指摘する。これに対し、荻野准教授は、最判平 19 の差戻審判 決の評釈において、支出前の段階で損害の発生が認められるか否かは議論の余地がある と指摘している。
額の損害賠償をしても、実際には建物を収去しないのではないか、収去しな い場合には、損害が生じていないのに賠償額を取得したことになり不当では ないか、との主張と理解することもできるからである。
以上の疑問については、次のように考えることができるのではないだろう か。まず、実益論として、訴えの段階で修補・建替費用が支出されていない こともやむを得ない場合が多いと思われる。被害者たる買主や注文者は、売 買代金や請負報酬を支払った上で、一時的にではあれ、さらに修補・建替え 費用を支弁することは困難である。被告から取得した金銭で修補・建替えを 行わざるを得ない。この状況のもと、損害賠償を請求するためには実際の支 出が必要であるとすると、裁判の結果の予測が困難なこととも相まって、被 害者に酷な結果となる。
次に、理論的には、次のようにして既存財産の毀損を認めることができる のではないか。実際に支出していない段階でも、その人の財産は制約を受け ている。基本的安全性を欠く建物を修補したり建て替えたりすることは、社 会通念上、通常の行為と認められる。そうすると、その人の財産は、社会 通念上、修補・建替費用の分だけ自由に使えなくなっていると評価できる。
被害者の財産の一部は、修補・建替に通常使われる財産という制約を受ける ことになる。この点で、その人の財産は、修補・建替費用の分だけ、社会通 念上、利用の自由を奪われている(個人的には、安全性など気にせず、その ような制約をものともせず、修補・建替費用相当額を自由に使う者もいよ う。しかし、基本的安全性を確保すべき義務は、社会一般に対するものであ るから、通常人を基準にして考えるべきである)。その自由を回復するため には、修補・建替費用相当額の填補を受ける必要がある。以上のように考え ることで、実際の支出がない段階においても、被害者の既存財産について修 補・建替費用分の損害が生じているといえないだろうか。
(3)損益相殺または損益相殺的調整
①現代社会において建物での生活が備えるべき最低限の属性
建て替えざるを得ない建物に居住していたことが損益相殺または損益相対 的調整の対象となる利益といえるかについては、通常の品質での利用という 基準や28、市場で評価された財産的価値といった基準が示されてきた29。そ して、欠陥住宅に仕方なく居住していることは利益ではなくむしろ継続的に 不利益を被っているとの指摘や30、「安全性に欠け、快適で健康的な居住環 境すら提供できないような建物ははたして建物としての効用を有するものと いえるだろうか」との指摘31、こうした建物を「使用し続けたということを もってただちに建物に価値があったということは導けないであろう」といっ た指摘がなされてきた32。
これに対し、切迫した危険のある建物であれば使用価値や交換価値はゼロ であろうが、何年にも渡って使用し続けている建物は、それには該当しない のではないか、一定の価値のある建物というべきではないか、との疑問を示 す見解がある33。
両者の間には、どの程度の品質の建物であれば、そこでの居住を利益とし て認めることができるかについての対立がある。この点については、次のよ
28 松本克美「欠陥住宅被害における損害論」立命 280 号(2002 年)19 頁、同「欠陥住宅 訴訟における損害調整論・慰謝料論」立命 289 号(2003 年)69-71 頁。
29 古積・前掲注(2)4 頁(本件判決の評釈)。
30 松本・損害論・前掲注(29)18-19 頁。
31 銭偉栄「建物に重大な瑕疵がある場合における注文者の権利―建替え費用相当額等の 賠償請求権を中心として―」小林一俊博士古稀記念論文集編集委員会編『財産法諸問題 の考察:小林一俊博士古稀記念論文集』(酒井書店、2004 年)408-409 頁。
32 笠井修「判批」NBL764 号(2003 年)72-73 頁。
33 後藤勇『請負に関する実務上の諸問題』(判例タイムズ社、1994 年)90 頁。半田吉信「評 釈」判評 533 号 196 頁も参照。
うに考えられるのではないだろうか。
買主は、安全な建物に居住する利益を喪失した。この損害について損益相 殺ないし損益相殺的処理をするためには、買主が失った上記利益が、一部な りとも填補されたといえる場合でなければならない。では、どのような利益 を得れば、上記利益が一部なりとも填補されたといえるだろうか。本件建物 には、構造耐力上の安全性にかかわる重大な瑕疵があり、倒壊する具体的な おそれがあると認定された。このような建物であっても、そこで居住してい れば、建物で生活できたという点で、安全な建物での居住と共通の経験をし たことになる。安全性を別にすれば、建物での生活という点で、両者は共通 するからである。
しかし、単に建物での生活が可能になったというだけで、買主が喪失した 安全な建物での居住という利益が―たとえ一部であっても―填補されたと考 えるべきではない。与えられた利益が、失われた利益の最低限の属性を備え ていない場合には、失われた利益はたとえその一部であっても填補されたと はいえないからである。現代社会においては、安全な建物に住むことは、建 物での生活という利益にとって最低限の属性ではないだろうか。建物の品質 があまり問題とならない社会的背景であればともかく、安全な建物に住むの は当たり前という社会的背景からすれば、倒壊の具体的おそれのある建物で の生活は、現代社会において建物での生活が備えるべき最低限度の属性を備 えておらず、建物での生活という失われた利益を填補できるだけの水準には 到達していないと思われる。それにも関わらず、その生活をもって利益と認 め、損益相殺ないし損益相殺的処理をするのは、現代社会の価値観からし て、利益の認定が広くなり過ぎているのではないか。
以上は安全性に着目した議論であるが、安全性以外の点でも、建物での生 活が利益と認められるための最低限の属性は、他にもあるだろう。これらを 総称して、社会経済的価値のある建物での居住でなければ、損益相殺ないし
損益相殺的処理の対象となる利益と認めることはできない、といえるように 思われる。
社会経済的価値のない建物での生活を利益と評価できるのは、その建物で の居住を強いられておらず(瑕疵を知らない状態や経済的・家庭的事情等に より転居を制約された状態は、そこでの居住を強いられているといえる34)、
転居できるにもかかわらず、あえてその建物での居住を選択している場合で はないだろうか。
②不法行為責任と契約責任の関係
最判平成 14・9・24 の原審は、建替費用相当額の損害賠償から居住利益を 控除した35。原審判決のこの判断を、追完請求との関係から検討する見解が あった36。本件では不法行為責任の形を取りつつも、実際には契約上の利益 の保護が追及されていると考えることもできる。そうだとすれば、不法行為 にもとづく建替費用相当額の損害賠償においても、追完の議論をもとに検討 を加えることができる37。
この立場からは、基本的安全性を備えた建物への建替費用の賠償請求は、
契約で予定された安全な建物の再取得のための費用であり、本来的な契約内 容の履行請求に代わるものといえる。不法行為に基づく損害賠償請求という 形式を取りつつも、その実態は、本来的な契約内容の履行請求と評価するこ とができる。
そうだとすると、居住利益等の控除には次のような問題がある。建替費用
34 本件上告審判決における補足意見を参照。
35 判時 1801 号 77 頁。
36 原田・前掲注(21)8-11 頁、13-24 頁、53-54 頁以下。
37 古積・前掲注(2)4 頁。
38 居住利益の控除を否定する理由として、居住は所有権に基づくものであるから法律上 の原因があり不当利得にならないことが指摘されている。澤田和也『欠陥住宅紛争の上 手な対処法』(民事法研究会、1996 年)137 頁以下、松本・前掲注(28)等。しかし、本 文のように、不法行為法は被害者を元の状態に戻すことが目的であり、それを実現すれ ば足りると考えると、元の状態よりも良くなった分に法律上の原因があるか否かは問題 とならないとの反論がなおあり得る。
また、契約が解除されていないから、相手方は受領した代金の運用利益を得る。それ にも関わらず、建物の利用利益を支払わされるのでは、被害者に一方的に不利となるこ とが指摘されている。澤田・前掲。しかし、この指摘にも、上記と同様の反論があり得る。
もっとも、損益相殺の趣旨である当事者間の公平からすれば、加害者の側の事情を考慮 することは十分に可能である。
以上の議論に触れるものとして、他に日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編『欠 陥住宅被害救済の手引』(民事法研究会、平成 9 年)89 頁がある。
39 古積・前掲注(2)4 頁。原田・前掲注(21)も参照。
賠償を被害者を元の状態に戻すための賠償として捉えた場合には、居住利益 を控除しないと被害者は二重取りすることになり、不法行為以前の状態より も良い状態となってしまうとの議論があり得る38。得ていた利益を残してお くと元の状態に戻したことにならないということで、利益の意義が重要な問 題となる。しかし、これに対し、契約の保護(元の状態に戻すことではな く、契約で予定された状態を実現すること)という発想だと、契約の本来 的内容の実現の請求が、居住利益等の控除によって妨げられないかが問題 となる39。居住利益等の控除は、買主が契約によって取得する利益を、契約 で予定していた範囲に限定する役割を果たす。しかし、それは買主の資産を 抽象的に捉えた場合にいえることであり、居住利益等の控除によって損害賠 償が減額され、建物を取得できないとなれば、建物の取得という具体的な利 益が実現しないままとなる。契約で定められた給付の本来的実現は、契約の 基本的な効力であり、尊重しなければならない40。この点で、不法行為責任 とは異なる居住利益等控除の制約があるといえる。
※本稿をなすにあたっては、福大法学部の判例研究会において有益なコメ ントを賜った。記して謝意を表したい。
40 澤田・前掲注(38)、日弁連・前掲注(38)。松本・損害論・前掲注(28)20 頁、同・
損害調整論・前掲注(28)73 頁も参照。