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Sons and Lovers 研究(1)

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(1)

Sons and Lovers 研究(1)

鉄 村 春 生

1 書翰に顕れた創作の経緯

 80ηs侃4Looθ73の脱稿は,イタリア領・Gargnanoは紫色の映るCatulus湖のほ.

とり,ブドー,オリーヴ,レモンの門々がつくる,まさに地中海的風土の中でなされた。

:LawrenceはMrs. Weekleyとの大陸逃避行のさなか,1913年4月のことである。

 So瑠伽4 Lo 6γsは,当初,中心人物の名に因ってPα初1吻γ61と題されていた。

この作品への:Lawrence自身による最初の言及は, Croydonから1910年10月18日付けで

Sydney s・Pawlingに送られた書翰に発見される。それによると, Lawrenceは,第3 番目の小説として「構想がとても面白く」(plotted out very interestingly(to me)),8.

分の1ばかり筆が進んでいるP傭Z1吻γ8Zに新しい創作意欲を充てている。 to me の 括弧に自信の揺らぎを反映させながらも,処女小説や第2番目の小説とは異なる創作世界一

への探究に自負と野心を燃焼させていることは隠しようもない。(1)

 差出し月日は不詳(2)だが,1911年にH:elen Corkeに宛てた _I have begun.Pα%τ 伽γ4again−glory, you should see it Pという文面から.Pα%Z 1協oγθZの考訂に取り組 んでいることがわかる。

 1912年3月6日には3分の2以上仕上げていて,Heinemann出版社社長willia皿

Heinelnann氏に送る前に,その原稿(MS. of七he colliery novel)を検討してくれるよ

うEdward Garnettに依頼している。同じくE・Garnett宛ての翌4月3日の書翰は

七he colliery novePの初稿がその二二に完了する予定であることを教えている。更に,

それは若干の考訂が必要であろうと書いているのは偉大なる先達・恩人であるE・Garne七t

への敬意と謙遜からであるとしても,その小説が彼の最高傑作(by far the best thing.

rve done)と自:負と野心は続いている。 Lawrenceは彼から原稿の再検討を要求されて いたのであろう,4月29日のE・Garne七t宛ての書翰で,:Heinema且n社に廻す.PαμZ

伽γθZの最初の数章の原稿をMrs・WeekleyがE・Garnettの書斉に置き忘れて来たらし いと書いている。

 5月4日から音信地は大陸に移る。

 5月21日頃には,LawrenceはMunichに行っているFriedaの不在を了しく託ちな

がらも,ドイツのWaldbrδ1でPα%11吻γθZの考訂に余念がない。23日には, Adaに

・Idid it again and have the whole here一加ished all but ten pages!と書き送って

いる。この原稿はH:einemann社にやがて順調に6月2日頃(3)に送られるのであるが,

(1)因に,彼の表現が宣伝の効果を狙っているものだとしても,丁勿Rα伽∂oz〃以降の小説で,彼  特異の小説作法を展開している事実を考慮すると,興味深いものがある。また,実際,Soπs佛♂

 五〇麗7sは前2作品より実質的で,伝統的なプロットを習熟した形で示している。

(2)Harry T. Mooreは71加Co〃θo渉θ4 Lθ ∫〃s o∫D. H.五αω7θ解9で1911年3月3日と同  月8日のAda:LaWrence宛ての書翰の間に挿入している。

(3)6月2日,E. Garnet七に宛てて, 1 m sending the colliery nove1七〇Heinemann・  書いている。

(2)

28 長崎大学教育学部人文科学研究報告 第19号

7月25日置1)に Igot Pα協躍b紹Z七his morning, and the lis七〇f notes from Duck−

worth_.IZoα渉加P傭Z 1吻7θZ・ とE. Gamet七に書き送った文面から,謝意と同時に

Lawrenceの期待を混乱させた事件の暗示にわれわれは気付く。この微妙な事情は, H・

T・Moore(2)とE・W・Tedlock(3)の解釈から総合すると, W・Heinemalm氏がPα詔

伽γ6Zを拒絶したことに端を発している。その拒絶された理由を, Lawrenceは丁加 丁γ63勿33〃の発刊をDuckworth社に任せたことがW. H:einema皿氏の不興をかった のだとしている。(4)拒絶された原稿はEGarnettの尽力でDuckworth社に廻され

た。彼はDuckwor七h社の校訂者で,その原稿に加筆・修正を施し,忠告も与えた。そこ

で,Lawrenceはその労に対して, What a Trojan of energy and conscientiousness you are!1 m going to slave like a Turk at the nove1−see if I won t doyou credi七.

エbegin in earnes七tomorrow… (5)と,始まって問もない創作活動の時期にある作家に

つきものの誇張された謝意と献身的約束で答えている。そして,8月4日には,3箇月はか

かるであろうがもう一度P傭Z躍り74を書き直すとE.G訂nettに芸術家の良心と意欲 を伝えている。その良心と意欲はPO%Z 1吻γ6Zの第1部改作の意図(6)となって表明され,

また彼の丸持(7)ともなっている。考訂を続けている間に主題がより決定的となったので

.あろう,10月6日のA.W. McLeod宛ての書翰で改題の意向を漏らしているように,

同月30日に400頁書き上げたという報告と同時に, Wi1150ηs侃4 Lo 67s do fo「atitle P

とE・Garnettの考えを伺っている。この打診は11月5日(?)の書翰にも繰り返されて,

主題と:Lawrenceの関係が到着すべき段階に到着していることがわかる。11月14日のE・

〈}arnett宛ての書翰は原稿を書留で前日Duckworth社に送ったことを知らせている。

1)α認1吻74には メoγ〃ゼがあるのだと語る:Lawrenceの気負いと共に,作品の idea

を書き送り,更にはこの作品をE.Garnet七に献呈したいとさえ告げている。この構想に ついての解説はSo駕侃4五〇η〃∫の構成に関する文学論争の契機を]M・Schorerなどに 一与えることとなっている。作品のこの要約は3種類の価値をもつている。第一は作品の構 成に関与する。それは作品の構成と構想のずれという小説美学の問題に繋がる。第2は作

品の主題に関係する。主題としてLawrenceが掲げているのは,母親と長男,長男の死

後は母親と次男との間に展開される,所謂Oedipus complexの関係である。:Lawrence の伝記やFriedaの書翰によると, Freudの精神分析学の学説はこの作品に取りかかっ た頃の:Lawrenceの念頭にはなかった。一方, Friedaは:Freud学説の称賛者であった。

そのFriedaは, Lawrenceが彼女を知ったのは1912年の春であるが,それまで彼はこの lFreudの書物に触れたことも,その学説を耳にしたこともなかったと伝えている。しか

し,考訂の最終段階でGargnanoに滞在中, Friedaは:Lawrenceの傍にあって脱稿の 助手を果たしていたことは事実である。そして,彼は彼女のFreud学説の説明を傾聴も

したし,彼女と議論もしている。(8)母親と息子の関係をOedipus complexという科学用

(1)H・T・Mooreは同書翰の日付けを Mo%面ヅ〔?22ノ吻1912〕としている。

(2)丁海θしびθα雇確oγんsoノエ). H. Lσω7θ%oθby H. T. Moore, pp.92−93一

(3)D,11.加ωγθπoθαπ4 Soηsαπ4五〇び〃s by E. W. Tedlock, p,18.

(4) 丁海θCoZZθo渉θ4 L6動67s oノエ).π. Lσz〃γ6πoθby H. T. Moore, p.147.

(5) 1う∫4.,p。135.  (6) 1屍4., p.143.  (7) 1配4., p.14・7.

<8) ア海θルfθ彿。〃sαπ4σoγγθsρo磁θηoθby Frieda Lawrence, P.185.

(3)

語でこそ集約してはいないが,Oedipus complexの破壊力を単に過去のOedipusにのみ 限定することなく, agreat tragedy (1)として,現代にこそその悲劇を洞察・分析でき

るだけの深さと広がりをもった真実として把握しているところにLawrenceの偉大さが ある。William, Pau1, Mrs・M:ore1という個の現象を通して,英国数千人の青年の悲劇

とする普遍力は天才のものといえよう。第3は採るべき批評の立場を決定させる。即ち,

作品の構想や主題に関して作者が直接説明した内容と,完成された作品がどこまで関るべ

きかという問題である。そこで,われわれは作品を,仮令作者自身によるものだとしても,

その idea の説明内容から離して,作品に独立した,自律的価値を与えることにする。

これは本論で明らかにする。

 W・Heinemann氏に出版を拒絶された別の理由として「二品」(2)の項があったのであ

るが,上記11月14日の書翰で,.Pα%Z砿oγθ」の「赤裸々の場面」(naked scenes)を充分

に穏和にしえたか否かに不安なLawrenceは,続いて, E. Garnet七に必要な削除を懇願 している。12月19日分書翰は同氏の削除の手が実際にくわえられていることを示してい る。23日のMrs. S・A. Hopkin宛てと24日E・Collings宛ての各書翰は,改題が決定し

『た Soηs砺♂Lo θ7s−autobiography (3)の出版は翌年2月だと通知する朗報になって いる0

 1913年1月にSoηs朋4五〇 〃sの重要な序文がE・Garnettに送られている。この序

.文が重要なのは,それをSO%S伽4五〇 θ73から71加1吻%π肋1)∫64に至る作品にお いて形成されている:Lawrenceの宗教的・哲学的思考体系の根幹に位置させて解釈する

.ときである。しかしながら,2月1日には,Lawrenceはその序文を書くことが彼自身に とって自然であり,書くこと以外に術がなかったから書いたのであって,その印刷も発表

も目的とするものではなかったのだという趣意を同氏に送っている。従って,事実,So窩 侃4五〇 θγ∫には序文が付いていない。2月24日,E・Collingsに,:Lawrenceは校正に 大童で,1箇月後には出版されるだろうと書いている。また,Jessie Chambersには,出 版に先がけて校正刷を贈ることを約束している。(4)この頃には,既に第4作目の小説に着

手している:Lawrenceの手記が雑っている。3月3日には校正を終えた部分の校正刷を出 版社に送っているのであるが,母国を離れて経済的窮乏に追い詰められた:Lawrenceは,・

怪しげな箇所は抹消されてもかまわないから兎に角小説が早く出版され,売れ行きが良 く,それに支えられて自分は先ず生きなければならないのだと,E. Garnettに苦境を訴

えている。4月5日のDavid Garnett宛ての書翰は, Lawrenceが最後の山積した校

正にうんざりさせられ,他方,E・CollingsがSoηsαη4 Lo砂θ7sの表紙の絵を描いてく

れて喜んでいる様子を教えている。4月18日頃は遅々として捗らない印刷に:Lawrenceは

苛立ち,悩まされている。この焦躁感は26日のA.W. McLeodへの書翰にも現れて,

Duckworth社を畜生呼ばわりすらしている :Lawrenceである。同時に,彼は出版後の

小説の商業的成功にも熱心である。この期待と焦躁とは再び5月19日のE.Garne七t宛て

(1)丁海θCo〃θo渉θ4加漉730.プ1)・五τ・加勿γ8ηoθby H, T. Moore, P.161.

(2) ∫う翫Z.,P.14了.

(3) ∫あ4.,P.170.

〈4)乃鼠,p.190.これは彼女への最後の書翰となった。

(4)

30 長崎大学教育学部人文科学研究報告 第19号

の書翰で繰り返されているのであるが,その追伸は The copy of So%sαη4五〇ηθγ3 has jus七come−I am fearfully proud of i七. I reckon i七is quite a grea七book. I shall not write quite in that style any more.1t s the end of my youthful period. Thanks

ahundred七imes. と作品完結に伴う充足感と感激,作品への愛着と誇り,恩人EGarnett への感謝を表わしている。また,この作品を書いたことが新しい,画期的な現実に彼を誕

生させたし,しかも,それは彼の「あの方法」(that s七yle)によるものだとする言明は注

目しなければなるまい。続いて21日(?)に,A. W. McLeodに 80%s伽4五〇 θγs comes out on七he 29th・ と報告した後は,作品に対する市場的関心や批評家の論説に敏感な反 応をする:Lawrenceの姿を映す書翰が続き,やがて,執筆中の丁加S魏67∫が80駕侃♂

五〇 θγ3発刊の薄れていく余韻にとって代っていく。

皿 自己実現

  Ishall not write quite in that style any more. It s the end of my youthful

period!と上に引用した。そこに,われわれは自己実現の姿勢をみる。

 LawenceはJessie Chambersを通して過去を手操り,Friedaを通して過去を越え る。1911年の後半から翌年の初頭にかけて,J. Chambersは.Pα%Z 1吻7θZの第2回目の

考訂を手伝つた。:Friedaは大陸で脱稿を援助した。それは,前者が経験という過去の知 識の提供者であり,後者が未来を結ぶ科学的知識の提供者であったということであるが,

巨視的には,作家:Lawrenceに以後の創作活動の方向を決定さえしているということで

ある。

 森の秘密の花・野ばらを愛撫し,フランス語や代数を教え教わり,絵画を鑑賞し合い,

Bes七woodの図書館で共に勉強をする若者Paulと乙女Miriamとの交歓は彼らの肉体

を遊離した,霊魂・思索・理解といった抽象の次元で展開されている。Pau1は精神的な もの以外のものの否定に頑なであったし,それへのMiriamの同意も精神的で,穏やかで あった。故意にといえる異常さで,二人は恋人同志ではないことを己れと相手に主張し,

肉体を離れることに執着する。このPau1を:Lawrenceは説明して, He was a fool

who did not know what was hapPening to hilnself. (1)と評している。 He P

で代えれば, au七〇biography の視点からはその表現の真実性は完壁だといえないであ

ろうか。母と永訣し,J・Chambersと精神において死に別れ,新しく結婚する女性を傍

に,Lawrenceは新しい存在に跳躍を試みる人間の顔を現わすことが可能な何かをもって

いたのであろう。

Lawrence was a magni且cent writer;but he was more−a symbolic man, who emerged at a crucial phase in the evolution of humanity. (2)という J. M. Murry

の評言は彼を代表とする:Lawrence批評家群の一つの傾向を特徴づけている。即ち,

:Lawrenceは芸術家としての鑑賞には耐えないとする。ある意味では,それは正しい。

:Lawrenceが追求した人間関係の主題は彼の予言者的才能と時代の悲劇性が要求し,決定

(1)50ηs伽4Lo θ7s by D. H:・Lawrence, pp.172−173.(以下頁数の指示はHeinemann刊  The Phoellix Edition of D. H.:Lawrenceによる。)

(2)In七roduc七ion士01)・丑JLσ〃γθ%oθ:5 oπo∫πo伽αηby J. M. Murry, P. xiii.     !

(5)

した。結果として,それは小説芸術が本質的に求める性質とは別のものかもしれない。実 際,Lawrenceの文学には,彼にとって文学は文学の外にあるものを指向している面があ

る。往々にして,純粋な芸術家像への期待は裏切られる。彼が育つた社会状態は彼を人間 の存在原理の発見と人間関係の完全な調和の探究に駆った。それは彼の宿命であった。

 :Lawrenceはまさしく現代のOedipusであった。 Friedaを通してOedipus complex

の科学理論を敢えて知ることすら不必要であった。彼に必要なことは己れを凝視し,創作

一することであった。(1)人間であることのヴィジョンの糧を己れに求め,その術を小説に

移した彼ではあるが,その小説を機能化する方法が「自己探索」(self−explora七ion)と

「自己実現」(self−realiza七ion)の重複にあった。自己探索が終るところに小説の素材の

発見があり,その素材の小説化に自己実現が託される。ここに作家であると同時に人間・

個人であらねばならない:Lawrenceの悲劇がある。また,現代の小説全般にいえるよう に,彼の小説は常に悲劇にその発想を起こしている。彼の場合,「生きる」ということは

「創作する」ということである。

 人類共通の自己欺隔の本質を己れの中で解明し,その残津から己れを浄化することが個

人:Lawrenceとして全人的に生きることであり,小説家:Lawrenceであることであっ

た。時代が己れの内部に惹起した悲劇的なカオスを小説の中心に置くことが人類全体を正 常な営みに戻すことに通じていた。この二つの事柄は,本質的には必らずしも同一次元に 属するものではないにもかかわらず,:Lawrenceには避け難く等号で結ばれていた。再び

いえば,ここに彼の宿命的悲劇がある。しかし,悲劇に対するLawrenceの診断は決し て悲劇的ではない。

 1で言及したように,LawrenceがE. Garnet七に送った作品の梗概と80%8侃4 Lo θγs

がその最後で実際に示しているPaulの志向との差異についての論議がある。 Soηs伽4 Lo 〃sは失敗作であるとするM・Schorerの論評を要約(2)すれぽ:,次のようになるQ

「小説が読者より作者自身に効果のある治療的機能(a七herapeutic function)を目的と して書かれる場合,特に,その作品の真の目的は知り難い。Soηs伽4 Lo喫γsはその種 の作品の好例である。Soηs伽4 Lo θγ∫には主題が二つある。第1は息子の情緒の正常 な発達を歪める母親の過度の愛情であり,第2は,その結果,成長して青年になった息子 の精神的愛と肉体的愛との問に現れる分裂(split)である。作者がこれら二つの主題を自

然に発展させれば,彼が行なった梗概の結末(H:eis left in the end naked of every−

thing, with the drift七〇wards death・(3))は不可避となる。ところが,作品では, Paul

は死に背を向けて,生に向って歩み始めている。この齪齢は作品が意図と実行(intention and performance)との問の混乱を表わしていることを示している。」M. Schorerの批 評は正しい。但し, intention と performance に等価値を与える立場をとるときの みに限られる。本来,作品を,少なくとも,芸術・文学として扱うとき,作品がその扱いの

(1)以下二っのparagraphは拙論「・4σ70% s.Ro4断章」 (「英語英文学研究」第12巻第1号  p,33−34) より。       4

(2)Technique as Discovery in Fo7欄。∫乃404θ㍑拓。吻%edi七ed by W.0 Connor, PP..

 17−20.

〈3) TんθCo〃θc渉θ4五2据θγs o/Z).11. Lαωγθ笏。θby]EL T.:Moore, P.161.

(6)

32 長崎大学教育学部人文科学研究報告 第19号

あらゆる対象となるべきである。作品がすべてであり,それ以上でも以下でもない。

:Lawrence自身が説明した梗概を作品解剖の中心にして批評することは最も危険な作業で

あろう。

 M.Spilkaは, Lawrenceが最終稿の完成前にFreudの学説に会ったという情報に基 づいて,:Lawrenceは自己の成長する心理段階に合わせて創作し,その後でFreud学説

に照合しながら作品を書き変えた,その結果,意図と作品との間に混乱が生じたのだ,

としている。(1)いずれにしても,角度を変えて観察すれば,この議論も自己実現の作家

:Lawrenceの垣間見ということになろう。しかし,意図と作品の齪酷は,芸術的統一とい うことからは,避けて通過してはならない問題で,Pau1が生に向うに至る必然的過程は

後で論究することにする。

 :Lawrenceの _one sheds one s sicknesses in books−repeats and presents again one s ernotions, to be master of them. (2)という主旨にSoπs伽4五〇 θγsが与える信

糠性はLawrenceとPau1の同一化の範囲にある。しかし,本論の目的が, sicknesses

を追求して:Lawrenceの経験や生活に浸り,再び転じて,その実相の反映をPau1の経

験や生活に求めることにあるのではない。 one とは,この場合,特定の作家であり,

:Lawrence自身を意味していることは論を待たないQそこで, A. W. Mc:Leodに宛てた

この言葉を:LawrenceのSoπ3伽4五〇 〃s創作の楽屋裏的条件として,一般化してi舞 台に上せることにする。Lawrenceを捉らえて,自己実現の場として小説を想定した作家

とする見地を続けよう。

 80ηs伽4Looθγsについては,先に:Lawrence自身の言葉として au七〇biography を 引用したし,評者の間でも自叙伝小説として定着されている。しかし,この作品が単に伝 統的な意味で自叙伝小説と呼称されているばかりでなく,自己実現を目論んだ小説家の結 実であることもその特質としているところである。この自己実現は,その兆として,既に 嬰児時代からPau1の「恰も苦痛とはどんなものであるかを理解しようとしているかのよ

う」に寄せた眉にある。更に,その自己実現の文学的客観化は人形 Arabella の火葬場

面でなされている。

 ArabellaとはPaulの姉Annieρ大変に自慢な,大きな人形であったが, Annieは

それにソファの髪油除けの被いを掛けて,ソファに寝かせたまま置き忘れていた。肘掛け からPau1が飛び降りたのが運悪くその人形の顔の上で, Arabellaは守れてしまった。

Annieは大いに涙を流し,悲しんだ。 Pau1は惨めにしょげきっていた。その2,3日後,

ArabellaのためにPau1は煉瓦で祭壇を造り,人形の体から鉋屑を引き出し,蝋の欠片

を顔に戻し,人形にパラフィンを掛け,それに火をつける。

 He wa七ched wi七h wicked satisfac七ion the drops of wax melt of£七he broken forehead of Arabella, and drop like swea七in七〇七he旦ame, So long as七he s七upid big doll burned he rejoiced in sile・1ce. A七the end he poked among七he embers with a stick,且shed out the arms and legs, all blackelled, and smashed七hem under stones.

(1) 青海6.乙。 θE云雇oo∫1)・E・.乙σzo7θπoθby M:ark Spilka, P.61.

(2)丁加五6漉750∫エ)・∬・エ}σ 7θπ06by Aldous Huxley, P,150.

(7)

Tha七 s the sacrifice of Missis Arabellaノ he said. An rmglad there s nothing left of her.

 Which disturbed Annie inwardly, al七hough she could say nothing. He seemed to ha七e the doll so intensely, because he had broken it.(⊥)

  sacrifice に関して,土居光知先生はrPau1のやうな幼年者の知ってみさうな言葉では ない。この項は作者が作ったものと思はれる。」(2)と述べられている。Pau1は年よりも 老けてみえた。それは,特に母親の感情の陰影には過度に敏感で,「彼の魂はいつも彼女 に注意しているようであった」,そんな感受性のためであろう。しかし,感受性の鋭敏さは 語i彙の豊富さにそのまま直結はしない。この頃のPau1は,姉が 1erky の遊戯に熱中し ていても,その遊戯の仲間には加えられないでいて,しかも姉の後を走り廻るだけで楽し める幼さである。また,人形を記したこの出来事も肘掛けからソファの上に飛び降りる練 習をしていた頃のことである。従って, sacri且ce にLawrenceの作意を感覚された土 居先生の洞察力は正しく秀でているといえる。このように, sacri飴e といった言わば知 的な語を語彙にもつ大人の知性と当然予想される幼い子供の未分化の思考力とのずれから

も,ここで作者が目的的であることがわかる。思考力の未分化とはrPau1がそんなに人

形を憎んだのは,自分がそれを亡したからであったようだ。」という作者による曖昧な心 理分析以上でない表現の方法からもいえることである。

 表現上の作意だけではなく,人形焼却の意義からも作者の自己実現性に接近することが できる。Paulは入形を起したがために人形を烈しく憎悪し,姉が烈しく悲しんだがため に益々惨めな気分に沈む。この憎悪と悲惨の感情は,Paulには悔恨とか感情とか以上の 意味をもっていて,苦痛そのものである。しかも,この苦痛が彼を苦しめるといったよう

なものでなく,苦痛=PauL Pau1が苦痛全部となっている。この苦痛を消すために,

Pau1は人形を「犠牲」にするのである。 Pau1の関心は人形の火葬自体にあるのでなく,

苦痛からの脱却にある。このことは,Paulが燃え屑の中から棒で突つき出して,真黒に なった腕や脚を石で粉々に砕き,原形をも残すまいとする行為に,殊に,顕著となる。こ

のような方法でPau1は苦痛という sickness を越える。

 上で,苦痛がPau1全部であるといった。人形の「犠牲」がなかったならば,苦痛が消 えることはPaulの死を伴ったであろう。人形の火葬がPaulに点る意味は母親の死に

際しても繰り返されている。文学でありえて,且つ自己実現の作家の筆としてみる場合,

So%s伽4 Lω6侭ではMrs. Morelの死は最も重要なエピソードの一つとなる。 Mrs.

:More1は癌に罹って,長い苦悩の病床に臥す。しかし,彼女の苦しみの長さと厚さの描写・

は,それ自体はむしろ間接的で,主として母親の苦しみを分担するPaulの側の苦しみを 描いてなされている。母親の死の前後の描写は彼女の苦痛が増大され深化された効果で Paulの苦痛を対象としている。従って,苦痛へのわれわれの共感は,直接母親に向わず,

Pau1に向う筈である。 Pau1がMiriamやClara以上に愛した母親の苦痛は,母親の肉

体に先行して,Paul自身に死をもたらす程激烈であるために, Paulは苦痛或は死から 身を救う手段とし,彼女の死を願ってミルクを薄め,母親から栄養を遠ざける。最後には 過量のモルヒネを投与する。Paulは母親に所謂「安楽死術」を施す。

(1) 30%3ση4五〇砂θγs,P,58.

(2) :No七es by K6chiDoiin Soηs醐4五〇〇θγ3, p.24

(8)

34 長崎大学教育学部人文科学研究報告 第19号

 拡大された形で母親の苦痛がPaulを客体化したこの死の描写はその苦痛を止めるには 母親の死以外には手段がないのだという印象すら与えている。この印象が印象であること を止めて,客観的判断とわかるのは,Pau1が母親の死を願って「安楽死術」を行なったに もかかわらず,母親の死という現実はそれに直面したPaulに母親の再生を以前に倍加す る切実さで願わせる,そのときである。「安楽死術」から,Paulは語本来の意味での「犠 牲」を経験として知るのであり,それとこの描写の中のLawrenceの姿勢とに,:Lawrence をして自己実現を試みる作家とする根拠を発見できる。また,火葬にしただけでなく,人 形の遺骸を粉々に砕くPau1の衝動は過量のモルヒネを飲まされて耳障りな呼吸をする母 親に毛布を積み重ねて窒息させようと思うPau1の衝動と共に思い出されねばなるまい。

 Paulの生活の断片に求めた,作者との重層的自己実現の資質を,次に,描写の視点か ら探ってみよう。作品の冒頭で始められた写実的手法はWilliamの少年時代から死まで の描写を支えている。厳密にいえば,the Bottomsの空間的,時間的拡がりを外部からの み眺めることによって始まった写実的手法はWilliamとMrs. Moτelとの心理的交錯の 描写にも続き,その起伏は主として外面から描かれている。例えば,Williamは H:e was

abeau七iful child, wi七h dark gold ringlets, and dark−blue eyes which changed

・gradually to a clear grey・ (Dと記述されて,巻き毛や眼の色の記述は色の記述で終り,

時間の推移で捉らえられても外部からの視点は不動である。巻き毛や眼の色はWi11iam

個人の域をはみ出ない外観上の属1生に限定されているのに対して,同じOedipus complex

に苦悩するPau1に関しては, His fair hair went reddish, and七hen dark brown;his eyes were grey. He was a palle, quiet child, wi七h eyes七ha七seemed to listen… (2)

と外面記述に形而上的な暗示が付加されている。Paulの眼は視力の器官というより,聴力 を備えているというのである。Williamは死を避けることができず, Pau1は死を拒絶で きた,その資質の差異が本質的に二人の聞にあるにしても,Pau1の描写の角度は常に彼

の存在の内部に向けられている。また,彼の顔を描いて, the peculiar knitting of the

baby s brows, and the peculiar heaviness of its eyes, as if it were trying to ullder一 stand something that was pain!(3)とPau1の身体的特徴を指摘すると同時に,作者

によるPau1の精神上の規定がなされている。 heaviness とは現代の悲しみを表わして いるのであろう。Pau1の眼についての二つの引用を比較して比喩が許されるとすれば,

垂≠宴Kはロ申き声を発する。時代が人間の中に産み落した怪物である。文脈から判断する

と,「苦痛」は精神的重みに起因する:Mrs. Morelの恐怖心である。 Mr. Morelに対する 彼女の心理状態からPaulの誕生を恐れるMrs. Morelはその心の burden をPau1

が看破しているのではないかと不安なのである。Pau1の眼は母親の「苦痛」に聴きいる ことができるのである。更に,Paul自身の,或は時代の,「苦痛」を感受できる能力を

一Paulに作者は賦与しているのである。

 Pau1のこの能力は,:LawrenceがPau1に与えた規定によるものであれ, Lawrence

の自己規定によるものであれ,Pau1と母親, Pau1と恋人達,更には時代との関連にお

いて客観化されていく。例えば,Paulが学校を卒業して間もない頃,父親が炭坑で脚に重 傷を負う事故が起こった。父親の重傷の模様は炭坑の使いの少年からと,病院に見舞つた

(i)  5 0π3 σチZ4 2⊃OZノθ73, P.14,    (2) 1配4., p.57.  (3) Zう☆」., p.36.

(9)

母親からと,われわれには間接にしか知らされない。既に父親は家庭の outsider となっ てはいるものの,Paulの心配・同情は,病床で噂吟ずる父親を素通りして, pain and一 七rouble に苦しむ母親に注がれる。 Paulにとっては,事故の被害者は父親ではなく,実 に母親なのである。従って,そういったPaulの理解の仕方が,病院に出掛ける母親には,

Alld she, tripping so quickly in her aηxiety, fe1七at the back of her her son s heart−

waiting on her, fe1七him bearing wha七part of七he burden he could, even supporting her・ (1)と安心なのである。 Pau1の理解力がそういう働きを母親にはもっているという のである。A. Huxleyが, To be wi七h him was七〇find oneself trallsported to one of the fron七iers of human consciousness!(2)とLawrenceの先天的感受性を評価するそ

の意図がここで思い出されてよかろう。A. Huxleyに限らず,:Lawrenceを知っていた 人々は等しく口を揃えて,彼は人の意識を常に驚異の世界に導いたと語っている。

 嬰児のPau1を H:e looks as if he was thinking about some七hing−quite sorrowfu1. (3)僧

とみた隣人Mrs・Kirkの言葉は,第三者の観察として,母親との関係を越えて一般的・

人類的悲劇をも洞察できるPau1の理解力を示している。 Pau1=:Lawrenceの定説を受け 入れようと受け入れまいと,Oedipus complexの「苦痛」を発見し,理解し,経験し,

超脱する人間:Lawrenceに矢張りPau1の同じ一一連の経験で逢着するばかりである。そ

して,Williamには欠如している,自己という一つの現実を越えるこの能力をPau1には

与えている,:Lawrenceのその与え方は, Arabellaの「犠牲」の儀式における感情的経一 験や行為と過剰な知性が表わすPaulの資性とは決して無縁ではありえない。

 Soπs伽4 Lo 27sは, Lawrenceが共に生きた人々,彼が生れ育つた社会的環境や時代 的風土などに如何に彼が卓越した理解力をもっているかを示すものである。勝れて正確な 理解は優れた文学に必要条件である。しかし,この個人的な要素は,また,作品の非文学

性に繋がることがある。LawrenceはMlriamの扱いに公正を払いでいる, Mr. MoreL へのPau1の親和はMrs. Morelの支配力によって損われている,現代の破壊的文明へ

の過度の憎悪が作家の審美眼を曇らせている,等々である。 ln Soηs伽4 Loρ〃∫:Law−

rence handed his mother七he laurels of vic七〇ry. (4)というJ. Chambersの評言は事実

とフィクションの間の陥穽に嵌1っていることを暴露:している。MiτiamとClaraの関係を

潜りぬけて初めてPau1はMrs. More1の実在が認識できるのであり,そしてPaulは

母親から自由になろうとする。 Inever shall meet the right woman while you live・ (5)

とPaulが母親に訴える一文から,母親との絆を否定し,新しく独立を志向するPaulの 意志と,J. Chambersの評言に三二するLawrenceの自己実現の作家の軌跡とが充分に

理解できる。「新しく」とは現実・自己を越えることである。伝統的な意味での自叙伝小 説と文学作品との隔たりに無能である程,Lawrenceの視点は不安定ではない。

(1) 1房4.,P.85.

(2) Introduction to 7 加五6 渉θ7s o∫1).π.乙α 76駕θby A. Huxley, p. xxxi.

(3) 30πs {zη4 Lo θ73, p.36.

(4) エ).」ヨ「.五α勿7θπ06,!1p〃so%σ」1〜θoo74 by E. T., p.2G2、

(5) Soηs αチ24 Loρθγs, p.351.

参照

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