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論文要旨■
祭 事 教 学 ミーマ ー ンサ ー にお け る言 語 認 識 と
サ ンス カ ー ラ
片 岡
啓
祭 事 教 学 ミー マ ー ンサ ー の根 本 経 典 『ミー マ ー ンサ ー ・ス ー トラ』 へ の 現 存 最 古 の 註 釈 で あ る 『シ ャバ ラ 註 』,そ の 「最 終 音 素 主 原 因説 」 に登 場 す るsarpskaraを,ヴ ァ イ シ ェ ー シ カ で 定 義 す る想 起 原 因 と して の 潜 在 印 象(bhavana, vasana)と す る従 来 の 解 釈 に は,次 の よ う な問 題 点 が あ る. ● 定 説 で あ る 「最 終 音 素 主 原 因説 」 とは 別個 に想 起 過 程 が 言 及 され て い るの で, 定 説 に言 及 され るsamskaraは,想 起 とは 関係 が な く,想 起 原 因 と して の潜 在 印 象 と は異 な る. ● 当 該sarpskaraは 未 知 対 象(adrsta)と 明 言 さ れ て い るが,想 起 過 程 は 文 脈 上, 既 知 対 象(drsta)範 囲 内 に収 ま る と見 な され て い る の で,想 起 過 程 に必 然 的 に 伴 う潜 在 印 象 は 未 知 対 象 で は あ りえ ず,両 者 は 同一 で ない こ とに な る. ● 当 該samskaraは 最 終 音 素 に従 属 す るが,潜 在 印 象 は定 義 上 ア ー トマ ン に従 属 す る の で,同 一 で はあ りえ ない. 一 方,当 該samskaraを,祭 式 構 成 要 素 と して の 準 備 行 為 に関 わ る未 知 の 準 備 効 果, 浄 化 効 果 と解 釈 す べ き根 拠 と して以 下 の諸 点 が挙 げ られ る. ● 当該samskaraを 含 む語 意認 識 過 程 の全 体 構 造 は,準 備,特 に未 知 の 浄化 効 果 が 定 義 上 持 つ全 体 構 造 と一 致 す る. ● 未 知 対 象 想 定 の 多 少 を も って 理 論 の優 劣 を判 定 す る 手 法 は,準 備 行 為 に 関 わ る 議 論 に も見 られ,当 該sarpskaraの 議 論 が,同 じ発 想 に基 づ くこ とを推 察 させ る. ● 同時 代 の文 法 学 者 バ ル トリハ リが,平 行 す る議 論 で言 及 す るsarpskaraも,潜 在 印象 よ りは,祭 式 構 成 要 素 と して のsarpskaraを 支 持 す る. ● ク マ ー リ ラの 潜 在 印 象 説 は,未 知対 象 想 定 最 小 限 原 則 に則 りなが ら,彼 独 自 の 貢 献 を付 加 し よ う とす る 意 図 に基 づ く もの で,samskaraを 未 知 の効 果 とす る伝 統 説 を前 提 と して お り,む しろ,本 稿 の 験 論 を支 持 す る.■
Summary■
Play and Eros: Girls'
Swing
Play and Swing
Songs in Orissa,
India
Yumiko Tokita-Tanabe
This paper deals with a hitherto downplayed aspect of femininity in India that
is related to a value found in some of the ritual play among unmarried girls in
Orissa and in the discourse of nostalgia among married women regarding their
childhood. It is my contention that an aspect of play of unmarried girls suggests
their erotic pursuit of link with the realm of the sacred and the transcendental
through their femininity. This involves the freedom of the self/soul from the
limitations and constraints imposed on the body and from the social ties that
bind the living being to this world. It allows for possibility of contact with the
divine that goes beyond the limits of social reproduction and takes the female
out of the existential limits of the social being. This freedom, however, is not to
be confused with the realisation of a free or autonomous will of an individual in
the modern liberal sense. In this connection, I attempt to show that there are
significant moments of shift from a conceptualisation of a transcendental eros to
a modern mentality in the swing play and songs performed by unmarried girls
during a festival called raja, celebrating the menstruation of the earth in Orissa.
This shift, in turn, has become related to a discourse of cultural nationalism in
Orissa. Having said that, however, I suggest that the analysis of swing songs in
raja festival not only enriches our understanding of the idea of the feminine in
India but also broadens our understanding of what constitutes our lived world.
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論文要旨
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英 国の 帝 国 戦 略 とグル カ傭 兵 交 渉
伊豆山真理
本稿 の 目的 は,グ ル カ傭 兵 交 渉 の 分析 を通 して,英 国 の 帝 国 戦 略 の 見 直 しと 「権 力 委 譲 」 交 渉 との相 互 関係 を 明 らか に す る こ とで あ る.英 帝 国 史 研 究 が,イ ン ド人指 導 者 の 意 思 を固 定 的 に捉 え る一 方 で英 国 の戦 略 は分 裂 して い た とす るの に対 して,イ ン ド史研 究 は,英 国 の帝 国 戦略 が 一貫 した 強 固 な もの で あ り,イ ン ド人 指 導 者 を拘 束 し て い た とす る.こ の両 者 の溝 を埋 め る た め に,英 国 が イ ン ドと締 験 した唯 一 の 防衛 協 定 の 性 質 を持 つ,グ ル カ傭 兵 交 渉 を取 り上 げ た. 交 渉 の 過程 は3つ の時 期 に分 け られ る.第1期 は,第2次 大 戦 後 の イ ン ド軍 の再 編 との 関係 で,グ ル カ兵 を英 軍 に直 接 雇 用 す る とい う構 想 が 出 現 す る時 期 で あ る.こ の 時 期 の 交 渉 主 体 は,陸 軍 省 を中 心 とす る本 国 の 戦略 家 と現 地 の イ ン ド軍 将校 で あ り,後 者 の発 案 が 「帝 国 の利 益 」 に 昇格 して い く.第2期 は,1946年 の ウ ェ ー ヴ ェ ル の撤 退 計 画 が発 表 され て 以 降,イ ン ド軍 の 政 治化 の 問題 や,分 離 独 立 に伴 う イ ン ド軍 分 割 の 問題 との 関係 で,英 国が グ ル カ兵 の価 値 を再 確 認 して い く時期 で あ る.こ の 時 期,会 議 派 とム ス リム連 盟 が 交 渉 過程 に参 入 す るが,結 局 ムス リム連 盟 は排 除 され る.第3期 は,分 離独 立 以 降 の 時 期 で あ る.主 権 国 家 を獲 得 す る と,ネ ル ー も グル カ兵 を 「帝 国 利 益 の手 先 」 と してで は な く,国 家 装 置 を維 持 す る た め の 軍事 的 資 源 と して 認 識 す る よ う に な り,こ こ に英 印 間の 競 争 状 態 が 出現 す る.1947年11月,英 国 ・イ ン ド ・ネ パ ー ル 問 に 旧英 印軍 の グ ル カ 連 隊 を英 軍 と イ ン ド軍 との 間 で分 割 す る こ と を中 心 とす る合 意 が 成 立 す る.こ の 合 意 は,以 後 の英 軍 に よ る グル カ兵 の 直接 雇 用 を認 め る な ど, 基 本 的 に は英 国 ・ネパ ール 間の2国 間合 意 で あ りな が ら,雇 用 基 地 や 通 過 な ど広 範 な イ ン ドの便 宜 供 与 を求 め る もの で あ っ た. 英 国 が 中央 か ら帝 国 戦 略 を合 理 的 に見 直 した 結 果 グ ル カ兵 の雇 用 を決 定 した と はい え な い.ノ ス タル ジ ッ クな 要 素 を も含 み,変 化 よ りは継 続 を志 向 した 現 地 司 令 官 の 主 導 の もと に グ ル カ傭 兵 交 渉 は成 立 した.そ して,中 央 が 希 望 した よ う に,グ ル カ傭 兵 協 定 が 英 印 間 の 防 衛 協 力 へ と発 展 し,「 英 連 邦 防 衛 」 の モ デ ル ケ ー ス とな る こ とは な か った ので あ る.■
論文要旨■
ム ス リム商 人資 本 とイ ン ドにお け る オ スマ ン朝 支 援運 動
(1876年
∼1924年)
大石高志
1910年 代 初 め 以 降 イ ン ドの ム ス リム の 問 に急 速 な高 ま りを見 せ た オ ス マ ン朝 の動 向 へ の 関心 や ヒ ラ ー フ ァ ト運 動(1919年 ∼1924年)は,従 来 は,ア リー ガル,デ ー オバ ン ドな どの よ う な政 治 的 ・宗 教 的指 導 者 層 にお け る 思想 的 な展 開の 中で 論 じ られ て きた. こ れ に対 して,筆 者 は,以 前 か ら,イ ン ドの オス マ ン朝 支 援 運 動 は,他 の ム ス リム 地 域 の もの と比 べ て,金 銭 面 で の 支援,中 小 の 地 方 都 市 まで 巻 き込 ん だ数 多 い支 援 集 会 な ど,そ の 支 援 の 実 質 性 や 関 わ りの深 さ に お い て 際立 っ て お り,当 時 の イ ン ド ・ム ス リム社 会 の 動 態 全 般 に関 わ る根 幹 的 な 問 題 で あ る と主 張 して きた. 本 稿 で は,オ ス マ ン朝 支 援 運 動 が1870年 代 後 半 か ら断続 的 に続 い て い た こ と を指 摘 し,さ ら に,イ ン ド西 部 出 身 の特 定 の ム ス リ ム ・コ ミュ ニ テ ィ(ボ ー ホ ラ ー,ホ ー ジ ャー,メ ー モ ン)や そ の なか の 有 力 な商 人 層 が,そ の 支援 運動 に お け る 中心 的 な存 在 の1つ で あ っ た こ とを,同 時代 の オ ス マ ン朝 へ の 義 援 金 記 録 や 支 援 集 会 議 事 録 の分 析 を 通 じて,新 た に特 定 して い る. さ ら に,そ う した 商 人層 が オ ス マ ン朝 支 援 運 動 に大 き な貢 献 を し,一 定 の 影響 力 を もつ 立 場 に立 っ た原 因 を,大 き く言 え ば2つ 指 摘 して い る.本 稿 で特 に論 じて い る の は,上 記 の商 人層 や そ の 出 身 コ ミ ュニ テ ィが 従 事 して い た経 済 活 動 とイ ギ リス の 覇 権 との 間 の 確 執 で あ る.ま ず,イ ン ド洋 の海 運 や海 上 交 易 に た ず さわ って い た 在 来 の ム ス リム 商 人 層(イ ン ド系 以 外 に も トル コ系 や ペ ル シ ア系,ア ラ ブ系 を含 む)が,18世 紀 末 か ら19世 紀 を通 じる期 間 の 中 で,イ ギ リス に対 して急 激 に劣 勢 に追 い 込 まれ た こ と を統 計 的 な資 料 を通 じて 数 値 的 に示 す.そ して,さ らに,そ れ に も拘 わ らず,彼 等 の 一 部 が イギ リ ス植 民 地 経 済 を利 用 し,そ の間隙 を縫い なが ら,特 に環 イ ン ド洋世界の交 易 活 動 に従 事 す る か た ち で 成 功 を収 め た こ と を,具 体 的 な特 定 の 商 家 の 事 例 な どで 明 らか に して い る.本 稿 で は,こ う した一 部 の 商 人資 本 に お け る イ ギ リス との 問 の 依 存 と反 発 の両 義 的 な 関 係 や,ア ラ ビ ア半 島 や そ の周 辺 の イ ン ド洋 海域 で,な お,在 来 ム ス リ ム政 権 と して の重 要 な働 き を果 た して い た オ ス マ ン朝 の意 味 な どか ら,彼 等 の オ ス マ ン朝 支 援 運 動 へ の 関 与 を説 明 して い る.さ らに,こ う した 原 因 に加 えて,植 民 地 下 で 彼 等 が 被 っ て い た 「ヒ ン ドゥ ー教 徒 か ら改 宗 した ム ス リム 」 と して の 社 会 的 か つ司 法 的 な扱 い が,「 敬 虔 なム ス リム 」 た る こ と を社 会 的 に認 知 させ る格 好 の機 会 で あ る オス マ ン朝 支 援 運 動 に彼 等 を向 か わせ た こ とを 指摘 して い る. ま た,オ ス マ ン朝 支 援 運動 の 中 の経 済 的 な背 景 は,逆 に,極 め て 具体 的 な か た ち で, オス マ ン朝 との経 済 的 連携 や協 力 の試 み を生 じ させ た.本 稿 で は,こ の 実例 と して,巡 礼 者 運 搬 業 にお け る連 携 計 画 や ムス リ ム商 工 業 銀 行 構 想 な どの 動 き を指 摘 し.,未 公 刊 行 政 文 書 や ム ス リム 側 史 料 を通 じて,そ の 取 り組 み の 内容 や 帰 結 を明 らか に して い る.