亀 甲文様 の美術考古学 的研究

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亀 甲文様 の美術考古学 的研究

Artarchaeologicalstudyof"tortoiseshell"

patterninEastAsia

太 田 浩 司

KojiOhta

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東 ア ジ アに み られ る 亀 甲 文様 の 美 術 考 古 学 的 研 究3

1は じ め に

奈 良 大 学 大 学 院 に 提 出 した 修f̲論 文 「亀 甲 文 様/象 徴 性 と思 想 性 」 に お い て 、 結節 点 に 文 様(結 節 文 様)を 付 加 し亀 甲枠 線 を 分 解 して 表 現 した 後 漢 画 像 石 墓(密 県 打 虎 亭 墓 ・唐 河 針 織 廠 墓)の 事 例 に 対 し、 緯 書 『周 易 乾 墾 度』 の 記 述 よ り 「太 始 」 の 状 態 で あ り天 象 を 表 現 す る もの で 、 昇 仙 思 想 に も とつ く もの で あ る と した 。 さ らに 、以 後7世 紀 頃 ま で の 東 ア ジ ア に顕 著 に認 め られ る結 節 文 様 を 付 加 す る事 例 を これ に続 く もの と位 置 づ け た 。 結 節 文 様 に は 雲 気 文 ・円 文 ・環 文 な ど を表 現 す る 事例 が み られ るが 、 三 燕 期 に該 当す る遼 寧 省 原 北 票 県 匹刺py洞 出 士鞍 金 具(図1)1)な ど ・寧 夏 固 原 北 魏 墓 出土 木棺(図2)2)・ 高 句 麗 亀 甲塚 玄 室 壁 面(図3)3)・ 同徳 花 里 2号 墳 天 井持 送 り(図4)4)に は 、 共 通 に 表 現 され る 一L原和 氏 が設 定 され る と ころ の5)ア ー モ ソ ド形 蓮 蕾 文(⑦)、 或 は そ れ に類 似 す る表 現 を と る 結 節 文 様 がみ られ る。

上 記 修 士 論 文 で は 、蓮 の 蕾 表 現 で あ る と し吉 村 怜 氏 の設 定 され る と こ ろ の蓮 華 化 生 の観 念 が 含 ま れ る形 で 表 現 され た と し、輪 繋 唐 草文 に お け る表 現 な ど か ら西 方起 源 の植 物 文様 との 融 合 の 結 果 で あ る と した。 しか し、 戦 国時 代 の織 物 で あ る湖 北 紅 陵 馬 山 碑 廠 一一一號 職 國 楚 墓 出 土龍 鳳 合腱 相 蜻 紋 繍 (図5)6)に み え る 菱形 繋 文 の結 節 点 並 び に 内 部 文様 と して み られ る龍 鳳 合膿 相 幡 紋 の絡 み 合 う中心 に表 現 され る もの が 「⑦ 」 表 現 に類 似 す る こ と は、 亀 甲文 様 にみ られ る結 節 文 様 で あ る 「⑭ 」 表 現 の 出 自 に何 等 か の連 関 が 存 在 す る ので あ ろ うか。

一一方 で こ の様 な蓮 蕾 文 表現 は、 高 句 麗 に み られ る壁 画 古 墳 で あ る 四神 塚 (図6)7)や 天 王地 神 塚(図7)8)な どで は 「辟 邪 」 の 額 に 表 現 され るの で あ る。 こ こで 、 中 国及 び朝 鮮 半 島 に お い て は 、 所 謂 「辟 邪 」 と い う もの が 壁 画 な どで 表 現 され る 事例 が認 め られ る 。 ま た 、 幾 らか の 場 合 で は 「辟 邪 」 と対 を なす もの と して 「蓮 華 」 の表 現 が み られ る。 この よ う な表 現 は

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どの 様 な 立 場 か ら来 るの で あ ろ うか 。

「辟 邪 」 は 「天 禄 」 と組 み で 「天 禄 辟 邪 」 と呼 ば れ 、 後 漢 に お い て 御 史 中 丞 を 務 め た 宗 資 の 墓 前 にみ え る二 体 の石 獣 の 各 々 の 博 ■Lに刻 して あ る も の が 挙 げ られ 、 左 の 一 角 の を 「辟 邪 」 、右 の 二 角 の もの を 「天禄 」 と い う。

チ賦 柄 氏 に よれ ば 「 『封 氏 聞 見記 』 巻 六 、 〈 羊 虎 〉条 に 「秦 漢 以 来 帝 王 陵 前 有 石 麟 麟 、 石 辟 邪 、石 象 、石 馬 之属 。 人 臣 墓 前 石 羊、 石 虎 、石 人 、石 柱 之 属 。 」 と記 述 して あ る よ うに 、そ の よ うな 制 度 が す で に秦 か ら始 ま っ た

こ とが 推 測 で き る(後 略)」 と され る9)。

そ れ で は …体 ど う して 「辟 邪」 と 「蓮 華 」 が 対 を な す 存 在 と して表 現 さ れ るの で あ ろ うか。 ま た 、 「辟 邪 」 とは 邪 臓 を 除 き去 り邪 悪 を避 け る とい う役 割 を果 たす た め だ け の 存 在 で あ った の で あ ろ うか 。 ひ い て は 、 亀 甲 文 様 にみ られ る結 節 文様 で あ る蓮 蕾 文 との 連 関 は あ るの か 、 こ れ らの 点 を 中 心 に若 干 の考 察 を加 え る。

II「 辟 邪 」 関 連 研 究 業 績

水野 清 一 氏 は 、 漢 ・六 朝 に み られ る獣 面 意 匠 は邪 視 観 念 を 基 調 に して お り、 饗 饗 文 の 退 化 形 態 と して の 獣 面 意 匠(辟 邪 意 匠)と 指 摘 され る10)。ま た 、 「(前 略)辟 邪 天 緑 は 観 念 的 な もの で あ る。 形 象 に か な りの 攣 容 を と もな ふ の は 脱 れ な い が 、 そ の 根 本 の 観 念 は確 固 た る もの が あ り、 辟 邪 と天 緑 は 端 的 に そ の 観 念 を 表 白 して ゐ る。 す な は ち 、辟 邪 の禍 悪 を 避 け よ う と い ふ 消 極 的 な 意 圖 と、 天 緑 の 群 福 を致 そ うと いふ 積 極 的 な 意 圖 との 封 観 念 で あ る。 」 との 指 摘 は極 めて 示 唆 的 で 、特 に 「形 象 に か な りの 攣 容 を と も な ふ の は 脱 れ な いが 、そ の根 本 の観 念 は確 固 た る もの が あ り、 」 の 件 は 注

目に値 す る。

また 、小 杉 … 雄 氏 は辟 邪 的 意味 あ い を もつ漢 以 来 の 基 本 神 像 の う ち顔 面 を 大 き く表 現 す る もの が あ る と さ れ 、 祈 南 画 像 石 墓 例 な どか ら純 粋 な仏 教 的 性 質 で な く、 固 有思 想 の 要 素 が強 い と され る")。

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東ア ジアにみ られる亀 甲文様 の美術考古学 的研究5 さ らに 、L原 和 氏 は 、 祈 南 画 像 石 墓 前 室 北 壁 上 横額 に 表 現 され る鋸 歯 文 中 に 交 互 に 配 され る 「辟 邪 」 の 顔 面 と蓮 華 に つ い て 、 獣 面 が 辟 邪 を 意 味 す る と され 、 これ よ り蓮 華 表 現 も 同様 に護 符 的 な 象徴 で あ ろ う と され 、 獣 面 文=辟 邪=被 葬 者 を 護 る ・蓮 華 文=被 葬 者 を護 る とい う呪 術 的 意 味 が あ る

と され た'2)。

サ 武柄 氏 は 、 中 国 に み られ る墓 前 石 獣 及 び鎮 墓 獣 を検 討 され 、辟 邪 や 天 禄 とい った 要 素 もふ ま え 、 武 寧 王 陵 出 土 石 獣 を北 魏 以 前 の 中 国 で 主 流 を な した 古式 鎮 墓獣 の 系 統 に 含 ま れ る百 済 の 独 自性 を発 揮 した もの と位 置 づ け られ た13)。

皿 辟 邪 と 蓮 華 の 連 関

先 ず 初 め に 、辟 邪 と蓮 華 の 両 者 が連 関 を 持 って 表 現 され る事 例 を挙 げ た い。 中 国 山東 省 祈 南 県 に あ る後 漢 末 の 折 南 画 像 石 墓 の 前 室 北 壁 上 横 額 の鋸 歯 文 中の 表 現 が挙 げ られ る(図8)14)。 左 端 に の み鷹 首を 表 現 し、 続 い て 蓮 華 と辟 邪 の 顔 面 を 交 互 に配 す る。 こ こにみ られ る蓮 華 の 表 現 に は 、 イ府鰍 的 な もの と側 視 的 な もの が あ る。 ・方 で 、辟 邪 の顔 面 とみ られ る もの に つ い て は 、 定 義 上 で は2本 の 角 を 有 す る もの が辟 邪 に あ た る と考 え る場 合 、 表 現 され る全25面 中 で この 条件 を 満 た す もの は2面 しか 認 め られ な い 。 残 りの23面 中7面 が 角 と も何 と も判 断 の着 か な い3つ の 山 を 頭 上 に 並 べ た も の で あ り、 残 り16面 は な に も表現 され な い。 した が って 、辟 邪=2本 の 角 を 有 す る とい う定 義 が 成 り立た な い 、 若 し くは2面 以 外 は辟 邪 を 表 現 しな い と も考 え られ る。 しか し、 同 一の 構 図 た る鋸 歯 文中 に 表 現 され る こ とか ら辟 邪 の 表 現 上 の 差 異 と考 え る こ とが 妥 当で は な い か と考 え られ る。 この 点 に 関 して は 、 水 野 清 … 氏 の 辟 邪 に 対 す る 「形 象 に か な りの攣 容 を と もな ふ の は 脱 れ な い が 、 そ の 根 本 の 観 念 は 確 固 た る もの が あ り、」 の件 が 挙 げ られ'5)、怪 盗 百 面 相 とま で は い か な い が 変 容 す る姿 を 表 現 す る と推 量 され る 。 ま た 、 鋸 歯 文 は 「区 画 す る」 ・ 「拒 絶 す る」 な ど と い っ た性 質 が 内 在

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す る と考 え られ 、天 界 と現 世 の境 界 領 域 を表 現す る とみ られ る。

次 に、 甘 粛 省 酒 泉 県 に あ る五 胡 十 六 国 時 代 の 墓 で あ る酒 泉 丁 家 間 五 号 墓 に表 現 され る(図9)'6)。 こ こで は 、前 室 藻 井 に 表 現 され る傭 鰍 的 な 蓮 華 を 中心 と して 、 次 い で 各 々 四 方 に 区 画 線 に 囲 ま れ た 事 物 を 描 写 しな い部 分 を持 ち 、そ の下 に様 々 な 事物 を 描 くが そ の 両 者 の 境 界 線 に 当た る部 分 か ら 四方 各 々上 半 身 を みせ 下 方 を睨 む2本 の角 を有 す 畏 獣 を 表 現す る。 こ こで 、 蓮 華 は 天 の 中心 を な す 蓮 華 と して の 役 割 を 果 た す と考 え られ る が 、一 方 で

2角 の 畏 獣 の 果 た す 役 割 は 正 し く 「辟 邪 」 の 定 義 に該 当す る 表現 とみ られ る。 そ して 、 これ らの 下 に 東 王 父 ・西王 母 ・日 ・月 な ど が表 現 され る。 こ の よ うに 、 日.月な ど よ り もLに 描 か れ る存 在 と して の 「辟 邪」 とは い った い どの 様 な立 場 に あ る ので あ ろ うか 。 構 図上 で は よ り天 の 中心 と して の 蓮 華 に近 い存 在 で あ る と 考 え られ る'7)。よ って 、 こ こで の 「辟 邪 」 は 区 画 線 を境 界 領 域 と し蓮 華 の存 在 場 か ら登場 す る 存 在 とみ る こ とが で き る。 林 巳 奈 夫 氏 が 天 の 中央 に あ る蓮 華 は 「天 帝」 の 象 徴 で あ る と指 摘 され る もの に あ た る と考 え られ る18)。そ して 、酒 泉J'家 問 五 号 墓 の 「辟 邪 」 は 林 巳奈 夫 氏 が 「漢 代 鬼 神 の 世 界」 にお い て 漢 代 の帯 鉤 の裏 面 に み られ る 「天 帝 使 者 」 の 文字 よ り中 央に 配 され る畏 獣 を 位 置 づ け られ(図10)19)、 また 「中 國 古 代 に お け る蓮 の 花 の 象 徴 」 で 折 南画 像 石 墓 前 室 北 壁 中 央の 柱 ・左 右 の壁 に み られ る画 像 を 上 記 の 帯 鉤 と 同 一の 構 図 と され(図11)、 中 央 の柱 の 真 中 に み え る畏 獣 を 「天 帝 使 者 」 と され た もの に あた る ので は な い か と考 え ら れ る。 こ こで は 、 「天 帝 使 者 」 が 「天 帝 」 の 象徴 で あ る蓮 華 か ら使 命 を 帯 び て 登 場 した 場 面 と解 され る。

これ よ り、 祈 南画 像 石 墓前 室 北 壁 即 ち前 室 よ り中室 へ と向 か う入 口に 当 た る部 分 に 、横 額 の鋸 歯 文 の表 現 そ の 下 の柱 や壁 に あ た る 「天 帝使 者 」 の 構 図は 二 分す る世 界 をつ な ぐ境 界領 域 と して の 場面 を表 現 す る と考 え られ 、

「天 帝 使 者 」 の 登場 に よ り被 葬 者 と天 界 を繋 ぐパ イプ が で き る と考 え られ る。 この点 に つ い て は 、林 巳 奈 夫 氏 が 「漢 代 鬼 神 の 世 界 」 の 中 で 死 者 は 北

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東 ア ジアにみ られ る亀甲文様の 美術考古学的研究7 斗 星 君 の も とに 向 い 、 生 前 の 罪 を 裁 か れ た ので は な い か と い う指 摘 が 挙 げ

られ る。 則 ち 、 「天 帝使 者 」 が 被 葬 者を 連 れ て い く役 割 を果 たす もの と考 え られ 、 昇 仙 の構 図 と考 え られ る。

ま た 、梧 野 里 古墳 群 第19号 墳 出 土 の 棺 飾 り金 具 は所 謂 「四 葉 紋 」 の形 状 を呈 して お り(図12)20)、 林 巳 奈夫 氏 が 「中 國 古 代 に お け る蓮 の花 の 象 徴 」 の 中 で指 摘 され る 「四葉 紋 」=「 蓮 の 花 と天 体 」 を 表 象 して い る。4枚 の 花 弁 に は 四神 が各 々表 現 され 、花 の 中央 部 分 に は 円 形 に 鋸 歯 文 が 巡 り、 そ の 内部 に畏 獣 がみ られ る。 こ こにみ え る 畏獣 は2本 の 角 を 有 して お り 「辟 邪 」 とみ る こ とが で き、 「天 帝 使 者 」 が 天 の 中 央 部 分 則 ち 天 帝 の 存 在 場 よ

り遣 わ され よ う と して い る姿 と解 す る こ とが で きる。

これ らか ら、 天 の 中 央 に は 天 帝 の シ ソボ ル で あ る蓮 華 が花 開 き、 「天 帝 使 者 」 で あ る と こ ろの 所 謂 「辟 邪 」 が 被 葬 者 の元 に遣 わ され る とい った 関 係 が あ る とみ る こ とが で き る。 次 に これ らを踏 ま え て蓮 蕾 文 を表 現す る 辟 邪 に つ い て 考 え て い きた い 。

IV辟 邪 と 蓮 蕾 文 の 連 関

高 句麗 の天 王地 神 塚 や 四神 塚 な どで は 、 斗 供 な どに 表 現 され る 「辟 邪 」 の額 に 蓮 蕾 文 と覚 しき もの が 表 現 され る。 丁 度 蓮 蕾 文 を逆 さま に した 「⑳ 」 と い う表 現 で あ り、一 見す る と 「辟 邪 」 が 睨 む 際 に 眉 間 に よ った 搬 と も考 え られ るが 、 天 王地 神 塚 天 井 持 送 り部 分 の 星座 表 現(図13)21)並 び に 讐 盈 塚(図14)22)に み られ る雲 気 と表 現 され る 北 斗 七 星 と い っ た 星 の 表 現 に

「⑭ 」 表 現 が 使 わ れ て い る こ と な どか ら も、蓮 蕾 文 と して 表 現 され る星 の 象 徴 を 備 え て い る と存 在 と考 え られ る。 ま た 、 「辟 邪 」 が 「天 帝使 者 」 と して の 役 割 を 果 た し天 象 を 構 成 す る一 要 素 とみ られ る こ とか ら、 星 と して の 役 割 を 有 す る とみ る こ とが で き る。

ま た 、 この よ うな 星 の 象 徴 を もつ 「辟 邪 」 は前 にみ て き た よ うに蓮 華 と 対 を な す 存 在 と して 高 句 麗 の 壁 画 古 墳 に お い て 表 現 され る存 在 で もあ る の

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で あ る。 この よ うな 表現 は 、 天王地 神塚 天井持 送 りに み られ る藻 井 を 支 え る 斗供(図15)2a)に 、安 ㌫3号 墳 で は 前室 と後室 の境 に あ る3本 の 八 角 柱 の 斗供 の 部 分 に(図16)24)、 側 視 的蓮 華 と対 を な す か た ち で 表 現 され る。

そ れ で は 、 側 視 的 蓮 華 と 「辟 邪 」 の 組 合せ は …体 何 を 表 す の で あ ろ うか。

祈 南 画 像 石 墓 前 室 北 壁L横 額 に み られ る表 現 と の連 関 が想 定 で き る が 、

「辟 邪 」 の 額 に は星 で あ り蓮 蕾 で あ る と こ ろ の 「⑭ 」 表 現 がみ られ る が 、 そ れ と対 を なす 開 花 した 蓮 華 で あ る と こ ろ の側 視 的蓮 華 で あ り、蓮 華 の 持 つ 生 成 観 が関 与 す る と も考 え る こと もで き る が 、 現 時 点 で は この 点 に つ い

て は 考 え を持 た な い。

V湖 北 紅 陵 馬 山 傳 廠0號 職 國 楚 墓 出 土 龍 鳳 合 膿 相 幡 紋 繍 に み え る 表 現 と 蓮 蕾 文 の 連 関

戦 国 時 代 の 織 物 で あ る湖 北 紅 陵 馬 山 碑 廠 一一號 戦 國 楚 墓 出 上龍 鳳 合膿 相 幡 紋 繍 に み え る菱 形 繋 文の 結 節 点 並 び に 内部 文様 と して み られ る龍 鳳 合膿 相 蜻 紋 の 絡 み 合 う中 心 に 表現 され る もの は 、 これ まで み て き た こ とか ら考 え る と、 菱 形 繋 文の 結 節 文様 は蓮 蕾 文 を結 節 文様 と して 表 現す る 亀 甲 文 様 と の 連 関 が 考 え られ 、 内 部文 様 と してみ られ る蓮 蕾 文に 類 似 した もの は 、 天 の 中心 に あ る蓮 華 と同様 の役 割 を 果 たす 、 則 ち 依 り代 た る存 在 とみ る こ と が で き る。 しか し、 なぜ こ こで 蕾 と して 表 現 され な け れ ば な らな い の か と い う問題 が 生 じる。 この 点 に つ い て は 、FX周 の 青 銅 器 に み られ る囹 文25)の 表 現 が 意 匠̲E一の 昇 華 を み る こ とで 、 よ り簡 素 で シ ソボ リ ッ クな表 現 に な っ た もの とみ るの が 妥 当 で は な い か と考 え られ る(図17)。 こ の青 銅 器 にみ られ る囹 文 は 他 に 表 現 され る 事物 の 中心 を 旋 回す る形 で 表 現 され る ケ ー ス が 多 く認 め られ る。 また 、ful文と蓮 華 の連 関 を示 唆 す る もの と して 、 戦 国 時 代 の もの と され る汲 県 山彪 鎮1号 墓 出土 青 銅 器 にみ られ る蓮 華 の 飾 りが 挙 げ られ る(図18)26)。 この 蓮 華 の飾 りの 表現 で は 、12の 花 弁 を もち 花 の 中心 に圏 文 を表 現 す る こ とか ら両 者 が 一体 の もの と して 表 現 され て い た こ

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東 ア ジアにみ られ る亀甲 文様の美 術考古学的研究9 とが 分 か る。 ま た 、 この よ うな 表 現 方 法 は先 にみ た 酒 泉 丁 家 問五 号 墓 の 藻 井 に 表 現 され る蓮 華 の 表 現 に み られ る渦 巻 状 の 表 現 に通 じる もの と考 え ら れ る。

VI小 結

この よ うに 、 元 よ り 「⑦ 」 表 現 は 天 の 中心 を 占 め る蓮 華 と囹文 の 象徴 と の 連 関 を も ち、 亀 甲文 様 に お け る結 節 文 様(⑦)に つ い て も天 を巡 る 星 、 或 は 「天 帝=天 の 中 心 の 蓮 華 」 か ら遣 わ され た 「辟 邪=天 帝 使 者 」 に み ら れ る星 の 象 徴 と同 様 に 、 天 象 を 構 成 す る一 構 成 要 素 と して の 「⑭ 」 表 現 を 結 節 文 様 と して 表 現 した もの と考 え られ る。

しか し、 この よ う に戦 国 時 代 に まで 遡 る よ うな 象徴 性 が 、 なぜ 亀 甲文 様 に お け る結 節 文様 と して の 登場 は三 燕 期 に ま で 降 って しま うの で あ ろ うか。

一 方で 、蓮華の表現 は連綿 と して継続 してい くのであ る。 一一体 この違 いは どの よ うな 現 象か ら派 生 して い る ので あ ろ うか。 今後 、 この 点 な ど さ らに 検 討 して い くべ き問 題 は山 積 み され て い る。

(平 成7年10月15日 稿 了) (平 成6年 度 文 化 財 史料 学 専 攻 修 了)

注 ・文 献

1)田 立坤 ・李 智(1994)「 朝陽 発 現的 三 燕文 化 遺物 及 相 関 問題 」 『文 物』 第 十 一期 、 20‑32

2)固 原 県 文 物 工作 姑(1984)「 寧 夏固 原 北 魏墓 清 理 簡 報 」 『文 物 』 第六 期 、46‑56 寧 夏固 原 博物 館(1988)『 固 原 北魏 墓 漆 棺 画』

この場 合、結 節 文様 を有 す る亀 甲文 様 の 影 響 を受 け た輪 繋 唐 草 文 と して 表 現 され る。

3)旧 朝 鮮 総 督府(1973)『 朝 鮮 古 蹟圖 譜 』 第 …冊 4)朝 鮮 画 報 社 出版 部 『高 句麗 占墳 壁画 』 、 朝 鮮画 報 社

5).上 原 和(1994)「 高 句麗 絵 画 の 日本へ 及 ぼ した 影 響 一蓮 華文 表 現か ら見 た古 代 中 ・ 朝 ・日関 係 一」 『佛 教藝 術 』215、75‑103

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6)中 國 美 術 全 集 編 輯 委 員 会 編(1985)『 中 国 美 術 全 集 』 工 藝 美 術 編6印 染 織 繍(上) 7)水 野 清 一一一(1938)「 辟 邪 の 讐 目 に つ い て 」 『東 洋 史 研 究 』 第 四 巻 第 二 號 、59‑62 8)朝 鮮 遺 跡 遺 物 図 鑑 編 集 委 員 会(1990)『 朝 鮮 遺 跡 遺 物 図 鑑i』 高 句 麗 篇(4) 9)チ}武 柄(1991)「 武 寧 王陵 石 獣 の 研 究 」 『古 文 化 談 叢 』 第25集 、351‑369 10)育1∫手易7

11)小 杉 一一雄(1969)「 鬼 面 文」 『日 本 の 文 様 起 源 と 歴 史 』 、74‑105、 社 会 思 想 社

12)前 掲5 13)前 ∫手昌9

14)南 京 博 物 院 ・山 東 省 一文物 管 理 処(1956)『 祈 南 画 像 石 墓 発 掘 報 告 』 15)前 掲10

16)甘 粛 省 文 物 考 古 研 究 所(1989)『 酒 泉 十 六 國 墓 壁 画 』 、 文 物 出 版 社

17)こ の 場 合 、 蓮 華 に 最 も近 い 事 象 は 「辟 邪 」 と蓮 華 の 問 に あ る 事 象 を 表 現 しな い 区 画 とみ ら れ る 。 こ こ で は 、 な に も の も 存 在 し な い と す る よ り、 蓮 華 の 放 つ 光 ・気 な ど の 影 響 力 を 表 現 した と み る の が 妥 当 で あ ろ う 。

18)林 巳 奈 夫(1987)「 中 國 占代 に お け る 蓮 の 花 の 象 徴 」 『東 方 學 報 』 第 五 十 九 冊 、

!‑61

19)林 巳 奈 夫 「漢 代 鬼 神 の 世 界 」 『東 方學 報 』 第 四ì六 冊 、223‑306所 収

20)野 守 健 ・櫃 本 亀 次 郎 ・神 田 惣 藏(1984)「 平安 南 道 大 同 郡 大 同 江 面 梧 野 里 古 墳 群 調 査報 告 」 『朝 鮮 考 占 資 料 集 成 』21

21)前 ∫‡昌8 22)直 行{r昌3 23)漸 ∫手易8 24)前 掲5所 収

25)容 庚 氏 が 円 渦 文 と 呼 ぶ も の で 、 林 巳 奈 夫 氏 がfl11文と して 定 義 さ れ た も の で あ り、

巴 文 と は 異 な る もの と さ れ る 、)

林 巳 奈 夫(1986)『3147X周 時 代 青 銅 器 紋 様 の 研 究 一 股 周 青 銅 器 綜 覧 ニ ー 』 他 26)前 掲18所 収

Summary

Thisstudypurposeofsolvesymbolicaloriginthatlotusbudmotif(蓮 蕾 文)

depictedasknotmotifof"tortoiseshell"patterninEastAsia.Cometothe

conclusionthatthisexpressionderivedfrommingmotif(囹 文),thatis

depictedassymbolofHeaven(天 帝).

(10)

東 ア ジ ア にみ られ る亀 甲'文様 の 美 術 考古 学 的 研 究 11

図2

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1灘憲 毫難 し 纏 己縫 弊

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楚 墓 出 土 龍 鳳 合s相 幡 紋 繍

寧 夏 固原 北 魏 墓 出土 木棺 .(部 分)

図4高 句麗徳花里2号 墳天井持送 り (部分)

(11)

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高句麗 四神塚辟邪 図6

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五胡十六国酒泉丁家間五号墓藻井 ・側壁 図9

(12)

東 ア ジ ア にみ られ る 亀 甲 文様 の 美 術 考 古学 的 研 究13

(13)

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図10「 天帝 使 者 」 と刻 され る漢 代 帯 鉤

図12梧 野 里 古墳 群 第19号 墳 出土 棺飾 り金 具 図11沃 南 画像 石 墓 前 室北 壁 柱 ・壁

(14)

東 ア ジ ア にみ られ る 亀 甲 文様 の 美 術 考古学 的 研 究15

図13天 王 地 神 塚天 井 持 送 り星 座 表 現

図14讐 檀 塚 北 斗七 星

図16高 句 麗 安岳3号 墳斗 供 表 現 図15天 王地 神 塚 の 斗棋 表 現

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図17固 文 と蓮蕾 文 表 現 の連 関

図18汲 県 山彪 鎮1号 墓 出 土 青銅 器

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