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(1)

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従業員持株制度と議決権〔 2 ・完〕

市 J 

11 

はしがき

米国0)従業員持株制度と議決権(以上前号)

日本の従業員持株制度と議決権(以下本号)

①  従業員持株制度と利益供与禁止規定

②  従業員持株制度と商法294条ノ 22

③  熊谷組従業員持株会事件

④  議決権の行使

⑤  株式の引出制限

⑥  奨励金の額

⑦  利益供与禁止規定違反の効果

⑧  違法原因を除去する方法 4 む す び

1 2  

一八 六

‑ 1   7‑2 ‑386 (香法'87)

(2)

従業員持株制度と議決権 C2・  完)(市川)

3  日本の従業員持株制度と議決権

八五

①  従業員持株制度と利益供与禁止規定

商法294条ノ 2は会社が何人に対しても株主の権利行使に関して財産上 の利益を供与することを禁止している。本条がその立法の経緯からして,

経営者といわゆる総会屋との癒着を断ち切ることを最大の目的として制定

(153) 

されたことは明らかである。しかしながら,「何人に対しても」との立法形 式から見て,本条の立法目的が総会屋の排除のみにとどまらないことは明

らかである。本条の立法目的については会社財産の不適切な使用(浪費)

の抑制にとどまらず,「会社の支配者たるべき株主の権利行使に影縛を与え る趣旨で取締役が会社の負担で行う利益供与を許すことは会社法の基本理 念に反する(経営者支配の助長)から,そのような行為を禁止することに

(154) 

よって,より広く会社の経営の適正をはかっているもの(抽象的危険犯)」

と言われている。つまり本条の立法目的は会社資産を利用しての経営者支 配の助長を禁止することによって会社経営の適正をはかることにあるもの

(155) 

と思われる。

会社による従業員持株制度への奨励金の支給は本条の規定に違反するの であろうか。これについては「従業員持株会の制度は,従業員の財産形成 など福利厚生および安定した雇用関係の確立を目的とするものであり,こ れに対する会社の補助は個々の従業員の権利行使の具体的内容(会社提出 の議案に対する賛否など)とはかかわりなく制度として設けられ一律に運 用されるものであるから,本来権利行使に影響を与える趣旨は何ら含まれ

(156) 

ていないのであり,商法294条ノ 2の禁止の対象ではない」との見解がある。

しかしながらこの説においても,奨励金の支給が本条の禁止違反とならな いためには,それが株主の権利行使に関係していないことを条件としてい るものと思われるのであり,従業員持株制度が安定株主確保の方策として 利用される場合には,株主権の行使に関する利益供与になるおそれがある

7 ‑ 2 ‑385 (香法'87) ‑ 2 ‑‑

(3)

(157) 

ことを認めている, と思われる。

商法294条ノ 2の禁止の対象となるためには,会社からの利益供与が株主 の権利行使に関してなされることつまり両者の関連性が必要である。会社 による従業員持株制度への奨励金の支給は, もしこれが従業員株主の株主 としての権利行使に関してなされているとすれば,同条の禁止の対象とな る。従業員持株制度が安定株主確保の方策として利用される場合には,取

(158) 

締役の忠実義務に違反するおそれがあるものと考えられるが,さらに利益 供与禁止規定に違反するおそれもあると考えられる。なぜならば,安定株 主の確保とは,結局,現経営陣の地位保全のためであり,株主総会での発 言権や議決権の行使を現経営陣に有利なようにするため,と考えられるの であり,それゆえ,安定株主確保のための会社の奨励金の支給は,株主の

(159) 

権利行使に関する利益供与になるおそれがあり,会社資産を利用しての経 営者支配の助長となるおそれがある。ところで各種の調脊によれば,従業 員持株制度がわが国で普及し始めた昭和30年代後半から同40年代初期にか けては,愛社精神の涵養と並んで安定株主の形成が同制度導入の最大の目

(llJl) 

的であったことは明らかであると思われる。その後,安定株主の形成とい う目的は取締役の忠実義務に違反するおそれがあると批判されたのにもか

(161) 

かわらず,現在まで同目的は従業員の財産形成および経営参加意識の向上 と並んで従業員持株制度導入の

3

大主要目的の

1

つであり続けている(第 3表参照)。それゆえ,従業員持株制度は制度として設けられ,一律に運用 されているものであるから, という理由によっては, これへの奨励金の支 給が株主としての権利行使に関係ないとは言えないのであって, この両者 の関連性の有無が当該制度の内容を通じて明らかにされなければならない

と思われる。

②  従業員持株制度と商法294条ノ 2第2項

商法294条ノ 2の適用に際しての問題点は利益供与と株主の権利行使の 関連性を利益供与の違法性を主張する者から立証することが困難なことで ある。同条第

2

項はこの困難を救済するため,その蓋然性の高いと思われ

八四

‑ 3 ‑ 7 ‑ 2 ‑384 (香法'87)

(4)

7

2

 

383 

(~7£'87)

第 3表

l t l >   l 

目的別従業員持株制度採用会社数

. . , .  

\採\用\の目、[す調\査\年\ 43  45  47  49  51  55  60 

%  %  %  %  %  %  % 

従 業 員 財 産 形 成 ②  61 (21. 63)  ① 229(32. 71)  ① 450(40.18)  ① 665(31.71)  ② 480(23.8)  ① 826(35. 9)  ① 1,100(39.9)  利 益 の 分 配 (2. 48)  5(o. 71)  25 (2. 23)  57(2.72)  84 (2. 4)  39 (2. 0)  5(0.2) 

安 定 株 主 の 形 成 ①  64 (22. 70)  ③  125(17 .86)  ③  153(13.66)  ③ 324(15.45)  ③ 249 (12. 4)  ③ 374(16.3)  ③ 438(15 .9)  経営参加意識の向上 54(19.15)  ②  150 (21. 43)  ② 258(23.04)  ② 488(23.27)  ① 558(27.7)  ② 542(23.6)  ② 665(24.l)  生 産 性 向 上 ③  57(20.21)  83(11.86)  56(5. 00)  31(  l. 48)  45(2.2)  14(0.6)  14(0.5)  従 業 員 定 着 3(  1.06)  25(3.57)  38 (3. 39)  181(8.63)  179(8. 9)  103(4.4)  127(4.6) 

愛 社 精 神 の 向 上 20(7.06)  42(6.06)  119(10.63)  194(9.25)  206(10.2)  187 ( 8  1)  198(7.2) 

‑・r‑

企 業 へ の 関 心 向 上 191(6.9) 

16(5.67)  46(6.57)  21(  l. 88)  157(  7. 49)  215(10. 7)  213(9.1) 

14(0.5) 

: 

` 

282(100.00)  705 (100. 00)  1,120 (100. 00)  2,097(100.00)  2,016(100.00)  2,298 (100. 00)  2. 752 (100. 00) 

j海氏躍沿荼︹

2

j c

0内の数字は順位。

(出所) 日本証券経済研究所『従業員持株制度の実態調査一昭和60年の実情ー』 (1986年 7

(5)

疇麟極ド

る特定の場合にその関連性を推定し,これを否定する側にその立証責任を 課している。すなわち本項は会社が特定の株主に対して無償で財産上の利 益を供与した場合または有償であっても会社の受けた利益が供与した利益 に比べ著しく少ない場合には,会社が株主の権利の行使に関して利益を供 与したものと推定している。これについても従業員持株制度は制度として 設けられ一律に運用されるものであるから,本来権利行使に影響を与える 趣旨は含まれていないのであり,本項の株主の権利行使に関する推定を受

062) 

けない, との説がある。しかしながら前述のとおり,従業員持株制度は安 定株主の形成を主要な目的としていることがあり,この場合には利益供与 禁止規定に違反するおそれがある。また本項の立法形式からしても従業員 持株制度は本項の推定を受けないとは言えないと思われる。なぜならば奨 励金は全株主ではなく,一部の特定された株主である持株会会員に対して 与えられると共に,それは従業員の労務の対価ではなく,自社株投資への

(!63) 

補助であって,その支給は無償の供与と考えられるからである。

従業員持株制度への奨励金の支給は商法294条ノ 2第 2項によって利益 供与禁止規定違反との推定を受ける。それゆえ,それが違法な利益供与と なるか否かは,この推定を覆す反対の証明の成否如何によるものと思われ る。この点が最初に問題となった判例として熊谷組従業員持株会事件があ る。この判決を手がかりとしてこの推定を覆す反対の証明に必要な要件の 問題を考えてみよう。

③  熊谷組従業員持株会事件 (1)  事件の概要

熊谷組従業員持株会は,同規約によれば,同社と同社が全額出資する会 社の従業員を会員とする団体であって,会員の財産形成と会員と会社との 共同体意識の高揚を図ることを目的とする民法上の組合である。会員は毎 月給与時に 1口1,000円, 10口を限度とする一定額を,賞与時には月額積立 口数の 3倍の額を,それぞれ,積立て,持株会はこの積立金によりその都 度熊谷組の株式を購入するが,その際会社は従業員の福利厚生の一環とし

‑ 5 ‑ 7‑2 ‑382 (香法'87)

(6)

従業員持株制度と議決権〔2・完〕(市川)

て積立金額の

5

パーセントおよび会員

1

名 に つ き 年

4 0 0

円(取扱証券会社に 対する事務委託手数料相当額)を奨励金として支出している。

かくして熊谷組は,昭和

5 7

1 0

1

日から昭和

5 8

9

3 0

日までの

1

年 間に,熊谷組の大株主である熊谷組持株会の会員らに対して,合計金

3 , 4 7 5

2 5 0

円を無償で供与し,以後も現在に至るまで同趣旨の金員の供与を続け

ている。原告は熊谷組の一株主であるが,奨励金の支出は商法

2 9 4

条ノ

2

に 反するとして,会社に代って同社代表取締役社長に対し,右の金

3 , 4 7 5

万2

5 0

円を会社に賠償することおよび継続中の利益供与行為の中止を求めた。

請求原因事実については当事者間に争いはない。主な争点は会社による 奨励金の支出が株主の権利行使に関してなされたか否かにあったが,奨励 金の支出が商法

2 9 4

条ノ

2

2

項前段に該当するため,被告によって同項の 推定が覆されたと認められるか否かが主として争われた。

判決は事実関係について「持株会規約によると,……従業員が持株会へ の入退会をするにつき特段の制約はなく, また,取得した株式の議決権行 使についても,制度上は,各会員の独立性が確保されており,更に,持株 会の役員の選出方法を含め熊谷組の取締役らの意思を持株会会員の有する 議決権行使に反映させる方法は制度上はなく,会員は,保有株式数が一定 限度を超えた場合にはその超えた株式を自由に処分することもできること が認められるうえ,……奨励金の額又は割合も前示規約等のいう趣旨ない し目的以外の何らかの他の目的を有するほどのものではないと認めるのが

(164) 

相当である」とする。

このような事実認定のもとに,判決は「熊谷組が持株会会員に対してな す奨励金の支払いは,被告主張のとおり,従業員に対する福利厚生の一環 等の目的をもってしたものと認めるのが相当であるから,右は,株主の権 八 利 の 行 使 に 関 し て な し た も の と の 前 記 推 定 は 覆 え る も の と い う べ き で

(165) 

ある」と判断した。

(2)  本件の問題点

会 社 に よ る 従 業 員 持 株 制 度 へ の 奨 励 金 の 支 給 が 商 法

2 9 4

条ノ

2

による禁

7 ‑ 2‑381 (香法'87) ‑ 6 ‑

(7)

止の対象となるか否かは,奨励金の支給と持株会会員の株主としての権利 行使との関連性の有無による。この関連性の有無は当該制度の内容を通じ て明らかにされねばならない。その際問題となる制度内容は,取得株式の 議決権等株主権の行使において,持株会会員の独立性が確保されており,

取締役等会社経営陣による影響が排除されているか否か,取得株式の引出 について不合理な制限がないか否かおよび奨励金の額が妥当なものである か否かの 3点であると思われる。これらの 3点はいずれも,利益供与禁止 規定との関係においてのみならず,従業員の財産形成という観点から見て も重要な問題である。会社による奨励金の支給は商法294条ノ 2第 2項の推 定を受ける,それゆえその合法性を主張する者が奨励金の支給と株主とし ての権利行使とは関係のないことつまり上記

3

点を立証しなければならな い。これら 3点のうちでも,議決権行使における会員の独立性の有無は株 主の会社経営に対する監督是正の権限に直接関係するので,同項の推定を 覆す反対の証明の問題において,その成否を決する直接事実の問題であり,

株式の引出制限および奨励金の額の妥当性の問題は反対の証明の成否を推 認させる間接事実の問題であると思われる。以下順次この 3点について検 討する。

④  議決権の行使 (1) 序

熊谷組従業員持株会は,同規約によれば,会員の財産形成と会社との共 同体意識の高揚を図ることを目的としている。会員の財産上の利益につい て最も良く知っているのは会員自身であろう。会員の財産形成という制度 目的からすれば,持株会取得株式の議決権は会員の自由な意思によって行 使されるべきであり, もしそれが取締役等の会社経営陣の影響下に行使さ れるとすれば,会社による奨励金の支給は利益供与禁止規定に反すること

となろう。

まず議論の前提となる事実の確認のため,持株会取得株式の議決権行使 に関する熊谷組持株会規約を見てみよう。同規約によれば,会員総会にお

八〇

‑‑7 ~ 7 ‑ 2 ‑380 (香法'87)

(8)

従業員持株制度と議決権〔2・完〕(市川)

いて 1人 1票で理事を選任し,理事会において理事長を選任する(同規約 10条, 11条 お よ び15条)。会員は自己に登録配分された株式を理事長に管理 させる目的をもって信託し,理事長が受託する株式は,理事長名義として 会社の株主名簿に名義を書き換える(同規約21条)。理事長名義に書き換え られた株式の議決権は,理事会の決議に基づき,理事長が行使する(同規 約15条 5項 お よ び22条)。ただし会員はその登録配分株数に応じて株主総会 ごとに理事長に特別の指示をすることができる(同規約22条但書)。このよ うな役員選任および議決権行使方法は日本では比較的多くの従業員持株会 の採用する方法であると思われる。

熊谷組従業員持株会事件の判決は上述のような議決権行使の制度上の仕 組みをもって商法

2 9 4

条ノ

2

2

項の推定を覆す証拠の

1

つと見る。その理 由は次のとおりである。「取得した株式の議決権行使についても,制度上は,

各会員の独立性が確保されており,更に,持株会の役員の選出方法も含め 熊谷組の取締役らの意思を持株会会員の有する株式の議決権行使に反映さ せる方法は制度上はなく,……」。

(2) 学 説

確かに判決の述べるごとく,取得株式の議決権行使において各会員の独 立性が確保されており,取締役らの意思を持株会会員の有する株式の議決 権行使に反映させる方法がないとすれば,奨励金の支給は株主としての権 利の行使に関してなされたものでない, と言えるであろう。だがこれにつ いての学説の評価は鋭く対立している。

熊 谷 組 持 株 会 規 約 の よ う な 議 決 権 行 使 の 制 度 上 の 仕 組 み で も っ て 商 法

2 9 4

条ノ

2

2

項の推定を覆す証拠の

1

つとする説(合法説)の根拠は 会

(lli6) 

社に対する持株会組織および議決権行使の独立性が確保されている」こと 七 であり,本判決もこの学説にそったものと思われる。合法説は追加的理由 九

として,「これ以上のことを要求すると,わが国の従業員持株制度を根底か

(16,) 

ら覆すこと」になり,「それはとうてい法の意図するところではない」とも 述べる。

7‑2 ‑379 (香法'87) ‑ 8 ‑

(9)

これに対して,熊谷組持株会のような議決権行使の制度上の仕組みをも ってしては,商法294条ノ 2第 2項の推定を覆す証拠としては不十分とする 説(違法説)は次のように述べる。「実際には,たいてい理事長に会社の人 事部長または総務部長(本件(熊谷組従業員持株会事件……市川注)の場 合,人事部次長兼厚生課長)が就任」しており,「これらの者は,取締役の 支配下におかれ,現実に取締役の意向に反して議決権を行使することはで きないこと,および個々の従業員は会社に対して経済的弱者の立場にある ことに鑑みれば,取締役の直接支配下にある者(人事部長等)の理事長就 任をゆるすような持株会の仕組みそのものが,会員の議決権行使の独立性

(168) 

の点できわめて不十分であり,制度上問題がある」。会員は株主総会ごとに 理事長に特別の指示をすることができるが,「その独自の議決権行使は,全 部そのまま会社関係者, ことにその上司に知られてしまうのであり,これ をさけたいと思う限りは,会員は『特別の指示』をすることができず,理 事長が理事会の決議に従って上司の意思を反映して議決権を行使すること

になるのである。即ちこの(熊谷組の……市川注)持株会規約は,外見上 制度上の議決権行使の独立性を認めているようであるが,実際上は,ほと

(169) 

んど全くこれを抑圧し得るのである」。

(3) 私 見

学説の対立点は明白である。合法説は制度上の仕組みのみを根拠として,

なお違法説をとった場合の現実への効果を憂慮する。これに対して違法説 は制度上の仕組みがもたらしている実態を問題とするが,そのような解釈 をとった場合の現実への効果については述べない。

商 法294条ノ 2第 2項は法律上の事実推定である。推定の前提事実は,奨 励金が全株主ではなく,一部の特定された株主である持株会会員に対して 与えられていること,およびそれが従業員の労務の対価ではなく,自社株 投資への補助であって,無償の供与であることによって証明されている。

推定の前提事実が証明されたときは,法律上の事実推定により推定事実の

(170) 

証明があったと同様の法律効果を生じる。すなわち奨励金の支給は株主の 七八

‑ 9 ‑ 7 ‑ 2‑378 (香法'87)

(10)

従業員持株制度と議決権〔2・完〕(市川)

権利行使に関連してなされたとの事実(両者の関連性有)の証明があった と同様の法律効果が生ずる。この推定を覆すためには,推定と反対の積極 的証明を要し,推定事実と反対の事実が証明主題となるもので,単なる反

(111) 

証では足りない。このための相手方の提出する証拠は,裁判上の推定を覆 す場合のように反証ではなく,自ら挙証責任を負う者の提出する本証に外

(112) 

ならないのである。反証は必ずしも反対の事実について確信を抱かせなく とも,本証に基く裁判官の確信を妨害し動揺させる程度で充分であるが,

本証はその事実について裁判所に確定的な心証を引起させなければ目的を

(113) 

達しない。証明は,一応確からしいとの心証で足りる疏明とは異なるので あって,九分九厘まで間違いないと認められて始めて真実と認定すべきで あって,当事者の主張の真実性が七分三分であるからといって,七分の方

(174) 

ヘ認定すべきでない。つまり相手方の提出する証拠は,推定事実の反対事 実(持株会会員の議決権行使における独立性の確保)が真実であることに ついて,裁判所に九分九厘まで間違いないとの心証を引起させなければな らないのであって,その真実性が七分三分程度では,裁判所は推定事実の 反対事実を真実と認定すべきでない。

裁判所は,取得株式の議決権行使について制度上各会員の独立性が確保 されていることおよび取締役らの意思を会員の有する議決権行使に反映さ せる方法が制度上ないことでもって,会員の議決権行使における独立性の 確保を真実と認定している。しかし,熊谷組持株会規約における会員の議 決権行使方法によれば,会員が自ら議決権を行使するためには,自己の氏 名を明らかにして,上司である理事長に特別の指示をしなければならない のであって,その議決権行使は制度上の仕組みそのものからしてすでに取 締役らの影響を受けざるをえないと思われる。判決は持株会会員である従

[ 

業員と職場の上司である理事長および取締役とは独立対等な存在であるこ とを前提としているようであるが,現実には,後者に対し前者はその指揮 命令に服する被傭者であり,経済的弱者である。仮に独立対等な当事者間 においてであったとしても,「特別の指示」を与えるという形での議決権行

7 ‑ 2 ‑377 (香法'87) ‑ 10 ‑

(11)

使 方 法 が 事 実 上 当 事 者 の 自 由 な 意 思 表 明 を 抑 圧 す る 手 段 と し て 機 能 す る こ と は , 国 政 選 挙 の 例 を 見 る ま で も な く , 我 々 の 身 辺 に 常 態 的 に 見 ら れ る よ う に 思 わ れ る 。 実 態 は 違 法 説 の 指 摘 す る と お り ( 持 株 会 理 事 長 は 取 締 役 の 意 向 に 反 し て 議 決 権 を 行 使 し え な い お よ び 持 株 会 会 員 は 上 司 の 意 向 に 反 し て 議 決 権 を 行 使 し え な い ) で あ る と 思 わ れ る 。 そ れ ゆ え , 熊 谷 組 持 株 会 規 約 に お け る 議 決 権 行 使 の 制 度 上 の 仕 組 み だ け で は , 会 員 の 議 決 権 行 使 に お け る 独 立 性 が 確 保 さ れ て い る と の 確 定 的 な 心 証 を 引 起 す 証 拠 と し て は 十 分 なものでないと思われる。

な お 本 件 判 旨 の ご と く , 株 主 と し て の 権 利 行 使 に お け る 独 立 性 の 確 保 な い し 他 か ら の 影 響 の 排 除 に つ い て , 制 度 上 の 仕 組 み だ け か ら 形 式 的 に 判 断 するとすれば,商法294条ノ 2第 2項 の 推 定 を 覆 す こ と は 極 め て 容 易 な も の

となり,同項の機能する範囲は著しく限定されることとなるであろう。

⑤  株 式 の 引 出 制 限 (1) 序

従 業 員 の 財 産 形 成 と い う 従 業 員 持 株 制 度 の 目 的 か ら す れ ば , 価 格 変 動 の 激 し い 取 得 株 式 の 引 出 を 制 限 す る こ と は 問 題 で あ り , 合 理 性 の な い 引 出 制 限 が 加 え ら れ て い る 場 合 に は , 安 定 株 主 の 確 保 を 目 的 と す る も の と 解 さ れ るおそれがあり,商法294条ノ 2第 2項 の 推 定 を 覆 す た め の 証 明 が 困 難 に な ろう。

ま ず 議 論 の 前 提 と な る 事 実 の 確 認 と し て 株 式 の 引 出 制 限 に 関 す る 態 谷 組 持 株 会 規 約 を 見 て み よ う 。 会 員 が 退 会 し よ う と す る 場 合 に は , 退 職 そ の 他 の 理 由 に よ っ て 会 員 の 資 格 を 喪 失 し た 場 合 や , 持 株 会 の 目 的 に 反 す る 行 為 が あ っ た た め 理 事 会 に お い て 退 会 を 決 定 し た 場 合 を 除 い て , 理 事 長 に 退 会 を申し出なければならない(同規約 5条 2項)。退会した者の再入会は原則 として認めない(同規約 5条 3項)。会員は登録配分された株式が3,000株 以 上 に な っ た 時1,000株 を 単 位 と し て 引 出 す こ と が で き る ( 同 規 約23条)。

会 員 は 登 録 配 分 さ れ た 株 式 を 他 に 譲 渡 し ま た は 担 保 に 供 す る こ と が で き な い ( 同 規 約24条)。

七六

‑ 11  ‑ 7 ‑ 2 ‑376 (香法'87)

(12)

七五

従業員持株制度と議決権 (2・完〕(市川)

熊谷組持株会規約のような,入退会および再入会並びに株式の引出制限 および処分の禁止についての規定内容は,日本の従業員持株制度に一般的 であると思われる。ただ株式の引出制限の枠とされている3,000株は平均的 な制限枠より明らかに大きいと思われる。一般には,株式の引出制限枠は

075) 

取引単位と一致する1,000株としているものが多いようである。

判決は熊谷組持株会規約による入退会および株式の引出制限をもって,

商法

2 9 4

条ノ

2

2

項の推定を覆す

1

つの証拠と見る。判決は次のように述 べる。「従業員が持株会の入退会をするにつき特段の制約はなく,……中略

……会員は,保有株式数が一定限度を超えた場合にはその超えた株式を自 由に処分することもできることが認められる……中略……。……会員の再 入会を認めないとの制約は,本件持株会のような団体にあっては当然の合

(176) 

理的制約であると認めるのが相当であり……」。

(2) 学 説

判決のこのような認定判断に対する学説の評価は分かれている。まず本 判決を肯定する説を見てみよう。肯定説は判決の要旨を次の

2

点にまとめ る。① 従業員の持株会への入退会は自由である。退会した会員の再入会 は認めないが,本件持株会のような団体にあっては当然の合理的制約であ る。② 会員は,保有株式数が一定限度を超えた場合には,その超えた株

(177) 

式を自由に処分することもできる。肯定説はこのような判決の認定判断を 是認すると共に,本判決がこれをもって会社による持株会に対する奨励金 の支払は,従業員の福利厚生の一環等の目的をもってしたものと認め,株 主権の行使に関してなしたものとの推定を覆す

1

つの証拠としていること

(178) 

を是認する。

(179) 

なお本判決の結論自体(利益供与禁止規定に反しない)には反対しなが らも,株式の引出制限については本判決の立場を支持する説がある。この 説は従業員持株は,原則としては譲渡または担保の目的とすることを禁止 する合理的理由について次のように述べる。「会社から一定の奨励金を支給 されて取得した自社株式を持株会会員が直ちに売却することが許されると

7 ‑ 2 ‑375 (香法'87) ‑ 1 2 ‑

(13)

きは,会員は奨励金を只取りして自社株を保有しないことになり,また現 金化の結果としてこれを浪費することにもつながり,従業員持株制度の目 的の

1

つである会社の利益と従業員の利益の一致を計るとの目的は,全く 達成せられなくなると共に,会員の財産形成という他の目的も達成されな

(18(1) 

くなるおそれを生ずる。」。

次 に 本 判 決 を 否 定 す る 説 を 見 て み よ う 。 熊 谷 組 の 株 式3,000株 の 時 価 (1985年 7月25日現在の 1株の株価, 825円)は247万5,000円であり,同社 の従業員が毎月 1口1,000円の積立を10口限度で行い,賞与時積立(月掛の 3倍)を年 2回加えたとしても, 3,000株を取得するためには約14年もか

(181) 

かる。同社の3,000株は年間の最低株価で計算しても 150万円を超えるので あり,財産価値の急激な変化の予想される株式投資の場合に150万円超まで

(182) 

取引単位の 3倍まで引き出すことができない。従業員の財産形成,福利厚 生の観点から見れば,いうまでもなく自社株売買の自由を保障する体制こ

そ必要であり,値下がりの危険のある株式を半強制的に保有させ続けるこ とは問題であり,実質的に合理性のない制約が加えられる場合,当該従業 員持株制度が従業員の福利厚生以外の目的(たとえば不当な安定株主工作)

(183) 

に利用されていると推測されても己むを得ないであろう。

(3) 私 見

肯定説が熊谷組持株会規約による株式の引出制限を合理的なものとする 根拠は会社による奨励金の支払いと従業員持株制度の目的にあると思われ

る。従業員持株制度の目的としては会社の利益と従業員の利益の一致を計 ることおよび従業員の財産形成があげられているが,後者が基本になると 思われる。これに対し,否定説は従業員の財産形成,福利厚生の観点から すれば,自社株売買の自由を保障する体制こそ必要であり, 3,000株という 制限枠は合理性がない,と主張する。双方共基本的には従業員の財産形成 七

四 という目的から出発しながら相反する結果に到達していると思われる。

株式の引出制限の問題を考える際に重要なことは従業員持株制度を通じ ての従業員の財産形成方法の特徴であると思われる。熊谷組の従業員持株

‑ 1 3 ‑ 7 ‑ 2 ‑374 (香法'87)

.. "•-叫.. ,....''"'""""""'""""""'""'""""""""'"""'""""''""'"'""'

(14)

従業員持株制度と議決権[

2

・完〕(市川)

制度に限らず,現在,我国において行われている従業員持株制度の実態か ら見る限り, そのほとんどは月掛投資方式のものであり,従業員は毎月給 料から天引で一定額の資金の積み立てを行い, これに会社が若干の補助金 を奨励金として与え,この積立金と奨励金からなる基金でもって自社株を

(184) 

継続的に購入している。 その投資方法の特徴は,集団で小額の継続的な積 み立てをなすことによって株式投資を可能とすることおよび毎月決まった 額の資金で株価の水準に関係なく購入可能な株式数を継続的に買い付ける ことによって株価変動のリスクを回避しようとする点にあり, この投資方 法はドル平均法またはドル・コスト平均法と呼ばれる。 その投資方法は一 定期間の継続的投資を前提とするように思われる。 また従業員持株制度は 先に見たように経営参加意識の向上を目的とすることもある

照)。さらに従業員持株制度が従業員の財産形成を目的とする場合にも,会

(第

3

表 参

社がこれに奨励金を支給する根拠は従業員の勤労意欲0)向上をはかる点に あると思われる。自社株への投資の促進によって経営参加意識の向上ない し勤労意欲の向上をはかり, ひいては従業員の財産形成をはかる場合,取 得した自社株式の一定期間の継続的保有を前提とするように思われる。 れゆえ,期間を限って,特段の事情のない限り,取得株式の引出を制限す

ることには合理性があると思われる。問題はその期間の長さをどの程度に すべきか, であるが, これに関しては投資理論も考慮しなければならない と思われるが,投資理論自体からは適切な期間を推定できないものと思わ れる。 この期間に関しては,投資基金の主体は従業員の給料からの天引に よって形成されており, 会社からの奨励金はその補助にすぎないことを考 慮しなければならないであろう。 また投資対象がその財産価値に急激な変 一七

化の予想される株式であることも考えなければならないであろう。 ことに 会社破産の場合には従業員は職を失うと同時に貯蓄を失う危険もある。 }J 

れらの事情を配慮して従業員の財産形成という観点から株式の引出制限が 許される期間をあえて予測すれば,

か。熊谷組持株会について言えば,

せいぜい 5年間程度ではないであろう ー単位の株式数ないし取引単位の株式

7‑2 ‑373 (香法'87) ‑ 14  ‑

"'''"'"""" 

(15)

数の 3倍まで引出を制限していることも問題であろう。株式数が単位未満 の場合には,その権利行使面および譲渡面において様々の不利益を受ける

と思われるので,単位未満の株式の引出を制限することは,それが先の投 資方法等から予測して許されると思われる引出制限期間を若干上回る程度 までなら,一応の合理性があるかとも思われる。だが一単位の数に達した 株式にはそのような不利益はないのであって,従業員の財産形成を目的と する限り,その引出を制限する合理的根拠はないように思われる。熊谷組 持株会規約による株式の引出制限は,ー単位の 3倍まで引出を制限してい るのみならず,先の投資方法等から予測して許されると思われる期間を大 巾に超えていることは明らかと思われるので,同社の従業員持株制度は従 業員の財産形成以外の目的(たとえば安定株主の形成)に利用されている

と推測されてもやむを得ないであろう。

なお本判決およびこれを肯定する説は,退会した会員の再入会は認めな

(185) 

いことを,持株会のような団体にあっては当然の合理的な制約であるとし,

本判決を否定する説もこれを黙認しているように思われるが,退会した会 員の再入会を永久に認めないことに合理的な理由があるとは思われない。

当然の合理的な制約とする根拠が何なのかはよくわからないが,退会した 会員と言えども従業員である限りは,従業員の財産形成という制度目的か ら見て,むしろ本人が望むなら再人会を認めるべきであり,入退会を繰り 返すことによる事務上の煩雑さは退会後一定期間入会を制限することによ

って回避できるものと思われる。

⑥  奨励金の額 (1) 序

奨励金の額が妥当か否かも利益供与禁止規定に関連して問題になると思 われる。なぜならば奨励金は会社からの無償供与であり,「笛吹きに金を与

えるものが曲目を決定する」という西洋のことわざにも明らかなように,

無償供与の受供与者はその権利行使において供与者の意向を無視しえない と思われ,これはまさに商法294条ノ 2の禁止するところと思われるからで

‑ 15  ‑ 7‑2‑372 (香法'87)

(16)

従業員持株制度と議決権〔

2

・完〕(市川)

ある。

熊谷組従業員持株会事件における事実関係は次のとおりである。熊谷組 は従業員の財産形成の助成等の一環として持株会会員の積立金額の 5パー セントおよび会員

1

名につき年

4 0 0

円(取扱証券会社に対する事務委託手数 料相当額)を奨励金として支出しており,かくして同社は,昭和

5 7

1 0

月 1日から昭和58年9月

3 0

日までの間に,同社の大株主である熊谷組持株会

(1!16) 

の会員らに対して,合計金

3 , 4 7 5

2 5 0

円を無償で供与した。

これに対する本判決の認定判断は次のとおりである。「前示争いのない奨 励金の額又は割合も,前示規約等のいう趣旨ないし目的(会員の財産形成 と会社との共同体意識の高揚……市川注)以外の何らかの他の目的を有す

(187) 

るほどのものではないと認めるのが相当である」。

(2) 学 説

学説は奨励金の額の妥当性の問題について次の

2

説に分かれると思われ る。一方の説はこの問題を従業員の積立金に対する比率の問題としてとら える(比率説)。すなわち,この問題は従業員の福利増進という従業員持株 制度の目的に照らし妥当な範囲かどうかによって判定するべきであり,こ

のような点から考えて,現在一般に行われている積立額の

3

パーセントな

(!XX) 

いし

20%

パーセントの奨励金の支給は妥当な範囲のものと考える。他方の 説はこの問題を従業員の福利厚生費全体から見ての総合的な判断の問題と

してとらえる(総合説)。すなわち,従業員の福利厚生費として相当な金額 であるか否かは,会社が従業員の福利厚生のために全体としてどの程度の 金額を使っており,その中で持株会への支給額がどれほどの割合を占めて いるか,従業員の加入率はどのくらいであるか等,総合的な判断によって 導き出されるものであって,積立金に対するパーセンテージで一律に判断

(189) 

することはできない。

本判決において主に問題とされているのは,熊谷組持株会規約および同 運営細則であり,奨励金と会社の福利厚生費全体との関係は問題とされて いないので,本判決は比率説に立脚しているものと思われる。総合説の立

7 ‑ 2 ‑371 (香法'87) ‑16 ‑

(17)

場からは,規約等のみでは奨励金の相当性は判断できないのであり,した

(l!XJ) 

がって本判決のこの点についての判断は根拠を欠いたもの, との批判を免 れないことになる。

(3) 私 見

総合説が,福利厚生費としての相当額の範囲内であれば,会社は無償で

(191) 

従業員に株式を取得させることができる, と解するとすれば,問題ではな かろうか。確かに福利厚生費として相当額の範囲内であるならば,株式取 得価額の全額を会社が奨励金として負担したとしても,利益供与禁止規定 が存しないならば,おそらくこれだけでは取締役の忠実義務違反の問題を 生じないであろう。だが奨励金は会社の債務ではなく,従業員がそれに対 して権利を主張できるようなものではない。その支給および額は基本的に は取締役の任意の判断に任されている。従業員が毎月継続的に取得する株 式の対価価額全額を会社が負担するとすれば,従業員はいわば恩恵として この株式を取得するのであり,この恩恵の継続を望む限り,取締役の意向 に反して取得株式の議決権を行使することはできないと思われる。これが 利益供与禁止規定に違反することは明らかであるように思われる。したが って法令違反として取締役の忠実義務違反も問題になると思われる。奨励 金についての会社の債務性および従業員の権利性が確立していない限り,

利益供与禁止規定から見て,自社株投資の危険は基本的には従業員の拠出 金によって負担されねばならないのであって,会社の奨励金はそれに対す る単なる補助にとどまらなければならないと思われる。このような観点か らすれば,たとえ株主としての権利行使において持株会会員の独立性が完 全に確保されていたとしても,後に続く無償供与が期待されている限り,

従業員の積立金に対する会社の奨励金の比率の妥当性が問題にならざるを えないと思われる。利益供与禁止規定違反のおそれを免れるためには,こ の比率は,株式の投資対象としての危険の程度に配慮したとしても,

2 0

パ ーセント以下でなければならないように思われる。妥当な比率を超える奨 励金は,従業員の自社株投資に対する単なる補助(従業員の財産形成の助

七〇

‑ 17  ‑ 7‑2 ‑370 (香法'87)

(18)

従薬員持株制度と議決権

( 2

・完〕(市川)

六九

成)と言うことはできないのであって,利益供与禁止規定に違反するおそ れがあるものと思われる。熊谷組持株会規約によれば,従業員の積立金に 対する奨励金の比率は 5パーセントであり,これは妥当な比率の範囲内と 思われるので,この点についての本判決の判旨は正当である。

奨励金の額が妥当な比率以下であるなら,利益供与禁止規定との関係で は問題ないと思われるが,なお次のような問題がある。従業員の積立金に 対する奨励金の比率は同じでも,現実に個々の従業員に支給される金額は,

各々が自社株投資にまわすことのできる資金的余裕によって決まってく る。福利厚生費としての性質から見て,従業員によって支給される金額に 大きな違いがあることは望ましくないのであって,従業員各自に与えられ る奨励金の額には自ずから妥当な上限を設けることが必要であろう。また 妥当な比率で妥当な上限が設けられていても,なお奨励金の総額が問題と なるであろう。これは,総合説の主張するとおり,会社の福利厚生費全体

との関係で妥当なものでなければならないと思われる。さらに会社の福利 厚生費全体は会社の利益や従業員数など会社全体の状況から考えて妥当な ものでなければならないであろう。ただこれらの問題は原則として取締役 の判断に任されており,極端な場合に限って,取締役の忠実義務違反の問 題を生じるものと思われる。

⑦  利益供与禁止規定違反の効果 (1) 序

熊谷組持株会規約における制度上の仕組みによれば,持株会取得株式の 議決権行使における持株会会員の独立性の確保が十分でなく,その議決権 行使において同社取締役の影響を排除するものとはなっていないと思われ ること,および持株会が会員に課している取得株式の引出に対する制限は 会員の財産形成手段の

1

つとしての株式投資方法という観点から見て,合 理的なものとは考えられないので,同社の従業員持株制度は従業員の財産 形成以外の目的(たとえば安定株主の形成)に利用されているとの推測を 排除するものとはなっていない。それゆえ,本判決に現れた被告提供の証

7 ‑ 2 ‑369 (香法'87) ‑18 ‑

""'"""'●""" 

(19)

拠だけでは商法

2 9 4

条ノ

2

2

項 の 推 定 を 覆 す 反 対 の 証 明 と し て は 十 分 で ないと思われる。したがって同社の従業員持株会への奨励金の支給は利益 供与禁止規定に違反するものと思われる。

それでは,熊谷組による従業員持株会への奨励金の支給が利益供与禁止 規定に違反し,違法であるとした場合,その効果はどうなるのであろうか。

これに関して,本判決を支持する説は次のように述べる。「同条(商

2 9 4

条 ノ

2

……市川注)違反は,同時に,商法

4 9 7

条違反となり,刑罰の対象とな る。しかも,これらの条文の適用を受けるのは,取締役だけではない。持 株会に加入した従業員にも及ぶ。もし現在一般に行われている従業員持株 制度が違法だということになれば,奨励金を受け取った従業員は,これを 会社に返還しなければならない(商

2 9 4

条ノ

2

3

項)。刑罰の対象にもな

(191) 

る(商

4 9 7

2

項)。」。この主張がそのままあてはまるとすれば,「わが国の 従業員持株制度を根底から覆すことになる。それはとうてい法の意図する

093) 

ところではない」ということになるであろう。本件原告は取締役または従 業員の刑事責任ないし従業員の返還責任を追及しているわけではないこと

を度外視しても,この説には次のような問題点があると思われる。

(2) 民 事 責 任

まず民事責任について考えてみよう。利益供与禁止規定に違反した場合 の民事責任については,商法上では取締役についての商法

2 6 6

1

2

号に よる供与した利益の価額の弁済責任および同条

1

5

号と商法

2 6 6

条ノ

3

1

項 に よ る 損 害 賠 償 責 任 並 び に 受 供 与 者 に つ い て の 商 法

2 9 4

条ノ

2

3

項による返還責任が問題になると思われる。従業員持株制度の場合,供与 者である取締役および受供与者である従業員株主にこのような責任を課す

ことは,同制度の有する社会的効用を否定することになり,問題である,

ことに従業員株主には酷であるとの主張もありうると思われる。しかしな がら,従業員持株制度が安定株主の形成に利用される場合,会社資産を利 用しての経営者と従業員株主との一体化を通じての経営者支配の助長があ ると思われ, これは結局,経営者や従業員でない他の株主の会社経営に対

六八

‑ 19 ‑ 7 ‑2 ‑368 (香法'87)

(20)

従業員持株制度と議決権〔 2・完〕(市川)

六七

する監督是正権を害し,その利益を害するものであり,それは会社資産の 不適切な使用になるものと思われる。それゆえ,会社資産の不適切な使用

(194) 

を抑制するという商法294条ノ 2の立法趣旨からして,取締役は,違法原因 を除去しない限り,上述の弁済責任および損害賠償責任を負い,従業員株 主も,違法原因が除去されない限り,上述の返還責任を負うものと考える。

ただ後に述べるように,従業員株主の返還責任の範囲は会社の支給した奨 励金の額とは必ずしも一致しないものと思われる。遅延損害金については,

取締役も従業員株主も,奨励金支給の当時,これと株主権の行使との関連 性について善意であったと思われるので,違法性について悪意になった時 から生ずるものと考える。

ただし,取締役についての商法

2 6 6

1

2

号による弁済責任と従業員株 主についての商法294条ノ 2第 3項による返還責任はいずれも奨励金の支 給と株主権の行使との関連性の存在を前提とするものであり,従業員持株 会の制度上の仕組みにその違法原因がある。この違法原因が存続する限り,

取締役も従業員株主もこの民事責任を負うが,従業員持株会の制度上の仕 組みが改正され,違法原因が除去されるならば,瑕疵は治癒されたのであ って,取締役や従業員株主のこの責任は過去に遡って消滅するものと考え る。すなわち,取得株式の議決権行使における持株会会員の独立性を確保 する制度上の仕組みが確立され,取得株式の引出に対する不合理な制限が 排除されるならば,両者のこの民事責任はなくなるものと考える。

瑕疵の治癒によって取締役の弁済責任と従業員株主の返還責任が過去に 遡って消滅すると考える追加的な根拠として次のことがあげられよう。熊 谷組の従業員持株制度設立は商法294条ノ 2制定のかなり前であると思わ れ,その設立当時,両者は同条違反について配慮する義務がなかったと思 われるので,同条制定前の奨励金支給について両者の責任を問うことは困 難と思われる。奨励金の金額は妥当なものであり,奨励金の支給自体に違 法性はないのであって,問題はこの奨励金の助成によって取得された自社 株式の管理の側面つまり議決権行使方法と引出制限にある。制度が改正さ

7‑2 ‑367 (香法'87) ‑ 20  ‑

(21)

れ,管理の側面における問題性が消失するならば,従業員持株会管理株式 については,従業員の福利厚生以外の目的に利用されているという疑いは 払拭されるのであり,もはやその取得の助成に用いられた奨励金を会社に 返還させる正当な理由はないと思われる。その場合,従業員持株会から引 出され,それによる管理の拘束から解放されている株式についてもこれと 異なる扱いは必要でないと思われる。

ただ上述のような瑕疵の治癒によって過去に遡って消滅するのは,取締 役の商法266条 1項 2号による弁済責任および従業員株主の商法294条ノ 2 第

3

項による返還責任に限られるものと思われる。瑕疵の治癒以前に,奨 励金の支給およびこれと関連ある株主権の行使によって会社もしくは第三 者に損害が発生していれば,これについては取締役は商法266条 1項 5号お よび商法266条ノ 3第 1項による損害賠償責任を負い,この責任はたとえ瑕 疵が治癒されたとしても過去に遡っては消滅しないものと考える。

なお違法原因が存続する場合にも,従業員株主については,彼が受けた 利益の全額を返還すればよいのであって,これは必ずしも会社の供与した 財産上の利益の価額とは同じではないと思われる。会社の奨励金支給は自 社株式への投資を条件とするものであり,既に支給された奨励金は急激な 価格変動の予想される株式に投資されている。投資元本の大部分は従業員 の給料から天引された積立金であり,会社からの奨励金はその補助にすぎ ない。投資危険の主たる負担者は従業員であるにもかかわらず,取得した 株式の引出は一定期間拘束され,従業員はこれを自由に処分することがで きない。取得株式を処分し,現金化して,投資利益が発生したときに始め て従業員の受けた利益が確定する。だがこの投資利益は必ずしも会社から の奨励金を上回るとは限らないのであって,場合によってはマイナスにな ることも起りうる。従業員は投資利益の発生した限度において会社からの 奨励金を返還すればよいと考える。なお投資利益の発生額を判断する時点 としては,必ずしも従業員が取得株式を処分し,現金化した時ではなく,

これに先立つ取得株式を持株会から引出した時が考えられる。従業員が取 六六

‑ 2 1 ‑ 7 ‑ 2 ‑366 (香法'87)

(22)

従業員持株制度と議決権〔2 ・完〕(市II I) 

得株式を引出して自己の名義に書き換えた時から,従業員が他の株主と同 様にこれを市価で自由に処分できるとすれば,引出時の市価でもって投資 利益を判断してよいと思われる。

従業員の商法294条ノ 2第 3項による返還責任は会社の供与した財産上 の利益の価額以下であり、かつ投資利益を限度とすると解する追加的理由 として次のこともあげられよう。取締役は会社の政策の一環として自ら指 揮命令して従業員持株制度を推進しており,その制度上の仕組み形成およ

び改正に直接的な責任があると思われるのに対し,従業員株主は取締役に 対しては被傭者としてその指揮命令に服する立場にあり,従業員持株制度 の 制 度 上 の 仕 組 み 形 成 お よ び 改 正 に 直 接 的 な 責 任 を 負 わ な い と 考 え ら れ る。

六五

(3) 刑 事 責 任

次に刑事責任について考えてみよう。商法497条による刑罰の対象となる ためには,供与者についても受供与者についても,財産上の利益の授受が

(195) 

株主権の行使に関するものであることの認識(故意)を必要とする。本条 の対象は,本来私人間の経済的関係にすぎないのであり,このような場合 には,刑法の介入には,明確な利益の侵害のあることが要求されるべきで

(196) 

ある。本条に関しては推定規定はない。民事法の違反は刑事法の違反につ いての事実上の推定を与えるものではない。また「疑わしきは被告人の利 益に判断する」ということは刑事法の基本原則である。それゆえ,従業員 持株制度への会社による奨励金の支給に関して,取締役または従業員を刑 罰の対象とするためには,検察官は,奨励金が株主権の行使に関して供与 されたことについての取締役または従業員の故意を積極的に証明し,これ について裁判官に真実間違いないとの確定的な心証を引起させなければな らない。従業員持株制度が,従業員の財産形成を目的とし,現実に従業員 の財産形成に役立っていると思われる以上,このような立証は困難であっ て,取締役または従業員は商法497条による刑罰の対象にならないと思われ る。

7‑2 ‑365 (香法'87) ‑ 22  ‑

(23)

(4)  民事責任と刑事責任の関係

利 益 供 与 禁 止 規 定 違 反 の 場 合 の 民 事 責 任 と 刑 事 責 任 と の 関 係 に つ い て

. . .  

は,「同条(商法

2 9 4

条ノ

2

……市川注)違反は,同時に,商法

4 9 7

条違反と

(197) 

なり,刑罰の対象となる。」(傍点市川)との主張がある。しかしながら,

商 法

2 9 4

条ノ

2

2

項の適用ある場合にはその推定を覆す反対の証明がな されない限り(この証明は既に述べたように反証ではなく本証であるので,

裁判官に推定事実の不存在または反対事実の存在につき真実間違いないと の確定的な心証を引起すものでなければならず,相当に困難である),取締 役については商法

2 6 6

1

2

号の責任が,受供与者については商法

2 9 4

条 ノ2第 3項の責任が発生する。つまり,民事責任の発生には,供与者であ る取締役についても受供与者である従業員株主についても故意(株主権の 行使に関する利益の授受との認識)の立証は必要ないのである。これに対 して,商法

4 9 7

条による刑罰の対象とするためには,検察官は供与者につい ても受供与者についても故意の存在について積極的に立証し,裁判官に真 実間違いないとの確定的な心証を引起させなければならない。すなわち,

民事責任については故意の存在の立証を要しないが,刑事責任については 故意の存在の立証を要するのであり,商法

2 9 4

条ノ

2

の違反が必ずしも商法

4 9 7

条の違反とならないことは,両条の立法形式からして明らかであるよう

に思われるがいかがなものであろうか。

⑧  違法原因を除去する方法 (1) 序

ここにおいて違法原因を除去するためには,熊谷組持株会における制度 上の仕組みはどのように改正されねばならないかについて考えてみよう。

(198) 

株式の引出制限の問題については既に述べたところから明らかであると思 われる。ここでは議決権行使における持株会会員の独立性を確保する方法 について考えてみよう。

実質的に持株会会員各自の自由な議決権行使を確保し,議決権行使に関 して取締役の影響を排除する制度的仕組みを確立するにはどうすればよい

六四

‑ 23 ‑ 7‑2 ‑364 (香法'87)

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