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「権威主義体制における選挙の蓄積効果:反体制派の挑戦手段の変化と体制転換」

谷口友季子 要旨

本研究は、権威主義体制における選挙の実施、とりわけその繰り返しが反体制派の 挑戦手段の選択とその有効性に与える影響について考察する。比較政治学において は、民主主義の基盤をなす制度である選挙が権威主義体制の安定に寄与するのか、あ るいは不安定化を招くのかについて今日まで多くの関心が払われてきた。しかし、反 体制派に与える影響やメカニズム、さらに選挙が繰り返されることによる蓄積的な影 響について十分な考慮がなされてきたとはいえない。

一般に、権威主義体制下での政府に対する反体制派の挑戦手段としては、大衆によ るデモや暴動といった抗議行動が最も注目を集めてきた。しかし、彼らが選択しうる 手段はそれだけではなく、定期的に選挙を実施している権威主義体制のもとでは、選 挙に参入し勝利することを通して、合法的な体制転換を目指す選択肢もありうるはず であるが、そうした反体制派の選択については十分に検討されてこなかった。

さらに、単に選挙の実施ではなく、その繰り返しがもたらす影響に注目することも 重要である。なぜなら、選挙は、その繰り返しによって反体制派のアクターに与える 影響を変化させると考えられるからである。選挙の繰り返しの効果に着目する先行研 究は一部には存在するものの、上述の反体制派の挑戦手段の選択やその有効性に対し て選挙の繰り返しが与える影響は明らかにされていない。

こうした問題意識の重要性は、独立から2018年まで存続していたマレーシアの権 威主義体制の事例においても示されている。マレーシアは、市民的自由を制限しなが らも、選挙によって政治的安定を得ている権威主義体制の典型例として論じられてき た。民族や宗教の亀裂によって野党が分断され、脆弱であることがその存続に寄与し ていると論じられてきたが、1990年代後半以降、諸野党は従来の分断を乗り越えて連 合を形成するようになり、2018年の総選挙では、野党連合が勝利したことによって、

ついに体制は終わりを迎えた。マレーシアの諸野党が、なぜ分断を乗り越えて、野党 連合を形成することができたのかと問えば、定期的に実施されていた選挙が与えた影 響に注目せざるをえない。しかし、先行研究は、長期的な視点に立った選挙やその繰 り返しの意義を十分に捉えられていない。

さらに、マレーシアでは、2000年代以降、大衆による路上での抗議行動が活発に行 われるようになったことも知られている。とくに、選挙制度改革運動では多くの市民 社会団体や野党などが連携し、首都クアラルンプールに数万から数十万人の大衆を動

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員する街頭デモを実施してきた。こうした大衆の抗議行動が、直接体制の転覆を実現 することはあり得ないとしても、野党の行動に影響を与え、選挙結果に間接的に影響 する可能性は既に指摘されてきた。しかし、抗議行動が野党の連合形成に影響を与え る可能性、より一般的にいえば、反体制派の挑戦手段の間に存在する関係性は、これ までの権威主義体制研究および民主化研究において必ずしも理論的ないし実証的に十 分に検討されてきたとはいえないのである。

そこで、本研究では、選挙という制度が体制の安定と不安定の両方をもたらすとい う根本的な性質に立ち返り、選挙が繰り返されることやその経験の蓄積が、反体制派 にとってどのような効果を持つのかを検討する。選挙の繰り返しは、大衆の動向を予 測するうえでの不確実性の低減と民主主義のルールへの自己拘束性という2つの効果 を生成することで、体制の安定性に影響を与えると想定する。前者は、選挙の機会を 通じた資源分配によって、政府と大衆とのパトロン=クライアント関係を構築するこ とで、選挙での動員を安定化させる効果であり、後者は権力を独占する正統性を勝利 した側に与えるという効果である。

本研究は、これらの効果は制度外/内の挑戦手段である抗議行動と選挙における野 党連合の形成という2つの経路を通じて、反体制派の挑戦手段の選択と有効性に影響 を与えると主張する。選挙の繰り返しは、たしかに反体制派の抗議行動の発生やその 有効性の低下を通じて体制を安定させる効果を持つと考えられるが、他方で野党連合 形成を促し、制度内の挑戦手段に注力するよう反体制派を促す効果を持つために、間 接的に体制を不安定化させるのである。具体的には、以下のようなメカニズムが生じ ると論じる。

まず、選挙の繰り返しが反体制派の抗議行動に与える影響を考えると、経験の蓄積 によって体制に対する大衆の支持が強化され、体制側が支持票の規模を予測する不確 実性が低減するならば、支持基盤とならない可能性がある票田は小さくなり、反体制 派が政権転覆を企図しても大衆を動員することは困難になると考えられる。さらに、

民主主義のルールに対する自己拘束性の強化は、選挙によって勝利した政府に権力を 独占する正統性を与える一方で、反体制派にとっては制度外での挑戦手段を通じて政 権転覆を図る正統性を大衆から獲得することが難しくなる。そこで、抗議行動が権威 主義体制の安定性に与える影響力、すなわち制度外の挑戦手段の有効性が低下する。

他方、野党連合形成に対して与える影響について考えてみると、選挙の繰り返し は、必ずしも体制の安定に寄与しないと思われる。選挙の繰り返しを通じて各党の支 持票に関する予測可能性が高まる効果は、与党と同じく選挙へ参加する野党側にも機 能する。その結果、与党を上回る票を獲得するために連合を形成する必要性をより強 く認識するようになるだろう。つまり野党へ選挙参加経験を蓄積させ、過去の経験か らの学習によって反体制派に連合形成を促進させる。さらに、選挙の繰り返しによる

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自己拘束性の強化は、野党に対しても作用するため、野党などの反体制派も抗議行動 による暴力的な体制転覆ではなく政治制度を通じた挑戦を選択せざるを得なくなる。

そのため、抗議行動は体制転覆の手段ではなく、与党への支持低下を顕在化させるた めに、連合形成交渉のフォーカルポイントとして機能し、野党連合の形成を促進する ようになる。その結果、先行研究でも論じられてきたとおり野党連合が体制転換の可 能性を高めるようになると考えられる。

本研究の構成は以下のとおりである。第1章では、問題意識を明らかにし、権威主 義体制における選挙と反体制派に関する先行研究を検討した後、本研究の分析枠組み を示す。第2章から第4章までは、権威主義体制各国を対象とする計量分析を行う。

選挙の繰り返しが反体制派の挑戦手段の選択と有効性を変化させるメカニズムについ て、抗議行動の発生(第2章)、野党連合の形成(第3章)、権威主義体制の転換(第 4章)という3つの事象から検討し、先行研究の知見も踏まえつつ、理論的な考察か ら仮説を導出したうえで、統計的に検証する。第5章では事例分析を行う。まず、事 例分析で分析対象となるマレーシアの抗議行動と野党連合の形成過程に関して、歴史 的経緯を事実に即して記述する。次いで、それらが先行研究において、どのように議 論されてきたのかを批判的に検討する。そして、マレーシアにおける抗議行動の発生 と野党連合の形成に関して4つの時代に分けて比較分析を行い、最後に統計分析で扱 った仮説と比較分析で示した解釈を照らし合わせ、仮説と整合する因果メカニズムが 生じていたことを論じる。終章では、本研究の議論をまとめたうえで、比較政治学お よびマレーシアを対象とする研究への貢献を示し、残された課題と示唆について述べ る。

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