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知的障害者施設における心理治療的接近

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長崎大学教育学部紀要 一教育科学 ‑ N0.56,81‑91(1999)

知的障害者施設における心理治療的接近

Ps ychot her apeut i c appr oach att he i ns t i t ut i on f orment alr et ar ded adol es cent

高 原 朗 子

Aki ko TAKAHARA

キー ワー ド :知的持害者施設 ,知 的障害者,家族 ,心理治療的接近

本研究の 目的は,知 的障害者 にお け る心理治療的接近 の実践 の状況 を報告 しその意 味 につい て考察す ることであ る。具体 的 には臨床心理士 が知的障害者 のための福祉施設 において入所者 及びその家族 の精神 的安 定 や生活の質 の 向上 を援助す るための取 り組みにつ いてあ る事例 の経 過 を報告 し考察 を行 った。 その結 果 ,安 易 な ノーマ ライゼ ー シ ョンに対す る問題 点 が指摘 さ れ, また,事例 の生命の安 全 と精神 的安 定 が守 られてい る状況 で本人の意志 を くみ取 ることの 重要性 や他の専門機関 との連携 の必要性 な どが明確 にな った。

Ⅰ.は じめに

平成

1

1年

4

1

日よ りい よい よ法律 にお いて も 「精神薄弱 」 とい う用語 を 「知 的障害」 に 改 め る とい う ことが国会 で承 認 され た。 そ の よ うな改正 を行 う理 由は 『障害 者 に対 す る国 民 の理 解 を深 め, もって障害 者 の 福 祉 の 向上 に資す るため』 (精神 薄弱 の用語 の整 理 の た め の関係法律 の一 部 を改 正 す る法 律 よ り) と され て い る。 しか しなが ら,知 的障害 者 の特 性 を考 えず にただ単 に用語 を改 め社 会 で の 自立 を 目指 して も実 際 には上 手 く行 か な い こ と が多 い。 この よ うな問題 を解 決 す るた め に社 会 福祉 の関係 者 の 中で は知 的障 害 者 の ライ フ サ イ クル に沿 った福祉 援 助 を模 索 し,様 々な試 みが為 され て きた。 その一 つ と して筆者 が 関 わ って い た知 的障害 者 の た め の施 設

S

学 園 で は複数 の臨床心理 士 の資格 を得 た ス タ ッフ が生活 指導 や その他 の療育 に従事 し‑ ー ド面 の施 設環 境 の向上 の みで な く, ソフ ト面 の向 上 を も目指 した取 り組 み が行 わ れ て きた 本研 究 の 目的 は,知 的障害 者 にお け る心 理 治療 的接近 の実 践 の状 況 を報告 しそ の意 味 につ い て考 察 す る こ とで あ る。具 体 的 に は臨床 心 理 士 が知 的 障害 者 の た めの福祉 施 設 にお い て入所 者 及 びその家族 の精神 的安 定 や生 活 の質 の 向上 を援助 す るため の取 り組 み につ い て あ る事 例 の経 過 を報告 し,考察 す る。 その取 り組 み と して ひ とつ は本 人 の ケ ア につ い て もうひ とつ は保護 者 や兄 弟 をふ くめ た家族 に対 す る ケ アを行 った

先行研 究 によると本人 へ の ケ アにつ いて は,檎

( 1 9 8 8 ,1 9 9 4 )

は成人 の 自閉性 障害 者 お よ び知 的障害者 の神経 症 様 不 適 応 状 態 や分 裂病 様 反 応 につ いて言 及 し,軽 度 の知 能 障害 で社 会 に適 応 す るか と思 われ るケ ー ス にお い て もち ょっと した こ とで心 因反 応 を お こ し, 自我 の統 合 を崩 した例 につ い て報 告 して い る。 この研 究 で述 べ られ て い るよ うな知 的障害 者 は

(2)

82 長崎大学教育学部紀要一教育科学 ‑ N0.56

な か なか就 労 して の 自立 に は至 らな い ケ ー スが多 く, また,成 人 期 ・高 齢期 に至 った知 的 障害 者 に就 労 の場 を与 え,地 域 で住 む こ とが で き る環境 を整 え る こ とは非常 に重 要 で あ る が現 実 的 に は難 し く, 就 労 で さて も様 々な福 祉 援 助 が必 要 で あ る。 そ して彼 らに と って ラ イ フサ イ クル の どの段 階 にお いて も福祉 援 助 が必 要不可 欠 で あ り, その援助 の一 つ と して 入所 型 の福祉施 設 でのサ ー ビスが挙 げ られ る。大橋

( 1 9 9 3)

は,従来 の固定化 した障害者観 で は な く障害 者 の 自立 生 活保 障 にお け る ̀̀自立 生 活 " の捉 え方 を 問 い直 してい る 例 え ば 知 的障害 者 の ライ フサ イ クル にお け る研 究 の充 実 に と もな って, 社 会 福祉施 設 に対 す る考 え方 も 「入所 型 施 設 」 か ら 「地 域 の適 所 型 福 祉 施 設 」 へ と, す な わ ち, 「地 域 福祉

「在 宅 福 祉 」 に主 核 を お く方 ‑変 わ って きて い る。 しか し, この場 合 の変 化 は必 ず しも入 所 施 設 が不要 にな って い る とい うこ とで はな く, 入所 施 設 が社 会 で果 たす 役割 が拡 大 して い る

とい うこ とな の で あ ろ う。

次 に家族 へ の ケア につ いて は伊藤

( 1 9 6 4)

や久保

( 1 9 8 2)

に よ る と知 的障害者 の ライ フサ イ クル にお け る大 きな 問題 と して,家族 が本 人 の障害 を ど う理 解 し,受 容 す るか が重 要 で あ る ことを指摘 し,親 の悩 み や要求 と して は,① 「就 労 ・進 学 ・進路 等 につ いて」,② 「障 害 者 白身 につ い て」 ,③ 「親 の教 育 観 ・人 生 観 ・世 界観 」 , ④ 「入 所 ・適 所 施 設 の整 備 ・ 増加 」 な どが挙 げ られ て い る。 また,根来

( 1 9 9 3 )

は, レスバ イ ト・サ ー ビスによ る障害者

とその家族 を支 え る取 り組 み を紹 介 して い る. レスバ イ ト ・サ ー ビス とは厚 生省 の研 究班 に よ って ま とめ られ た報 告 に よ る と 『障書 児 (者 ) を持 つ親 ・家 族 と,一 時 的 に一 定 の期 間 , 障害 児 を親 か ら解 放 す る こ とに よ り 日頃 の心 身 の疲 れ を 回復 し, ほ っと一 息 つ け るよ うにす る援助 』 で あ る 根 来 らは 「このみ」 とい う介護支援事 業 を通 して 0歳 か ら

3 6

歳 まで の障害者

1 1 5

名 に対 しそ,家 族 の入 院 や冠 婚葬 祭 等 で介護 で きな い ときに一 時保護 す る等 の 活動 を続 けて い る。 さ らに児童 精神医学 の立場 か ら清水

( 1 9 9 7 )

は対象 とな る患者 の障害 に つ い て両親 に適 切 な理 解 を与 え, 生 涯 にわ た る援 助 を計 画 して い くこ との必 要性 を強調 し て い る つ ま り知 的 障書 者 の ケア には家族 の ケ ア はつ き もの な の だ と思 われ る

そ こで本 稿 で は 中度 の知 的障害者 に対 して前 述 した よ うに本 人 の ケ ア につ いて, もうひ とつ は保 護 者 や兄 弟 を ふ くめ た家族 に対 す るケ アを行 うとい う形 態 の援 助 を臨床心 理 士 の 立 場 と して行 ったの で あ る. この事 例 の ケ ー ス ワー クの場 で あ る精 神 薄 弱者 更 生施 設

S

学 園 (以下S学 園 ) は平 成 4年 7月 に開設 され た入所 型 の更 生施 設 で あ る。 開設 の趣 意 と し て は精 神遅 滞 者 や 自閉性 障害 者 ・てん か ん に よ る知 的障害 者 各 々に応 じた きめ の細 か い個 別処 遇 を 目的 と して い る。 従 って入 所者 の知 能 の幅 も障害 や症 状 の在 り様 も多種 多様 で あ り, その専 門 的 な個 別 的対応 が望 まれ る さ らに楠

( 1 9 9 4)

で は施 設 生活 におけ る心理 的問 題 と して,知 的障害者 が集 団生 活 を行 うこ とに伴 う不適応状 態 の増加 や管理 化 ・スケ ジュー ル化 され た生 活意 識 の 固着 化 ,集 団生活 に伴 う個 人 間の感 情 の

蝶 等 に よ る トラブル な ど につ いて指摘 して い るが, ま さに入 所 型 施 設 で あ る

S

学 園 で は この様 な開場 へ の対 応 が 日 常 的 に必要 とな ってい る なお, この

S

学 園で の他 の利 用者 に対 して行 って きたケー ス ワー クの一 部 につ いて は

1 9 9 7

年 に報告 したが,本論文 では臨床心理 士 と して行 った心理治療 的接 近 に よ る指導 を よ り強 調 して ま とめ て ゆ きた い

Ⅱ.

事例 の経 過

症 例

A S

学 園措 置 開始 時

21

歳 男性

1 045

(3)

高原 :知的障尊者施設における心理治療的接近

8 3

家族構 成 :父母 , その他 兄 弟 と して兄 が い るが現 在 は独立 して い る しか し兄 は実 家近 く に住 み Aの ケア にた め に しば しば実 家 に戻 って い る。

; ㍗ ‑ I

♂ (29)別居

♂ (2 1)

図 1 家族構成

坐育 歴 :母親

か4 0

代前半 の時 出生 時体 重

2 , 2 0 0

g,仮死 状態 で生 まれ る。 このため大 学病 院 の

NI CU

3

ヶ月入 院。首 のす わ り

6

ヶ月, 寝 返 り

1 2

ヶ月 ,始 歩

2

6

ヶ月,始 語

3

歳 と発達 が遅 れ,

1

歳 前 後 に特 定 の染色 体 異 常 と診 断 され る。心 身 障害 児施 設 を経 て普 過 小学校 の特殊 学級 に在籍 す る。 その ころ よ り急 激 に体 重 が増 え る。普通 中学 校 に行 くが ひ どい い じめ を受 け中学

2

年 生 の時 に養 護 学校 中等部 に転 校 して い る。 その後 ,養 護 学 校 高 等部 を卒 業 後 自宅 にい たが しば ら く して

S

学 園 に両親 が入 所 希望 す る この 間心 理 的 に も不安 定 にな りやす くまた, 染色 体 異 常 の症 状 の ひ とつ で あ る と ころの 中枢 神経 の 障害 に よる食 欲 の異 常 昂 進 で糖 尿病 を併発 した。 食事療 法 が必 要 で あ ったが食 事 を制 限 され る と心 理 的 に不安 定 にな り異 常 行動 が み られ るよ うにな った。平 気 で他人 の家 に上 が り冷蔵 庫 か ら食 べ物 を出 して食 べ た りす る こ と もあ った また.何 度 か治療 の た め小 児科 や精神 科 に入 院 して い るが入 院 中 もナ ー スセ ンター に入 り食 べ物 を物 色 す る こ と も あ った。

イ ンテ ー ク時 の様 子 :両親 と も自分 た ちの死 後 の ことを考 え て子 ど もを施 設 に入 れ た い と 考 え て いた 両 親 の様 子 か ら見 る と子 ど もを小 さい頃か ら大 変 か わ いが り今 で も子 ど も ペ ー スにあわせ て生 活 して い る様 子 が うか が え た。本人 は陽気 で屈託 な く 「この時計 い い で しょう」な どイ ンテ ー ク担 当職 員 に話 しか けて いたO

状 態像 :陽気 で人 なっ こ くよ くしゃべ る一 方 欲 求不 満 時 には興 奮 ,不安発 作 , 強 迫 行 為 等 が生 じ極 度 の不適 応 状 態 に陥 り人 格 の不統 合状 態 にな る。 また,特 定 の染色 体 異 常 に よ る症状 と して挙 げ られ る過食 の ため肥満 ・糖 尿病 を併発 して お り現在身長155cm,体 重

8 2 k g

で あ る。

療 育 方 針 :(1)授 産指導 な どを行 い生産 活動 に携 わ らせ る(2)集 団精 神療 法 (心 理 劇 ) 及 び個 別学習指導 を行 う(3)主治医 と連絡 を と り本人 の精神状態 を考慮 しなが ら肥満対策 を行 う, とす る。 また, 当初 よ り処遇 に十 分 配 慮 を要 す る事 例 で あ る と予想 され た ため指 導 員 の み で な く臨床心 理 士 や栄養 士 と定 期 的 に Aの処遇 会議 を持 つ こ とと され た。

S

学 園 で の経 過 :

1

(

Ⅹ年

7

月〜X+3年

2

月)

【生活 の様子 】

入所 当時 はす ぐに施 設 生活 に慣 れ積 極 的 で皆 の人気者 で あ った。 指導 員 や他 の入 所 者 と お しゃべ り した り運 動 した り して いた。 しか し,施 設入所 後 1ヶ月 を経 た頃 か ら他 の入所

(4)

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者 と トラブル を起 こす よ うに な って い った また,性 的行 為 に興 味 を示 し同性 の他 の入所 者 にべ った り くっつ いて い る こ とが 多 くな った。 さ らに, 同室 の入所 者 と も トラブル を起 こ した ため居 室 を変 更 した。 自分 勝 手 な行 動 と受 け取 られ る こ とが多 く他 の入 所 者 の居 室 や厨 房 に入 り込 ん だ り,食事 へ の異 常 な こだわ りを指導 員 が制 限す る とその指導 員 を突 き 飛 ばす な ど行動 の コ ン トロー ルが とれ なか った。 また大 声 で 「ご飯 を もっと くだ さい !

な ど言 うこと も多 か った。 入 所 1年 を経 た頃 か ら状 態 が悪 化 しボー ッと して い る こ とが多 くな った。 か と思 うとテ レビの リモ コ ンを窓 か ら捨 てた り, 弱 い入所者 の耳 に歯 磨 き粉 を 付 けた り,叩いた りす るよ うにな った。 また,毎 日の作業 や運 動 を した か らな くな り 「運 動 は しない よ うに して い ます 」 とか 「ど う して僕 が しな くて はな らない の です か 」 と叫ぶ こ と もあ った 相手 の立 場 に敏 感 で指 導 員 の こ とを 「園長 先 生 に言 って ク ビに して も らい ます

「逮捕 します 」 な ど言 った り, 女 子 入 所者 の部屋 を の ぞい たため女子 入 所 者 と喧嘩 した時 には 「女 の くせ に威 張 るな

「平 社 員 の くせ に威 張 るな」 と言 って い た。X 十

2

年 末 よ り帰 宅要 求 が激 しくな り

1日と学 園 にい る ことが 出来 な くな った0 Ⅹ+ 3

2

月 の あ る 日朝 か ら 「帰 る帰 る

を繰 り返 し, た また ま指 導 員 の交 代 の時 間 で人 で の少 な い ときに 激 しいパ ニ ック とな りな だめ て い た指 導 員 の腕 を振 りほ どい た拍子 に ころび打 撲 傷 を負 っ た。 そ の後 ,学 園 へ の入 所拒 否 が決 定 的 にな り しば ら く在 宅 で様 子 を見 る こ と とな った。

【心 理 治療場 面 で の様子 】

Ⅹ +

1年

4

月 よ り心 理 劇 に参加 。 楽 しん で参加 し椅 子 な どの準備 も積 極 的 に行 うが,心 理 劇 の最 中 に居 眠 りす るな どの行 動 が見 られ た。 「帰省 した ときの思 い 出」 とい うテ ーマ で絵 を措 い た ときには画 用紙 に 「1万 円札 」 を二 つ措 い て い た。 また,楽 しそ うにお金 の 話 をす る。皆 の モデル にな りジ ェスチ ャー ゲ ー ムで リー ダー をす る こ と もあ った か, 別 の 少 し難 しいル ール の ゲー ム にな る と 「出来 ませ ん」 を連 発 す る

8

月 の セ ッシ ョンで は盆 休 み に何 を したか を尋 ね られ て 「お ば あ ち ゃん ちに行 き ま した, お金 を も らい ま した」 と 発 言 した。 小物 を使 って二 人一 組 で寸 劇 をす る とい う課 題 で は 「カボ チ ャと麦 わ ら帽子 」 を使 って畑 まで二 人 で カボチ ャを.取 りに行 く場面 を上手 く演 じて いた。 また運動 会 を イ メー ジ した セ ッシ ョンで は綱 引 きの場 面 を演 じるが赤 が まず 引 き,次 に 白が 引 くとい うや りと りが難 しく引かれ て い る感 じを 出す こ とが 出来 なか った しか し, カー ドに措 い て あ る こ とを ゼ スチ ャーで表現 す る とい う役 を決 め た課 題 (カー ドに [大 きな あ くび を3回 す る]

と書 いて あ る とその通 りにす る) に は上 手 く応 じていた

。1 2

月 を過 ぎると劇 の途 中で居 眠 り す る こ とや,勝 手 に動 くこ とが多 くな って い った。本 人 が あ ま りにマ イペ ー スで動 くの で 他 の入 所者 が他 の入所者 が本 人 を排 除 す る よ うな言 動 が 出 て きた。 また,他 の入 所 者 の真 似 をす るが本 人 が嫌 が る麻痔 の真 似 な どす るため, い い雰 囲 気 だ った心理 劇 の場 面 が一 変 して険悪 な ム ー ドとな った 臨床心 理 士 の関 わ りと して は心 理 治療 場 面 で は な るべ く本 人 の意 志 を尊 重 し,心 理 劇 の参 加 も自由 と した。次年 度 に入 る と劇 で は 自分 が理 解 で き る役 は進 ん で演 じるよ うにな って きた 例 え ば 同年 4月 の花 見 の場 面 で は役 を進 ん で や り, お 酒 を 「どうぞ ど うぞ」 と勧 め る仕草 な どは大変上手 か った。 同年

5

月 のセ ッシ ョンで はサ ッ カー クラブの監 督 を演 じ準備 体 操 を延 々 と続 けた。 ス タ ッフは本 人 の 自発 性 を評 価 した い の だが他 の入所 者 が彼 の マ イペ ー スの行 動 を許 さず劇 が 中断 して しま った。 他 の人 には許 され る 自発 的 な行動 もAには許 され な い とい う集 団 の雰 囲気 が認 め られ た。 そ して残 念 な ことに臨床心 理 士以 外 の ス タ ッフに もその よ うな気 持 ちを抱 い てい る者 が い た。夏 にな る

(5)

高原 :知的障著者施設における心理治療的接近

85

と (7月 )心理劇 は参加 す るが椅 子 に座 ったまま眠 りこけるな ど再 び動 きが鈍 くな ってい っ た。 な お,X年 には子 ど もの 頃 か らの主 治 医 (小 児科 ) を学 園 に招 きケー ス カ ンフ ァ レン スを実 施 し,指導 員全員 に本 人 の状 態 を周知 させ た。

【帰 宅 中の様子 】

帰宅 は週末帰 宅 の形 式 を と った。 帰 る といつ も一 番 に 自分 の宝物 (お金 ) を出 し, テー ブル の上 に広 げて計 算 して い た。 買 い物 をす る ときはまず大 きい お金 (お札 )か ら使 い小 銭 を集 め て沢 山の お財布 に分 散 して入 れ楽 しん で い た との ことで あ った 夜 寝 る ときは 自 分 の横 に置 い て寝 て い た よ うで あ る。 家 で は学 園 の入所者 の ことや職 員 の こ とを 自分 な り の解釈 で話 して いた。例 え ば あ る入所 者 の ことを

「 0

0君 はたば こ飲 む とよ,家 に帰 った らパ チ ンコ もす る って」 な ど話 して い た。入所 後4 ヶ月 を過 ぎた ころか ら両親 に 「僕 は ご 飯 が (他 の入所者 に比 べ て ) 少 ないか ら帰 りに

○ うどん (帰宅途 中 に あ る うどん店 ) で ご飯 を食 べ させ て,僕 もご飯 の量 を皆 と同 じに して と先 生 に言 って」 な ど訴 えて いた。家 で飼 って い る犬 を台所 の上 が り口に入 れ, 自分 も台所 に布 団 を引 い て犬 と一 緒 に ぐー ぐー 寝 た りす る とて も犬 が好 きで帰宅 す る とその犬 に向か って 「チ ビち ゃん お兄 ち ゃん (自 分 の こと)帰 った よ, た だ い ま」 と声 をか けて い た

【両親 の様子 】

入所 時 は学 園 の指導 を願 う反面 ,食事 指導 は無 理 しな い でな ど矛 盾 した希 望 もあ った。

例 えば 「食事制 限す る ことに よ りス トレスを感 じて情 緒 不安定 にな るの で は ないか と心配 してい ます

とい うことが多 か った。 その他 の こ とで も本人 の ことを非常 に気遣 っていた。

そのせ いか父親 が保 護者 会 の役 員 を務 め た り,仕事 の な い 日には学 園 の回 りの草 刈 りを進 ん です るな ど夫 婦 そ ろ って協 力 的 で あ った.一 方 で子 ど もが トラブルを起 こす と職 員一 人 一 人 に丁寧 に謝 って い た あ る時他 の入所者 が本 人 の い たず らを両 親 に訴 え る ことが あ っ

た。 す る と両親 が指導 員 に対 して

Pさんか ら 『この人 (A)が いつ も私 を い じめ るか ら す かん , いつ もお な じこと何 回 も言 うか らす か ん』 といわれ ま した」 との報 告 が あ った

また入 所者 に性 的 な行為 を して い る と と られ が ちな言 動 を指導 員 が報 告 す る と父親 が それ を とて も気 に して 「子 ど もが性 につ い て ご迷 惑 を おか け してい ます。子 ど もは性 機能 とい う点 で は未熟 とい う体 質 で は あ ります が学 園 内 での行動 や言動 が変 態 と見 られが ちで 申 し 訳 ご ざい ません ・・」とい う過 敏 と も言 え る手 紙 を 出 して きた。 入所 後一 年 を経 た時 点 で は,両 親 は学 園 に来 る度 に謝 って まわ る とい う状 態 で あ った。 しか し, その反動 か

Ⅹ+3

年2月 の トラブル で Aが打 撲 傷 を受 け る と母 親 が学 園 に対 して非常 に拒 否 的 にな った。母 親 は この とき 「子 ど もが憎 い の は分 か るけ ど, あん な に ひ ど く叩 くこ とはな い じゃないで す か」 と当事者 で あ る指導 員 に詰 め寄 り.不 慮 の事故 で あ った こ とを認 め なか った。 父親 は母親 に比 べ る と表 面 的 に は穏 やか で あ ったが その後 ,他 の施 設 へ の入 所 を考 え

S

学 園 に 内緒 で動 いてい た。

S

学 園 の責 任 者 や臨床心 理 士 と何 度 か話 し合 い今一 層 の本人 の不安 を 軽減す るよ うな対人関係 の調整 を測 ることを話 し合 った。具体 的 には1,受 容 的 に接 す る,

2

,本 人 の部屋 に鍵 をつ け本 人 の プ ライバ シー を今一 層 確 実 な もの にす るな ど話 し合 い, 両 親 もこの時点 で は納 得 した よ うで あ った。

2

( Ⅹ+ 3

3

〜1 2

月)

【生活 の様子 】

作業 や療育 ・レク リエ ー シ ョンには よ く参加 して い た。犬 が好 きなの で学 園で飼 ってい

(6)

86

長崎大学教育学部紀要一教育科学 ‑ N0.56

る犬 の散 歩 は家 と同様 に よ くや って いた。 夏 頃 か ら不安 定 に な り抗 不安 薬 を服 薬 して も落 ち着 か な くな った。 他 の入所 者 の言動 に対 し過剰 に反 応 し攻 撃 して い た。 また, 食事 に対 して もお変 わ りの要求 が激 しくな った。 しか し夏休 み よ り休 みが ちにな り

1 0

月 の運動 会見学 を最 後 に来 な くな った。

【心 理 治療 場 面 で の様 子 】

心 理 劇 には定 期 的 に参加 。 弱 い立場 の入 所者 と一 緒 の時 は リー ダー的役割 を とるが,体 の大 きい入所 者 が い る と黙 って い るな ど敏感 に状 況 を察 知 して い た。

Ⅹ十3

3

月 に学 園 に戻 って きて初 め て参 加 したセ ッシ ョンで デ ィ レクターが マ ジ ック シ ョップ とい う心理 劇 の ウ ォー ミングア ップを行 うと嬉 しそ うに舞台 に出て きて 「胃薬 くだ さい, 胃をあげ ます」

と一 見 矛 盾 す る発 言 を行 った。 また,

5

月 の セ ッシ ョンで は願 い事 で

「H

先 生 (初 年度 に Aの担 当 だ った女 性 指 導員 の名前 ) とデ ー トしたい です 」 と訴 え た. また, ウ ォー ミング ア ップで他 の参 加 者 の身体 的特 徴 (お腹 が 出 て い るな ど) を平 気 で指摘 す るな ど他 者 を不 用意 に刺 激 す る こ とは相変 わ らず で あ った。

7

月 には海 で遊 ぶ劇 を行 った。 気 分 が高揚 し たのか は じめ は船 の役 で 出て い たのが途 中か ら溺 れ て い る役 を演 じて い るBの上 に馬乗 り にな った。 また,

2

幕 で は鮫 にな り補助 自我 と して役 を と って いた指導 員 の腕 を本 当 に噛

もうと して いた。 劇 で演技 す る こ とが曲 が りな りに も出来 た ときには ご機嫌 で心 理 劇 終 了 後 の後 片 づ けを 自分 か ら手 伝 うこ と もあ った。学 園 の年 中行 事 の夏 祭 りの劇 で は 出店 の店 員 を希望 し

「 〇

〇 円です, い らっ しゃい ませ

な ど適 切 な言動 が見 られた。9月 にはU (A とは仲 が よ くない女性入所者 の一 人 ) の思 い出で中華料理 店 にい く劇 を行 うことにな った。

その時 は 「その 中華料 理 屋 さん は

〇〇〇

(県 内 の有 名 な 中華 料理 店 ) で しょう」 と大 声 で 嬉 しそ うに言 い,仲 の よ くな いUの提案 によ る劇 に もか か わ らず そ こに父親役 と して参加

した。

【帰 宅 中 の様子 】

3‑ 6

月 は帰 宅 す る度 に家族 で旅 行 して い た。 しか し

7

月 を過 ぎた頃か ら家 に こ も りが ちにな った

。1 0

月 のあ る 日,突然学園 に電話 をか けて きて,泣 きなが ら

「 ○

○先生いますか ? お と うさん が こわ いです。 お と うさん か ら棒 で叩 かれ ます 。迎 え に きて くだ さ

い」

と訴 え て きた。 しか しその後 学 園側 か ら電話 をか け る とけろ っ と した様 子 で 「ご飯 食 べ ま した, おい しか ったです」 と答え るのみであ った。横 にいる ら しい母親 が 「誰か ら (電話 なの)?

と言 って い た。 次 の 日 も泣 きなが ら電話 し 「病 院 に連 れ て い って くれ な い,血 糖 値 を下 げ る薬 が欲 しいの に お父 さん に中学 の 頃叩 かれ た, お父 さん か らお こ られ る,一 人 で入 院 しな さい と言 う」 な ど訴 え続 けた。横 にい る ら しい父親 が落 ち着 い た様子 で 「もう電話 を 切 りな さい」 とい って い た。 その 日は 同 じ様 な電話 が

3‑ 4

回 かか った。 その後 音 信 な く

1 1

月 に

N

病 院精 神 科 に入 院 した。

【両 親 の様子 】

春 か ら夏 にか けて は帰 宅 時 も本 人 が落 ち着 いて い る とい う報告 が ほ とん どで両 親 に と っ て も穏 やか な 日々が続 い て い るか の よ うだ った。 しか しこの 頃 よ り母 親 が帰宅 の迎 え に釆 な くな った。理 由は母親 自身 が 胃潰癌 で体調 が悪 いか らだ と言 うことを後 で言 って きたが, それ だ けで は な くS学 園 に対 す る不 信感 が続 いて いたの だ と推 察 され た。

7

月 の夏 祭 りで は父親 よ り子 ど もの様 子 が涙 が 出 る くらい立 派 だ った との感 想 も聞 かれ た。 しか し本 人 の 状 態 が悪 くな って きた頃 か ら

〜食 べ る ことを抑 え る とだん だん情 緒不安定 にな った りた

(7)

高原 :知的障害者施設における心理治療的接近

8 7

いへ ん な ス トレス にな った り します 。 〜 略

〜『 ○

○ 先 生 が ご飯 を お茶 碗 につ ぐと少 な くつ ぐの で嫌 い』 な どな ど言 って い ます」 と訴 え て きた こと もあ った。 しか し11月 には学 園 には 連 絡 無 しに N病 院精 神 科 に入 院 させ , そ の後 も学 園 か ら連 絡 を しな い限 り両 親 の方 か ら何 も言 って こな い こ とが続 い た 年 末 に臨 床 心 理 士 が 自宅 を訪 問 し両 親 と

6

時 間話 を した。

その結 果 ,週 末 帰 宅 の度 に本 人 が食 へ の こだ わ りが高 じ, 制 限 しよ うとす る と母 親 や 兄 弟 に乱 暴 す る こ と, あ る時 は トイ レの水 を

7

時 間 ず っと流 し続 けた こ とな ど家族 全 員 が精 柿 的 に疲 れ た こ と, しか も

S

学 園 に迷 惑 が か か る こ とを恐 れ その よ うな状 態 に な って い る こ

とを言 い 出せ な か った こ とを うち明 け た。 ま た母 親 はAが 入 院 して以 来一 度 も面 会 に行 っ て い ない こと, 父親 も 「元 々染色体異 常 と言 わ れ た時 か ら20歳 まで は生 き られ ないか も しれ な い と医者 に言 わ れ て き ま した。 私 た ち もあ の子 は もう死 ん だ もの と思 って い ます

と言 うな ど切 々と両 親 の心 情 を う ち明 けた。 そ こで

S

学 園 の対 応 と して精 神科退 院 後 は しば ら くS学 園 に長 期 滞 在 させ , また,本 人 を シ ェル ター的個 室 (二 重 扉 ,鍵 付 き) に移 し環 境 条 件 を整 備 す る こ とを約 束 確 認 した

【入 院 中の様 子 】

入 院 当初 は血 糖 値 が高 く, その た め頭 が ポ ウ ‑ ツと して動 きが とれ ない状 態 で あ った

少 し回復 す る と病 棟 内 の非 常 ベ ル を な ら した り, ドアを壊 した り した。 注意 す る と泣 き騒 ぎ ス トレスが か か る とす ぐにパ ニ ックに な った また, あ る時 はナ ー スセ ンター に入 り込 み看 護 婦 に対 し 「い い休 して ます ね」 と言 い なが らお尻 を触 るな どの不適 応行 動 も起 こ っ た。 血 糖 値 を下 げ るた め に食 事 制 限 を行 った た め刺 激 性 状 態 ・情 動 不 穏 に陥 りか な りの 向 精 神 薬 が投与 され た。 その た め副 作 用 で精 神 活 動 性 と共 に身 体 活 動 性 が低下 した。 さ らに そ の た め好蒋 性 とな り,身 体 各 部 に福 そ うが 出来 た。 両 親 の 同意 の もと臨床心 理 士 と主 治 医 とでAの処遇 につ い て話 し合 い,退 院 の 時 期 を定 め た。

3

( X+4

1

〜X+5

3

月)

【生 活 の様子 】

退 院 当初 は食 事 時 間以 外 は居 室 で 眠 って い る こ とが多 か った。帰 宅 要 求 はあ るが指 導 員 が な だめ ると落 ち着 い た。3月 に入 る と体 調 が 回復 したのか活動 性 が高 くな り梅 そ うが治 っ て きた が,一 方 で他 の入所 者 に対 す るい たず らが増 えて きた。

5

月 の連 休 に は入 所 者 や指 導 員 ら数 名 で ほぼ一 年 ぶ りに一 泊旅 行 した そ の 日には朝 か ら新 しい靴 を履 き医療 ス タ ッ

フに指 示 され た 「ア イ ス は一 本 , ジ ュー ス は一 本 」 を繰 り返 して いた。 車 の 中 で は ボ ー ッ と して居 眠 り して い た。 しか し高速 道 路 の サ ー ビスエ リアで休憩 した とたん に元気 にな り, 売 店 に駆 け込 み好 きな菓 子 類 を沢 山買 い込 もう とす るな ど食 に対 す る こだわ りの強 さは変 わ って い なか った. 目的地 の一 つ で あ るテ ー マパ ー クで も乗 り物 な どには乗 らず 何 か を食 べ て い るか また は ポ ウ ー ツと して い るか で あ った 指導 員 が二 人 付 き本 人 が食 べ 物 を物 色 す るの を止 め よ うとす るが なか な か 聞 か なか った。 また,旅 行 先 で初 め て会 った女 性 に向 か って 「奥 さん, 愛 して る, 美 人 だ ね 」 と言 うな ど行動 の コ ン トロールが 出来 な か った。

また調 子 よ く食 事 を して い る とき に急 に噂 眠 状 態 に陥 り眠 り出す な ど心 身共 に コ ン トロー ル で きなか った 他 の入 所者 との交 流 は見 られ な か ったが担 当指 導 員 を頼 りに して い た。

【心 理 治 療 場 面 で の様 子 】

2

月 中旬 よ り心 理 劇 に参 加 希 望 した た め治 療 を再 開 した。 自分 か ら 「心 理 劇 が した い で す」 と言 い心 理 劇 を行 って い る部 屋 に入 って きた。 これ が退 院 後 初 めて の活動 ら しい活 動

(8)

88

長崎大学教育学部紀要一教育科学‑ N0.56

で あ った。 今 の 感 情 を ゼ ス チ ャー で示 す とい う劇 で は他 の 入 所 者 (H ) に 「手 伝 って くだ さい」 と頼 み ,

H

と手 を つ な い で動 き回 り 「散 歩 が した い で す , デ ー トが した い で す 」 と 言 う気 持 ちを ゼ ス チ ャー で上 手 く表 現 して い た。 終 了後 も 「心 理 劇 は楽 しい です , ま た参 加 した い です 」 と言 って い た。 そ の後 心 理 劇 に は1年 間 ほ ど ほ ぼ毎 週 参 加 す る。 ま た地 下 鉄 サ リ ン事 件 等 一 連 の事 件 が起 こ った と き に は 問題 とな った宗 教 団 体 の こ とを 『オ ウ ム心 理 劇 教 』 と言 い 間違 え続 け るな ど心 理 劇 とい う言 葉 は彼 の 中 で しっか り根 付 い て い る よ う

だ った。 いつ も彼 の い たず らに不 平 を こぼ して ば か りい る入 所 者 も心 理 劇 の 場 面 だ け は彼 を受 け入 れ る とい う雰 囲 気 が この 頃 に は 出来 て きつ つ あ った。

A

は み ず か ら鳥 の役 に な り

「オ ー ス トラ リア に行 き た い です

とい う劇 を 自分 で提 案 して劇 化 した り様 々な 自発 的 な 動 きが 出 て き た

1

ロール シ ャ ッハ検査 の括果

Summar y Sc or i ng Tabl e

R'( Tot alR) 15 W :D 8:7 F:( FK+Fc) 9:1 Re j 1; Re 盲r j 「 1 Dm% 0% Fc:( CF+C) 0: 3 T ( Tot alTi me ) 4' 28' ' S% 0% FC十CF十C Fc+C+C' 3:1 T/R (, e s . p∑ s et i m e ) 2 6. 8" W‑ D‑Dd‑S t ype FM :M 2:0 T/R'(, A e . a c V . i on t i m e) 3. 2" W :M 8 :0 F % 60/ 80 T/R'(n Ain Y . c ol o r ) 3. 6" ∑C:M 3 :2 F十% 22/ 33 T/R'(c A i. . V , .c ar d) 2.8" Fc+C+C' :FM 十m 1:2 A % 40%

Mos tDe Car d l aye & d Ti me Ⅰ 8" Ⅶ+Ⅳ+X R 33% At% 7%

Mos tDi s l i ke d Car d X ( ( Hd十Ad) H+A): 3 :4 Cont e ntRange 7 R十% ( 0. 2 4) ( W ‑0.

‑%

1 2) (‑0.

99) P ( % 4. 07) B R S

(

1 . 22) R S S

P ( %) 0 (0%)

Re s po ns eCont e nt

Ⅰ図

(犬の)足がないです

Ⅱ図

火事ですね

足がないですね (チ ビが好きですね)

Ⅱ図

Fai

l.

Ⅳ図

足があ りません 目が見えません

Ⅴ図 蜂ですね

Ⅵ図

蜂ですね

メロンパ ン (が食べたいです)

Ⅶ図

頭がないです 足がないです

Ⅷ図

ワ‑ ツ火事です

Ⅸ図 血ですね X図

ブラジャーにみえます チンゲにみえます

(9)

高原 :知的障尊者施設における心理治療的接近

8 9

その頃 ,知 能検査 及 び投 影法 の検査 と して ロール シ ャ ツ‑ テス ト実施 (表

1)0W ISC

‑R

で は

T IQ

測 定 不能

(V H

〕測 定不能

P IQ

測 定不能 ) で あ り,入 所 時 よ りは協 力 的 構極 的 に検査 に望 んだが知能 の低下 が認 め られ た。 ロール シャッ‑テス トの結果 は,W ISC

‑R

で算 出 され た知 能 を考 え る と比較 的 生産 力 ・連 想 力 は残 って い る こ とが示 され た。 し か し, 人 間 に関 す る反 応 が ほ とん どない こ とよ り他 人 との よい共感 が 出来 に くい こ とが う か が え た また,病 的 な作話 反応 や異 常言 語 表 現 の他 出か らは,人格統 合 が悪 く知 的 な コ ン トロールが効 い て い な い こ と も示 され た. さ らに,色 彩 反応 や セ ックス反 応 の存在 よ り 情 緒統制 が悪 く欲動 の ままに生 きてお り意識 す る世界 が とて も狭 い ことな どが推察 され た。

加 え て 「〜 な い」 とい う言語 表現 の多 さは何 らか の喪失 感 の投 影 で あ る と思 われ た

【両 親 の様子 】

両 親 は親戚 か ら も 「この ま まだ とAと一 緒 に地 獄 の道 を歩 み続 け るだ けだ

と言 われ悩 み続 けて きたが, や っと学 園 に Aを託 す こ とが 出来 た よ うで あ った。特 に今 まで本 人 の こ とを いつ も考 え続 け苦 しん で 胃凍傷 に まで な った母 親 が落 ち着 き,夫 婦 二 人 で

20

年 ぶ り に旅 行 に行 くこ とが 出来 た。 また,学 園 で の旅 行 に も

A

を安心 して送 り出す こ とが 出来 旅 行 の前 の 日に は その ため の衣 類 が沢 山学 園 に送 られ て きた。 しか し,今 までの反動 が あ ま りに強 く,両 親 と もに Aが学 園 に戻 って きて以 来一 度 も本 人 に会 い に釆 ない し,会 いた い と も言 わ な い。 小 さい頃 か ら溺愛 して きたわ が子 に対 して なぜ会 いた い と思 わ な いの だ ろ う と考 え も したが, お そ ら く両親 の心 の 中 で はか わ い い時代 のAが我 が子 で あ り,現 在 の 大 人 の体 を して感 情 を コ ン トロ・‑ル で きな い

Aを認 め る こ とが 出来 ず,結 局 N病 院入 院以

降 の

Aは死 ん だ もの と して処 理 され て い るの だ ろ うと思 われ る。

Ⅲ.

考 察

本 研 究 で は知 的障害 者 にお け る心 理 治療 的接近 の実践 の状 況 を報 告 しその意 味 につ い て 考 察 す る こ とを 目的 と した。具体 的 に は臨床心 理 士 が知 的障害者 の ため の福祉施 設

S

学 園 にお い て入所 者 で あ る事 例 A及 びその家 族 の精 神 的安 定 や生 活 の質 の 向上 を援助 す るた め の取 り組 み につ いて経 過 を報 告 した。以 下 , 事 例

A

の経 過 よ り

1.

事 例

A

につ いて,

2.

事 例Aの家族 へ の ケア につ い て,3.臨床心 理 士 の役割 につ いて, と3事項 につ いて考 察 して い く

1

.事 例

Aにつ いて

A

は中度 の精 神遅 滞 で あ り,感 情 の発 達 も情 動 レベ ル に とどま って い る。性格 と して は 平 常 時 に は小 太 りの循 環 気 質 型 で あ り人 なつ こ く快 活 で外 向的 ・多弁 ・鏡舌 で あ り, 自己 の所 持 金 の総 額 に 目の色 を変 え る とい う憎 め な い印象 を与 え る。 しか し, い ったん本 人 の 要 求 や摂 食行 動 が制止 され た場合 に は気分 が一 変 し極度 の興 奮状 態 とパ ニ ックを伴 う激 し

い要 求 固執行動 が長 時間連続 し,全 く日常 生活 が嘗 めない人格不統 合状態 に陥 って しま う

本 能 で あ る食 欲 を制 御 す る こ との機 能 不 全 とい う身 体上 の障害 に基 づ くもの だ け に激情 爆 発型 とで もい うべ きす さま じい状態 を呈 し,人格状 態 は極度 に低下荒廃 す る ロール シャ ッ

‑ テ ス トの結 果 に も見 られた よ うに病 的な作話 反応 や異常言語表現 が多 出す る ー自我 障害 "

の状 態 に な る。 具 体 的 に は 自己の情 動 レベ ル の欲 動 に基 づ いて次 々に陳弁 し,客 観 的 には 嘘 とな るが

A本 人 に と って は事 実 とな りうる観 念 と本 当 の現 実 との 区別 かつ か な くな る。

これ は 自己の欲 求 が制止 され た場合 , 急速 にかつ 深 く,人格 の統合 が崩 れ病 的 な状 態 とな

(10)

9 0

長崎大学教育学部紀要一教育科学 ‑ N0.56

る とい う ことで あ り,帰 省 中 に家族 が その あ ま りの異 常性 に気 づ き恐 慌 を来 して精 神 科 に 入 院 させ る とい う結 果 に な った。 何 とか現 在 は

S

学 園 で の 日常 生活 を穏 やか に営 め る よ う にな って きたが今 後 の さ らな る援 助 に よ り本 人 に と って の よ りよい生 活 を充 足 させ る こ と が課 題 で あ ろ う。

2.事例 Aの 家族 へのケ ア につ いて

高原

( 1 9 9 8 )

で も指摘 した よ うに福祉施 設 とい うところは利 用者 であ る知 的障害者 本人 の み で な く,家族 を支 え る とい う こ とが期 待 され るの で あ る。 さ らに,場 合 に よ って は機 能 して いな い家族 の替 わ りにな る こ と もあ る そ うな るため には福祉施 設 職員 と家 族 との充 分 な信 頼 関係 や他 の福祉 機 関 の介 在 等 が必 要 で あ る福祉 施 設 と家族 ,両者 が本 人 を支援 す る充 分 な体 制 を と った時 ,本人 の社 会 的 自立 に向 けた一 歩 が踏 み 出せ るの で はな い だ ろ

うか。 嶋崎

( 1 9 9 8 )

は, 「家族援助 」 の ためのサ ー ビスの拡充 の必要性 を強調 してい る こ の研 究 で は主 に 「親 の会」 の役 割 を通 して これ らの こ とを述 べ て い るが,本 研 究 の よ うに 臨床心 理 士 と一 家 族 との関係 につ い て も嶋 崎 にお け る指 摘 は重 要 で あ る。

また,福祉施 設 は, た だ社 会復 帰 に至 る まで の一 時保 護 機能 だ けで はな く,状 況 に よ っ て は社 会 か ら本 人 や ひいて は その家 族 の身 を守 る避難 所 で もあ る とい うことで あ る

A

や その家 族 の場 合 , 対人 的 な ス トレスや トラブル に よ って心 理 的 に破綻 す る寸前 の と ころ杏 か ろ う じて守 られ て い る状 態 なの で あ る。 本 人 に と って は社 会 に出て 自由気 ま ま に暮 らす こ とが夢 で あ るが, も しそ うす る と,結 局 は本 人 や その家族 に と って悲惨 な結 果 に な る こ とが今 までの経過 か らみて も確実 に予 想 され るの であ る。 白井

( 1 9 9 3 )

は,障害 者本人 の意 見 を尊 重 し援 助 者 が先導 す るの で はな く常 に精 神 的 な補 装具 と しての役割 を 自覚 す る こ と が必 要 で あ る と言 って い る。 この点 で特 に知 的 障害 者 の場 合 , その判 断力 や その能 力 を な るべ く正確 に分 析 評価 し,本 人 の生 命 の安 全 と精 神 的安 定 が少 な くと も守 られ る状 況 で本 人 の意 志 を尊 重 して い くこ とが福 祉 専 門家 の援 助 と して と られ るべ き方 向 で あ ろ う と思 わ れ る つ ま り言 葉 で表 され る もの だ けが本 人 の求 め る と ころで はな いか も しれ な い とい う 重要 な点 を我 々援 助 者 は常 に考 え な くて は な らないの で あ る。 この事 例

Aとその 家族 につ

い て の ケ ー ス ワー クで は上 記 の点 をふ まえつ つ丁 寧 で具 体 的 な援 助 の繰 り返 しに よ りいず れ

A

とその家族 が いつ か本 当 の家 族 と して再 会 で きる こ とを期 待 して ゆ きた い。

3

.臨床 心理 士 の役 割 につ いて

一 般 に福祉 施 設 で は,集 団 的管理 指 導 を行 わ ざるを得 な い こ とが多 い ため入 所 者 個 々の臨 床像 の把握 と治療 ・対応 が充 分 に為 され難 い面 もあ る そ の マ イナ ス面 と して第 1期 で職 員 の人 手 が足 りな い時 間帯 に入所 者 に対 す る トラブル も起 こ り,本 人 お よび家 族 へ影 響 を 与 え る結 果 とな った。 それ らの問題 を補 う一 つ の方法 と して心 理 治療 的接近 を行 う こ とが 重 要 で あ る こ こでの臨床心 理 士 の役 割 と して は,

1.

心 理 劇 や心理 諸検 査 に よ る本 人 の 状 態像 の正確 か つ客 観 的 な把 握 と生 活指 導 ‑ の反 映 ,

2.

主 治 医 との連 携 ,

3.

両 親 は じ め家族 に対 す る カ ウ ンセ リング,

4.

他 の施 設職 員 へ の正確 な専 門情報 及 び知 識 の伝達 等 が あ げ られ る。清水

( 1 9 81 ,1 9 9 4)

で繰 り返 し述 べ られ てい るよ うに臨床心理 士 と福祉施設 の職 員 そ して医療 従事 者 との協 同作業 は不 可 欠 で あ ろ う。 つ ま りひ とつ の専 門領 域 だ けの 関 わ りで は医学 的 な言 葉 を用 い る と うま く治療 関 係 が進 ん で ゆか ない こ と も多 々あ る とい うこ とで あ ろ う また, 臨床心 理 士 と しての役 割 を遂 行 す るため には言 うまで もな い こ と だが誰 よ りも予備 知 識 や カ ウ ンセ リングの技 能 の習得 等学 ん で いか な けれ ば な らな い と思

(11)

高原 :知的障害者施設 における心理治療 的接近

91

わ れ る 。 本 研 究 を 福 祉 施 設 に お け る臨 床 心 理 士 の 機 能 の 一 つ の モ デ ル と して 提 示 した い 。

謝辞 および付記

本 論 文 を 作 成 す る に あ た り貴 重 な ア ドバ イ ス を くだ さ った 施 設 の 施 設 長 様 , 及 び 指 導 員 の 皆 様 に 深 く感 謝 い た しま す 。 な お , 事 例 に つ い て は 本 人 お よ び そ の 家 族 の プ ラ イ バ シ ー 保 護 の た め 事 例 の 特 徴 を 損 な わ な い 部 分 に つ い て は 多 少 脚 色 して い ま す 。

引用文献

1

) 伊 藤 隆二

( 1 9 6 4)

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大橋 謙策

( 1 9 9 3)

地域福祉計画 と障害者の 自立生活援助 .発達障害研究

,1 5( 3) ,1 7 2 ‑1 7 7 3)

楠 峰光

( 1 9 8 8)

年長 自閉症児 の集 団生活 に伴 う神経症様不適応状態 について.大意論叢

,2 6

,

1 ‑1 2 4)

楠 峰光

( 1 9 9 4

)精神薄弱者 の分裂病 様反応 につ いて.社会 福祉法人玄洋会 昭和学園施設職員研修

要録

,43 ‑ 46

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N o. 8‑1 , 49 ‑ 5 4

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家族援助 における親の会 の役割 一歴史的変化 に応 じた援助 システムの 展望 ‑.発達障害研究

,2 0(

1

) , 3 5 ‑ 4 4

7)

清水 将之

( 1 9 8

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,8 3( 1 2) 9 41 ‑ 9 4 4 8)

清水 将之

( 1 99 4)

治療 か ら見 た青年精神医学.精神神経学雑誌

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9)

清水 将之

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児童青年精神医学 と一般精神医学.精神神経学雑誌

,9 9( 1 0) 7 71 ‑ 7 8 0 1 0)

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,1 5( 3) ,1 9

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参照

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