子育ての機会費用と公的世代間所得移転政策
著者 塩津 ゆりか
雑誌名 經濟學論叢
巻 56
号 4
ページ 153‑173
発行年 2005‑02‑28
権利 同志社大学経済学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004806
【研究ノート】
子育ての機会費用と公的世代間所得移転政策
塩 津 ゆりか
1
は じ め に昨今の経済状況の変化に伴い,夫婦が共に有職者である家計が増えている.
彼らが出産・育児を考えるとき,妻の働き方をめぐって問題が生じる.多くの 実証研究1)が指摘するように,現状では妻の就業継続と出産がトレードオフの 関係となっているからである.そこで仕事と育児を両立可能にするために保育 所の整備拡充が実行されているが,出生率の低下は持続的で顕著なものとなっ ている.この背景には労働慣行のみならず,育児に関する個人の意識がある.
松浦・滋野(2003)の意識調査では子どもが小さいうちは親が家にいて子どもと 過ごすべきだと考える人が約半数にのぼることが明らかとなった.すなわち,
何らかの形で幼い子どもの成育に親の役割が重要と認識されている2)ことは注目 に値する.この認識に基づけば,出産すると一時的にせよ育児のために離職す ることになり,機会費用が発生してしまう.その結果,家計は出産の意思決定 をするにあたって,教育費など育児の直接費用のみならず,子どものために離 職・転職あるいは休業に伴う機会費用が生じることを考慮しなければならない.
つまり,家計にとって子どもをもつための費用が高くなっているのである.一 方,国全体で少子化により危惧されている最大の問題は,公的年金制度をはじ
1)たとえば,山上(1999),松浦・滋野(1996),張・七條・駿河(2001)を参照.
2)こういった認識形成に「3 歳児神話」が影響したことが考えられる.「3 歳児神話」は発達心理学
者Bowlby の研究成果を誤って解釈したといわれている.本来,Bowlby(1969,1973,1980)によ
る「愛着理論」は,乳幼児の生育にあたって家庭であれ施設であれ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
,その子どもに十分な愛情を注 いでやり安心できる環境を与えることが肝要であるとした.そして,近年の研究で乳幼児期の愛着 が思春期や成人期の対人関係や社会的適応性などに影響を及ぼすことが知られている.
めとする社会保障制度の運営に関するものである.しかし,現状ではごくわず かの児童手当や扶養控除しかない日本3)で,賦課方式の年金制度には他人の子 どもが納める年金保険料にフリーライドするインセンティヴが働く.
これまでに公的世代間移転政策のうち,賦課方式の年金と児童手当の2 つに ついて理論分析を行った先行研究は,まだ十分な蓄積がなされているとはいい がたい.その中でGroezen et. al(2003)は育児の直接費用を明示的にモデルに 組み入れた上で,公的世代間移転政策が賦課方式の年金制度だけであれば少子 化となることを示した.加えて,賦課方式の年金制度を所与としたとき,一括 税を財源とする児童手当を導入できるならば,市場でファーストベストを達成 できることを指摘しており,今後の少子化対策を考える上で意義深い.しかし,
Groezen et. al(2003)では育児のための離職・転職に伴う機会費用については
考慮されていない.
そこで,本稿はGroezen et. al(2003)のモデルに親の育児時間が子の人的資 本形成に寄与するが,同時に機会費用も発生させるという前提を加える.その 上で,公的年金制度と児童手当の双方向の世代間所得移転政策が少子化対策と なりうる可能性について理論分析を試みることを目的とする.以下では,第2 章で先行研究を概観し,第3 章でモデルを提示する.そして,第4 章で育児の 機会費用と直接費用を考慮した政策の理論分析を行い,第5 章でまとめと今後 の課題を述べる.
2
先 行 研 究教育投資と人口や経済成長に関する先行研究4)を概観してみると,①自己決 定された教育投資と経済成長の関係を論じたもの ②親が決定した教育投資と 経済成長の関係を論じたもの ③賦課方式の年金制度下における人口成長を扱 ったものの3 点がある.まず,①は多数の研究が存在するが,子どもの自己決
3)勝又(2003)では日本の子どもへの公的世代間移転が諸外国に比べ極端に少ないことが述べられ ている.
定により若年期の教育投資を行うことで人的資本を高めるモデルとしてWigger
(2001)が挙げられる.この研究では,人的資本への自己投資が投資後の成長率 に寄与するばかりでなく,将来世代の人的資本の初期保有量を高めるという前 提をおく.その結果,現役世代が人的資本の増加を通じて将来世代に及ぼす正 の外部性を賦課方式の年金制度を通じて内部化することでPareto 最適な配分に 到達できることを証明している.②には,子どもの人的資本は親の教育投資と 親の人的資本に依存するという前提をおいた先行研究としてZilcha(2003)が挙 げられる.この論文では,利他的動機によって親が子どもに教育投資と遺産を 与えるモデルを設定し,総生産物と所得分配に関する理論分析を行った.その 結果,利他主義の度合いが強くない場合,親による教育投資が増加すると総生 産物は減少するが,より平等な所得分配が実現し遺産が増加するという結果が 得られている.また,教育投資を公的に行った場合,利他主義が強いと総生産 物も減少し不平等な所得分配となることが示されている.③の研究としては5),
Groezen et. al(2003)が子ども数を内生化した世代重複モデルを用いて分析を
行っている.この論文では,小国開放経済下で世代間所得移転政策がない場合
にcommand optimum と市場均衡が一致しないことを指摘している.その理由
として, 子どもの増加によって労働力が増加し将来の生産物が増加する
4)これまでにも人口成長率と世代間移転を扱った理論分析のうち私的世代間移転(遺産と子どもか ら親への仕送り)が人口成長率や経済成長率に与える影響を分析した多数の先行研究がある.その 代表的なものにCarmichael(1982)やAbel(1987)が挙げられる.彼らは若年世代から老年世代へ の仕送りがある経済の方が遺産のある経済よりも高い成長率を示すことを導出している.一方,公 的世代間移転では,若年世代から老年世代への公的年金制度に関する理論的な先行研究は多数存在 する.たとえば公的年金制度と人口成長率や経済成長率との関係を議論した代表的な論文として,
Samuelson(1975)がある.この研究ではライフサイクルモデルを用いて,賦課方式の公的年金制 度が私的貯蓄をクラウドアウトし,年金制度導入前の均衡が黄金律に則っていなければ,制度を導 入しても黄金律に到達しえないことを証明している.また,公的年金制度と私的世代間移転の組み 合わせについての研究も多数存在する.Zhang(1995)は,私的世代間移転である遺産が存在する とき,賦課方式の公的年金制度から積立方式の公的年金制度へ移行すれば,出生率が低下し資本あ たりの成長率を高めることを指摘している.
5)Groezen et.al(2003)以外には,勝又(2003)が家族政策のうち,子どもへの支出を国際比較し たり,鈴木(2002)や池本(2003)が育児保険の必要性を指摘し,阿部(2003)がマイクロデータ を用いて児童手当と年少扶養控除が所得格差是正をもたらすことを示している.
dependency-ratio 効果と資本労働比率の低下を通じて資本あたりの生産物を減
少させるcapital-dilution 効果があり,これらを個人が考慮していないからであ
るとした.前者が後者を上回る場合は少子化となり,逆の場合は人口爆発とな る.このように子ども数が社会的最適水準と乖離したとき,政府がlump-sum transfer と育児費用に影響する手段を利用できるならば,市場でファーストベス トを達成できる場合があることを示した.
3
モ デ ル冒頭で述べたように,親が育児に時間を投下することで発生する機会費用お よび育児の直接費用の存在が少子化に与える影響は看過しえない.ところが,
Wigger(2001)の研究では親が子どもの教育投資を決定しておらず,Zilcha
(2003)では人口が内生化されておらず,Groezen et. al(2003)では育児による 機会費用が考慮されていない.
そこで,本章ではこれらの先行研究にいくつかの変更を加える.まずGroezen
et. al(2003)にしたがって,小国開放経済下で人口が内生化された世代重複モ
デルを想定する.そして,個人の効用関数と予算制約式に親の育児時間を明示 的に組み込む.さらに,松浦・滋野(2003)の意識調査で明らかとなった,幼 い子どもの成育に親の役割が重要との認識をモデル化するため,Wigger(2001)
の人的資本形成モデルを応用する.具体的には,Wigger(2001)では自分の人 的資本形成に寄与する教育投資を自分で決定していたが,これを子どもの人的 資本形成に親の育児時間が寄与するというモデルに変更する.
3. 1 経済
ここでは,3 期間を生きる同質的なN 人の消費者と完全競争下で1 種類の消 費財を生産する多数の企業からなる経済を想定する.また,均衡予算主義をと る政府を想定し,この政府は中年者から一括税で徴収した年金保険料τを老年 者に配分し,中年者から一括税で徴収した児童手当拠出金θを子ども数に応じ
て中年者に給付する.これを図示したものが,第 1 図である.
3. 2 消費者
各消費者は若年期,中年期,老年期の3 期間生存すると仮定する.まず,若 年期は子どもとして存在し意思決定を行わず,労働もしない.
中年期にはn 人の子どもをもち,自分の時間を労働と育児にあてる.子ども は正常財であると仮定し,子どもに対して利他的な行動をとる消費者を考える.
親は実際にどの程度育児をするかどうかは別として,子どもが存在するという ことからも効用を得るとする.
また,育児時間は高山(1996)が指摘するように,親にとって楽しみでもある ので,効用関数に明示的に加える.なお,以下では上付文字で期を表し,下付 文字で時点を表すこととする.よって,t 時点において中年期にある者の効用関 数はUmt =U (Cmt , nt , Zt) となる.
さらに,本稿では個人の人的資本は,前期の人的資本蓄積と親の育児時間に 依存するものとし,人的資本形成の定式化は(1a)(1b)式で与えられる.な
お,hmt はt 時点で中年である個人の人的資本を表す.また,同質的な個人を仮
定しているので,hmt はt 世代の人的資本の平均値を表すものとする.
hmt =hmt (1a)
hmt =g (Zt−1, hmt −1) (1b)
さらに人的資本関数g (・) はweakly concave とする.
第 1 図
g1' >0 g2' >0 g1" <0 g2" <0
また,利他的な個人を仮定しているので,個人は子どもの人的資本形成のた めに育児時間 Z を投入する.よって,労働時間は自分の子どもを育てる時間 Z を差し引いた残りの時間 1−Z となる.労働所得は賃金率と自分の人的資本に 労働時間をかけあわせた形で得られるとする.この労働所得から年金保険料τ と児童手当拠出金θを一括税で支払う.これらの社会保険料を支払った可処分 所得と子ども1 人あたりa の児童手当給付の合計額で自分自身の消費Cm と外 生的に与えられる子ども1 人あたりの基礎的支出p を支払い,自分が引退した ときのために貯蓄s をする.したがって,t 時点での中年者の予算制約式は次 式で与えられる.
(1−Zt) wthmt −τt−θt+nt at=Cmt +nt p+st (2a)
老年期には,労働は行わず引退する.そして,πで表される一人あたり年金 給付と中年期に貯蓄しておいた預金を取り崩して,消費 Co にあてる.よって,
t 時点で老年者である個人の予算制約式は(2b)式となる.
(1+r) st-1+πt=Cot (2b)
また,t 時点で老年者である個人の効用関数は,Uot=U(Cot ) となる.
生涯効用関数は,Groezen et al.(2003)にならい加法分離型かつ log-linear の形で表す.したがって,t 時点で中年である消費者の生涯効用は(3)式で与 えられる.また,α1>0 は子どもの存在そのものに対する利他主義の度合いを 表すパラメータとし,α2>0 は育児時間に対する利他主義の度合いを表すパラ メータとする.これにより,消費者の効用最大化問題は内点解となる(α1>0 かつα2>0).βは私的割引率のパラメータである.
Ut=U (Cmt , nt, Zt, Cot+1)
Ut=1n Cmt +α11nnt+α21n Zt+β1n Cot+1 (3)
(2a)式と(2b)式よりt 時点で中年である個人の生涯予算制約式は(4)
式となる.
(4)
3. 3 実物市場
利子率を所与とする小国開放経済下で,企業は資本と労働を投入して生産を 行う.生産関数は規模に関して収穫一定であることを仮定し,t 時点での総生 産物を(5)式で与える.
Yt=F (K, Ht) (5)
生産物価格を1 で正規化すると,企業の利潤最大化問題は以下のとおりとなる.
MaxK, Ht F (K, Ht)−rK−wt Ht s.t. Y=F (K, Ht) 1 階の条件は次式となる.
(6)
(7)
限界生産物はそれぞれ(8)式と(9)式で表される.
(8)
(9)
労働市場の需給均衡式はNmt をt 時点での中年者の総人口とすると,
Ht=Nmt (1−Zt) hmt (10)
となる.(10)式の左辺はt 時点での総労働需要,右辺はt 時点での総労働供給 を表す.さらに(1a)(1b)式を用いて(10)式を書き直すと,(11)式が得ら れる.
Ht=Nmt (1−Zt) g (Zt−1, hmt−1) (11)
(1−Zt)wt ht+ +αt nt−τt−θt =C tm+ pnt+ C t+1 o
1+r πt+1
1+r
−r = 0
∂F
∂K
−wt = 0
∂F
∂Ht
r= = F∂F 1
∂K wt= = F∂F 2, t
∂Ht
t 時点での社会全体の生産関数(5)式は,(11)式を使って(12a)式のとお り変形される.
Yt=F(K, Nmt (1−Zt) g (Zt−1, hmt−1)) (12a)
また,t 時点での 1 人あたりの生産関数は(12a)式をNmt でわって,(12b)
式のように表される.ただし,y を1 人あたりの生産物,k を1 人あたりの資 本とする.
yt=f(k, (1−Zt) g (Zt−1, hmt−1)) (12b)
t 時点での資本市場の均衡式は(13a)式で示される.左辺はt 時点での資金
供給を表し,右辺はt +1 時点での資金需要を表す.ただし,d を1 人あたり の対外債務(債権)とする.
Nmt st−Nmt (1+r) dt+Nt+1m dt+1=Nt+1m k (13a)
また,(13a)式をNmt でわって1 人あたりに直すと(13b)式となる.なお,
とする.
st−(1+r) dt+ntdt+1=ntk (13b)
3. 4 政府
政府は均衡予算主義をとり,ntをt 時点での子ども数,τt+1をt +1 時点での 一括拠出の年金保険料,πt+1をt +1 時点での年金受給額とすると,賦課方式 の公的年金制度の予算制約式は(14)式で与えられる.
ntτt+1=πt+1 (14)
また,t 時点での児童手当の予算制約式は,一括拠出金をθt,児童手当をat
とすると(15)式で表わされる.
θt=ntat (15)
だが,個人は多数存在するので,政府の予算制約式を考慮して子ども数を決 めているわけではない.
≡ nt, ≡ nt−1 N t+1
N tm
m N t−1
N tm
m
3. 5 消費者の最大化問題
t 時点で中年となる個人の生涯効用(3)式は生涯予算制約(4)式を制約と して最大化される.最大化問題は以下のとおりとなる.
C mtMax, nt, Zt, C t+1o Ut=U (Cmt , nt, Zt, Cot+1)
=1nCmt +α11nnt+α21nZt+β1nCot+1 (3)
(4)
ラグランジュ関数は,以下のように与えられる.
L=1nC mt +α11nnt+α21nZt+β1nCot+1
+λ
[
(1+r){
(1−Zt) wt hmt−τt−θt−Cmt −nt (p−at)}
+πt+1−Cot+1]
1 階の条件は以下のとおりとなる.
(16a)
(16b)
(16c)
(16d)
(16e)
効用関数が加法分離型かつlog-linear の形で特定化されているので,t 時点で の各期の財の最適消費水準と最適子ども数は以下の条件で一意に求められる.
(17a)
(17b)
s.t. (1−Zt) wt h tm+ πt+1 at nt=Ctm+pnt+ +τt+θt 1+r
− Ct+1
1+r
o
= −λ(1+r)=0
∂L
∂Ctm 1 Cmt
= −λ(1+r)(p−at)=0
∂L
∂nt α1
nt
∂L =
∂Zt
α2
Zt−λ(1+r) wt − h tm=0
= −λ=0
∂L
∂Ct+1o
β Ct+1o
∂L =
∂λ (1+r)
{
(1−Zt) wt − h tm−τt−θt−Ctm−nt (p−at)}
+πt+1−Ct+1o =0Cmt = Ct+1o
1 β(1+r)
*
*
Cmt = nt
p−at α1
*
*
(17c)
(17a)式は,中年期の消費と老年期の消費との限界代替率を均等化してい るものである.(17b)式は,子ども数と中年期の消費の選択に関する式で,子 どもと中年期の消費の限界代替率となる.(17a)(17b)式は Groezen et al.
(2003)と同じである.さらに(17c)式は育児時間と中年期の消費の限界代替 率を表す.この式は,本稿が育児時間を明示的にモデルに導入したことによっ て生じている.
(2a)(2b)(17a)−(17c)式より,賦課方式の年金と一括拠出金による児童 手当がある場合の定常状態が下記のように与えられる.
(18a)
(18b)
(18c)
(18a)式は中年期の消費水準が私的割引率を用いた個人の生涯所得に依存 して決まることを表している.(18b)式は中年期の消費に子どもの限界費用を かけたものに等しく,(18c)式は中年期の消費に育児の機会費用をかけたもの に等しくなっている.
また,政府の予算制約式(14)と(15)を使って(18a)−(18c)を書き直す と,(19a)−(19c)式が与えられる.
C tm = Zt*
* wt h tm α2
−
Cm*=
(1+α1+β)(1+α2+β)−α1α2
(1+β)(wh+ 1+r−τ−θ)
− π
n*= (p−a){(1+α1+β)(1+α2+β)−α1α2} α1(1+β)(wh+ 1+r−τ−θ)
− π
Z*= α2(1+β)(wh+ 1+r −τ−θ)
− π
{
(1+α1+β)(1+α2+β)−α1α2}
wh−(19a)
(19b)
(19c)
4
賦課方式の年金制度と児童手当導入の理論分析本章では,社会厚生関数を定義し,社会的に最適な世代間配分,世代内配 分,子ども数および育児時間を導出する.本稿のモデルでは育児時間が子ども の将来所得に正の外部性をもつので,世代間再分配政策が行われなければファ ーストベストには到達しない.そこで,この外部性を内部化するために,最初 に賦課方式の年金制度のみを導入する.賦課方式の年金制度が導入されると,
年金制度がまったくない場合に比べて子ども数が変化することを確認する.だ が,教育費など育児の直接費用が考慮されていないので,社会的に最適な子ど も数には到達していない.そこで,賦課方式の公的年金制度に加え,育児の直 接費用を軽減する児童手当を導入すれば市場均衡がファーストベストを達成可 能であるかどうかの分析を試みる.
4. 1 ファーストベスト
ここでは,まずPareto 最適な配分を導出する.最初に社会厚生関数を次式の ように与える.ここで,μ<1 は社会的割引率を表し,将来世代の生涯効用を
Cm*=
(1+β) 1+
pψ−{ψ−α1(1+β)}α−α1(1+β) ψ
1+r π 1+r
τ −a α1
(1+β) (wh− m−τ)
n*= α1(1+β)(wh− m−τ) pψ−{(ψ−α1(1+β)}a−α1(1+β)
1+r τ
Zm*=
ψ≡(1+α1+β)(1+α2+β)−α1α2
α2(1+β) 1+
pψ−{ψ−α1(1+β)}α−α1(1+β)1+r τ 1+r
τ −a α1(1+β)
(wh− m−τ) ψwh− m
社会計画者が割り引くときに使うものとする.
(20)
次に,資源制約はGroezen et al.(2003)にならい,社会計画者は毎期,小国 開放経済の資源制約に直面しているものとする.また,d はその国の1 人あた りの対外債務を示し,資源制約式は(21)式のようになる.
(21)
(21)式の左辺は生産と債務から利払いを差し引いたものを示し,右辺は中 年と老年の消費と育児費,国内投資からなる.小国開放経済の仮定から資本は 完全移動するので,資本労働比率は一定となる.
(21)式で表される資源制約式を制約としたt 時点での社会厚生関数の最大 化問題は,下記のとおりとなる.
この最大化問題のオイラー方程式は(22a)−(22d)式で表される.
(22a)
(22b)
(22c)
(22d)
(22a)−(22d)のオイラー方程式を変形し,次式を得る.
(23a)
Wt=
Σ
μi−1U(Ci−1, ni−1, Zi−1, Ci o)∞ i=t
m
+(nt k−k) Ct
o
nt−1 f (k, (1−Zt) g(Zt−1, h− t−1))+(nt dt+1−dt)−rdt=Ctm+pnt +
Max Wt=
Σ
μi−1U(Ci−1, ni−1, Zi−1, Cio)∞ i=t
m Ci−1m, ni−1, Zi−1, Cio
+(nt k−k) Cto
nt−1
s.t. f (k, (1−Zt) g(Zt−1, h− t−1))+(nt dt+1−dt)−rdt=C tm+pnt +
ntμt− (1+r)μt+1=0 1
Cmt
1 Cmt+1
μt− 1 μt+1=0 Ct+1m
1 nt β
Ct+1o
(dt+1−p−k)μt+
μt+ 1 μt+1=0 C tm
C t+1
nt2 α1
nt
1 C t+1m
o
f '2, t g(Zt−1, ht−1)μt+
μt+ 1
{
f '2, t+1(1−Zt+1) g'1(Zt, ht)}
μt+1=0C tm α2
nt
1 C t+1m
− −
C t+1 C tm
μ(1+r) nt**
m**
** =
(23b)
(23c)
(23d)
(23a)式と(23b)式は社会的に最適な世代間配分と世代内配分を表す.ま た,(23c)式は社会的に最適な子ども数と中年期の消費の配分を表し,(23d)
式は育児時間と中年期の消費の配分を示す.また,定常状態において(23a)
式はn**=μ(1+r)となり,子ども数が育児時間や消費財とは無関係に一意に
決まることを示す.
4. 2 分析
(23a)―(23d)式で社会的に最適な配分が得られたが,市場均衡での中年期 の財の最適世代間配分と世代内配分と子ども数と中年期の消費の選択および育 児時間と中年期の消費の選択は(17a)―(17c)式で表される.これらを比較す ると,(17a)式と(23b)式が一致し,(17b)と(23c)式が不一致となってい る.すなわち,市場経済で社会的に最適な水準の子ども数は得られない.この
結果はGroezen(2003)が指摘するように,子どもの増加によって労働力が増加
し将来の生産物が増加するdependency-ratio 効果と資本労働比率の低下を通じ て資本あたりの生産物を減少させるcapital-dilution 効果が存在し,いずれも意 思決定の際に個人が考慮にいれていないために社会的最適水準と市場均衡で得 られる子ども数の乖離がおこるのである. ここではdependency-ratio効果は
(20c)式のβの項で表され,capital-dilution 効果は(23c)式のk−dt+1の項で 表される.この2 つの項の大小関係により,過少あるいは過大な子ども数とな ってしまう.最適出生数を達成するのはcapital dilution 効果とdependency 効果 が等しい時に限られる.さらに,本稿で明示的に加えた親の育児時間に関する
C t+1 C tm
o **
** =β(1+r)
C tm nt
p+k−dt+1**
α1+β
**
** = 1 α2
nt**
1+r C tm
Zt
**
** = wt − ht−wt+1(1−Zt+1) g'1(Zt, h− t)
個人の生涯効用最大化問題の一階条件(17c)式と社会厚生関数最大化のオイ ラー方程式(23d)式は一致しない.その理由として,個人は(23d)式の右辺 第2 項で表される次世代以降の人的資本蓄積に自分の育児時間が寄与している ことを考慮にいれていないことが挙げられる.個人にとって育児時間をさくこ とは,収入の減少に直結してしまうので,育児時間を増やすインセンティブは 働かない.つまり,親の育児時間が子どもの将来の所得に正の外部性をもたら しているが,これを内部化する仕組みをもたないために育児時間が過少となる ことがわかった.そこで,この外部性を内部化するために公的世代間移転とし て育児時間を考慮した賦課方式の年金制度を導入すると,育児時間は増えるが ファーストベストには至らないことを確認する.
Proposition1 親による育児時間がもたらす外部性を内部化するような賦課方
式の年金制度をとれば,子ども数が増加する.
証明 社会的に最適な中年期の消費財と育児時間の配分を表す(23d)式と 市場均衡で最適な中年期の消費財と育児時間の配分を表す(14c)式を比較し て,市場均衡で達成される育児時間と社会的に最適な育児時間が等しくなるよ うな賦課方式の年金を導出する.
πt+1≡wt+1(1−Zt+1) g (Zt, hmt )nt
定常状態での年金保険料を導出するため,上の式を政府の予算制約式(12)
式を使って書き換えると(A)式が得られる.
τ=w(1−Z) g (Z, hm) (A)
次に(A)式とa =0 を(19a)―(19c)に代入すると賦課方式の年金制度が ある場合の市場均衡での消費財水準,子ども数,育児時間が(24a)―(24c)式 で得られる.
(24a)
(24b)
(24c)
また,command optimum での中年期の消費Cm**と子ども数n**と育児時間 Z**を資源制約(21)式と(23a)―(23d)を使って導出する.
(25a)
n**=μ(1+r) (25b)
(25c)
ここで,社会的に最適な子ども数は(22b)式よりn**=u(1+r) で与えられ る.したがって,市場均衡において社会的最適子ども数を達成する社会的割引 率は,
となる.同様にして,年金制度のない場合の社会的最適子ども数を達成する社 会的割引率を求めると,
となる.よって,μ1 >μ0 となり,年金制度を導入したほうが社会的最適子ど Cm*= (1+β)
pψ−
1+r α1
ψ 1+
(1+β) w(1−Z*) g (Z*, h1+r − m) (1+β)α1w(1−Z*) g (Z*, h− m)
{
wh− m−w(1−Z*) g (Z*, h− m)}
n*= α1(1+β)
{
wh− m−w(1−Z*) g (Z*, h− m)}
pψ−α1(1+β)w(1−Z*) g (Z*, hm) 1+r
−
Z*=
1+
pψ−α2(1+β)
1+r w(1−Z*) g (Z*, hm)
1+r α1(1+β)
α2(1+β)
{
wh− m−w(1−Z*) g (Z*, h− m)}
ψwh− m
− w(1−Z*) g (Z*, hm)
−
Cm**= α1+β (1+r)μ p+k−d**
Z**= ×
α1+β α2
wh−w(1−Z**) g'1(Z**, h)μ (1+r)(p+k−d**)μ
− −
μ=μ1≡
p(1+r)ψ−α1(1+β)w(1−Z) g(Z, hm) α1(1+β)
{
whm−w(1−Z) g(Z, hm)}
−
−
−
μ0=
p(1+r)A α1(1+β)wh− m
も数は増加する.
また,年金制度導入時の市場で達成される最適消費水準と社会的最適消費水 準を一致させる社会的割引率は
となり,μ1≠μ2なので,ファーストベストに到達していないことがわかる.■
Proposition1 では育児の機会費用がもたらす外部性は考慮されたものの,子
どもの直接費用が考慮されていなかったので,ファーストベストには至ってい ない.そこで以下では子どもの直接費用を考慮するため,児童手当を導入する.
賦課方式の年金制度と同様に(17a)―(17c)式と(23a)―(23d)式を比較し て,児童手当a を導出する.
(B)
Proposition 2賦課方式の公的年金制度が所与である場合に(B)式の児童手
当が与えられると,ファーストベストに到達できる.
証明 proposition1 のときと同様にして(A)(B)式を(19a)―(19c)に代 入すると賦課方式の年金制度と児童手当がある場合の市場均衡での消費財水準,
子ども数,育児時間が(26a)―(26c)式で得られる.
×(1+β){whm−w(1−Z*) g (Z*, hm)} (26a)
μ2=
(1+r)(p+k−d*)ψ (α1+β)(1+β)
pψ−α1(1+β)
1+r
w(1−Z*) g(Z*, hm)
{
wh− m−w(1−Z) g(Z, h− m)}
1+ −
(1+β)α1
1+r w(1−Z*) g(Z*, h− m)
a≡ α1+β
α1(d− 1+r −k)+β p−
τ
1+r τ
Cm*=
ψ
(α1+β) pψ−(ψ+2α1(1+β) −(ψ−α1(1+β))
α1+β α1(d−k)+βp 1+r
w(1−Z*) g(Z*, h− m) 1+
α1(1+β) α1+β α1(d−k)+βp 1+r
2w(1−Z*) g(Z*, h− m)
−
(26b)
×α2(1+β){whm−w(1−Z*) g (Z*, hm)} (26c)
さらに(25b)=(26b)となる社会的割引率μ3を導出する.
これを(25a)式に代入し整理すると,(26a)式に等しくなる.また,(25c)
式に代入して整理すると(26c)式に等しくなる.よって,(A)(B)式で賦課 方式の年金制度と児童手当が与えられると,社会的割引率μ3 のもとで,市場 均衡は社会的最適水準に一致する.■
Proposition 2 ではGroezen et. al.(2003)と同様に,機会費用を考慮した賦課 方式の公的年金制度と育児の直接費用を考慮した児童手当を併せて実施するこ
とでPareto 最適となりうることがわかった.
5
まとめと今後の課題本稿では,Groezen et. al.(2003)の研究では考慮されていなかった育児の機 会費用を明示的に取り入れた.これは就業継続と出産に関する多くの実証研究 の成果をモデルに取り入れるためである.さらに,個人が育児時間を子の人的 資本形成に寄与すると考えている点を考慮した.すなわち,小国開放経済下で 育児時間が子どもの人的資本形成に影響を与えるという仮定のもとに議論を行 ってきた.結論としてはGroezen et. al.(2003)同様,賦課方式の年金制度と児
n*=
pψ−α1(1+β) −{ψ−α1(1+β)} − α1+β α1(d−k)+βp 1+r
w(1−Z*) g(Z*, h− m)
1+r w(1−Z*) g(Z*, h− m) α1(1+β){wh− m−w(1−Z*) g(Z*, h− m)}
Z*=
pψ−α1(1+β) −(ψ−α1(1+β)) {α1(d−k)+βp}−
α1+β 1 1+r
w(1−Z*) g(Z*, h− m)
1+r w(1−Z*) g(Z*, h− m) 1+
α1(1+β)
α1+β α1(d−k)+βp 1+r
2w(1−Z*) g(Z*, h− m)
−
ψwh− m
μ3=
(1+r) pψ− α1+β (1+r)−{2α1(1+β)+ψ} α1(d−k)+βp
1+r w(1−Z*) g(Z*, h− m) α1(1+β){wh− m−w(1−Z*) g(Z*, h− m)}
童手当を組み合わせるべきである.しかし,この仮定をおくと,育児の機会費 用を内部化する賦課方式の年金制度を導入すれば,育児時間と子ども数が増加 することがわかった.これに加えて,児童手当政策を実施することでファース トベストに到達しうることが明らかとなった.
だが,本稿では小国開放経済下での分析にとどまっている.この仮定を変更 しても賦課方式の公的年金制度と児童手当を導入した場合,Pareto 最適に到達 できるのか分析する必要がある.また,出産・育児と就業継続の両立を阻害す る子どもの病気等のリスクをカバーするような育児保険を取り扱うことはでき なかった.そして,分析対象を乳幼児期に限定したため,人的資本形成により 多くの直接的影響を与える学校教育などの教育投資については分析を行ってい ない.これらを考慮して分析を進めることを今後の課題としたい.
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The Doshisha University Economic Review Vol.56 No.4 Abstract
Yurika SHIOZU, The Opportunity Cost of Childcare and Intergenerational Public Income Transfer
In accordance with Groezen’s (2003) model, this paper analyses the PAYG- public pension scheme and child allowance including opportunity cost by mothers’
working. We show that market equilibrium with the PAYG-pension scheme that offsets the opportunity cost of childbearing can increase the number of children and the nursing time. The PAYG-pension scheme and the child allowance to reduce the nursing cost makes it possible for the market equilibrium to attain the social optimum.