Rikkyo University Bulletin of Studies in Tourism No.18 March 2016
Ⅰ はじめに 1)研究の背景 2)研究の目的と方法
Ⅱ イタリアにおける手工業の保全振興策 1)手工業基本法と職人企業
2)ラツィオ州における職人企業と手工業
Ⅲ ラツィオ州における芸術的伝統的工芸 1)芸術的伝統的工芸に関する規定 2)認定の手続き
3)工芸品のセクターと生産規定
Ⅳ 伝統工芸を活用した広域観光 1)芸術的伝統的工芸の認定状況 2)伝統工芸を活用した観光ルート整備 3)観光ルートの事例
4)観光ルートの配置
Ⅴ おわりに
Ⅰ はじめに
1)研究の背景日本では,文部科学省の「文化財保護法」によ る無形文化財の指定や,経済産業省の「伝統的工 芸品産業の産業に関する法律」による伝統的工芸 品の指定などの各種保全や振興の措置もあり,多 くの伝統工芸が今日まで継承されてきた.地域で 育まれてきた伝統工芸は,生活に供するモノを生 産するだけでなく,地域文化の理解に寄与する存 在でもある.伝統工芸は,見学や体験など観光の 対象となる地域資源としても注目されており,伝 統工芸は観光を活用した地域経済の活性化を支え る地域産業として期待されている(財団法人日本 交通公社,2011).
本稿で対象とするイタリアは,世界観光機関 によると
1),2014 年の国際観光客到着数は 4857 . 6 万人で第 5 位,国際観光収入は 455 . 45 億米ドル で第 6 位となっており,世界有数の観光国とされ
イタリアにおける芸術的文化的遺産としての伝統工芸
Traditional Craft as an Art and Cultural Heritage in Italy
*
丸 谷 耕 太
*MARUYA, Kota
Abstract: In 2001, the touristic institution was revised and indicated the importance of local and traditional craft in Italy. Furthermore, in 2007, the region of Lazio has started to conserve and develop artistic and traditional craft. In this paper, documentary research conducted to clar- ify the system concerned with traditional craft in Lazio. The companies certified as the artistic and traditional craft locate in the whole of the region and it enables to develop the routes for promoting wide sightseeing area in the region. Moreover, this paper pointed out the importance of promoting decentralization and the appropriate sharing of roles among governments.
Key words: 伝統工芸( traditional craft ),広域観光圏( wide sightseeing area ),観光ルート
( tourist route ),地方分権( decentralization ),アートツーリズム( art tourism )
Rikkyo University Bulletin of Studies in Tourism No.18 March 2016
*立教大学観光学部・助教
pp. 154-164.
る.イタリアの産業構造の特徴として中小企業の プレゼンスが挙げられており,中小企業のデザイ ン性や品質,ブランド性に優れた製品は高い競争 力も持つものが多く,中小企業による産品はイタ リアの輸出産業の一翼を担う存在となっている.
1948 年に施行されたイタリア共和国憲法第 45 条,
第 117 条において,手工業の保護および発展が明 記されている.また,中小企業とは別に「職人 企業( impresa artigiana )」という枠組みを設け,
これを支援してきた.その結果,職人が活躍でき る環境が整備され,イタリア中部地方を中心に
「第三のイタリア( Third Italy )」と呼ばれる地場 産業や伝統工芸のネットワークが 1970 年代から 80 年代の経済産業を支え,世界的にも注目され ることとなった.
しかし,イタリアでは 2009 年から 2012 年にか けて国際競争力は低下し,特に家具やかばんや衣 類など軽工業品の分野では大幅に落ち込んでいる
(宮城充良,2013).また,若年者を中心とした失 業率の高さも問題になっている.このような状況 下で,イタリアでは地域の生活や文化を支えなが ら今日まで受け継がれてきた伝統工芸の価値が再 認識された.自然や文化や習慣の観点から,より 地域に根ざした産業としての伝統的な手工業につ いて,職人企業から更に焦点を絞った施策が各地 で整備されつつある.
また 2001 年には観光の役割の積極的な評価に より,イタリアの観光基本法が見直された
2).こ の見直しにより,州及び地方自治体への権限の委 譲による地方分権が進められるとともに,地域 の観光に対して地域経済の振興や雇用増大,環 境・文化財・伝統などの保全や活用,国際平和へ の貢献など,多面的な機能への期待が寄せられ ることとなった(萩原,2010).この基本法の中 で「地域観光圏」として,州にあたるレジョー
ネ( regione )の中で,日本の県にあたるプロビ
ンチャ( provincia )や基礎自治体となるコムー
ネ( comune )という行政単位を超えた圏域にお
いて複数の観光地を一体として形作ることが謳わ れている
3).また,そのための資源として「文化 財,環境財並びに農業及び地域的手工業による特 産品等の観光的魅力」が挙げられており,それら
に関わる企業の結合や統合の活動が支援されてい る.イタリアでは著名な歴史的建造物は観光の対 象の中心だったが,今後は伝統工芸に関わる産業 もその一端を担うものとして期待されていると考 えられる.
以上から,イタリアにおける伝統工芸は産業を 支えるセクターとして位置づけられてきたが,近 年では地域経済にとっての重要性や文化や習慣を 継承してきた仕事としての価値が見直されてい る.伝統工芸の保全とともに,産業の更なる発展 や地域のための観光活用を目指した新たな取組み が必要とされる.このような潮流は現在の日本に も共通するものである.イタリアにおける施策を 明らかにすることで,日本の伝統工芸の保全と活 用に寄与できるだろう.
2)研究の目的と方法
本稿では,イタリア有数の観光都市ローマを有 するラツィオ州を対象とする.ラツィオ州はイタ リア半島中部に位置し,古くはエトルリアが栄 え,ローマ帝国やカトリック教会の中心としての 歴史を有する.古い歴史を有し,現在も多くの観 光客が集まる場所であり,研究の対象として適し ていると考えられる.ラツィオ州は,フロジノー ネ県・ラティーナ県・リエーティ県・ローマ県・
ヴィテルボ県の 5 県からなっている.
ラツィオ州では,2007 年に州法として,日本 の伝統工芸に当たる「芸術的伝統的工芸」に特化 した施策が新たに講じられた.本稿では,文献や 資料を用いて,この施策をまとめ,「芸術的伝統 的工芸」の認定状況およびその活用,特に観光施 策について明らかにすることを目的とする.
既往研究としては,工藤(2008,2009)が制 度の地方分権について,吉田(1991)は職人企 業について,萩原(2010)は観光基本法につい て,関連する法案をそれぞれ日本語に翻訳しなが ら紹介している.また山田(2012)はイタリアや 首都ローマの観光の統計データよりその特性につ いて分析を行っている.イタリアの手工業に関す る事例研究は多くあるが,北部イタリアの事例が 多い.例えば沖縄産業計画イタリア産業研究会
(2002)や宗田(2000)は,ヴェネト州やロンバ
Rikkyo University Bulletin of Studies in Tourism No.18 March 2016 ルディア州,トスカーナ州に手工芸および産地の 研究を行っている.近年注目されつつある伝統や 観光の観点から手工業を扱う研究は管見ではまだ ない.
Ⅱ イタリアにおける手工業の保全振興策
1)手工業基本法と職人企業憲法で手工業の保全および発展がうたわれてい るイタリアでは,その根拠法として 1985 年に「手 工業基本法( Legge-quardo per l’artigianato )」が 制定された
4).手工業の保全および発展の法的措 置とともに,「その地域的,芸術的および伝統的 な多様な形態における職人的生産」に対して,信 用の優遇措置,技術的支援,応用研究,職業訓練,
経済連合,手工業圏の実現,輸出のための優遇措 置を各プロビンチャが行うことが定められた.
上記の基本法については,吉田(1991)が詳し い解説を行っている.職人企業者( imprenditatore
artigiano )という区分が設けられ,「職人企業者
とは個人的に職業的にかつ資格者として職人企業 を経営しその指揮と決定に際して生じるすべての 義務と危険と共にすべての責任を負うものであり 生産の過程において主として本人自身の労働や 手仕事によって活動する」ものと定められてい る.職人企業者によって経営される企業は職人企 業( impresa artigiana )ととして登録され,優遇 措置が受けられる.具体的には,信用の供与にお ける優遇措置,技術的支援,応用研究,職業訓練,
相互扶助経済,職人圏の実現,輸出のための優遇 措置が挙げられている.
職人企業の要件として, a )生産工程において 大部分の労働を個人的にかっ道具を使って行い,
b )企業において労働が資本に優位する機能を有 していること,が必要とされる.また企業規模に ついて,企業の業種や生産方法などに詳細な区分 に従って最大従業員数が定められており,最大で も 40 人とされる.
職人企業は,伝統工芸を含む芸術的な手工業や 手工道具を用いた製造業のみではなく,農業,建 設業 ,商業, 運輸業, サービス業までを含む範囲 の業種が対象となっている.職人という概念が,
日本で一般に定義されているものよりも広いこと が特徴となる.また,「手工業基本法」は分権的 手法をとっていることが特徴であり,職人に関す る立法は各レジョーネに委ねられ,イタリア全 20 州でそれぞれ,職人企業の保全および発展に 関する法律が制定されていることが指摘されてい る(吉田,1991).
2)ラツィオ州における職人企業と手工業
ラツィオ州では,1999 年に州法 1999 年 8 月 6 日 14 号「行政の地方分権実現に向けた地域や地 方の機能に関する制度」が制定された
5).その中 の「経済発展と生産活動」の章において,手工業 に対する行政の責任と義務が定められている
6).
手工業における行政の施策の具体的な対象は,
個人あるいは組織による職人企業,商品やサービ スの生産を含む工芸品とされ,職人企業に対する 優遇措置・寄付金・助成金・インセンティブなど あらゆる利益を行政が増加させる旨が示されて いる.
具体的なラツィオ州の役割として,以下の 11 項目が挙げられている. a )関連セクターのデー タベース化, b )組合の連携, c )企業の発展と国 際化支援, d )輸出増加促進のための機器の導入,
e )信用保証に対する優遇措置, f )サービスやサ ポートの連携や改善, g )女性起業家への支援, h ) 経済低迷など国から個別化されたエリアの職人企 業への優遇措置, i )職人企業への投資の支援, j ) 組合に対する優遇措置, k )職業訓練, l )芸術的 な企業の振興.
一方で,各コムーネの役割は以下の 5 項目が 挙げられている. a )職人企業登録のための調査,
b ))人企業設立のためのエリアマネジメント, c ) 企業のローカリゼーション/リローカリゼーショ ン, d )職人企業設立の促進, e )地元に根ざし た工芸品認定の促進.また,商工会議所( Camera di Commercio Industoria Artigianato e Agricol-
tura ,略称 CCIAA )には,登録された職人企業の
名簿管理が義務付けられている
7).
以上から,ラツィオ州においては,工芸に携わ
る職人企業に対して,レジョーネがその財政的支
援や社会的ネットワーク,職業訓練など多岐にわ
たる支援を行うこととなった.一方で,各コムー ネは調査やエリアマネジメント,企業の増加な ど,地域的な役割を担っていると考えられる.
Ⅲ ラツィオ州における芸術的伝統的工芸
1)芸術的伝統的工芸に関する規定前章で挙げた「行政の地方分権実現に向けた地 域や地方の機能に関する制度」は 2007 年に改定 された.工芸について「創造性と起業家精神の能 力を奨励し,経済や仕事の生産要素においてリー ドしてきたセクターの役割」を再確認するとと もに,「芸術的伝統的工芸( artigianato artistico e
tradizionale )」という新たな枠組みを設け,これ
を支援することを定めている.イタリアでは,伝 統工芸の支援は職人企業への施策に含まれていた が,この制度によって伝統工芸に特化した支援策 が講じられることとなった.
芸術的伝統的工芸に対する支援として,以下の 5 項目の追求が規定されている. a )製品に対す る芸術的な資格の付与, b )職人企業の発展や資 格の付与, c )工芸における芸術的文化的遺産の 保護や保全, d )芸術品や産業デザインの現代的 研究に基づく技法的形態を伴う現代文化の推進,
e )組織化支援や専門的な技法の革新・事業家へ の革新の支援.したがって,ラツィオ州では伝統 工芸に資格を与えてこれを保全するのみが目的で なく,伝統的な企業における生産技法や経営を現 代社会に適合させ,発展させていくことが目指さ れている.
このように企業の革新が目的に掲げられる一 方,本制度では「芸術的伝統的な仕事」が定義さ れ,手工業としての大量生産できない芸術的な製 品が尊重されている.芸術的な仕事とは,「高い 美的価値や形・形態・装飾や技法にインスピレー ションを受けた制作・製品・作品」であることが 明記されており,手仕事や高度な専門性によって これらが成立することが認められている.特定さ れた重要な工程以外について,補助的で部分的な 工程についての機械化が許可されている.また,
上述の「芸術的伝統的な仕事」は特に,歴史的文 化的遺産の要素になること,芸術的な製品が確認
される地域との関連があることが示されており,
州や地域の習慣や慣習を受け継いだ活動であるこ とが伝統的な仕事だと規定されている.
以上から,2007 年に新たに設けられた芸術的 伝統的工芸の枠組みは,それまでの職人企業にお ける工芸としての処遇に加えて,手仕事の伝統的 な価値が見直されるとともに,伝統工芸の地域の 歴史や文化を伝える産業としての重要性が再認識 されて設置されたと考えられる.
2)認定の手続き
芸術的伝統的工芸の認定の手続きを図 1 にまと めた.手続きの運営のために,ラツィオ州に手 工業のための州委員会( Commisisone Regionale per l’Artigianato ,以下 CRA )が,各プロビン チャに県委員会( Commissione Provinciale per l’
Artigianato ,以下 CPA )が設置された.これら
の機関は州協議会( La Giunta regionale )が監視 することとなっている.
CRA では,保護すべき工芸のセクターの特定 と生産規則の策定を行うとともに,原産地と品 質の証明を作成する.また,1 年計画および 3 年 計画を策定し,各プロビンチャでの運用を監視 し,全体の統合性を図りつつ問題について意見を する.
芸術的伝統的工芸の認定を要求する企業は,ま ずコムーネに対して出願登録の申請を行う.ま た,申請の要件として, a )5 年間の職人企業へ の登録, b )保護すべき工芸品の種別への該当,
c ) CRA が作成した生産規定に従っていること,
企業
CCIAA CPA
調査・監督
伝達 コピーの送付 登録出願申請
名簿の管理 規定・計画の作成
CRA 州協議会
コムーネ
受理報告 受理報告控訴 監視
連携 意見 監視
調査
図 1 認定の手続きと関連機関
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d )コンソーシアムの場合は,参加企業の 5 分の 4 が芸術的伝統的工芸としての企業の認定を受け ていること,の 4 点を満たさなければならない.
各コムーネは,職人企業の要件を満たしてい ることを調査し,かつ企業への聴取を行う.調 査項目として, a )財政, b )企業の立地, c )熟 練 し た 仕 事, d ) 事 業 の 開 始 日, e ) ラ イ セ ン ス, f )専門的で手工業的な仕事を行う人と人数,
g )従業者数が挙げられている.コムーネは調査 結果を申請から 20 日以内に CPA に伝達する.
申請が受理された場合, CPA は要件が満たさ れていることを検証し,名簿に登録するために
CCIAA に申請書のコピーを送付し, CCIAA は
これを管理する.もし,不受理となり企業が不服 申立てを行う場合は,企業から CRA に請願を行 うことができ,60 日以内に審議され,この決定 を CPA は順守しなければならない.
3)工芸品のセクターと生産規定
CRA はこれまでに以下の 10 のセクターを認定 し,それぞれの生産規定を州法で定めている.1)
皮革・革張り,2)装飾,3)写真・デザイン・絵 画,4)木工品及び関連する仕事,5)卑金属,6)
貴金属・貴石・半貴石及び関連する仕事,7)修 復,8)楽器,9)織物・刺繍及び関連する仕事,
10)ガラス・セラミック及び関連する仕事.生産 規定はそれぞれ,第 1 章:序言,第 2 章:各工芸 品の小史,第 3 章:工芸品の定義,第 4 章:工程 と技法,第 5 章:企業の認定,第 6 章:起源と品 質のマーク,の 6 章で構成される.
第 3 章:工芸品の定義においては,上記セク ターごとに芸術的伝統的工芸の定義がされてお り,手工性の高さ,歴史的な経験による材料と技 法による芸術性の高さ,専門的な訓練による次世 代の人材教育と地域活力への寄与,が重要視され ている.さらに各セクターの工芸の種別として,
「芸術的工芸」,「伝統的工芸」,「革新的工芸」の 3 種が挙げられている.特に「革新的工芸」は,
国際化や輸出増加のための産業転換を図る職人企 業における芸術的伝統的工芸の位置づけを明確に する際に重要であると考えられる.例えば木工品 においては,金属や金属合金の使用や企業のシス
テムの変化の二次的展開については,過去を尊重 した革新的要素であることが言及されている.
第 4 章:工程と技法においては,生産の工程や 技法により製品の不変の特性が維持される旨が確 認され,芸術的伝統的工芸に使用されるべき技法 や原材料および半製品の利用について詳細に定め られている.特に, 「伝統的工芸」と「革新的工芸」
について原材料や技法の差異が明記され,同じ手 工品であってもその性質が明確に区別される.
Ⅳ 芸術的伝統的工芸の観光活用
芸術的伝統的工芸に認定されると,企業は優遇 や支援の措置を受けることができる.本章ではま ず,芸術的伝統的工芸の認定状況を確認し分析す るとともに,観光活用に着目し,その取組みにつ いて整理する.
1)芸術的伝統的工芸の認定状況
ラツィオ州では,2011 年に Businnes Innova- tion Centre Lazio (略称 BIC Lazio )がラツィオ 州における職人企業および芸術的伝統的工芸につ いての調査を行っている.調査によると,2011 年までにラツィオ州には 1052 社の職人企業が登 録されており,手工性や創造性が高い「芸術的工 芸( artigianato artistico )」に関連する企業は 655 社であった.そのうち,より伝統性を有する芸術 的伝統的工芸の認定は,2015 年 12 月現在の 131 社となっており,全体で職人企業のうち 12 . 5%が 芸術的伝統的工芸に認定されている.
州都であるローマ市をローマ県とは別途集計 し,各プロビンチャ別に数を比較した(表 1).
職人企業の数はローマ市が 554 社と最も多く,ひ とつのコムーネで芸術的伝統的工芸として 45 社 が認定されている.職人企業の数に対して芸術 的工芸および芸術的伝統的工芸の比率は低いが.
これは地域に密着した小売店やレストランなど のサービス業種が多いためと推察される.一方 で,ヴィテルボ県は職人企業 127 社のうち 123 社
(96 . 9%)が芸術的工芸と見なされ,33 社が芸術
的伝統的工芸に認定されている.ヴィテルボは中
世にはローマを離れた多くの教皇が住んだ「教皇
の街」としても有名であり,13 世紀から受け継
がれた zaffera と呼ばれる陶器をはじめ,様々
な工芸品が生産される場所である.
認定を受けた 131 社の企業は 58 のコムーネに 立地している(図 2).ひとつのコムーネに 1 社 のみ認定されているコムーネが 41 あり最も多い.
上述したローマ市が 45 社と非常に多く,ヴィテ ルボ市で 7 社が認定されている.このように,芸 術的伝統的工芸の企業が集中する都市も存在する が,認定状況を地図で示すと,認定された企業は 広範囲に分散していることが分かる(図 3).
芸術的伝統的工芸のセクター別の認定状況をみ ると(表 2),「ガラス・セラミック及び関連する 仕事」が 42 社と最も多く,次いで「貴金属・貴 石・半貴石及び関連する仕事」が 29 社と多い.
一方,「楽器」はリエーティ県 1 社のみの認定と なっている.29 社ある「貴金属・貴石・半貴石 及び関連する仕事」は約半数の 15 社が,また,
15 社ある「修復」も同様に約半数の 7 社がロー マ市に立地している.これらのセクターでは,原 材料の調達よりも消費者に近い立地が選好される ため,住民や観光客など人が集中する場所に多く なっていると思われる.その他のセクターに関し
ては,特定の県への集中は確認されない.
2) 芸術的伝統的工芸を活用した観光ルート 整備
イタリアでは,2012 年にフィレンツェで Art
& Tourism の見本市が開かれるなど,アート
ツーリズムの重要性が再認識されている.ラツィ オ州における芸術的伝統的工芸についても,地域 の活力の創出の手段としての観光への活用とし て,工芸に焦点を当てた観光ルート La strada dell’Artigiano Artistico del Lazio の整備が行わ れた.現在各県において合計 36 のルートが用意 されている.
ルートは平均 40 キロメートルの距離になって おり,観光客が 1 日で乗用車や徒歩で回れるよう 設計されている.また,芸術的伝統的工芸に認定 された多数の企業が集中するローマ市とヴィテル ボ市に関しては,例外的に徒歩のみで回れるもの になっている.各ルートは文化や自然に関する テーマが設定されており,様々な分野の工芸品を 扱う店舗と歴史ツーリズムや自然環境(モニュメ ント,歴史的中心地,自然保護区や公園,教会,
修道院,美術館,遺跡地域)をポイントにし,観 光客が巡ることを目的としている.また,ワイン 街道やオリーブオイル街道など特産品に関する街 道との連携もされている.さらに,各ルートに対 して,地域の自然環境や地形の特徴と文化の歴史 や慣習に関する記述がされている.
伝統工芸は自然の原材料を用い,地域の風土に 沿った手工による技法を用いて,工芸品が形作ら れる.そして,使用される目的に合わせた形が探
表 1 ラツィオ州における職人企業と芸術的伝統的工芸への認定状況Province
(県) 職人企業への登録
( A ) 芸術的工芸関連企業
( B ) 芸術的伝統的工芸への
認定( C ) B/A C/A C/B
Frosinone 104 56 7 53 . 8% 6 . 7% 12 . 5%
Latina 111 75 17 67 . 6% 15 . 3% 22 . 7%
Rieti 10 6 2 60 . 0% 20 . 0% 33 . 3%
Comune di Roma 554 274 46 49 . 5% 8 . 3% 16 . 8%
Provincia di Roma 146 121 29 82 . 9% 19 . 9% 24 . 0%
Viterbo 127 123 33 96 . 9% 26 . 0% 26 . 8%
Total 1052 655 134 62 . 3% 12 . 7% 20 . 5%
0 10 20 30 40 50
1社 2社 3社 4社 5社 6社 7社 ・・・ 46社 43
9 4 2
0 0 1 1
図 2 コムーネあたりの芸術的伝統的工芸認定数
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【凡例】
皮革・革張り 装飾
写真・デザイン・絵画 木工品及び関連する仕事 卑金属
貴金属・貴石・半貴石及び関連する仕事 修復
楽器
織物・刺繍及び関連する仕事 ガラス・セラミック及び関連する仕事
図 3 芸術的伝統的工芸の企業の立地
表 2 各工芸品セクターの認定状況
皮革・革張り 装飾 写真・デザイン・絵画 木工品及び関連する仕事 卑金属 貴金属・貴石・半貴石及び関連する仕事 修復 楽器 織物・刺繍及び関連する仕事 ガラス・セラミック及び関連する仕事 Total
Frosinone 2 1 2 2 7
Latina 2 1 7 1 2 4 17
Rieti 2 2
Comune di Roma 3 4 1 2 1 15 7 1 12 46
Provincia di Roma 3 2 2 2 1 8 1 10 29
Viterbo 1 3 3 4 6 1 1 14 33
Total 9 7 3 18 7 29 15 1 3 42 134
求されることで,地域の文化が内包される.この ような伝統工芸と自然・文化との関係は日本でも 指摘されるところであるが(丸谷,2012),イタ リアにおいても,工芸品をテーマに観光で地域を 巡ることにより,その土地の自然や文化,そして 歴史を学ぶことが目指されていると捉えられる.
3)観光ルートの事例
本節では,観光ルートの一つ「リーリ川渓谷
( La Valle del Liri )」について概観する(図 4).
このルートはフロジノーネ県に位置し,3 つの工 芸関連ポイントと 3 つの歴史ツーリズム関連ポイ ントで構成されている.対象地域は,産業革命の 発展の中心であったリーリ川に沿って製紙工場や 毛織物工場,フェルト工場が発展した地である.
始点となるソーラの街はラツィオ州の衣類縫製品 工業の中心として知られ,キケロが生まれた家で あるとされる遺跡が存在する.狭い路地には商人 や職人の古い店舗があり,銀細工の仕事場が紹介 されている.
ルートはリーリ川に沿って,渓谷の斜面で発 展したアルピーノに続く.その間のパノラマは
unicum であると表現されている.アルピーノ
では弦楽器美術館( Museo della Liuteria )が紹 介され,街の社会や文化を表象する工芸として,
18 世紀から 19 世紀までの伝統を享受してきた楽 器製造について解説されている.次にイーゾラ・
デル・リーリ( Isola del Liri )を訪れる.この地 は二股に分かれたリーリ川の流路の間にあり,川 の歴史と街の発展について学ぶことができる.ま
た,歴史的な修道院,伝統工芸として木工に携わ る 2 社が紹介されている.
以上のように,「リーリ川渓谷( La Valle del Liri )」の観光ルートは,伝統工芸を中心とする 産業の発展から,街の歴史や街の発展と自然環境 の関係について学ぶことができるコースとなって いる.
4)観光ルートの配置
設定されている 36 のルートは,ラツィオ州 の 6 つのプロビンチャおよびローマ市におい て,州を回遊できるよう連続して配置されてい る(図 5).プロビンチャごとのルート数につい てみると,その割合は各プロビンチャで認定され ている芸術的伝統的工芸の数の割合と概ね一致し ている(図 6).芸術的伝統的工芸の認定状況に 合わせてルートを設定し,概ねラツィオ州の全域 をカバーするように計画されていることが推察さ れる.
第 1 節で述べたコースのポイントは総計で,工 芸関連が 128 箇所,歴史ツーリズム関連が 93 箇 所,自然環境関連が 18 箇所,特産品街道関連が 16 箇所挙げられている.表 1 にならいローマ市 を別途集計しつつプロビンチャごとに種別ごとの ポイントの多寡をみると,ローマ県とヴィテルボ 県に特産品街道関連が多く見られるものの,その 他の数的傾向はほとんど変わらない(図 7).
ルートごと個別にポイントを集計すると,工芸
図 4 観光ルート“La Valle del Liri” 図 5 芸術的伝統的工芸の観光ルートの分布
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関連のポイントが各ルートに 1 箇所から 7 箇所ま であり,歴史ツーリズムに関連するポイントは,
ローマ市における 1 つのルート以外の全てに存在 する.一方で,親善関連のポイントや特産品街道 関連のポイントが存在しないルートはそれぞれ 21,27 あり.自然環境関連は最大で 2 箇所しか 存在しない.自然環境はルートが位置する場所の 特徴にもよるが,自然や特産品のポイントがルー トを特徴づけている可能性も考えられる(図 8).
各ルートはラツィオ州全域に渡るものの,それ ぞれは 1 日で回れるよう設置されている.各ルー トで訪問することができるコムーネの数をルート の解説文から抽出した(図 9).1 コムーネのみの ルートが 16 と多いものの,ローマ市内のみで回 るルートが 12 あることを考慮すると,ほとんど のルートが,それに従って回ることで近接する複 数のコムーネを回れることが分かる.
特産品街道関連
自然環境関連
歴史ツーリズム関連
工芸関連
0% 20% 40% 60% 80% 100%
27
21
6
3 8 9 6 5 2 3
10 11 6 2
1
12 3
5 3 1
図 8 観光ルート上のポイントの種類ごとの割合
4コムーネ:2(5%) 8 コムーネ:1(2%)
1コムーネ:
16(41%)
2コムーネ:
9(23%)
3コムーネ:
10(28%)
図 9 観光ルートで訪問できるコムーネの数 Frosinone Latina Rieti Comune di Viterbo
Roma Provincia di Roma 0
10 20 30 40 50
0 42 6 8 10 12 14
7 8 2 2 2
8 8
3 3
0 3
0 0 1
15 16
5 5
46
30 31
19 26
15
工芸関連
特産品街道関連 歴史ツーリズム関連
ルート数
自然環境関連 図 7 観光ルート上のポイントの種類ごとの数
Frosinone Latina Rieti Commune di Roma Provincia di Roma Viterbo
ルートの数芸術的伝統的工芸の認定数
3
7 17 2 46 29 33
5 1 12 7 8
図 6 プロビンチャごとにみる観光ルートの数と芸術的伝統的工芸の認定数
Ⅴ おわりに
本稿では,ラツィオ州で 2007 年から設けられ た芸術的伝統的工芸に関する制度と認定状況およ び観光への活用の事例として観光ルートの整備状 況についてまとめられた.イタリアにおける芸術 的伝統的工芸は,これまで産業を支えてきた職人 企業のうち,さらに地域に貢献する産業として今 後の重要なセクターとして位置づけられている.
実際には職人企業の約 2 割が芸術的伝統的工芸に 認定されていることが確認され,ラツィオ州内に 点在する 134 社と数多くの伝統工芸の関連企業が 保全の対象になっている.
日本における国の施策では,無形文化財の指定 は限られた職人が対象となっている.また,伝統 的工芸品の指定は産地を形成する組合もしくは団 体の存在が要件となっており,これも限定的であ る.一方,都道府県や市町村および特別区でもそ れぞれ伝統工芸や伝統工芸士の指定が行われてい るところも多い.地域の活性化のために必要な資 源として保全のために厚い支援策が講じられるこ とはよいが,日々の仕事が重要となる職人への負 担は軽減しなければならないかもしれない.その ため,それぞれの支援策や地域での活動を整理 する必要がある.イタリアでは,伝統工芸の保 全・発展施策の成立と地方分権が同時に進んでお り,結果として地域の伝統工芸支援に対する,レ ジョーネ・プロビンチャ・コムーネそれぞれの役 割が明確に分担されている.このような行政シス テムは今後の日本における文化資源の活用の促進 において非常に参考になるだろう.
また,イタリアの観光基本法においては広域観 光の推進が目指されており,それを可能にする地 域資源として「地域的手工業による特産品」が含 まれており,伝統工芸を資源としたイタリアにお ける新たな観光が期待されていると考えられる.
実際にラツィオ州において伝統工芸を活用する観 光ルートは,複数のコムーネを巡る広域観光とな る可能性を保持していることが確認されたが,こ の観光ルートの実態の把握やより深い理解は,日 本の広域観光推進の助けになるだろう.
今後の課題として,第一に生産規定の分析と企
業の実態の把握が挙げられる.イタリアにおける 伝統工芸の伝統性や地域性の捉え方や,制度の運 用の実態を明らかにすることで,地域活性化の具 体的な実現までの道筋がみえるだろう.第二に,
本稿では資料調査より制度についてまとめたが,
行政へのインタビュー調査を行い,制度成立の背 景および現在の問題点を明らかにする必要があ る.最後に,観光ルートの整備の効果を把握する 必要がある.実際に設定されたルートに対する観 光客の動向や経済効果と伝統工芸の持続性につい て,現状と問題点を把握する必要がある.
本稿で対象としたラツィオ州では,伝統工芸に 対する支援は始まったばかりであり,現在も進行 中である.今後もこの動向に注視し,伝統工芸と 地域のまちづくりの在り方について研究を継続し ていきたい.
注