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 1953年から3年間,本学で本研究室が中心となり,文部省の委嘱を受けた

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 大蔵隆雄先生略歴

 大蔵隆雄先生は,1983年3月停年前に本学を退職されて青山学院女子短大に 移られた。同時に,磯野昌蔵先生が,停年で退職されたので,本研究室開設以 来の先生方は,すべて退職されたことになる。

 大蔵先生は,東京大学文学部大学院を中退されて,1951年4月に本学に助手 として就任され,1959年に助教授,75年に教授になられた。先生の就任当時,

本研究室は教職課程講座の時代だった。教育学専攻となったのは1954年であ

る。

 1953年から3年間,本学で本研究室が中心となり,文部省の委嘱を受けた

「開東地区社会教育主事講習」が開かれ,その修了生と研究者によって社会教

育研究会がつくられた。その事務局は,本研究室におかれ,先生も参加され

た。先生は,この研究会への参加前後から,社会教育研究に本格的に取りくま

れはじめ,磯野昌蔵,橋口菊(現,聖心女子大学教授), 小川利夫(現,名古

屋大学教授)各氏と近代日本社会教育史の共同研究をすすめられた。その成果

は,「わが国における社会教育思想の発生とその本質」(『日本社会教育学会紀

要』第2号,1956年),「わが国社会教育の成立と本質に関する一考察」(『教

育学研究』24巻4号,6号,1957年)などに結実した。この研究は,日本社会

教育史研究に先べんをつけたものとして広く注目されたものである。以後,先

生は,こんにちも読まれている小川利夫・倉内史郎編『社会教育講議』 (明治

図書,1964年)に社会教育関係団体論を執筆される等,主に社会教育研究に従

事し,後進の指導にあたられた。また,本学における数員養成や研究室の運営

に尽力され,1981年4月から2年間,付属高等学校長の任にもあたられた。

参照

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