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プ ランテ ィンガ批判 仏教の視座か ら 橋 本 崇 宣

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Academic year: 2022

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(1)54. プ ランテ ィンガ批判 仏教の視座か ら. 橋 1.は. 本. 崇 宣. じめ に1. プ ラ ンテ ィ ンガ は 目本 で は あ ま りな じみ が な い が 、 当代 第 一 級 の論 理 学 者 ・宗 教 哲 学 者 で あ る 。 こ の 点 に つ い て は 彼 の 最 初 の 著 作 『神 と他 人 の 心‑神 存 在 の 信 仰 の 合 理 的 正 当 化 に 関 す る 研 究 』 の 評 者M・ ス ロ ウ トが 「 本 書 は 宗 教 哲 学 の 分 野 に お い て 今 世 紀 に書 か れ た もの の う ちで 、 も っ と も重 要 な 書 物 の 一 つ で あ る」 と述 べ て い る こ とや 、1986〜1987年. にか けて. エ デ ィ ンバ ラ 大 学 で 、 神 学 ・宗 教 学 ・宗 教 哲 学 の ノー ベ ル 賞 とい わ れ る ギ ル フ ォ ー ド ・レ クチ ャー を担 当(担. 当 者 に は 古 くは ウ ィ リア ム ・ジ ェイ ム. ズ 、 新 し く は ジ ョン ・ヒ ック が い る)し た こ とか ら理 解 で き る。 彼 は 自 らい う よ うに 「改 革 派 」 「 カ ル ヴ ァ ン派 」 の 立 場 で あ り、 彼 の 哲 学的関 心は 「 哲 学 的 神 学 と護 教 論 」 で あ る。 この 立 場 ・関 心 か ら キ リス ト 教 信 仰 に対 す る様 々 な批 判 か らの 擁 護 を 試 み て い る。 こ の論 文 にお い て は 、彼 の 多 くの著 作 の一 つ で 邦 訳 に も な っ てい る God.. Freedom, and. Evil(星. 川 啓 慈 訳 『神 と 自 由 と悪 と‑宗 教 の 合 理 的. 受 容 可 能 性 』2)を 取 り上 げ た い と思 う。 現 在 、 筆 者 は龍 樹 の 『中 論 』 を ウ ィ トゲ ン シ ュ タ イ ン の 言 語 ゲ ー ム論 の 視 座 か ら読 み 解 く作 業 を行 っ て い る 最 中 で あ る が 、 言 語 ゲ ー ム論 と は 「 す べ て の 一 切 を 、 心 的 な もの も物 的 な も の も お し な べ て 、 言 語 的 存 在 とみ な す3」 と い うも の で あ る 。 換 言 す れ ば 、 言 語 ゲ ー ム 論 か らす れ ば 、 一 切 は 言 語 的 存 在 で あ り意 味 的 存 在 な の で あ り、 この 非 実 体 性 は 即 ち空=縁. 起 を 説 く 『中 論 』 の 世 界 像 に 直 結 す る. の で あ る4。 こ の研 究 の 最 中 に プ ラ ンテ ィ ン ガ に 出 会 っ た の で あ る が 、 星 川 教 授 に よれ ば 、 プ ラ ンテ ィ ン ガ の 重 要 な 概 念 で あ る 「 可 能世 界 」論 は ウ ィ トゲ ン シ ュ タ イ ン と深 い 関 係 が あ る こ と を 知 り5、 お お い に 関 心 を 持 った 次 第 で あ る 。 した が っ て 、 この 論 文 で は、 プ ラ ン テ ィ ン ガ の 「 可 能 世 界 」 論 を駆 使 し た 護 教 論 を 龍 樹 の 『中論 』 の論 理 と比 較 検 討 す る こ とに よ っ て批 判 的 に 考.

(2) プ ラ ンテ ィ ン ガ批 判‑仏. 教 の 視 座 か ら‑. 究 して い き た い 。. 2.「 可 能 世 界 」 論 に つ い て そ も そ も、 プ ラ ンテ ィ ン ガ の 『神 と 自 由 と悪 と‑宗 教 の 合 理 的 受 容 可能 性 』 は 、 三 つ の グル ー プ の 読 者 に 向 け られ た も の だ と星 川 教 授 は 指 摘 す る6。 そ の 三 つ の グ ル ー プ の 読 者 だ が 、 第 一 の グ ル ー プ は 、 キ リス ト教 ・ キ リス ト神 学 ・宗 教 学 ・宗 教 哲 学 な どに 興 味 は懐 い て い る が 、 「 可能世 界」 論 の 知 識 が な い 読 者 、 第 二 の グル ー プ は 、 哲 学 ・論 理 学 ・「可 能 世 界 」 論 な ど に 関 心 は あ る が 、,キ リス ト教 に つ い て あ ま り知 識 が な い 読 者 、 第 三 の グ ル ー プ は 、 芝 ち ら の方 面 につ い て も興 味 と知 識 の あ る 読 者 で あ る。 い ず れ に せ よ 、本 書 は 「可 能 世 界 」 論 の 論 理 を駆 使 した 護 教 論 で あ り、 そ の 護 教 論 を 世 に 問 うた もの で あ る こ とは 間 違 い な い で あ ろ う。 た だ こ こ で 問 題 とな る の が 、 「可 能 世 界 」 論 で あ る 。 こ れ につ い て は 、 本 書 の 星 川 教授 の 「 解 説 」 に 詳 説 され て い る7。 以 下 で は そ の 要 点 を ま と め る こ と に す る。 「 可 能 世 界 」 は 、 物 理 的 な 「可能 世 界 」・論 理 的 な 「可 能 世 界 」・法 律 的 な 「 可 能 世 界 」・道 徳 的 な 「可 能 世 界 」 とい うふ うに 多 種 多 様 で あ る 。 し た が っ て 、 どの よ うな 世 界 を 「可能 世 界 」 とす る か に つ い て は 学 者 に よ っ て 見解 の相 違 が あ る 。 で は 、 プ ラ ンテ ィ ンガ は 「可 能 世 界 」 を どの よ うに 定 義 して い る の で あ ろ うか 。 以 下 が そ の 定 義 で あ る。 基 本 的 な 考 え方 は 〈 可 能 世 界 とは 物 事 が そ うあ り えた 在 り方 で あ る 〉 とい う もの だ 。. … 成 立 して い る 現 実 で あ る …. 事態 もあれば、成 立. して い な い 事 態 も あ る。 後 者 の うち 、 あ る もの は 不 可 能 で あ り、 ほ か の も の は 可 能 で あ る。 そ して 、 可能 世 界 は 可 能 事 態 で あ る 。 も ち ろ ん 、 す べ て の 可 能 事 態 が 可 能 世 界 で あ る わ け で は な い 。 ヒ ュー バ ー トが 四 分 で 一 マ イ ル を走 っ た こ とは 可 能 事 態 だ が 、 可 能 世 界 で は な い 。 疑 い も な く、 こ れ は 多数 の 可 能 世 界 の 一 要 素 で あ る が 、 そ れ 自体 で は可 能 世 界 に な る に は充 分 に包 括 的 で は な い 。 可 能 世 界 とな る た め に は 、 事 態 は ひ じ ょ うに大 規 模 で な け れ ば な らな い 。 完 全 で あ るか 極 大 で あ る ほ ど に大 規 模 で な け れ ば な らな い8。. 55.

(3) 56. 以 上 か ら、 プ ラ ンテ ィ ンガ の 「可 能 世 界 」 の 定 義 は 、 あ らゆ る 可 能 世 界 を の み こ む 包 括 的 か つ 大 規 模 な世 界 で あ る こ とが 理 解 で き る。 ヒ ュー バ ー ト が 四分 で 一 マイ ル 走 っ た とい う出 来 事 は 可 能 事 態 、 換 言 す れ ば現 実 の 出 来 事(現. 実 世 界)で. あ り、 そ の 可 能 事 態 は プ ラ ンテ ィ ンガ に よれ ば 「 可能 世. 界 」 の 一 要 素 な の で あ る。 つ ま り、 ヒ ュー バ ー トは あ ら ゆ る 可能 事 態 の 中 か らご く一 部 を 選 択 した にす ぎ な い の で あ る 。 星 川 教 授 は プ ラ ンテ ィ ンガ の 定 義 を も とに 更 に 三 つ の 観 点 か ら 「可 能 世 界 」 を述 べ て い る 。 第 一 は 物 理 的 な観 点 か らで あ る 。 こ の場 合 、 現 実 世 界(わ い る世 界)と. れ われ が 実 際 に 生 活 して. 「可 能 世 界 」 との 包 含 関係 で あ る が 、 現 実 世 界 は物 理 的 に 可. 能 な 世 界 に 属 して い る 。 た だ し、 現 実 世 界 は物 理 的 に 可 能 な世 界 の ご く一 部 にす ぎ な い 。 ま た 、物 理 的 に 不 可 能 な 世 界 も 存 在 す る 。 例 え ば 、 現 在 、 光 の 速 さで 移 動 で き る 乗 物 が存 在 して い な い こ とが 挙 げ られ る 。 ま た 、 物 理 的 に 可 能 な世 界 で あ っ て も 、 現 実 世 界 にお い て そ の世 界 のす べ て が選 択 され 実 現 され る わ け で は な い の で 、 選 択 され な い も の は 結 局 非 現 実 的 で あ る 。 した が っ て 、 現 実 世 界 を 除 い た 物 理 的 に 可 能 な 世 界 と物 理 的 に不 可 能 な 世 界 は 非 現 実 的 諸 世 界 に包 含 され る 。 そ して 、 現 実 世 界 ・物 理 的 に 可 能 な 世 界 ・物 理 的 に 不 可 能 な 世 界 ・非 現 実 的 諸 世 界 の す べ て を包 含 す る の が 「可 能 世 界 」 で あ る と述 べ て い る。 第 二 は 論 理 的 な 観 点 か らで あ る。 こ こ で は 、 論 理 的 に 可 能 な世 界 と物 理 的 に 可 能 な世 界 の 包 含 関 係 が 問 題 に な る が 、 こ の場 合 、 論 理 的 に 可 能 な世 界 は 、 物 理 的 に 可 能 な 世 界 のす べ て を 含 み か つ 物 理 的 に 不 可 能 な 世 界 の 一 部 を含 む と述 べ て い る 。 例 え ば 、 前 掲 の 例 で あ る 光 の 速 さで 移 動 で き る 乗 物 は 、 物 理 的 に は 現 在 の 科 学 で は光 の 速 さ を産 出す るエ ネ ル ギ ー をつ く る こ とが で き な い 。 しか し、 紙 上 の 計 算 で は 可 能 な の で あ る。 つ ま り、 論 理 的 に は 可 能 な の で あ る 。 した が っ て 、 論 理 的 に 可 能 な世 界 は物 理 的 に不 可 能 な世 界 の一 部 を含 む の で あ る 。 第 三 は 必 然 的 存 在 と偶 然 的 存 在 に つ い て の 観 点 で あ る 。 前 者 は 「あ らゆ る可 能 世 界 に存 在 して い る存 在 」 で あ る 。 つ ま り、 ど の 「 可 能 世 界 」 が現 実 で あ っ て もそ こ に 存 在 して い た で あ ろ う存 在 で あ る。 これ に対 して 、 後 者 は 「い くつ か の 可 能 世 界 に しか 存 在 しな い 存 在 」 で あ る 。 そ こ で 、 神 は必 然 的 存 在 か 偶 然 的 存 在 か とい う問 題 が 出 て くる 。 も し神 が 必 然 的 存 在 で な い とす れ ば 、 神 が 現 実 化 で き な か っ た 多 数 の世 界 が あ る の は 明 らか で あ る。 神 が 存 在 しな い す べ て の 「可 能 世 界 」 が そ の例 で あ る9、 と述 べ て い る。.

(4) プ ラ ンテ ィ ン ガ批 判‑仏. 教 の視 座 か ら‑. 以 上 が星 川 教 授 に よ る 「可 能 世 界 」 論 の 「 解 説 」 の 要 点 で あ る。 ち な み に 、 教 授 に よれ ば 、 今 こ そ 流 行 して い る 「可 能 世 界 」 論 だ が 、 実 は そ の 起 源 は ライ プ ニ ッ ツ に あ る と指 摘 して い る。 現 在 流 行 し て い る可 能 世 界 論 だ が 、 実 は これ は ラ イ プ ニ ッツ の著 作 に も見 られ る 。 彼 は 一 七 世 紀 の す え に 、 「可 能 世 界 」 と 「現 実 世 界 」 と い う概 念 を も ち い た 。 一 般 的 に い わ れ る と こ ろ で は 、 彼 が 懐 い て い た 見 解 は 次 の よ うな も の で あ る。(1)現. 実 世 界 は神 の 心 に存 在 して い た. 無 数 の 可 能 世 界 の うち の 一 つ で しか な い 、(2)神. は こ う した 可 能 世 界. の うち の 一 つ を 現 実 の もの とす る こ とに よ っ て 、 わ れ われ が 生 き て い る こ の世 界 を現 実 の も の と した 。 ア ダ ム ズ が 「 神 聖 な る現 実 の 選 択 理 論 」 と呼 ぶ こ の 考 え方 に よれ ば 、 こ の現 実 世 界 は 無 数 の 可能 世 界 の う ち で も もっ とも優 れ た も の で あ る 。 とい うの は 、神 が 現 実 に お こ な っ た 選 択 は 、 す べ て の 可 能 世 界 の う ちで 最 善 の も の を 選 ぶ 選 択 だ か らで あ る10。 こ の よ うに ライ プ ニ ッ ツ を起 源 と し、 現 在 流 行 して い る 「可能 世 界 」 論 で あるが、 この 「 可 能 世 界 」 論 は プ ラ ンテ ィ ンガ の 護 教 論 にお い て い か に 展 開 され て い る の で あ ろ うか 。 した が っ て 、 次 の 章 で は 彼 の 議 論 を見 て い きたい。. 3.プ. ラ ンテ ィンガ の護 教論. 彼 の 議 論 は 、 前 述 した 彼 の 著 作 で あ る 『神 と 自 由 と悪 と‑宗 教 の 合 理 的 受 容 可 能 性 』 か ら取 り上 げ る が 、 そ の議 論 を 見 る前 に 、 そ の 著 作 の 構 成 と そ の 著 作 に お い て 彼 が 意 図 した こ とを若 干 ふ れ る こ とにす る。 まず、構成 で あるが、二部構 成 になってい る。星川教授 の 「 解説 」 によ れ ば11、 第1部. 「自然 無 神 論 」 で は 、 悪 の 存 在 を 論 拠 と し て 「自然 無 神. 論 」 か ら な され る批 判‑神 理 ・非 理 性 で あ る‑か 第II部. の 存 在 に た い す る信 仰(神. へ の 信 仰)は. 非合. ら、 キ リス ト教 信 仰 を擁 護 す る議 論 が 展 開 され る。. 「自然 神 学 」 で は 、 伝 統 的 な 神 の 存 在 証 明 が 詳 細 に 吟 味 され 、 最 終. 的 に 「有 神 論 の 合 理 的 受 容 可 能 性 」 が論 証 され る 。 第1部. お よび 第II部 の. い ず れ の 場 合 に も、 議 論 ・論 証 は 「 可 能 世 界 」 論 の 視 点 か らな され て い る 。 次 に 、 彼 が こ の 著 作 に お い て 意 図 した こ とで あ る が 、 「緒 言 」 で 以 下 の. 57.

(5) 58. よ うに述 べ て い る。 一 つ は 、 自然 神 学 の例 と して の 神 の 存 在 的論 証 で あ り、 も う一 つ は 、 自然 無 神 論 の も っ と も重 要 で 代 表 的 な も の と し て の 悪 の 問題 で あ る 。 (残 りの い くつ か の 主 題 や 議 論 に つ い て 私 が の べ る べ き こ と は 『神 と 他 者 の 心 』[God and Other Minds, Ithaca N. Y.:Cornell University. Press,1967]で. 述 べ て い る 。)私 は 、 論 理 学 の 哲 学 に お. い て 近 年 獲 得 され た 洞 察‑と い う着 想 を め ぐ る洞 察‑が. りわ け 可 能 世 界(possible. world)と. こ れ ら二 つ の 古 典 的 な主 題 に 光 明 を 投 じて. くれ る 、 と信 じて い る。 そ れ ゆ え、 本 書 の わ ず か な が ら 目新 しい 特 徴 は 、 そ れ らの新 しい 洞 察 が二 つ 主 題 に た い して い か な る光 を投 げ か け て い る の か を示 そ う、 とい う試 み に あ る12。 さて 、 彼 の 議 論 を 見 る こ と に した い 。 た だ し、枚 数 の都 合 に よ り全 部 を 見 る こ とは 困 難 で あ る。 した が っ て 、 星 川 教 授 の 「 解 説 」 を参 照 しつ つ 、 彼 の 第I部 の 議 論 に し ぼ っ て 見 る こ と に す る 。 第II部 に つ い て は 教 授 の 「 解 説 」 の 要 点 を述 べ る に と ど め る。 第I部. の 議 論 はJ・ マ ッキ ー へ の 批 判 で あ る13。J・ マ ッ キ ー は 多 く の. 人 々 に よ っ て 議 論 され た 「悪 と全 能 」 とい う論 文 に お い て 、 有 神 論 者 は 自 己矛 盾 に お ち い って い る とい う主 張 を く り返 して い る 人 物 で あ る14。 す な わ ち マ ッ キ ー に よれ ば 、 有 神 論 者 は 一 つ の集 合(こ. れ を集 合Aと. 呼 ぼ う). を構 成 して い る三 つ の 命 題 を受 け 入 れ て い るが 、 この 集 合 は 整 合 性 を欠 い て い る とい うの で あ る。 (1) 神 は 全 能 で あ る 。 (2) 神 は 全 善 で あ る 。 (3) 悪 が 存 在 す る15。. 確 か に 、(1)(2)(3)の. 三 つ の 命 題 に は矛 盾 が あ る よ うに 思 わ れ る 。 ゆ え. に、 三 つ の うち 二 つ が 真 で あ れ ば 、 残 り一 つ は 偽 で あ る。 そ して 、 偽 は 明 らか に(3)で. あ る。 し か し 同 時 に三 つ の命 題 は 神 学 的 立 場 の 本 質 的 な 部. 分 で あ る 。 こ の 矛 盾 は古 来 よ りキ リス ト教 に お け る 難 問 で あ る。 「 神 は全 能 ・全 善 で あ る」 とい う命 題 と 「 悪 が 存 在 す る」 とい う命 題 とが 一 つ の 集 合 を構 成 す れ ば 、 こ の集 合 は 明 らか に 矛 盾 す る。 こ の矛 盾 が 無 神 論 に キ リ ス ト教 批 判 の 余 地 を与 えて い る。 ヒュ ー ム は 「ど う して こ の世 に 悪 が 存 在 す る の か 。 なぜ 神 は これ を黙 認 して い る の か 」 とい う疑 問 に 固 執 した 。 こ.

(6) プラ ンテ ィ ン ガ批 判‑仏. 教 の 視 座 か ら‑. の疑 問 へ の応 答 を神 義 論 とか 弁 神 論 と呼 ば れ て い る。 星 川 教 授 に よれ ば 、 これ らの 述 語 は 一 七 世 紀 末 に ライ プ ニ ッツ に よ って 、 ギ リシ ア 語 の 「 神」 と 「正 義 ・正 当 論 」 と を意 味 す る二 つ の 語 が結 び 付 け られ て造 られ た もの で 、 原 語 は"theodicee"(英. 語 で は"theodicy")で. あ る。 有 神 論 者 は神. 義 論 に よ って 応 答 を 試 み るで あ ろ う。 プ ラ ン テ ィ ンガ は 、 「提 案 され た神 義 論 は す べ て そ れ ほ ど満 足 の い く も の で は な い 、 と し よ う。 ま た は、 有 神 論 者 が な ぜ 神 は 悪 を 黙 認 す る の か ま っ た く知 ら な い の を認 め る 、 と し よ う16」 と述 べ た うえ で 次 の よ うに 述 べ て い る。 こ う した こ とか ら何 が帰 結 す る だ ろ うか 。 関 心 を ひ く も の は ほ とん ど もた ら され な い 。 そ こ で 、 〈も し神 に は悪 を黙 認 す る充 分 な 理 由 が 実 際 に あ る とす れ ば 、 有 神 論 者 は そ れ を知 る 筆 頭 の人 で あ ろ う〉 と考 え て み て は ど うで あ ろ うか 。 神 に は 恐 ら く充 分 な 理 由 が あ る の だ が、 そ の 理 由 は わ れ われ が 理 解 す る に は複 雑 す ぎ るの だ 。 も し くは 、 たぶ ん 神 は何 らか の 事 情 で そ の理 由 を 明 らか に して い な い の だ 。 な ぜ 神 が悪 を 黙 認 す るの か を 有 神 論 者 が 知 らな い とい う事 実 は 、 お そ ら く有 神 論 者 につ い て の 興 味 深 い 事 実 で あ る 。 しか しな が ら、 そ の事 実 だ け で は 、 神 へ の信 仰 の合 理 性 に とっ て 関係 の あ る こ と を ほ とん ど示 して い な い か 、 ま っ た く示 して い な い の だ 。本 書 で の 考 察 を始 め る に あ た っ て も、 無 神 論 の 議 論 に は 、 さ らに 多 くの こ とが 求 め られ て い る17。 そ こで 、 有 神 論 者 は い か な る議 論 を 展 開 して き た の だ ろ うか 。 そ こ で キ リス ト教 の神 義論 を代 表 す る ア ウ グ ス テ ィヌ ス と ライ プ ニ ッツ の 議 論 を 取 り上 げ る。 この 二 人 の 議 論 に つ い て は 星 川 教 授 は 以 下 の よ うに述 べ て い る。 ア ウ グ ス テ ィヌ ス は 「 悪 は 欠 如 態 た る質 料 で あ る 」 とす る 。 悪 とは 、 人 間 を ふ くむ 被 造 物 に お い て 「当 の 被 造 物 に 本 来 的 に 固有 の 形 相 や 目 的 を奪 う もの 」 とす る。 悪 が 欠 如 だ とす れ ば 、 悪 の 原 因 を 見 だ す こ と は で き な い 。 そ れ ゆ え 、悪 は どの よ うな 固 有 の 身 分 を も ち あ わ せ て い な い 。 悪 は つ ね に 善 な る もの に 寄 生 して い るの だ 。 と こ ろ で 、 存 在 の 仕 方 や 善 の 在 り方 は 、 お の お の の被 造 物 に そ な わ っ て い る 固 有 な 目的 に 対 応 して 定 め られ て い る。 そ れ ゆ え、 自 由な 被 造 物 の み が 悪 を経 験 で き る とい うこ と に な る 。 … 悪 を 欠 如 と して 把 握 す る こ とに 加 え て 、 ア ウ グ ス テ ィ ヌ ス は美 的 構 造 や 部 分‑全 体 論 とか か わ りを もつ 議 論 を 取 り入 れ て い る 。 悪 しき. 59.

(7) 60. も の は 、 善 き も の(光 抗 者 の 役 割(闇. ・調 和)を. ・不 調 和)を. さ ら に輝 か し く際 立 た せ る た め の対. 演 じて い る。 ま た 、 贖 罪 の 業 も 、 全 体 の. 調 和 と善 性 を保 証 して 、 罪 との 均 衡 を 保 つ 役 割 を も っ て い る 。. …ラ. イ プ ニ ッ ツ の 議 論 は 、 大 体 に お い て 、 ア ウ グ ス テ ィ ヌ ス と トマ ス の議 論 を踏 ま え て い る。 トマ ス と同 じ く、 彼 は悪 を 、 形 而 上 学 的悪 ・道 徳 上 の悪 ・自然 悪 の三 種 類 に分 類 す る 。 形 而 上 学 的 悪 は 「 本 質 的 に個 体 的 本 性 に か か わ る法 則 が もつ 有 限性 あ るい は 欠 如 の こ とで あ る」。 道 徳 上 の 悪 や 罪 は 「明 晰 で な い 妥 当性 を 欠 い た 知 識 に も とつ い て 生 起 す る」。 した が っ て 、 「そ れ ぞ れ の 個 体 的 本 性 を 、 そ れ 自身 に お い て も全 宇 宙 の調 和 とい う点 に お い て も可 能 な か ぎ り最 善 の もの 、 と規 定 す る 神 」 に は 、 道 徳 上 の悪 に た い す る責 任 は な い 。 自然 悪 は 「可 能 な か ぎ り最 善 な る事 象 群 の 成 立 をつ か さ ど る法 則 に よ っ て 規 定 され る」。 こ う して 、 い か な る場 合 で も 、悪 は可 能 な 限 り最 善 な る 全 体 との 関 連 で 判 断 され る こ と に な る 。 あ らゆ る悪 が 、 ほ か の い か な る場 合 よ りも偉 大 な 善 を 実 現 させ る た め に利 用 され る の で あ る か ら、神 は正 当 化 され るの で あ る。 ライ プ ニ ッ ツ は 「 可 能 な 限 り最 善 の 世 界 」 とい う言 わ ば 楽 観 的 見 解 を打 ち 出 した 、 と言 え よ う18。 確 か に 、 星 川 教 授 の い われ る よ うに 、 悪 を 善 に くみ 入 れ る とい う意 味 で 、 ライ プ ニ ッツ の 見 解 は 楽 観 的 で あ る。 それ は ア ウ グ ス テ ィ ヌ ス に も同 様 の こ とが い え る。 しか し、 現 在 の世 界 に 目を 向 けれ ば 、 イ ラ クで は 毎 日、 多 くの 死 傷 者 が 出 て お り、 わ が 日本 に 目を 向 けれ ば 、 罪 の な い 子 供 達 が 殺 さ れ て い る状 況 を見 る と、 彼 等 の 議 論 は論 理 的 に厳 格 性 を欠 い て い る よ うに 考 え る。 で は 、 プ ラ ンテ ィ ンガ は集 合Aの. 整 合 性 を如 何 に して 論 証 す る の で あ ろ. うか 。 まず 、 彼 は 「わ れ わ れ が議 論 して い る集 合 は 明 白 に 矛 盾 して い る の で は な い こ と は 明 らか で あ る19」 とい う前 提 か ら始 ま っ て い る 。 しか もそ の 矛 盾 は 「明 白 に矛 盾 して い る の で も な け れ ば 形 式 的 に矛 盾 して い る の で も な い こ とは 明 らか で あ る20」 と主 張 す る 。 そ の 上 で 、 マ ッキ ー の よ うな 無 神 論 者 の主張 は 「 集 合Aは. 潜 在 的 に矛 盾 して い る 、 とい う こ とに 違 い な い21」. と述 べ る。 しか し、 プ ラ ンテ ィ ン ガ は 無 神 論 者 が 「 集 合Aは. 潜在 的に矛盾. して い る 」 こ と を 論 証 して い な い とす る 。 な ぜ な ら、 「 集 合Aは. 潜在 的 に.

(8) プラ ンテ ィ ン ガ批 判‑仏. 教 の視 座 か ら‑. 矛 盾 して い る 」 とい う 「こ の 主 張 を完 全 な も の にす る た め に は 、 無 神 論 者 は あ る必 然 的 に 真 で あ る命 題p(こ. れ は 複 数 の 命 題 の 連 言 で も あ り うる). を見 だ さ な けれ ば な らな い 。 そ の 命 題Pと. は 、 集 合Aに. 追 加 され る と、 形. 式 的 に矛 盾 す る集 合 を もた らす よ うな も の で な けれ ば な らな い 。 い か な る 無 神 論 者 も、 こ う した 役 割 を は た す こ とが で き そ うな 命 題 の候 補 さ え提 示 して な い22」 か らで あ る。 そ うな る と、 仮 に 無 神 論 者 が 集 合Aを 矛 盾 させ る よ うな 命 題 を 提 示 で き な けれ ば 、 有 神 論 者 は 、 集 合Aは. 潜 在 的 に整 合 的. で あ る 、 つ ま り矛 盾 して い な い とい う原 則 を考 え る か も しれ な い 。 しか し、 彼 は こ の 考 え は 困 難 に 直 面 す る と述 べ る。 なぜ な ら、 逆 に有 神 論 者 が集 合 Aを 整 合 的 で あ る とい う命 題 を提 示 しな けれ ば 「 同 じ原 則 は 〈 無 神論 の主 張‑集 合Aは. 非 整 合 的 だ‑は. 可 能 で あ る ・整 合 的 で あ る 〉 とわ れ わ れ に 断. 言 させ る よ う にす る か も しれ な い23」 か ら で あ る。 した が っ て 、 有 神 論 者 は 無 神 論 者 の 主 張 が非 整 合 的 で あ る とか 不 可 能 で あ る とか を示 さな けれ ば な らな い の で あ る。 そ こ で プ ラ ンテ ィ ン ガ は 、 有 神 論 者 が 進 む べ き 道 は 「 集 合Aは. 広い論理. 的 意 味 に お い て は 潜 在 的 に 整 合 的 で あ る な い しは 可 能 で あ る こ と を示 そ う、 とす る こ と24」で あ る とす る。 こ れ は 明 らか に 「 可 能 世 界 」 論 で あ る。 し か し、集 合Aの 合Aが. 整 合 性 を 示 す の に必 要 な も の は 何 か 。 プ ラ ンテ ィ ン ガ は集. 整 合 的 で あ る こ と を示 す た め に は 、 可 能 事 態(possible. state of. affairs)を 考 え な け れ ば な らな い とす る25。 し か も 、 そ の 際 、 集 合Aは 「 現 実 に成 立 す る必 要 は な い26」 の で あ る。 この 手 順 は 集 合Aに 「モ デ ル を与 え る こ と27」 と呼 ば れ る。 そ して 、 こ の手 順 は具 体 的 に は 次 の よ うに な る。 い ろ い ろ な特 殊 状 況 に 適 応 す る た め に 、 こ の 手 順 に は さ ま ざま な 特 殊 例 が あ る。 た と え ば 、Pとqと. い う 一組 の命 題 が あ り、 そ れ らが 整 合. 的 で あ る こ と を示 した い 、 と し よ う。 そ して 、 二 つ の 命 題P1とP2に っ い て 、P1が 真 で あ りか つP2が 偽 で あ る こ とが 不 可 能 な と き 、 言 い 換 え れ ば 、p1か つ 非p2と い う連 言 命 題 が 必 然 的 に偽 で あ る とき 、p1は p2を 含 意 す る、 と言 うこ とに し よ う。 す る と、pがqと こ と を示 す 一 つ の方 法 は、pと 能 で あ りか つ[そ す こ とで あ る28。. の 連 言 が]qを. 整合 的で ある. の連 言 が 広 い 論 理 的 な 意 味 に お い て 可 含 意 す る よ うな 、 あ る命 題rを. 見出. 61.

(9) 62. で は 、 実 際 こ の 手 順 を集 合Aに ま ず 、 命 題(1)(2)(2')を 命 題 を(4)と. 当 て は め る と以 下 の よ うに な る29。. 結 合 す る。 そ して 、 そ の 結 合 の 結 果 で で き る. す る。. (4) 神 は全 知 で あ り、 全 能 で あ り、 全 善 で あ る。 そ して 、(4)と(3)(悪. が 存 在 す る)が 整 合 的 で あ る か を 示 す の で あ る 。. 前 述 の 手 順 に した が え ば 、(4)と で あ りか つ(3)を 題 は(5)で. の 連 言 が 広 い 論 理 的 な意 味 にお い て 可 能. 含 意 す る よ うな 、 命 題rを. 見 出す こ とで あ る。 そ の 命. あ る。. (5) 神 は 悪 を ふ くん だ 世 界 を 創 造 し、 か つ 、 そ うす る こ とに は充 分 な 理 由 が あ る30。 した が っ て 、(5)と(4)が. 整 合 的 で あ れ ば 、(4)と(3). は整 合 的 で あ る とい うこ とに な る 。 つ ま り集 合Aは. 矛 盾 して い な い とい う. こ とに な る 。 有 神 論 者 達 が 試 み て き た の は(5)と(4)が. 整合的 であ るの. を示 す こ とだ っ た の で あ る 。 しか し、 プ ラ ン テ ィ ン ガ は 「こ の 試 み は少 な く と も二 通 りの 方 法 で 行 う こ とが で き る31」 と指 摘 す る 。 一 つ は ア ウ グ ス テ ィヌ ス が お こな っ た 「自 由意 志 に よ る 神 義 論 」 で あ り、 も う一 つ は プ ラ ン テ ィ ン ガ が 「自由 意 志 に よ る擁 護 論 」 と呼 ぶ と こ ろ の も の で あ る。 「自由 意 志 に よ る神 義 論 」(以 下 では 「 神 義 論 」 と表 記 す る)で 含 意 す る よ うな 命 題rを る とす れ ば 集 合Aも 論 」 は 命 題rを. は 、(4)と. 結 び つ く こ とに よ って(5)を. 見 出す こ と に よ って 、(4)と(5)が. 整 合 的で あ. 整 合 的 な集 合 で あ る こ と を示 そ う とす る 。 更 に 「神 義. 単 に(4)と. 整 合 的 で あ る の で は な く真 で あ る と主 張 す る 。. つ ま り、 「神 義 論 」 で は 「 悪 を黙 認 す る 神 の 実 際 の理 由 は な ん で あ る か32」 を述 べ よ う と して い る とプ ラ ンテ ィ ン ガ は 見 て い る 。 一 方 、 「自 由意 志 に よ る擁 護 論 」(以 下 で は 「 擁 護 論 」 と表 記 す る)で と に よ っ て(5)を じだ が 、rが. 含 意 す る よ うな 命 題rを. は 、(4)と. 結 びつ くこ. 見 出 す 点 で は 「神 義 論 」 と 同. 真 で あ る か 否 か は 問 わ な い の で あ る。 した が っ て 、 後 者 の 場. 合 は、 集 合Aの. 整 合 性 を示 す こ と で充 分 だ とす る。 一 方 、 前 者 は 集 合Aの. 整 合 性 を 示 す ば か りで な く、 そ れ を 更 に 越 え よ う とす るの で あ る。 つ ま り、 両 者 は命 題rを. め ぐっ て 全 く こ と な っ て い る とい え る 。 星 川 教 授 に よれ ば 、. 後 者 は 前 者 に 比 べ る と さ さや か な 試 み で あ る と述 べ て い る33。 ま た 、 教 授 は プ ラ ンテ ィ ンガ の 両者 の 見 解 につ い て 次 の よ うに述 べ て い る 。 … す なわ ち、 「 神 義 論 も擁 護 論 も 、 あ る 特 定 の 悪‑た と え ば 、 君 に.

(10) プラ ンテ ィ ンガ 批 判‑仏. 教 の 視 座 か ら‑. 近 しい 人 の 死 や 苦 悩‑を 黙 認 す る神 の 理 由 は 何 で あ るか に つ い て 、 い か な る ヒ ン トも与 え て くれ な い 」 と述 べ る の だ 。 ま た 、 彼 は 以 下 の よ うに も考 え て い る 。 深 刻 な悪 と直 面 し た り、 以 前 に も ま して 悪 の深 さ や 広 さ を認 識 す る よ うに な っ た とき 、 有 神 論 者 は信 仰 の 危 機 に み ま わ れ るだ ろ う。 けれ ど も 、 「神 義 論 も擁 護 論 も こ う した 精 神 の 動 揺 に 苦 しん で い る 人 々 を助 けた り慰 め た りす る よ うな 構 想 は な い 」 の だ 。 宗 教 哲 学 者 の仕 事 と牧 師 の仕 事 を截 然 と分 け て 考 え る プ ラ ン テ ィ ン ガ は 、 こ う した 人 々 を助 け た り慰 め た りす るの は 、 牧 師 の仕 事 で あ り宗 教 哲 学 者 の 仕 事 で は な い 、 とみ な して い る 。 けれ ど も こ の一 方 で 、 「神 へ の信 仰 を 〈 存 在そ の もの〉 〈 存 在 の根 拠 〉 ま た は そ の よ うな 種 類 の も の 〔人 格 的存 在 者 で は な い もの 〕 に対 す る信 仰 にす りか え よ う と して い る 」 とキ リス ト教 神 学 者 を批 判 して い る の も事 実 で あ る34。 つ ま り、 プ ラ ン テ ィ ン ガ は 「 神義 論」 も 「 擁 護 論 」 も人 間 の 苦 悩‑悪‑に つ い て は救 済 の方 法 を持 た な い とい うこ と、 ま た 、 両 者 と も 「 現実世 界」 に お い て で は な くて 、 広 い 論 理 的 可 能 性 に お い て 悪 に た い す る神 の 「全 善 」 を論 証 す る試 み で あ る と考 え られ る 。 た だ し、 プ ラ ン テ ィ ン ガ の 場 合 、 キ リス ト教 神 学 者 批 判 に よ って 、神 へ の純 粋 な 信 仰 を主 張 して い る か ら、 人 間 の 悪 に 対 す る 救 済 の 余 地 を残 して い る と考 え る 。 い ず れ い せ よ 、 両 者 は集 合Aの 整 合 性 を 論 証 せ ね ば な らな い 。 こ の 論 証 に お い て 最 も 困難 な の が悪 の 問 題 で あ る 。 した が っ て 、(5)の. 神 が 「悪 を. ふ くん だ 世 界 」 を創 造 す る こ とが 、 論 理 的広 い 意 味 に お い て 可 能 な の か ど うか を論 証 しな けれ ば な らな い 。 と こ ろ で 、 プ ラ ンテ ィ ン ガ は 、 も し、 あ る 善 い 事 態Gは. それ が凌駕す る. あ る 悪 い 事 態E包 含 して い る な らば 、 全 能 な る存 在 者 で さ え も、Gを 排 除 す る こ とな し にEを 排 除 す る こ とが で き な い とい うこ と を述 べ て い る 。 し か も、 実 際 に こ う した 事 態 が 存 在 す るの で 、 善 い 事 態 が 、 そ れ が 凌 駕 す る 悪 を 包 含 す る よ うな 事 態 が あ る とい う確 信 を持 って い る 。 彼 は確 信 を持 つ に 至 っ た 事 態 を次 の よ うに述 べ て い る 。 Eは. 〈ポ ー ル が 小 さ な擦 過 傷 を被 って い る こ と〉 で あ り、Gは. 〈 君が. 無 性 に うれ しい こ と〉 だ とす る よ うな 例 を 考 え よ う。 す る と、Gか Eと い う連 言 的 な 事 態‑GとEが 事 態‑は. っ. と も に成 立 す る場 合 に の み 成 立 す る. 善 い 事 態 で あ る 。 つ ま り、 そ の他 の 事 柄 が す べ て 同 じだ とす. 63.

(11) 64. れ ば 、 君 は 非 常 に 幸 せ で あ りポ ー ル は 擦 過 傷 をす こ し痛 が っ て い る と い う事 態 が成 立 す る ほ うが 、 こ の事 態 が 成 立 し な い よ りも善 い の だ 。 そ れ ゆ え、Gか. つEで. あ る こ と は善 い 事 態 な の だ 。 そ し て 、Gか つE. で あ る こ とは 明 らか にEを. 包 含 して い る。 も し、 君 が 無 性 に うれ し く. か っ ポ ー ル が 擦 過 傷 を 被 っ て い る とす れ ば 、 ポ ー ル が 擦 過 傷 を被 っ て い る とい う こ と は 明 らか に必 然 的 真 で あ る35。 以 上 の例 に 満 足 しな い 者 に は 次 の 例 を挙 げ て い る 。 あ る種 の 価 値 や 、 よ く知 られ て い る 善 い 事 態 は 、 あ る 種 の悪 か ら分 離 して 存 在 す る こ とは で き な い の だ 。 た と え ば 、 苦 痛 や 逆 境 に 直 面 して 、 道 徳 的 な も の を生 み 出 す あ る 種 の壮 烈 さ‑こ れ は 、 ほ か の人 々 を鼓 舞 し、 悪 い 状 況 か ら善 い 状 況 を創 造 す る‑を 露 に す る 人 々 が い る。 む ろ ん 、 こ う した状 況 に お い て も 、 そ の悪 は 悪 で あ りっ づ け る。 しか し、 全 体 と して の 事 態‑た. とえ ば 、 あ る人 が りっ ぱ に激 痛 に耐 え る こ と‑. は 善 い か も しれ な い 。 そ うで あ れ ば 、 現 在 の 善 はそ の 悪 を凌 駕 す る に ち が い な い 。 さ も な け れ ば 、 全 体 と して の状 況 は善 くな い こ と に な ろ う。 しか しも ち ろ ん 、 何 らか の 成 立 す る こ とな しに こ う した 善 い 事 態 が成 立 す る こ と は あ りえ な い36。 以 上 の例 に よ っ て 、 プ ラ ンテ ィ ンガ は善 い 事 態 が そ れ が凌 駕 す る悪 い 事 態 を 包 含 す る こ とが あ る とい う事 実 が 存 在 す る とい うこ とか ら、 そ の 事 実 に 基 づ い て(5)の. 命 題 が 必 然 的 真 で あ りか つ(4)と(5)が. 整 合 的 で あ る、. す な わ ち集 合Aは 矛 盾 しな い とす る。 しか し、 ま だ 問題 が あ る。 とい うの は 、 悪 とい う概 念 が 漠 然 と して い るか らで あ る 。 そ こ で 、 プ ラ ンテ ィ ンガ は悪 を 道 徳 上 の 悪 と 自然 悪 とに 峻 別 す る。 更 に 彼 は 「自由 意 志 」 とい う立 場 か ら 自 由 な 人 間 の行 為 の帰 結 か ら生 じ る悪 で あ る とこ ろ の 道 徳 上 の悪 に しぼ っ て 議 論 を す す め る。 そ の 結 果 、 次 の 命 題 を集 合Aに. 加 える。. (6) 道 徳 上 の 善 は ふ くむ け れ ど も道 徳 上 の 悪 は ふ くま な い 世 界 を 創 造 す る こ とは 、 神 の力 の お よぶ 範 囲 内 に は な か っ た37。 こ の(6)の. 命 題 の 証 明 に つ い て 、 善 い 事 態 が 、 そ れ が 凌 駕 す る悪 を 包 含. す る よ うな 事 態 が あ る とい う事 実 に 基 づ き つ つ 、彼 は次 の よ うに述 べ て い る。 有 意 味 的 に 自 由な(か. つ 悪 い 行 為 よ りも よ い行 為 を 自由 に お こ な う).

(12) プ ラ ンテ ィ ンガ批 判‑仏. 教 の視 座 か ら‑. 人 間 を ふ くん だ 世 界 は 、 ほ か の 事 柄 が す べ て 同 じで あ る とす れ ば 、 自 由 な 人 間 を ま っ た くふ く ま な い 世 界 よ りも価 値 の あ る もの で あ る。 さ て 、神 は 自由 な 人 間 を 創 造 で き る けれ ど も、 人 間 が 善 い こ とだ け をす る よ う に しむ け た り ・定 め た りは で き な い 。 な ぜ な ら、 も し神 が そ の よ うな こ とをす れ ば 、 人 間 た ち は け っ き ょ く有 意 味 的 に 自 由 で な くな る か らだ 。 つ ま り、 人 間 た ち は 正 しい こ と を 自由 に は行 わ な い こ と に な る の だ 。 それ ゆ え 、神 は 、 道 徳 上 の善 を な し う る人 間 を創 造 す るた め に、 道 徳 上 の 悪 を な し うる人 間 を創 造 しな けれ ば な らな い 。 そ して 、 神 は 〈これ らの 人 間 に悪 い こ とを す る 自 由 を与 え 、 しか も同 時 に 、 彼 ら が悪 い こ とをす る の を 阻 止 す る 〉 な ど とい うこ と はで き な い の だ 。 い まや 明 らか に な っ た よ うに、 ま った く悲 しい こ とな が ら、 神 が創 造 した 自由 な 人 間 の うち の か な りの者 は、 彼 ら の 自由 を行 使 す る さ い に 過 ち を犯 して しま っ た の だ 。 これ が 道 徳 上 の 悪 の源 で あ る 。 しか しな が ら、 自 由 な人 間 が 時 と して 過 ち を 犯 す とい う事 実 は 、 神 が 全 能 で あ る こ とや 善 で あ る こ とに 不 利 に な るの で は な い 。 な ぜ な ら、 神 は、 道 徳 上 の善 が 生 じる とい う可 能 性 を と りさ る こ と に よ っ て のみ 、 道 徳 上 の 悪 が生 じ る こ と を事 前 に 阻 止 で き た だ ろ うか らで あ る38。 つ ま り、 彼 の 論 証 に よ れ ば 、 人 間 に は道 徳 上 の 善 も悪 も な し うる 「自 由意 志 」 を 持 っ て い る とい う事 実 か ら、 神 は 自 由 な 人 間 を創 造 し た とい うこ と に な る 。 だ か ら、 神 は 人 間 が 「自 由意 志 」 に基 づ く行 為 に 制 限 を加 え る こ とは で きな い とい うこ とで あ ろ う。 しか し、 神 が 人 間 の 「自 由意 志 」 に基 づ く行 為 に制 限 を加 え る こ とが で き な い こ と は 、神 が 全 能 で あ りか つ 全 善 で あ る こ と に不 利 に な る こ とで は な い の で あ る 。 な ぜ な ら、 自 由 で な い 人 間 を創 造 す る こ と も で き た か らで あ る。 さ て 、 プ ラ ン テ ィ ンガ は 命 題(6)に. 基 づ い て 、 集 合Aが. 整合 的 であ る. こ とを示 す の で あ る。 (4) 神 は 全 能 で あ り、 全 知 で あ り、 全 善 で あ る。 (5) 悪 が 存 在 す る 。 (6) 道 徳 上 の 善 は ふ くむ け れ ど も道 徳 上 の悪 をふ く ま な い 世 界 を創 造 す る こ とは 、 神 の力 の お よぶ 範 囲 内 に は な か った 。 プ ラ ンテ ィ ンガ に よれ ば 、(6)は(4)と (4)と(3)が. は 明 らか に整 合 的 で あ り、 故 に. 整 合 的 で あ る こ と を示 す た め に(6)を. 使 用 で き る と し、. 65.

(13) 66. し か も 、(6)に. つ い て は(4)と. 整 合 的 で あ る か ど うか が 問 わ れ る の で. あ っ て 、 そ れ が 真 で あ る か ど うか 問 わ れ な い の で 、 集 合Aは 整 合 的 で あ る。 つ ま り、 集 合Aに. 矛 盾 は な い 、 そ れ ゆ え に 自由 意 志 に よ る擁 護 論 は成 功 し. て い る とす る 。 こ の論 証 につ い て は プ ラ ンテ ィ ンガ の 次 の 議 論 が 背 景 に あ る と考 え る39。 Pジ. ョー ンズ は 四 月 三 〇 日以 降 、彼 の 喉 頭 を 動 か して な い 。. Qジ. ョー ンズ は五 月 少 し考 え ご とを した 。. 二 つ の命 題PとQは. とは 整 合 的 で な い よ うに考 え られ る 。 しか し、Pが. 次. の 命 題 と整 合 的 で あ る と考 え られ る。 R四. 月 三 〇 日の 喉 頭 切 開手 術 か ら快 方 に 向 か うあ い だ 、 ジ ョー ン ズ は. カ ン トの 『純 粋 理 性 批 判 』 に つ い て 素 晴 ら しい 論 文 を(五. 月 に)書. くこ. と で 暇 を 紛 らわ せ た 。 PとRは. 整 合 的 で 、 しか もQを 含 意 す る(少. し も考 え る こ とな し にカ ン ト. の 『純 粋 理 性 批 判 』 の 論 文 は 書 け な い)。 ゆ え に 、PとQと. は整合 的 であ. る。 つ ま り、 こ の議 論 で は 、 一 見 、 整 合 性 の な い よ うに 見 え る二 つ の 命 題P とQに 命 題Pと. 整 合 性 を保 ちつ つ 、Qを. 含 意 す る よ うな 命 題Rと. い う 「可. 能 世 界 」 を加 え る こ とに よ っ て 、PとQと. は整 合 的 で あ る と論 証 して い る. の で あ る 。 プ ラ ンテ ィ ンガ に よ る集 合Aの. 論 証 は こ の 「可 能 世 界 」 論 を 踏. 襲 した も の と考 え る。 次 に第II部 の 議 論 に移 る。 た だ し、 前 述 し た通 り、 星 川 教 授 の 「解 説 」 の 要 点 を述 べ る に と ど め る40。 第II部 は 神 の 存 在 論 的論 証 に つ い て で あ る。 存 在 論 的論 証 につ い て は 、 カ ン トも指 摘 した よ うに 、 宇 宙 論 的 証 明 ・目的 論 的 証 明 ・存 在 論 的 証 明 が あ る。 プ ラ ンテ ィ ンガ が特 に重 要 視 した の は 存 在 論 的 証 明 で あ る 。 彼 が重 要 視 した 理 由 は 、(1)「 存 在 は 属 性 な の か 」 に 始 ま っ て 、 哲 学 上 の重 要 な 問題 が こ の 論 証 に お い て 交錯 す る こ と、(2)こ. の 論 証 は 、 一 見 した と こ ろ. 不 合 理 に 見 え る け れ ど も、 「 厳 密 に ど こ が 間 違 っ て い る の か を 言 う こ とは 非 常 に難 しい 」 こ とで あ る。 彼 は 、 存 在 論 的 論 証 を 論 駁 した 哲 学 者 は い な い と考 え る か らで あ る 。 「可 能 世 界 」 論 の 立 場 で あ る 彼 に と っ て 、 神 の 存 在 論的 論証 は 「 妥 当 で あ る」 「健 全 で あ る 」 とい うこ と で あ る 。 しか し、 論 証 の難 点 は 、 「 神 が もつ と さ れ る最 大 限 の 偉 大 さ は 具 現 され る こ とが 可.

(14) プ ラ ン テ ィ ンガ 批判‑仏. 教 の視 座 か ら‑. 能 で あ る 」 が 真 で あ る か 否 か で あ る が、 護 教 論 の 立 場 で あ る彼 は 、 当然 な が ら 「そ れ は真 で あ る」 と考 え て い る。 し か しな が ら、彼 は神 の 存 在 論 証 を して い る か 否 か に つ い て は 、 意 外 に も 「 そ の 答 え は否 で あ る 」 と明 言 して い る。 そ の狙 い は 、 た とえ 「現 実 世 界 」 に お い て 証 明 で き な くて も 、 「可 能 世 界 」 論 に よ っ て そ れ を 証 明 す る こ と に よ っ て 、 存 在 論 的 論 証 が 「健 全 で あ る」 こ と を証 明 す る た め だ っ た ので ある。 こ の よ うに、 プ ラ ン テ ィ ン ガ は キ リス ト教 信 仰 を 擁 護 す る議 論 を 展 開 し て き た が 、 そ れ は あ くま で キ リス ト教 信 仰 の 「 合理 的受容 可能性」 を確保 す る試 み で あ っ た の で あ る。 確 か に 、 世 界 に 悪 が存 在 して い る こ とは 事 実 で あ る 。 「ど う して 神 は悪 を黙 認 す る の か 」 とい う疑 念 も 出 て く る。 し か し、 そ れ で も純 粋 に 神 を信 仰 をす る 人 々 が 多 数 い る こ とも ま た 事 実 で あ る した が っ て 、 プ ラ ンテ ィ ンガ の 護 教 論 は そ う した人 々 に光 明 を も た らす も の と考 え る 。 さて 、 次 の 章 で は プ ラ ンテ ィ ン ガ の 「 可 能 世 界 」 論 と龍 樹 『中論 』 の 否 定 論 証 とを 比 較 吟 味 した い 。. 4.プ. ラ ン テ ィ ン ガ の 「可 能 世 界 」論 と龍 樹 『中 論 』の 否 定 論 証. プ ラ ンテ ィ ン ガ に よ れ ば 「可 能 世 界 」 とは 、 〈 物 事 が そ う あ り え た在 り 方 〉 で あ っ た 。 そ して そ の 論 理 は 、 命 題 間 の 整 合 性 を さ ま ざ ま な 可 能 事 態 を 想 定 して 、 例 え ば 命 題Pと. 命 題qの. 両 者 を 含 意 す る よ うな 命 題rを. 見出. し、 そ の命 題 を付 加 す る こ と に よ っ て 、 命 題 間 の整 合 性 を論 証 す る作 業 で あ った 。特 に プ ラ ンテ ィ ンガ の場 合 は 、 さま ざ ま な 可 能 事 態 で も、 広 い 論 理 的 な 可 能 事 態 を駆 使 して い た と考 え る。 した が っ て 、 命 題rが. 物理 的 に. 不 可 能 で 「現 実 世 界 」 で あ りえ な い 事 態 で あ って も 、 論 理 的 に 可 能 で あ れ ば 命 題 と して 成 り立 つ の で あ る。 こ の 場 合 、 命 題 が真 で あ る か 否 か は 問 わ れ な い 。 問 わ れ る の は 命 題 間 の 整 合 性 を築 け るか 否 か で あ る 。 以 上 が プ ラ ンテ ィ ンガ の 「可 能 世 界 」 論 で あ る が 、 次 に龍 樹 『中論 』 の 否 定 論 証 に つ い て述 べ る こ と にす る 。 こ の否 定 論 証 に つ い て は 瓜 生 津 隆 真 氏 の 『龍 樹‑空 い る。. の 論 理 と菩 薩 の 道 』(大 法 輪 閣 、2006年1月)を. 参 照 して. 67.

(15) 68. 龍 樹 の 『中 論 』 に お け る否 定 論 証 は 縁 起(相. 互 依 存 性 に よ る生 起)や. 縁. 起 関係 にあ る一切 の事物 、 「 可 能 世 界 」 論 で い え ば 「現 実 世 界 」 が 矛 盾 を 含 ん で い る とい うこ と を徹 底 して 検 証 しよ う とす る もの で あ る。 そ の 否 定 論 証 が 検 証 す る矛 盾 は 多 岐 に わ た っ て い る が 、 二 点 に 集 約 す る こ とが で き る。 一 つ は相 互 依 存 性 に お け る循 環 的 矛 盾 で あ る 。 これ は 、AはBに て 成 立 し、BはAに. よっ. よ っ て成 立 す る とい う相 互 依 存 性 にお け る矛 盾 で あ っ. て 、 この 場 合 、 相 関 関 係 に あ るAとBと. の 間 にお い て 、Aが 成 立 す るた め. に はBが 成 立 して い な けれ ば な らず 、 ま たBが 成 立 す る た め に はAが 成 立 し て い な くて は な らな い 。 と こ ろ でAま. た はBが 成 立 して い る とす る と 、. 相 関 関 係 は必 要 で は な く、 相 互 依 存 性 そ の もの は成 立 し な い 。 した が っ て 、 論 理 的 に はAとBと. の 関 係 は 無 限 の循 環 に お ちい っ て し ま うの で あ る。 こ. の こ とは 相 互 依 存 性 が 矛 盾 的 で あ っ て 、 成 立 しな い こ と を意 味 す る 。 こ の 相 互 依 存 性 に お け る 矛 盾 は 、 『中 論 』 の 「 観 去 来 品 」 第 二(去 る こ との 考 察)で. る こ と と来. 見 る こ とが で き る 。. (1) ま ず 第 一に 、 す で に去 っ た 〔も の 〕(已 去)は ま だ 去 らな い 〔も の 〕(未 去)も. 去 らな い 。 〔 つ ぎ に 〕、. 去 ら な い 。 す で に 去 っ た 〔もの 〕 と ま. だ 去 らな い 〔も の 〕 と を離 れ て 、 現 に 去 りつ つ あ る 〔も の 〕(去 時)は 去 らな い41。 こ の第‑偈. は 明 らか に 「 現 実 世 界 」 で は 物 理 的 に考 え られ な い 事 態 で あ る 。. 当 然 な が ら反 論 が 予 想 され る 。 第 二 偶 は そ の 反 論 で あ る。 (2) 〔 去 る〕運動 の 〔 有 る 〕 とこ ろ 、 そ こに 去 る こ と(去)は そ して 、 そ の 運 動 は 、 現 に 去 りつ つ あ る 〔も の〕(去 時)に. 〔 有 る〕。 〔有 り〕、 す. で に 去 っ た 〔も の 〕 に は 無 く、 ま だ 去 らな い 〔も の 〕 に も無 い 。 そ れ ゆ え 、 現 に去 りつ つ あ る 〔も の 〕(去 時)に 第 二 偶 は 明 らか に運 動(A)が. 、 去 る こ と(去)は. あ っ て 去 る こ と(B)が. 〔 有 る 〕42。. あ る とい う相 関 関. 係 を述 べ て い る。 こ こで 反 対 者 は 「 現 実 世 界 」 の 領 域 で 運 動 を と らえ て い る 。 す な わ ち 、 時 間 を 平 面 的 に と ら え て 、 過 ぎ去 っ た 領 域 とい ま だ 過 ぎ 去 っ て い な い領 域 とに 分 け 、 そ の 境 界 す る と こ ろ を現 に あ る と こ ろ と考 え て 、 そ こ に現 に 歩 かれ る運 動 が あ る と し て い る。 しか し、 第 三 偶 に お い て 龍 樹 は 第 二 偶 が 論 理 的 に矛 盾 す る こ と を指 摘 す る。 (3) 現 に 去 りつ つ あ る 〔も の〕(去 時)に らき(去 法)が. 、 実 に 、 ど う して 、 去 る は た. 成 り立 ち え るで あ ろ うか 。 現 に去 りつ つ あ る 〔も の 〕 に、.

(16) プ ラ ン テ ィ ンガ 批判‑仏. 教 の視 座 か ら‑. 二 つ の 去 る は た ら き は 、 成 り立 た な い か らで あ る43。 現 に 去 りつ っ あ る も の に 去 る とい うこ とが あ る とす る と、 現 に去 りつ つ あ る もの 自体 の 去 る とい う こ と の 中 に 、 更 に 去 る とい うこ とが あ る こ と に な り、 そ れ で は 一 つ の 去 る とい うこ と に二 つ の 去 る とい うこ とが あ る とい う 矛 盾 と な っ て 、 そ れ は認 め られ な い か ら、 現 に去 りつ つ あ る も の に 更 に去 る とい うこ と と は あ りえ な い と否 定 す る の で あ る 。 この よ うに 自己 の 説 を た て る こ とな く、 反 対 者 の 主 張 を取 り上 げ て 論 理 的矛 盾 が付 随 す る こ と を 指 摘 して 反 論 者 の 主 張 を否 定 す る論 法 が 「プ ラサ ンガ 論 法(非. 定立 的帰謬. 論 法)」 とい わ れ て い る 。 も う一 つ は 因 果 関 係 に お け る 同 一 性 と別 異 性 との矛 盾 で あ る。 これ は 、 因果 関 係 に お い て 最 も典 型 的 に 見 る こ と が で き る。 現 象 の世 界 にお い て 、 た と えば 種 子 か ら芽 が 出 る とい う場 合 、 因 で あ る種 子 か ら果 で あ る芽 へ と 事 物 が 移 行 す る こ とが 認 め られ る。 しか し思 惟 の世 界 に お い て は、 因果 関 係 は 論 理 的 に 因 と果 とい う両 項 の 関係 に お け る移 行 あ るい は 変 化 に還 元 さ れ 、 そ の 両 項 の 同一 性 と別 異性 が 問 わ れ る こ と に な っ て 、 同 一 で あ っ て も 別 異 で あ っ て も因 果 関 係 は論 理 的 に矛 盾 し、成 立 しえ な く な る の で あ る。 以 上 の 二 つ の 矛 盾 を徹 底 的 に 検 証 す る の が 否 定 論 証 で あ る が 、 具 体 的 に は 「現 実 世 界 」 に お け る有 無 に と らわ れ て い るわ れ わ れ の 考 え 方 を徹 底 的 に否 定 し、 そ の 否 定 を 論 理 的 に 明 らか に して い く の で あ る。 この 否 定 論 証 は 「空 の 論 理 」 あ る い は 「空 の 否 定 論 証 」 と呼 ば れ て い る。 こ の 因 果 関 係 に お け る 同 一 性 と別 異 性 との 矛 盾 に つ い て は 『中 論 』 の 「観 燃 品 」 第 十 (火 と薪 との 考 察)で. 見 る こ とが で き る。. (1) も し も 「お よ そ 薪 は す な わ ち火 で あ る 」 とい うな らば 、 行 為 主 体 と行 為(業)と は 同 一 で あ る 、 とい う こ と に な る だ ろ う。 ま た も し も 「お よ そ 火 は 薪 とは 異 な っ て別 で あ る」 と い う な らば 、 〔 火 は〕薪 を離 れ て も、 存 在 す る こ と に な る で あ ろ う44。 第 一 偈 で は 火 と薪 の 因果 関 係 に お け る 同 一 性 と別 異 性 が 取 り上 げ られ 、 火 と薪 が 同 一 で あ る とす る と、 燃 え る とい うこ と と燃 え て い る も の と が 同 じ とい う こ と に な っ て しま い 、 ま た 、 別 異 で あ る とす る と、 薪 を離 れ て も火 が あ る とい うこ と に な っ て しま うか らで あ る。 現 実 に は燃 えて い る とい う 現 象 が あ るだ け で あ る が 、 そ の現 象 を見 て 、 火 が 燃 え て い る、 あ る い は薪 が 燃 え て い る とい う。 そ う して火 が 有 る とか 、 薪 が 有 る とか と考 え 、 火 と. 69.

(17) 70. 薪 との 間 に 同 一 ・別 異 を立 て て 、 そ れ を論 理 的 に検 証 し よ う とす る の で あ る。 「 空 の 論 理 」 は こ の よ うな 思 考 の あ りか た に対 して 、 徹 底 した 否 定 論 証 を駆 使 して 龍 樹 に対 す る反 論 を批 判 す る の で あ る 。 以 上 が 、 龍 樹 『中論 』 の 否 定 論 証 の 大 枠 で あ る。 こ の 龍 樹 『中 論 』 の 否 定 論 証 は 、 前 述 の 通 り、 龍 樹 に 対 す る反 論 の矛 盾 を衝 く こ とに よ っ て そ れ を こ とご と く否 定 す る 方 法 で あ る。 そ れ に対 し、 プ ラ ンテ ィ ンガ の 「可 能 世 界 」 論 は 命 題 間 の矛 盾 を指 摘 す る反 論 に対 し、 あ らゆ る可 能 事 態 を 想 定 し、 そ の 中 か ら矛 盾 す る命 題 間 に整 合 性 を与 え うる命 題 群 を抽 出 し、 そ の 命 題 群 に 組 み 入 れ る こ と に よ っ て 、 命 題 間 の矛 盾 を解 消 す る方 法 で あ っ た 。 さ て 、 両 者 の 論 証 を 比 較 検 討 す る こ と にす る。 一 見 す る と全 く方 法 が 相 違 し て い る よ うに 思 え る が 、類 似 点 を 見 出 す こ と が で き る。 第 一 は 、 そ れ は 両 者 と も論 理 的 に 可 能 な世 界 を駆 使 して い る こ とで あ る。 した が っ て 、 あ る命 題 が 「 現 実 世 界 」 に お い て 物 理 的 に不 可 能 で あ っ て も論 理 的 に 可 能 で あれ ば 、 そ の 命 題 は 成 り立 つ の で あ る 。 『中 論 』 に お い て 「 去 るもの は 去 らな い 」 とい う命 題 は 「 現 実 世 界 」 で は成 り立 た な い 。 しか し、 論 理 的 に は成 り立 つ の で あ る。 ま た 、 「 神 は全 知 で あ り、 全 能 で あ り、 全 善 で あ る」 と 「悪 が 存 在 す る 」 と い う二 つ の 命 題 間 は 「 現 実世 界 」 で は 成 り立 た な い が 、 前 述 の 通 り、 論 理 的 に は 成 り立 つ の で あ る。 こ こ ま で い え ば理 解 で き る と思 うが 、 龍 樹 の論 証 も 方 法 こそ 違 うが 、 「可 能 世 界 」 論 と考 え る こ と が で き る。 第 二 は 、 両 者 と も 自己 の 主 張 を 立 て る こ と な く反 論 の矛 盾 を解 消 し よ う と試 み て い る点 で あ る。 な ぜ な ら、 前 述 の 通 り両者 とも 、 反 論 を取 り上 げ て そ れ を 議 論 の題 材 に して い る か ら で あ る。 次 に 相 違 点 で あ る が 、 前 述 の 通 り、 「可 能 世 界 」 論 の 体 現 の 仕 方 が違 う とい う こ とで あ る。 この よ うに 、 似 通 っ た 論 理 を持 つ 両 者 で あ る が 、 「可 能 世 界 」 論 とい う点 か ら見 る と、 プ ラ ンテ ィ ンガ の 「可 能 世 界 」 論 に は 問 題 が あ る よ うに 考 え る 。 そ の 問題 とは プ ラ ン テ ィ ン ガ の 場 合 、 論 理 的 可 能 な 世 界 の 中 で の 議 論 を して い る に も か か わ らず 、 あ る 一 つ の命 題 を立 証 す るの に 、 「 現 実 世 界 」 の 例 を 使 用 して い る こ とで あ る。 こ の よ うな 立 証 を す れば論理 的可能 な世界 と 「 現 実 世 界 」 と の 間 を 行 っ た り来 た りす る こ と に よ っ て 論 理 の純 粋 性 が 失 われ る可 能 性 が あ る 。 し か も この 立 証 方 法 こ そ 彼 の 論 証 の 大 き な 難 点 で あ る と考 え る 。 そ れ に 対 し、龍 樹 の 否 定 論 証 は 「 現 実 世 界 」 を こ とご と く否 定 す る こ と.

(18) プ ラ ンテ ィ ン ガ批 判‑仏. 教 の視 座 か ら‑. に よ って45、 論 理 的 可 能 な 世 界 を 体 現 して い る とい え る。 そ の体 現 に よ っ て 一 切 は 空 で あ る とい うこ とを 立 証 し よ う と して い る 。 で は 空 と は何 か 。 『中 論 』 の 「観 四 諦 品 」 第 二 十 四 の 第 十 八 偈 に 「 空 は 縁 起 で あ る46」 と い っ て い る。 縁 起 に つ い て は第 十 九 偈 で 相 互 依 存 の 関係 性 が述 べ られ て い る の で47、 縁 起 とは 相 互 依 存 の 関 係 性 で あ る と考 え られ る 。 た だ し、 こ の 相 互 依 存 の 関係 性 は龍 樹 の 厳 格 な 論 理 に 基 づ い て い る 。 論 理 は 言 語 を 介 し て 行 われ て い る 。 した が っ て 、 龍 樹 は 「 現 実 世 界 」 に お け る存 在 論 を こ と ご と く破 壊 して 言 語 世 界 へ と還 元 した の で は な い か 。1の. 繰 り返 し に な る. が 、 黒 崎 宏 氏 に よれ ば ウ ィ トゲ ン シ ュ タ イ ン 的 に 解 釈 す る と 「 縁 起 」 とは 言語 にお ける 「 意 味 的 諸 関 係 」 に ほ か な らな い の で あ る48。 した が っ て 、 世 界 はす べ て の も の が 意 味 的 に つ な が り あ っ た 〈 言 語 ゲ ー ム の世 界 〉 と し て 理 解 され な けれ ば な らな い 。 ち な み に 、 黒 崎 宏 氏 に よれ ば 言 語 ゲ ー ム と は、 「 言 語 と行 為 とが 織 りな す 世 界 を意 味 す る 。 言 語 ゲ ー ム は 一 い か な る ゲ ー ム も、 そ れ に 先 立 っ て 存 在 す る実 体 の 世 界 を 写 す の で は な く、 そ れ 自 体 が あ る 意 味 で 実 在 す る 一 つ の世 界 を構 成 す る よ う に一 一 つ の 世 界 を構 成 して い る の で あ る 。 そ して 、 そ こ に お い て は 、 す べ て が意 味 的 につ な が っ て い る49」 の で あ る 。 ま た 、 こ の こ とか ら、 言 語 ゲ ー ム と大 乗 仏 教 が 実 体 を 否 定 す る とい う点 で 一 致 して い る こ とが 理 解 で き る。 以 上 の こ とか ら、 論 理 に 関 して は 、 龍 樹 の 否 定 論 証 の ほ うが プ ラ ンテ ィ ンガ の 「可 能 世 界 」 論 と比 較 す る と純 粋 性 が あ る と考 え られ るの で あ る。. 5.お. わ りに. この 論 文 は 、 プ ラ ンテ ィ ンガ の 「可 能 世 界 」 論 を駆 使 した護 教 論 を龍 樹 の 『中論 』 の 論 理 と比 較 検 討 す る こ と に よ っ て 批 判 的 に 考 究 す る こ とが 目 的 で あ っ た 。 そ の結 果 、 前 者 は 論 理 の 純 粋 性 に 難 点 が あ る とい うこ とが 理 解 で きた 。 だ か ら とい っ て 、 決 して後 者 に劣 る も の で は な い と考 え る 。 な ぜ な ら、 「 去 る も の は去 らな い 」 な ど、 「 現 実 世 界 」 で は あ りえ な い 偈 頒 が 散 見 され る こ とか ら、 非 常 に 難 解 な龍 樹 の 『中 論 』 に 「可 能 世 界 」 論 の 光 を あ て る と、 そ れ らの 偈 頒 が 論 理 的 に 可 能 な 事 態 で あ る こ とが 容 易 に理 解 で き る よ うに な る か らで あ る 。 そ れ に 「 可 能 世 界 」 論 は 非 常 に新 しい 論 理 で歴 史 も浅 い 。 した が っ て 、龍 樹 の 厳 格 な 否 定 論 証 を取 り入 れ れ ば 更 な る. 71.

(19) 72. 発 展 が 期 待 で き る の で は な か ろ うか 。. (佛教文化 学会会員) 注 1. A. 2. 草 書 房 、1995年11月)199〜202頁 Alvin Plantinga , God, Freedom,. 3. .プ. ラ ンテ ィ ンガ. 『神 と 自 由 と悪 と‑宗. 5 6. 同 上. 7. 同 上. 8. 同 上. 9. 同 上. 10. 同 上. 11. 同 上. 12. 同 上. 13. 同 上. 14. 同 上. 15. 同 上. 16. 同 上. 17. 同 上. 18. 同 上. 19. 同 上. 20. 同 上. 21. 同 上. 22. 同 上. 23. 同 上. 24. 同 上. 25. 同 上. 26. 同 上. 27. 同 上. 28. 同 上. 、189頁. 。. 、189〜195頁 、49〜51頁 、56〜57頁. 。. 、194頁. 。. 、202頁. 。. 、vii頁. 。. 、11〜41頁 、11頁 、13頁. 。 。. 。. 。 。. 、9頁. 。. 、9頁. 。. 、197〜199頁 、14頁. 。. 、32頁. 。. 、32頁. 。. 、32〜33頁 、33頁. 。. 、34頁. 。. 、34頁. 。. 、34頁. 。. 、34頁. 。. 、34〜35頁. 。. 。. 。. 教 の 合 理 的 受 容 可 能 性 』(勁. 。 and. Evil. Company,1977)、 邦 訳 『神 と 自 由 と悪 と‑宗 黒 崎 宏 『ウ ィ トゲ ン シ ュ タ イ ン か ら龍 樹 へ‑私 vi頁 。 同上 、vi頁 。 『神 と 自 由 と悪 と‑宗. 4. 星川啓慈訳. (William. B.. Eerdmans. Publishing. 教 の合 理 的 受 容 可能 性 』 説 「中 論 」』(哲 学 書 房 、2004年8月). 教 の 合 理 的 受 容 可 能 性 』、194頁. 。.

(20) プラ ン テ ィ ンガ 批 判‑仏 29. 同 上. 30. 同 上. 31. 同 上. 32. 同 上. 33. 同 上. 34. 同 上. 35. 同 上. 36. 同 上. 37. 同 上. 38. 同 上. 39. 同 上. 40. 同 上. 41. 三 枝 充悳 訳 注. 42. 同上. 43. 同上. 44. 、36〜37頁. 。. 、36頁. 。. 、37頁. 。. 、38頁. 。. 、204頁. 。. 、206頁. 。. 、30〜31頁. 。. 、31頁. 。. 、66頁. 。. 、43頁. 。. 、35頁. 。. 、206〜207頁. 、119頁. 。. 、121頁 『中 論(中)』. 。. 。. 『中 論(上)』(第. 45. 、311頁 S . Radhakrishnan,. 46. 654〜655. 「お よ そ. 三 文 明社 レグル ス 文庫. 、1984年)117頁. 。. 。 Indian. Philosophy. (Oxford. University. press,. 、 縁 起 し て い る も の 、 そ れ を 、 わ れ わ れ は 空 で あ る こ と(空. れ は 、 相 待 の 仮 説(縁 47. 教 の視 座 か ら‑. っ て 想 定 さ れ た も の)で. 性)と. 1999)pp.. 説 く。 そ. あ り、 そ れ は す な わ ち 、 中 道 そ の も. の で あ る の(『 中 論(下)』 、651頁 。) 「ど の よ うな 〔も の 〕(法)で あろ うと 、 縁 起 し な い で 生 じ た も の は 、 存 在 しな い 。 そ れ ゆ え 、 実 に 、 ど の よ うな. 〔も の 〕(法)で. 48. い 。」(『 中 論(下)』 、653頁 。) 『ウ ィ トゲ ン シ ュ タ イ ン か ら 龍 樹 へ‑私. 49. 同上. 、19頁 。. 設. あ ろ うと、 空 で ない もの は 、存 在 しな 「中 論. 」』、21頁. 。. 73.

(21)

参照

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