「学級力」の基盤形成としての哲学リテラシー育成プログラム その1
木村競*
(2012 年 11 月 16 日受理)
The Educational Programs on Philosophical Literacy
for the Foundation of Child Human Relationships in the Class(1)
Kiso KIMURA*
(Received November 16, 2012)
はじめに
我々の研究グループ1)は「「学級力」を基盤とした学力向上モデルの構築」という課題の下,子 どもの社会集団である「学級」の力を活用し,「社会的つながり」を自ら維持・発展できるように教育・
指導を行うことで,広い意味での学力を向上させるプログラム,実践モデルを構築しようとしてい る。そのような当グループの研究にとって,「子どものための哲学」を中心とする,世界および日 本における小学校,中学校段階での哲学教育の動きはきわめて興味深い。
本稿は,日本の哲学・倫理学研究界における初等・中等教育での哲学・倫理学教育への関心の高ま りを整理し,特に「子どものための哲学」という方向での実践を行っているグループの活動を紹介し,「学 級力」の基盤形成としての哲学リテラシー育成プログラムを構築するための準備を行うものである。
1 哲学系諸学会,哲学研究者達の動き 1-1 哲学系諸学会からの関心
哲学・倫理学に関する日本国内で最も多くの会員を有する二つの学会,日本哲学会および日本倫 理学会では,2009年度より研究大会で,初等・中等教育での哲学・倫理学教育およびそれに類す るテーマの下でワークショップ型討議を行っている。
茨城大学教育学部哲学・倫理学研究室(〒310-8512 水戸市文京2-1-1; Laboratory of Philosophy & Ethics, College of Education, Ibaraki University, Mito 310-8512 Japan).
〔付記〕本稿は、科学研究費補助金 基盤研究(C)一般「「学級力」を基盤とした学力向上モデルの構築」(2011
~2013年度、代表;茨城大学・木村競)による成果の一部である。
*
<日本哲学会>
・2009年度第68回大会(慶應義塾大学・三田キャンパス)
5月18日ワークショップ「高等学校『倫理・哲学』教育の現状と課題」
自由課題発表「小中教育における哲学教育の可能性-世田谷区の教科「哲学」の取り組
みを中心-」
・2010年度第69回大会(大分大学)
5月16日ワークショップ「高等学校の「哲学・倫理」教育で何をどのように教えるか―大学での 哲学教育・教養教育と高校教育との連携に向けて」
・2011年度第70回大会(東京大学・本郷キャンパス)
5月15日ワークショップ「「高校生」にどんな哲学的かかわりができるか-現代社会における高 等学校「哲学・倫理」教育」
・2012年度第71回大会(大阪大学・豊中キャンパス)
5月11日ワークショップ「小中学校における哲学教育と教員養成」
<日本倫理学会>
・2009年度第60回大会(南山大学)
10月16日ワークショップ「初等・中等教育に対する倫理学の貢献可能性」
・2010年度第61回大会(慶應義塾大学・三田キャンパス)
10月8日ワークショップ「初等・中等教育に対する倫理学の貢献可能性」
10月9日主題別討議「道徳(徳)は教えられうるか―初等・中等教育における道徳教育について-」
・2011年度第62回大会(富山大学)
9月30日ワークショップ「初等・中等教育に対する倫理学の貢献可能性」
(なお日本倫理学会では2006年度より道徳教育についてワークショップも開いてきた)
これらをふまえて以下の公開シンポジウムも開かれている。
2010年11月28日(日本学術会議講堂)
「哲学・倫理・宗教教育はなぜ必要か-初等・中等教育における哲学・倫理・宗教教育の意義と 可能性」
主催:日本学術会議哲学委員会 日本哲学系諸学会連合 日本宗教研究諸学会連合 後援:哲学系4学会高校公民科教育連絡会
企画:日本学術会議哲学委員会哲学・倫理・宗教教育分科会 1-2 小・中学校での哲学教育実践グループの活動
上記,学会ワークショップ等で,哲学研究者たちが自らの小・中学校での哲学教育実践について 論じたものは以下である。時系列で列挙する。
<日本哲学会>2009年度第68回大会(慶應義塾大学・三田キャンパス)
5月18日自由課題発表「小中教育における哲学教育の可能性-世田谷区の教科「哲学」の取り 組みを中心-」(土屋陽介,村瀬智之,山田圭一)
<日本倫理学会>2009年度第60回大会(南山大学)
10月16日ワークショップ「初等・中等教育に対する倫理学の貢献可能性」における 提題「道徳教育における哲学の貢献可能性」(村瀬智之,山田圭一,土屋陽介)
<日本哲学会>2012年度第71回大会(大阪大学・豊中キャンパス)
5月11日ワークショップ「小中学校における哲学教育と教員養成」における
報告「小学校での哲学対話教育の成果」(河野哲也,土屋陽介,村瀬智之)
前二者は,東京都世田谷区が2007年度から独自に創設した中学校1・2年生の教科「哲学」の 授業実践に参加したことに基づいており,後一者は以下の授業実践に基づいている。
立教小学校(私立男子校)5年生 2011年10月14日,17日,18日 玉川小学校(私立共学校)4年生 2011年11月14日,21日,28日 開智中学校(私立共学校)1年生 2012年4月より年間14回(継続中)
1-3 哲学教育と教員養成
上記,学会ワークショップ等で教員養成教育が言及されたことは度々あるが,主題的に取りあげ られたのは以下のみである。
<日本哲学会>2012年度第71回大会(大阪大学・豊中キャンパス)
5月11日ワークショップ「小中学校における哲学教育と教員養成」における
報告「初等・中等学校で哲学を教える教員の教育―オーストラリアから考える」
(Tim Sorod:タスマニア初等・中等学校哲学協会会長)
報告「教員養成系大学における「哲学教育」」(森秀樹:兵庫教育大学)
前者は小中学校における哲学教育の先進地とも言えるオーストラリアでの「初等・中等学校で哲 学を教える教員」をどのように養成しているかに関する報告,後者は教員養成系大学での哲学教育 の実践報告である。
1-2で紹介した報告も含め,この日本哲学会第71回大会ワークショップ(2012.5.11)の資料等は,
日本哲学会のWEBサイト http://philosophy-japan.org/ にアップされている。
1-4 「子どものための哲学」
この論考で言う「小中学校における哲学教育」は世界的には「子どものための哲学 Philisophy
for Children 」と呼ばれている流れに属していると言ってよい。
これは,1970年代にアメリカの哲学者マシュー・リップマン Matthew Lipmanによって,1970 年 代 に 提 案 さ れ, 始 め ら れ た も の(M. Lipman, Philosophy in the Classroom, Temple University
Press,1980.)。現在ではアメリカをはじめ,ヨーロッパや南米,アジア各国,オーストラリアなど
世界各国で,対話型の教育,教科横断的な学習法や市民教育の一環として実践されている。時に P4Cと略記される。
このような流れから現在の日本の「小中学校における哲学教育」「子どものための哲学」の動向 まで,以下の三つのWEBサイトが役に立つ。
「子どものための哲学教育研究所」
http://www.geocities.jp/philosophical_education/practice.html 先述の山田圭一,土屋陽介,村瀬智之の三氏によるもの。
「こどものための哲学」
http://web.mac.com/tricot_/iWeb/pc/A144DC78-4C31-4629-BB56-FBB45AEA4EB0.html
大阪大学文学部臨床哲学研究室およびコミュニケーションデザイン・センターの本間直樹氏によ るもの。
「初等・中等教育における哲学教育推進のための理論的・実践的研究」
http://pweb.cc.sophia.ac.jp/tterada/philed/about_us.html
上記四氏も含む以下のメンバーによる科研費グループのWEBサイト。日本の哲学・倫理学研究 者でこの実践に積極的にかかわっている人の多くが含まれている(ただし,高校の「倫理」等にお ける哲学教育を模索している層はもっと厚い)。
■ 研究メンバー(五十音順)
<研究代表者>
寺田俊郎 上智大学文学部 教授
<研究分担者>
河野哲也 立教大学文学部 教授
豊田光世 兵庫県立大学環境人間学部 講師 直江清隆 東北大学大学院文学研究科 准教授 中岡成文 大阪大学文学部 教授
本間直樹 大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 准教授 森 秀樹 兵庫教育大学大学院学校教育研究科 准教授
山田圭一 山形大学人文学部 准教授
<研究協力者(研究補助員)>
高橋 綾 大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 招聘教員 土屋陽介 茨城大学非常勤講師/日本大学文理学部人文科学研究所研究員 村瀬智之 千葉大学大学院人文社会科学研究科 博士課程
2 小学校,中学校段階での哲学教育の意義
2-1 市民性と他の知識・能力の基礎となる批判的・反省的・協働的な知的能力の育成
こういった試みの中で,初等・中等教育での哲学・倫理学教育2)の意義・必要性について明示的 に述べているところを資料などから引用すると以下のようになる。
「市民形成の基礎としての哲学教育」(学術会議シンポジウム:直江清隆)
「「哲学の教育」は小学校,中学校の教育では排除されており,高校では「公民」の「倫理」
の領域に部分的に触れられているだけである。しかし,教育は根本的に「哲学の教育」で あり,あらゆる事柄の探求の方法として,世界の見方と生き方の方法として「哲学」は小 学校,中学校,高校のカリキュラムに機能的に導入される必要がある。哲学の教育なくし ては教科の知識は,学校の中心目的である教養を形成することはできない。」(学術会議シ ンポジウム:佐藤学)
「インフォームド・シチズンを育てる哲学教育」(2011年度日本哲学会:ダリル・メイサー)
「この拡大ピア・コミュニティに要求されるものこそ,科学リテラシーでは覆うことのでき ない哲学リテラシー,つまりは専門家の常識を問い直す「批判的判断力」にほかならない。
その意味で,哲学リテラシーは科学リテラシーと並んで「トランス・サイエンスの時代」
を生きるわれわれの市民的教養の不可欠の構成要素なのである。哲学教育が必要とされる ゆえんもままた,そこにあると言わねばならない。」(2011年度日本哲学会:野家啓一)
すなわち,他の知識や能力を得るための基礎であり,(社会に参加・参画する)市民に不可欠の 批判的判断力を含む方法的知を育てることが初等・中等教育での哲学・倫理学教育の意義であり,
必要性であるということである。
2011年度日本哲学会ワークショップ資料で野家も言及している,日本学術会議編『日本の展望
-学術からの提言2010』所収の「報告 哲学分野の展望-共に生きる価値を照らす哲学へ-」(日 本学術会議哲学委員会哲学の展望分科会)では,哲学・思想文化系の研究を通じて錬磨される知的 基礎能力として以下の三つをあげているが,それにとどまらず「これらの能力は広く言えば学術世 界内部の媒介機能を担い,さらには学術と生活世界の橋渡しに大きく貢献するきわめて重要な使命 を帯びている」と述べている。
①日常的な思考において自明視されてきた前提をも改めて問い直す根源的な「思索力」・「洞察力」
②広く他なる文化・価値観ないし他者の存在を受容し,理解し,共感しうる「想像力と感性」
③さまざまに異質な声を聞き分けつつ,自らの考えを他者に理解してもらえるような形で伝え,
あるいは他者に応答しうる「対話力」
これらの「知的基礎能力」は,初等・中等教育での哲学・倫理学教育においても身につき,「錬 磨される」ことが期待できる。
また,前述の「初等・中等教育における哲学教育推進のための理論的・実践的研究」のWEBサ イトhttp://pweb.cc.sophia.ac.jp/tterada/philed/about_us.html では,自らの研究のミッションを以下 のように示している。
この研究プロジェクトは,小・中・高等学校の中で哲学教育がもちうる多様な意義を明確化 し,その知見に基づいて小・中・高等学校での哲学教育を推進するための具体的なプログラム を構築することを目的としています。
この研究プロジェクトでは具体的には次の四つの課題に取り組んでいます。
(1) 小・中・高等学校での哲学教育の意義と方法にかんする基礎的・理論的研究
ユネスコ(1995年パリ会議「哲学にかんする宣言」)は,哲学教育に民主的社会における市 民の育成という意義を認め,小・中・高等学校での哲学教育もそのなかに位置づけています。
では,哲学教育はどのようにして市民性の涵養に資するのでしょうか?本研究プロジェクトで は,この点をさらに理論的に明確にすることを目標としています。
また,哲学教育にはそれ以外にも多様な意義があります。たとえば,思考・推論のプロセス を自覚的に思考する「反省的思考」,他者とともに対話を通じて思考する「協働的思考」といっ たものです。これらは,どの教科の学習にも必要とされる思考の技能ですし,それを涵養する ことによって,哲学教育は基礎学力の向上に貢献することができます。
(2) 日本国内で萌芽的に試みられている小・中・高等学校での哲学教育の調査・研究およびそ れに携わる研究者・実践者との共同研究
まだ始まったばかりですが,日本国内においても小・中・高等学校での多彩な哲学教育の研 究が行われ実践されています。それらの研究や実践を調査・研究し,それに携わる研究者と実 践者が共同研究を行います。この共同研究によって,これまでの研究成果と実践経験とを共有 し,さまざまな方法論を検討・吟味するとともに,日本の教育現場の特性や現状も含め考量し ていきます。
(3) 海外で実施されている小・中・高等学校での哲学教育の調査・研究およびそれに携わる研 究者・実践者との共同研究
海外で実施されている小・中・高等学校での哲学教育の研究・実践にはすでに多くの蓄積が あります。それを調査・研究することによって多くの知見を得ることができます。また,この プロジェクトから生まれた成果を積極的に発信することによって海外の研究者・実践者から批 判と助言を得ることをも視野に入れて共同研究を行っていきます。
(4) 小・中・高等学校での哲学教育プログラムの作成および教育現場における試行を通じた 錬成
本研究が最終的な目標とするのは,小・中・高等学校での哲学教育のための具体的・実効的 なプログラムを提示することです。上記(1)~(3)をもとに教育プログラムを作成し,それ を教育現場で試行し,フィードバックを受けることによってより実効的なプログラムへと練成 していきます。
2-2 学級機能の維持と向上
日本哲学会第71回大会(2012.5.11)ワークショップ「小中学校における哲学教育と教員養成」
における「小学校での哲学対話教育の成果」(河野哲也,土屋陽介,村瀬智之)では,以下の授業 実践に基づいて,「対話型哲学の効果」について下表のようなものがあることを報告している。
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この「効果」特に②③④(シチズンシップ向上を除く)は,小中学校における哲学教育が先述の「市 民性の涵養」,「基盤的思考力の育成」以上の意義を持つことを示唆している。しかも,集団能力に ついても向上を認めている3)。
これらの点は,子どもの社会集団である「学級」の力を活用し,「社会的つながり」を自ら維持・
発展できるように教育・指導を行うことで,広い意味での学力を向上させるプログラム,実践モデ ルを構築しようとする,当グループの科研費研究にとってきわめて興味深い内容である。
3 「学級力」の基盤形成としての哲学リテラシー育成プログラム構築のために
以上からして,哲学教育,とりわけ思考の「協働性」を重視した「対話型哲学教育」は学級集団 の力を高め,集団としてもメンバー個人としても「学力」を含む能力を向上させることが期待できる。
以下,今後に必要な作業を述べる。
第一に,哲学教育の実践例を収集し検討することである。
先の河野哲也,土屋陽介,村瀬智之による「こどものための哲学」グループでは小,中学校にお ける哲学教育の実践についての「子どもの哲学研修会」も開催している。また,茨城県内ではつく ば市立小野川小学校の宮本豪教諭による小学校5年,6年での道徳の時間における哲学教育の実践 がつくば市教育研究会の報告集に掲載される予定である。
第二に,学校教育とは異なった場面における協働的な哲学的思考を参考にすることである。例え ば,東京大学大学院総合文化研究科・教養学部附属「共生のための国際哲学研究センター」(UTCP) 主催で2012年11月3日に開催されたワークショップ「哲学をすべての人に」においては,上記 のグループによりワークショップ「なぜ?を共有しよう-体験!子どもの哲学(P4C)」が行われ るとともに,兵庫県立大学の豊田光世氏によって佐渡ヶ島での地域作り作業における「談義」とい うコミュニケーション実践が報告され,「子どもの哲学」との異同が議論された4)。
第三に,これまでの学校教育における,学級の力を向上させる実践を検討して,哲学教育の実践 との異同を確認することである。我々の研究グループでは,既に,2011年8月に茨城大学教育学 部附属教育実践総合センター特任教授の岡部千草氏による大洗南中学校での国語教育と特別活動に おける実践とその意義についての報告を受け,2012年8月に金沢市立花園小学校校長の丁字智恵 子氏から学習環境整備と全校で取り組む言語活動について報告を受けた。
第四に,このような検討を統合して,「学級力」の基盤形成としての哲学リテラシー育成プログ ラムを開発し,実践による検証を行うことである。
注
1)科学研究費基盤研究(C)一般「「学級力」を基盤とした学力向上モデルの構築」(2011~2013年度,代表;
茨城大学・木村競).メンバーは木村の他,生越達(茨城大学教育学部):教育学,新井英靖(茨城大学教育学部): 障害児教育学,河田史宝(金沢大学人間社会研究域学校教育系):養護教育学の4名である.
2)日常的思考および学問的思考に対して,それらの思考の前提をあらためて問い直すこと,そして,「別なよ うに」思考する可能性と手がかりを探ることは通常「哲学」あるいは「哲学的思考」と呼ばれる.人間の行為・
活動に関するこのような思考を「倫理学」あるいは「倫理学的思考」と呼ぶ. つまり,倫理学を人間の行為・
活動に関する哲学としてとらえることが一般的であり,これらの学会においても同様の用語法となっている.
3)他の論文(「学校教育と倫理-教員養成における倫理学の役割- その5 教員にとっての倫理学的思考 の必要性と児童・生徒が行う倫理学的思考の意義」『茨城大学教育学部紀要(教育科学)』第61号,2012年,
429-435頁.)でも言及したが,初等・中等教育での哲学・倫理学教育の意義・必要性が語られる時,往往に
して初等・中等教育での哲学・倫理学教育は将来の(よき)生への準備であるかのような印象を与える.しかし,
その意義・必要性は「準備」としての意義・必要性にとどまるものではない.哲学の教育の必要性と可能性 はまさに児童・生徒の現在に関わるものである.
4)学校教育における哲学教育で教員が果たす役割を,より一般的な場面にも当てはまるように言い換えれば
「ファシリテーター」になる。この言葉を使って協働的な思考によって身につくものを個人に即して表現すれ ば,つまり自分で考えられる力がつくということは何かという問いに答えようとすれば,次のように言うこ とができる.それは,「自分以外の人,物,こと等,新しく出会うものが自分にとってファシリテーターになっ ていて,自分は自分以外のすべての人のファシリテーターになっていて,かつ自分が自分のファシリテーター になっている状態」である.