2011. 04. 05
(社)日本透析医会会員の皆様へ
(社)日本透析医会
会 長
山 㟢 親 雄
東日本大震災と福島第一原発事故による被災者の皆様に,心よりお見舞い申し上げます.
さて,(社)日本透析医会は,緊急時災害情報ネットワークや災害情報メールを通じて,被災施 設の情報収集や,支援体制に関する情報提供を実施してきました.特に,日本透析医学会と共同で 各県に災害コーディネーターを配置したことにより,体制の一元化が可能となりました.
こうした中,3月
25
日時点で1,306
人の方が県外へ避難され,この中には政府も関与し,仙台か ら札幌へ搬送された80
余人の患者さんも含まれています.また,3月24
日には,全国で17,570
人 の透析患者受け入れが可能となりました.患者搬送や患者受け入れ体制の確立については,多くの 行政担当者の協力もありました.現在は,(社)日本臨床工学技士会や日本腎不全看護学会と共同 で,食料・日常生活用品の被災地への配送や,ボランティア派遣の支援を続けています.ところで,被災地の状況は,TVや新聞で見る限り,生活環境も治療環境もまだまだ整っていま せん.被災した施設が復旧し,被災患者さんの生活が安定し,以前のような十分な透析が受けられ るまでには,まだまだ時間がかかります.(社)日本透析医会はこうした先を見据えた,息の長い 支援をしていきたいと覚悟を決めております.
被災地で献身的な透析医療を提供しておられる会員の皆様には,くれぐれもご自愛の上,今しば らくのご健闘を御願いする次第です.
また,被災地以外の全国の会員の皆様には,引き続き温かいご支援を御願いする次第です.
「がんばれ東北」
追記:福島第一原発事故後に,浄水場の水の放射線量が増加したという報道がありました.
(社)日本透析医会は日本透析医学会と共に,水道水中の放射性ヨード(I131)は,通常の透析に用
いる
RO(逆浸透)装置で除去されるため安全というコメントを流しました.その後,測定濃度も
低下しているようで安心しています.
目 次
巻 頭 言
支払い者による(保険)診療介入 日本透析医会会長 山 㟢 親 雄 1 追 悼
鈴木満先生 長い間ご苦労さまでした 日本透析医会会長 山 㟢 親 雄 3 透析医療における
Consensus Conference 2010
透析液ナトリウム濃度と糖濃度の変遷と到達点
福島県立医科大学腎臓高血圧内科 中 山 昌 明 櫻 井 薫 旭 浩 一 4 透析液アルカリ化剤の変遷とその到達点 日鋼記念病院腎センター 伊 丹 儀 友 10 透析液の
Ca
濃度の変遷と到達点 埼玉医科大学総合診療内科 中 元 秀 友 16 透析液中の微量有害成分 矢吹嶋クリニック 政 金 生 人 29 透析液の清浄化はどこまで求められるか 土谷総合病院 川 西 秀 樹 35 腹膜透析液の変遷と到達点 大分大学医学部附属病院腎臓内科 友 雅 司 42 医療安全対策もし透析の医師が感染症専門医を取得したら
―
透析医療における感染症マネジメントの重要性―
日本大学医学部内科学系総合内科学分野 矢 内 充 49 透析患者における
B
型肝炎ウイルスマーカー測定の意義信州大学医学部内科学第二 田 中 榮 司 55 実 態 調 査
第
14
回透析医療費実態調査報告日本透析医会適正医療経済部会/同常任理事会 太 田 圭 洋 杉 崎 弘 章 隈 博 政 篠 田 俊 雄 鈴 木 正 司 戸 澤 修 平 山 川 智 之
同適正医療経済部会 吉 田 豊 彦 村 上 秀 一
同常任理事会 山 㟢 親 雄 62 滋賀県における血液透析患者の血圧管理
―
滋賀スタッフ談話会参加施設におけるアンケート調査から―
近江八幡市立総合医療センター腎臓内科 八 田 告
滋賀医科大学内分泌代謝・腎臓・神経内科 宇 津 貴
市立長浜病院内分泌代謝内科・腎臓内科 西 村 正 孝
大津赤十字病院腎臓内科 前 田 咲弥子
守山市民病院内科 西 村 直 卓
社会保険滋賀病院腎臓内科 有 村 徹 朗
富田クリニック 富 田 耕 彬 76
日本透析医会雑誌 Vol. 26 No. 1 2011
わが国の
HIV
感染の実態とHIV
感染者の血液透析国立国際医療研究センター腎臓内科 日ノ下 文 彦 83 臨 床 と 研 究
血液透析患者の高い大腸憩室保有率 昨雲会飯塚病院附属有隣病院 羽 田 一 博 芳 賀 淳一郎 滝 浪 真 飯 塚 卓
済生会横浜市南部病院 高 野 祥 子 90 二次性副甲状腺機能亢進症に対する我々の副甲状腺摘除術
桃仁会病院 岩 元 則 幸 佐 藤 暢 西 田 雅 也 橋 本 哲 也 小 林 裕 之 山 崎 悟 所 敏 子 村 川 真悠子 迫 田 知桂子 西 村 眞 人 沖 野 功 次 今 井 亮 岡 本 ゆ う 小 野 利 彦
馬淵診療所 馬 淵 非差夫 足 立 尚 登 二 宮 幹 司
西陣病院 小 山 正 樹
京都第一赤十字病院 中ノ内 恒 如 95 透析患者の歯科的問題
―
歯科の立場から―
医療法人大誠会サンシャインM & Dクリニック歯科・歯科口腔外科 毛 利 謙 三
医療法人大誠会 松 岡 哲 平 101 血液浄化機能と効率
―
長時間透析・頻回透析・PD+HD併用療法・on-line HDFにおける解析―
湘南工科大学工学部人間環境学科 山 下 明 泰 108 重炭酸透析液再考 白鷺病院 山 本 忠 司 山 川 智 之 113 腎性高血圧の降圧治療
―
特に透析患者の薬物療法―
九州大学大学院包括的腎不全治療学 鶴 屋 和 彦 121 メスの向きはどうするか
―
動脈切開・静脈切開の方法―
大野記念病院泌尿器科 杉 浦 清 史 舟 尾 清 昭 杉 田 省 三 吉 本 充 和 田 誠 次
育和会記念病院泌尿器科 山 本 晋 史 128 透析患者の腰痛 桃仁会病院整形外科 今 井 亮
同 泌尿器科 岩 元 則 幸 小 野 利 彦
六地蔵総合病院整形外科 宮 本 達 也 132 そ の 他
仮想随談
―
透析室のDV
と寅さん―
東京女子医科大学名誉教授 杉 野 信 博 142 各支部での特別講演 講演抄録qqq22年度
《鹿児島》 透析患者における
C
型肝炎とその対策鹿児島大学大学院医歯学総合研究科消化器疾患・生活習慣病学 坪 内 博 仁 145
《北海道》 日本人が食べてきたもの 天使大学看護栄養学部栄養学科 山 口 敦 子 152
《北海道》 高齢者透析患者の栄養管理 川崎医科大学附属病院栄養部 市 川 和 子 154
《宮 城》 透析センターにおける感染症・感染対策
東北大学大学院感染症診療地域連携講座 國 島 広 之 157
公募助成論文
qqq21年度
血液透析患者におけるインドールアミン
2, 3
ジオキシゲナーゼ活性亢進と動脈硬化性病変,栄養障害,抑うつ症状および
QOL
との関連性について浜松医科大学附属病院血液浄化療法部 加 藤 明 彦
同 第二内科 鈴 木 勇 三 須 田 隆 文 千 田 金 吾
丸山病院内科 田 北 貴 子 古 橋 三 義
同 泌尿器科 丸 山 行 孝
浜松医科大学第一内科 菱 田 明 159 透析医のひとりごと
日本透析医会の設立(秘話) 医療法人名古屋記念財団 太 田 和 宏 167 貧血との戦い 国東循環器クリニック 國 東 公 明 170 た よ り
和歌山県透析医会だより 和歌山県透析医会会長 北 裕 次 172 宮崎県透析医会だより 宮崎県透析医会会長 藤 元 昭 一 176 常任理事会だより 日本透析医会常務理事 山 川 智 之 178 投稿規定 184
編集後記 広報副委員長 鈴 木 正 司 185 お知らせ
平成22年度公募研究助成の審査結果について 166
平成23年度透析療法従事職員研修のお知らせ((財)日本腎臓財団) 180 学会ご案内(H 23. 5月〜8月) 181
いま,社会保険診療報酬支払基金の審査がきわめて厳しくなっていると聞く.原因の一つは,電 子レセプト情報にあって,健保組合や支払基金事務方によるコンピュータチェックが容易になった ことによるとされる.「二次性副甲状腺機能亢進症」という病名ではなく,ICD分類に基づく「続 発性上皮小体機能亢進症」でなければ不可とするという指摘もあったとされる.同様に考えるなら,
「医科点数表の解釈」にも載っていて,とても便利に用いられている「透析困難症」という病名な どは,はなっから問題とされない時期がくる可能性もある.今ひとつは,都道府県別支払基金独自 の審査基準が排除され,全国的に統一されようとしており,もちろんその方向は,「医科点数表の 解釈」に規定された項目や,薬事法承認事項以外の,医師の裁量で可とされた部分が,ルール通り へと制限されることになる.
一方,かつて九州のある都市を本社とする大企業の健保組合が,組合員の受診を原則的に指定医 療機関とし,アクセスと契約医療施設を限定しようとしたことがある.近隣医師会の反対や,組合 員自身の猛反発にあって実現はしなかったが,トヨタ自動車が運営する病院での支払いは,1点あ たり
9
円になっていることは有名な話である.こうした例に見るように,支払い者は,医療保険給付を通じて診療に大きく関与してきたし,今 後一層,介入する部分は拡大するだろう.
ところで,政府管掌健康保険を,社会保険庁に代わって運営する全国健康保険協会(協会けん ぽ)が,透析に関する詳細なデータを集計公表した‡1)
.かつて必要に迫られ,一カ月あたりの透析
入院費用を調べたことがあったが,結局,大規模な調査結果は見当たらなかったが,ここでは(い とも簡単に)約81
万4
千円/月と報告されている.ちなみに,外来透析では月40
万9
千円となっ ており,日本透析医会が毎年実施する調査の22
年度分39
万8
千円とは,調査条件が異なことを考 えるなら,妥当な数字と考えられる.さてこの報告は,協会加入者のわずか0.089% が,総医療費
の
3.4% を使っているというセンセーショナルなマスコミ報道となったが,実は都道府県別の人工
透析費用や,入院期間別の費用が詳細に報告されている.もし透析医療費に関する都道府県格差を なくすとすれば,都道府県での審査を強化するよりも,すべてを包括化したほうが効率よく均等化 することができる……という資料になる可能性がある.
最後に,米国のメディケアによる透析の支払い方式が新しくなる‡2)
.人工腎臓点数は ESA
も包 括して一定額とし,質を維持するためにP4P(Pay for Performance)とよばれる支払い方式を導入
するもので,医療の質の指標として貧血管理と透析効率管理をあげている.具体的には,貧血管理 ではHb 10 g/dL
以下および12 g/dL
以上を,透析効率管理では尿素除去率65% 以下を透析の質が
悪いと定義し,こうした患者比率に応じて,支払いを減額する方式である.かつて米国では,ESA巻 頭 言
支払い者による(保険)診療介入
(社)日本透析医会
会長
山㟢親雄
を包括したとき貧血管理が悪化したとされ,今回はこの歯止めとして
P4P
を導入するもので,支 払い側がどのように診療に介入するかという国家的実験である.ESA
が包括化されたが貧血の悪化は見られなかったわが国の透析医療の対極にあるものとして,先行きを見守る必要がある.
参考URL
‡1) http://www.kyoukaikenpo.or.jp/(→統計情報→医療費分析→人工透析に関する分析へと進む)
‡2) http://www.asn-online.org/policy_and_public_affairs/esrd-bundling.aspx
鈴木満先生 長い間ご苦労さまでした
どうしてそんなに急いで,人生を駆け抜けてしまわれたのでしょう.
振り返ってみますと先生は,早くに大学を去り,東京クリニックを立ち上げられ ました.その後も東葛クリニック病院から始まって,次々とサテライト施設を展開 され,独自の透析医療提供システムを確立されました.最終的には自施設を,急性 期医療を担う地域中核病院として,その存在を明確にされました.しかし,どれほ どの期間,確立されたシステムの院長や理事長にとどまっておられたのでしょうか.
躊躇することも,惜しむこともなく,いつの間にかそのすべてを後輩に譲り渡して しまわれました.そのことは,先生が小石川生まれで,神田明神に初詣するチャキ チャキの江戸っ子だから,宵越しの金を持つのを恥とする心意気に通じるものだっ たのでしょうか.いずれにしても,それらを受け継いだ後輩やスタッフの方々が,
先生の意志をついで生き生きと仕事をするさまを見せていただきますと,最初の計 画通りだったと快哉を叫んでいることでしょう.
また先生は,松戸市医師会,千葉県医師会の理事を経由し,2006 年からは日本 医師会常任理事を勤められました.自ら保険担当を希望され,中医協委員として 2008 年の診療報酬改定にあたられました.しかし医療に対して厳しい逆風が吹い た改定で,3.16% という史上最大の医療費下げ幅となり,甘んじてその責を一身 に受けられました.一方,透析に関しては,医師会や厚生労働省への了解を取り付 けたうえで,2002 年の診療報酬改定で廃止された時間区分を復活させました.医 療の質を向上させることとはいえ,一旦廃止された保険点数を復活させることは,
至難のわざと言われています.時間区分の復活は,わが国透析医療の成績が劣化す るのを間違いなく引き戻したことになり,その功績は特筆され,将来に語り継がれ るべきものです.
こうした一連の活動から,先生は,何よりもわが国透析医療の健全な発展に力を 注がれてきたと思われます.特に,日本透析医会の設立とその後の運営につきまし ては,先生抜きには考えられないことでした.1981 年に透析医療費が大幅に削減 され,これに危機感を抱いた志を一にする同志が集まり,都道府県透析医会連合会 が結成され,それが法人化するまでは,先生と,すでに故人となられました平澤由 平連合会長・太田裕祥副会長の業績です.本来なら,当然,日本透析医会会長とな るべきでしたが,固辞され専務理事のままでおられたのは,自施設の立ち上げと禅 譲に見るように,出来上がった組織の表面からは去るという美学の表れでしょうか.
奥様とともに窯場をめぐってぐい飲みやお茶碗を集めたり,江戸情緒を愛され,藍 綬褒章受賞のお祝いでは,木遣りが先導したり,お祝いの獅子舞は浅草の幇間が演 じたりと,まさに通人でした.考えてみれば日本透析医会の事務所が神田にあるのも,
先生と太田裕祥先生の江戸生まれに関係したためでしょう.日本透析医会の会議が 終わって,藪そばで,手前味噌とアナゴの白焼き,浅草のりで飲み,せいろの 2~3 枚を手繰る様は,私にとって,まるで時代小説を読むような楽しいひと時でした.
いま,発展し続けてきた透析医療も,間もなく患者数の増加が止まり,システム 全体として縮小するべき時期が迫っていると言われています.こうした時期にこそ,
先生のような変革をやすやすと乗り切ることができる創造的で活動的なリーダーが 必要とされたはずですが,今はそれもかないません.残されたものとして,少しで も先生の意志に沿うような,わが国透析医療のための活動を続けてゆく所存です.
どうかお見守りください.本当に長い間ご苦労さまでした.有難うございました.
(日本透析医会会長 山㟢親雄)
鈴木 満(すずき みつる)
【略歴】
昭和 16 年 11 月 5 日 東京都文京区に生まれる 昭和 44 年 3 月
東京医科大学卒業 昭和 48 年 3 月
東京医科大学大学院修了 昭和 48 年 4 月
東京クリニック開設 院長就任 昭和 54 年 11 月
医療法人財団松圓会理事長 平成 14 年 4 月
同法人名誉理事長
昭和 57 年 4 月~昭和 63 年 3 月 平成 6 年 4 月~平成 18 年 3 月 松戸市医師会理事
平成 4 年 6 月~平成 12 年 3 月 日本アフェレシス学会理事 平成 6 年 6 月
第 14 回日本アフェレシス学会大会長 平成 14 年 4 月~平成 18 年 3 月 千葉県医師会理事
平成 18 年 4 月~平成 20 年 3 月 日本医師会常任理事 昭和 62 年 7 月~平成 5 年 4 月 日本透析医会理事
平成 5 年 5 月~平成 14 年 4 月 日本透析医会専務理事 平成 15 年 5 月~平成 18 年 4 月 日本透析医会監事
平成 19 年 5 月~
日本透析医会顧問 平成 16 年 2 月
千葉県国民健康保険団体連合会 理事長顕彰
平成 17 年 11 月 日本医師会優功賞受賞 平成 19 年 4 月 藍綬褒章受章 平成 22 年 12 月 23 日 逝去(享年 69 歳)
要 旨
患者血漿ナトリウム(Na)濃度との較差により,
透析液は生体に対して
Na
負荷あるいは除去のいずれ にも作用する.したがって一部の患者においては,透 析液からのNa
負荷が透析中の血圧安定に寄与してい る一方,逆にNa
負荷により体液増加や血圧上昇が惹 起される例も存在する.透析液へのブドウ糖負荷は,透析中の血糖低下を抑制する一方,炎症・倦怠感を惹 起する可能性が指摘されている.本稿では血液透析液 における
Na
と糖濃度の最近の知見,課題をまとめる.1 透析液ナトリウム(Na)濃度 1-1 ナトリウム(Na)と水の生理学
Na
イオン(Na+)は血漿浸透圧を決定する主な物 質である.したがって,生体へのNa
負荷は浸透圧上 昇とそれによる飲水を介して細胞外液量を増加させるが,これに対応して体液の恒常性を維持する主要臓器 が腎臓である.この古典的な
Na・水生理学に対し,
生体には
Na
負荷を迅速に緩衝するシステムが備わっ ていることが最近の研究で明らかにされている.すな わち,間質組織に存在するプロテオグリカンが化学平 衡的にNa
+と結合することで,Naの浸透圧活性を抑 制するというものである(図 1)1).この機構により,
ある一定の範囲での
Na
+負荷あるいは喪失に対し,生 体は体液量とNa
+濃度の恒常性を維持することがで きる.減塩や食塩負荷による体液量の変動にはタイムラグ があり,また,高血圧にも食塩感受性と非感受性の二 つのパターンが指摘されているが,これらはこの皮下 組織における
Na
+緩衝作用が関与している可能性が あろう.無尿の透析患者では,Na負荷は鋭敏に体重 増加や血圧上昇に反映されるが,その反応には患者に より違いがある.このことも,この機序を踏まえれば透析医療における Consensus Conference 2010
透析液ナトリウム濃度と糖濃度の変遷と到達点
中山昌明 櫻井 薫 旭 浩一
福島県立医科大学腎臓高血圧内科
key words:血液透析,透析液,ナトリウム,ブドウ糖
Historical perspective and possible implications of sodium and glucose in dialysate Division of Nephrology and Hypertension, Fukushima University School of Medicine Masaaki Nakayama
Kaoru Sakurai Koichi Asahi
図 1 Na+緩衝系としての皮下細胞外器質(プロテオグリカン)の役割 細胞外液
プロテオグリカン
血漿 間質
Na Na Na Na
Na
Na+
+Na+ +Na+ Na+
理解しやすいと考えられる.なお,プロテオグリカン と
Na
+結合は,浸透圧刺激によりマクロファージか らVEGF
の産生を刺激してリンパ管新生が促される が2),これと慢性の Na
負荷の病態との関連について はこれからの課題である.1-2 透析患者と高血圧・Na
血圧と透析患者の生命予後には
J
カーブの関連が指 摘されている(reverse epidemiology)が,降圧薬に よる前向き介入研究のメタアナリシスでは,血圧コン トロールが心血管合併症罹患や患者予後に有効である ことが確認されている3).
現在,透析患者の高血圧はごく当たり前に観察され る状況にあるが(図 2)
,この病態には Na
過剰負荷が 主因の一つとなっているのは明らかである.その中で,透析液からの
Na
負荷がどの程度関わっているかは潜 在的な問題点かもしれない.この点について,フラン スのShaldon
らは4),自験例を踏まえて次のような興
味深いコメントをしているので引用する.「1960年代は,低効率の透析膜が中心であったた め,厳格な塩分制限(1日
5 g
未満)と低いNa
濃度(130 mmol/L)液での長時間透析を実施す る必要があったが,臨床的にはきわめて良好な血 圧管理が達成されていた.1970年代以降は,高 効率の透析膜が標準になるとともに,臨床現場で の塩分制限の重要度は相対的に低下し,Na濃度140 mmol
液でのより短時間の透析が主流となった.その結果,高血圧罹患例は珍しくなくなり,
降圧薬を処方される例もごく当たり前の状況にな った.」
また,最近,透析中の血圧上昇が患者予後に対して の独立した危険因子であることが話題となっている が5)
,この病態も Na
負荷との関連の中で検討すべき 新しい課題と考えられる.現在,透析液の
Na
濃度は140 mmol/L
が中心であ るが,以下,この濃度でのNa
動態と生体への影響に ついてまとめる.1-3 透析液 Na 濃度と生体の Na 出納
高
Na,等 Na,低 Na
濃度液の定義について考察す る.血漿
Na
濃度が140 mmol/L
である場合,血漿中には
6% の容量でコロイド蛋白・脂質が存在しているた
め,この濃度に対応する血漿水
Na
濃度は150 mmol/
L
となる.したがって,理論的には血液の活性Na
イ オン濃度は150 mmol/L
となるが,実際の活性Na
+濃 度は約140 mmol/L
である.これには透析膜自体の篩 効果(陰性蛋白による陽イオントラップによるNa
透 過性の低下)等が関与している6).この Gibbs-Don- nan
効果による透析膜でのドナン係数は約0.95
であ り,これによる活性濃度はΔ5〜10 mmol/L低下,結 果的に,活性Na
+濃度は約140 mmol/L
となる6, 7).
したがって,透析液Na
濃度140 mmol/L
は,透析液 と生体との間で濃度勾配によるNa
移動が無いiso-na- tric
なレベルと捉える事ができる.これによれば,140 mmol/L
以上であれば生体へのNa
負荷となるた図 2 本邦の透析患者の血圧
(日本透析医学会統計調査委員会:わが国の慢性血液透析患者の現況 2006年から作図)
<6060〜80〜
100〜120〜
140〜160〜
180〜200〜
220〜
% 50 40 30 20 10 0
収縮期血圧(mmHg)
n=193,545 mean:153.5 SD:24.2
<2020〜40〜
60〜80〜
100〜120〜
140〜
% 50 40 30 20 10 0
拡張期血圧(mmHg)
n=191,752 mean:78.5 SD:14.1
め高
Na
濃度,未満であれば生体から除去されるため 低Na
濃度と分類されるが,透析前の血漿Na
濃度は 患者によって違いがあり,上述の値で括ることはでき ない(図 3).
興味深いことに,透析前
Na
濃度は患者により違い があり,その変動は約2% 以内であることが報告され
ている6).これは,口渇刺激の閾値となる浸透圧レベ
ルは個々の例で違っていることを示している.例えば,ある患者の口渇閾値に相当する血漿
Na 濃度が 136 mmol/L,透析終了後の血漿濃度が 140 mmol/L
であ る場合,患者のNa
濃度が136 mmol/L
に希釈される まで飲水行動が促進される.したがって,透析前血漿Na
濃度が透析液Na
濃度より低い例では(口渇閾値 が透析液濃度より低い),透析液からの Na
負荷量が 増加し,このために透析液濃度との較差が大きいほど,透析間の体重増加は大きくなる8)
.一方,血漿 Na
濃 度が透析液濃度より高ければ,濃度勾配により生体か ら透析液側にNa
が除去され,また透析後の血漿Na
濃度が口渇刺激閾値より低いために飲水量も少ない傾 向となる.ただし,透析中の血圧低下が問題となる.1-4 体液・血圧管理不良例に対する治療戦略
(1) 低
Na
濃度透析液の検討上述したように,理論的には,口渇刺激や血圧低下 を軽減する臨床的に適切な透析液
Na
濃度とは,浸透 圧刺激閾値を反映する透析前Na
濃度である.このた め,現在の標準的な透析液Na
濃度140 mmol/L
は,比較的短時間で行われる透析中の血圧低下の発症予防 には効果的であるが,一方で,中長期的には慢性の
Na
負荷,高血圧の維持に作用する可能性がある.こ れに対して,体液管理・血圧管理が不良な例でのいわゆる低
Na
濃度透析液の検討が報告されている.140mmol/L
から段階的に135 mmol/L
まで低下させ,降 圧薬を減量・中止できたという報告や4),透析前の Na
濃度(浸透圧閾値)に透析液濃度を調整することで有 意な降圧を得た(図 4)という報告8)がされている.(2) テーラーメード
Na
濃度透析液の検討上述したように,個々の患者にとっての等
Na
液で 透析を行うことができるのなら,透析による生体へのNa
負荷は生じないため,透析間の体重増加の主因は 食事性Na
に限定される.この作業仮説に基づいたシ ステムの構築,検討が進んでいる.これはbiofeed-back
system
と呼ばれるものであり,生体の変動を連続的に観察し,それを透析液などの効果器に反映するもの である(図 5)
.
Na
濃度設定においては,血漿Na
濃度により透析 液Na
濃度を決定するというプロセスを透析施行中に 連続的に実施するやり方があろう.しかしながら,こ の血漿濃度の連続測定は困難であることから,それを より簡便かつ汎用性が高い血漿水電気伝導率に置き換 えたシステムが開発されている.最近,体液管理不良図 3 透析前の血漿 Na 濃度の変動範囲(12 カ月間の検討)
(文献6より抜粋作図)
No. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 145
140 135 130 125
血清Na濃度(透析前) 透析液濃度138mmol/L
図 4 透析前 Na 濃度(浸透圧閾値)での Na 濃度透析の効果 (文献8より)
(Na:138 mmol/L)通常透析 透析前平均 Na 濃度での透析
(Na:134.0±1.4 mmol/L)
p=0.019 200
180 160 140 120 100
収縮期血圧,mmHg
165±15 mmHg 149±18 mmHg
の例を対象にした探索的検討結果が報告された9)
.段
階的に透析液濃度を下げ,最終的には平均濃度135
mmol/L
となっているが,この間,体重増加率の抑制と降圧効果が認められている(図 6)
.
以上,体液増加や血圧管理が不良な例では,セント ラルタイプの画一な
Na
濃度液だけで対応していくこ とは容易ではない.透析前の血漿Na
濃度を基準とす る処方透析が有用であることは明らかだが,システムの構築などが今後の大きな課題だろう.
2 透析液ブドウ糖濃度
2-1 透析による糖負荷と糖除去による代謝変化
本邦で用いられている血液透析液糖濃度は,100〜
150 mg/dl
が中心であるが,その妥当性を支持するデータは必ずしも十分とは言えない.しかしながら,有 糖液は,主に無糖液と
200 mg/dl
液とで確認されてき た代謝への影響から考えて,少なくとも無糖液よりは図 5 biofeedback system
(Nefrologia, 17; 50-55, 1997から作成)
パラメーター測定
パラメーター調節
制御器
血清 Na 濃度
透析液 Na 濃度調節
制御器
血漿水 電気伝導率
透析液 電気伝導率
制御器
図 6 biofeedback software system(Diacontrol, Hospal)による探索的検討・体液過剰例 (文献9から作図)
p<0.01
p1 p2 p3 p4
650 600 550 500 450 400 350 300 250 200
(mmol) Na 除去量
p1 p2 p3 p4
p<0.05 200
180 160 140 120 100 80 60 40
(mmHg) 透析前血圧
p1 p2 p3 p4
p<0.05 5
4 3 2 1 0
(kg) 透析間体重増加量
・phase 1 :HD 液 Na 140 mmol/L
・phase 2(2w):HD 液 p-1 終了時の電気伝導率(平均血漿 Na 138 mmol/L)
・phase 3(2w):HD 液 −0.1 mS/cm vs. p-2
・phase 4(2w):HD 液 −0.1 mS/cm vs. p-3(平均血漿 Na 135 mmol/L)
生理的に見て使いやすいことは確かである.
無糖液と
200 mg/dl
液との比較では10),前者では,
血中ブドウ糖濃度が低下するのみならず,乳酸や酢酸 の低下,一方でケトン体が増加する.グリコーゲン分 解,糖新生が惹起され,いわば飢餓状態の代謝環境と なる.一方,後者ではブドウ糖濃度とインスリンの上 昇が認められ,症例によっては必要以上の糖負荷が行 われる可能性もある.無糖液では,体蛋白の異化作用 を促進して栄養状態を増悪させる可能性,200 mg/dl 液ではカリウムの細胞内へのシフトによる除去効率を 減じる可能性が危惧されていたが,臨床的に問題とな る程度ではないようである.
2-2 有糖液の臨床的妥当性と適正濃度
現在の限外濾過方式の除水システムが標準化される 以前には,透析液に高濃度のブドウ糖を添加した浸透 圧勾配による方法も行われていた11)
.その後,無糖液
を経て現在は生理的レベルの有糖液が標準となってい る.以下,有糖液の臨床的妥当性と適正糖濃度につい てまとめる.無〜低糖濃度透析液では,1回の透析により
30 g
程 度までのブドウ糖が除去される12).久野の報告によれ
ば13),
糖濃度100 mg/dl, 150 mg/dl
いずれの透析でも,食事摂取を行わなければ透析後の血糖濃度は有意に低 下する.このような背景のもと,透析患者では,透析 中の無症候性の低血糖状態を呈することは少なくな
い14, 15)
.この無症候性低血糖の機序については不明な
点が多いが,インスリン,グルカゴンの透析中の変動 に血糖低下群と非低下群とに違いはないことから14)
,
透析中のカロリー消費量が増すことによる低下の可能 性,あるいは,透析でのインスリン感受性の是正によ り細胞内への糖取り込みが促進する可能性など,複合 的な要因が考えられる.現在までの検討で,少なくとも無糖液に比較して有 糖液では低血糖頻度が低いこと,糖尿病患者での低血 糖出現頻度は非糖尿病例より高いことが明らかにされ ている.これに対して,糖濃度
90 mg/dl
液の有用性 が示されている15).また,インスリン等で血糖管理を
行っている例で,透析前の血糖値が100 mg/dl
以下の 場合は,糖尿病で糖の補充あるいは食事摂取が勧めら れている15).有糖液では無糖液に較べて血圧が低下す
るが12),これは低血糖に伴う交感神経刺激が抑制され
るためではないかと推察されている.
一方,透析液糖濃度は高ければ生体に糖が負荷され る方向に作用するため,低血糖リスクは低減するもの の,糖の生体への過剰な負荷は,二次的な代謝異常,
炎症を惹起し,さらには心血管病の罹患リスクを増幅 する可能性も考えられる10)
.最近,糖濃度の違いが透
析後の全身疲労感に違いを与えることが報告されてい る16).糖濃度 100 mg/dl
と200 mg/dl
とのクロスオー バー検討で,透析後の疲労感は糖尿病例でより顕著で あり,特に200 mg/dl
使用で症状は増悪していた.そ の一方で,100 mg/dl使用での症状は減じていたこと から,少なくとも糖尿病例では200 mg/dl
より100
mg/dl
が推奨されるとしている.糖負荷による自律神経機能抑制,疲労感と患者予後との関連が指摘されて いることから17)
,血糖維持のための糖負荷には慎重で
あるべきかもしれない.以上まとめると,有糖液が望ましいことは明らかだ が,その妥当な設定値については,コンセンサスは固 まっておらず,さらなる検討が必要だろう.
文 献
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8) de Paula FM, Peixoto AJ, Pinto LV, et al. : Clinical conse- quences of an individualized dialysate sodium prescription in hemodialysis patients. Kidney Int, 66(3); 1232-1238, 2004.
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10) Sharma R, Rosner MH : Glucose in the dialysate : historical perspective and possible implications? Hemodial Int, 12(2); 221-226, 2008.
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(1); 86-88, 2009.
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14) Jackson MA, Holland MR, Nicholas J, et al. : Hemodialysis- induced hypoglycemia in diabetic patients. Clin Nephrol, 54
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Diabetes Care, 33(9); e 121, 2010.
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要 旨
60
年代に考案された酢酸をアルカリ化剤とした透 析液は簡単に作製でき,血液透析が広まることに寄与 した.70年代後半から酢酸不耐症が問題となり,A
液,B
液を混和する重曹透析が開発された.近年,クエン 酸を含む重曹透析液が登場した.2008年末の報告で は,本 邦 の 透 析 患 者 の70% が 透 析 前 HCO
3-濃 度22 mEq/L
未満である.透析患者の適正なHCO
3-濃度 や透析液アルカリ化剤濃度などは不明確であり,今後 の検討・研究が必要である.はじめに
透析療法の目的は腎機能障害によって生じた細胞 内・細胞外環境の異常を補正することである.体内の 酸塩基平衡の維持のために,肺とともに腎臓は重要な 働きをしている.腎機能障害は当然,酸塩基平衡にも 破綻を来し,代謝性アシドーシスを生じる.
腎代替療法としての透析治療が考案された当初から,
透析液中の酸補正剤のことは考慮され,体内にある重 炭酸ナトリウムの使用が試みられた.しかし,技術的 な問題などがあり,簡単に現行の重曹透析とはならな かった.今回,透析液のアルカリ化剤の変遷と現況に ついて述べてみたい.
1 腎臓と酸塩基平衡1)
pH
の正常値からの逸脱は細胞代謝に大きく影響するため,体内の酸塩基平衡の維持は重要で,主に肺と 腎臓により
pH 7.4
前後に微細に調節されている.一般に水素イオン(H+)が産生する物質を酸と定 義している.腎臓は体内で産生された不揮発性の酸を アンモニアイオン(NH4+)に産生し尿中に排出させ,
重炭酸を再産生する働きをしている.それゆえ,腎機 能が障害され,30〜40% になると酸が蓄積してくる.
H
+が上昇するとpH
は低下する関係にあり,H+濃 度40 nmol
はpH 7.4
に相当する.成人では通常の食 事で1
日1〜2 mEq/kg
のH
+が産生される.腎機能 が廃絶するとH
+が蓄積し,pHは低下する.体内に酸や塩基が入った時に,大きく
pH
が変化し ないような働きをするのが緩衝剤(buffer)と考えら れている.透析液のアルカリ化剤は代謝性アシドーシ スを改善するとともに,透析間の緩衝剤としての働き を有している.2 アシドーシスと腎不全2)
透析患者のアシドーシスは蛋白異化亢進,同化作用 の抑制,心機能抑制,低血圧,破骨細胞の刺激,骨芽 細胞の抑制,インスリン抵抗性,サイロキシンレベル の低下,小児における成長障害,
b
2ミクログロブリ ン蓄積,高トリグリセライド血症,高カリウム血症,カテコラミン抵抗性,血清レプチン濃度の低下および 疲労感の原因となることが知られている.
図 1に透析患者によく認められる栄養障害の機序 を示す.栄養障害は透析患者の死亡率に大きく関与す
透析医療における Consensus Conference 2010
透析液アルカリ化剤の変遷とその到達点
伊丹儀友
日鋼記念病院腎センター
key words:酢酸透析,重曹透析,無酢酸透析,アシドーシス,アルカローシス
The history of dialysate buffer and current status Department of Kidney Center, Nikko Memorial Hopspital Noritomo Itami
ることが知られている.それゆえ,正常範囲内での血 清
HCO
3-濃度の変動を保つことが望ましいと考えら れている.しかし,間歇的な療法では血清HCO
3-濃 度は鋸歯状に変動(図 2)し,正常範囲を維持するこ とは簡単ではない.3 透析液のアルカリ化剤の変遷
表 1に本邦における透析液のアルカリ化剤の変遷
を示す.
Kolff
らの時代からアルカリ化剤は体内にあり,生理的と考えられた炭酸水素ナトリウム(NaHCO3) が使用された3)
.しかし,透析液中に Ca
が含有され ていたため,当時の技術では炭酸カルシウム沈殿が生 じていた.それを防ぐ目的でpH
を下げるために持続 的にCO
2でバブリングしなければならず,濃度が不 安定になるといった問題があった.透析黎明期にはNa
を除去するためにNa
濃度を低く設定してあった(表
1) .
1964
年,米国シアトルのMion
とSchribner
ら4)は,アルカリ化剤を酢酸とした酢酸透析液を開発した.酢
酸濃度
35 mEq/L
を含む酢酸透析は生化学的に安定しており,酸性であるために細菌汚染も問題にならなか った.酢酸透析液は原液を希釈して簡単に透析液を作 製できるので,血液透析治療の普及に寄与した.
体内に入った酢酸は酸素下に
TCA
サイクルを利用 し,肝臓や筋肉で代謝され重炭酸となる.酢酸と筋肉 量が少ない糖尿病患者や高齢者では酢酸を効率良く代 謝できない.また,透析液中に重炭酸が含まれていな いため,透析治療開始早期には血中重炭酸が透析液中 に移行しアシドーシスが進行する.また,血中含有のCO
2が透析液に移行し,肺喚起の低下で低酸素状態に あり,酢酸代謝が酸素をより必要としたため,低酸素 状態がさらに悪化することも認めた5).
1980
年代に効率の良い透析膜や膜面積の大きい透 析膜が使用され,短時間透析が施行されるようになっ た.それにより透析患者は多量の酢酸に曝されるよう になった.その結果,酢酸不耐症患者が多く発生し た6).当時,透析患者の約 10% に高酢酸血症を認め,
その頻度は女性に多かった.酢酸不耐症を生じやすい 病態を表 2に示すが,女性では筋肉量が少なく酢酸 代謝が遅いためと考えられた6)
.
酢酸不耐症は,酢酸による透析中の嘔気・嘔吐,頭 痛,透析後の疲労感や,Aizawaら7)が指摘する心筋抑 制作用や直接の末梢血管拡張作用,および血管拡張作 用のあるインターロイキンなどの放出作用が原因で,
透析中の血行動態の不安定や血圧低下が生じる病態で ある.
図 1 代謝性アシドーシスと栄養障害 (文献1より)
代謝性アシドーシス
筋肉蛋白合成↓
Alb合成↓
ATP依存型ユビキチン プロテオソーム活性↑
筋肉蛋白崩壊↑ 炎症 Leptin↑
栄養障害PCM インスリン
抵抗性 分枝鎖アミノ酸
脱水酸化酵素↑
図 2 血液透析患者の血清 HCO3−の変動
月 火 水 木 金 土 日 月 火 水 木 Hemodialysis Treatments
HCO3−(mEq/L) 30
25
20
80
年代,Caなど電解質を含む透析液(A液)を希 釈し,透析器注入直前に炭酸水素ナトリウムを含む液(B液)と合わせた重曹透析が開発された.しかし,
その混合された透析液の
pH
を調節するために,さらに
6〜8 mEq/L
濃度の酢酸を混合した.それにより,低濃度の酢酸による血圧低下などの関与が懸念されて いた.
2007
年,酢酸をクエン酸に変えた無酢酸透析液が 開発され,以降,血圧低下頻度の減少とアシドーシス の改善8)や透析効率の向上9)などが報告されている.4 適正 HCO3−濃度とは
重曹透析では透析液中
HCO
3-の拡散により,アシ ドーシス補正が行われる.腎機能が廃絶した場合,血 液透析患者の血清HCO
3-濃度は図2
に示すように透 析後に最高となり,その後徐々に低下し,次回透析前 には最低となる.最低値(透析開始直前)が正常下限 であれば,それ以外の時間帯は血清HCO
3-濃度は正 常範囲となるはずである.しかし,適正な血清HCO
3-濃度については専門家間でも意見の一致を見ておらず,
各ガイドラインでも値が異なる(表 3)
.
Evidence Based Medicine
で 有 名 な2007
年 のCo- chrane Library
では,慢性腎臓病の代謝性アシドーシ スの補正については,無作為抽出比較試験がなく,透 析患者で規模が小さい研究は,補正は蛋白や骨代謝に 良い影響を与えるようであるが明確なエビデンスでは ないとしている‡1).
Gennari
10)の報告によると,透析前HCO
3-濃度は 以下となる.① 前回透析後
HCO
3-濃度が高く蛋白摂取量が同 じであれば,より高い透析前HCO
3-濃度となる.② 透析間に摂取した蛋白量(酸産生量)が多けれ ば,そ れ だ け 酸 が 産 生 さ れ,緩 衝 剤 と し て の
HCO
3-は消費され低くなる.③ 透析間隔が長くなれば,透析患者の場合,重曹 などの緩衝剤を服用していなければ濃度はより低 くなる.
④ 透析間の体重増加量については,体液増加に伴 い,いわゆる
dilution acidosis
となり,HCO3-濃 度はより低くなる(表 4).
⑤ HCO3-分布量では,透析液の緩衝剤の濃度が 一定であれば,細胞外液量の多い体格の大きい人 の透析終了時の
HCO
3-濃度は低くなる(図 3).
⑥ 残腎機能の影響を受ける.
表
3
の各国のガイドラインの透析前HCO
3-値はmidweek(水・木曜日)採血であり,本邦でよく行わ
れている月・火曜日採血とは異なる.図 4は最近の
DOPPS
研究11)によるデータである.7,140
名の透析前HCO
3-濃度の平均は21.9 mEq/L
で表 1 アルカリ化剤の変遷 名 称 Na濃度 HCO3-
(mEq/L) 酢 酸 クエン酸 年 代
Kolf 133 30 0 ― 1956
フソー 127 23.8 0 ― 1965
キンダリー2号 132 ― 33 ― 1969
AKソリタ 132 ― 33 ― 1970
キンダリー3号 132 ― 35 ― 1977
AKソリタB 135 ― 37 ― 1978
キンダリーAF-1 135 30 8 ― 1981 キンダリーAF-2 135 30 8 ― 1989 AKソリタC 135 27.5 7.5 ― 1980
AKソリタDP・DL 140 25 10 ― 1989
キンダリーAF-3 140 25 8 ― 1993
AKソリタFP・FL 143 27.5 9 ― 1994
カーボスター 140 35 0 2 2007
(武本佳昭,土田健司,吉村力勇,透析フロンティア,series 5 p. 2-4,2007を改変)
表 2 酢酸代謝に影響する因子 1. 酢酸負荷量
2. 女性 3. 年齢 4. 筋肉量
5. 糖尿病,ケトーシス 6. 低酸素状態
7. 組織への酸素供給状態
あった.本邦の平均は
21.4 mEq/L(週始めのデータ
に
1.2 mEq/L
加え補正)と米国と同じで最下位であった.
2008
年末におけるわが国の慢性透析療法の現況12)に よ る と,透 析 前
HCO
3-濃 度 は20 mEq/L
以 上22 mEq/L
未満の患者が27.1%, 18 mEq/L
以上20 mEq/
L
未満の患者が23.4% にみられ,透析前には約 70%
が
22 mEq/L
未満であった.先の
DOPPS
研究11)では,透析前血清HCO
3-濃度はnPCR
や血清アルブミン値と逆相関している.死亡率 は血清HCO
3-濃度19〜21 mEq/L
を基準とすると,血清
HCO
3-濃度19 mEq/L
以下と24 mEq/L
以上で 高 く な っ て い た(図 5).中 で も 血 清 HCO
3-濃 度17 mEq/L
以下と血清HCO
3-濃度27 mEq/L
以上で有 意に死亡率が上昇していた.入院率も同様にU
字型 をとっていた.アシドーシスが強度で,アルカローシ スであっても予後不良であり,軽度のアシドーシスが あったほうが生命予後は良好な結果となり,透析患者 でも血清HCO
3-濃度は正常範囲内に維持するとの考 えと異なっていた.これは軽度のアシドーシスのある 患者は蛋白質を良く摂取し,体調が良好な患者である ことを示していると推測されている10).その後,米国
からも透析前血清HCO
3-濃度と死亡率がU
字型をと るとの同様な結果が報告された13).英国腎臓協会の
(UK Renal Association)ガイドライン‡2)の透析前血清
表 3 各ガイドラインの血清 HCO3−
ガイドライン Publication
year Monitor by Predialysis
(mmol/L)CKD
Maintenance
(mmol/L)HD
Continuous
(mmol/L)PD KDOQI
米国 2000〜2003 Total CO2 ≧22 ≧22 ≧22
UKRAG
英国 2009 Serum HCO3- N/A 18〜24 Within the
normal range EBPG
欧州 2005〜2007 Serum HCO3- N/A 20〜22 ≧25
CARI
豪州 2000 Serum HCO3- N/A 23〜24 26〜27
CKD : chronic kidney disease HD : hemodialysis PD : peritoneal dialysis
表 4 透析間体重増加と血清 HCO3−
Fluid gain
(L/day) Pre-dialysis[HCO3-]†
(mEq/L)
0 26.5
0.5 24.6
1.0 22.8
1.5 21.3
2.0 19.8
Assumpoints 70 kg patient
dialysis 4 hrs 3×week BFR 400 mL/min
organic anion loss 200 mEq/treatment Daily acid production 55 mEq
† after long interval(2 days)
(Gennari FJ. Acid-base homeostasis in end-stage renal dis- ease. Semin Dial, 9; 404-410, 1996より)
図 3 透析中の血清 HCO3−の変化 28
26 24 22
0 1 2 3 4
Blood bicarbonate(mmol/L)
BW 43.7 kg BW 87.0 kg
20
Hours
透析液 HCO3− 35 mEq/L
18
HCO
3-濃度18〜24 mEq/L
の値は,DOPPS研究の結 果に基づいている.最近,代謝性アシドーシスの原因として,蛋白摂取 過とリン吸着薬の塩酸セベラマーの関与を示唆する報 告がある13)
.塩酸セベラマーは酸として,炭酸カルシ
ウムは緩衝剤として働く.低HCO
3-濃度の患者を診 た場合,多量の塩酸セベラマーが関与していないかを 検討しなければならない14).
5 透析液アルカリ化剤濃度について
患者のアシドーシスを改善する方法10)として,①透 析中のアルカリ化剤濃度を高くする,②重曹などのア ルカリ化剤を服用する,がある.
透析後の
HCO
3-濃度は透析液中のアルカリ化剤の 影響を受けるので,その濃度は重要である.本邦にお けるアルカリ化剤濃度は表1
に示すように,33〜38 mEq/L
であるが,米国では経験的に透析後のアルカレミアを防ぐ目的で
35 mEq/L
が多い.できれば患 者のHCO
3-濃度に合わせて透析液のアルカリ化剤濃 度を調節できれば一番良い.しかし,多人数用の透析 装置を用いている施設が多い本邦では難しい.Gennari
10)は,この20
年間で透析液アルカリ濃度が 変更されていないのに,透析前HCO
3-濃度が21.4〜
24.5 mEq/L
に上昇したと報告した.これは透析患者の高齢化による蛋白摂取量の低下であろうと推測した.
わが国でも
2009
年末の慢性透析療法の現況15)をみる と,透析患者の平均年齢は65.76
歳と高齢化している.英国腎臓協会(UK Renal Association)のガイドラ イン(表
3)
‡2)では,週半ばの透析前HCO
3-濃度18〜
24 mEq/L
を目標としている.週始めの濃度は週半ばより
1 mEq/L
低くなる.それで,本邦の多くの施設で施行されている週始めの採血結果に合わせると,透 析前
HCO
3-濃度17〜23 mEq/L
となる.この補正し た透析前HCO
3-の患者の割合を2008
年末の慢性透析 療法の現況から抽出してみると,目標値に69.2% が
達していた.死亡の危険率が高いといわれる透析前HCO
3-濃度26 mEq/L
以上の患者の比率は4.4%,透
析前HCO
3-濃度15 mEq/L
以下は5.0% であった.
2008
年末の慢性透析療法の現況12)では,透析後HCO
3-濃度の正常範囲が22〜30 mEq/L
であり,80%の患者がこの範囲に入っていた.欧米では,透析後
HCO
3-濃度27 mEq/L
近傍の値が適切であろうとされ ている16).
透析中の過剰な
HCO
3-の供給は代謝性アルカロー シスを生じ,低カルシウム血症や低酸素血症,筋肉の つり,低血圧症を起こすことが知られ,異所性石灰化図 4 各国の血清 HCO3−の平均値 (文献11より)
26 24 22 20 18 16
21.9
23.9
22.7
23.7
21.4
23.1 22.9
21.4
n=7140 n=587 n=278 n=271 n=760 n=317 n=412 n=4515All France Germany Italy Japan Spain UK US HCO3- (mEq/L)
図 5 血清 HCO3−と死亡率 (文献11より)
1.20
Relative Risk of Death
1.15 1.10 1.05 1.00 0.95 0.90
1.15
1.00
1.06
1.15
p=0.03
Ref
p=0.40
p=0.06
19.1-21.0 21.1-24.0 >24.0
≦19.0
Quartiles of Serum Bicarbonate(mEq/L)
U-shaped correlation : p for(HCO3)2<0.0001