Q01:パスカルの三角形はボース粒子の場合どうなるの?(子ども版)
井上慎(大阪市立大学 大学院理学系研究科)
パスカルの三角形は有名ですよね。図1のように数を並 べたものです。上の段の数を足したものを下の段に書い ていくと作れます。2段目の数を横に読んだ
1-2-1、3段
目 の1-3-3-1
は そ れ ぞ れ(x + y)
2= x
2+ 2 xy + y
2 、( x + y)
3= x
3+ 3x
2y + 3xy
2+ y
3の係数にもなっています。一般項は2項係数と呼ばれ、n
C
r= n!/ ((n − r)!r!)
で計算 できます。パスカルの3角形は場合の数を数え上げの最も基礎的な例です。上で挙げた
(x + y)
3 のx
2y
の係数を考えてみましょう。(x + y)
2= x
2+ 2xy + y
2から出発すると2つのケース があります。x
2にy
をかけるか、2 xy
にx
をかけるかです。従ってその係数は1+ 2 = 3
になるわけです。同じようなことは統計力学でも問題になります。2つの箱に玉を2個入れることを考え ましょう。玉のそれぞれの箱に入る確率が
1/2
ずつの時、2つの箱に1個ずつ入る確率 はいくつでしょうか?玉が2個とも左に入る確率( )と1個ずつに分かれる確率( )、2個とも右に入る確率( )を比べると、1:2:1 と考えますよね。こ れは玉を順々に入れたと考えると、2個とも左の場合は一回目に左、二回目も左、と一 通りしかないのに対して、1個ずつに分かれる場合は「最初に左、次に右」、と「最初 に右、次に左」の2通りがあるから、と説明されます。まさにパスカルの3角形の
1-2-1
に対応しています。今紹介した考え方で場合の数を数えて、構築された統計力学をマックスウェル・ボルツ マン統計と呼びます。粒子はビリヤードの玉のように、区別可能と考えます。このよう な数え方と、エネルギー保存を両立させると、各状態の占有確率がボルツマン因子
exp ( − β E
i)
に比例することが導かれます。ボルツマン統計は極めて有用ですが、量子力学で同種粒子を導入すると、上記の議論に 重大な変更が必要なことが分かっています。例えば、ボース粒子の場合に上記の「2個 の箱に2個の粒子」の確率分布を見てみましょう。驚いたことに、1:2:1 の法則はボー ス粒子には当てはまりません!「2個とも左」も「1個ずつ」も「2個とも右」も同じ 確率で実現するので比は
1:1:1
となるのです。妙な話ですが、これから導かれる「ボー ス・アインシュタイン分布」が実験結果と合うので認めないわけにはいきません。では冒頭に紹介した「パスカルの三角形」はどうなるのでしょう?各段に並べる数が各 状態の実現確率に比例させるとすると、各段には全て同じ数が並ぶようにせざるをえま せん。そのためには上段から下の段に移る時の計算法則を変える必要があります。そん なこと可能なのでしょうか?実は段に移る際の計算法則を、「単純に足す」から「係数 をかけて足す」に変えるだけで簡単に実現可能なことが示せます。さらにその法則は重 要な物理を含んでいるのです。
1段目から2段目に移る際を例にとって説明しまし ょう。1段目には両方1が入るとします。1段目から 2段目に行く時に、
は違っても良いとします。要は既に一個入っていると ころにもう1個入る場合の係数を
a
、空の箱に新たに 1個入る場合の係数b
、とするわけです。図は左右対称と考え、右側には図のように
a
とb
を配置します。足し上げると2段目の確率の比はa:2b:a
となります。さて、粒子が区別できるマックスウェル・ボルツマン 統計では、この比は
1:2:1
で良いのですが、ボース・アインシュタイン統計では、この比が
1:1:1
とならな いといけません。従ってa=2b、すなわち a:b=2:1
とす るしかないのです!書き直した「パスカルの3角形」は次のような珍妙なものなります!?
さて、3段目以降を書くために、2段目で得られた次 の関係
を一般化して、
としましょう!右の箱でも左の箱でも、ともかく入れた方の箱の中に、「入れた後にあ る玉の数」をそのまま係数にするのです。すると3段目は次のようになります。
3段目も全て同じ数が並びましたね。4段目以降も同じ規則を繰り返すだけで、ボーズ 統計が再現できます。この"m+1"のファクターは"Bose Stimulation Factor"とも呼ばれ、
ボース粒子の演算子を用いた計算で
a ˆ
+m = m +1 m +1
として出てくる"