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焦土をともに生きて: 沖縄地域学リポジトリ

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Academic year: 2021

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Title

焦土をともに生きて

Author(s)

谷口, 泰

Citation

沖縄大学紀要 = OKINAWA DAIGAKU KIYO(9): 28-29

Issue Date

1992-03-25

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/5759

(2)

沖縄大学紀要第9号(1992年)

焦土をともに生きて

谷口泰 いつか、死ぬまでに一度、沖縄にいってみたかった。チョーさん、貴方に逢 いたかったからだ。貴方が帰天したこと、それが僕には今でも信じられない。 だが、それは本当だろう。だから、僕が沖縄にゆくことはない。僕にとって沖 縄は、いつか訪ねようと想い続ける地となった。グラナダやモゲールの町と同 じように。 沖縄にいっても、もう貴方に逢えないと分ったとき、わかったのは僕たちが ある時代を共に生きたということだった。 覚えているだろうか、僕が初めてボッンュ・ダウンのホールにトランクを持 って入っていった時のこと。あとで、貴方は言った。あの時の僕は半ズボンの 似合う少年だったと。まさか、半ズボンを穿いている筈はなかった。だけど戦 争から帰った貴方の眼には、確かにそう見えたのだ。あのとき、貴方は少年の 僕には想像もできない人生を、すでに生きていたのだ。帰還兵と少年、そんな 僕たちが共に過したアルマ・マーテルでの4年間を、どう語れば良いのか。旅 立ちだけを願った、あの廃虚での時を、焼け跡とそこでの時を。 覚えているだろうか、貴方のことを少年達が何故チョーさんと呼んだか、そ の理由を。<大司教様>の説明によると-それは少年の-人の仇名であった -鼻下長のチョーだと言う。貴方のまえでなら|よどんなことでも話せろとい う、そして責方にならば何を言っても、貴方は怒りはしないという、そんな貴 方の優しさに寄せろ、それは僕たちの愛称だった。 覚えているだろうか、飲みに行っても貴方は、僕たちが一緒だと決して酔わ なかったことを。いつも酔いつぶれた僕達を介抱し、寮の門限にまにあうよう に連れ帰ったことを。だから、チョーさん、僕たちは貴方の酔いつぶれた姿を知 らない。 そして、覚えているだろうか、霧ケ峯でのスキーのこと、寮対抗の野球のこ -28-

(3)

沖縄大学紀要第9号(1992年) と、明けがた食べた、歩きながら頬張った焼きたてのパンのこと、チョーさん、 覚えているだろうか。 覚えていなかったとしても、貴方が忘れていても、それはどうでもよいこと だ。たとえ僕が沖縄を訪ねていたとしても、だからといって、僕たちは何を話し ただろう。本当は、貴方に逢いさえすれば、それで十分だった。 だから、僕たちはどうしてもまた、逢わねばならないのだ。 -29-

参照

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