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ゾラ『テレーズ・ラカン』における環境・気質理論の実践

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Academic year: 2021

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安 達 孝 信   Takanobu ADACHI はじめに 男女の三角関係を土台としたゾラの第一の小説群(1865-1868)から,数世 代にわたる一家族の物語を描く『ルーゴン=マッカール叢書』(1871-1893)へ の移行において,理論的な転換点として注目されるのは通常,遺伝理論の導 入である.『叢書』の構想開始と時を同じくして出版された,初期小説群の最 後となる小説『マドレーヌ・フェラ』(1868)では,初めて遺伝理論が物語展 開に生かされており,この時期にゾラが遺伝への関心を強めていたことは確 かである.しかし,この遺伝理論の吸収が一家族の歴史を描くという叢書の 着想を生んだというような因果関係を認めることには慎重でなければならな い.確かに彼が1868年ごろに記した「バルザックと私との違い」と題された 文章には,「私は現代社会〔全体〕ではなく,ただ一つの家族を,環境によっ て変化する人種という作用を見せながら描きたい」という叢書の根幹思想が すでに現れている1).しかしここでゾラが先天性 «  innéité  »という単語を誤っ て  «  énéité  »と綴っていることなどから,アンリ・ミットランはこの文書を, 作家が遺伝学者プロスペル・リュカの著作を膨大な読書メモを取りながら学 ぶ前に書かれたものだと推測する2).一家族の歴史という着想は遺伝理論に先 行し,それはむしろ「環境」が「人種」に与える影響を描くという観点から 取り上げられている. 本稿は,ゾラの初期作品から叢書への過渡期を,遺伝理論ではなく環境理論 の深化という観点から捉え直すことを目指す.そのために取り上げるのが, 『マドレーヌ・フェラ』の前年に出版された『テレーズ・ラカン』(1867)で ある.ここで初めてゾラは,多様な環境が登場人物の性格や行動に及ぼす影

1)Henri Mitterand, Les Manuscrits et les dessins de Zola, Les Éditions Textuel, 2002, vol. 2, p. 223. 2)Ibid., p. 222.

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響を,物語の推進装置として利用し始めているからである. I.『テレーズ・ラカン』におけるヴェルノンの二つの環境 『テレーズ・ラカン』は通常,気質理論によって構築された物語であるとさ れる3).その第二版に付された序文でゾラは,「二つの異なる気質の間で生じう る奇妙な結合を説明」(TR, préface, p. 28)しようとしたと明かす.確かに物語 中盤以降においては,異なる気質の衝突と相互侵食が問題となっていく.例 えばローランがテレーズを愛人にした直後の時期には,「テレーズの近くにい ると,ローランの血は滾り,神経は張り詰め」,ローランが近づくとテレーズ の「神経質な本能は驚くべき激しさで破裂し,母親の血,静脈を焦がすアフ リカの血が流れ始め」る(TR, VII, p. 52).二人は自分に足りない要素を相手 から補うことで,結果的に似たような身体状態に至っている.一方で,夫カ ミーユ殺害後に再婚した二人は,二度とこの血と神経の均衡状態に到達でき ない.「しかし変調が起こった.テレーズの過度に興奮した神経が圧倒してし まったのだ」(TR, XXII, p. 120).神経質に支配されたこの夫婦は,カミーユの 亡霊に取り憑かれ,堪え難い日々を送ることとなる. このように二つの気質の均衡と変調が中盤以降のこの小説の導きの糸となっ ていることは確かであるが,この序文はある種の誤読を誘発してはこなかっ ただろうか.気質理論による読解がこれまで見落としてきたものとは,ロー ランとの出会い以前のテレーズたちラカン一家の物語である.なぜテレーズ がローランのような粗野な男に簡単に惚れてしまい,夫の殺害に加担するま でに至ったのかという物語の前半部の は,気質理論では十分に説明されて いない.ここで注目したいのがラカン一家がそれまでに通過してきた環境が 彼らに与えた影響である. パリの陰鬱なパッサージュの描写に割かれた有名な冒頭のために忘れられが ちではあるが,彼らはパリからセーヌ川を下り,ノルマンディー地方に入っ 3)本稿において『テレーズ・ラカン』からの引用は,1868年の第二版に基づく以下の版より行 い,全て拙訳を用いる.Thérèse Raquin, dans Émile Zola, Œuvres complètes, publiées sous la direction de Henri Mitterand, Nouveau Monde éditions, 2003, tome 3, pp. 17-175. またこれをTR と略記し,そこからの引用は,章番号,頁数を添え本文中に(TR, II, p. 34)のように示す.ま たその他の引用に際し,当全集を用いる時はOCと略記し,巻番号,ページ数を以下のように 示す(OC, tome 1, p. 832).

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たばかりの町,ヴェルノンの出身である.そこで小間物屋を営んでいたラカ ン夫人のもとにある日,大尉としてアルジェリアで戦う彼女の兄が,現地女 性との間にもうけた2歳の娘テレーズを預けにやって来た.テレーズは叔母で あるラカン夫人に育てられることになる.この家の病弱な息子カミーユに合 わせた生活を強いられた彼女は「鉄のように頑強だったが,ひ弱な子供のよ うに世話をされ」ることで,生来の活発さを抑圧されていく(TR, II, p. 36). 少女は外に出ることを許されず,窓から外の世界を眺めることしか出来なかっ た(Ibid.). その後,夫を亡くしたラカン夫人は店を畳み,町外れのセーヌ川沿いに庭付 きの家を見つけ隠居生活に入るが,テレーズの人生はこの引っ越しによって 好転する.「庭と,白く輝く川,地平線にそびえる緑の丘を見たとき,テレー ズは叫びながら走り回りたいという野生の欲望にとらわれ」(TR, II, p. 37),彼 女はそこで徐々に二面性を獲得していく.屋内で,叔母の前では従順に振る 舞いながらも,セーヌ川沿いの野原では内なる欲望が目覚め始める.ロドル フ・ウォルターも指摘するように,セーヌ川を見つめるテレーズは性的な夢 想にも浸っている4).彼女は「太陽に噛み付かれ」「指を大地に突き刺し」なが ら,「セーヌ川の水が襲いかかってくる」ことを想像するようになる(TR, II, p. 37). 一方の従兄カミーユも,セーヌ川沿いへの引越しを期に,徐々に母の過保護 から抜け出そうとする.彼はテレーズを,将来の妻というよりも遊び仲間と みなし,しばしば共に家を抜け出し,川沿いで時間を潰すようになった.し かしそんなある日,テレーズが思わぬ凶暴さを秘めていることに彼は気がつ く.カミーユがテレーズを突き倒してしまったとき,「テレーズは獣のような 野蛮さで一気に立ち直り,燃えるような顔,赤い目をしてカミーユに両手で 掴みかかった.カミーユは地面に倒された.彼は怖くなった」(TR, II, p. 38). ここからは二つのことが見えてくる.まずヴェルノンには,ラカン夫人が息 子を過剰に保護する屋内と,子供達がそこから逃避するセーヌ川沿いの野原 という,二つの対照的な空間があることである.そして,テレーズはこの閉 鎖空間と開放空間という二つの環境に応じた二面性を獲得し,屋内では従順

4)Rodolphe Walter, « Zola à Bennecourt en 1867 : Thérèse Raquin vingt ans avant La Terre », Les

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であり続けた一方で,セーヌ川沿いではそれまで眠っていた野生的欲望が目 覚め,時に獣のような野蛮さをも示すのである. II.パリへの移住による唯一の犠牲者テレーズ テレーズはこの奇妙な二面性によって,幸福とはいえないまでも平穏な生活 をヴェルノンで送ることができた.しかし,その生活も彼女が21歳の時,予 定通り従兄カミーユと結婚したわずか1週間後に終わりを告げる.結婚を機に 母親の支配から逃れようとした夫が突如,パリに移住すると宣言したのであ る.息子の突然の反抗に衝撃を受けたラカン夫人だったが,その翌朝には早 くも解決策を見つける.小間物屋をパリで再開し,その店舗の上で,一家三 人で暮らすことにしたのだ.この突然のパリ移住には,カミーユとラカン夫 人の思惑が半分ずつ関わっているが,叔母には常に従順であったテレーズに は相談さえなかった(TR, III, pp. 38-39). ラカン夫人によってすでに契約された店にやってきた時,夫婦がそこに見た ものは狭く薄暗い墓穴のような場所だった.そこからいち早く立ち直ったの はカミーユの方である.彼は日中,家から離れるために,パリ中を歩き回っ た.一ヶ月後,ついにオルレアン鉄道に職を得た時,彼は経済的理由以上に, 薄暗い自宅の他に居場所を見つけたことによって安 した.そんな彼が最も 幸せを感じるのは,通勤時のセーヌ川沿いの散歩の時間である.彼は毎朝8時 に,必要以上に早く家を出て,「小股で,ポケットに手を突っ込んで,セーヌ 川沿いを,フランス学士院から植物園にかけて歩」いたが,「一日に二度の, この長い道のりは,彼を決して飽きさせなかった」のだ(TR, III, p. 41).職場 からの帰りにも,彼は植物園で30分間クマを観察するなど時間を潰して,で きるだけ遅く家に戻ることになる(Ibid.). 一日中店に残る二人の女は,新しい環境に対照的な反応を見せていく.テ レーズが「常に似たような言葉と,唇に浮かべた機械的な笑みで接客」する 一方で,ラカン夫人は「よりしなやかで,より多弁で,本当のところ,彼女 の方が顧客を惹きつけ繋ぎ止めて」いくのだ(TR, III, p. 42).ラカン夫人はこ の人気のないパッサージュが「田舎にいると思わせてくれる」(TR, III, p. 39) からこそ契約したのであり,そこで小間物屋を再開し,現役時代に似た環境 を再現したことで叔母は活力を取り戻したのだ.しかし,それはテレーズに

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とっては,幼少期の悪夢のような閉塞的環境へと連れ戻されることを意味し ていた.初めて店に入った時,彼女は「墓穴の脂ぎった土の中に降りていく ように感じ」,「一種の吐き気が喉にのぼり,恐ろしさに震えた」のである (TR, III, p. 40). ヴェルノン(街) ヴェルノン(川沿い) パリの新居 ラカン夫人 小間物屋経営 隠居 小間物屋再開 カミーユ 室内で看病される 過保護からの脱出 外で仕事に就く テレーズ 室内で抑圧的生活 セーヌ川で解放 店番として拘束 これまでの二度の引っ越しによる,ラカン家三人の状況の変化は上図のよう にまとめられる.パリのポン=ヌフ・パッサージュへの移住は,ヴェルノン の小間物屋(閉鎖空間)への回帰として捉えることができる.ラカン夫人と テレーズの,それぞれの環境への適性は対照的である.叔母がV字の軌道を描 くとするならば,姪は逆V字型に動いている.カミーユが例外的に右肩上がり の直線的な動きを見せるのは,家の外に居場所を見つけたためである.店番 をしなければならないテレーズは,夫が享受しているセーヌ川沿いの散歩す ら許されず,一度は目覚めた野生性は再び息を潜めるようになる.テレーズ だけが,パリへの移住の犠牲となっているのである. III.テレーズの生来の野生性と抑圧によって生まれた神経質的気質 このようにテレーズは,小間物屋に代表される閉鎖的環境と,セーヌ川に代 表される開放的環境の両極の間を揺れ動きながら,それぞれの環境への適合, 不適合によって自己形成してきたことがわかる.一般に「性格」« caractère  » が 環 境 と 経 験 に よ っ て 後 天 的 に 変 容 す る も の と す る と,「 気 質 」 « tempérament »はより先天的かつ生理的なものとされる.しかし,ゾラは「気 質」を幼少期の経験によって変化するものとして用いている5).ローランと出 会った時の「神経質な気質」は,彼女の生来の「野生的な本性«  nature  »」が 環境によって抑圧された結果生まれた,半ば後天的なものなのである. 5)当時の骨相学において「気質」は後天的に変化するものとされていた.後述のフォサッティ によると,「住む場所が乾いているか湿っているか,日常的に摂る食事,ある種の職業におけ る活動と休息」などの要因によって「同じ個人においても時とともに気質は変化する」とされ る(J. Fossati, Manuel pratique de phrénologie ou physiologie du cerveau, d’après les doctrines de

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リンパ質(無気力質)とされるカミーユの病弱な体質に合わせた環境を,母 であるラカン夫人は常に用意してきた.テレーズの本来の性質は,「猫のよう な敏捷さ」,「その本性の激情」,「燃えるような,怒りっぽい生き方」(TR, II, pp.36-37)と形容されるものだった.しかしカミーユのために最適化された 「部屋の生ぬるい吐き気のする空気の中で育った」ことで,「10歳頃から,テ レーズは神経の騒乱に悩まされ」るようになったのだ(TR, XXII, p. 122).後 の『叢書』において「環境によって変化する人種」を描くことを目指すゾラ は,すでに『テレーズ・ラカン』において「環境によって変化する気質」を 描いているのである. この気質理論のゾラ作品への導入は,それ以前からの環境理論の発展の段階 の一つとして理解する必要がある.1860年代初頭からゾラはテーヌら実証主 義者の著作から環境理論を学んでいた.テーヌは環境による選別の働きによっ て「その気候と土壌に最も良く適応できる動植物」が自然界で繁栄するのと 同様に,「その時代と人種の思想を,解釈,あるいは実現できる哲学者,宗教 改革者,政治家」が歴史の舞台に上げられるのだと主張する6).彼は「人種, 環境,時代」という三つの外的要因の産物として歴史,芸術,文学までをも 説明することを試みたのである7). ゾラはこの実証主義的決定論に惹かれながらも,芸術家の個性がそこであま りに軽視されていると感じた.彼は芸術作品が集合的に制作されていた時代 におけるテーヌ理論の妥当性を認めた上で,より個人的な現代の芸術を批評 するためには,芸術作品の中に「一つの気質,固有で唯一のアクセントを見 つける」ことを目指すべきだと主張する8).彼にとって「芸術作品はある気質 を通して見られた被造物« création »の一隅」だからである9). この印象的な格言は1864年に彼自身が示した「エクラン理論」における 「我々は被造物«  création  »を,人間を通して,気質,個性を通して,作品の中

6)Hippolyte Taine, Essai de critique et d’histoire, Hachette, deuxième édition, 1866, p. xxv. 7)テーヌにおける「人種」« la race », 「環境」« le milieu », 「時代」« le moment »には,現代にお ける一般的な意味とのずれがある.リュック・フレスによると,特に人種は「芸術家の気質に 押された国・地域的精神の刻印」の意味で用いられている(Luc Fraisse, L’Histoire littéraire, un

art de lire, Gallimard, 2006, p. 22).ここでも人種と気質は近接関係にある.

8)Émile Zola, « M. H. Taine, artiste » [1866] ; cité dans OC, tome 1, p. 832. 9)Ibid., p. 834.

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に見るのだ」という一文に基づいている10).ゾラはそこで外からの光が窓に張 られた幕(エクラン)を透過するときに,その幕に応じた色調や輪郭の変化 を被るという比喩を用いることで,同じ対象を描くときであっても画家の持 つ「古典主義的,ロマン主義的,写実主義的」なエクランの違いに応じて全 く異なる作品が生まれることを説明した.ここで「気質」は,画家の独自性 を支える「エクラン」,つまりは「個性」や「独自性」の言い換えである.同 じ環境であっても,それが別々の気質を通過して個人に働きかけることで, 異なった反応が生まれ,個性が生じるのである. テーヌの環境理論の中に個人の独自性を回復させるために,気質,あるいは 遺伝を媒介として用いるという点において,ゾラが気質理論をそこから学ん だデシャネルの『作家と芸術家の生理学』(1864)の重要性は軽視できない. デシャネルはそこで「気候,土地,人種による一般的影響に加えて,血液, 血縁関係による特殊的影響が多大で,無限であることは明らかだ」と指摘し, 画一的なテーヌ理論の中に抜け道を用意した11).彼はパリ骨相学会会長フォ サッティ博士の著作に基づき,神経質(薄い皮膚,細い髪,青白い肌),多血 質(肥満,良い血色,青い目),胆汁質(黒い髪,分厚く浅黒い皮膚,肥満, 筋肉質,鋭い表情),リンパ質(丸く柔らかい顔つき,金髪,青白い肌,生気 のない目)からなる気質の四分類を説明している12).文学的適性において神経 質とリンパ質は対極にあり,文学者が皆多少なりとも神経質的である一方で リンパ質の者は貧弱な作品しか生み出すことが出来ないとされる13).同一の環 境内に暮らす登場人物間に差異を生み出すために,ゾラはこの気質の四分類 を『テレーズ・ラカン』以降用いるようになるのである. 否定的な価値判断を下されるこの「リンパ質」の人に適した環境をラカン夫 人はカミーユのために用意し続けたのだが,それはパリ移住後に新たに形成 される「木曜会」にも当てはまる.ヴェルノン出身者とカミーユの同僚たち からなるこの面々は毎週木曜の夜にラカン家の二階に集まりドミノに興じる ようになる.しかしテレーズは彼らに関心を示さないどころか敵意すら抱き 始める.テレーズは,「赤い染みの浮き出た青白い顔」,「阿呆の丸い目,薄い

10)Émile Zola, lettre à Antony Valabrègue [18 août 1864] ; citée dans OC, tome 1, p. 393. 11)Émile Deschanel, Physiologie des écrivains et des artistes, Hachette, 1864, p. 126. 12)Ibid., pp. 82-83.

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唇,細面」,「ぼんやりとした目に,白い唇,青白くはりのない顔」に囲まれ ることで「機械仕掛けの死体とともに,地下納骨堂の底に埋められた」よう に思うのだった(TR, IV, pp. 43-44).「リンパ質」的特徴を常に持つ彼らは,能 動的な登場人物というよりも,このパッサージュの「墓地」的印象を強化す るための付属品に過ぎない.「拷問」とまで思われるこの木曜の夜,テレーズ は猫のフランソワを撫でることで現実逃避するのだった.  テレーズが興味なくゲームに加わるので,カミーユは苛立った.彼女はラカン夫人が ヴェルノンから連れてきた虎猫のフランソワを膝に抱いて撫でながら, を積んでいた. 木曜の夜は彼女には拷問だった.(TR, IV, p. 43) この些細にも思われる記述は,テレーズの生来の「野生性」の抑圧の過程と して読み直してみると,思わぬ重要性を秘めていることがわかる.「猫のよう な敏捷さ」が,「リンパ質」向けの「墓穴」的環境の中で完全に抑圧されたテ レーズにとって,唯一の味方,唯一の「生き物」である猫のフランソワは, 完全に眠っている彼女の野生的本性そのものの象徴でもあるのだ. IV.「野生性・動物性」という共通項で結ばれるローラン このようにテレーズを「神経質」と形容することは,特に小説の序盤におい ては適切ではなく,むしろリンパ質向け環境によって生来の野生性が抑圧さ れた状態として彼女の状態を捉えるべきであることがわかった.この観点か らローランとの出会いを読み直した時,「神経質と多血質の衝突」という従来 の読解手法を用いるべきではない箇所が他にも数多くあることが見えてくる. ゾラの他の初期小説と同様に,『テレーズ・ラカン』も夫の旧友が突然家に 招かれ,妻と出会ってしまうことで,三角関係が形成され,物語が動きだす. ある日カミーユは,職場で再会したヴェルノン時代の幼馴染ローランを家に 連れてくる.テレーズは「一人の男も,一匹の生物も」(TR, IV, p.  43)いな かった世界に突如現れたこの男に目を奪われる. テレーズはこれまでこんな男を見たことがなかった.大きく,力強く,みずみずしい顔 をしたローランは彼女を驚かせた.ごわごわした黒髪が生えた彼の狭い額と,多血質で

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美しい,丸い頰,赤い唇,整った顔立ちを,彼女は感嘆の面持ちで眺めた.(TR, V, p. 45) ローランの多血質的な顔の特徴は,木曜会のリンパ質の面々と対照をなして いる.彼のみずみずしい顔はミショー但さんとシュザンヌの青白い顔に,彼 の赤い唇はグリヴェの細い唇とシュザンヌの白い唇に,そして彼の丸々とし た頬はオリヴィエの骨の浮き出た痩せこけた頬にそれぞれ対比されている (TR, IV, p.  43).一方でテレーズとの間には,むしろ多くの共通点が認められ る.小説冒頭の暗い店内から浮き出た彼女の肖像を確認してみると「薄いピ ンク色の唇」,「短く神経質なあご」という神経質に当てはまる特徴はあるも のの,それ以上に目を引くのが「大きく開かれた黒い目の穴」,「暗い豊かな 髪」という非神経質的な特徴である(TR, I, p.  33).黒い,あるいは暗い髪と いう,神経質にも多血質にも当てはまらない要素において,テレーズとロー ランは似通っている14). さらにテレーズの「狭く乾いた額には,長く狭い,尖った鼻が付いている」 (Ibid.)とされるが,ローランとも共通した「狭い額」は周知のように当時の 骨相学的には低い知性の証とされた15).またテレーズには彼の「握り拳は去勢 牛 « bœuf »を打ち殺しそうなほど巨大」に思え,「彼の雄牛 « taureau »のよう な首」を見たとき彼女は小さな震えを感じる(TR, V, p.  45).猫と雄牛という 違いこそあれ,二人はともに知性の低い動物的な存在であると示唆されてい る16). ゾラは『テレーズ・ラカン』第二版序文において神経質と多血質の衝突とい うよく知られた物語のメカニズムだけではなく,人間の中に動物を見るとい う別の目論見をも明かしている.「一言で言えば,私がしたいことはただ一つ 14)気質に関するデシャネルの説明はフォサッティの著作からほぼそのまま引き写したものに過 ぎない(J. Fossati, Manuel pratique de phrénologie ou physiologie du cerveau, pp. 531-532).デシャ ネルは書き落としているが,フォサッティによると多血質の髪は明るく,栗色に近いとされる. 黒髪は両著作においてともに胆汁質の特徴とされている.

15)ガルの高弟シュプルツハイムの義理の息子である画家ブリュイエールの『骨相学,身振りと 顔つき』によると,「低い,狭い,凹んだ額は知的能力に関する器官の非常に弱い発達を示す」 (Hyppolite Bruyères, La Phrénologie, le geste et la physionomie, démontrés par 120 portraits,

Aubert et Cie, 1847, p. 237).

16)もっともそれらは全く別の含意を持つ.アンリ・ミットランは雄牛のような首などのローラ ンの外見が,犯罪学者ロンブローゾのいう「生まれつきの犯罪者」の特徴に当てはまっている と指摘する(OC, tome 3, p. 22).

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だ.力強い男と,満たされない女を考え,彼らの中に,動物を,動物だけを 見ることだ」(TR, préface, p.  28).彼らの出会いは,ローランの「野生性」あ るいは「動物性」によって,テレーズが自らの生来の性質を,さらには性的 な欲望をも取り戻す場面として読まれるべきであろう. そしてテレーズの「動物性」が発現する機会をローランが提供したと考えた 時,かつてセーヌ川沿いへの移住がテレーズに及ぼした影響を,彼が再現し ていることがわかる.セーヌ川沿いの家に住んでいた時,テレーズは室内と 屋外に応じた,従順と野生の二面性を持っていた.このバランスが崩れ,野 生性を失い,常に従順であることを強いられていたのが,パリ移住後のテレー ズの状況であった.ローランと出会ったことで,テレーズは再び,野生と従 順の二重生活を送り始める.不倫という,一見すると不安定な状況は,実の ところリンパ質による墓穴のような閉鎖環境からの脱却を可能にし,テレー ズに精神的均衡を回復させたのである. V.故郷の代替物としてのパリ郊外 ここまで,気質を環境理論における一媒介要素と捉え直し,登場人物ではな く空間的区分を軸としてテレーズとローランの出会いの場面までを読み直し てきた.この読解格子は,この小説前半の山場であるカミーユ殺害の場面に, 新しい読みの可能性をもたらす.定説のように「神経質と多血質の衝突」に よってこの殺害が引き起こされたのだと仮定すると,その直前の場面ではテ レーズとローランとの間にいつも以上に深い交流があると予想される.しか し,実際にそこにあるのはテレーズのローランに対する無関心である. ある日曜日,カミーユ,テレーズ,そしてローランは,パリ北郊サン=トゥ アンへ散歩に出かける.セーヌ川を眺めながらカミーユはまどろみ始め,そ れを見たローランはテレーズを愛撫し始める.しかしテレーズは奇妙なまで に虚ろな表情を見せる. そしてローランは,テレーズが輝く目を見開いて虚空を眺めていることに気がついた. 両腕の間で,彼女の顔は,青白くくすみ,冷ややかな厳しさを見せていた.テレーズは 物思いにふけっていた.彼女の目は,真夜中のように暗い深淵のようだった.彼女は身 じろぎもせず,後ろに立つローランを見ようともしなかった.(TR, XI, pp. 69-70)

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愛撫に応えないテレーズを見て,ローランは邪魔者であるカミーユへの憎悪 を募らせ,彼を半ば衝動的に殺害してしまう.しかし,本当に隣で眠る夫の 存在がテレーズに無関心を装わせたのだろうか.むしろここは,木曜の夜の ドミノに加わるテレーズが,猫フランソワを抱きながら心を閉ざしている場 面を思い起こさせる.なぜこの時ローランはテレーズにとって,木曜会の他 の面々と同じような色あせた存在となってしまったのだろうか. それは彼女がセーヌ川を前にしているからであろう.このサン=トゥアンは その下流にあるヴェルノンの川辺での幸せな日々を最も強力にテレーズに思 い出させる場であった.川沿いで,緑の島を前にした彼女は「そこで,少女 時代にセーヌ川に対して持っていた野生の友情が全て目覚めるのを感じるの だった」(TR, XI, p.  68).パリ移住後のテレーズは,このセーヌ川への「野生 の友情」が眠らされてしまったことで無感動で死んだような日々を送ってい た.猫フランソワが木曜会という苦行の中での命綱であったとすると,ロー ランはその墓場から救出してくれる存在だった.しかし,より直接的な代理 物の前では,ローランですら存在感が希薄になる. セーヌ川はまた,男たちのテレーズへの欲情をも掻き立てるが,セーヌ川に 魅了されているテレーズはそれを常に厳しく拒絶する.ヴェルノンの川辺で テレーズは,自分を押し倒したカミーユを,恐怖を植え付けるまでに荒々し く押し除けた(TR, II, p. 38).ローランも同様に,愛撫の下で死んだような冷 ややかさを見せる彼女を前にして,「焼けるような欲望に満たされた恐怖のよ うなもの」に襲われる(TR, XI, p. 70).ここではセーヌ川を一頂点とした三角 関係が新たに形成され,そこではローランは敗者となる.しかし,新たな三 角関係に気が付けなかったローランは,勝利したライバルをカミーユだと誤 認してしまったのだ. 『テレーズ・ラカン』において環境は,登場人物に匹敵するまでに具体的で 能動的な物語の要素になっている.単に人物がその環境に染まる「環境理論」 でも,登場人物間の関係性にのみ注目した「気質理論」でもなく,「環境と人 物,人物と人物」の相互干渉作用を総合的に捉えた,いわば「環境・気質理 論」と呼べるものこそが本作の緻密な物語構成を可能とした.ここでは閉鎖 的環境によるヒロインの「抑圧」と,それによって醸成された神経質な気質

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が開放的環境で「解放」されることが反復され,徐々にその振幅が大きくなっ ていく.それゆえにゾラにおける気質は,当時の科学的理論の単なる応用と してではなく,作家が環境理論を軸として気質,遺伝といった新たな要素を 次々と取り込み,組み合わせることで,独自の物語の詩学を構築していく, 『叢書』直前期の一連の試みの一部として問い直されるべきであろう. (大阪大学大学院博士後期課程)

Une application de la théorie du milieu-tempérament

à Thérèse Raquin

Thérèse Raquin (1867) de Zola a longtemps été lu comme l’histoire de la collision de deux tempéraments, la nerveuse (Thérèse), et le sanguin(Laurent). Nous ajoutons ici un autre paramètre, le milieu, qui interfère dans la formation des personnages. C’est parce que la nature sauvage de Thérèse (dont la mère est d’origine algérienne) a été réprimée par sa tante, lors de sa réclusion dans sa chambre de Vernon, que son tempérament nerveux a cristallisé. Son emménagement en bord de Seine suffit à lui faire retrouver sa vivacité native. La duplicité de sa manière d’être est régie par une dualité spatiale (l’obéissance dans l’espace clos, la vitalité/violence dans l’espace ouvert). Le déménagement de Vernon à Paris la prive de son havre de liberté, et la contraint à une vie monotone au fond du passage du Pont-Neuf, un milieu approprié aux lymphatiques (son mari Camille et les habitués du jeudi). Si Laurent, ancien ami de Camille, la dégage de ce «  caveau  », c’est parce qu’il apparaît comme un substitut de la Seine, et que leur adultère rend l’équilibre mental à Thérèse par sa duplicité. Mais l’attirance qu’elle éprouve pour lui s’estompe devant la vraie source de son désir. Au bord de la Seine, à Saint-Ouen, Thérèse commence à se détacher de son amant, lequel décide de tuer Camille, parce qu’il le prend à tort pour l’obstacle à leur union.

Takanobu ADACHI

Étudiant en 3e année de doctorat à l’Université d’Osaka

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