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PRTRデータを活用した化学物質取扱量の推計

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【原著論文】

PRTRデータを活用した化学物質取扱量の推計*

The Estimation for the Handling Amount of Chemicals by Utilizing PRTR Data

田和 佑脩**,矢吹 芳教**,野呂 和嗣**,田澤 慧***,水谷 聡****,

杉浦 隆介****,中村 智**

Yusuke TAWA, Yoshinori YABUKI, Kazushi NORO, Satoshi TAZAWA,

Satoshi MIZUTANI, Ryusuke SUGIURA and Satoshi NAKAMURA

Abstract. Disaster assessment requires preliminary evaluation of chemical risks for specific target areas in a given location. Accidents require knowledge of the type of chemicals, handling amounts, the underlying possibility of emissions leaked, and potential issues caused by release. Herein we obtained data on chemical handling amounts from several local government offices. We analyzed the data in detail to determine the relationship between the release-transfer amount and the handling amount, namely the emission-transfer rate. Moreover, the handling amount was estimated across Japan using open PRTR data on the emission-transfer rate. Key Words: disaster and accident, PRTR data, emission-transfer rate, handling amount of chemicals

1. はじめに 近年,災害・事故に対応する安全工学的な研究 が広く進められ,工場・事業場等における化学物 質による事故発生の防止と作業従事者の安全確保 が図られてきたが,化学物質の環境中への流出・ 漏洩から一般市民の安全を確保するための体系的 な研究は少ない。環境省の報告では,東日本大震 災の際に,蓄電池や変圧器などのPCB廃棄物が 津波後に保管場所から消失したことや,車,船 舶,石油備蓄基地からの重油等の流出に伴う火災 の発生が原因と推察される環境中の多環芳香族炭 化水素類の濃度増加などが指摘されている(環境 省,2012a)。加えて,工場・事業場等から高濃度 のフッ化水素酸や六価クロム等の流出が確認され (厚生労働省,2011; 仲井ら,2013),東京都では トリクロロエチレンの蒸気吸引による工場従業員 の死亡事故が発生している(目黒区,2011)。 このように,東日本大震災では,火災・事故等 に伴う化学物質の流出や市民の健康へのリスク懸 念が生じたが,それらに対して適切な対応が行わ れたとは言い難い。対応すべき自治体が十分に機 能しなかった要因の一つとして,工場・事業場等 で保管されていた化学物質の把握が体系的に行わ れておらず,流出しうる化学物質の把握やその対 策が不十分だったことが考えられる。南海トラフ 巨大地震等の大規模災害に対する国土防災の確立 は喫緊の課題である。しかし,化学物質の流出等 への対応の体系的知見が不十分であること,ま リスク学研究 30(3): 177–185 (2021)

Japanese Journal of Risk Analysis doi: 10.11447/jjra.SRA-0340

* 2020年6月12日受付,2021年2月1日受理

** 大阪府立環境農林水産総合研究所(Research Institute of Environment, Agriculture and Fisheries, Osaka Prefecture)

*** 神奈川県環境科学センター (Kanagawa Environmental Research Center) **** 大阪市立大学(Osaka City University)

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た,高度経済成長期等に構築されたインフラ施設 の劣化等に起因する流出事故が今後増大する可能 性があることなどを考慮すれば,災害・事故等に 伴う化学物質リスクへの対応力強化を早急に図る ことが重要である。 誰もが入手可能な工場・事業場等における化学 物質量に関する情報として,「化学物質の審査及 び製造等の規制に関する法律(化審法)」に基づ く対象物質の製造輸入数量,及び「特定化学物質 の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進 に関する法律(PRTR 法)」に基づく届出対象物 質の排出量及び移動量がある。化審法において は,日本全国における対象物質の製造輸入数量の 集計結果が公表されている。一方,PRTR法に基 づくPRTR制度は,人の健康や生態系に有害なお それのある化学物質が,対象事業所から環境(大 気,水,土壌)へ排出される量(排出量)及び下 水道を通じて,あるいは,廃棄物として事業所外 へ移動する量(移動量)を,事業者が自ら把握 し,国に届け出を行い,そして国が届出データや 推計に基づき,排出量・移動量を集計・公表する 仕組み(経済産業省,2019a)である。PRTR制度 では事業所単位で対象化学物質の排出量と移動量 とが公表されている。そのため,化学物質の量に 関する現状を知るには,全国レベルでは化審法の データを,地域レベルではPRTR法のデータを利 用することが適していると考えられる。なお, PRTR法では化学物質量として排出量と移動量の みを届出対象としているが,東京都,神奈川県, 埼玉県,愛知県,大阪府などの都府県や,いくつ かの政令指定都市,中核市などでは,独自の条例 に基づき,取扱量の届出を事業所に課している (環境省,2012b)。事業所での取扱量は,化学物 質の保管量と関連しており,災害・事故時の化学 物質汚染や住民の健康へのリスクの目安に用いる ことが可能であると報告されている(中村ら, 2019; 杉浦ら,2019)。 これまで,1 自治体(大阪府)の PRTR データ 及び取扱量データに限られているが,排出量・移 動量と取扱量との関係性についての研究が行われ てきた(例えば,中村ら,2019; 杉浦ら,2019)。 業種により取扱量は排出量の約5,000–30,000倍に 相当することが明らかにされている(中村ら, 2019)。また,杉浦ら(2019)は地域における排出 量・移動量からその地域に存在する取扱量を推定 するために,必要な要素が何であるかの分析を 行っており,取扱量を推計するためには化学物質 種だけでなく業種の違いも考慮することが重要で あることを指摘している。これらの研究において は,取扱量と関係があると考えられる項目の抽出 及び検討を行っているが,実際の取扱量推定式の 検討には至っておらず,他自治体の取扱量推定は 行われていない。また,従業員数との関係も検討 されていない。PRTR制度では企業規模の目安に なると考えられる従業員数の届出も課されてい る。同一業種において,事業所の従業員数は数人 から数千人まで様々である。企業規模により保有 する機器や排出対策は異なり,このことが取扱量 あたりの排出量や移動量に影響を及ぼす考えられ るため,従業員数も重要な要素となる可能性があ る。 災害・事故の事前及び事後に迅速に提供できる 情報基盤の整備を目指し,本研究では,まず化学 物質の推定取扱量を地図に示し,可視化すること を目的とした。取扱量の届出を事業所に課してい る自治体から可能な限りの取扱量データを取得 し,排出量・移動量と取扱量の関係式を作成し た。また,先行研究では考慮されていなかった従 業員数を新たに解析項目に加えることにした。さ らに,作成した関係式と国が公表している全国の 対象事業所の排出量・移動量データ(以下「PRTR データ」と記す。)から,各都道府県の取扱量を 推定するとともに地図化し,災害対策への利用可 能性について考察を行った。 2. 方法 2.1 データの取得 本研究の検討フローをFigure 1に示した。PRTR データは「PRTR けんさくん」(環境省,経済産 業省,2019)により入手した。取扱量データは, 11 自治体(札幌市,福島県,神奈川県,相模原 市,愛知県,名古屋市,豊橋市,岡崎市,豊田 市,大阪府,徳島県)より提供を受けた。取得し たデータは2017年度のデータである。なお,取 扱量データは,業種別,化学物質別,さらに事業 所の従業員数区分別 (20人以下,21∼49人,50∼ 299 人及び 300 人以上の 4 区分)に分類され,集 計された形式で取得し,事業所が識別できないよ うに配慮した。大阪府より取得したデータを例と して示す(Table 1)。また,取扱量データの内訳を Table 2に示した。

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2.2 排出・移動率の算定

排出量と移動量との合計(以下,排出・移動量 とする)と取扱量との比を「排出・移動率」と定 義し,以下の式で算出した。

Eabc=Rabc/Habc (式1)

ここで,Eabcは化学物質 a で業種 b の従業員数区

分 c に対する排出・移動率,Rabcは同じく排出・

移動量合計(kg/年), Habcは同じく取扱量(kg/年) を表す。

また,取扱量の推計は以下の式により行った。

Heabc=Rpabc/Eabc (式2)

ここで,Heabcは化学物質aで業種bの従業員数区

分 c に対する推定取扱量(kg/年)を,Rpabcは同 じくPRTRデータから得られる排出・移動量合計 (kg/年)を表す。 2.3 排出・移動率の妥当性の検討 埼玉県では化学物質ごとの取扱量をHP上で公 表している(埼玉県,2019)。そこで,埼玉県の データを用いて排出・移動率の妥当性を検討し た。埼玉県をテストデータとして,本検討で得ら れた排出・移動率と埼玉県の 2017 年度の PRTR データから各化学物質の推定取扱量を算出し,公 表されている取扱量との比率を「誤差率」と定義 した。誤差率は以下の式で算出を行った。 Ga=ΣbcHeabc/Hsa (式3) Gaは化学物質 a に対する誤差率,Heabcは化学 物質aで業種bの従業員数区分cに対する推定取 扱量(kg/年)を,Hsaは化学物質aに対する埼玉 県の年間の届出取扱量(kg/年)を表している。 また,さらなる検討のために,化審法で得られ る製造輸入数量と全国の推定取扱量との比較を 行った。全国の製造輸入数量の集計結果が経済産 業 省 に よ り 公 表 さ れ て い る (経 済 産 業 省, 2019b)。一般化学物質では総量が 1,000 t 以上の 物質については,総量が有効数字1桁で公表され ており,優先評価化学物質では1 t単位で公表さ れている。この製造輸入数量は全国で使用される 総取扱量に近い値であると予測される。全国の 2017年度のPRTRデータと排出・移動率から各化 学物質の推定取扱量を算出し,式3の分子に推定 取扱量を,化審法における2017年度の製造輸入 数量を分母とし,その比率を「取扱・製造輸入 比」と定義した。 計算を行う際に,PRTR法対象物質と化審法対 象物質の紐づけを行った。PRTR法の化学物質に 紐づけされているCAS登録番号(CAS RN)から, 化学物質データ検索システムであるNITE-CHRIP (製品評価技術基盤機構,2020)を用いて化審法 官報整理番号との紐づけを行った。CAS RNがな い物質については計算対象外とした。また,化審 法で公表されている製造輸入数量のうち,全国で の 総 量 が 1,000 t 未 満 の 化 学 物 質 に つ い て は 「1,000 t未満」と表記されており,計算困難であ るため計算対象外とした。化審法における製造輸

Figure 1 Data research flow

Table 1 Example of acquired handling amount data (obtained from Osaka prefecture government) 業種 化学物質 従業員数 区分 排出量 (kg) 移動量 (kg) 取扱量 (kg) 食品製造業 ノルマル-ヘキサン <21 7,200 0 7,200 金属製品製造業 トルエン 21–49 108,340 24,355 186,350 化学工業 キシレン 300< 20,161 73,952 6,111,400 Table 2 Overview of handling amount data

物質数 業種数 11自治体 279 51 PRTR制度 462 57

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入数量のうち,一般化学物質では,総量が1,000 t 以上の物質については,総量の有効数字1桁が公 表されており,例えば1,000 t以上∼2,000 t未満は 有効数字1桁で「1,000」と表記される。取扱・製 造輸入比の計算においては,表記されている数値 をそのまま使用した。 以上の過程で算出した誤差率及び取扱・製造輸 入比から,排出・移動率を比較検討した。 3. 結果及び考察 3.1 排出・移動率の算定 3.1.1 物質別,業種別及び従業員数別の排出・移 動率 PRTR制度において届出対象の化学物質は462 物質あり,そのうち 11自治体で届出されている 物質は279物質であった。このうち排出・移動率 が算出できた物質は249物質であった。排出量と 移動量との合計が0であった30物質については, 排出・移動率を算出できなかった。また,全国で 10以上の事業所から届出があった対象となる化 学物質は241物質であり,そのうち228物質が本 研究で対象とした11自治体では届け出がなされ ていた。そのため,届出の多い化学物質のうち9 割以上が捕捉できていると考えられた。 排出・移動率の算定できた各物質(249 物質) 及び各業種(51 業種)について,排出・移動率 Ea及び Ebの分布を Figure 2a及び2bにそれぞれ示 し た。 化 学 物 質 別 の 排 出・ 移 動 率 は 2.18× 10− 7–1.00 の範囲に分布しており,10− 3–10− 2 ある物質の割合が一番高かった (Figure 2a)。排 出・移動率が最大であった物質は,2-クロロ-4,6- ビス(エチルアミノ)-1,3,5-トリアジン,オルト-クロロトルエン,ブロモトリフルオロメタン及び ポリ塩化ビフェニルの4物質であり,最小であっ た物質は1,1,2-トリクロロエタンであった。ここ で,例えばポリ塩化ビフェニルは現在,使用・製 造が禁止されており,「ポリ塩化ビフェニル廃棄 物の適正な処理の推進に関する特別措置法」に基 づき,事業所内に保管されているポリ塩化ビフェ ニルを一定期間の間に廃棄処分をする必要があ る。排出・移動率が1.00と最大である理由は,廃 棄処分量(移動量)がそのまま取扱量とカウント されるためであった。業種別の排出・移動率は 6.78×10−5–1.00の範囲に分布しており,排出・移 動率が<10−1にある物質の割合が一番高かった (Figure 2b)。排出・移動率が最大であった業種は ガス業であり,最小は石油卸売業であった。この ことから,化学物質間及び業種間の排出・移動率 の差は最大で105–107倍あることが明らかとなっ た。この結果は,大阪府のデータを用いて解析を 行った杉浦ら(2019)の報告と同様の傾向であり, この傾向は全国的なものであることが示唆された。 次に,同一業種における事業所の従業員数区分 ごとに排出量Ecを算出した。そのうち,4つある 従業員数区分を全て算出できた業種22種につい て,従業員数区分別の排出・移動率を Figure 3に 示した。 業種により,排出・移動率の傾向は異なってお り,家具・装備品製造業,一般機械器具製造業や 電気機械器具製造業などでは,従業員数が大きく なると排出・移動率は小さくなる傾向がみられ た。この要因の一つとして,企業の規模により生 産工程における化学物質の歩留まりや排ガス・排 水処理施設等への設備投資に差があり,大規模企 業は効率よく化学物質を使用しているということ が考えられた。 金属製品製造業や燃料小売業などでは,従業員 区分に関わらず排出・移動率に大きな差はなかっ た。これは,同一業種での化学物質の用途の類似 性が高いことが考えられた。また,燃料小売業で は業界団体から「PRTR 排出量・移動量算出マ

Figure 2 Distribution of a) chemical substances and b) industry for emission-transfer rate

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ニュアル」(石油連盟,2015)が出されており, このようなマニュアルの使用により統一した計算 が行われていることが考えられた。 電気業のように従業員数が大きくなると排出・ 移動率が大きくなるものや,食料品製造業など一 定の傾向がみられない業種もあった。この要因と しては,同一業種間においても化学物質を用いる 製 造, 業 務 プ ロ セ ス が 異 な る こ と(杉 浦 ら, 2019)が考えられた。 以上のことから,業種により,企業の規模を示 す従業員数と排出・移動率とは相関があることが 示唆された。よって,排出・移動率の算定には従 業員数を考慮することが重要であると考えられた。 3.1.2 従業員数を考慮した排出・移動率の作成 化学物質,業種及び従業員数規模別に区分,集 計した排出・移動量と取扱量との比から,排出・ 移動率Eabcを算出した。なお,11自治体でデータ のない業種はE(化学物質別のみ), 該当する従業a 員数区分のデータがない場合はEab(化学物質別か つ業種別で算出)を排出・移動率として用いた。 算出結果の例として,化学工業,金属製品製造 業,自然科学研究所,窯業・土石製品製造業にお けるトルエン,ジクロロメタン,ノルマル-ヘキ サン及び鉛化合物の排出・移動率をTable 3に示 した。Table 3の化学工業においては,どの物質 においても従業員数の変化による一定の傾向はみ られなかった。これは,同じ化学物質においても 製品として出荷されるものや,化学処理などで使 用され,環境中に排出されるものなど,用途や排 出過程が異なることにより排出・移動量が異なる と推察された。金属製品製造業においては,各物 質において,従業員数に関わらず同じオーダーで の排出・移動率を示した。これは,同じ化学物質 に対して用いられる用途が類似している可能性が 考えられた。窯業・土石製品製造業のトルエンに ついては,従業員数の減少に伴い排出・移動率が 減少する傾向がみられた。この要因としては排出 処理設備の導入の有無等が関係している可能性が 考えられた。また,自然科学研究所及び窯業・土 石製品製造業のジクロロメタンにおいて,排出・ 移動率が1.00となった。排出量及び移動量の内訳 をみると,自然科学研究所においては,移動量の 割合が約9割を占めており,多くが回収され廃棄 物として出されていた。一方,窯業・土石製品製 造業においては,排出量の割合が約8割を占めて おり,多くが環境中への排出となっており,同じ 排出・移動率であっても,業種により排出量及び 移動量の内訳が大きく異なっていた。

Figure 3 Emission-transfer rate distribution for number of employee categories by industry. Number of legends means 1: number of employees is 20 or less, 2: 21–49, 3: 50–299, 4:300 or more

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取扱量推定及び排出・移動率の妥当性の検討を するにあたっては,Table 3 の結果例に示した算 出結果表を用いた。 3.2 排出・移動率の妥当性の検討 排出・移動率の妥当性を検討するため,排出・ 移動率から算定された推定取扱量と埼玉県での公 表取扱量及び製造輸入数量との比較を行った。ま た,排出・移動率を用いるにあたって従業員数を 考慮することが,精度向上に寄与するか判断する ために,従業員を考慮した排出・移動率 (Eabc)及 び従業員を考慮しない排出・移動率(Eab)の2つの 場合について誤差率及び取扱・製造輸入比を比較 検討した。 埼玉県では235物質の届出があり,そのうち, 埼玉県の PRTR データから取扱量を推定可能な 169物質について誤差率を求めた。範囲ごとに区 分けした誤差率とそれらの区分に該当する化学物 質数を Figure 4に示した。誤差率の範囲が0.1–10 にある化学物質は従業員ありで105種(約62%), 従業員なしでは107種(約63%)であった。 次に全国の推計取扱量と製造輸入数量との比較 を行った。11自治体で届け出されている化学物質 と化審法の化学物質との紐づけを行ったところ, 紐づけできた化学物質は127物質であった。範囲ご とに区分けした取扱・製造輸入比とそれらの区分 に該当する化学物質数をFigure 5に示した。取扱・ 製造輸入比の範囲が0.1–10だった化学物質数は従 業員の考慮あり及びなしともに68種(約54%)で あった。従業員数を考慮することは,誤差率,取 扱・製造輸入比のどちらにおいても,その範囲が 0.1–10に収まる化学物質数に影響しなかった。 さらに,誤差率及び取扱・製造輸入比の全体の 分布幅について比較検討した。誤差率において は,従業員数の考慮ありでは標準偏差191, 尖度 105であり,従業員数の考慮なしでは標準偏差36, 尖度148であった。一方,取扱・製造輸入比では, 従業員数の考慮ありでは標準偏差53, 尖度90であ り,従業員数の考慮なしでは標準偏差116, 尖度 78であった。このことから,誤差率は従業員数 の考慮なしの方が,取扱・製造輸入比では従業員 数の考慮ありの方が,分布幅が狭く,全体の精度 が高いと考えられた。これらのことから,従業員 数は排出・移動率に寄与するファクターであるこ とが示唆された。ただし,1自治体での推計と全 国の推計では推計精度が変わっている。異なる要 因として,例えば,地域における産業形態によ り,化学物質種や業種の偏りがあるということが

Table 3 Emission-transfer rate (Eabc) considering chemical substances, industry and classification by number of

employees 業種 従業員 数区分* トルエン ジクロロメタン ノルマル-ヘキサン 鉛化合物 タイプ 排出・ 移動率 タイプ 排出・ 移動率 タイプ 排出・ 移動率 タイプ 排出・ 移動率 化学工業 1 Eabc 4.83×10−3 Eabc 2.05×10−3 Eabc 5.94×10−3 Eabc 2.25×10−2

2 Eabc 3.46×10−2 Eabc 9.27×10−2 Eabc 5.09×10−2 Eabc 4.74×10−3

3 Eabc 5.51×10−3 Eabc 1.77×10−1 Eabc 2.75×10−3 Eabc 3.84×10−3

4 Eabc 1.21×10−2 Eabc 3.90×10−2 Eabc 2.12×10−1 Eabc 1.45×10−2

金属製品製造業 1 Eabc 9.94×10−1 Eabc 9.53×10−1 Eab 9.30×10−1 Eab 6.84×10−2

2 Eabc 7.04×10−1 Eabc 9.73×10−1 Eabc 9.68×10−1 Eabc 9.75×10−2

3 Eabc 8.20×10−1 Eabc 9.14×10−1 Eabc 9.10×10−1 Eabc 6.27×10−2

4 Eabc 9.52×10−1 Eabc 1.00 Eabc 9.11×10−1 Eab 6.84×10−2

自然科学研究所 1 Eab 1.29×10−2 ̶ ̶ Eab 4.48×10−1 ̶ ̶

2 Eabc 1.00×10−1 Eab 1.00 Eabc 1.00 ̶ ̶

3 Eabc 5.26×10−3 Eab 1.00 Eabc 9.76×10−1 Ea 1.99×10−2

4 Eabc 1.03×10−2 Eabc 1.00 Eabc 3.63×10−1 ̶ ̶

窯業・土石 製品製造業

1 Eabc 1.00 Eab 1.00 Eab 8.79×10−1 Eabc 3.60×10−2

2 Eabc 5.40×10−1 Eab 1.00 Eabc 1.00 Eab 1.40×10−1

3 Eabc 7.20×10−1 Eab 1.00 Eabc 1.00 Eabc 3.35×10−2

4 Eabc 8.69×10−2 Eabc 1.00 Eabc 5.45×10−2 Eabc 2.47×10−1

*1: 従業員数が20人以下,2: 21–49人,3: 50–299人,4: 300人以上

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考えられる。今後,このような要因についても検 討し,従業員数のファクターがどのように寄与し ているのか調べる必要がある。 以上のことから,従業員数の考慮あり及びなし の場合どちらにおいても,化学物質のおよそ半数 が0.1–10倍の範囲で取扱量の推計ができることが 分かった。また,従業員数は推計に寄与する可能 性が示唆された。 次に,従業員数を考慮した排出・移動率で算出 を行った誤差率と取扱・製造輸入比を基に排出・ 移動率について考察を行った。 誤差率が1以上の割合は約66%, 取扱・製造輸 入比は約73%であり,計算より導き出された誤差 率と取扱・製造輸入比は過大評価の割合が高かっ た。過大評価となる要因の一つとして,排出・移 動量が0かつ取扱量が0以上である事業所が含ま れていることが考えられる。また,杉浦ら(2019) は,同一事業種においても当該物質が製品として 扱われているか否かによって排出・移動率は異な り,取扱量と排出・移動量との比がオーダーレベ ルで異なることを明らかにしている。よって,排 出・移動量が0の事業所や大規模事業所の影響に よって,誤差率が過大評価されていると推察され た。本研究においては,このような事業所も含め て排出・移動率を算出しているため,排出・移動 率を過小評価し,誤差率と取扱・製造輸入比が過 大評価されている可能性がある。また,特定の化 学物質を多く使用する事業所の影響により,排 出・移動率が低くなる可能性もあり得る。加えて, 誤差が大きくなる要因として,データ数の少なさ があげられる。本研究で用いた11自治体に存在し ていない業種については,他業種で推定された排 出・移動率(排出・移動率タイプEa)を用いて取 扱量を推定している。例えば,大阪府1自治体で 排出・移動率を算定し,誤差率を求めた場合, 0.1–10に収まった化学物質数は70種(約41%)で あり,11自治体にした場合の方が0.1–10の範囲に 入る化学物質数が多かった。したがって,解析に 用いる自治体数を増やすことにより,幅広い業 種,化学物質のデータが入手できれば,排出・移 動率の精緻化が可能であると考えられた。 さらに,物質ごとの物理化学的性状や排出先を 考慮することも,排出・移動率の精緻化には重要 であると考えられる。化学物質の使用用途によ り,大気への排出の場合には蒸気圧に応じた排出 係数が,水域への排出の場合には溶解度に応じた 排出係数が設定されている場合がある(経済産業 省,2020)。使用用途においては,製造や業務プ ロセスにより異なると考えられる。そのため,こ れら物理化学的性状及び使用用途をパラメータと することで,排出・移動率の精度向上が期待でき る。ただし,現行のPRTR制度では,使用用途の 報告義務はない。 そして,PRTR制度で公表されている事業所の 排出量と移動量が両方とも 0 の事業所がある。 「PRTR けんさくん」から検索した 2017 年度の データによると,全 242,238件のうち,排出・移 動量が0の事業所データは86,744件であった。現 行のPRTRデータだけではこのような事業所にお ける取扱量を推定できない。そのため,取扱量の

Figure 4 Distribution of number of chemicals for the categories of the error rate between the handling amount by the notification data and those by estimated data for chemicals. Grey column: calculation by Eabc emission-transfer

rate, white column: calculation by Eab

emission-transfer rate

Figure 5 Distribution of number of chemicals for the categories of the ratio of estimated handling amounts by the production and import volume for chemicals. Grey column: calculation by Eabc emission-transfer rate, white column:

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推定精度向上には,事業所へのアンケートやヒア リング調査などを行うことが有効であると考えら れる。事業所ごとに化学物質の使用用途や排出状 況などを丁寧に把握することでPRTRデータを補 完し,新たなパラメータを加えることにより取扱 量の推定精度向上が見込まれる。 本研究では,個々の事業所のデータが集約され たものを取得し,オーダーレベルでの誤差を検討 した。アンケートやヒアリング調査などで事業所 単位のデータが取得できれば,さらに精緻な検討 が可能となり,市町村ごとの可視化,メッシュ マップ化が進み,化学物質に対応する災害対策へ の寄与が高まると期待できる。 3.3 都道府県別の推定取扱量の地図化 本検討で算出した排出・移動率を用いて,各都 道府県レベルでの取扱量の推計を試みた。例とし て取扱量を推定した全化学物質の中で良好な結果 (誤差率2.00, 取扱・製造輸入比3.15)が得られた キシレンについて,「地理情報分析支援システム MANDARA」(谷,2017) を 用 い て 地 図 表 示 を 行った(Figure 6)。 キシレンは,主に石油製品・石炭製品製造業, 化学工業,燃料小売業等が盛んな地域で推計取扱 量が大きな値を示した。例えば,和歌山県におい ては排出・移動量は全国の中でも少ない部類であ るが,推定取扱量では多い部類に分類される可能 性が示された。これは,排出・移動率が小さい石 油製品・石炭製品製造業に関わる事業所の排出・ 移動量が多く,これらの産業活動が活発であるた めと考えられた。つまり,排出量と移動量は必ず しも取扱量の目安とはならず,災害・事故を想定 した地域ごとの化学物質リスクを考慮するために は,自治体による取扱量の把握や,本研究のよう な取扱量の推定が重要であると考えられた。中村 ら(2019)は,大阪府を例として,取扱量マップと 南海トラフ巨大地震による想定被害地域との情報 を合わせて可視化することが災害対策に有用であ ると報告している。 ただし,ここでの推定取扱量は年間の集計値で あり,その時間変化(小山,鈴木,2019)や自治 体内の地域偏在性(杉浦ら,2019)を考慮しなけ ればならない。さらに,保管量に関しては,その 届出を義務づけている自治体はほとんどなく,保 管量について推定している先行研究は少ない(例 えば,藤木ら,2009)。藤木ら (2009)は,京都府 内を対象に実施した工場でのヒアリング結果に基 づき,保管量を年間取扱量の 2 週間分としてい る。また著者らが,大阪府内の2つの工場でヒア リングを行ったところ,化学物質によって異なる ものの,保管量は年間取扱量に対して1週間–1か 月分,あるいは2–10%(平均4%)であるという藤 木ら(2009)と近い回答を得た。しかし,調査した 事業所数が限られているため,今後も情報収集に 努める必要がある。 4. まとめ PRTRデータから化学物質の取扱量を推計する 手法について検討を行った。取扱量の推計のため に先行研究で重要な要素とされている化学物質種 及び業種以外に,従業員数を加味した検討を行っ た。11自治体より提供を受けた取扱量と,PRTR

Figure 6 Distribution map of a) release-transfer amount and b) estimated handling amount of Xylene

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届出データの排出量,移動量とを用いて,各化学 物質の業種ごと,従業員数規模別の排出・移動率 を算出した。その結果,同一業種内でも従業員数 規模により排出・移動率の異なることがわかった。 ただし,従業員数の寄与がどれくらいであるかは 今後も検討の必要がある。次に,排出・移動率の 妥当性を検証するため,埼玉県の推定取扱量と取 扱量公表値との比較,そして全国の推定取扱量と 化審法の製造輸入数量との比較検討を行ったとこ ろ,誤差率,取扱・製造輸入比のどちらにおいて も0.1–10倍である化学物質の割合は5割以上で あった。しかしながら,推定値から大きく外れる 化学物質もあることから,データ数の確保や事業 所の状況に合わせたパラメータを補完し,推定精 度を向上させることが必要であると考えられた。 謝辞 本 研 究 は, 環 境 研 究 総 合 推 進 費 S17-4(1) (JPMEERF18S11713) の補助を受けて行われた。 また,多くの自治体担当職員の方々にデータ提供 のご協力をいただいた。ここに謝意を表する。 参考文献 藤木 修,中山義一,中井博貴 (2009) 地震によ る河川水質汚染の影響評価について,EICA, 14 (2–3), 28–36. 環境省 (2012a) 東日本大震災のPCB廃棄物への影 響 に つ い て(第 9 報). https://www.env.go.jp/ jishin/attach/saigai_pcb_eikyo_201212.pdf (アクセ ス日:2019年9月14日) 環境省 (2012b) PRTR 制度に関する自治体アン ケ ー ト・ ヒ ア リ ン グ 結 果.https://www.env. go.jp/chemi/prtr/archive/kondankai/1/4-1.pdf (アク セス日:2019年9月14日) 環 境 省, 経 済 産 業 省 (2019) PRTR け ん さ く ん. http://www.env.go.jp/chemi/prtr/kaiji/index.html (アクセス日:2019年7月10日) 経済産業省 (2019a) PRTR 制度.https://www.meti. go.jp/policy/chemical_management/law/prtr/index. html (アクセス日:2020年2月14日) 経済産業省 (2019b) 化学物質の製造輸入数量. https://www.meti.go.jp/policy/chemical_ management/kasinhou/information/volume_index. html (アクセス日:2020年2月14日) 経済産業省 (2020) 化審法における優先評価化学 物質に関するリスク評価の技術ガイダンス. https://www.meti.go.jp/policy/chemical_ management/kasinhou/information/ra_1406_tech_ guidance.html (アクセス日:2020年9月14日) 厚生労働省 (2011)「東北地方太平洋沖地震に伴う 津波による毒物又は劇物の流出事故等に係る対 応 に つ い て」 に お け る 集 計 結 果 に つ い て. https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001 djj7-att/2r9852000001dmco.pdf (ア ク セ ス 日: 2019 年 9 月 14 日) 小山陽介,鈴木規之 (2019) 災害・事故における 化学物質汚染の管理対象物質の考察,環境化 学,29(3), 95–105. 目黒区 (2011) 東日本大震災における区の対応結 果等(第一次総括)について.https://www.city. meguro.tokyo.jp/kurashi/anzen/disaster/taiousou katu01.files/honbun.PDF (アクセス日:2019 年 9 月14日) 仲井邦彦,上野大介,中田晴彦 (2013) 東日本大 震災後における三陸沿岸部の化学物質汚染の推 移,学術の動向,18, 34–41. 中村 智,田和佑脩,矢吹芳教 (2019) 災害・事 故に備えた大阪府の化学物質対策の取り組み, 環境化学,29(3), 119–128. 埼玉県 (2019) 埼玉県の化学物質排出・移動量及 び 取 扱 量.https://www.pref.saitama.lg.jp/a0504/ kakanhou/syukei.html (アクセス日:2019 年 9 月 14日) 製品評価技術基盤機構 (2020) NITE-CHRIP. https:// www.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/systemTop (アクセス日:2020年2月14日) 石油連盟 (2015) 製油所・油槽所・給油所等にお け る PRTR 排出量・移動 量算出マニュアル. https://www.paj.gr.jp/paj_info/2015_prtr_03.pdf (アクセス日:2020年2月14日) 杉浦隆介,水谷 慧,中村 智,貫上佳則 (2019) 震災時における化学物質汚染の予測に向けた化 学物質の排出・移動量と取扱量の関係の評価 - 大阪府化学物質管理制度を活用して -, 土木学 会論文集G(環境), 75(7), 65–72. 谷 謙二 (2017) 「今昔マップ旧版地形図タイル画 像配信・閲覧サービス」の開発,GIS-理論と応 用,25(1), 1–10. 付録 PRTR対象物質ごとの11自治体の合計取扱量, 誤差率及び取扱・製造輸入比

Table 1  Example of acquired handling amount data (obtained from Osaka prefecture government)
Figure 3  Emission-transfer rate distribution for number of employee categories by industry
Figure 5  Distribution  of  number  of  chemicals  for  the  categories  of  the  ratio  of  estimated  handling  amounts by the production and import volume  for  chemicals

参照

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