作業科学研究,14巻 1 号,2020年12月 研究論文
障害のある子どもと母親の社会参加
∼ Interaction の視点から∼
西方 浩一,小田原悦子
要旨:障害児の母親たちが子どもとの生活をどのように経験し,どのように社会に参加するのかを理解する ために,母親の手記,インタビュー,参加観察からデータを収集した.Blumer のシンボリック相互作用論 (Blumer, 1991)を基盤にした interaction の視点でナラティブ分析した.母親たちは子どもとの生活が始まる と,社会からの孤立を経験したが,移行期を経て,社会に参加し,さらには社会を変えようとしていたこと が理解された.この過程には母親たちの以下の作業が含まれていた.母親たちは,障害児の母親仲間との交 流を通して安心感,肯定感を得て,障害児との生活に関する情報を交換し,外出の機会を獲得すること,社 会に対し障害のある子どもとの経験や生きる姿勢を表明すること,さらに,社会の人々と自分の子育てを共 有することであった.母親たちの作業は,子どもとの将来のために社会を変革するための,主体的社会参加 (activism)であると理解された. 作業科学研究,14,31-40,2020. DOI: https://doi.org/10.32191/jjos.14.005 キーワード:障害児,母親,作業,社会参加 西方 浩一:文京学院大学([email protected]) 小田原悦子 はじめに 人は作業に参加して自分自身のスキルや能力を身 につけ,他者,社会とつながり,人生の意味や目的 を見出す(Law, 2002).世界保健機関は,生活や人 生の状況(life situation)にいかに参加するかは,そ の人の健康に大きく影響すると言う理念を ICF(国 際生活機能分類)で提唱している(World Health Organization: WHO, 2001).しかし,近年この分類 には,当事者の視点,つまり,当事者の主観的経験 が欠如すること(Hammel 他,2008,Bartolac 他, 2018)が指摘され,脊髄損傷者,精神障害者などの 障害当事者の参加に関する研究が行われようになっ た(Whatley 他,2015,Sakiyama 他,2010,Ward 他,2007).Bartolac ら(2018)は,参加経験と健康 のかかわりを障害者の視点から研究した.障害を 持った人々が,他の人々との交流に意味を見出すと ともに,自律的な社会参加に満足を感じることを指 摘し,参加における主体性の重要性を示した. 社会参加の制約は,障害当事者のみならず家族に も影響する.家族もまた日常生活の作業の参加に困 難とストレスをかかえ(中根,2007),家族の健康に 大きく影響があるとの指摘がある(中川他,2009). 中根(2007)は,障害児家族にとって社会との関係 づくりが困難な状況を「disabled family」と呼んだ. しかしながら,障害児の家族がどのように子どもと の生活を経験し,どのように社会参加するのか,作 業の視点を用いて明らかにした研究は見当たらない. 本研究は,母親の視点から障害児の家族の社会参 加を研究するために,現在の生活を肯定的に捉え, 社会参加している障害のある子どもの母親の経験を 作業の視点で明らかにする.前向きに生活する母親 の日常生活や交流(interaction)の経験を理解する ことを通して,障害児の家族の社会参加およびその 健康への影響を理解する.本研究は,障害児の母親 の視点を通して,社会参加に関わる障害児の家族の 考え方,生活,行動(Lawlor 他,1998)を理解し, 作業科学の知識拡大に貢献する.さらに,本研究は, 障害児との関わりを持つことが想定される人々が, 障害児を持った家族の社会参加の経験を理解するた めのモデル構築につながると考える.本研究では,質的研究およびナラティブ分析を用 いた.人は,ナラティブ(会話,インタビュー,日 記,手記,手紙)を用いて自己の経験を表現し,そ の表現を通して自らの考えを進め,問題解決のため の行動を決定する(Garro 他,2000).ナラティブ分 析することによって日常的な行為,経験を理解する ことが可能である(Bruner, 2007)といわれている. 本研究は母親の経験を探索することを目的としてい ることから,これらの方法を用いることとした.研 究の信頼性を高めるために,異なる情報源と異なる 情報形態によるトライアンギュレーション(Flick, 2007)を用いた.つまり,異なる母親たちを情報源 とし,異なる情報形態(手記とインタビュー)から, データを収集した.そのために,以下の 2 段階で データを収集した. 第 1 段階:障害児の母親により書かれた手記から データを収集した.使用した手記は,社会的交流に ついて,出来事だけでなく主観的経験が豊かに記述 されていると筆者らが協議,判断し,以下の 3 冊を 使用した. ・ 石井めぐみ著「笑ってよ,ゆっぴい」フジテレビ 出版.1997 ・ Pearl S. Buck 著,伊藤隆二訳「母よ嘆くなかれ」 法政大学出版局.1993 ・ 幸田啓子著「いっぽいっぽ―ダウン症の娘と共 に」ぶどう社.2009 第 2 段階:障害児の母親のインタビューからデー タを収集した.研究参加者の選定方法は,便宜的サ ンプリング方法および二段階制を用いて実施した. 研究参加者の条件は,発達期障害児の母親であり, 現在は,積極的に社会参加をし,今の生活について 肯定的に捉えている,つまり子どもの状態を受け入 れ,共に生きていこうと思っている方であり,自分 自身の経験について自己開示していただける方とし た. 対象は 4 名だった.子どもの障害及び年齢は, 4 歳から14歳であり,脳性麻痺児 2 名とダウン症候群 2名であった.母親の年齢は,37歳から45歳であっ た.一回のインタビューは, 2 時間程度であり, 1 名の研究参加者から複数回のインタビューを実施し た.インタビュー方法は半構成的面接法を用いた. 参加観察は,インタビュー内容の理解を補足するこ とを目的に,日常生活場面(自宅,職場,母親の自 主グループ,イベント)で合計 7 回実施した.参考 またインタビュー後,参加観察後に,フィールド ノートに観察した内容を書きとめた.インタビュー 内容は,IC レコーダーに録音し逐語録を作成した. 倫理的配慮として,聖隷クリストファー大学倫理委 員会において承認を受け(認証番号11073),研究参 加者には,本研究の目的,方法,考えられるリスク と利益について十分な説明を行い,参加の任意性と 情報の守秘を保障し,口頭と文書により承諾を得た. 2.分析方法 手記は原文を,インタビューデータは逐語録を作 成し,何回も読み,母親がひとりで,あるいは,子 どもや他者と経験した出来事に関する記述を抽出し た.インタビュー内容の理解を補助するために フィールドノートと資料を用いた.抽出した出来事 の内容と母親の主観的経験を表す記述について, Blumer (1991) のシンボリック相互作用論を参考に, 母親の交流(interaction)過程における意味づけを 解釈した.信憑性・確実性を踏まえるため質的研究 を実践する研究グループにおいて,ピア・ディブ リーフィングを 7 回実施した.さらにナラティブ分 析に精通した研究者による監査を設けた. 3.本研究における社会の見方 シンボリック相互作用論(Blumer, 1991)では, 人は相互行為を通して周囲の人や物に働きかけ,そ の経験を通じて,意味づけを行い,更新させ,作業 を変化させると考えている.そこで生まれる交流 (interaction)が社会であり,主体的に人によって形 作られ,流動的に時々変化する過程であると考えら れている.本研究では,母親が作業や出来事を経験 しながらその交流の中で,主体的に形作り意味づけ るものを社会と捉えた. 結果および考察 質的研究の特質上,結果および考察として記載す る. 障害児の母親たちの経験は,ライフクライシス (人生の危機)への直面と,そこからの回復であっ た.母親たちは,障害児の誕生とともに,どのよう に生きたら良いかわからず混乱し孤立した.母親た ちは,その後,同じ障害児の母親たちに会い,生き 方のモデルを得た.育児に必要なスキルを習得し, 新たに障害児の母親としての役割を獲得し,主体的 に社会参加を果たした. ライフクライシスとは,人生の節目にある人がそ
作業科学研究,14巻 1 号,2020年12月 れまでの生活から切り離され,周囲から孤立し(分 離),古い役割を捨て新しい社会的地位に移行して (移行),必要なスキルを獲得し社会に復帰する(再 統合)という特徴があると,van Gennep (2012) は 指摘している.本研究の母親たちの経験は,このラ イフクライシスの理論と同じ質の経験と考えられた. 母親たちが我が子の障害を知り,日常生活が崩れ, 居場所がない経験は,それまでの生活から離れてい く「分離」,その後母親たちが,同じ経験を持つ仲間 と出会い,現実への対処をしながら,他の母親たち, リハビリテーションスタッフ(以下リハスタッフ) などとの交流を通して子育ての共有をし,障害児の 母親の役割を獲得していく過程は「移行」,母親たち が自主サークル活動を立ち上げ,後輩母親や周囲の 人々へ自らの存在と経験を伝え,子どもの将来を拓 くよう主体的に社会参加を果たした過程は「再統合」 と同じ質の経験であると理解された.本稿では,van Gennepにちなんだ,ライフクライシスの 3 段階で ある分離,移行,再統合の名称を用い,それぞれで 経験したこととその解釈を考察する.なお,手記お よびインタビューによって語られたナラティブは斜 体とした.手記における母親,子ども名は原文のま ま,インタビューデータからのものは仮名とした. 1.分離 1 )障害を知る 母親たちは,子どもの誕生を幸福の絶頂と表現し ていたが,子どもの障害あるいは,その可能性を告 げられたことで,混乱した.パールは,我が子の障 害告知を受けると,「心は絶望して血を流している」 と表現するほど悲嘆に暮れた.ケイコは,我が子の 障害を伝えられたとき,「人生で最大のショック」を 経験した.葉子は,妊娠に気づいた時から,子ども との生活をバラ色の幸福であると想像していたが, 我が子の障害告知によって,子どもとの生活の幸せ なイメージは崩れ,彼女は混乱した.その時の様子 を以下のように記した. 葉子:これが私が産んだ子なの?自分の力で息も 吸えずに呼吸一つできないで.あぁ,目を覆いた くなる.この場から一刻も早く逃げ出したい.優 斗の前から消え去ってしまいたい.(p. 39) Stern ら(2012)は,母親の出産後の経験につい て,母親が妊娠中に思い描く我が子の姿と,出産後 に対面した我が子との食い違いに悩むことがあると 指摘している.誕生した我が子が,障害児の場合に は,時間が止まり,その先のことを考える余裕がな くなるほどの外傷体験になることを指摘した.本研 究の母親たちは,思い描いていた子どものイメージ と異なる我が子の誕生をきっかけに,ショックを受 け,混乱した事が理解された. 2 )日常生活が崩れる 本研究の母親たちは,毎日繰り返し行われていた 家事や仕事,趣味活動を支障なくおこなうことがで きなくなった.葉子は,我が子が退院してくると, 一日の生活が子どもの世話で過ぎていき,あたり前 にできると思っていた買い物や家族での外出が困難 になった.葉子は,周囲から取り残され,隔離され たような思いをした.葉子は,我が子に対する友人 の冷たい態度によって,その友達との付き合いを続 けられなくなった.加奈子は,授乳しおむつを換え, 寝かしつけながらも,子どもに愛着を持つことが難 しく,母親として自信が持てず,将来に不安をもっ た.加奈子は,障害児にまつわる「療育」という言 葉すらよく理解できず,子どもとの生活や将来につ いて不安を覚えた.パールは,風景を見ることや, 花の世話,音楽を聞くといった以前には喜びを見出 していたものすべてが空しいものとなった.パール は,もう食事の支度や掃除,花の世話を行っても, 以前と同じような充実感や意味を感じなくなった. パール:すべての人と人との関係だけではなく, あらゆるものが意味を失ってしまうのです.風 景とか,花とか,音楽といったわたしが以前に は喜びを見出したものも,すべて空しいものに なってしまいます.(pp. 65-66) 本研究の母親たちは,繰り返してきた日常が急に 進まなくなり,先の予測も立たなくなり,当たり前 だった周囲の人との交流もうまくいかなくなったと 解釈できる. 3 )居場所がない 本研究の母親たちは,日常生活の中で居場所がな い経験をした.パールは,長女との外出先で出会っ た人々から蔑視され,長女が同年代の子どもたちか ら差別を受けることにより孤立を経験した.良美は, 親子で通う通園施設で,我が子が同年齢の障害児た ちの活動に参加できないことにショックを受けた. 加奈子は,健常児の子育てサークルを見学したが, わが子だけでなく自分も楽しめない場所だったため, 二度と参加しなかった. 加奈子:何か 1 回児童館というところに行った んだけれども,(トシヤは)あまりにも何もでき ない赤ちゃんだから,行ったって別に面白くな いじゃないですか,赤ちゃん自体は.子ども自 体は.で,わたしも,別にそこで,そのお母さ
ち,はいはいとかしているような子たちだった から,(トシヤは)少しは遅れてるのかななんて いうのを思いつつ,ここはわたしの来るところ じゃないかなと思って, 1 回見学に行ったっき り,もう行くのはやめて.あんまり,そういう 何か子どもたちが集まっているようなところに は行かなかったんで. 母親は子どもの活動を自分の延長として経験する という指摘がある(Stern 他,2012)が,子どもが 遊びや活動に参加できないことは,母親たちにとっ て,社会的な交流が持てない経験となったことがわ かる.母親たちにとって,子どもと共に安心して外 出や周囲との交流ができず居場所のない経験となっ たと理解される. 「分離の段階」における母親たちは,日常生活で, 我が子との作業にも,我が子と他の人々と一緒の作 業でも,安心した交流や充実した意味を見出せず社 会から離れる経験をしていたことが理解できる. 2.移行 1 )同じ経験を持つ仲間との出会い 悲嘆にくれ,我が子とどうして生きていけばよい のかわからなかった母親が,同じ障害児の母親たち に会い,前向きに考えるようになり,希望を持つよ うに変わっていった. サクラは,母親同士のおしゃべりで,子どもの病 気や障害,病院,リハスタッフについての情報交換 を行った.サクラにとって,この交流は,親の苦労 を語り合い,励まし合うピアカウンセリングとなっ ていたと語った.葉子は,親たちと出会い,おしゃ べりや買い物に出かけ,思いを共有するようになっ た.同じ経験を持つ仲間が,葉子と子どもの人生を 支える重要な役割を果たした.先輩である母親たち の明るく元気に生きる姿勢は,葉子にとって衝撃と なり,そのライフスタイルが生き方のモデルとなっ た.ケイコは,先輩母親たちとの交流を通じ,それ まで没頭していた訓練や子どもとの関わりについて 振り返った.たくさんあった療育訓練の項目を必要 なものに絞った.子育てについても,障害児だから 何か特別なことをしなければいけないと思っていた が,普通の子育てと変わらず,人として必要な善し 悪しを教える事が大切であると考えるようになった. 加奈子は障害児家族について暗いイメージを持って いたが,先輩母親との出会いによって,そのイメー ジは明るく元気なものへと一変した.加奈子は,明 通園施設で初めて障害児の先輩母親たちに出会った 時の印象を以下のように語った. 加奈子:お母さんたちは,別に普通の人で,み んな普通のお母さんで,すごい明るくて,楽し そうにしているわけですよ.あー,なんか障害 者のイメージ,私が持っているイメージ,すご い悪いものがあったので,暗いイメージがすご くあったので,あっ,なんかみんな明るいなっ て,あっ,そうなんだって,なんか.あー,来 てもいいかなって思って.(中略)うちなんかよ りもっと重度の障害のお母さんもたくさんい らっしゃって.だけど,みんなすごく明るくて. なんかその姿だけでも勇気づけられて.あー, こういう世界があるんだなって.で,お母さん, みんながんばってんだなっていうのをすごい ズーンて感じて.でも,もうすごいそこのもう 一員というか,そこで私はみんなとすごく仲良 くなって,もっとみんなでこうしようよ,ああ しようよっていう人になってくるわけです 同じ経験を持ち前向きに生きる仲間と出会い,作 業を共にすることは,母親たちが子どもと生きる自 分の姿勢を振り返り,前向きに生きることを促す力 があると考える.Stern ら(2012)は,女性が出産 を経て母親としてアイデンティティーを確立するに は,周囲からの支えや子育て経験者とのつながりを 通じ,様々な不安や心配事を解消し,母親であるこ との自覚を促すことが必要であると指摘した.母親 業はある種の技術の習得であり,新米の母親はみな 既存のモデルや先達のもとで,見習いをする必要が ある.先達の役割は,新米の母親が親としての実力 を伸ばせるように励まし安心した心理的環境で相手 を包み込むことであり,この心理的環境を支持基盤 と呼んだ(Stern 他,2012).先輩母親との交流がア イデンティティ獲得のための支持基盤を与えたと考 えられる. さらに,事件や事故などの予期しない出来事に遭 遇した心的外傷経験者や障害児の家族が,同様の経 験を持つ人々と交流することで,孤立感,恥辱感を 洗い流し,癒やしや安心,肯定感をもたらす効果が ある(Herman, 1999,中根,2006)と言われてい る.母親たちの存在を肯定し,安心感をもたらし, 行動を振り返るには,同じ経験を持つ仲間との作業 が必要であったと考えられる.
作業科学研究,14巻 1 号,2020年12月 2 )現実への対処 本研究の母親たちは,子どもの世話で忙しく,い ろんな困難のある,ストレスフルな生活を送りなが ら,個人になれる作業に従事し,気持ちを切り替え ていた.良美は,趣味活動やアルバイトによって, 気持ちがリフレッシュされると感じていた.サクラ は,片時も離れない子どもを抱きながらよく本を読 んだ.サクラにとって読書は,学校の教員であった という職業柄,慣れ親しんだ作業だった.慣れ親し んだ作業には,他にも,リハビリテーション(以下 リハビリ)で子どもが興味を示し,良い反応が得ら れたおもちゃを作成することや,インターネットを 使った玩具探しがあった.サクラは以下のように 語った. サクラ:そうですね.不安から,何だろう…… 見る角度を変えることができたというか,コウ タの.真正面から,リハビリで泣き続けても, 現実的には「今,どうしたらいいの?」みたい な状態が,本を読んでいるときは,別にそれに 向き合わなくていいので,ちょっと切り替えら れたかもしれないですね.……リハビリで,本 人がちょっとノッてやったおもちゃを探したり, ネットで探したりとか,ちょっと似た物を作っ てみたりとか.結局,仕事の延長をしてたって いうか. 良美は,母親役割から 1 日に数時間離れ,個人と して作業に従事することで,日常の心配事から距離 をおき,気分転換になったと理解できる.サクラは, 仕事で行っていた慣れ親しんだ作業により,日常の 煩雑さや子どもの心配から意識を外し,気持ちを切 り替える事ができたと理解できる. 障害児のケアを担う母親は,日常の生活で多様な 困難に直面し,対応に追われ,ストレスを抱えると の指摘がある(新美他,1985)が,本研究の母親た ちは,日常の困難さから,一時,距離を置き離れる (鷹野,2011)という,ストレスコーピング(林他, 1990)を活用していたと考えられる.ストレス状況 から遠ざかり,気を紛らわす回避型ストレスコーピ ングには,ストレス対象との関係性の意味について 再考する力があり,特に対人場面において有効であ る(森田,2008).加えて,重症児を持つ親の介護負 担に関する研究において,仕事やボランティア,学 習などの生産的社会的活動に参加する親たちは,介 護負担の程度に関わらず,主観的健康状態を維持す ると指摘されている(矢次他,2013).子どものケア から,一時離れ,個人として行う作業には,母親の ストレスを軽減し,子どもとの関係を再考する力が あると考える. 3 )子育ての共有 子どもと共に不安な思いをしていた本研究の母親 たちは,子育てを分かち合う仲間の存在により,不 安を軽減させ,子育てに従事していった.葉子は, 引っ越し先の近隣者から暖かく受け入れられ,子ど もの世話で助けられたことを周囲から救われる経験 と感じた.加奈子は,子どもを保育園へ預けるよう になり,保育士との子どもの細かな成長や発達する 姿が書かれた連絡ノートを使った交流で,共に子育 てをしている実感を得て喜んだ.サクラは,子ども が NICU (新生児特定集中治療室) に入院している 間,看護師と交換日記を行った.交換日記は,子ど もの日々の治療内容や飲んだミルクの量などが記さ れた.別々に生活するサクラにとって,我が子の姿 や成長を知ることは,喜びとなり我が子の理解を促 し,子育ての実感を与えたと考えられる.サクラは, 子どもの退院後にリハビリに通った.サクラは,リ ハスタッフに睡眠や入浴の問題,必要な日常道具, 育児の困りごとについて相談した.リハスタッフか らの先を見越した指導は,日常の困りごとを解決へ と導いた.サクラは継続的な援助から,障害児の世 話に必要なことを学び,新しい生活を構築した. サクラ:その先生(理学療法士)は,実際リハ は厳しいんですけど,非常に私と似ているとこ ろがあって,先に先に読んで,「今,ST (言語 聴覚士) を始めたほうがいいよ」とか.それこ そこの間もお話ししましたけど,ST (言語聴覚 士),OT (作業療法士),PT (理学療法士)の チームで診るっていうのも,PT の先生の提案 ですし.日常,お風呂が結構大変になってき たって言ったら,「そうしたら,もうシャワー椅 子を買ったほうがいいよ」とか,次々に提案し て,即動くんですね.「じゃ,工房さんに連絡す るから」とか.それに乗っかっていくと,非常 に早く,全ていろんな物が出来上がってきて, 1 歳前にバギーも座位保持もできてっていう. 母親にとって子育ては,重大な責任と義務となる が,障害児の場合は,よりいっそう困難になるので 工夫が要求され,この難題に取り組むには,同じ経 験を持つ母親や子育ての専門家と問題を分かち合い, 共に手立てを探し,話し合うことが必要である (Stern 他,2012).本研究の母親たちにとって,子 育ての支援を受け,子どもの成長を共に理解するこ と,問題解決を共有することは,母親たちの不安を
母親たちにとって,他者と子育てを共有し,その方 法を理解することは,困難な子育てに立ち向かう勇 気とエネルギーを与えると考えられる. 「移行の段階」における母親たちは,先輩母親たち との交流を通じて,自分の子育てを肯定的に意味づ けるようになり,子育てを共有する仲間との交流に より,母親としての自信と充実感を獲得し,社会参 加の足がかりを作っていったと考えられる. 3.再統合 1 )自主サークル活動 本研究の母親たちは,障害児の親たちと出会うと, 主体的に集まり,外出,情報交換,勉強会を行うよ うになった.加奈子と仲間の交流は,通園施設の一 室を借りての昼食を共に過ごすことから始まり,通 園施設の外でも行われるようになった.加奈子たち は,ピクニックや飲み会などの行事や集まりを開催 しては,励まし合い,祝福しあい,子どもの成長を ともに喜んだ.加奈子は,その活動を発展させ,定 期的に集まる自主サークル活動を結成した.自主 サークル活動の内容は,子育ての情報交換,療育の 専門家の相談,バザーなどだった.イズミは通園施 設で知り合った保護者のために,外出を企画し,仲 間でピクニックや勉強会を行った.サクラは,我が 子が母子分離の通園施設に入園すると,障害児の親 のサークル活動に参加した.サクラは,教員の経験 を生かし,後輩母親たちの相談に乗り,サークルに 参加する子どもたちの世話をした.このサークル活 動で,コウタは子どもたちや他の母親と交流し,生 活範囲が大きく変化した.サクラは,自分の世界も コウタの世界も広がり,コウタが成長したことを喜 んだことを以下のように語った. サクラ:私自身が動くことでいろんな出会いが あるから,そこの出会いの中で,またコウタに プラスになることはたくさんあるので.(中略) (私は,グループの)一応主催だから,終わるま でいますよね.そうすると,私は片付けをした りとか,お母さんたちの話を聞いたりとか,子 どもが飛び出しそうになると捕まえたりしてい るから,放っておかれるんですよね.だけど, (コウタは)放っておかれても,他のお母さんが かかわってくれたり,友達がかかわってくれる. そういう意味で,彼の世界も広がっていると思 うので. 中根(2006)はセルフヘルプグループのメリット 育てることの意味について一緒に考えること,親の 目線で話しあうことを挙げている. 本研究の母親たちも共に集い,情報を交換する中 で実生活での工夫をやり取りし,問題を解決するた めに,励まし合い,子育てに必要な情報,技術を獲 得しながら,社会へ踏み出していった.さらに,こ れまで躊躇し,困難さを抱えていた外出や飲み会な どを実施することが可能になった.これは,守られ る存在から,自らの力で社会との交流を持つように 変化したと考えられる. 2 )存在と経験を伝える 本研究の母親たちは,障害児の育児や工夫,子ど もとの生きる姿勢を後輩母親や一般の人々に伝えた. 葉子は,自分たち家族が外に出かけ,存在を表すこ とが,障害のある人々の理解につながり,誰もが暮 らしやすい世の中を作ると考え,旅行,ディズニー ランド,外食など,夫婦が元々楽しんでいた作業を 子どもと共に行うようになった.ケイコは,子ども の障害の啓発活動を目的に小中学校,高校,大学, 学校の先生,一般から療育関係者などを対象に講演 や体験学習を実施した.ケイコは,同じ目的を持っ た仲間と協力し,障害に対する偏見のない世の中を 作るために,講演・体験学習を通じた普及活動を継 続した.サクラは,文集を使って後輩の障害児の親 たちへのメッセージ送った.その内容は,子どもと の生活で悲しみや不安な状況は,そう長くないこと を伝えるものだった.イズミは,障害児の子育てに 苦労している人々の役に立つために障害児を育てる 際の工夫やヒントを盛り込んだ情報誌を作成した. イズミ:今度は情報誌を作ろうと思っていて, 一番やりたいことは,みんななんか持ってるん です.お母さんたちっていろんな情報,実は 持っているんだけど,それが外に出ない.その 中で終わっていて,口伝えで伝えられた人だけ に伝わっている.そういうのもったいないから, 情報誌にしちゃって,そしたら自分の知ってる 人よりもうちょっと先まで,その情報がつな がったら,悶々とする人が少なくなるかなと 思って. 本研究の母親たちが行ったことは,障害児の親と して,自分たちの存在を周囲に知らせ,自分たちの 経験を伝えるための作業であったと理解される.一 般の人々へは,障害に対する偏見を軽減し,共に生 きる存在としての理解を促し,これから障害児の親
作業科学研究,14巻 1 号,2020年12月 になる人々には,そのライフクライシスを乗り越え, 新しい生活を構築できるようにと伝達,発信したの だと考える.Frank (2002) は,病む人々が病気とと もに生きる自分の生き方を語り,他の人々にその生 きる姿勢を伝えることを,「証人」の役割と呼んだ が,母親たちは,障害児の母親の「証人」としての 役割を持ち,社会へ存在と経験を伝えたと考えられ る.かつて,受け入れられことで安心を得て,肯定 される存在だった親たちが,自らの存在を発信し, 社会の一員として働きかける障害児の家族となり, 関わる人々とつながって社会へ積極的に参加したと 考える. 3 )子どもの将来を拓く 本研究の母親たちは,子どもの将来を拓く作業に 従事していた.葉子は,子どもが普通に学校へ通う ために,自治体への陳情や交渉をした.良美は,子 どもにとっての適切な環境をつくるために学校に働 きかけた.良美は,我が子が通う学校の教員に子ど もの機能や個性を適切に理解してもらい,よりよい 教育の機会を得るために,教員への伝え方を,母親 同士で相談し,働きかけた.イズミは,サークル活 動を,親や障害児だけでなく,そのきょうだいが集 まるようにした.将来,きょうだいが助け合い,困 難を乗り越えていけるよう協力体制作りを意図して いた.加奈子は,月 2 回母親たちの自主サークル活 動を開催するために,就学前の障害児から,高校を 卒業した障害者まで出入りしている市の福祉施設を 借りるようになった.加奈子は,福祉施設で成長し た障害者との交流や,親の会に入会することによっ て,成長した障害者の先輩母親との関わりを持った. 加奈子はこれらの活動を通じて,近い将来,我が子 と自分が経験する環境を知ろうとした.加奈子は, 将来,経験するであろう状況,環境を知っておくこ とで子どもたちの可能性を広げられると考えていた. 加奈子:少しずつああいう障害者福祉センター とかに出入りすることで,私,自分,今,免疫 をつけている,自分に.いずれそういう世界に 入っていくから,(中略).最近,手をつなぐ親 の会っていう知的障害の親の会に入会して,そ ういうふう,もっともっとすごい先輩お母さん たちとももう少しつながるようにしようと思っ て,(中略)ダウン症の子はこうやってこういう 学校に行ってこういう仕事を,ダンボール集め の仕事をするのがダウン症だよとか言われたら, ウワッ,そんなの絶対嫌だと思うわけですよ. もっともっと可能性はあるはずだ.ダウン症の 子はダンサーになる子もいっぱいいるよとか. 別にダンスだけじゃないだろうって思うわけで すよ.だから,そういうのも何ていうんでしょ うね,なんか違う.いろんなことをやらせて, 彼が本当にやりたいこと,いい環境とかを思っ たりします. 障害児の母親は,自分の子育て経験を伝えるだけ でなく,将来を見据えて,子どもやそのきょうだい を含む家族の生活に可能性をもたせられるように社 会に働きかけたことが理解できる.母親たちは,障 害を持った子どもたちの将来のために,社会変革まで も目的にした主体的社会参加(activism)(Llewellyn 他,2003)によって,社会への再統合を促進したと 理解された. 「再統合の段階」における母親たちは,外出,情報 交換,勉強会などの作業を通じて主体的に交流を構 築した.それら交流は,障害児とその家族の存在を 周囲に伝えつつ,子どもの将来を見据えた社会参加 に発展したと理解できる. 4.母親たちの経験した社会と健康への影響 本研究の母親たちが子どもの誕生後にまず経験し たことは,自分の子どもとの交流,他の人々との交 流という,意味のある作業の喪失だった.そこから, 交流を作ること,つまり社会に参加することが母親 たちのテーマとなった.母親たちは,開放的な障害 児の先輩母親に障害児の母親のモデルを見出し,リ ハビリや育児の専門職者との交流を通じて,子ども との生活に肯定的な意味付けを模索しながら,社会 的交流を広げていった.それは,子どもたちが将来 社会の中で意味のある作業的存在であることを目指 して,子どもたちとの作業参加を促す作業だった. 母親たちは,さらに,新しい交流を作りつつ,社会 に自分たちの存在を啓発するという意味を持ち,社 会から分離した存在から主体的な社会参加を果たし た.母親たちが推進したこの社会参加は,我が子の 将来に希望や可能性を見出すという意味で,母親の 健康をも意味すると考える. Blumer (1991) によると,人は他者との交流を通 してそこに意味を見いだし,さらなる交流の経験で その意味を更新し,社会を作る.本研究の母親たち は,我が子と生き,我が子が将来意味のある存在と して生きてゆくために,我が子との生活,子育てに 必要な交流を通して見出した意味を更新しながら, 社会を作ったと考える.母親たちは,我が子や他の 人々ととともに行う作業の意味を肯定的なものに更 新しながら社会参加を果たしたことが理解できる.
ちも,意味ある作業,つまり,交流の喪失から出発 したが,主体的に集まり,多様な交流を積み重ね社 会をつくっていった.さらに,母親たちは,子ども たちが参加する将来の社会つくりをも推進したと考 える. 本研究の限界 本研究は,社会参加に積極的な障害児の母親を対 象に,子どもとの日常生活の経験を研究した.社会 参加に否定的な姿勢の母親からのデータは含まない が,そのような母親の社会参加を促そうとするとき に,Blumer(1991)のアイデアをもとに,本研究で 議論した交流の意味付けを通した社会つくりという 考え方は参考になると考える.本研究の母親の子ど もたちは,学齢期までであり,障害の種類は脳性麻 痺やダウン症候群に限られているので,本研究の結 果が他の障害や学齢期以上の子どもの場合に適応す るとは限らない. 結語 子どもの障害により,ライフクライシスに陥った 母親の作業と社会参加との関連について分析した. 障害児の母親にとって,仲間を作り,共に作業を行 い共有することが,癒しとなり,勇気とエネルギー を与え,社会参加を促進する力となったと理解され た.障害児の母親における社会参加には,集合する こと,周囲に働きかけることといった主体的社会参 加が重要であることが示唆された. 謝辞 本研究を実施するにあたりデータ収集にご協力いただい た研究参加者の方々に深謝いたします. 文献
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Social participation of mothers and their children with
disability: Viewpoint from interaction
Hirokazu NISHIKATA
1), Etsuko ODAWARA
2)1) Bunkyo Gakuin University
Abstract: The purpose of this research was to understand how mothers of children with disabilities experienced their life with their children and how they participated in society. Through mothers' notes, participant observa-tion, and interview, data was collected. Using Blumer's Symbolic Interaction Theory (Blumer, 1991), we con-ducted narrative analysis of data from the viewpoint of interaction. Although, since the start of life with their children, the mothers felt isolated from society, through the transition period, the mothers took part in society, then they tried to change society. The transition process included the following occupations of the mothers: inter-acting with their peer mothers who had children with disabilities gave the mothers a sense of security and affir-mation, exchanging information about how to live with their children and getting opportunities to go out with their children. The mothers expressed this society their lived experiences and attitudes with their children with dis-abilities. In addition, the mothers shared their child care with others in this society. We learned that through the mothers' occupations they developed active social participation (activism), and began to change society for their own and their children's future.