﹃ 壁 ﹄
関連テクストにおけるゴチック体
│安部公房のタイポグラフィ│
は じ め に 拙稿﹃何が壁なのか﹂(注1)では、安部公房﹃壁﹄関連テクス ト を 網 癒 し て そ の 異 同 を 明 ら か に し 、 断 固 定 的 な ス テ マ を 示 し た 。 ま た、グアリアントの発生原因として、①作家による改稿、②誤植、 ③誤記を正し、統一されていない表記を揃えようとする編集意餓、 ④旧仮名から新仮名への変換や、効音促音の区別をつける際に生じ る 一 解 釈 の 問 題 、 ⑤ 一 行 あ た り の 字 数 が 変 る と き の 改 行 解 釈 、 ⑥ ル ピ の添加、の六つを想定し、それぞれの例示と簡単な考察を行なった。 その際、②に近いが別の問題を含むゴチック体や太字、大文字の用 法については扱いきれなかったので、この誌面を借りて考察を加え て お き た い 。烏
耕
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﹃ 事 象 ﹄ と ﹃ 赤 い 蘭 ﹄ の 場 合 ﹃ 壁 ﹄ 関 連 テ ク ス ト の 中 で こ の 問 題 と 関 わ る の は 、 ﹁ 事 業 ﹂ ﹁ 赤 い 筒﹂﹁S・カルマ氏の犯罪﹂﹁パベルの嬉の狸﹄の四編であり、﹁魔 法のチョーク﹂と﹃洪水﹂には用例が見つからない。以下、この関 連する四編の初出と初版について、どこにゴチックや太字、大文字 が使われていたかを盤理しながら分析していく。 ﹁事業﹂(最初の番号は﹁何が壁なのか﹂でのリスト番号、後は全 集 の 頁 段 行 ) ー 2 m 上 1 偶然こそわれらの神である←︻太字︼則上 5 道徳をよそおうこ とが道徳←︻太字︼切下げユ l ト ピ ヤ ← ︻ 太 字 ︼ まず、世紀の会の共同制作として出版されたガリ版刷りの書物、 ﹃事業﹄について見てみよう。最初に太字とされている箇所の前後 は、﹁聖プリニウスは言った。偶然こそわれらの神である。私もま たこの神を信ずるものである。﹂となっており、次の箇所は﹃道徳 1をよそおうことが道徳││わが神の言葉である。﹂となっている。 どちらも重要な言葉の引用であり、また、最初の箇所の文脈によれ ば、二番目の言葉は﹁偶然﹄という神の言築ということになる。最 後の箇所は﹁私はこの機械をユ
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トピヤと名づけた J という部分 なので、引用ではないが、この小説のテ17
に関わる機械の名前な ので、やはり軍要な言葉を太字で表していることになる。初版 ( 6 ) 以降では、これらの太字節分に強調はなされていない。 ﹁ 赤 い 繭 ﹂ 3 仰 下 日 ︻ 他 ︼ 彼 l ︻ ゴ チ ッ ク ︼ ク ︼ 雑誌﹁人間﹂に発表された﹃赤い繭﹄の場合は、﹁では公園のベ ン チ は ど う だ 。 む ろ ん 結 構 。 も し そ れ が 本 晶 画 に お れ の 家 で あ れ ば 、 犠棒をもった彼が来て追いたてさえしなければ:::﹂という箇所以 降、警官らしき﹁彼﹄がすべてゴチックで表されている。この違い はややわかりにくいが、その前に出てきて窓を閉めた﹁彼女﹂の明 朝体とは明らかに違う。﹃彼﹂という代名飼を固有名詞的に用いる ことを明示するためのゴチックであると考えられる。﹃彼﹂の言集 を聞いた﹁おれ﹂は、﹁さまよえるユダヤ人とは、すると、おれの ことであったのか?﹄という感想を洩らすが、そこにもゴチックが 用いられている。これも﹁事業﹂と同じように、聖書に由来する重 要な言楽である﹁さまよえるユダヤ人﹂を強調する役割を果たして 下m
さ ま よ え る ユ ダ ヤ 人 1 ・ ︻ ゴ チ ツ いるだろう。﹁事業﹂と同じく、初版 ( 6 } 以降ではこれらの太字 部分に強調はなされていないが、特に﹁彼﹂の用法は特異なもので あ り 、 ﹃ 夢 の 逃 亡 ﹂ ( 注 2 ) などにおける固有名詞の問題と共に考え ら れ る べ き も の で あ ろ う 。 ﹁ S ・カルマ氏の犯罪﹄のグラフィカルな紙面と活字 4 ( 6 との相違点)抑上 1 目 ︻ 明 朝 大 文 字 ︼i
百 一 朝 ︼ 抑 上 6 ﹃ こ こ に い た ! ﹂ ︻ ゴ チ ッ ク ︼i
﹃ こ こ に ゐ た 1 ﹂︻明朝︼下m
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旅 へ の 暗 闘 い ! / 世 界 の 呆 に 関 す る / 櫓 瞬 時 酬 と 映 画 の タ ベ ︻ ゴ チ ッ ク ︼l
旅 へ の 傍 ひ ! / 世 界 の 呆 ︻ こ こ ま で ゴ チ ッ ク 、 以 後 明 朝 ︼ 制 下 ロ 鎌 へ の 緩 い 1 世 界 の 果 に 関 す る 続 演 と 映 画 の タ ベ ︻ ゴ チ ッ ク ︼ ← ︻ 明 朝 ︼ 下 回a '
げ 死 ん だ 有 機 物 か ら / 生 き て い る 然 織 物 へ ! ︻ ゴ チ ッ ク ︼i
︻ 明 朝 ︼ 却 下 問 世 界 中 、 ど こ ま で も : : : ︻ ゴ チ ッ ク ︼ ← ︻ 明 朝 ︼ 仰 下 93U 特 殊 喫 茶 ・ 時 / キ ャ バ レ ー ・ ロ ン ド ・ / ラ ・ ク ン パ ル シ l タ 。 ︻ ゴ チ ッ ク ︼i
︻明朝︼必下 1 世 界 の 呆 ︻ 花 文 字 の 縛 絵 ︼ ← ︻ 囲 み 野 線 に ゴ チ ッ ク ︼ 制 上m
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下 U 貌 判 速 報 ︻ 明 朝 大 文 字 ︼ ← ︻ 明 朝 ︼e
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上 1 目︻明朝大文字︼棚上 MS ・ カ ル マ ︻ ゴ チ ッ ク ︼ 組 下u
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・ カルマ︻ゴチック︼湖上 6 ﹃ こ こ に い た ! ﹂ ︻ ゴ チ ッ ク ︼ 下 回 ' E U 旅 へ の 幅 闘 い 1 /世 界 の 呆 に 関 す る / 勝 演 と 映 画 の タ ペ ︻ ゴ チ ッ ク ︼ 制 下 回 旅 へ の 誘 い ! 世 界 の 呆 に 関 す る 講 演 と 映 画 の タ ベ ︻ ゴ チ ッ ク ︼ 下m
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死 ん だ 有 機 物 か ら / 生 き て い る 無 機 物 へ 1 ︻ ゴ チ ッ ク ︼ 御 上 USM マ ネ キ ン 人形 製 造 専 門 / 各 種 注 文 に 応 じ ま す ︻ ゴ チ ッ ク ︼ 郷 下
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世 界 中 、 ど こ ま で も -︻ ゴ チ ッ ク ︼ 郷 下 93U 特 殊 喫 茶 ・ 喝 / キ ャ バ レ ー ・ ロ ン ド 。 / ラ ・ タ ン パ ル シ l タ 。 ︻ ゴ チ ッ ク ︼ 仰 上 筒 綾 判 速 報 ︻ 盟 明 大 文 字 ︼ ﹁s
・ カ ル マ 氏 の 犯 罪 ﹂ の 初 出 { 4 ) と初版 ( 6 ) を見比べてみ て気が付くのは、初版で多用されるゴチックの、初出における意外 なほどの少なさである。﹃近代文学﹂の初出でゴチックが用いられ ているのは、事務所での名札を表す﹁ S ・ カ ル マ ﹂ と い う 文 字 以 外 、 すべて囲み罫線の中であり、地の文の中にゴチックが現れることは ない。名札、名刺、ピラ、看板、スクリーンの文字をそのまま引用 する場面にだけゴチックが使われている。抑下回1
げ の 広 告 ピ ラ の 引用では、見出しの﹁旅への誘い!﹂と﹁世界の果﹂までがゴチッ クで、後は明朝の形になっており、初版よりも﹃世界の果﹂という 言築を強調した形になっているのが特徴だが、全般にはゴチックの 用例が少なく、おとなしい紙面であると言えるだろう。ところが月 咽書房の初版になると、桂川寛による掃絵が加わった上にゴチック も多用され、紙面は華やか8
を泊してくる。初出を引き継いだ囲み 罫線の引用部分はもちろんのこと、本文中にも様々な形で大文字や ゴチックが現れる。本文一行自の﹁目を覚ましました。﹂の﹁目﹄ は、他の文字の二倍以上の大きさになっており、洋舎のイニシャル 組みを思わせる。動物園で﹃ぼく﹂を見つけた追手の発するご﹄こ にいた!﹂という声がゴチックで組まれているのは、﹁大声﹂を視 覚的に表したものであろうか。制下ロの﹁旅への誘い﹂一広々の部分 は囲み罫曲線ではなく、以前見たピラであることを語る地の文の一部 なのだが、ここもゴチックで組まれており、部分的ではあれ視覚的 な再現効果を持っている。﹃世界中、どこまでも:::﹂というのは 仰 上u
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幻で哲学者や数学者が鰭ったことの要約であり、﹁ぼく﹂ が世界の果に行くべきことを示唆するマネキン人形の言葉の一部で あった。これは﹁事業﹄や﹃赤い繭﹂と同じく、重要な言楽をゴチ ックで表す用法と言えるだろう。﹁特殊喫茶・鳩﹂云々は﹁じめじ めする狭い道﹄に並ぶ看板の文字の引用であり、罫線に固まれては いないが、名刺の引用などと同様の手法と言えるだろう。﹁裁判速 報﹂もピラの引用であり、これはゴチックではなく号数を上げた明 朝の大文字で囲み罫線の中に表されているが、やはり視覚的な引用 となっている。初版における縛絵と本文との有機的関係については 拙稿﹃月唱書房版﹃壁﹄について﹂(注 3 } で 考 察 し た と お り だ が 、 こうしたタイポグラフィはそうした視覚的表現を補助する役割を果 た し て い る 。 ﹁ 動 物 園 ﹂ の 方 角 を 示 す 立 札 や 、 マ ネ キ ン 人 形 の 看 叡 、 ﹁世界の呆﹂の映画の画面などは、桂川寛による挿絵で表現されて おり、掃絵と本文中のタイポグラフィとの緩和性を高めている。 3 四 ﹃パペルの婚の狸﹄の錨れの問題 5{6 との相違点)仰上m
・ 下 M と ら ぬ 狸 ← ︻ 明 朝 ︼ 制 下 ロ ・ 制 下ω
と ら ぬ 狸 ← ︻ ゴ チ ッ ク ︼ 制 下 3 ぼ く の 題 が ︻ 狸 の み ゴ チ ッ ク ︼ ← ぼ く のが ・ 上 回 山 狸 ← ︻ 明 朝 ︼ 制 下 5 狸 ← ︻ ゴ チ ッ ク ︼ 。 。 F H u -a u o e -n H V
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E -F 1 6 M 切 下 4 ・ M 咽 下 2 ・ M W 上 7 ・ 必 上 1 ・ 上 2 ・ U 下 2 ・ 下 H M -U 下 1 ・ 下 U . 仰 上u
・ 上 防 ・ 下 7 ・ 仰 上 1 ・ 上u
・ 上 尚 ・ 上m
-下 M ク 下 幻 ・ 仰 下 8 ・ n gu
上 5 ・ 下 1 ・ 円 引 下 2-U 下 4 ・ 下 向 -U 上 4 ・ 錦 上 5 ・ 錦 上 2 ・ 上 回 四 ・ 組 閣 下 時 ・ 組 下ω
・ 下 " と ら ぬ 狸 ︻ ゴ チ ッ ク ︼ 制 下 3 ・ 下 4 ・ 下 9 ・ 制 上 ロ ・ ' a 泊 四 上 5 ・ 上 回 ・ 下 3 ・ 下 M H ・ 下ω
・ 錦 上 7 ・ 上 辺 ・ 上 初 ・ 下 時 ・ 錦 上ω
・ 下 泊 四 ・ 下m
-下 辺 ・ 御 上 6 ・ 上ω
・ 上 向 ・ 下 3 ・ 下 5 ・ 下 7 ・ 下 8 ・ 制 下 凶 ・ 下ω
狸 ︻ ゴ チ ッ ク ︼ ﹁ バ ベ ル の 婚 の 狸 ﹂ に お け る ゴ チ ッ ク は 、 ﹁ と ら ぬ 狸 ﹂ と ﹁ 狸 ﹂ に の み 使 わ れ て い る 。 とれは基本的には﹃赤い繭﹂の﹁彼﹂と同じく、パベルの繕に数多 くいる﹃とらぬ狸﹂たちの中で、﹁ぼく﹂の影をくわえていった一 匹だけを指す固有名を表すのに用いられているようである。しかし、 そこには初出・初版ともに微妙な不整合がある。 雑誌﹁人間﹂版の初出 ( 5 ) と初版 ( 6 ) との最初の違いは仰ペ ージの二箇所だが、上沼は﹁人聞は緯でも各々のとらぬ狸を持って いる﹂、下凶は﹁とらぬ狸たちは笑い(あるいは鳴き?)やみ﹂と いう箇所で、いずれも明朝になっている。これらは﹁ぼく﹂の影を 奪った一匹を指す固有名ではない部分であり、ゴチックの用法が固 有名を表すためだとすれば、ゴチックを使わない初出が正しいと言 え よ う 。 一 方 、 制 下 日 は 、 ﹁ と ら ぬ 狸 の 独 立 運 動 だ 。 ﹂ と い う 大 勢 の とらぬ狸たちを表す箇所なので、明朝を用いた初版が正しく、ゴチ"
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ツ ク の 初 出 は 誤 り で あ る 。 崎 明 下ω
は﹁出て来た時に、とらぬ狸は小 さなガラスの箱を小脇にかかえていました。﹂と固有名を表す箇所 であり、ここではゴチックの初出が正しくなる。制上 M m ﹁ ﹁ 別 に 、 ﹂ n u と狸はかすれ声で言いました。﹂と必下 5 ﹁ 狸 た ち は 下 に 迫 っ て お りましたJは初出と初版があべこべの関係になっているが、前者 は固有名なのでゴチック、後者は大勢なので明朝をとるべきだとす れば、いずれも初版が正しいということになる。 また、両者に共通する不整合もある。的上川と下凶の﹁とらぬ 狸﹂は、パベルの搭のまわりの一万匹を表しているので、明朝が正 しいはずだが、どちらもゴチックである。仰上m
と 下 4 ・ 下 幻 、 川 町 上ω
の﹁狸﹂は、いずれも固有名なのでゴチックが正しいはずだが、 明 朝 に な っ て い る 。 こうした揺れについて、一つの立場は、矛盾のない理想のテクス トを想定してつくることであろう。しかし、安部の原稿やグラ刷り が参照できない状態では、これらの矛盾が安部によるものだったの か、植字工や編集者によるものだったのか、確定できない。つくら れた﹁理想のテクスト﹂は、校訂者の読みによって再編成されたも のとなり、安部のテクストとは別物とならざるを得ないであろう。 こうした鑓れについて、何が正しく何が誤りであるかは、それ自体 読みを含んだ判断となる。ここでは﹃とらぬ狸﹂と﹃狸﹂のゴチッ クが固有名を表しているという仮説に基づいた読みを示してみたが、 違う基準で読めば、また正しさの判断は違ってくるであろう。室要なのは、まず個々の印刷物の性格と、それぞれの違いを明らかにす る こ と で あ る と 考 え る 。 五 タイポグラフィの変遷 見てきたように、安部公房におけるゴチックや太字・大文字は、 引用や重要な言葉の強調という一般的な用法だけでなく、一般名詞 を固有名として用いる時の記号として使われている可能性が高い。 続初に挙げた﹃事業﹂と﹃赤い繭﹂の太字やゴチックの箇所が初 版本で消えたことは既に述べたが、他のゴチックの箇所についても、 後の刊本では明朝に置き換えられることが少なくない。﹃
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・ カ ル マ氏の犯罪﹂の﹃近代文学﹂での初出でも、初版でゴチックとなる 箇所が明朝で組まれる傾肉が顕著だが、こうした箇所からは、文芸 能や文学出版における明朝体の偏重、﹁文学 H 端 正 な 明 朝 体 組 版 ﹂ という制度について考えさせられるところがある。 安部自身、そうした制度の中での執筆をはじめたためか、主とし て文芸能に発表された﹃墜﹄以降のテクストにおいては、ゴチック はほとんど見られなくなっていく。絵画と文学のコラボレl
シ ヨ ン のような形で構想された﹃世紀群﹄(注 4 ) や﹃壁﹄のタイポグラ フィックな紙面の試みは、ほぼこの時期までで終ることになる。 最後に、﹃壁﹄のタイポグラフィの変遷の例として﹁S・カルマ 氏の犯罪﹂冒頭の﹃目﹂について見ておきたい。以下に掲げるのは、 目頭の﹃目﹂の三通りの表記について、前掲拙稿(注 5 ) の リ ス ト 番 号 で 整 理 し た も の で あ る 。 l t n 4 a a z a o q ' u n u U 4 句 ・ ' A ・ ' ι ・ ' A ・ q , “ . 。 , u 明 朝 明朝大文字 ゴ チ ッ ク l l O O R u a d d -au. 。 , “ . q 0 . 。 。 訓 告 -V ︽ u ' A m o n o角 。
c “ . , A ・ ' A ・ ' i ・ ' A ・ n , “ これを岡稿に掲げたステマ順で表すと以下のようになる。 明 4 ← 大 6 1 ・ゴ 9 ←↑
〆
/
〆
↑
巨
大川明ゴ悶明ロ← 明忽← ﹄ / 明却ゴ幻 ゴm
← ゴ U 明 日 凶 ← ゴ 16 明 185
大m
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大 大 39 38 初 出 ( 4 ) の明朝が初版 ( 6 ) で大文字になり、角川文庫 ( 9 ) でゴチックになると、以降はほぼステマの順番通りに受け継がれる。 一 九 七0
年代に入り、筑摩書房の新鋭文学議書(ロ)で普通の明朝 体が用いられると、以後は他の文学全集にも追随されるが、新潮文 庫(幻)ではゴチック、﹃安部公房全作品﹄{却)では大文字が復活し、後者は他の刊本にも受け継がれることになる。全般的には、や はり文学金集系で明朝体が好まれる傾向を示しているように思える。 これらの違いについて、いずれにしてもテクストに変りはないと する立場もあるだろうが、文字組や活字の種類(フォント)も含め て考えた時、一つとして同じテクストはない。近代の文学はまず何 よりも紙に刷られた文字から成っている。亀子テクスト化が進む現 在において読む我々は、その紙面の有り織に目を凝らすことが必要 な の で は な い だ ろ う か 。 ( 1 } ﹃ 文 芸 と 批 評 ﹄ 一 一 OO 一 年 一 一 月 ・ ニ OO 二 年 五 月 。 ( 2 V ﹁ 人 間 ﹂ 一 九 四 九 年 一 一 月 。 ( 3 } ﹁ 言 路 文 化 研 究 徳 島 大 学 総 合 科 学 部 ﹂ 第 十 巻 、 二 OO 三 年 二 月 。 { 4 } 注 ( 3 ) 参 照 。 な お 、 ﹃ 世 紀 欝 ﹄ の 図 版 の 一 鶴 は 、 ﹃ ﹃ 背 中 月 と そ の 時 代 目 宏 明 1 5 吋 O ﹂ 展 カ タ ロ グ ﹄ ︻ 草 月 と そ の 時 代 展 実 行 谷 員 会 年 一 O 月 一 七 日 ) や 花 田 清 銀 事 ・ 滑 鰭 ﹄ ( 第 三 谷 館 六 月 一 日 ) な ど で 見 る こ と が で き る . { 5 ) 注(1} に 同 じ 。 一 九 九 八 一 九 八 六 年