著者
河原 昌一郎
雑誌名
農林水産政策研究
号
9
ページ
1-32
発行年
2005-06-30
URL
http://doi.org/10.34444/00000090
中国の農村金融は, 改革開放後 1996 年の農村金 融体制改革前までは,農業銀行と農村信用社との 指導従属関係が維持されるなど,体制的に継続 し たものとなっているので,本章では当該期間の農 村金融の状況について検討することと し ,農村金 融体制改革後の検討は次章で行うこととする。 (1) 農家生産請負制の導入と農村経済の発展 1) 改革開放後の農村組織等の変化 改革開放政策が始まり農家生産請負制が導入さ れたことにより,中国農村では多数の零細な農家 による小農経済が復活することとなった。 人民公社は当該地域の農地を統一的に経営管理 する農業経営主体でもあったが,農家生産請負制 によって実質的な農業経営主体が農家となったこ とから,人民公社はな し 崩 し 的に崩壊 し て農村の 行政・経済組織が再編成される。人民公社の行政 管理機能は郷鎮政府および村民委員会に引き継が れることとなり,経済組織は生産の必要性等に応 じ て順次整備されることとなった (1) 。 改革開放後,農家の生産・労働意欲の向上,農 産物流通の自由化,就労の多様化等により,北京 近郊の農村経済も大きく発展する。 第 15 表は, 改 革開放後の北京農村の変化を表に し たものである。 同表で明らかなとおり, 北京農村では, 1978 年 に は 郷 村 労 働 力 ( 2 ) の 約 4 分 の 3 が 農 林 牧 漁 業 労 働力であったが, 1985 年には農林牧漁業労働力が 論 文
中国 に お け る 農村金融 の 展開 と 農村信用社 の 組織的性格
( 下)
河 原 昌一郎
1.は じ めに(本稿の課題と構成 ) ( 1) 課題意識 ( 2) 農村信用社に関する研究の 現状 ( 3) 課題の設定,研究方法,本 稿の構成 2.共産革命前中国の農村 金融( ∼ 1948 年) ( 1) 革命前中国の農村金融をめ ぐる状況 ( 2) 山東省鄒平県の事例 ( 3) 鄒平県の事例から見た農村 金融と農村信用社 3.土 地 改 革 ・ 農 業 合 作 化 期 の 農 村 金 融(1 949 ∼ 1957 年) ( 1) 新中国成立後の中国農村 ( 2) 土地改革期の農村金融 ( 3) 農業合 作化期の 農村金融 と農村信 用社の組織 的性格 4.人民公社期の農村金融 (1958 ∼ 1977 年) ( 1) 人民公社の成立と特徴 ( 2) 人民公社信用部(1958 ∼ 1961 年) ( 3) 農村信用社と し ての再編(1962 年以降) ( 4) 人民公 社期の農 村金融と 農村信用 社の組織的 性格 〔以上前号,以 下本号に掲載〕 5.改革開放後の農 村金融(1978 ∼ 1995 年) ( 1) 農家生産請負制の導 入と農村経済の発展 ( 2) 農村金融組織の動向 ( 3) 改革開 放後の農 村金融と 農村信用 社の組織 的 性格 6.現在の農村金融 ( 1) 農村金融体制の改革 ( 2) 農村金融組織の現状 ( 3) 現在の農村金融の構 造 7.農村信用社の組 織と今後の方向 ( 1) 農村信用社の組織的 性格の変遷の整理 ( 2) 農村信用社の組織改 革に向けた取組 ( 3) 農村信用社の課題と 制約要因 ( 4) 今後の方向 8.おわりに(本稿 のまとめ) 原稿受理日 2005 年 1 月 6 日.5.改革開放後の農村金融
(1978
∼
1995
年)
郷村労働力の半分を割り込み,その後も農林牧漁 業労働力の比率は減少を続けている。また,農村 社会総生産は飛躍的に拡大 し ,農林牧漁業も順調 に増加 し ているが,工業の増加幅のほうが圧倒的 に大きいことから,農村社会総生産に占める農林 牧漁業と工業の比率は逆転 し , 1985 年には農村社 会総生産の約半分を工業が占めるようになってい る。 このような農村での就業動向および産業構成の 変化は,必然的に農村での資金需要の内容を変化 させ,農村金融にも影響をもたらすこととなるが, 資金を実際に需要する者は各種の事業活動を営む 経済主体であることから,次に経済主体の動きに ついて見ておくことと し たい。 2) 経済主体の多様化と郷鎮企業 改革開放前の農村経済は,人民公社を中心とす る単一の集団経済であり,経済主体は基本的に人 民公社体制の下での集団(人民公社,生産大隊, 生産隊)だけと言っても過言のないものであった。 農家生産請負制の普及によって,農家は従来の 単なる家計単位というだけではなく,農業経営主 体と し て農村経済において重要な役割を果たすよ うになる。また,経済活動の自由化が進み,農民 の労働の自主性が認められるようになったことか ら,多様な形式の経済主体が現れるようになった。 農民が積極的に工業,運輸,建設等の各種の事業 を営むようになったため, 個体・私営経済 (3) の数 が増加 し ,農村経済で重要な役割を占めるように なる。 1995 年の北京農村での個体・私営経済の数 は 17 . 6 万戸, 従業者数は 23 . 9 万人 (4) であり, こ れは,郷村労働力の約 15% を占める。 農民が零細,小規模ながらも各種の経済主体と なったため,農民に技術,情報面等での支援を行 う野菜協会,羊飼養協会等の協会組織も現れる。 これらの協会組織は,農民の自主的な協同組織と し て,専業合作経済と言われて注目を集め,今後 の積極的な役割が期待されているが,この専業合 作 経 済 が 1995 年 の 北 京 農 村 で は 394 組 織 形 成 ( 5 ) されていた。 このように,経済主体の多様化とともに農村経 済の活性化が進むが,農村経済の拡大で最も重要 でかつ圧倒的に大きな役割を果た し たのが郷鎮企 業であり,その中でも集団経営の郷鎮企業である。 第 16 表 は 北 京 農 村 に お け る 郷 鎮 企 業 の 推 移 を 示 し たものである。農民の経済活動への積極的な 取組を反映 し て, 1985 年以降は集団経営以外の郷 鎮企業の数が急に多くなっているが,従業者数お よび総収入に占める比率はわずかなものであり, 集団経営以外の郷鎮企業の規模が零細なものであ ることがわかる。これに対 し て,集団経営の郷鎮 企業は, 1995 年で見れば, 従業者数では郷鎮企業 全体の 84%, 総収入では同 89% を占め, 北京農村 全体との対比においても,従業者数が郷村労働力 の約半分を占めている (6) 。 このように,北京農村では,集団経営の郷鎮企 業が農村経済の大宗を担ってきており,農村金融 の構造を見るためには,これら郷鎮企業の資金需 要がどのようにまかなわれてきたかをまず検討す 第 15 表 北京農村の変化 資料:北京市 編〔3,479 ページ〕 . 1978 1980 1985 1990 1995年 郷鎮数 うち鎮政府 村民委員会数 郷村戸数(万 戸) 郷村総人口( 万人) 郷村労働力( 万人) 農林牧漁業労 働力(万人) 263 3 , 995 91 . 9 382 . 1 165 . 3 120 . 7 263 4 , 004 95 . 0 374 . 3 167 . 4 113 . 3 362 15 4 , 215 111 . 8 387 . 2 190 . 0 90 . 2 291 76 4 , 140 124 . 5 392 . 0 184 . 3 82 . 5 276 102 4 , 086 125 . 0 371 . 5 163 . 6 65 . 5 農村社会総生 産(万元) うち農林牧 漁業 工業 建築業 運輸業 商飲業 242 , 002 116 , 370 67 , 635 26 , 300 25 , 059 6 , 638 304 , 676 143 , 102 108 , 370 16 , 401 25 , 854 10 , 949 890 , 179 259 , 365 436 , 640 108 , 779 44 , 202 41 , 193 2 , 885 , 875 701 , 828 1 , 670 , 603 235 , 120 137 , 316 141 , 008 7 , 870 , 400 1 , 644 , 703 3 , 953 , 670 1 , 173 , 467 486 , 139 612 , 421
ることが必要とされよう。 (2) 農村金融組織の動向 本節では,この時期の農村金融構造を検討する 前提と し て,農村信用社の管理方式の変遷,この 時期に新たに生 じ た貸付組織等について整理 し て おくことと し たい。 1) 農村信用社の整理と農業銀行の復活 文革期の経営管理の混乱によって,多数の農村 信用社の経営内容や管理状況が悪化 し ていたこと に対応 し て, 文革終了後の 1978 年に, 各地の人民 銀行によって,銀行および農村信用社に対する大 規模な整理が実施された。 1978 年末までに, 全国の農村信用社および営業 所のうち,その約半数に対 し て,財務整理(清財 務) ,資金整理(清資金) ,帳簿整理(清帳務)を 行う 「 三清整頓工作」 が実施された (7) という。北 京農村で も,文革期に は 2 , 000 万元以 上の資金 が 回収不能になった (8) とされていることから, この 時期に多くの不良債権が処理(債権放棄等)され ることとなったと考えられる。ただ し ,不良債権 の処理後の資金増強策等については具体的な内容 が明らかにされておらず,経営体質の強化の面で 現実にどれだけの効果があったかははっきり し な い。 また, 第 17 表で明らかなとおり, この時期の 北京農村では農村信用社数等はほとんど変化 し て おらず,農村信用社の合併等による規模の変更も 意図されていない。 し たがって,上記の農村信用 社に対する整理は,合併による管理組織の合理化 や資金規模の拡大というような手法まではとられ ず,内部の経営管理の合理化や健全化を通 じ た整 理を中心と し たものであったと考えられる。 ところで,この時期は,改革開放政策によって, 農村経済も従来の食糧生産を中心と し た単純なも のではなく, 農, 林, 牧, 漁業等の全面的な振興によ る商品経済の発展が企図され,そのための資金需 要の拡大も予想されるところであった。 このため, 1978 年の全国的な農村信用社の整理 の 後,1979 年 2 月 に 農 業 銀 行 が 復 活 さ れ る。 1979 年 2 月 23 日, 国務院は 「中国農業銀行を復活 させることについての通知」 を発出 し , 「中国農業 銀行は国務院の直属機構と し て,中国人民銀行が 代わって管理する。主要な任務は,農業支援資金 を統一管理 し ,農村貸付を集中的に処理 し ,農村 信用合作社を指導 し ,農村金融事業を発展させる ことである」と規定 し て,その役割を明確に し た。 ここで,農業銀行は,農業農村金融の中央機関で あり,農村信用社の指導機関でもあるという位置 第 16 表 北京農村の郷鎮企業 単位:社 資料:北京市 編〔3,480 ページ〕 . 1978 1980 1985 1990 1995年 郷鎮企業数 うち集団 経営 従業者数( 人) うち集団経営 総収入(万 元) うち集団 経営 4 , 075 4 , 075 225 , 800 225 , 800 78 , 822 78 , 822 5 , 329 5 , 329 313 , 650 313 , 650 121 , 420 121 , 420 65 , 661 15 , 962 869 , 964 763 , 031 562 , 411 520 , 866 103 , 785 18 , 298 1 , 088 , 152 885 , 302 2 , 024 , 751 1 , 715 , 607 74 , 275 15 , 771 1 , 015 , 068 854 , 918 5 , 417 , 161 4 , 795 , 521 第 17 表 北京農村の信用合作社数 等の推移 年 度 資料:北京市 編〔3,78 および 79 ページ〕 . 単位:社 信用合作社数 分社数 信用站 1977 1978 1980 1985 1990 1995 281 278 269 282 284 283 156 144 101 92 155 256 2 , 848 2 , 917 2 , 943 2 , 955 2 , 836 2 , 338
付けがなされている。 農業銀行は,これまで改廃が繰り返されてきた が,この後は現在に至るまで継続 し て存続 し てい る。 2) 農村信用社の管理方式の変遷の経緯 ア 二重性の維持と資金管理面での規制緩和 農村信用社に対する業務面での整理がなされて も組織面での再編は基本的になされなかったよう に,改革開放後も農村信用社の組織の性格が直ち に変化 し たわけではない。農村信用社が農村集団 の設立 し た金融組織であり,一方で人民(農業) 銀行の農村基層組織であるという関係は,依然と し て継続する。 1979 年 5 月 5 日に, 中共中央弁公庁が回付 し た 中国人民銀行党組「農村人民公社工作条例(試行 草案) 」修正建議には, 「農村信用合作社は集団金 融組織でもあり,また農業銀行の基層機構でもあ って,農村金融の各種業務を行い,国家金融部門 の職権任務を執行する」と規定され,農村信用社 の二重的性格が改めて確認されている。 また, 同条例では, 「信用社の業務経営, 財務会 計および従業員管理は中国農業銀行が指導 し ,国 家の統一の金融政策を執行 し ,資金活動は国家の 貸付計画に含め,人員編成は各省の集団労働賃金 計画に含め,従業員の政治生活待遇(支給食糧, 賃金,福利,退職等を含む)は農業銀行の従業員 と一致させる」と し て従業員の処遇条件を明確に す る と と も に, 「信 用 社 は 独 立 の 経 済 計 算 を 実 施 し ,その剰余は積み立てて貸付資金を充実させ, 損失は農業銀行が補填する」と し て信用合作社が 独立採算制をとることを規定 し ている。ただ,損 失を農業銀行が補填することとされているのは, 農村信用社が農業銀行の基層組織と し て位置付け られていることを反映 し たものであろう。 一方で,人民公社期は,農村信用社での資金管 理について,貸付指標等に基づいた厳格な計画管 理が実施されていたが,改革開放後は資金管理に 関する規制が徐々に緩和されていく。 1981 年 2 月,農業銀行総行によって 「 農村貸付 の“預貸連結,差額引受”の方法について」が公 布され,資金管理ではいわゆる「差額引受」の方 法が実施される。 「差額引受」 とは,国家計画の下 で統一的な預貸計画を定め,預金額を査定 し て貸 付総額を決定 し ,預貸の差額が一定額以上である ことが保証されれば,貸付項目については裁量を 認めるというものである。すなわち,多く預金が あればそれだけ多くの貸付ができるというもので あり,規制はまだまだ強いものの,人民公社期と 比較すれば農村信用社に一定の自主権を与えるも のであった。 イ 独立経営の実施(二重性の解消)と合作性の 回復 農村での経済活動の活発化によって,農村にお ける資金需要も多様化するようになったため,農 村信用社はかつてのように農業銀行の基層組織と し て預金を受け入れるだけではなく,金融機関と し てより適切な役割が求められるようになった。 このような情勢に対応 し て, 1984 年に農村信用社 の独立性と自主性を大幅に拡大する組織管理の改 革が実施される。 同年 8 月, 国務院は農業銀行の 「信用合作社管理 体制の改革に関する報告」を許可回付する通知を 行い,改革の方向を明らかに し ,その実施を求め た。同報告で規定された改革の内容は主と し て次 の 6 点である (9) 。 ① 農村信用社は合作金融の性質を回復させる。 農村信用社の組織上の群集性,管理上の民主 制を回復強化 し , “官弁” を “民弁” に変える。 農村信用社の指導幹部は任命制から選挙制に 改め,機構体制,業務計画,分配制度,人事 制度,利率変動等の重大問題は理事会または 社員代表大会の民主討論を経て決定する。 ② 農村信用社の経営上の機動性を強化 し ,十 分に民間貸借の役割を発揮させる。農村信用 社の預金は,規定比率によって農業銀行に預 けられる預金準備金を除き,そのほかの資金 は農村信用社が国家政策に従って運用する権 限を有する。 ③ 農村信用社は変動利率を実施する。 ④ 独立経営,独立採算,損益自己負担を実施 する。 ⑤ 農村信用社の県連社を設立する。県連社を 設立 し た後も,各基層社は依然と し て独立経 営,独立採算,損益自己負担の経済実体であ る。 ⑥ 農業銀行は農村信用社に対する指導を強化
する。 1985 年の中共中央 1 号文件では, 上記の趣旨を 敷衍 し てさらに次のような指示がなされる。 「信用合作社は独立経営を実行 し ,損益は自己負 担する。集めた資金は規定により農業銀行に預け られる準備金のほかは,全て自分で使ってよい。 社員の農業貸付を満足させれば,余りの金額は農 村工商貸付に用いてよい。地区を越えて預貸業務 ができる。信用合作社間,信用合作社と各専門銀 行の間で業務の横の連携を行うことができる。預 金貸付利率は銀行が定めた基準利率を参照 し て上 下に変動させることができ,市場利率に近づける こともできる。信用合作社は国家金融政策を遵守 し ,農 業 銀 行 の 業 務 指 導 を 受 け な け れ ば な ら な い。 」 また, 資金管理の面では, 1984 年 10 月に人民銀 行から 「貸付資金管理試行方法」 が発出され, 「差 額引受」から自主経営を中心と し た方法に改めら れる。 以上の措置によって,不合理な点も多くあった 組織の二重性が解消 し ,合作性の回復と自主経営 をめざす方向が明らかとなった。 し か し ながら, 上記の改革は,いわば上からの改革であって,農 村信用社がこのことによって直ちに民主的で自主 的な経営を行えるようになったわけではない。現 実には,この後も農業銀行から農村信用社に対 し て各種の管理方式が試みられることとなったこと からも推測できるように,看板の架け替え程度の 改革に終わったり,経営面での困難を抱えたまま の農村信用社が多かったものと考えられる。 ウ 管理方式のさらなる変遷 1988 年に農業銀行は, 農村信用社に対 し て経営 請負責任制等を内容とする改革施策を実施 し た。 請負形式と し ては,主任請負,従業員集団請負, 対社会公開請負等があった (10) 。 これらは請負を通 じ て責任の所在を明確化 し 経営効率を高めようと するものであったと考えられるが,農村信用社は 合作性を回復 し て理事会または社員代表大会によ って経営管理がなされるべきであるという趣旨に 沿うものではなく,上記 1984 年 8 月の 「 信用合作 社管理体制の改革に関する報告」にあった「信用 合作社の組織上の群集性,管理上の民主制を回復 強化」することは現実的にはほとんど実現 し てい なかったことが窺える。 続いて 1989 年に農業銀行総行は, 資金運営が思 わ し くない状況に対応 し てマクロコン ト ロールを 強 化 す る た め, 「総 点 検 一 回,四 半 期 コ ン ト ロ ー ル,預金による貸付の決定,月ごとの考査」とい う管理方法を提出 し た。 さらに 1992 年には, 国務 院 8 号文件の精 神に基づ き,農業銀行 総行の貸付 政策を貫徹するため,総量抑制,預金活用,構造 合理化,調整強化等の方策が実施されている (11) 。 これらの管理方式の変遷は,農村信用社の経営 が十分に好転せず,貸付面での問題も多く,経営 の混乱が依然と し て続いていたことを示すもので ある。 3) 農村合作基金会 農村合作基金会は, 1984 年に各農村で自然発生 的に出現 し たとされる。もともとは,人民公社が 解体 し て集団財産に対する管理が混乱 し ,集団の 資金が流出するような事態となったため,集団の 資金の管理・利用を適正に行うことを主目的と し て設立されたものである。 1990 年代になって, 農村合作基金会は集団資金 の適正な管理等のために有用なものと し て中央お よび地方政府が認可 し ,提唱 し たこともあって, 全国的に急速に普及 し ,全国の半数に近い郷 (鎮) で農村合作基金会が設立された (12) 。 金融機関と し て認められていないが,貸付業務 を行い, 1990 年代前半の農村金融で重要な役割を 果たすようになった。 ただ し ,農村合作基金会は,そのもっとも基本 的かつ主要な組織形態とされる農村地区合作基金 会で見られるように,郷鎮,村等の積立金と農家 による新規出資金を貸付資金と し て,当該地区の 農家,郷鎮企業に貸 し 付けることを目的と し てお り (13) , その資金運用は基本的に集団と集団構成員 との間でなされ,都市の銀行での資金運用等が想 定されていたわけではない。 また,内部の運営管理方法が規範化されていな いこと等から,管理が不健全なものとなり,機能 が適正に果たせなくなる等の問題も多かった (14) 。 4) 中国農業発展銀行の設立 国 務 院 に 直 属 す る 政 策 金 融 機 関 と し て,1994 年 11 月 18 日に農業発展銀行が成立発足 し ている。 農業発展銀行の主要な任務は,農業の政策性資
金を確保 し ,国家の規定する農業政策金融業務を 請け負い,財政の農業支援資金の支払いを代理 し , 農業および農村経済発展のために貢献することと されている。 農業分野における長期開発性資金の融資機関と し ての役割を担うものであるが,現実には農産物 買付資金の貸付機関と し ての色彩が強い運営とな っている。 5) その他の民間貸付の状況 人民公社期は農村金融そのものが不活発であり, 民間貸付も少なかったが, 1980 年代半ば頃からの 経済発展に伴う資金需要の増大等に対応 し て民間 貸付が活発化 し ,貸付金額も急速に増大する。特 に,経済発展が比較的早く進んだ沿海地域等では 資金需要も旺盛であり,民間貸付に対するニーズ も大きかった。 第 18 表 は 農 家 に 対 す る 正 規 貸 付 額 と 民 間 貸 付 額の規模およびその比率を示 し たものである。こ こで正規貸付とは農業銀行および農村信用社によ る貸付をいい,民間貸付とは正規貸付以外の貸付 を表 し ている。 同 表 で 明 ら か な と お り,1985 年 か ら 1990 年 に かけて農家 貸付額は総 額で約 400 億元 増加 し てい るが, そのうち正規貸付額の増加は 50 億元程度で 残りの約 350 億元 は民間貸付 額の増加 によるもの である。 また, 1985 年では正規貸付額のほうが民 間貸付額よりも多かったが, 1990 年にはこれが逆 転 し て, 民間貸付額が総貸付額のうちの約 60% を 占めるようになっている。 このことは,農村での経済の活性化等に伴う農 家の資金需要は,その圧倒的部分が民間貸付によ ってまかなわれたのであり,農村金融市場で民間 貸付が重要な役割を果た し ていることを示 し てい る。 また, 民間貸付の資金使途は第 19 表のとおりで あり,全国で見れば生産性貸借が半分近くを占め, 民間貸付が農業生産資金を含めて各種の用途に幅 広く利用されていることがわかる。なお,北京で は,消費生活の多様化,高度化等を反映 し たため か, 消費性貸借が 4 分 の 3 を占め, 民間貸付は消 費者金融と し ての性格が強くなっている。 民間貸付の方式は極めて多様であるが,個人的 関係を基礎と し た自由貸借,伝統的な方法である 合会,質屋等がある (15) 。 (3) 改革開放後の農村金融と農村信用社の組 織的性格 1) 資金源と資金の流出入 改革開放後,農村経済の発展に郷鎮企業が重要 な役割を果たすようになり, (1) の 2) で述べた 第 18 表 農家貸付額の規模 資料:郭書田 主編〔8,542 ページ〕 . 注.正規貸付 とは農業銀行お よび信用合作社に よる貸付をいい ,民間貸 付とは正規貸付 以外の貸付のこと である. 1985 1990年 総貸付額〔A〕 うち正規貸付 額 民間貸付額 〔B〕 B/A (%) 678 . 71 373 . 95 304 . 76 44 . 9 1 , 084 . 00 424 . 23 659 . 77 60 . 9 単位:億元 第 19 表 民間貸付の資金使途 地 区 資料:宋洪遠 等著〔21,560 ページ〕 . 中国農業銀行 1992 年全国 15 省市サンプル 調査による. 単位:% 生産性貸借 消費性貸借 うち生産 性固定資 産 うち結婚 葬式 家建設 病気治療 その他 北 京 全 国 25 . 44 47 . 32 1 . 27 20 . 27 74 . 56 52 . 68 29 . 29 13 . 19 42 . 39 29 . 03 2 . 88 4 . 58 0 . 00 5 . 88
とおり,郷鎮企業は農村経済活動において大きな 比率を占めるようになった。これとともに農村金 融における郷鎮企業の重要性が高まり, 1980 年代 後半には郷鎮企業への融資を中心と し た農村金融 構造が形成される。 第 9 図は,郷鎮企 業が農村 経済の中 心的な役 割 を果たすようになった北京市の農村金融の構造を 示 し たものである。 第 20 表で示されているように, 信用合作社への 預金は従来は集団が中心であったが,改革開放後 は経済主体が基本的に個人となり,個人の経済力 が大きく伸長 し たため, 1985 年には預金残高に占 める個人の比率が集団よりも大きくなり, 1995 年 には 約 3 分の 2 を 占め るよ うに なっ てい る。なお, ここで集団とは,人民公社期は人民公社,生産大 隊,生産隊であったが,改革開放後は郷鎮,村等 に設置された集団経済組織 (16) のことである。 このように個人の預金が増加する一方で,農家 への貸付は極めてわずかなものにとどまっている。 前掲第 15 表のとおり, 1980 年から 1990 年にかけ て北京市の 農林牧漁業 生産高は約 5 倍 に拡大 し て おり,農業の生産性向上ない し 生産拡大のために 農家の旺盛な資金需要があったと考えられるにも か か わ ら ず,1985 年 か ら 1990 年 に か け て 農 家 貸 付は全く伸びておらず, し かもその額は極めて小 さい。このことは,信用合作社が農家の農業経営 の向上にほとんど寄与 し ておらず,信用合作社と 農業経営との関係が極めて希薄なものであること を示 し ている。 一方,農村資金の流出入について見ると,人民 ① 再預金 ② 預金 ③ 貸付 ④ 食糧購入資金等の 政策融資 ⑤ 郷鎮企業への出資 ,農村集団経済 組織への上納 ⑥ 農民は,農村集団 経済組織の構成 員,経済的負担等 を行う 第9図 改革開放 後の農村金融の構造(北京 市) 注 矢印の太さは ,資金量の相対的 な大小を反映さ せたもの. 筆者作成. ( )1 ( )2 ① ② ② ② ② ③ ③ ③ ③ ③ ③ ③ ④ ⑤ ⑥ 農業銀行北京支行 他分野へ 食糧公司等 民間貸付 郷鎮企業 農村集団経済組織 農村信用社 農 民
公社期においては,農村信用社の資金はほとんど 人民銀行に吸い上げられ,農村に還流する資金は ほとんどなかったが,中国経済全体の成長によっ て政府の資金調達が農村に頼る必要がなくなった ことも反映 し て,農村信用社の銀行への再預金の 比 率 は 1980 年 代 に な っ て 大 き く 減 少 し ,1990 年 以降は半分を切るようになっている。 このことは,農村信用社が自ら集めた資金の半 分以上を農村で運用できるようになったというこ とであり,経営を自立 し て行うための資金的自由 度は高まったということは可能であるが,現実の 運用を見ると,その資金のほとんど全部が集団ま たは郷鎮企業に貸 し 付けられており,特に郷鎮企 業 へ の 貸 付 の 比 率 が 大 き く,第 20 表 の と お り, 1995 年には 8 割を超えている。 郷鎮企業のうち,従業者数および総収入におい ては, 第 16 表で見たとおり, 集団経営の郷鎮企業 の占める比率が圧倒的に大きいことから,郷鎮企 業への融資のほとんどは集団経営の郷鎮企業にな されているものと考えられる。集団経営の郷鎮企 業は,言うまでもなく集団有の一組織であり,農 村信用社から集団経営の郷鎮企業への貸付は,す なわち集団内金融の一形態である。 換言すれば,この時期は,集団経営の郷鎮企業 への貸付という集団内金融の一形態をとることに よって,預金によって集められた信用合作社の資 金が農村に還流するようになったのである。 また,この時期は,銀行に吸い上げられた資金 がほとんど農村に還流することのなかった人民公 社期とは異なり, 第 21 表に見るとおり, 郷鎮企業 貸付,農業貸付といった形で銀行資金の一部が農 村に還流されるようになっている。ただ し ,農業 第 20 表 農村信用合作社の預貸 残高の推移(北京市) 年 度 資料:北京市 編〔3,73 および 74 ページ〕 . 注 預貸率 (B/A) および郷鎮企業 への貸付の貸付残 高に占める比率 (C/B) は筆者計算. 原資料の小 数点以下になって いる部分は四捨 五入 し て表記 し た. 内訳額を足 し 合わせたものが 残高総額と一致 し ない年度がある が,理由は不明. 1995 年の農家貸付 の欄は,商業貸付 額を含めた額で ある. 単位:万元, (%) 預金残高 A そのうち 貸付残高B (B/A) そのうち 銀行への 再 預 金 1978 1980 1985 1990 1995 41 , 974 64 , 505 180 , 373 592 , 497 2 , 209 , 782 集 団 35 , 900 52 , 185 82 , 729 63 , 517 785 , 230 個 人 4 , 288 10 , 612 94 , 464 385 , 894 1 , 424 , 552 4 , 108 (9 . 8) 7 , 228 (11 . 2) 72 , 111 (39 . 8) 274 , 243 (46 . 3) 1 , 097 , 718 (49 . 7) 集 団 1 , 897 1 , 869 13 , 827 82 , 486 150 , 249 郷鎮企業C (C/B) 1 , 130 (27 . 5) 3 , 487 (48 . 2) 50 , 928 (70 . 6) 174 , 209 (63 . 5) 906 , 993 (82 . 6) 農 家 1 , 081 936 7 , 356 7 , 243 40 , 476 41 , 547 61 , 747 123 , 680 263 , 537 962 , 831 ( )1 ( )2 ( )3 ( )4 第 21 表 農業銀行北京支行の預 貸残高 年 資料:中国農 村金融統計年鑑 1991,1996. 注.各貸付項 目の貸付残高に 占める比率は筆者 計算. 単位:万元, (%) 預金残高 貸付残高A そのうち 1985 1990 1995 322 , 807 697 , 353 1 , 959 , 241 184 , 796 604 , 308 1 , 449 , 120 一般商業貸付 B (B/A) 80 , 782 (43 . 7) 132 , 896 (22 . 0) 327 , 242 (22 . 6) 郷鎮企業貸付 C (C/A) 35 , 804 (19 . 4) 93 , 853 (15 . 5) 174 , 840 (12 . 1) 農業貸付 D (D/A) 22 , 902 (12 . 4) 143 , 800 (23 . 8) 371 , 266 (25 . 6)
銀行北京支行の郷鎮企業貸付はかなりのウェイ ト を占めているが,その比率は減少 し ており,農村 信用社と郷鎮企業ほどの密接な関係は見られない。 他方,農業貸付は国営農場や集団への貸付が主な ものであり,農業銀行北京支行が農家の生産資金 の貸付に必ず し も大きな役割を果た し ているとい うわけではない (17) 。 第 9 図で農業銀 行北京支行 から食糧 公司等への 政策融資を図示 し たのは,農業発展銀行が設立さ れるまでは農業銀行が農業分野の政策融資機関と し ての役割を果た し ていたことを示 し たものであ る。また,農業銀行からは一部で工業貸付等の他 分野への資金投入も行われ,必ず し も農業,農村 分野だけに資金が用いられたわけではない。 なお,農村合作基金会については,その資金規 模等の北京市農村での具体的な状況がはっきり し ないため第 9 図 では図示 し ていな いが,も し 書 き 加えるとすれば農村集団経済組織の中の1組織と し て書き加えられるべきものである。農村合作基 金会は,前述 し たように,資金運用は基本的に集 団と集団の構成員との間でなされており,また, 預金業務を行う正規の金融機関と し ても認められ ておらず,農村金融に少なからぬ影響を及ぼ し た と考えられるものの,農村資金の流出入という観 点からはほとんど問題にならないものと考えて良 いであろう。 2) 金融の性格 以上見てきたように,この時期の農村信用社に よる農家貸付は依然と し て極めて低調であり,農 家の資金需要の多くは自己資金または民間貸付の 利用でまかなわれたものと考えられる。一定の資 金需要がある中で,農家が農村信用社からの借受 を敬遠 し たのは,農村信用社の貸付手続の煩雑性 等,農村信用社の管理運営体制等に問題があり, 農村信用社からの貸付条件が決 し て農家にとって 有利なものではなかったためと見るほかはない。 また,北京市農村では, (1) の 2) で述べたと おり,個体・私営経済の活動が活発となり,その 比重も徐々に大きくなっているが,信用合作社が この分野の資金需要に十分な対応を し てきたと見 るこ とも で きな い。第 20 表の 1995 年 の 農家 貸付 の欄は,商業貸付額を含めた額が記載されている が,商業貸付には個体・私営経済だけではなく供 銷合作社,農機公司等への貸付額が含まれている。 し かも,貸付残高全体に対する比率もわずかなも のであり,農村信用社が個体・私営経済への融資 に積極的な役割を果た し ていることを示すもので はない。 結局, この時期の北京市の農村金融は, 第 19 表 に掲げたような民間貸付がなされていたことを除 けば,郷鎮企業への貸付が大宗を占め,いわば企 業金融の色彩が強いものであったということがで きるであろう。信用合作社は,郷鎮企業への資金 供給機関と し て,郷鎮企業の発展に重要な役割を 果た し てきた。ただ し ,郷鎮企業の主力である集 団経営の郷鎮企業への貸付は,前述のとおり,集 団内金融の一形態である。 以上のことから,集団内金融と し て行われた企 業金融が,この時期の農村金融の特徴を最も端的 に示 し たものということができる。 3) 農村信用社の組織的性格 集団有の組織でもあり銀行の農村基層組織でも あるという二重性をもった人民公社期の組織の性 格は,改革開放後も直ちに変わることはなく,農 業銀行の復活後もその位置付けは し ばらくの間継 続された。 (2) の 2) のイで述べたように,1980 年代の半 ばになって,二重性を解消 し て独立経営を実施 し , 合作性すなわち協同組合組織と し ての性格を回復 させるための「上からの改革」が実施される。 この「上からの改革」は,農村信用社の経営管 理に対する集団すなわち農村集団幹部の関与の程 度を格段に強めることとなったものと考えられる。 銀行の農村基層組織と し ての性格が解消され,銀 行による農村信用社の経営への関与の程度が弱ま れば,これまで銀行による各種の制約を受けなが ら,農村信用社の管理運営を事実上担ってきた集 団の関与が一層強まることは当然である。すなわ ち, 「上からの改革」 は,銀行の農村基層組織と し ての性格を解消すると同時に,農村信用社を協同 組合組織と し て自立的な経営体とすることが意図 されていたが,協同組合組織への移行は現実的に はほとんど進まなかったため,集団有の組織と し ての性格だけが残り,またその性格が強まること となったのである。 このように,農村信用社の経営に対する集団の
関与が強まる中で,集団経営の郷鎮企業への貸付 という形態での集団内金融が拡大 し ,農村信用社 による貸付の大宗を占めるようになった。 集団内金融は,第3章の (3) の 4) でも述べ たように,本来は利益相反関係にある貸付者と借 受者を一体化させるものであり,資金の健全な運 用にとって好ま し いものではない。このような状 況は得て し て不正の温床となり,多額の不正融資 等がなされたりすると農村信用社の経営は一挙に 悪化することとなる。本章 (2) の 2) のウで述 べたような農業銀行による経営請負責任制の導入 等の各種の改革政策が実施されたのも,このよう な事情を背景に し たものと考えられる。 し かも, 1990 年代半ば以降は多数の郷鎮企業が 経営不振に陥り,その整理が進められるような状 況となった (18) 。 このため, 郷鎮企業への貸付額の 相当部分は不良債権化 し たものと考えられる。農 村信用社の不良債権の状況は公表されておらず明 らかではないが,郷鎮企業の整理淘汰の状況から 見ても相当深刻なものであったことが想定される。 以上のことから,農村信用社の経営の改善のた めには,まず,集団有の組織と し て集団が経営管 理 し ている現状を改め,農村信用社を集団の関与 から解放 し て独立 し た自主的な経営体とすること が求められることは明らかであろう。そうでなけ れば集団内金融の弊害がいつまでも継続 し ,農村 信用社の十分な経営改善は期待することができな い。 また,集団から独立 し た自主的な経営体の組織 と し ては,農村の現状からすれば協同組合組織が 現実的であり妥当でもある。 今後,中国の農村金融改革では,農村信用社の 合作性の回復,すなわち協同組合組織への移行が 最も重要な課題とされるようになるが,このこと は,以上のような事情の中で理解されるべきもの と考える。 注 中共中 央 ・国 務 院 1983 年 10 月 12 日「政社 分離 を実施 し て郷政府を設立す ることに関する 通知」 。 同表の郷村戸数 , 郷村総人口, 郷村労働力はい ず れも農村籍を有す る者の数であ る。 郷村内には, た と え ば 国 有 企 業 労 働 者 等 の 都 市 籍 を 有 す る 者 も 居 住 し ているが,それ らの者の数は含ま れていない。 個 体 経 済 と は 個 人 経 営 に よ る 自 営 業 の こ と で あ り,私営 企 業 は そ の う ち 従 業 員 が 8 人 以 上 の 企 業 (国務院 1988 年 7 月 1 日 「 私営企業暫行 条例」 によ る)のこ とである。 北京市編 〔3, 226 ページ〕 。 なお, この従業者数 に は 北 京 農 村 以 外 の 地 域 か ら 来 た 従 業 者 も 含 ま れ ている可能性 がある。 北京市編〔 3,226 ページ〕 。 郷 鎮 企 業 の 従 業 者 数 に は 北 京 農 村 以 外 の 地 域 か ら来た従業者 が含まれている可 能性があり, 郷村労 働 力 と の 対 比 が 必 ず し も 北 京 農 村 の 就 業 構 成 を 正 確に反映する ものではない可能 性がある。 呉安民編著 〔23,22 ページ〕 。 北京市編 〔3, 75 ページ〕 。 なお, 第 12 表にある と お り,1977 年 の 北 京 の 信 用 合 作 社 の 貸 付 残 高 は 3 , 859 万元である。 呉安民編著 〔23,56 ページ〕 。 宋洪遠等著 〔21,152 ページ〕 。 北京市編〔 3,74 ページ〕 。 宋洪遠等〔 21,154 ページ〕 。 斉文波〔19 ,135 ページ〕 。 農 村 合 作 基 金 会 の 評 価 に つ い て は,斉 文 波〔19, 第 4 章〕 においては農村合 作基金会が集団所有 資金 の保全, 農村経済管理の強 化等の機能を有 し ていた こと,山本裕 美 〔 26,238 ∼ 241 ページ〕 において は 農 村 合 作 基 金 会 が 農 業 銀 行 ・ 農 村 信 用 社 の 補 完, 民間金利の抑 制等の役割を果た し たこと, 朴紅・坂 下明彦 〔 4,第 8 章第 3 節〕 においては農村合作 基金 会 が 国 家 融 資 機 関 に よ る 融 資 不 足 を 緩 和し た こ と, 青柳斉 〔 1,276 ∼ 279 ページ〕 においては農村 合作 基 金 会 が 農 民 専 業 合 作 社 や 農 家 に と っ て の 農 村 地 域 金 融 機 関 とし て の 役 割 を 担 っ て い る こ と と い っ た積極的な評 価がなされている 。 ただ し , 同時にこ れらの著作で は, 一方で, 農村合作基金会の乱 脈融 資(青柳斉〔1,同〕 ) ,資 金の管 理 体制 が 杜撰(朴 紅・坂下明彦 〔4, 同〕 ) , 農村合作基 金会に対する信 用管理と信用 保障が不十分 ( 斉文波 〔19,同〕 ) とい っ た 農 村 合 作 基 金 会 の 存 立 に 関 わ る 問 題 点 が あ っ たことも指摘 されている。 郭書田主編 〔8,545 ページ〕 。 人民公社解 体後, 行政的機能は郷 鎮政府および村 民委員会に移 行 し たが, 集団財産, 集団企業等の運 営管理を行う 経済的機能は, 郷鎮および村に設 置さ れた集団経済 組織で担われるこ ととなった。 名称は 経 済 合 作 社 等 様 々 な も の が あ り 一 律 で は な い。な お, 村民小組に集団 経済組織が設置 されていること もあり, また, 村によっては集 団経済組織が設 置さ れ ず 村 民 委 員 会 が 経 済 的 機 能 も 併 せ 受 け 持 っ て い ることがある 。 ( )1 ( )2 ( )3 ( )4 ( )5 ( )6 ( )7 ( )8 ( )9 ( )1 0 ( )1 1 ( )1 2 ( )1 3 ( )1 4 ( )1 5 ( )1 6
た と え ば,1990 年 の 農 業 銀 行 に よ る 農 業 貸 付 の うち, 国営・集団農業 貸付が 56 . 2% を占め, 農家貸 付は 17 . 7% を占める にす ぎない(中国 農村 金融 統 計年鑑 1991 による) 。 た と え ば,郷 鎮 企 業 の 従 業 員 数 は,1997 年 の 1 億 3 , 050 万 人 か ら 1998 年に は 1 億 2 , 537 万 人 に減 少 し ている ( 「2003 中国農業発展報告」 中国農業出 版社) 。 (1) 農村金融体制の改革 1) 改革の背景 中 国 の 農 村 金 融 に つ い て は,す で に 1993 年 12 月 25 日の国務院 「 金融体制改革に関する決定」 に おいて, ① 農業発展銀行の設立後に農業銀行は政 策性銀行と し ての性格を有する銀行から商業銀行 へと転換すること, ② 農村信用社連社を基礎と し て徐々に農村合作銀行を設立することといった方 向性が示されていたが,農村信用社の組織問題, 農村合作基金会の処理等の現実の深刻な問題につ いては十分に対応されないままとなっていた。 このため, 改めて 1996 年 8 月 22 日に国務院 「農 村金融体制改革に関する決定」が発出され,現在 の農村金融の基本的枠組みを定めることとなる農 村金融体制の改革が実施される。 農村金融の大宗を占めるのは農村信用社であり, 農村金融体制の改革は農村信用合作社の改革を中 心と し て行われることとなる。 この時期の農村信用社は,集団による経営への 関与が強くて経営の自主性がなく,集団内金融の 弊害等によって経営が悪化 し ていたため,自主的 経営を行う協同組合組織への移行が強く求められ るようになっていたことは前章で述べたとおりで ある。 また,農村信用社については,設立の根拠法規 が整備されていないことから法的地位が不明確で あること (1) や, 農家への融資が少なく農業支援機 能が十分に果たされていないことも改革の背景に なっていたと考えられる。 加えて,農業銀行との関係では,農業銀行を国 有商業銀行とするという政府の金融政策全体の方 針の中で,農業銀行と信用合作社との間に矛盾が 生ずるようになり,この問題の解決が求められて いた。すなわち,この時期の農業銀行は,改革 し て自立 し た商業銀行と し ての存立を図るため,地 域で競争力のある郷鎮企業等の経済主体には積極 的な融資を行う等,効率的で収益を重視 し た経営 を行うことが必要であったが,農業銀行と農村信 用社の営業基盤はともに農村であり,農業銀行に とって優良な貸出先は農村信用社にとってもそう であり,農業銀行と農村信用社の利害は対立する こととなったのである。一方で農業銀行は農村信 用社の指導管理機関でもあるため,農業銀行が農 村信用社の利益を侵害 し て自己の利益を図るとい ったことが し ば し ば起こる ようになっていた (2) 。 このような状況は,農業銀行の自立と農村信用社 の健全な発展の両面で不利であることから,農業 銀行と農村信用社との関係の整理が必要となって いた。 農村金融体制の改革の背景となった問題点と し ては,このほか,次のものが挙げられる。 ア 農村合作基金会の運営乱脈化 本来,集団資金を適正に管理・利用することを 目的と し て設立された農村合作基金会が,設立の 趣旨を離れ,郷鎮政府の金庫と し て郷鎮政府の支 出目的のために利用されたり,貸付のための高利 の短期資金の導入等によってリスクの大きい資金 運用がなされる (3) など, 運営の乱脈化が目立つよ うになっていた。 農村合作基金会の貸付金の多くは回収の見込め ないもので (4) ,農村の金 融事情を著 し く悪化させ ており,農村合作基金会の整理が必要となってい た。 イ 農業発展銀行の組織強化の必要性 農業発展銀行は,農業分野の長期開発性資金の 融資等を行う政策性銀行と し て積極的な役割を果 たすことが期待されていたが,実際の業務は農業 銀行の営業所が代理 し て行うなど組織が弱体であ り,政策性銀行と し ての的確な業務の遂行のため には所要の組織強化が必要であった。 2) 改革の内容 上記「農村金融体制改革に関する決定」の主な 内容は以下のアからカまでに掲げるとおりである。 ア 合作金融,商業性金融,政策性金融による農 村金融体制の確立 農村経済発展の多層性によって,工商企業を対 ( )1 7 ( )1 8
6 .
現在の農村金融
象とする商業性の金融機構,主と し て農家を対象 とする合作性金融機構,農業開発・技術進歩や国 家による農副産物の購入を保証する政策性金融機 関が必要とされている。 このような事情に対応 し て,合作金融を基礎と し ,商業性金融,政策性金融が分担協力する農村 金融体制を確立 し ,改善する。 イ 農業銀行と農村信用社との指導従属関係の解 消 ) 農村信用社の業務管理は県連社が責任を負 うことと し ,金融監督管理は中国人民銀行が 直接担当する。農業銀行は農村信用社を再び 指導管理 し ない。 ) 農業銀行との指導従属関係を解消する過程 で起こる農村信用社の人員,財産,資金等の 問題 (5) は, 中国人民銀行の指導の下で関係部 門と協調 し て解決する。 ) 農業銀行に預けていた預金準備金は人民銀 行に預け替える。再預金 し ていた預金は,平 等互恵,協議の原則に基づいて解決する。 ) 農村信用社に対する指導管理を強化するた め,県連社および人民銀行県支行を充実強化 する。 ウ 農村信用社の合作性の回復 ) 人民銀行が新たに発布する「農村信用合作 社管理規定」等によって,民主管理,業務内 容,財務管理等に関する制度を整備する。 ) 農村信用社への出資は,主と し て農家,農 村集団経済組織,従業員が行う。信用合作社 の最高権力機関は社員代表大会であり,一人 一票制を実行する。理事会の指導の下で主任 責任制を実施する。 ) 社 員 に 対 す る 貸 付 は 貸 付 金 総 額 の 50% 以 上でなければならない。 エ 農業銀行の改善と農村合作銀行の設立 ) 農業銀行は新 し い変化に対応 し て,真の国 有商業銀行となるように努める。 ) 都市農村の一体化の程度が比較的高い地域 では,県(県級市)に農村合作銀行(株式制 商業銀行)を設立することができる。その際 には農村信用合作社を統合 し て農村合作銀行 の分支行とする。 オ 農業発展銀行の強化 農業発展銀行総行,省級分行に営業部を設立す る。原則と し て各地区 (市) ,県に分行,支行を設 立する。 カ 農村合作基金会の清算整理 ) 金融業務を事実上営み,預金貸付金額が比 較的大きなものは,農村信用社に合併するか 新たに農村信用社を設立する。 ) 農村信用社への合併または農村信用社の設 立を行おうと し ないものは,即時に出資募集 を名目と し た預金吸収の停止と貸付業務の停 止を行う。 以 上 の よ う に,1996 年 の 農 村 金 融 体 制 改 革 で は,農村信用社による合作金融を農村金融体制の 基礎と し ,農村信用社の合作性を回復させること を基本的な方向と し ている。すなわち,この改革 においては,農村信用社の合作性の回復すなわち 協同組合組織への移行が,単なる農村信用社の組 織改革ではなく,農村金融体制全体の健全化にと っての重要な要素と し て位置付けられているので ある。 (2) 農村金融組織の現状 1996 年 の 農 村 金 融 体 制 改 革 後 の 現 在 の 農 村 金 融組織の現状は以下のとおりである。なお,農村 信用社の合作性の回復については課題が多く,十 分には進んでいない。このことについては,次章 でまとめて考察することとする。 1) 農村信用社 ア 組織,貸付等の状況 中国 の 2002 年の 農村 信用 社 の組 織数 は第 22 表 のとおりである。中国では,おおむね各郷鎮およ び各 県に,そ れぞ れ 1 基層 農村 信用 社お よび 1 県 連社が設立されている。ただ し ,農村信用社の数 は, 1995 年に 47 , 302 社 (6) だったものが 2002 年に は 35 , 622 社 と な っ て お り,か な り 減 少し て い る。 これは,農村信用社の経営悪化等に対応 し て統廃 合が進められた結果と見られる。市,地区級連社 および省級連社はまだ数が少なく,設立されてい ないところが多い。 北 京 で は,2000 年 1 月 16 日 に 北 京 農 村 信 用 合 作社連合社(北京農信連社)が成立 し た。これは 全国で初めての省級連社であったという。業務は 社員である農村信用社の事業管理,同農村信用社 ii i ii ii ii iii iii iv i i i
への融資等である (7 ) 。一方で,北京以外の地方 で は,基層農村信用社の経営・管理状況の悪化に対 応 し て,基層農村信用社を県連社に統合 し て県連 社の分支機構とする動きも見られる。県連社はさ らに市連社と連携 し て,農村商業銀行または農村 合 作 銀 行 に 改 革,発 展 す る こ と が 期 待 さ れ て い る (8) 。 農村信用社の従業員数について見ると, 1995 年 末の従業員数は 634 , 245 人 (9) であり, 第 22 表のと おり 2002 年 にお い ても 64 万 人で あ るの で,ほぼ 横ばいとなっている。 第 23 表 は 農 村 信 用 社 の 貸 付 状 況 等 を 整 理し た ものである。 1998 年から 2000 年にかけて, 全国お よび北京ともに預貸残高を大きく伸ば し ている。 農村信用社預金残高の金融機構残高に占める比率 が,全国よりも北京のほうがかなり小さくなって いるのは,北京には各種の金融機関が集中 し てい ること等の事情が反映されたものであろう。 農村信用社による貸付では,同表を見てわかる とおり,農業貸付が大きく伸びている。これは, ① 農業銀行が商業銀行化 し て, 農村信用社が農村 における中心的な金融機関と し ての位置付けを与 えられることとなったこと, ② 次のイで述べる小 額信用貸付の導入によって農家への貸付額が増大 し たこと等の要因によるものと考えられる。 また,郷鎮企業貸付については,農村信用社の 金 融 機 構 残 高 に 占 め る 比 率 が 1998 年 に 比 較し て 2000 年は 7% 近くも拡大 し ているが, これなども 農業銀行が商業銀行と し て融資先の多角化を進め る一方で農村信用社が郷鎮企業との関係をより緊 密化させていることを示 し たものと言える。 イ 小額信用貸付および連保貸付 最近の農村信用社の動向を見る上で注目 し てお かなければならないのが,農家への小額信用貸付 および連保貸付である。 小額信用貸 付はもとも と貧困扶 助の方法の 1 つ で あ っ た ( 10 ) が,1996 年 に 全 国 的 な 試 行 が 実 施 さ れ, 2000 年に人民銀行が農家貸付の方式と し て推 進 し て以来,急速に全国に広まった。連保貸付は, 金額が 比較 的大 きい とき に 3 ∼ 5 戸の 農家 で連 帯 第 23 表 信用合作社の貸付状 況等 項 目 単位:億元,% 1998 2000 2002年 信用社預金残 高 うち北京 信用社預金残 高の金融機構残 高に占める比率 北京市で の上記比率 信用社貸付残 高 うち北京 信用社貸付残 高の金融機構残 高に占める比率 北京市で の上記比率 信用社農業貸 付 信用社農業貸 付の金融機構残 高に占める比率 信用社郷鎮企 業貸付 信用社郷鎮企 業貸付の金融機 構残高に占める比 率 12 , 191 . 5 360 . 0 12 . 7 5 . 4 8 , 340 . 2 169 . 3 9 . 6 5 . 1 2 , 662 . 6 59 . 9 3 , 825 . 1 68 . 6 15 , 129 . 0 492 . 1 12 . 2 5 . 1 10 , 489 . 0 252 . 5 10 . 6 4 . 2 3 , 588 . 0 73 . 4 4 , 569 . 0 75 . 4 19 , 875 . 0 11 . 6 13 , 937 . 7 10 . 6 第 22 表 信用合作社の組織数( 2002 年現在) 農村信用社法 人機構数 単位:社 従 業 員 38 , 153 うち信用社 35 , 622 県 連 社 2 , 460 市地連社 65 省級連社 6 64万人
保証のための組織をつくり,貸付を受けるもので ある。 小額信用貸付の具体的な貸付方法は,あらか じ め農家の信用力を審査 し て信用力があると認めら れれば貸付証 ( 有効期間は一般に 2 年) を発行 し て おき,資金が必要なときはその貸付証を持って農 村信用社の貸付窓口に行きさえすれば,いつでも 原則無審査で,その日のうちに貸付を受けられる というものである。これは,農村信用社のこれま での貸付手続きが煩雑で,貸付を受けるまでに何 日もかかるという状況に対応 し たものである。物 的担保は必要でない。 小額信用貸付の主要な貸付条件は以下のとおり である (11) 。 ) 貸付限度額 地域によって差があるが,一般的には,経 済が 発達 し た地 区で は 8 千 ∼ 1 万元,経 済 が 未発 達な 地 区で は 3 千∼ 5 千 元。貸 付限 度額 の範囲内で何度でも貸付を受けることができ る。 ) 資金用途 農業の生産前,中,後の費用,小型農機具 購入および農民消費 ) 利率 人民銀行公布の基準利率を参考に し て,そ れぞれの信用合作社で決定。小額信用貸付以 外の他の貸付では,一般的に農村信用社の利 率は 基準 利 率よ りも 20 ∼ 50% 高 く なっ てい るが,小額信用貸付の利率については人民銀 行が基準利率に近付けることを求めているた め,小額信用貸付の利率は他の貸付の利率よ りも低い。 ) 償還期間 95% が 1 年。 それ以外は, 多くが 1 年より も短く,1 年よりも長いものはわずか。 農村信用社による農家への小額信用貸付および 連 保 貸 付 の 状 況 は 第 24 表 の と お り で あ る。2002 年末には,全国のほとんどの信用合作社が小額信 用貸付を実施 し ており,また,小額信用貸付を受 け た 農 家 は 全 国 の 郷 村 戸 数 ( 12 ) の 2 割 以 上 に 及 ん でいる。 小額信用貸付および連保貸付の著 し い増加は, 一面で,農村における農家の資金需要には根強い ものがあり,これまで農村信用社から農家への貸 付が不活発であったのは農村信用社の貸付方法等 に問題があったことを示すものとなっている。 2) 農業銀行 農 業 銀 行 の 資 金 運 用 お よ び 資 金 源 の 状 況 は 第 25 表のとおりである。 資金運用では,農業貸付および郷鎮企業貸付に つ い て,1998 年 と 比 較し て 2000 年 に は 貸 付 残 高 および比率ともにかなりの減少が見られ,農村金 融での農業銀行の役割が縮小 し ている様子を窺わ せるものとなっている。ただ し ,その一方で,政 策的色彩の強い長期貸付が大きく伸びており,農 業金融政策の推進の上では,依然と し て農業銀行 が重要な役割を担っているものと考えられる。 資金源では, すでに 1998 年において, 農村集団 経済組織からの預金,農村信用社からの再預金等 が含まれる 農業預金は 預金残高の 2 . 3% を占め る に過ぎなくなっており, 一方で, 城鎮備蓄預金 (都 市住 民か らの 預金)が およ そ 3 分の 2 を 占め るな ど,農村からの資金調達に依存 し ない構造となっ ている。 2000 年には預金総額が大きく伸びる中で 城鎮備蓄預金も順調に増加 し ている。その意味で, 農村信用社との指導従属関係がなくなって,資金 第 24 表 小額信用貸付およ び連保貸付の状況(2002 年 12 月末現在) ・全国農村信 用合作社の 小額信 用貸付残高 連保貸 付残高 ・全国農村信 用合作社のうち 小額信 用貸付実施社 連保貸 付実施社 ・小額信用貸 付を受けた農家 数 ・連保貸付を 受けた農家数 資料:中国農 業年鑑(2003) (108 ページ) . 745 . 7 億元(年初比増 加 419 . 2 億元) 253 . 3 億元(年初比増 加 134 . 7 億元) 93% 50% 5 , 128 万戸 858 万戸 iv iii ii i
調達面で農業銀行が困難な状況に直面 し ていると いうようなことはない。なお,北京では,全国に 比 し て,預金のうちでは企業預金の占める比率が 高くなっているが,これは農業銀行に当座・普通 預金を開設 し ている各種の企業が多いという事情 を反映 し ているものであり,郷鎮企業からの預金 が多いためというわけではない。 なお,中国の国有独資商業銀行の不良債権比率 は, 2002 年 9 月末現在で, 工商銀行が 22 . 94%, 中 国銀行が 20 . 97%, 建設銀行が 12 . 53%, 農業銀行 が 31 . 43% (13) であるという。 全体と し て極めて高い水準にあるが,その中で も農業銀行が最も高い。農業銀行の経営改革は避 けて通れない問題であろうが,これまで農村を基 盤に業務を展開 し てきた農業銀行が,商業銀行と し て新 し い分野でどれだけ効率的な業務を行うこ とができるのか,また農村金融機関と し ての役割 をどれだけ残 し ていけるのかは今後の大きな課題 である。 3) 農業発展銀行 農業 発展 銀行 の 2001 年 末の 貸付 残高 は第 26 表 のとおりである。 第 25 表 中国農業銀行の資 金運用および資金源 項 目 資料:中国農 業銀行統計年鑑 1997 ‐ 1999,2000 ‐ 2002. 注 農業銀行の 通常業務に係るも のである. 比率は,そ れぞれ,貸付額お よび預金額に対 するもので筆者計 算. 商業貸付に は,農副産物買付 貸付が含まれる . 1998 年の短期貸付 のその他には手形 割引が含まれて いる. 三資企業は ,外国の直接投資 による合弁企業 ,合作企業,独資 企業の総称. 単位:億元,% 1998 2000年 資金運用総額 一 貸付 1 短期貸 付 (1) 工業貸付 (2) 商業貸付 (3) 農業貸付 (4) 郷鎮企業貸付 (5) 三資企業貸付 (6) 個体・私営企業 貸付 (7) その他 2 中期貸 付 3 長期貸 付 4 手形割 引 二 有価証券 及び投資 三 準備金預 金 四 その他 資金源総額 一 預金 1 企業預 金 (1) 当座・普通預金 (2) 定期預金 2 城鎮備 蓄預金 (1) 当座・普通預金 (2) 定期預金 3 農業預 金 4 その他 二 中央銀行 借款 三 金融債権 発行 四 その他 全 国 残 高 15 , 760 . 69 11 , 378 . 79 9 , 905 . 38 1 , 097 . 89 3 , 606 . 52 1 , 775 . 59 1 , 747 . 63 184 . 08 98 . 95 1 , 394 . 78 254 . 97 1 , 218 . 44 ─ 1 , 684 . 50 2 , 106 . 35 880 . 82 15 , 760 . 69 13 , 264 . 29 3 , 805 . 09 3 , 090 . 45 714 . 64 8 , 881 . 85 1 , 962 . 13 6 , 919 . 73 300 . 42 276 . 93 3 , 781 . 95 0 . 22 −1 , 285 . 79 100 . 0 87 . 1 9 . 6 31 . 7 15 . 6 15 . 4 1 . 6 0 . 9 12 . 3 2 . 2 10 . 7 ─ 100 . 0 28 . 7 23 . 3 5 . 4 67 . 0 14 . 8 52 . 2 2 . 3 2 . 1 北 京 残 高 250 . 64 230 . 64 38 . 03 82 . 00 52 . 83 21 . 95 0 . 35 0 . 09 35 . 40 1 . 57 18 . 43 ─ 385 . 92 210 . 54 172 . 59 37 . 95 136 . 47 24 . 30 112 . 16 26 . 58 12 . 34 100 . 0 92 . 0 15 . 2 32 . 7 21 . 1 9 . 5 0 . 1 0 . 0 14 . 1 0 . 6 7 . 4 ─ 100 . 0 54 . 6 44 . 7 9 . 8 35 . 4 6 . 3 29 . 1 6 . 9 3 . 2 全 国 残 高 17 , 607 . 32 11 , 803 . 01 8 , 233 . 43 1 , 060 . 06 2 , 647 . 57 1 , 287 . 83 1 , 412 . 76 243 . 82 204 . 20 1 , 377 . 19 433 . 04 2 , 979 . 01 157 . 54 2 , 220 . 81 2 , 159 . 54 1 , 423 . 96 17 , 607 . 32 17 , 468 . 97 5 , 408 . 02 4 , 439 . 55 968 . 47 11 , 032 . 25 3 , 274 . 80 7 , 757 . 45 371 . 87 656 . 84 1 , 268 . 08 0 . 12 −1 , 129 . 86 100 . 0 69 . 8 9 . 0 22 . 4 10 . 9 12 . 0 2 . 1 1 . 7 11 . 7 3 . 7 25 . 2 1 . 3 100 . 0 31 . 0 25 . 4 5 . 5 63 . 2 18 . 7 44 . 4 2 . 1 3 . 8 北 京 比率 288 . 46 228 . 03 42 . 99 80 . 72 36 . 82 19 . 62 0 . 56 0 . 18 47 . 15 5 . 12 54 . 55 0 . 77 556 . 42 320 . 65 269 . 96 50 . 69 177 . 36 48 . 28 129 . 09 30 . 33 28 . 07 100 . 0 79 . 1 14 . 9 28 . 0 12 . 8 6 . 8 0 . 2 0 . 1 16 . 3 1 . 8 18 . 9 0 . 3 100 . 0 57 . 6 48 . 5 9 . 1 31 . 9 8 . 7 23 . 2 5 . 5 5 . 0 比率 比率 比率 残 高 ( )1 ( )2 ( )3 ( )4 ( )5
同表で明らかなとおり,貸付残高のほとんどは 糧油貸付および綿花貸付で占められており,その 他はごくわずかにすぎない。 ここで,糧油貸付および綿花貸付とは,政府の流 通政策に従って食糧,食油または綿花を農家等か ら買い付ける国有食糧企業,供銷合作社等に必要 な買付資金を貸 し 付けることであり,農産物の流 通段階における流通業者への融資であって,農業 生産とは直接の関係がない。 また,その他 の貸付残 高は全体 の 2 . 4% にす ぎ ず,農業発展銀行の融資による農村基礎建設や農 業投資はほとんど行われていないことがわかる。 農業生産,農業経営に必要な資金を融通する農業 金融という観点から見た場合,農業発展銀行は現 在ではほとんどそのような役割を果た し ていない と見て良いであろう。 4) 郵便貯金 近年,中国においては郵便貯金の貯金額が増加 し ,農村からの資金流出の大きな要因とされるよ うになっている。 郵便貯金の貯金額は第 27 表のと おりである。 郵便貯金のうち県以下組織での貯金は農村信用 社への預金と直接に競合する。 2002 年 9 月末での 同貯金額 は 4 , 400 億元で あるが,同年 末の全国 の 農村 信用 社の 預金 残高 が 1 兆 9 , 875 億 元で あっ た ことを見ても,すでに農村では預貯金の動向を見 る上で無視できないものになっていることがわか る。 郵便局に貯金された資金は,基本的に農村に還 元されることはなく (14) , そのほとんどが農村外に 流出することとなることにも注意が必要である。 5) その他の民間貸付 2000 年 11 月 27 日 お よ び 2003 年 1 月 13 日 の 人 民日報の記事では,いわゆる「高利貸」が農村金 融に大きな影響を与えていることを述べているが, 最近の民間貸付に関する統計は作成されていない ためその現状は必ず し もはっきり し ない。 なお,これまで一部地域での現地調査によって, 民間貸付と正規貸付(農村信用社および農業銀行 によ る 貸 付)と の 貸付 規 模 の 比 率は お お む ね 1 : 1 と推測されており,また,信用合作社による小額 信 用 貸 付 等 の 実 施 に よ っ て 2001 年 に は 民 間 貸 付 の勢いが弱まり利率も下がった (15) という。 (3) 現在の農村金融の構造 1) 資金源と資金の流出入 現在の農村金融の構造を北京市を例と し て図示 すれば第 10 図のとおりである。 農村金融の資金源は,基本的には農民,農村集 団,郷鎮企業等からの預金によってまかなわれて いると考えて良いであろう。 政府資金を利用 し た政策融資は農業発展銀行を 通 じ て行うこととされているが, (2) の 3) で述 べたように,農業発展銀行の貸付のほとんどは国 有食糧企業等に対する食糧買付資金等の貸付であ り,農村に直接投入されるものではない。農業銀 行も長期貸付等では政策的な融資を行っているが, 第 25 表で見ると, 農業銀行の中央銀行からの借入 は 1998 年 の 3 , 782 億 元 か ら 2000 年 に は 1 , 268 億 元へと大きく減少させており,預金等による自己 資金を中心と し た資金運用が行われるようになっ ている。 第 27 表 郵便貯金額(2002 年 9 月末) 郵便貯金額 うち県以下 組織での貯金額 6 , 795 億元 4 , 400 億元 第 26 表 中国農業発展銀行の 貸付残高(2001 年末) 貸付金残高総 額 うち糧油貸 付残高 綿花貸 付残高 その他 資料:中国農 業年鑑 2002(102 ページ) . 注.その他の 額と( )内の 比率は筆者計算. 7 , 432 億元 (100%) 6 , 007 億元(80 . 8%) 1 , 246 億元(16 . 8%) 179 億元 (2 . 4%)