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第1次世界大戦期における日本のマクロ経済政策 : 主として金融的側面を中心に

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(1)

第1次

世界 大 戦 期 に お け る 日本 の マ ク ロ経 済 政策

主 と して金融的側 面 を中心 に

Japanese

Macroeconomic

Policy during

World

War I

Koich Suzuki

In 1914 when World War I broke out, Japanese exports grew rapidly and the

Japanese economy enjoyed a substantial

balance of payments surplus and high

econo-mic growth. In 1916,

however, the overheated

economy caused an inflationary

tendency, which steadily accelerated towards galloping inflation. Then , after the War,

a deep depression occurred in 1920 as the reaction to this situation . According to

the accepted opinion, the main cause of the inflation was an over-issue

of banknotes

based on the increasing specie holdings of the Bank of Japan. Yet this was just one

small factor, in my opinion, and the main factor was rather the fiscal and monetary

policy of that time.

Until 1917 the Bank of Japan continued to follow an easy monetary policy . It

brought about a large increase in bank loan and a consequent increase in the money

supply. Why did the Japanese Government and the Bank of Japan exercise such an

easy policy? It could be because they were inclined to accelerate the progress of

Japanese industries with adequate money supply. In 1918 the Bank of Japan

switch-ed its monetary policy by raising the Bank rate. But it was too late and the policy

was not restrictive

enough. Furthermore,

fiscal policy was also stimulative, for

gov-ernment expenditure

was increasing rapidly. The aim of the Government to

mod-ernise its military power and other public facilities was another background factor .

In conclusion, the Japanese inflation of that time was not an inevitable effect of the

large balance of payments surplus, but was caused by the inappropriate

fiscal and

monetary policy.

は じめ に 大 正3年(1914年)7月 に勃 発 した 第1次 世 界 大 戦 は,日 本 経 済 に極 め て 大 きな 影 響 を 及 ぼ した 。 す な わ ち当 時,不 況 に 苦 しんで い た 日本 経 済 は,輸 出 の 急 増 を契 機 に 未 曽 有 の 好 況 を謳 歌 す る こ と に な っ た。 そ の 間 にお け る重 化 学 工 業 の発 展 は著 し く,そ の結 果 日本

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の 産 業 構 造 は大 き く変 貌 した 。 国 際 収 支 の 大 巾 な黒 字 は,日 本 の 正 貨 危 機 を救 った 。 しか し同時 に,激 しい イ ン フ レー シ ョンが 生 じた 。 あ ま りの ブ ー ム は,大 戦 が 終 わ る と,や が て 大 正9年(1920年)の 反 動 恐 慌 を招 くこ とに な る 。 この よ う な 日本 経 済 の劇 的 と もい うべ き推 移 に つ い て は,当 然 の こ とな が ら,こ れ まで も多 くの 分 析 が 行 わ れ て きた 。 しか しなが ら, 当 時 の 日本 経 済 を取 り巻 く内 外 環 境 は極 め て 複 雑 で,し た が って こ れ に対 応 す る政 策 も ま た複 雑 な も の に な ら ざ る をえ なか っ た 。 そ れ だ け に当 時 の 日本 経 済 と政 策 をマ ク ロ 的観 点 か ら分 析 ・評 価 す る こ と は,極 め て興 味 深 い か つ 重 要 な作 業 と思 わ れ る。 た だ そ う した 試 み は,こ れ まで 主 と して 統 計 デ ー タの 制 約 に 阻 ま れ て きた 。 と こ ろ が,近 年,明 治 以 降 の マ ク ロ経 済 統 計 の整 備 が 精 力 的 に行 な わ れ, 漸 くそ う した 分 析 が 可 能 に な っ て きた よ う に 思 わ れ る 。 そ こで 本 稿 は,そ う した マ ク ロ経 済 統 計 整 備 の 業 績 に 依 拠 しな が ら1),激 動 し た 第1次 世 界 大 戦 期 の 日本 経 済 の 姿 を,改 め て分 析 し よ う とす る もの で あ り,と くに 当 時 の イ ン フ レ ー シ ョ ンが ど の よ う に して 生 じた か を探 ろ う と した もの で あ る 。 同 時 に,日 本 銀 行 の 正 貨 保 有 高 増 加 に伴 う銀 行 券 の増 発 が イ ン フ レー シ ョ ンの 原 因 で あ る とす る従 来 の 解 釈 に対 し,筆 者 自身 の解 釈 を提 供 す る こ と を も意 図 して い る。 な お,本 稿 に お い て 「第1次 世 界 大 戦 期 」 とい うの は,筆 者 が 本 稿 作 成 の便 宜 上 使 用 し た も の で,第1次 世 界 大 戦 勃 発 の 大 正3年 (1914年)か ら,大 正9年 反 動 恐 慌 の 前 年, つ ま り大 正8年(1919年)ま で の6年 間 を指 して い る。 1.第1次 世 界 大 戦 期 日 本 の 経 済 成 長2) ま ず,第1次 世 界 大 戦 期 の6年 間 の 経 済 成 長 は,実 質 で 平 均,年 率5.9%で あ っ た 。 こ れ は,そ の 前 の6年 間 の 実 質 成 長 率2.1%と 比 較 し て か な り 高 い 。 と く に,大 正5年 (1916年)か ら同7年(1918年)の3年 間 は, 年 率7%台 の 高 い成 長 で あ っ た 。 この よ う な 高 成 長 の 原 因 は何 で あ っ た か 。 これ をGNE の項 目別 伸 び率 に よ って み る と,ま ず 大 戦 勃 発 の 翌 年 か ら輸 出 が 急 増 し,つ い で 大 正6年 以 降,粗 国 内 固定 資 本 形 成(以 下,設 備 投 資 とい う)が 高 い伸 び を示 す よ う に な っ た 。 つ ま り当 初,輸 出 ブ ー ム の様 相 を呈 して い た 日 本 経 済 は,や が て 設 備 投 資 ブ ー ム とな っ た。 さ ら に大 戦 末期 か ら戦 後 に か けて は,政 府 経 常 支 出(以 下,財 政 支 出 とい う)も ブ ー ム を 支 え る要 因 とな っ た(第1表)。 しか し こ う した第1次 世 界 大 戦 期 の 高 成 長 も,各 年 毎 に み れ ば,か な りのバ ラ つ きが あ り,と くに 大 戦 が 勃 発 した 大 正3年 の 実 質 成 長 率 は,1% 強 の低 い もの で あ っ た 。 こ の年 は個 人 消 費, 設 備 投 資,輸 出が,い ず れ も前 年 を下 回 って い る。 も っ と も輸 入 も前 年 を大 き く下 回 った の で,経 常 海 外 余 剰 の マ イ ナ ス は前 年 に 比 し 減 少 した(第1表)。 これ は,当 時 の 経 済 界 が 大 戦 勃 発 に大 きな シ ョ ッ ク を受 け,先 行 き に つ い て の見 通 し難 に陥 った こ と,ま た 同 時 に現 実 に貿 易 取 引 に い ろ い ろ な障 害 が 生 じた こ と を 反 映 して い る3)。 しか し以 上 の よ う な 大 戦 勃 発 直 後 の 混 乱 は次 第 に鎮 静 化 し,や が て 交 戦 国 に対 す る軍 需 品 の 売 行 きが 増 え だ し た だ け で な く,従 来 交 戦 国 か らの輸 入 に依 存 し て い た イ ン ド,東 南 ア ジ ア,オ ー ス トラ リ ア等 へ の 輸 出 も増 加 した 。 こ う して 大 正4年 の 実 質 ベ ー ス の 輸 出 は前 年 比3割 弱 の 大 幅 な 伸 び とな った が,他 方 輸 入 は前 年 比 ほ ぼ横 這 い に と ど ま っ た の で,こ の年 の 輸 出 入 は お お む ね バ ラ ン スす る よ う に な っ た 。 た だ企 業 の 投 資 マ イ ン ドは な お 慎 重 で,こ の 年 の 設備 投 資 は 前 年 に引 き続 きマ イ ナ ス と な っ た 。 しか し個 人 消 費 支 出 が 高 ま り をみ せ た こ と もあ っ て,同 年 の 実 質 成 長 率 は6.4%の 高 い 伸 び と な った(第1表)。

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第1表 総 国民支 出 の推移(実 質ベ ー ス) 個 人 消 費支 出 政 府 経 常 支 出 粗 国 内 固定資 本 形成 経 常海 外 余剰 輸 出 と 海外 か らの所 得 (控 除) 輸 入 と 海 外 へ の 所 得 総国民 支 出 昭和9∼11年 価 格 に よる支 出 額(単 位:百 万 円) 大 正2年 (1913年) 6,604 672 1,297 △462 966 1,428 8,111 3年 6 .,.430 727 1,272 0223 898 1,121 8,206 4年 ・:1・ 769 1,176 016 1,141 1,151 8,735 5年 7,193 731 1,252 205 1,498 1,293 9.,381 6年 7,521 750 1,598 237 1,563 1,326 10,106 7年 7,949 821 2,038 99 1,627 1,528 10,907 8年 8,697 994 2,283 0504 1,377 1,881 11,470 対 前 年比 増 加 率(単 位:%) 大 正3年 (1914年) 一2 .6 8.2 一1 .9 一 一7 .0 一21 .5 1.2 4年 5.8 5.8 一7 .5 冖 27.1 2.7 6.4 5年 5.7 一4 .9 6.5 一 31.3 12.3 7.4 6年 4.6 2.6 27.6 15.6 4.3 2.6 7.7 7年 5:7 9.5 27.5 一58 .2 4.1 15.2 7,9 8年 9.4 21.2 12.0 → 一15 .4 23.1 5.2 (資 料)K.Ohkawa&M.Shinohara:Patternsof/apaneseEconomicD6怩 勿 一 ntent,AppendixTables 前 述 の よ う に,大 正5∼7年 の 日本 経 済 は 極 め て 高 い 成 長 を実 現 した 。 そ れ は,輸 出 の 急 伸 に よ っ て経 常 海 外 余 剰 が 黒 字 とな り,企 業 の設 備 投 資 も大 幅 に増 加 した た め で あ る 。 もっ と も こ の 間,日 本 経 済 が格 別 の波 瀾 も な く,ひ た す ら好 況 を謳 歌 して い た とい うわ け で は な い 。 大正5年12月 に は,ド イ ツ が講 和 を提 議 し た とい うニ ュ ー スが 伝 え ら れ,株 式 市 場 は大 混 乱 に 陥 った 。 翌6年4月 の ア メ リ カ の 参 戦 も,経 済界 を動 揺 させ た 。 事 実 こ の 年 の7月,ア メ リカ が 戦 時 必 要 品 輸 出禁 止 令 に よ っ て 鉄 類 や石 油 な どの 輸 出 を禁 止 した こ と は,日 本 の造 船 業 ・製 鉄 業 に大 き な打 撃 を 与 えた 。 そ の よ うな 波 瀾 は あ った もの の,お しな べ て言 え ば,こ の 間 の 日本 経 済 は ま さ に 空 前 の ブ ー ム を謳 歌 した の で あ る 。 以 下,こ の期 間 に お け る 日本 経 済 の 動 き を,GNE統 計 に よ っ て もう少 し詳 し くみ て み る こ と に し よ う。 まず 大 正5年 に は,輸 出 入(実 質)と も高 い伸 び を示 した が,と くに 輸 出 の伸 び が前 年 に引 続 き きわ め て 高 か った の で,実 質 ベ ー ス の 経 常 海外 余 剰 は前 年 の マ イ ナ スか らプ ラ ス に転 じた 。 実 質 で の設 備 投 資 の 伸 び も前 年 の マ イ ナ ス か ら プ ラス とな った 。 個 人 消 費 も安 定 した伸 び を示 した 。 こ う して,大 正5年 の 実 質 成 長 率 は,7.4%と い う高 い もの に な っ た が,こ の年 は い わ ば輸 出 ブ ー ム の 年 で あ っ た とい う こ とが で き る。 前 述 の よ う に,こ の 年 の12月,ド イ ツ講 和 提 議 の報 が伝 え ら れ, 日本 の 経 済 界 は 大 き な シ ョ ック を受 け る。 そ の た め 厂大 戦 景 気 の 一 服 」 とい っ た現 象 もみ られ た が,そ う した 現 象 は一 時 的 な もの にす ぎず,結 局 大 正6年 の 実 質 成 長 率 は,前 年 を さ ら に 上 回 る7.7%と な っ た。 こ う し た 高 成 長 の原 因 は,設 備 投 資 の 急 伸 で あ っ た 。 大 正 4年 以 降 の 輸 出 の急 増 が,こ こ に きて企 業 心 理 を強 気 に し,設 備 投 資 意 欲 を盛 り上 げ た 姿 をみ る こ とが で きる 。 大 正7年 の経 常 海外 余 剰 は輸 入 の 増 大 に よ って 前 年 を下 回 っ た もの の,前 年 に 引 続 く設 備 投 資 の 高 い 伸 び に よ っ て,同 年 の 経 済 成 長 は 実 質7.9%と い う高 さ

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を 記 録 した(第1表)。 この 年 の11月 に 第1 次 世 界 大 戦 は 終 結 した 。 戦 争 が 終 結 す る と,経 済 界 に は さす が に先 行 き に対 す る 警 戒 感 が広 が っ た 。 と くに当 初 は,そ れ ま で 戦 争 の結 果 と して好 調 な 輸 出 を 謳 歌 して きた 産 業 を中 心 に,前 途 に対 す る悲 観 ム ー ドが広 が っ た 。 しか し,間 もな く ヨー ロ ッパ 諸 国 に お い て 復 興 の た め の 資 材 需 要 が 高 ま り,そ れ が ア メ リ カ経 済 に好 況 を もた ら し,さ ら にそ の影 響 に よ っ て 日本 の輸 出 が 支 え られ る結 果 に な っ た。 そ の た め 大 正8年 の 実 質GNEベ ー ス の 輸 出 は さす が に前 年 を下 回 っ た もの の,な お 高 い水 準 を維 持 した(名 目ベ ー ス で は7.5%増)。 も っ と も輸 入 も急 増 した の で,実 質 ベ ー ス の 経 常 海 外 余 剰 は久 方 振 りにマ イ ナ ス に な った 。 そ れ に も拘 らず, 大 正8年 の 実 質 成 長 率 が5.2%と な お か な り の 高 さ を維 持 した の は,財 政 支 出 が 大 き く拡 大 し,さ らに 個 人消 費 支 出 ・設 備 投 資 の伸 び も比 較 的 高 か っ た か らで あ る(第1表)。 こ の 年 の個 人消 費 が 高 い 伸 び を示 した の は,大 戦 期 に お け る好 況 に よ って,個 人 の 実 質 所 得 が 増 加 した こ とを 反 映 した もの で あ る 。 も っ と も当 時 の 激 しい イ ン フ レー シ ョ ンは,国 民 の所 得 分 配 を歪 め,一 方 で消 費 ブ ー ム 的 な様 相 を呈 しなが ら,他 方 低 所 得 層 の生 活 を圧 迫 した 。 大 正7年8月 の米 騒 動 は,そ の こ と を 象 徴 的 に示 した 事 件 で あ っ た。 ま た 後 述 の よ う に,大 正7・8年 の財 政 規 模 は,軍 事 費 を 中 心 に大 幅 に 膨 張 した 。 これ が また 景 気 を刺 激 す る要 因 と な っ た 。 こ の よ うに,第1次 世 界 大 戦 期 の 日本 経 済 は,未 曽 有 の ブ ー ム を亨 受 した 。 しか しそ れ は 同時 に 激 しい イ ン フ レー シ ョン を伴 っ た も ので あ り,大 戦 終 結 後 大 正9年 の 反 動 恐 慌 と そ れ 以 後 の 長 期 停 滞 の原 因 とな っ た。 こ の 間 に お け る物 価 の動 向 をGNPデ フ レー ター で み る と,大 正3年 は か な り大 幅 な下 落,翌4 年 は 若 干 の 下 落 で あ る が,大 正5年 か ら は急 速 に 上 昇 率 が 高 ま り,6∼8年 の3年 間 は毎 年20%台 の 上 昇 が 続 い た 。 大 正7年 の 卸 売 物 価,大 正7・8年 の 消 費 者 物 価 の 上 昇 率 は, 30%を 越 え て い る(第2表)。 こ の よ う な 激 し い イ ン フ レ ー シ ョ ン は ど の よ う に し て 生 じ た の か 。 こ の 点 に つ い て は,後 に 詳 し く検 討 す る で あ ろ う 。 第2表 物 価 の 動 向 (単位:前 年 比 ・%) 卸売物価 消 費者 物価 GNPデ フ レ ー タ ー 大正3年 一4 .5 一8 .3 一6 .2 (1914年) 4年 十1.1 一6 .0 一 〇.5 5年 x-21.0 十7.4 十13.8 6年 十25.8 十21.4 十28.2 7年 十31.0 十33.3 十26.8 8年 一1-22 .5 十31.6 十24.4 (資料)日 本 銀行百 年史 編纂委 員会 『日本 銀行 百年 史』 (資料編) 2、 ブー ム を支 えた 金 融 的条 件 以 上 の よ うな 第1次 世 界 大 戦 期 の ブ ー ムが 可 能 に な る た め に は,そ れ を支 え る金 融 面 の 条 件 が 必 要 で あ る こ とは い う まで もな い 。 設 備 投 資 の 急 激 な盛 上 りを実 現 し,急 ピ ッチ な 生 産 の 拡 大 を可 能 にす る た め の 資 金 調 達 は, どの よ うに して 行 わ れ た の か 。 こ の 点 につ い て,当 時 の 産 業 金 融 に 中 心 的 役 割 を果 た して い た銀 行 の 動 き か らみ る こ とに し よ う。 い ま,全 国 銀 行(普 通 銀 行 ・貯 蓄 銀 行 ・特 殊 銀 行)勘 定 に お け る貸 出 の増 加 状 況 を み る と,大 正8年(1919年)末 の残 高 は大 正2年 (1913年)末 に比 較 して3。7倍に な っ て い る。 こ れ に対 して 同 じ期 間 の 預 金(官 公 預 金 を 除 く,以 下 同 じ)残 高 の 比 較 で は4.3倍,こ れ に 債 券 発 行 高 を加 え た 資 金 量 の 倍 率 は4.0倍 で あ る(第3表)。 実 物 経 済 面 の 拡 大 と同 様, 急 激 な信 用 膨 張 で あ る 。 と こ ろ で こ こで 注 目 され る の は,貸 出 の増 加 率 が 資 金 量 の 増 加 率 を下 回 って い る こ とで あ る。 資 金 量 に官 公 預 金 を加 え れ ば,も ち ろ ん こ の格 差 は も っ と広 が る 。 この こ とは,こ れ だ け の信 用 拡 大 に も か か わ らず,金 額 で み るか ぎ り銀 行 の資 金 ポ

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第3表 全 国銀 行勘 定 (単位:百 万 円 ・%) 各年末 預金 前 年比 債 券 発 行高 前年比 計 前年比 貸 出 前年比 大 正2年 (1913年)(A) 1,966 315 2.281 2,568 大 正3年 4年 5年 6年 7年 8年(B) 2,081 2,447 3,258 4,830 6,855 8,347 十5.8 十17.6 十33.1 十48.3 -f-41 .9 十21.8 353 396 424 427 562 714 十12.1 十12.2 十7.1 十 〇.7 十31.6 十27.0 2,434 2,843 3,682 5,257 7,417 9,061 十6.7 十16.8 十29.5 十42.7 十41.1 十22.2 1 2,683 2,872 3,574 4,795 6,819 9,161 十4.5 十7.0 十24.4 十34.2 十42.2 十34.3 (B)/(a) 4.3倍 2,3倍 4.0倍 1 3.7倍 (資料)日 本銀行統計局 『明治以降本邦主要経済統計』 ジ シ ョ ン が 戦 前 に 比 較 し て 悪 化 し て い な い こ と を 推 測 させ る 。 各 年 毎 の 増 加 額 で み て も, 貸 出 が 資 金 量 を 上 回 っ た の は,大 正8年 の み で あ る 。 こ れ に 関 連 し て,当 時 の 金 利 の 動 き を み よ う 。 い ま,こ れ を 東 京 の 市 中 割 引 歩 合 で み る と,大 戦 勃 発 前 の 大 正3年(1914年)6月 で は 日歩1.95∼2.30銭 で あ っ た 。 こ の 金 利 は 大 戦 勃 発 後 若 干 上 昇 し た が,大 正4年(1915 年)に 入 る と 次 第 に 低 下 し,翌5年(1916 年)3.月 に は,1.10∼1.20銭 ま で 下 が っ た 。 そ の 後 こ の 金 利 は 若 干 上 昇 す る が,日 歩2銭 を 越 え る 金 利 が で る の は,大 正7年(1918 年)12月 以 降 で あ る 。 こ の よ う な 傾 向 は, コ ー ル ・ レ ー トで み て も 同 様 で あ る(第4 表)。 大 正3年 後 半 に お い て 金 利 が 上 昇 し た の は,同 年7A6日 の 日 本 銀 行 の 公 定 歩 合 引 上 げ(日 歩1.8→2.0銭)に よ る 影 響,大 戦 勃 発 後 の 先 行 き警 戒 感,さ ら に は8月 下 旬 の 銀 行 休 業 ・取 付 け 発 生 な ど に よ る も の と考 え ら れ る 。 しか し 大 戦 勃 発 直 後 の 混 乱 期 が 過 ぎ る と,前 述 の よ う に 金 利 は 再 び 低 下 し た 。 こ う し た 金 利 の 動 き と前 述 の 銀 行 勘 定 の 動 き か ら み て,第1次 世 界 大 戦 期 の 金 融 は,少 な く と も大 正7年 秋 ま で は 緩 和 状 態 が 続 い て い た と い う こ と が で き る 。 さ ら に 名 目GNP に 対 す る 通 貨 量4)の 比,つ ま りマ ー シ ャ ル の kを 計 算 し て み る と,大 正 元 ∼3年 の3年 間 は40%を 割 っ て い た の に 対 し,大 戦 が 始 ま る 第4表 公 定 歩 合 と東 京 市 中 金 制 (単位:日 歩 ・銭) 公定歩合 市 中割引歩合 コール・マネー嘸 条件) (月末) 最高 最低 最高 最低 大 正3年 (1914年)3月 :1 2.10 4.90 2.00 1.00 6月

!

2.30 1.95 2.05 0.95 9月 2.00 2.50 2.20 2.15 1.00 12月 2.30 2.10 2.70 0.75 大正4年3月 2.00 1.60 1.30 0.60 6.月 :1 1.50 1.60 0.50 9,月 1.40 1.10 !:1 0.45 12月 1.60 1.20 2.00 0.50 大正5年3月 1.20 1.10 :1 0.45 6月 :1 1.50 1.30 1.70 0.40 9,月 1.60 1.40 1.20 1.60 0.40 12月

1

1.90 1.40 1.75 1.10 大正6年3月 1.40 1.50 1:30 1.60 0.60 6月 1.70 1.40 1.60 0.60 9.月 1.80 1.55 1.65 1.10 12,月 1.70 1.60 1.70 0.50 大正7年3月 1.75 1.60 1.65 1.35 6月 :1 1.65 1.60 1.20 9月 1.60 :1 1.65 1.60 1.00 12月 :1 2.05 1.80 2.10 1.10 大正8年3月 2.00 1.90 2.10 1.65 6月 2.00 1.9D 2.10 0.90 9月 2.20 1.90 2.30 1.30 12月 1°A2.° ° 11A2.20 2.70 2.20 3.30 :1 (資 料)日 本 銀 行 調 査 局 『昭和 二 年 本 邦 経 済 統 計』。 と こ の数 値 はだ ん だ ん 上 昇 し,大 正6年 に は 50%近 い 高 さ に な っ て い る 。 そ の 後 この 数 値 は若 干 は低 下 す る が,そ れ で も大 戦 前 に比 較 す れ ば な お か な り高 い 。 な お,現 金 通 貨 の マ ー シ ャ ル のkも 変 化 の方 向 と して は 通 貨 量 全 体 の動 き と類 似 して い るが,数 値 そ の もの

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第5表 通 貨 量 とマ ー シ ャル のk (単位:百 万 円 ・%) 金 現 通 貨 量* (M1) 前年比 通 貨 量* (Mz) 前年 比 名 目 GNP Ml/GNP MZ/GNP 大 正 元 年 (1912年) 543 十1.3 1,857 十27.7 4,774 11.4 38.9 2年 515 一5 .2 1,841 一 〇.9 5,013 10.3 36.7 3年 447 一13 .2 1,791 一2 .3 4,738 9.4 37.8 4年 498 十11.4 2,117 十18.2 4,991 10.0 42.4 5年 676 十35.7 2,923 十38.1 6,148 11.0 47.5 6年 913 一35 .1 4,187 十43.2 8,592 10.6 ,・ 7年 1,254 十37.3 5,394 十28.8 11,839 10.6 45.6 8年 1,701 十35.6 6,849 十27.0 15,453 11.0 44.3 *各 年 末 計 数 (資 料)現 金 通 貨 量 ・通 貨 量:江 見 康 一 ・伊 東 政 吉 ・江 口 英 一 『貯 蓄 と通 貨 』(長 期 経 済 統 計5) 名 目GNP:(第1表)に 同 じ は 極 め て 安 定 して い る(第5表)。 以 上 の よ う な 状 況 か らみ て,当 時 の 高 成 長 と イ ン フ レー シ ョンが 続 くなか で,金 融 は そ れ を抑 え る とい う役 割 を 果 た す こ と は な く,通 貨 は十 分 に供 給 さ れ て い た の で あ る。 もっ と も,後 述 の よ う に,日 本 銀 行 は大 正7年 以 降 政 策 を 転 換 し,か な り早 い テ ンポ で 公 定 歩 合 を引 き 上 げ た 。 そ の た め 市 中金 利 もあ る程 度 は 上 昇 した が,少 な く と も大 正8年 半 ば ま で の 市 中 金 利 の 上 昇 は な お 軽 度 で あ る(第4表)。 前 述 の マ ー シ ャル のkも 大 正7年 ・8年 に は若 干 低 下 し た が,そ の 水 準 は な お か な り高 い (第5表)。 問 題 は,ど う して こ の よ う な金 融 緩 和 の 状 態 が 続 い た の か とい うこ とで あ る 。今 日の よ う な マ ネ タ リー サ ー ベ イ ・資 金 需 給 実 績 と い った デ ー タ が 得 られ な い 当 時 の状 況 に つ い て は,こ れ を計 量 的 に分 析 す る の は 困 難 で あ る が,当 時 の状 況 か らみ て まず 考 え られ る通 貨 供 給 要 因 は,国 際 収 支 の 黒 字 で あ る 。 国 際 収 支 統 計(IMF方 式)5)に よ れ ば 大 正3 年 の 総 合 収 支 は 赤 字 で あ った が,翌4年 か ら は か な り大 幅 な 黒 字 が 続 き,大 正8年 まで5 年 間 の 合 計 額 は17.5億 円 に達 す る(第6表)。 しか し この 国 際 収 支 の黒 字 は,そ れ が そ の ま ま 円 資 金 の 供 給 に 結 び つ く わ け で は な い 。 しか も この 間 に お け る 通 貨 量 増 加 額 は, 50.6億 円 とい う大 き な もの で あ っ た。 この よ う な通 貨 の 急 ピ ッチ な伸 び が 継 続 す る た め に は,そ れ を 支 え る よ う な 日本 銀 行 の 行 動 が あ っ た筈 で あ る。 そ こ で次 に われ わ れ は,第 1次 世 界 大 戦 期 の 日本 銀 行 が どの よ う に行 動 し,ど の よ う に して 円資 金 を供 給 した か を み な けれ ば な ら ない 。 3.日 本銀 行 の金 融 政 策 まず は じめ に,第1次 世 界 大 戦 期6年 間 に お け る 日本 銀 行 の バ ラ ンス ・シ ー トの 変 化 か らみ て お く こ と に し よ う。 こ の6年 間 で,発 行 銀 行 券 は11億 円増 加 して い る。 これ に対 し 資 産 サ イ ドで は,現 金 ・金 地 金 が7億 円 の増 加 で あ り,民 間 貸 出 が5億 円 の 増 加 で あ る (第7表)。 これ だ け の 単 純 な 数 字 だ け か ら も, 当 時 の銀 行 券 増 発 が 必 ず し も保 有 正 貨 の増 加 の み に よ る もの とは い え ない こ とが 分 か る 。 以 下,こ の よ う なバ ラ ンス ・シ ー トの 背 後 に あ っ た 日本 銀 行 の政 策 行 動 を,年 次 を追 い な が ら簡 単 に み て い く こ と に し よ う。 大 正3年(1914年)7月 の 第1次 世 界 大 戦 の 勃 発 が,日 本 の経 済 界 を不 安 と動 揺 に 陥 れ た こ とは,既 に述 べ た 通 りで あ る。 そ の影 響

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第6表 国 際収支 表 (単 位:百 万 円) 大 正3年 (1914年) 大正4年 大正5年 大正6年 大正7年 大正8年 貿 易 収 支 (輸 出) (輸 入) 貿 易 外 収 支 移 転 収 支 023 .1 (610.5) (633.6) 025.3 18:9 169.5 (733.1) (563.6) 49.6 19.6 392.1 (1,192.4) (800.3) 229.0 35.4 615.4 (1,703.9) (1,088.5) 336.6 38.7 :. (2,032.0) (1,745.2) 511.0 49.5 X114.7 (2,221.7) (2,336.4) 378.1 62.0 経 常 収 支 029.5 238.7 656.5 990.7 847.3 325.4 長期資 本収支 短期資 本収支 誤 差 ・脱 漏 04.7

}019.7

X64.4

}027.7

0437.8

}X37.9

0344 .6

}0251.1

X520 .5

}169.0

037.6

}.242.6

総 合 収 支 053 .9 146.6 ...1. 395.0 ,, 530.4 (資料)山 沢 逸 平 ・山 本 有造 『貿 易 と国 際 収 支 』(長 期 経 済 統 計14) は単 に心 理 的 な もの で は な か っ た。 まず 第 一 に,ロ ン ドン市 場 にお け る 混 乱 に よ って,一 時 的 と は い え 同 市 場 に お け る為 替 決 済 や 資 金 調 達 に 困難 が 生 じた こ とで あ る。 こ の た め 日 本 銀 行 は8月 前 半 に お い て,横 浜 正 金 銀 行 に 対 し,在 外 正 貨 の預 入(30万 ポ ン ド)お よ び 買 戻 条 件 付 売 却(60万 ポ ン ド)を 行 った 。 第 二 に,国 内 金 融 も逼 迫 現 象 を呈 して い た 。 こ れ は,春 繭 関 係 の生 糸 資 金 貸 出 の 回 収 が 進 ま ず,市 中銀 行 の資 金 操 りが 悪 化 して い た こ と, 8月 下 旬 に 北 浜 銀 行 の 支 払 い停 止,名 古 屋 地 方 に お け る 銀 行 の 預 金 取 付 け な ど が 原 因 と な っ て い る。 第 三 に,大 戦 勃 発 に 伴 う輸 出 の 停 滞 に よ っ て生 糸 を は じめ とす る輸 出産 業 が 苦 境 に 陥 っ た 。8月 の 日本 銀 行 貸 出が か な り 増 加(,月 中44百 万 円 増,前 年 同A15百 万 円 増)し た の は,日 本 銀 行 が 以 上 の よ うな 金 融 界 ・産 業 界 の 苦 境 に弾 力 的 に 対 応 した こ と を 示 して い る 。 しか し,大 戦 勃 発 に よ る経 済 界 の混 乱 もや が て 収 っ た 。 大 正3年 末 の 日本 銀 行 の バ ラ ンス ・シ ー トを前 年 末 と比 較 す る と, 発 行 銀 行 券 が9.6%減,民 間貸 出 が28.7%減, 現 金 ・金 地 金 で は2.7%減 と な っ て い る(第 7表)。 こ れ は,当 時 の 日本 経 済 の 停 滞 状 況 を示 して い る とみ る こ とが で き る。 大 正4年(1915年)に な る と,貿 易 取 引 は か な り回復 した 。 国 際 収 支 統 計 ベ ー スで み る と,輸 入 は な お前 年 を下 回 っ て い る もの の, 輸 出 は前 年 比20.1%増 の 高 い 伸 び とな り,経 常 収 支 は 前 年 の 赤 字 か ら一 転 して239百 万 円 の 黒 字 と な っ た(第6表)。 日本 の 正 貨 保 有 高 は年 間175百 万 円 増 加 し,年 末 残 高516百 万 円 とな った が,こ れ は前 年 末 に比 し実 に5割 増 で あ る(第8表)。 前 年 ま で 正 貨 の 不 足 に 悩 ま され て い た 日本 は,い ま や保 有 正 貨 を い か に し て 利 用 す べ き か を 問 題 と す る よ う に な った6)。 物 価 はGNPデ フ レ ー タ ー で み る と,な お 若 干 の マ イ ナ ス で あ る 。 た だ こ れ を 卸 売 物 価 と消 費 者 物 価 で み る と,前 者 は前 年 の 下 落 か ら上 昇 に 転 じて い る の に対 し,後 者 は 引 続 きか な り下 が って い る(第2表)。 こ の よ う な消 費 者 物 価 の下 落 は,家 計 の 実 質 所 得 を 上 昇 させ,そ れ は消 費 の 拡 大 へ とつ な が っ た。 こ う して 大 正4年 の 日本 経 済 は,個 人 消 費 支 出 と輸 出 の 増 加 た よ っ て,実 質 で 5.8%と い う まず まず の 成 長 を 遂 げ た の で あ る。 前 年,不 振 を極 め て い た株 式 市 場 も活 況 を呈 した 。 通 貨 量 は増 大 し,金 利 も低 下 した (第4表,第5表)。 この 間 にお け る 日本 銀 行 の バ ラ ンス ・シ ー トをみ る と,現 金 ・金 地 金 と発 行 銀 行 券 が 増 加 に転 じた 反 面,貸 出 は む しろ減 少 した(第7表)。 日本 銀 行 に と って, こ の 年 は比 較 的平 穏 な1年 で あ っ た こ と を窺 わせ る。 た だ こ の 年 の後 半 に な る と 日本 銀 行 は,こ の ま ま国 際収 支 の 黒 字 が 続 き,金 融 緩 和 が促 進 さ れ る こ と に次 第 に警 戒 感 を持 つ よ

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第7表 日本銀 行勘 定 (単 位:百 万 円 ・%) 各年 末 外 国為 替貸付 現 金 ・ 金 地 金 前 年比 民 間貸 出 前年比 発 行 銀行券 前年比 民間 預金 前 年比 大 正2年 (1913年)(A) 225 122 45 426 5 3年 4年 5年 6年 7年 8年(B) 219 250 412 656 716 953 一2 .7 14.2 64.8 59.2 9.1 33.1 87 50 189 271 577 716 一28 .7 -42 .5 278.0 43.4 112.9 24.1 47 21 121 199 444 358 386 430 601 831 1,145 1,555 一9 .4 11.4 39.8 38.3 37.8 35.8 15 12 26 22 48 40 200.0 -20 .0 116.7 -15 .4 118.2 -16 .7 (B)一(A) 728 594 313 1,129 35 (資料)(第2表)に 同 じ。 第8表 正 貨現 在高 (単 位:百 万 円) 各 年 末 所有別 所在地別 合 計 政府 日本銀行 内地 海外 大 正3年 (1914年)(A) 49 292 128 213 341 4年 5年 6年 7年 8年(B) 153 2.62 386 855 1,051 363 452 719 733 994 137 227 461 453 702 379 487 644 1,135 1,343 516 714 1,105 .. 2,045 (B)一(A) 1,002 Boa 574 1,130 1,704 (資料)(第3表)に 同 じ う に な っ た 。 す な わ ち,三 島 日銀 総 裁 は,大 正4年12月 の支 店 長 会 議 に お い て,次 の よ う に 述 べ て い る7)。 「此 ノ如 ク ニ シ テ今 後 一 層 ノ金 融 緩 慢 ヲ来 タ シ其 勢 久 シ キ ニ 亘 リ益 々 甚 シ キ ヲ加 フル ニ 於 テ ハ 結 局 我 経 済 界 ハ 無 理 ニ モ景 気 付 ケ ラル ル ノ結 果 」 に な る が,そ う した状 況 に な る こ と につ い て は 「之 二 伴 フ危 険 ア ル コ トヲ忘 ル ヘ カ ラス,若 シ 万 一 我 経 済 界 力 此 ノ 如 キ 経 路 ニ ヨ リ テ景 気 付 ケ ラ ル ル 時 力 時 局 一 転 ノ 日二 際 会 ス ル カ 如 キ コ トア ラバ 其 ノ 危 険 タ ル ヤ ー層 重 大 ノ モ ノ トナ ル ヘ キ ヤ 明 ナ リ」 前 述 の よ う に,翌 大 正5年(1916年)か ら 日本 経 済 は 本 格 的 な ブ ー ム に 入 る。 こ の年 は 輸 出 ブ ー ム の 年 で物 価 も急 騰 した 。 と くに 卸 売 物 価 は前 年 比 ゴ割 以 上 も上 昇 し,い ま や物 価 上 昇 は深 刻 な 問題 と な っ て きた 。 こ の よ う な情 勢 の な か で,日 本 銀 行 は 同 年4月 と7月 の2回 にわ た り,公 定 歩 合 を 日歩2厘 ず つ, 計4厘(年 率1.46%)引 下 げ た 。 実 は,こ の 公 定 歩 合 引 下 げ につ い て は当 時 そ の 意 図 や 当 否 をめ ぐっ て,い ろ い ろ な議 論 が起 っ た8)。 こ れ らの 議 論 の 大 筋 を要 約 す る と,ま ず 賛 成 論 は,産 業 界 全 体 と して は な お不 況 感 を免 か れ な い し,政 府 は 国債 を発 行 し よ う と して い る か ら,そ れ に伴 う金 融 逼 迫 を避 け る た め に 公 定 歩 合 を下 げ る の は 当 然 で あ る とい う。 こ れ に対 し反 対 論 は,こ こで 通 貨 供 給 を促 進 す る よ う な 政 策 を採 る と,将 来 通 貨 膨 張,物 価 騰 貴,貿 易 収 支 の 悪 化 とい っ た事 態 を招 きか ね な い とい うの で あ る 。結 果 的 に み る と,そ の 後 の情 勢 の 推 移 は,反 対 論 が 正 しか っ た こ と を証 明 した 。 そ れ で は 日本 銀 行 自身 は,こ の公 定 歩 合 引 下 げ を どの よ う に説 明 して い る の か 。 大 正6年2月 の 「大 正 五 年 日本 銀 行 営

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業 報 告 」 の な か で,三 島 総 裁 は 公 定 歩 合 を引 き下 げ た の は正 貨 流 入 に伴 い 金 融 緩 和 が 著 し く進 ん だ か ら だ と して い る9)。 こ れ は,素 直 に読 め ば公 定 歩 合 の 追 随 的引 下 げ とい う こ と に な る。 しか し当 時 の 政 府 の 説 明 は こ れ と は 若 干 ニ ュ ア ンス が異 な る。 例 え ば 武 富 蔵 相 が, 4月 の 公 定 歩 合 引 下 げ の 際 の 談 話 の な か で 厂前 途 尚 ほ 流 入 す る正 貨 は事 業 界 の勃 興 に 応 じ,之 を産 業 資 金 化 せ しむ る を必 要 と し,日 本 銀 行 金 利 引 下 に認 可 を与 へ た」10)と述 べ て い る か らで あ る 。 大 正5年3月 当 時 の 市 中 割 引 歩 合 は 日歩 1.1∼1.2銭,こ れ に 対 し公 定 歩 合 は 日歩2.0 銭 で そ の 差 は確 か に大 きす ぎ るか ら,公 定 歩 合 の 引 下 げ に よ って そ う した 不 自然 な 金 利 体 系 を是 正 し よ う とい う意 図 が 分 か らな い わ け で は ない 。 た だ 問 題 は,政 府 ・日銀 が 当 時 の 金 融 緩 和 を どの よ う に み て い た か とい う こ と で あ る。 大 正5年 の 全 国銀 行 の 貸 出 は 前 年 比 24.4%増,同 じ く預 金 は33.1%増 とい う高 い 伸 び で あ る(第3表)。 通 貨 量 も急 増 して 前 年 比38.1%増 で あ っ た。 大 正 元 ∼3年 の マ ー シ ャ ル のkは40%を 割 っ て い た が,大 正4年 に は42.2%,翌5年 に は47.5%と い う高 い 水 準 に な っ た(第5表)。 い ま や 過 剰 流 動 性 こ そ が 問 題 に な って き た の で あ る。 た だ 当 時 の 政 府 ・日銀 に も,過 度 な 金 融 緩 和 に対 す る警 戒 心 が 全 くな か っ た とは 思 わ れ な い 。 そ れ は, 前 述 の 大 正4年12月 の三 島 日銀 総 裁 の 演 説 を み て も明 らか で あ る。 しか も同総 裁 は こ の演 説 の なか で,金 融 緩 和,景 気 過 熱 を避 け る た め に,① 対 外投 資 の奨 励,② 産 業 発 展 に必 要 な 原 材 料 の 輸 入 促 進,③ 本 邦 外 債 の償 却 な ど に よ って 国 際 収 支 の黒 字 を抑 え る こ とが 必 要 で あ る と説 い て い る11)。 そ し て そ う した 対 策 は確 か に あ る程 度 は 実 行 さ れ た が,そ れ ら は あ ま り成 功 せ ず,結 局 「資 金 の対 外 流 出促 進 の 効 果 は あ ま り挙 が らず,金 融 緩 慢 の大 勢 を 阻 止 も し くは 覆 す まで に 至 らな か っ た 」12) の で あ る。 しか し他 方,当 時 の 日本 銀 行 の バ ラ ンス ・シ ー トを み れ ば,保 有 正 貨 も貸 出 も 急 増 して い る(第7表,第8表)。 金 融 緩 和 の状 況 下 に あ りなが ら,日 銀 貸 出が 急 増 した の はな ぜ か 。 前 述 の よ うに,大 正5年 末 に は 戦 争 終 結 か とい う ニ ュ ー ス に よ っ て株 式 市 場 が 混 乱 した 。 そ の た め,日 本 銀 行 が 救 済 融 資 を行 わ ざ る をえ な か っ た とい う事 情 は あ っ た。 ま た 日銀 の 貸 出増 加 の 大 半 は,横 浜 正 金 銀 行 ・台 湾 銀 行 の 輸 出手 形 買取 りを助 け るた め の 外 国 為 替 貸 付 で あ る。 しか し,こ れ ら為 替 銀 行 の 輸 出手 形 買 取 資 金 は,金 融 が 緩 和 状 態 に あ れ ば,そ の か な りの部 分 が 市 中 で 調 達 す る こ とが で き る筈 で あ る 。 と こ ろが,こ の 外 国 為 替 貸 付 は 輸 出超 過 の増 大 と並 行 す る よ う な 形 で 増 え 続 け,こ れが 日銀 貸 出急 増 の 原 因 と な っ た 。 結 局 政 府 ・日銀 は,大 戦 勃 発 に よる 国 際 収 支 の 黒 字 を奇 貨 と して,大 い に産 業 の 発 達 を 促 進 しよ う とい う立 場 か ら,金 融 の緩 和 を続 け よ う と した の で あ る。 この こ とは,前 述 の 大 正5年4月 の 公 定 歩 合 引 下 げ の武 富 蔵 相 の 談 話 に よ く表 れ て い る 。 また 当時 日銀 営 業 局 長 で あ っ た 深 井 英 五 も,後 に 「当 時 多 くの 方 面 か ら 日本 銀 行 に希 望 す る所 は,産 業 資 金 の 為 め に 大 に 門 戸 を 開 放 す べ し と云 ふ に あ っ た 。」 と し,さ らに 「経 済 活 動 の 進 展 に 応 じ て 通 貨 発 行 高 の 増 加 す る こ と は 当然 の 成 行 で, 日 本 銀 行 は 強 ひ て 之 を避 け よ う と し な か っ た 。」13)と述 べ て い る。 もっ と も前 述 の よ う に,当 時 日本 銀 行 が,一 方 で 過 度 の 金 融 緩 和 を警 戒 して い た こ と も事 実 で あ る か ら,以 上 の よ うな 金 融 政 策 の ス タ ン ス は,政 府 の方 針 に引 きず られ た とい う こ とか も しれ な い。 い ず れ に せ よ,大 正5年 の 金 融 緩 和 は,輸 出 の 急 増 と と もに,大 い に企 業 の設 備 投 資 意 欲 を 刺 激 した で あ ろ う。 同 時 に そ れ は,需 要 イ ン フ レー シ ョ ンに火 を点 け る こ とに な っ た。 以上 の よ う に,大 正5年 の 日本 経 済 は,す で に高 成 長 下 の イ ン フ レ ー シ ョ ン とい う状 態 に入 って い た。 と こ ろが 大 正6年3月,日 本

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銀 行 は公 定 歩 合 を さ らに 日歩2厘 下 げ て,1 銭4厘(年 利,5.11%)と した 。 そ れ まで の 日本 銀 行 の公 定 歩 合 は,最 も低 い 時 で 日歩1 銭3厘 で あ った か ら,こ れ は ほ とん ど最 低 水 準 に近 い もの で あ る 。 この 公 定 歩 合 引 下 げ が い か な る判 断 の も とに,何 を意 図 した もの か に つ い て は,当 時 か らい ろ い ろ な解 釈 が あ っ た 。 まず 日本 銀 行 自 身 の 説 明 で あ るが,「 大 正 六 年 日本 銀 行 営 業 報 告 」 は次 の よ う に述 べ て い る14)。 一 昨 冬 講 和 問 題(引 用 者 注 一 大 正5年12月 突 如 ドイ ッ が 講 和 を提 議 した との ニ ュ ース を指 す)ノ 影 響 ヲ受 ケ ー 時 警 戒 ノ状 態 ナ リ シ 我 ガ 経 済 界 ハ 昨 年(引 用 者 注 一 大 正6 年)二 入 リ人気 次 第 二 静 穏 二 帰 シ タ リ シ カ 其 ノ後 二 交 戦 諸 国 二 於 ケ ル 輸 出 入 ノ拘 束 益 々 厳 密 トナ リ加 フ ル ニ 敵 国 潜 航 艇 戦 策 ノ 敢 行,露 国 革 命 ノ勃 発(引 用 者 注 一2.月 革 命),其 ノ他 重 要 ナ ル 事 項 相 続 テ起 リ殊 二 米 国 参 戦(引 用 者 注一 ア メ リ カ,2月 対 ド イ ッ断 交,4月 参 戦)ノ 結 果 其 ノ戦 時 施 設 着 々 遂 行 セ ラ ル ・二 従 ヒ貿 易 上 重 大 ナ ル 関 係 ヲ有 ス ル 本 邦 経 済 界 ハ 之 力 為 メ著 シ キ 影 響 ヲ蒙 リ幾 多 ノ 曲折 ヲ生 ス ル ニ 至 レ リ 時 局 ノ大 勢 既 二 叙 上 ノ如 シ 金 融 経 済 ノ状 況 亦 之 二 伴 ハ サ ル ヲ得 スー 昨 年 下 半 期 以 来 殊 二 旺 盛 ナ リシ事 業 界 ハ 昨春 二 入 リテ新 設 拡 張 共 二 幾 分 減 退 二傾 キ物 価 モ 亦 暫 落 ノ趨 勢 二 向 ヒ金 利 低 落 ノ傾 向 ヲ告 ケ タ ル ヲ以 テ 本 行 ハ 四 囲 ノ情 勢 二 鑑 ミ三 月 十 六 日 ヨ リ公 定 金 利 二 厘 ノ引 下 ヲ実 行 シ タ リ 確 か に,当 時 の 日本 経 済 を取 り巻 く内外 情 勢 に は,い ろ い ろ 問 題 が あ った 。 さ らに大 正 6年(1917年)1月 に は帝 国議 会 が 解 散 され, 政 局 の前 途 も不 透 明 で あ っ た 。 しか し前 述 の よ う に,こ の 「大 戦 景 気 の一 服 」 は心 理 的要 因 に よ る 一 時 的 現 象 で あ っ た 。 大 正6年 の 実 質 成 長 率 は7.7%に 達 し,卸 売 物 価 も消 費 者 物 価 も と もに2割 以 上 の 上 昇 とな っ た(第1 表,第2表)。 こ う し た状 況 下 で の 公 定 歩 合 引 下 げ に対 し,多 くの 批 判15)が 出 た の は 当 然 で あ る 。 この 年 の通 貨 供 給 量 は,前 年 に 比 し実 に43.2%増 とい う激 増 振 りで あ る。 大 正7年(1918年)も 後 半,日 本 銀 行 は漸 く政 策 の 方 向 を転 換 して,9月,11月 と二 度 に わ た り,公 定 歩 合 をそ れ ぞ れ 日歩2厘 ず つ 計4厘(年 率,1.46%)引 き上 げ た 。 こ れ に つ い て の 日本 銀 行 の説 明 は 「金 融 益 々 繁 忙 ヲ 告 ゲ金 利 次 第 二 引 締 二傾 キ タ ル ヲ以 テ 」 とい う こ とで あ るが,同 時 に 引 上 げ理 由 の な か で, 「本 行 ハ 現 在 竝 二 将 来 ノ大 勢 二 鑑 ミ」 と述 べ て い る の は16),当 時 の 経 済 状 況 な ら び に戦 後 の反 動 に対 し危 機 意 識 を持 っ た とい う こ と で あ ろ うか 。確 か に大 正7年 に入 り市 中金 利 は若 干 強 含 み と な って い るが(第4表),こ れ が 公 定 歩 合 引 上 げ の主 因 で は な か った の で は な い か 。 大 正7年 とい え ば,世 界 情 勢 は ま さ に激 動 の連 続 で あ る。 そ して そ れ は,第1 次 世 界 大 戦 が い よ い よ終 幕 に近 づ い て い る こ と を示 して い た 。 後 に深 井 英 五 が 当 時 を 回想 して 「戦 後 浮 動 的 景 気 の発 揚 を抑 へ,妥 当 な る整 理 緊 縮 を誘 導 す る の 必 要 を感 じ」 た か ら 金 融 政 策 の 転 換 を 図 っ た と述 べ て い る17)の は,当 時 の 日本 銀 行 の雰 囲 気 を伝 え て い る よ う に思 わ れ る 。 第1次 世 界 大 戦 は こ の 年 の11 月 に終 っ た が,日 本 銀 行 が 公 定 歩 合 の 第2次 引 上 げ を行 った の は そ の 直 後 の こ とで あ っ た 。 そ して こ の年 の 物 価 上 昇 率 は,卸 売 物 価 も消 費 者 物 価 も と も に3割 を越 え た(第2表)。 第1次 世 界 大 戦 の 終 結 に よ っ て,産 業 界 に 混 乱 や 反 動 が 生 じた の は 当 然 で あ る 。 しか し そ の 大 部 分 は 先 行 きに対 す る警 戒 感 に 基 づ く 心 理 的 要 因 に よ る もの で あ っ た 。実 際 に は前 述 した よ う に,ヨ ー ロ ッパ 諸 国 に お け る復 興 資 材 需 要 の高 ま りが,直 接 ・間接 に 日本 の輸 出 に好 影 響 を 及 ぼ した。 景 気 は再 び ブ ー ム に な った 。 物 価 も株 価 も高 騰 した 。 他 方 大 正5 年 以 来 の 物 価 の 高 騰 は,次 第 に 国民 大 衆 の生 活 を圧 迫 して い た 。 物 価 問 題 は い まや 重 大 な 政 治 問 題 と な り,各 方 面 で い ろ い ろ な 論 議 が

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行 わ れ た が18),結 局 日本 銀 行 は,大 正8年 (1919年)10月,11月 と相 次 い で 公 定 歩 合 を 引 き上 げ た 。 そ の 結 果,公 定 歩 合(商 業 手 形 割 引 歩 合)の 水 準 は 日 歩2銭2厘(年 率, 8.03%)と な り,第1次 世 界 大 戦 前 の 水 準 を 上 回 る こ と に な っ た(第4表)。 4.通 貨 膨 張 の メ カ ニ ズ ム 以 上,わ れ わ れ は公 定 歩 合 政 策 を 中心 に, 日本 銀 行 の 政 策 態 度 をみ て きた 。 そ こ か ら第 1次 世 界 大 戦 期 に お け る 日本 経 済 の イ ンフ レ 的拡 大 が,単 に輸 出 超 過,そ れ に伴 う 日銀 保 有 正 貨 の 増 大 に よ って 生 じた もの で は な い こ と を明 らか に した が,こ こ で 当 時 の 通 貨膨 張 の メ カ ニ ズ ム をや や 図式 的 に 考 察 して み よ う。 当 時 の 通 貨 膨 張 が,国 際収 支 の大 幅 な 黒 字 と密 接 に 関連 して い る こ と は い う まで も な い が,た だ,国 際 収 支 の 黒 字 に よる外 貨 取 得 が 国 内 通 貨 の膨 張 と結 び つ くた め に は,何 らか の ル ー トを 通 ず る ハ イ パ ワ ー ド ・マ ネ ー の供 給 を伴 わ な け れ ば な らな い 。 当 時 そ の ル ー ト と して 代 表 的 な もの は,政 府 ・日銀 に よ る民 間 か らの外 貨 買 入 れ と 日銀 貸 出 の供 与 で あ っ た 。 政 府 ・日銀 に よ る外 貨 買 入 れ は 日本 の正 貨 保 有 増 と な る が,大 正4∼8年 にお け る正 貨 保 有 増 は17.0億 円 で あ っ た(第8表)。 こ の 間 に お け る 日銀 貸 出 の 増 加 は6.3億 円 で あ り(第7表),こ れ が ハ イ パ ワ ー ド ・マ ネ ー の 供 給 と な っ て,市 中銀 行 に よ る信 用 膨 張 を 可 能 に した の で あ る。 と こ ろで,金 本 位 制 下 に お け る通 貨 膨 張 の メ カ ニ ズ ム に つ い て は,一 般 に 日銀 の 正 貨 保 有 増 → 銀 行 券 増 発 → 市 中 銀 行 の 貸 出 増 → 通 貨 増 と考 え られ て きた。 も っ と も近 年 一 部 に,こ の よ う な理 解 につ い て 疑 問 が 提 示 され て い る こ と は注 目 して お きた い19)。 そ れ で は 事 実 は ど う理 解 す べ きか 。 当時 日 本 の 発 券 制 度 は,正 貨 準 備 発 行(在 外 正 貨 準 備 発 行 を含 む)の ほ か 保 証 準 備 発 行 を認 め て い た 。 こ の保 証 準備 発 行 は,一 応 そ の 限度 が 120百 万 円 と され て い た が,さ ら に そ れ を 上 回 る 制 限 外 発 行 も認 め られ て い た 。 しか も当 時 この 制 限 外 発 行 は決 して 異 常 な事 態 で は な く,ほ と ん ど恒 常 化 して い た(第9表)。 こ の こ とは,当 時 の銀 行 券 供 給 が 日本 銀 行 の 正 貨 準 備 の増 減 に よ っ て とい う よ りは,む し ろ 保 証 準 備 発 行 の 増 減 を 通 じて 変 動 して い た こ と を意 味 す る。 具 体 例 と して,大 正6年 上 期 (1∼6月)を み て み よ う。 この 期 間 で は, 正 貨 準 備 発 行 は76.0百 万 円 増 加 した に もか か わ らず,銀 行 券 発 行 高 の増 加 額 は4.7百 万 円 にす ぎず,そ の た め保 証 準 備 発 行 は71.4百 万 円 減 少 して,期 末 時 点 で は制 限外 発 行 が な く な っ て い る。 ま た大 正7年 下 期(7∼12月) をみ る と,正 貨 準 備 発 行 は67.5百 万 円 の 増 加 に す ぎ な い の に,銀 行 券 全 体 の 発 行 高 は 335.3百 万 円 と急 増 した た め,制 限 外 発 行 が 著 し く増 加 した20)(第9表)。 つ ま り 日本 銀 行 の保 有 正 貨 の増 減 と銀 行 券 の動 き は,決 し て パ ラ レ ル で は な か っ た とい う こ とが で き る。 そ れ で は 第1次 世 界 大 戦 期 にお け る通 貨 膨 張 は,ど の よ う に して 生 じた の か 。 そ の メ カ 第9表 銀 行 券 発 行 状 況 (単位:百 万円) 各月末 銀行 券発行 高 正貨準 備 発 行* 保証準備 発 行 制 限外 大正2年 371.0 219.6 151.4 31.4 (1913年)6,月 12月 426.4 224.4 202.0 82.0 3年6月 362.3 220.4 141.9 21.9 12月 385.6 218.2 167.4 47.7 4年6月 337.4 217.8 119.7 一 12月 430.1 248.4 181.7 61.7 5年6月 429.3 270.6 158.7 38.7 12月 601.2 410.5 190.7 70.7 6年6月 605.9 486.5 119.4 一 12月 831.4 649.6 .. 61.8 7年6月 :!' 645.4 164.1 44.1 12月 1,144.7 712.9 431.8 311.8 8年6月 1,080.3 705.4 374.9 254.9 12月 1,555.1 952.0 603.1 483.1 *在 外 正 貨 準 備 発 行 を含 む。 (資 料)(第2表)に 同 じ。

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ニ ズ ム は次 の よ う に考 え るべ きで あ ろ う。 ま ず 国 際 収 支 の黒 字 が 増 加 す る と,為 替 銀 行 は 輸 出手 形 買 取 りの た め の 円 資 金 調 達 を必 要 と す る 。 円 資 金 調 達 の 主 な方 法 は,① コ ー ル の 取 入 れ,② 政 府 ・日銀 へ の外 貨 売 却,③ 日銀 か らの借 入 れ(な い し預 り金)で あ る 。 この う ち②,③ は,ハ イ パ ワ ー ド ・マ ネ ー の供 給 と な る 。 も っ と も政 府 の 外 貨 買 入 れ 資 金 が 民 間 部 門 か ら調 達 さ れ れ ば,ハ イ パ ワ ー ド ・マ ネ ー の供 給 は相 殺 され る こ とに な る。 第1次 世 界 大 戦 期 に お い て は,コ ー ル市 場 が 急 テ ン ポ の 拡 大 を み せ た が21),同 時 に政 府 ・日銀 の 正 貨 保 有 は急 増 し,日 銀 貸 出 も大 幅 に増 加 した 。 も っ と も 日銀 貸 出 の 過 半 は外 国 為 替 貸 付 で あ る(第7表)。 しか し 日本 銀 行 が 為 替 銀 行 に要 請 に応 じる形 で,こ の貸 付 を急 速 に 増 加 させ て い っ た背 景 に は,輸 出 の 増 加 を て こ と して 産 業 の 発 展 を促 進 す る た め に,金 融 の 引 締 ま り と為 替 レー トの 上 昇22)を 避 け よ う とす る政 策 の 意 図 を読 み 取 る こ とが で き る 。 い ず れ にせ よ,こ の よ うな ハ イパ ワー ド ・マ ネ ー の 供 給 は,一 方 で民 間 非 金 融 部 門 の 流 動 性 を 高 め る と と もに,他 方 で 市 中 銀 行 の リ ザ ー ブ を も増 加 させ た。 この よ うに して,大 正4年 以 降 の 金 融 は次 第 に 緩 和 した 。 や が て こ の よ う な金 融 緩 和 は,折 か ら の外 需 の 増 大 と相 ま って,次 第 に企 業 の ビヘ イ ビア を積 極 化 させ た で あ ろ う。 そ れ は 急 角 度 の景 気 上 昇 を もた ら した だ け で な く,信 用 の膨 張 と物 価 騰 貴 を発 生 させ,さ らに投 機 的 取 引 を増 大 さ せ た 。 第1次 世 界 大 戦 期 に お け る銀 行 券 の 膨 張 は,こ の よ うな 名 目的 な 経 済 拡 大 の結 果 で あ っ た と考 え るべ きで あ る 。 5.財 政 政 策 の 運 営 以 上 わ れ わ れ は,第1次 世 界 大 戦 期 に お け る経 済 の拡 大 とイ ン フ レー シ ョン進 行 の プ ロ セ ス を,主 と して 金 融 面 か ら分 析 して きた 。 しか しこ の プ ロ セ ス につ い て は,政 府 の財 政 政 策 運 営 の 態 度 も また 重 要 な影 響 を持 っ て い た 。 以 下 こ の 点 につ い て,そ の 推 移 だ け を簡 単 に み て み よ う。 第1次 世 界 大 戦 勃 発 当 時 の 大 隈 内 閣 は,緊 縮 的 な 財 政 方 針 を採 っ て い た が,大 正5年 (1916年)10月 に 成 立 し た寺 内 内 閣 の 財 政 政 策 は積 極 方 針 に 転 じた。 い ま これ を,中 央 政 府 ・地 方 政 府 の 全 支 出 純 計23)に よ っ て み る と,そ の 伸 び は 大 正3・4年 の 両 年 度 で は前 年 度 に比 し約10%の マ イ ナ ス で あ っ た が,大 正5年 度 か らの伸 び は プ ラ ス と な り,と くに 大 正6年 度 か らの伸 び は高 くな り,し か もそ の 伸 び 率 は 年 々 大 き く な っ た(第10表)。 こ れ に は,当 時 の物 価 上 昇 率 の高 さ も考 慮 し な け れ ば な ら な い が,そ れ に して も大 正7・8 両 年 度 の伸 び は異 常 で あ る。 こ の よ う に な財 政 支 出 膨 張 の 最 大 の 原 因 は, 軍 事 支 出 の 増 大 で あ っ た(第10表)。 日本 は 当 時 実 態 的 に は戦 争 の 圏 外 に あ った とは い え, 一 応 は 連 合 国 の一 員 と して 参 戦 して い た し, 戦 後 も シベ リヤ に 出 兵 して い た か ら,軍 事 費 の 増 大 は あ る程 度 や む を え な い とい う一 面 も あ る 。 しか し当時 の 軍 事 支 出 の増 大 は,そ う した戦 争 の た め の 直接 的 な経 費 だ け に よ る も の で は な い。 政 府 は か ね て 軍 備 充 実 の 方 針 (明治40年 の 帝 国 国 防 方 針)を 持 ち な が ら, 当 時 の財 政 事 情 か らそ れ を思 う よ う に実 行 で き な い ま ま推 移 して い た が,第1次 世 界 大 戦 期 の財 政 事 情 の好 転 を機 に,長 年 の 懸 案 を こ こで 一 挙 に 解 決 しよ う と した の で あ る。 こ う して 寺 内 内 閣 の 手 に よ って,軍 備 の 改 良 ・充 実 は大 い に 進 ん だ。 さ ら に軍 事 支 出 以 外 で も, 政 府 は製 鉄 所 の 拡 充,鉄 道 の 建 設 と改 良,電 話 事 業 の拡 張,教 育 の振 興 な ど に 多 額 の財 政 資 金 を投 入 した24)。 以 上 か ら明 らか な よ うに,大 正6年 以 降 の 財 政 政 策 は極 め て 積 極 的 な もの で あ っ た。 財 政 規 模 の拡 大 が あ ま りに 急 テ ン ポ で あ っ た た め,歳 入 の増 加 が 歳 出 の増 加 に追 い つ か ず, 大 正7年(1918年)3月 に は所 得 税 お よ び 酒 税 の 増 徴 と戦 時 利 得 税 の新 設 が 行 わ れ た ほ ど

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第10表 財政 支 出 (単位:百 万 円 ・%) n 一 般 調 計 全 政 府* 軍 事** 年 度 中央政府 地方政府 純 計 支 出純 計 前年度比 支 出 前年度比 大正3年 648 308 933 1,264 一7 .1 250 十13.6 (1914年) 4年 583 303 826 1,161 一8 .1 269 十7.6 5年 591 320 888 1,269 十9.3 303 十12.6 6年 735 350 1,058 1,528 十20.4 421 十38.9 7年 1-,017 479 1,452 2,073 十35.7 673 十59.9 8年 1,172 623 1,737 3;211 十54.9 1,015 十50.8 *一 般 会 計 の ほか 植 民 地 会 計 ・企 業 特 別 会 計 の支 出 を含 む 。 **軍 事 扶 助,年 金恩 給等 の 戦 争 関連 費 を含 む 。 (資料)江 見 康 一 ・塩 野 谷 裕 一 『財 政 支 出』(長 期 経 済 統 計7) で あ る 。 政 府 の こ の よ う な態 度 は,直 接 的 に 総 需 要 拡 大 の要 因 に な っ た だ け で な く,民 間 部 門 の 期 待 を強 気 に させ た こ と は 当然 で あ ろ う。 つ ま り当時 の財 政 政 策 は,第1次 世界 大 戦 期 の 異 常 な ブ ー ム を抑 え る の で は な く,か え っ て そ れ を加 速 し た と考 え られ る 。 6.お わ り に 第1次 世 界 大 戦 期 日本 経 済 の異 常 と も言 う べ き ブ ー ム の 発 端 は,日 本 に と って は い わ ば 偶 発 的 な 事 件 に よ っ て も た ら さ れ た もの で あ った 。 大 戦 前,正 貨 の不 足,財 政 事 情 の悪 化,景 気 の停 滞 な ど に苦 し んで い た 日本 経 済 は,こ れ に よ っ て そ う した 諸 問 題 を一 挙 に解 決 す る こ とが で きた 。 しか し問題 は,ブ ー ム の 行 過 ぎで あ り.,そ れ に よ っ て 生 じた投 機 の 発 生 で あ り,激 しい イ ン フ レー シ ョ ンで あ っ た 。 そ れ は,著 しい 分 配 の 歪 み を生 み,過 剰 な設 備 能 力 を作 りだ し,奢 侈 的 な消 費 を 蔓 延 させ た 。 大 正7年 の 米 騒 動 は,こ う した 日本 経 済 の 矛 盾 を 象徴 的 に表 した 事 件 で あ り,や が て 戦 争 が 終 結 す れ ば,ブ ー ム の 反 動 が 生 じ る の は必 然 で あ っ た。 そ して 当 時 の 政 策 当 局 も また,そ う した ブ ー ム に潜 む危 険 を大 な り 小 な り認 識 して い た 。 そ れ に もか か わ らず 当 時 の 財 政 金 融 政 策 は,そ う した危 険 に対 応 し た運 営 が な さ れ た と は思 わ れ な い 。 最 初 に述 べ た よ う に,第1次 世 界 大 戦 期 の 日本 経 済 は非 常 に 複 雑 な経 過 を辿 っ て お り, 基 本 的 に は ブ ー ム が 進 行 して い る な か で,時 に 銀 行 の取 付 けが お こ り,時 に株 式 の 暴 落 が あ っ た。 そ れ に対 して,政 策 当 局 と して 対 応 策 を講 じ る必 要 が あ っ た こ と は理 解 で き る。 しか し当 時 の 著 しい通 貨 膨 張 が,国 際 収 支 の 大 幅 な黒 字,正 貨 保 有 の増 大 に伴 う必 然 的 な 結 果 で あ っ た と は考 え られ な い。 い わ んや 財 政 支 出 の 拡 大 は,政 府 の 能 動 的 意 志 以 外 の何 もの で も な い。 当 時 の 政 策 手 段 に は技 術 的 な 面 で い ろ い ろ 問題 が あ った こ と は確 か で あ ろ う。 しか し問題 は 財 政 金 融 政 策 の 基 本 的 な ス タ ンス で あ る 。 こ れ まで 述 べ て き た と こ ろ か ら明 らか な よ うに,当 時 の財 政 金 融 政 策 は輸 出増 大 を て こ に,産 業 発 展 を促 進 しよ う と し て い た。 経 済 発 展 を急 ぎす ぎた,そ の よ うな 政 策 態 度 こ そ が,激 しい イ ン フ レ ー シ ョ ン を 招 き,大 正9年 の 反 動 恐 慌 を一 層 深 刻 な もの に した とい え よ う。 注 1)以 下,本 稿 の 統 計 デ ー タ は 一 橋 大 学 経 済 研 究 所 の ス タ ッ フ が 中 心 と な っ て 纏 め ら れ た 「長 期 経 済 統 計 」 に 大 き く依 拠 し て い る 。 2)以 下,GNE関 係 の デ ー タ はK.OhkawaandM. Shinohara;PatternsofJapaneseEconomicDe-velopment,YaleUniversityPress,1979に よ る 。 3)以 下,当 時 の 具 体 的 な 経 済 状 況 に つ い て は 次 の

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資 料 を参 照 した。 日本銀 行調 査 局 「明 治大 正 各 年 金 融概 況 」(日 本 銀 行 調 査 局 編 『日本 金 融 史 資料 』 明 治 大 正 編 第20巻,大 蔵 省 印刷 局,昭 和34年 所 収) 「日本 銀 行 調査 月 報 」(同 上) 日本 銀 行 臨 時 調 査 委 員 会 「欧 州 戦 争 ト本 邦 金 融 界 」(日 本 銀行 調 査 局 編 『日本金 融 史 資料 』 明 治 大 正 編 第22巻,大 蔵 省 印刷 局,昭 和33年 所 収) 4)江 見 康 一 ・伊 東 政 吉 ・江 口 英 一 『貯 蓄 と通 貨』 (長期 経 済 統 計5)(東 洋 経 済 新報 社,昭 和63年) に よ る。 5)山 沢 逸 平,山 本有 造 『貿 易 と国際 収 支 』(長 期 経 済統 計14)(東 洋 経 済新 報 社,昭 和54年)に よ る。 6)「 日本 銀 行 調 査 月 報 」(大 正4年11月 号)(前 掲 『日本 金融 史 資料 』 明 治 大 正 編 第20巻 所 収)500 ペ ー ジ。 7)日 本 銀行 資料 「大 正 四 年 十 二 月 支 店 長 会 議 二 於 ケル 総 裁演 説 要 領」 8)当 時 の議 論 の 詳細 につ い て は 日本 銀 行 百 年 史 編 纂 委 員 会 編 『日本 銀 行 百 年 史 』(第2巻)(日 本 銀 行,昭 和58年)352∼356ペ ー ジ参 照 。 9)「 大 正 五 年 日本 銀 行 営 業 報 告 」(日 本 銀 行 調 査 局 編 『日本 金 融 史 資 料 』 明 治大 正編 第11巻,大 蔵 省 印刷 局,昭 和33年,所 収) 10)東 京 銀 行 集 会 所 『銀 行 通 信 録 』 第61巻 第367号 (大正5年5月20日 発 行)25∼26ペ ー ジ。 11)前 掲 「大 正 四年 十 二 月 支 店 長 会 議 に 於 ケ ル総 裁 演 説要 領 」 12)前 掲 『日本 銀 行百 年 史 』(第2巻)348ペ ー ジ。 13)深 井英 五 『回顧 七 十 年』(岩 波 書 店,昭 和16年) 129∼131ペ ージ。 14)「 大 正 六 年 日本 銀 行 営 業 報 告」(前 掲 『日本 金 融 史資 料 』 明 治大 正 編 第11巻,所 収)383ペ ージ 15)前 掲 『日本 銀 行 百 年 史』(第2巻)387∼388ペ ー ジ 。 16)「 大 正 七 年 日本 銀 行 営 業 報 告 」(前 掲 『日本 金 融 史資 料』 明 治大 正 編 第11巻 所 収)418ペ ージ。 17)前 掲 『回顧 七十 年』197ペ ー ジ。 18)こ の点 につ い て詳 し くは前掲 『日本 銀 行 百年 史 』 (第2巻)507∼510ペ ー ジ参照 。 19)例 え ば 伊 藤 正 直 『日本 の対 外金 融 と金 融 政 策 』 (名古 屋 大 学 出版 会,平 成 元 年)110∼111ペ ージ, 寺 西 重 郎 ・内野 裕 子 「金 本 位 制 の ゲ ー ム の ルー ル」(貝 塚 啓 明 ・小野 英 祐 編 『日本 の金 融 シス テ ム』 東 京 大学 出版 会,昭 和61年)55∼66ペ ー ジ, 寺 西 重 郎 「金 融 の 近代 化 と産 業化 」(西 川 俊 作 ・ 山本 有 造 編 『産 業 化 の 時 代(下)』(日 本 経 済 史 5)(岩 波 書 店,平 成2年)79-83ペ ー ジ。 20)実 は 当 時 日本銀 行 は,計 理 上 の操 作 に よっ て正 貨 準 備 をあ る程 度 増 減 させ る こ と が で きた が, い ま そ の点 につ い て は触 れ ない 。 この こ とは 明 治 期 に おい て も同様 で あ るが,そ の 点 につ い て は拙 稿 「明 治 期 に お け る 金 属 本 位 制 の 運 営」 (『信 州 大 学 経 済 学 論 集 』 第25巻,昭 和61年)参 照 。 21)短 資協 会 編 『短 資市 場 七 十年 史』(実 業 之 日本 社, 昭和41年)68∼72ペ ー ジ。 22)本 稿 で は紙 数 の制 約 もあ り,為 替 レー トの 問題 を検 討 す る こ と はで き なか った が,当 時 日本 の 政 策 当 局,経 済界 が 円 高 を避 け よ う と して い た こ とは前 掲 「欧 州戦 争 ト本邦 金 融 界 」200ペ ー ジ か ら も明 らか で あ る。 こ の よ うな 低為 替 政 策 が 転 換 され た の は 大 正7年9月,寺 内 内 閣 が 退 陣 し,原 内 閣 が 成 立 して か らで あ る(前 掲 『日本 銀 行 百 年 史』 第2巻420ペ ー ジ)。 23)江 見康 一 ・塩野 谷 祐 一 『財 政 支 出 』(長 期 経 済 統 計7)(東 洋経 済 新報 社,昭 和41年)に よる。 24)鈴 木 武 雄 『財 政 史』(日 本 現代 史 大 系)(東 洋 経 済 新 報 社,昭 和37年)127∼130ペ ー ジ。

参照

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