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IRUCAA@TDC : 歯髄研究の展開・展望

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Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College,

Available from http://ir.tdc.ac.jp/

Title

歯髄研究の展開・展望

Author(s)

村松, 敬

Journal

歯科学報, 116(6): 449-458

URL

http://doi.org/10.15041/tdcgakuho.116.458

Right

Description

(2)

はじめに

歯髄は日常の歯科臨床と密接に関わっていること

は明らかで,その研究も古くから行われている。本

邦においても19世紀末に「齒髄覆罩術」という題名

で本誌に登場していることからも,この時代でも研

究が行われていたことがうかがえる

1)

。筆者は1990

年代に本学病理学講座で,脱灰象牙質基質を唾液腺

に埋入することで硬組織形成を誘導する実験を行

い,象牙質や歯髄の分化・誘導に興味をもった

2)

1995年 に は 千 葉 市 で 国 際 歯 科 研 究 学

会(Interna-tional Association for Dental Research,IADR)の

pulp biology group が中心となり象牙質・歯髄複合

体の国際会議が行われた

3)

。世界の歯髄研究の第一

線で活躍している研究者やその後の歯髄研究の世界

をリードしていく研究者の講演を聴くことができ,

当時,有給者になりたてだった筆者は大きな刺激を

受け,歯髄研究にさらに興味を持つようになり,現

在まで様々な研究を行ってきた。本稿ではこれまで

に筆者が行ってきた歯髄研究の展開を紹介するとと

もに,今後の展望について紹介する。

1.歯髄細胞,象牙芽細胞のギャップ結合と

硬組織形成

歯髄は周囲を象牙質に囲まれており,象牙前質に

接した再表層には象牙芽細胞が存在している。象牙

芽細胞は生涯にわたり象牙質を作っているが,意外

にも象牙質形成機構に関しては不明な点が多い。隣

接する象牙芽細胞間には多くの細胞間結合装置が存

在していることが電子顕微鏡的に明らかとなってお

4)

。その中でもギャップ結合が多いことが分かっ

ている。ギャップ結合は隣接する細胞間の連絡通路

のようなもので,サイクリック AMP や Ca

2+

,1

kDa 以下の物質がここを通過することで隣接する

細胞間の情報伝を行っており,特に心筋細胞,肝細

胞,骨芽細胞や骨細胞で発達している。これを構成

するタンパクはコネキシン(connexin,CX)と呼ば

れ,分子量によって CX26,CX32,CX43といい,

構成タンパクの分子量が異なることで通過する情報

が異なり,細胞の機能を反映することが知られてい

ることから,先ずどのタイプの CX が歯髄に存在す

るのかを検索することから研究を開始した。その結

果,象牙芽細胞や歯髄細胞では CX43が構成してい

ることをラットの歯髄で検索し,免疫組織化学的染

色,免疫電子顕微鏡による検索で CX43が象牙芽細

胞間のギャップ結合を構成しているタンパクである

ことを明らかとした(図1)

5,6)

。ラットの切歯は生涯

にわたって伸び続けることから,一本の切歯の中に

象牙芽細胞の発生,分化,成長,老化といった一連

の過程を一本の切歯内にみることができる。そこで

CX43の発現がどのように変化するのかをみたとこ

ろ,歯胚の存在する部分(apical bud)では発現がわ

ずかであったが象牙芽細胞の分化や象牙質の形成に

伴い CX43の発現が強くなり,切端に近くなるにつ

キーワード:歯髄細胞,ギャップ結合,ダメージ回避機 構,歯髄幹細胞 東京歯科大学歯科保存学講座 (2016年9月1日受付,2016年11月17日受理) http : //doi.org/10.15041/tdcgakuho.116.449 連絡先:〒101‐0061 東京都千代田区三崎町2−9−18 東京歯科大学歯科保存学講座 村松 敬

Takashi MURAMATSU: Evolution and future of pulp

bi-ology research(Department of Endodontics and Clinical Cariology, Tokyo Dental College)

歯学の進歩・現状

歯髄研究の展開・展望

村松 敬

449

(3)

れて発現が弱くなっていくことが分かった。このこ

とから CX43は象牙芽細胞の活力(viability),分化,

象牙質の形成能,老化に関与していると考えられた

(図2)

5)

。活力,分化や象牙質形成に関与している

と考えられたことから,ヒトにおいて20歳以下の歯

髄と50歳以上の歯髄での CX43の発現を検索した。

50歳以上の歯髄では CX43の発現が有意に低下し

7)

これと同時に非コラーゲン性骨タンパクで硬組織形

成マーカーであるオステオカルシンの遺伝子発現を

みたところ,平行するように発現が低下していた

(図3)

8)

。さらにラット歯髄を培養し,アンチセン

スオリゴヌクレオチドを用いて強制的に CX43の発

現を抑制する実験を行ったところ,硬組織形成を示

すアルカリホスファターゼ活性が低下することが分

かった(図4)

9)

。これらのことより CX43は細胞活

性,分化,象牙質形成に関与していることが明らか

となった。筆者等の結果を裏付けるかのように,近

年,眼,歯,手足の指に異常を起こす眼歯指異形

成症(眼歯指症候群 Oculodentodigital dysplasia)が

CX43を コ ー ド す る 遺 伝 子 で あ る GJA1 の 変 異 に

よって起こることが報告され

10,11)

,CX43をターゲッ

トとした歯髄研究の展開がさらに進みつつある。特

に疾患特異的幹細胞を用いた病態解明,治療法の開

発研究が期待されている。

2.歯髄のダメージ回避機構

日常臨床では歯髄のことを考えずに治療にあたる

日はない。歯髄は周囲を硬い象牙質に囲まれ,血管

が豊富で,多くの神経線維が複雑なネットワークを

組んでいることもよく知られていることである。周

囲を象牙質に囲まれているということで外界からの

刺激を受けにくいという優れた面もあるが,その一

方で炎症性変化が起こった時には腫脹ができず,歯

髄の許容量に限界があることになるので,諸刃の剣

のような特殊性である。また基本的に歯髄に出入り

する血管は根尖孔からのものがほとんどであり,わ

ずかな小血管が側枝や副根管から供給されているも

のの,他の組織と比較すると傍側循環路とは言い難

く,ひとたび歯冠側で炎症が起こると壊死物質を排

除することが困難になる。さらに多くの神経線維が

複雑なネットワークを組んで分布しているため,刺

激が中枢側に伝導する途中で乗換が起こり(軸索反

射),substance P や calcitonin gene related protein

(CGRP)といった血管透過性亢進を促進させる神経

図1 象牙芽細胞間のギャップ結合(GJ)に CX43の局在を示 す黒色金粒子(5nm)の集簇が認められる(透過型電子顕 微鏡像,bar=200nm) 図2 ラット切歯歯髄での CX43の発現。ラットの切歯を歯胚側からA,B,C,Dとして,それぞれの 場所での発現を検索したところ歯胚の部分(A,apical bud)では発現が弱かったものの,次第に発現 が強くなっていく。切端部では発現がみられなくなる(左)。免疫蛍光染色ではエナメル芽細胞と象牙 芽細胞に緑色の陽性像がみられるのがわかる(右)。 450 村松:歯髄研究の展開 ― 2 ―

(4)

ペプチドが放出されるため炎症を起こしやすくなっ

ている(神経原性炎症)。これらの特殊性があるため

歯髄の一カ所に刺激をうけると神経ペプチドにより

炎症が惹起され,壊死組織ができてくるが,異物処

理機転で排除することが難しくなる。そうなるとこ

の壊死物質が次の炎症を引き起こし,さらに壊死を

生んでいくというドミノ倒しのような「負のスパイ

ラル」が繰り返され,やがて歯髄は全部壊死に陥っ

ていくことになる。このような背景もあり,ひとた

び歯髄が炎症を起こすと一般的には抜髄となってし

まうので,歯髄は弱い組織と考えられがちである。

しかしながら切削や齲蝕といった刺激に対して歯髄

はすぐに壊死することはなく,歯髄には高い治癒能

力やダメージ回避機構が備わっているのではないか

と考えられる。この回避機構を解明するために歯髄

に低酸素,低栄養,熱,といった刺激を加え,その

際の歯髄の反応を検討した。

1)低酸素刺激

歯科臨床の現場においては歯科用局所麻酔薬を使

用する機会が非常に多い。局所麻酔薬(主として塩

酸リドカイン)には血管収縮薬としてアドレナリン

が1/80000の濃度で添加されている。これは血管が

収縮するため,手術時の出血量を抑えたり,吸収が

遅くなり作用時間が長くなったり,局所に麻酔薬が

とどまり血中濃度があまりあがらない(局所麻酔中

毒の予防)などの効果を狙ったものであり,いずれ

の効果も歯科治療においては有効な手段と考えられ

図3 ヒト歯髄における CX43とオステオカルシン(OCN)の発現。20歳以下のヒトでは CX43の発現が 強くみられるが,50歳以上になると発現が著しく減少する(左)。定量化すると1/6−1/10に減少し ている(右)。 図4 CX43の発現をアンチセンス(AS)で抑制した際のアル カリフォスファターゼ(ALP)活性。CX43の発現を抑制 すると ALP 活性も減少することから CX43の発現が硬 組織形成と直接,関連していることが分かる。 歯科学報 Vol.116,No.6(2016) 451 ― 3 ―

(5)

る。一方で,その間,歯髄の血流が減少するという

ことになる。歯髄の血流を測定する試みは1980年代

より行われており,それによると歯髄100g 当たり

で1分間に50mL の血流があるという

12)

。この値は

心臓,腎臓には及ばないものの,単位容積あたりに

すると脳とほぼ同じ血流量であり,非常に多いこと

が分かる。これだけ血流量が多いということは,そ

れだけ血流が必要な組織と考えられるが,どうして

これだけ多いのかは解明されていない。局所麻酔が

奏功している間の血流は,血管収縮が起こることに

より短時間で血流が約4分の1になり,元の状態に

戻るまでに1時間以上を要する

13)

。その間,細胞は

低酸素,低栄養の状態になるが,臨床的にそのよう

な環境であっても日常の歯科臨床で歯髄が壊死に陥

ることはない。脳で血流量が1/4となってしまった

ら酸素が不足し,大変な状況となる。低酸素環境は

細胞にとって死活問題に関わることは言うまでもな

く,歯髄細胞においても例外ではなく,何とか生き

延びようとして様々な反応を起こしてくる。

低酸素環境における歯髄の反応をみた研究として

は大きく分けて⑴血管新生,⑵細胞増殖と分化,⑶

ストレスタンパクに関するものが多くみられる。筆

者らは低酸素刺激実験として,通常の大気では20%

くらいある酸素の濃度を実験的に2%の濃度にして

歯髄細胞を培養し,その際の反応を検索した。

⑴ 血管新生

低酸素環境での反応では代表的なものとして血管

新生反応があげられる

14)

。低酸素環境において細胞

は,血管からの栄養を獲得しようとして,周囲の血

管に血管新生を促進させ,新たな血管網を形成しよ

うとする因子を発現し,これにより低酸素状態を脱

しようとするのである。この研究は主にがん細胞の

研究から端を発したものであるが,多くの細胞にお

いても同様の現象がみられ,歯髄細胞にもみられる

ことが分かった。特に重要な因子として低酸素誘導

因子(hypoxia-inducible transcription factor:HIF)

があり,この中でも特に HIF-1

α が歯髄細胞で検

索されている。HIF の発現によって影響を受ける

ものとしては,血管内皮増殖因子(vascular

endo-thelial growth factor:VEGF)がある

14,15)

。すなわち

低酸素状態が生じた場合,HIF を発現し,それに

続き血管を新生させるために VEGF を発現するこ

とで血管を自身の周囲に呼び寄せて,そこから酸素

を取り入れることで何とか生き延びようとしている

と考えられる。また近年では赤血球の増殖を促すエ

リスロポエチンとその受容体が歯髄で発現されたと

いう報告もあり

16)

,血管収縮薬入り局所麻酔による

低酸素環境が生じたとしても,HIF や VEGF,さ

らにはエリスロポエチンなどの発現により壊死に陥

らず,何とか生き延びようとしていることが分か

る。

⑵ 細胞増殖と分化

低酸素環境における歯髄細胞の細胞増殖と分化に

関する研究では,低酸素環境では細胞増殖が停止す

るという報告

17)

と,逆に細胞増殖が促進されるとい

う報告

14,18,19)

があるが,多くは後者の細胞増殖を促

進するものである。短時間,停止した後に通常環境

で培養した細胞と同様に増殖をしていくというもの

もある

15)

。これと関連して,低酸素状態では歯髄に

STRO-1という間葉系幹細胞のマーカーを発現す

る細胞が増えることや

19)

,一過性の低酸素環境に歯

髄細胞をおくと,幹細胞を多く含むとされる side

population 細胞(SP 細胞)が増えるという報告

20)

あり,低酸素状態では細胞が増える方向にあるよう

だ。細胞分化に関しては,低酸素環境では抑制され

るというものが多い

19)

。また細胞分化に関しては低

酸素環境ではアルカリホスファターゼ(ALP)活性が

通常の状態より上昇することが分かってきており,

歯髄は硬組織を形成することで身を守ろうとしてい

ると考えられる。

⑶ ストレスタンパクの発現

細胞は様々なストレスに対応するためにストレス

タンパクであるヒートショックタンパク(HSP)を発

現する。筆者等の研究でも歯髄細胞が低酸素状態に

なった際にもこのストレスタンパクが発現され,ス

トレスに対応しようとすることがわかってきた(図

5)

14)

。また近年,低酸素状態では AMP-activated

kinase(AMPK)が活性化するという興味深い報告も

ある

15)

。AMPK は,細胞内のエネルギーバランス

の変化を感じるセンサーであり,低血糖などの状況

下で活性化されるが,細胞内のエネルギーが欠乏し

AMP/ATP の比率が高まると活性化され,エネル

ギー浪費を遮断し,反対に産生経路の効率を高める

方向に作用させ全体のエネルギーバランスを調節す

452 村松:歯髄研究の展開 ― 4 ―

(6)

る役割がある。低酸素状態においては細胞内エネル

ギーが欠乏するために発現されるものと考えられ

る。

いずれにしても低酸素状態におかれた際にはダ

メージ回避機構が働いているものと考えられる。日

常の臨床において局所麻酔薬は必要不可欠なもので

あるが,歯髄に備わっている回復機構により不可逆

的な変化を回避している可能性が考えられる。

2)低栄養刺激

低酸素実験と同様の観点で,歯髄で血管収縮が生

じた際には一時的に低栄養状態になると考えられ

る。しかしながら低栄養状態において歯髄細胞がど

のような反応を示しているのかは明らかではなかっ

た。そこで培養歯髄細胞を用いて検証を行った。細

胞を培養するのに用いる培養液からグルコースを除

いたものを用いて歯髄細胞を培養してみた。その結

果,無グルコース環境で培養すると1−3時間で上

記の AMPK の発現が上昇してくるが,4時間以降

では元のレベルに戻ることが明らかとなった(図

6)

21)

。この結果からすると歯髄細胞は短時間で無

グルコースの環境に適応した可能性を示しており,

歯髄は高い適応能力のある細胞であると考えられ

た。

3)熱刺激実験

日常歯科臨床での代表的な刺激としては熱刺激が

あげられる。特に,注水なしでの切削では歯髄に破

壊的なダメージを及ぼすため,注水が必要なことは

言うまでもないが,熱刺激と歯髄細胞の研究は意外

に少ない。

歯科治療時の温度に関する報告は以前よりある。

それによると正常な状態では基本的には体温と同じ

で36℃から37℃くらいであるが,実験的には注水下

の切削時には37℃から40℃,コンポジットレジンな

どを光重合で硬化させる際には40℃から45℃,レー

ザー照射の際には38℃から41℃,テンポラリークラ

ウンの重合時には44℃にまで達する。ただ上記の温

度が長い時間,持続したり,45℃以上の温度になる

と基質的変化を生じたり,機能的回復が不能となっ

てしまう。温度に耐えられる歯髄であるが,歯髄に

熱刺激を加えた実験では細胞死(アポトーシス)が誘

導されることも報告されており

22)

,歯髄細胞は熱刺

激には弱い,あるいは死んでしまうようなイメージ

をもつ。しかし実際の臨床で歯髄が壊死に陥ること

はほとんどない。そこで熱刺激時に歯髄細胞にどの

ような反応が出ているのかを検索してみた。培養歯

髄細胞を用いて37℃で育てた細胞を42℃の環境に30

分間,おいて,その後,再び37℃の環境に戻し,経

時的な変化を検索した

23,24)

。この30分間で様々な変

化が見られるが,そのひとつにギャップ結合の変化

がある。これを構成するタンパクである CX43は短

時間の熱刺激で一気に壊れてしまうが,その後,3

時間以内に回復してくることが分わかっており,こ

れに伴い歯髄細胞間の物質の行き来が回復している

と考えられる

23)

(図7)。またギャップ結合は硬組織

形成での情報伝達に重要な役割を果たしているが,

歯髄細胞に熱刺激を加えた際には石灰化に関係す

るアルカリフォスファターゼ活性の上昇がみられ

23) 図5 低酸素条件で歯髄細胞を培養した際の HSP70の発現。 歯髄細胞を低酸素条件(2%)で培養するとストレスタン パクである HSP70の発現が早期に上昇する。 図6 低栄養実験での AMPK の発現。歯髄細胞を通常の培 養駅から,グルコースが入っていない培養液に交換して 育てると AMPK の発現が交換後,短時間で上昇する。 一方,4時間以降では通常培養時と差がなくなる。この ことから短時間で低栄養環境に適応したと考えられる。 歯科学報 Vol.116,No.6(2016) 453 ― 5 ―

(7)

(図8),熱刺激により歯髄が石灰化を起こしやすい

状態になっていることがわかり,第三象牙質の形成

との関係もあると推測された。

また熱刺激に対して種々のストレスタンパクを発

現することが考えられる。特に熱刺激により歯髄細

胞は HSP を発現することが明らかとなった。HSP

は刺激により変性したタンパクが再生するのに使わ

れ,再生できない場合には速やかに除去していく役

割があり,簡単に言うと仕分け業をしている物質で

ある。我々の実験では熱刺激後1時間から HSP の

一種である HSP70を発現し,徐々に発現が上昇し

ていくことを明らかとし,歯髄では回復防御システ

ムが働いていることが分かる。また象牙芽細胞によ

く発現する HSP25が熱刺激後に上昇することを報

告しており,熱刺激により歯髄細胞から象牙芽細胞

への分化が促進したのではないかと考えられた(図

9)。さらに最近の報告では種々の刺激がもとで起

こる酸化ダメージを回避する際に NF-E2-related

factor2(Nrf2)という物質が働き,抗酸化反応を

起こすことが解明されてきた

25)

。このシステムが歯

髄にも存在しており,刺激時にはこれが働いて炎症

反応を抑制しており,とくに Nrf2によって活性化

される heme oxygenase-1(HO-1)が,刺激からの

ダメージ回復に役立っていること も 分 か っ て き

26,27)

。このようなことから歯髄は弱い組織ではな

く,相当な刺激に対しても耐えられるシステムを有

していることが分かる。予備的な実験では歯髄細胞

に42℃の熱刺激を反復して与えると HSP が高い発

現を維持し,42℃より高い温度でも細胞死は起こり

にくくなり,ある程度,耐えられる状態になること

も分かりつつある。

3.歯髄幹細胞と再生医療

幹細胞研究の進歩は近年,目覚ましいものがあ

る。幹細胞には組織幹細胞,胚性幹細胞(ES 細胞),

人工多能性幹細胞(iPS 細胞)があり,多くの実験が

これまでなされてきた。近年の再生医療研究では

iPS 研究が主流となってきているが,実際の臨床に

おいて最も現実的に使用できるのは組織幹細胞であ

る。組織幹細胞は生体の組織中に存在しており,

損傷が加わったときに分化,増殖を行い,再生へと

導く。組織幹細胞の中でも間葉系幹細胞(mesenchy-mal stem cell)が最も使われている。間葉系幹細胞

はあらゆる種類の細胞に分化する能力(pluripotent)

はないものの,数種類の組織に分化できる多分化能

(multipotent)は有しており,骨,軟骨,筋,脂肪,

線維などには分化が可能である。多くの間葉系幹細

胞の研究は骨髄から採取されたものを中心に行われ

てきたが,歯髄にも多くの間葉系幹細胞が存在する

ことが分かってきた。ヒト永久歯歯髄から単離した

幹 細 胞 は dentin pulp stem cell(DPSC),乳 歯 歯

図9 歯髄細胞に42℃30分の刺激を加えた際の HSP70の変 化。熱刺激後から HSP70が徐々に発現が上昇している のが分かる。 図7 歯髄細胞に42℃30分の刺激を加えた 際 の CX43の 変 化。熱刺激を加えると(0h)CX43の発現が低下(0.2倍) していることがわかるが,徐々に回復してき,6時間後 には刺激前の2.4倍になった。 図8 歯髄細胞に42℃30分の刺激を加えた際の ALP 活性の 変化。刺激を加えると一時的に ALP 活性が下がるが, 徐々に上昇していき,ALP 活性が熱刺激前より上昇す るのが分かる。 454 村松:歯髄研究の展開 ― 6 ―

(8)

髄 か ら 採 取 し た 幹 細 胞 は stem cells from

exfoli-ated deciduous teeth(SHED)として報告された

28,29)

これらが骨髄由来の幹細胞と同等の性質を持ってい

ることが明らかとなり,その後,再生医療の基礎と

なる多くの研究が行われた。ラットに脊髄損傷を加

えると下肢が動かない状態になるが,損傷部に歯髄

幹細胞を移植すると下肢が動くようになるという研

究が報告されている

30)

。また放射線照射により唾液

分泌障害が生じたマウスの唾液腺に歯髄細胞を移植

すると分泌が回復することも明ら か と な っ て い

31)

。このため歯髄幹細胞の臨床応用は有用性が高

いと考えられた。これらの結果,これまで医療廃棄

物として処理されていた抜去歯から採取された歯髄

が再生医療に応用できる可能性が開け,注目を浴び

るようになった。

歯髄を再生医療の細胞ソースとして応用するには

ある程度の細胞数が必要となるが,歯髄は組織量が

少ないこともあり,継代して数を増やしてから移植

することとなる。しかしながら継代に際して細胞,

遺伝子に異常が生じないか懸念されることもあり,

歯髄幹細胞の継代数と細胞の表面抗原,細胞増殖,

老化,細胞分化について検索した。

細胞表面抗原の発現パターンとして,CD73,CD

90,CD105に陽性を示す細胞が95%以上を占めてい

ることを条件とし

32)

,FACS という機械を用いて上

記の表面抗原を有する細胞の割合を検索した。その

結果,4−8継代目まではいずれの抗原を持った細

胞が95%以上を占めていたが,それ以降は95%未満

を示すものが増えてきた。特に CD105については

95%を大きく下回る傾向がみられた。細胞増殖につ

いては継代数の少ないものは増殖速度が速いもの

の,継代数が多くなると細胞増殖は遅くなる傾向が

みられた。また永久歯歯髄と比較して乳歯歯髄の細

胞増殖は速いものが多かった(図10)。これらのこと

から継代を多く重ねてしまうと細胞には老化が起

こってくると考えられ,老化度を検索してみた。

Senescence associated-

β-galactosidase染色を行った

ところ,8継代目以降では陽性を示す老化した細胞

が増えていた。また老化アッセイでも老化を示す細

胞が増えていることが明らかとなった(図11,12)。

老化が進行するとなると細胞分化に影響するのでは

ないかと考え,継代数と細胞分化の関係についても

検討した。歯髄細胞を専用の分化培地で培養したと

ころ脂肪,骨,軟骨に分化することは以前より報告

されているが,本研究でも分化は認められ,多分化

能を有していることは確認された。しかしながら継

代数を多く重ねた細胞では脂肪への分化が生じにく

いことが分かった。

以上の結果からは歯髄細胞から歯髄幹細胞を分離

し,再生医療に用いることは有効な手段であるが,

継代数が少ないものを用いるのが安全であると考え

られた。

4.現在の研究と今後の展望

現在は1)刺激と歯髄幹細胞,2)高脂肪食と歯

髄・根尖病変の関係,さらには3)歯髄幹細胞を用

いた疾患の病態解明を計画している。

1)刺激と歯髄幹細胞

歯髄には幹細胞が多く存在することは既に述べた

通りであるが,幹細胞の活躍がみられるのは損傷が

加わったときの治癒過程になる。歯髄の損傷として

は窩洞形成や歯冠形成の際の切削による歯髄傷害が

最も日常歯科臨床で問題となるところであり,切削

により歯髄に損傷が生じると幹細胞がどうなってい

くのかは興味深いところである。歯髄傷害後の治癒

過程における組織変化についてはこれまでにも多く

の研究が行われてきた

33−36)

図10 歯髄細胞の継代数の少ないもの(EP)と継代数の多い もの(LP)を比較すると,継代数の少ない細胞は増殖が 速い。また永久歯歯髄細胞(DPSC)と比べて乳歯歯髄 (SHED)は増殖が速いことがわかる。 歯科学報 Vol.116,No.6(2016) 455 ― 7 ―

(9)

幹細胞のマーカーのひとつである CD90を発現し

ている細胞は象牙芽細胞直下に局在していることが

報告されており

37)

,特に CD90を強発現している細

胞は分化能,硬組織形成能が高いことが知られてい

38)

。歯髄損傷後に多くの CD90陽性細胞は消失し,

その後に第三象牙質が形成されることが予備的には

明らかとなっているが,CD90陽性細胞と象牙質形

成の関係は興味深いところである。

2)高脂肪食と歯髄・根尖病変の関係

これまで歯科と食物が関係しているところとして

は砂糖と齲蝕の関係,糖尿病と歯周病の関係が代表

的なところである。近年,高脂肪食を続けることに

より感染,炎症が起こりやすい環境になることが動

物実験や培養細胞を用いた実験で報告されてきてい

39)

。また脂質異常症の患者を対象とした研究では

血液検査で ApoA1タンパクの低下と根尖病変との

関係が指摘されており,歯髄疾患,根尖病変,歯周

病と高脂肪食の間に関連性があると推測される

40)

筆者等の予備実験でも培養細胞に脂肪による刺激を

加える炎症性サイトカインの上昇がみられた。

歯科が対象とするほとんどの疾患は内因性感染症

に対する生体の防御反応である炎症であることか

ら,脂肪と口腔内の炎症性疾患の関係が解明されれ

ば,口腔から全身あるいは全身から口腔の健康を考

えることにつながると考えられる。次世代の歯科医

療では従来から行われてきた患者の砂糖コントロー

ル(sugar control)だけでなく脂肪コントロール(fat

control)も歯科の治療において重要なウェートを占

めることになるかもしれない。

おわりに

本稿では歯髄研究の展開と展望について筆者が

行ってきた研究を中心に概説した。歯髄研究では依

然として分からないところが多く,今後の研究の展

開がなされ,日常歯科臨床の裏付けとなるデータ,

知見,さらには歯髄幹細胞を用いた再生医療研究や

病態解明研究への道が開かれることが望まれる。

本論文の要旨は,第301回東京歯科大学学会(例会)(2016年 6月4日,東京)における特別講演で発表した。 図12 継代数による老化アッセイの違い。乳歯(SHED)と永 久歯(DPSC)において継代数による老化の違いを老化 アッセイで検索したところ,継代数の多い歯髄細胞では 老化が進んでいることが確認された。 図11 継代数による SAβ-gal 染色の違い。乳歯歯髄細胞を培養し,継代数が少ないもの(左)と 比べて慶大数が多いもの(右)では SAβ-gal 染色で青色に染まる細胞が多く,老化が進んで いることがわかる。 456 村松:歯髄研究の展開 ― 8 ―

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参照

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