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タイのコイン -- お金か、国家のアイコンか? (特集 途上国とコイン)

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Academic year: 2021

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(1)

タイのコイン -- お金か、国家のアイコンか? (特

集 途上国とコイン)

著者

青木 まき

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

215

ページ

16-17

発行年

2013-08

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003646

(2)

●コインはご尊影?

  バ ン コ ク で タ ク シ ー に 乗 っ て ぎょっとした。目に入ったのは、 ダッシュボードを整然と埋め尽く すコイン、コイン、コイン⋮。 ま る で タ イ ル の よ う に、 コ イ ン が びっしりと貼りつけられていたの で あ る。 こ の 人 は コ イ ン 収 集 家 で、これは自慢のコレクションな のだろうか。それとも車内で小銭 を無くさないための画期的保管法 なのか。理由を尋ねると、運転手 は一言「王様のご尊影だからね」 。   言われてみれば、ダッシュボー ド を 埋 め 尽 く す 一 〇 バ ー ツ、 五 バーツといったコインは、全て現 国王・ラーマ九世の姿が刻まれた 表 面 が 見 え る よ う に 貼 ら れ て い た。タイでは店舗や公共施設、個 人の家など至る所に国王や王族の 肖像画が飾られ、訪れた外国人に 国民の王室に対する敬意を強く印 象づけるが、このタクシー運転手 は、その狭い仕事場にうってつけ の小さなご尊影を一面に飾りたて ることで、王室への敬慕を示して いたのだった。しかも驚いたこと に、彼はこれらのコインを接着剤 で じ か に 貼 り 付 け て し ま っ て い た。彼はもはや、コインを貨幣で はなく完全に装飾品として扱って いるのだった。

国家のアイコンとしての

コイン

  タ イ 財 務 省 編 纂﹃ タ イ の コ イ ン、その発展﹄によると、現在発 行されているタイのコインは、い ずれも表面に国王の肖像が、裏面 には仏教に関連した意匠と国名が 刻まれており、これによって「国 王、宗教、国民」から成るタイ国 家を体現しているのだという。こ うした国家を表すアイコンとして のコインの性格を最も顕著に観察 できるのが、記念コインである。 タイは記念コインの種類が多く、 コレクターズ・アイテムとして取 引される他、多くが通常貨幣とし て流通している。   図は記念コイン発行理由の内訳 を日本とタイで比較したものであ る。一見してわかるのは、タイに おける王室関連コインの多さであ ろう。財務省によると、記念コイ ンは現国王の治世(一九四六年~ 現在)に限っても一九六回、五〇 〇種類以上が発行されており、う ち王室関連のものは約四割近くを 占める。その記念内容を列挙する と、 国 王 在 位 記 念、 王 族 の 誕 生 日、王子・王女の学位取得、国際 機関による国王や王族の表彰記念 など、さながら王室の家族アルバ ムを見るようである。ちなみに日 本の場合、戦後三〇回発行された 記念コインのうち最も多いのは万 博やオリンピックといった国際的 イ ベ ン ト の 開 催 を 記 念 す る も の ( 一 二 回 ) で あ り、 皇 室 関 連 の 硬 貨発行は六回に留まっている。   また、王室に次いで多いのが官 庁や局に関連した記念コインだと いうことも、タイという国家のあ り方を反映している。日本でも、 (出所)タイ財務省および日本国造幣局ウェブサイトより、 筆者作成。 図 記念コインは、 どんな出来事を記念しているのか? タイ 王室関連 74 省庁・局関連 45 国軍関連 10 教育/医療機関関連 13 近代制度、 技術導入記念 13 社会啓発 14 国際組織関連 10 国際会議、国際競技 大会開催 18 日本 国際関係 2 国土回復記念 3 近代制度 導入記念 4 大規模インフラ 施設完成 4 万博・国際競技 大会開催 12 皇室関連 6

特 集

途上国とコイン

、国

16

アジ研ワールド・トレンド No.215 (2013. 8)

(3)

内 閣 制 度 や 地 方 自 治 体 法 施 行 と いった近代的統治制度の成立を記 念するコインはあるが、タイの場 合は制度ではなく、特定の省庁や 省内の局の成立を記念しているの である。タイの官僚制度は立法府 や 社 会 勢 力 に 対 す る 自 律 性 が 強 く、一九八〇年代まではタイの政 治体制そのものといえるほど大き な権力を有していた。その中核を なすのが局である。局は省庁内の 一 組 織 で あ り な が ら 法 人 格 を 有 し、現在でも政策決定・運営にお いて強い権限を持っている。こう した特定の省庁や局を記念するコ インが、王室に次いで記念コイン 全体の約二割を占めているのであ る。三番目に多いのが教育・医療 機関(一三回)だが、これも省庁 と同様に公的部門に属する特定の 機 関 に 関 す る も の で あ る。 こ れ に 国 軍( 一 〇 回 ) が 続 く。 そ し て こ れ ら の コ イ ン の ほ ぼ 全 て に、 国 王 と 王 族 の 肖 像 が 刻 ま れ ている。   王 室、 官 僚 制、 国 軍 と い う 記念コインのラインナップは、先 に 述 べ た 財 務 省 の 説 明 と は 少 し 違った意味で、タイという国家の あり方を如実に映し出している。 タイの記念コインは、一九六一年 の国王夫妻外遊帰国記念コインを 端緒として頻繁に発行されるよう になった。当時は、首相に就任し たサリット・タナラット陸軍元師 により「タイ式民主主義」の導入 が進められた時代である。サリッ トはその統治理念に王制を組み込 み、王室の権威を高めることで国 民統合を進めようとした。タイの コインは、そうした政治体制構築 の為のメディアとして発行されて きたのである。

 日常のなかのコイン

―生活と建前の間で―

  このようにタイ国家のあり方を 国民に知らしめるべく発行された コインだが、一般の人々はこれを どう扱っているのだろうか。その ひとつの例が、冒頭で紹介したタ クシーだった。しかし実際には、 一般人が皆このようにコインをご 尊影として扱っているわけではな い。むしろ筆者が見聞した限り、 日常のなかでコインは極めて実用 的に扱われているとの印象を受け る。   例えば二バーツ。二〇〇五年に 発行された二バーツは、その形状 が一バーツとよく似ており、タイ 人でもしばしば見間違う。それを 避 け る た め、 コ イ ン に ペ ン で 「 二 」 と 書 い て あ る も の を 良 く 見 かけた。一〇枚の一バーツ玉をセ ロハンテープで纏めたものを一〇 バーツの代わりに渡されたことも あった。お手製の「棒金」という わけだ。またある時など、市場で 買い物をしたら売り子のおばさん がブラジャーの脇からお釣りを取 り出してきたこともあった。たじ ろぐ筆者を尻目に、おばさんは泰 然として受け取った代金をまた恰 幅の良い胸元の「財布」に納めて いた。この例などコイン云々以前 にマナーとしていかがなものかと 思うが、極めて実用的ではある。   試みにタイの友人たちにコイン の扱い方に気を遣うかと尋ねたと ころ、遣うという人もいれば遣わ ないという人も居た。ただ遣わな いと答えた人も、ことさらに奉る ことは無いが、タイ人が不浄とす る足でコインを踏むなどの行為に は嫌悪感を覚えるということだっ た。先に述べた手書きの二バーツ も、さすがに王様のご尊顔の上に ペン書きするのは憚られるのか、 筆者の見たものの多くは書き込み が裏面にあった。書き込み自体が 不 敬 な 行 為 だ と 明 言 す る 人 も い た。とはいえ、市中に出回る手書 き二バーツを当局が不敬罪で取り 締 ま る な ど と い う 話 は 聞 か れ な い。察するに、規範上コインは丁 重に扱うことが望ましいが、実際 には積極的に特別扱いすることは ないということのようだ。   財務省の意気込みに比べ気抜け するほど無造作に扱われているコ インだが、その背景には、近年の 物価高でコイン自体が通貨として の価値を失いつつあるという事情 も窺われる。今時、コインは公共 料金や、スーパーでの消費税の支 払い、高架鉄道や地下鉄の自動券 売機や子どものお小遣いくらいで しか使わないという意見も聞かれ た。国家のアイコンの威光も、諸 式高にはかなわないのか。それと も 通 貨 と し て の 実 用 的 な 価 値 を 失った後に残るのが、国家のアイ コンとしてのコインの役割なのだ ろうか。 ( あ お き   ま き / ア ジ ア 経 済 研 究 所   東南アジアⅠグループ) 1 バーツ(右)とペンで額面を手書きされた 2 バー ツ(左)。このコインは表面に書かれているが、一 応国王の顔を避けているようにもみえる(写真提 供:初鹿野直美氏)

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アジ研ワールド・トレンド No.215 (2013. 8)

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