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〈論文〉中小企業への事業継続計画(BCP)の普及-環境マネジメントシステムとの統合-

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中小企業への事業継続計画(BCP)の普及

―環境マネジメントシステムとの統合―

概要 地震や豪雨などによる災害が相次いでいるが,中小企業における事業継続計画(BCP) の策定はあまり進んでいない。一方,環境マネジメントシステムは中小企業にも既に定着し ており, またリスクベース思考であるため,BCP と相性がよい。PDCA サイクルを回す環 境マネジメントシステムに BCP を組み込むことは「有効な BCP」の普及策の1つになると 考え,既に統合を図って推進している企業2社と,事業継続マネジメントシステムに温暖化 対策を盛り込んだ JPSMS の認証登録企業にインタビューおよびアンケート調査を行った。 本研究では,中小企業の調査を通じて,環境マネジメントシステムに BCP を統合すること の有効性を明らかにした。

Abstract In recent years, disasters such as earthquakes and heavy rain have oc-curred one after another, however the formulation of BCP in SMEs has not progressed much. Meanwhile, the environmental management system based on ISO14001 and EA21 has already spread even to SMEs, and these derive from risk-based thinking, so they are compatible with BCP. Therefore, we conducted a questionnaire survey or interviewed companies incorporating BCP in the environmental management sys-tem, as well as JPSMS certified companies which are incorporating environmental activities into the business continuity management system. In this research, the ef-fectiveness of integrating BCP and Environmental Management System was clarified through the survey of SMEs.

キーワード 中小企業,レジリエンス,事業継続計画( BCP ),環境マネジメントシステム (EMS),統合化

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Ⅰ.は じ め に

1.研究の背景と目的 東日本大震災後も自然災害は頻発し,人的被害と経済的損失をもたらしている。この一 年を振り返ると,2018年7月の西日本豪雨, 同年8月~9月にかけて非常に強い勢力を 保って日本に上陸した台風19号~21号及び24号,同年9月に発生した北海道胆振東部地震 が甚大な被害をもたらした。企業活動への影響も大きく,特に西日本豪雨による中小企業 関係被害額は全国で4,738億円にのぼった 災害などの不測の事態が発生しても事業の継続・早期復旧が図れるよう,民間企業への 事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)の普及促進が求められているが,中 小企業において BCP の導入はあまり進んでいない。大企業と比べて中小企業の方が災害 による事業の中断や復旧の遅れが廃業・倒産につながりかねず,そうなれば影響はさらに 取引先にも波及しかねないことから,筆者は BCP の中小企業への普及策を模索してきた。 そのような中,2015年に環境マネジメントシステム(EMS)に関する国際規格 ISO14001 が改訂され, 新たな要求事項である「リスク及び機会への取組み」が追加された。 EMS は既に中小企業にも定着していることから, リスクベースの EMS に BCP を組み込むこ とは「有効な BCP」の普及につながるのではないかと考え,本研究に至った。 服部(2016) は,ISO11(25年改訂版)の有効活用をテーマに,BCP を策定した 中小企業を調査し,その結果,地震や風水害などの自然災害を原因事象として想定する企 業が圧倒的に多く,BCP が環境マネジメントと密接につながっていることを明らかにして いる。 両者を一体的に推進する余地は十分にあることが確認されたが,ISO14001 の2015 年改訂版への移行がほとんど進んでいない時期でもあり,EMS と BCP を統合した中小企 業の事例は挙げられていない。 本研究は,BCP の中小企業への普及策として,BCP の EMS への統合化を提案すべく, BCP と環境マネジメントを一体的に推進している中小企業へのインタビュー及びアンケー ト調査を実施し,その有効性の検証を行うことを主な目的としている。  中小企業庁.激甚災害指定に係る中小企業関係被害額 http://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/2018/180724saigai.htm(閲覧2019126)  服部静枝(2016)「ISO14001:2015 の有効活用―事業継続計画(BCP)の導入」『京都精華大学 紀要』第49号,pp.173194.

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2.中小企業への BCP 導入に関する先行研究 中尾・中野・藤井(2012) は,中小企業への BCP 普及施策について,社会的ジレンマ の理論的枠組み(心理的方略と構造的方略)を用いて考察を行った。その中で,BCP 導入 には「コストがかかる」「時間やノウハウを要するので困難である」といった否定的な思 い込みを矯正するための「事実情報提供法」,模擬訓練を実際に経験する「経験誘発法」, 既に BCP を導入している企業や外部講師が BCP 策定のアドバイスを行う「コミュニケー ション法」などの心理的方略が有効であることを確認している。 松木(2012) は,商工会の経営指導員の立場から,中小企業の中でも小規模事業者の BCP 策定率の低さに着目し,地元の町で行った実地調査をもとに,事業者の策定意欲に大 きく影響する BCP の「導入部分」について考察を行った。 従業員数や業種によって策定 意欲に差異が生じており,そのような状況から策定を促すためには,順を追って作り上げ ていく方法より,実用的な部分(具体的には,安否確認や重要取引先の連絡手段等の検討) から策定支援を始める工夫が必要であると述べている。 また,丸谷(2009) は,自身の BCP 取り組み支援活動の経験や報告事例から,ボラン ティアまたは安価な額による支援活動や,BCP 策定を目指す複数の中小企業が継続して互 いに情報交換できるような場がなければ,中小企業に BCP は普及しにくいと述べている。 しかし,採算面の問題もあって,コンサルタントやアンカーマンのような役目を果たせる 人材が不足していることから,下請法に抵触しない範囲で大企業が取引先の中小企業に助 言することが有効であり, また,社会経済的に BCP の策定が急がれる中小企業から優先 して支援を行うことを提言している。 さらに BCP を構成する文書の相互関係が十分に理 解されていないケースがみられることを指摘し,具体的には,リスク分析・ビジネスイン パクト分析等の根拠文書,予算の立案と連動させた事前対策としての計画,訓練計画,緊 急事態の全体手順,事業継続の全体手順,個別の緊急対応手順などを分類し,BCP をマネ ジメントシステムとして永続的に機能させることが重要であると論じている。 中尾 他(2012)が有効な普及策の1つとする「コミュニケーション法」について,その 採用実態をみてみると,中小企業庁はホームページ上で公開している「中小企業 BCP 策  中尾聡史・中野剛志・藤井聡(2012)「中小企業における事業継続計画の導入に関する研究」 『土木学会論文集 F4(建設マネジメント)』Vol.68, No.4, I_201I_208.

 松木 聡(2012)「中小企業と危機管理(BCP)―小規模事業者の BCP 策定率の現状と改善策 について」商工総合研究所〔平成24年度 中小企業懸賞論文 本賞作品〕

https://www.shokosoken.or.jp/jyosei/kenshou/r24nen/r242.pdf(閲覧2018824)  丸谷浩明(2009)「中小企業への事業継続計画(BCP)普及の実情と今後の課題」『地域安全学

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定運用指針」を2012年に改訂し,これまでの基本・中級・上級コースに加えて,小規模事 業者や初心者向けの「入門コース」と業種別の事例を追加した。また, 自治体や中小企 業団体中央会,中小企業家同友会,商工会議所,経営者協会などの関係機関・団体も BCP 策定支援を行い,2006年に設立された特定非営利活動法人 事業継続推進機構は普及啓発セ ミナーのほか,事業継続専門家の育成事業を展開している。 以上のことから,「コミュニ ケーション法」によるサポート体制は少なからず整ってきたと推察される。 「事実情報提供法」も用いながら,引き続き中小企業をサポートしていく必要はあるが, 企業側の BCP 導入に対するモチベーションの向上も課題であると考え,松木の考察(実 用的な部分から策定支援を始める工夫の必要性)や丸谷の指摘(文書の相互関係を理解す ること,および BCP をマネジメントシステムとして機能させることの重要性)を踏まえ て本研究を行った。

Ⅱ.自然災害と BCP の普及状況

1.自然災害のリスク 近年,世界的に自然災害のリスクが高まってきている。世界経済フォーラムが公表して いる The Global Risk Report 2018 では,30のリスクのうち,発生の可能性が最も高い リスクは「異常気象」,次いで「自然災害」「サイバー攻撃」で,影響が最も大きいリスク は「大量破壊兵器」,次いで「異常気象」「自然災害」の順であった。また,経年変化をみ ると,2010年までは経済的リスクが目立つが,2011年以降は環境リスクが上位を占めるよ うになってきている。

国別で自然災害リスクの度合いを評価した World Risk Report 2016 によると,日本 は脆弱性が低いにもかかわらず,地震や洪水に対する曝露(災害へのさらされやすさ)が 非常に高く,リスクの高さは世界171ヶ国中17位である。我が国は先進国の中では突出し て自然災害リスクの高い国なのである。

 中小企業庁.改訂の概要

http:/ /www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/2012/0427BCP-nyumon.htm(閲覧2019106)  World Economic Forum: The Global Risks Report 2018.

http:/ /www3.weforum.org/docs/WEF_GRR18_Report.pdf,(accessed 20190106).  Bu¨ ndnis Entwicklung Hilft and United Nations University - EHS: World Risk Report

2016. http:/ /collections.unu.edu/eserv/UNU:5763/WorldRiskReport2016_small_meta.pdf, (accessed 20190106).

 World Risk Index は,脆弱性と自然災害への暴露を掛け合わせることによって171カ国の災 害リスクを計算したものである。

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また,大地震や火山噴火について,尾池(2011)は「地震活動も火山活動も,日本列島 のようなプレート境界に沿っている変動帯では,ともにプレートの潜り込みで起こる自然 現象であり,連鎖的に活動すると考えるのが自然である。〔中略〕これからの日本では, 数十年にわたって,大地震や火山噴火の可能性を決して忘れてはいけないという時代にな ることはまちがいない」と述べており, リスクへの対応を一層進める必要性に迫られて いる。 我が国の防災対策は,災害対策基本法に基づいて防災基本計画が策定され,それをもと に指定行政機関や地方公共団体が定めた防災計画にしたがって実施されている。その最上 位の計画である防災基本計画が2018年6月に一部修正された。防災基本計画は1995年に阪 神大震災の教訓を踏まえて全面改訂され,近年では2011年に東日本大震災を踏まえて抜本 的に強化された。その後はほぼ毎年のように対策強化のための修正が行われてきた。本計 画の「企業防災」に着目すると,2005年に BCP 策定の努力義務が追加され,2018年の修 正では以下のとおり,さらにリスクマネジメント実施の努力義務が加わった。 企業は,災害時に企業の果たす役割(生命の安全確保,二次災害の防止,事業の継続, 地域貢献・地域との共生)を十分に認識し,自らの自然災害リスクを把握するととも に,リスクに応じた,リスクコントロールとリスクファイナンスの組み合わせによる リスクマネジメントの実施に努めるものとする。具体的には,各企業において災害時 に重要業務を継続するための事業継続計画(BCP)を策定するよう努めるとともに, 防災体制の整備,防災訓練の実施,事業所の耐震化・耐浪化,損害保険等への加入や 融資枠の確保等による資金の確保,予想被害からの復旧計画策定,各計画の点検・見 直し,燃料・電力等の重要なライフラインの供給不足への対応,取引先とのサプライ チェーンの確保等の事業継続上の取組を継続的に実施するなど事業継続マネジメント (BCM)の取組を通じて,防災活動の推進に努めるものとする リスクへの対応には, 一般的に「リスクの回避」「リスクの低減」「リスクの移転」「リ スクの保有」の4つの選択肢があり,ひとつのリスクに対して複数の対策を組み合わせる  尾池和夫(2011)「1200年ぶりの活動期に突入!日本列島の大地震,大噴火は今後数十年つづ く」『新潮45』第30巻第5号,新潮社,pp.116121.  内閣府「防災基本計画修正 新旧対照表 平成30年6月」第2編第1章第3節企業防災の促進 より引用。(アンダーラインの付いた部分:修正箇所) http://www.bousai.go.jp/taisaku/keikaku/pdf/kihon_basic_plan180629.pdf(閲覧20191 25)

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こともできる。「リスクの回避」と「リスクの軽減(低減)」はリスクコントロールであ り,災害に備えて貯蓄する「リスクの保有」と保険等による「リスクの移転」はリスク ファイナンスに該当する。また,事業継続マネジメントの具体的な取り組みとして, 防 災基本計画に「資金確保」が新たに付け加えられたことから,特に財務面のリスク対策を 強化し,企業のレジリエンスを高めたいとする政府の意図が読み取れる。 2.中小企業における BCP の普及状況 まず,ここで BCP を定義しておきたい。 事業継続マネジメントシステムの国際規格で ある ISO22301:2012 では,BCP を次のように定義している。 事業の中断・阻害に対応し,事業を復旧し,再開し,あらかじめ定められたレベルに 回復するように組織を導く文書化した手順。 注記 多くの場合, この計画は,重要業務の継続を確実にするために必要な資源, サービス及び活動を対象とする 日本では,BCP は事業継続マネジメント(BCM )を含めた広義の意味で使用されるこ ともあるが,ISO は「組織のレジリエンスを構築するための枠組みを提供する包括的なマ ネジメントプロセス」である BCM と区分している。内閣府も事業継続ガイドラインの 用語解説 において,予算・資源の確保,対策や教育・訓練の実施,点検,継続的改善な どを行う平常時からのマネジメント活動である BCM と明確に分けて使用していることか ら,本稿においてもこれらの定義にしたがい,BCP を上記 ISO が示す狭義の意味で用い ることにする。 では,災害に対するレジリエンス強化が求められる中,中小企業における BCP の策定 はどの程度,進んでいるのだろうか。  山田國廣・服部静枝(2018)『環境問題「3つの対策」~地球温暖化・廃棄物・ビジネスリス ク』日本技能教育開発センター,p.92.  多々野裕一(2003)「災害リスクの特徴とそのマネジメント戦略」『社会技術研究論文集』Vol.1, pp.141148.  中島一郎 編著(2013)『ISO22301:2012 事業継続マネジメントシステム要求事項の解説』日本 規格協会,p.68.  同上,p.67.  内閣府防災担当(2013)「事業継続ガイドライン 第三版」pp.3738. http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/keizoku/pdf/guideline03.pdf(閲覧2019126)

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東日本大震災発生後の2011年12月に三菱 UFJ リサーチ&コンサルティングが中小企業 庁の委託を受けて,製造業を対象としたリスクマネジメントに関する調査を実施した結果, 「BCP 策定の予定はない」と回答した企業の割合は,大企業23.0%に対して中小企業71.8% であった 一方,中小企業研究センターが2017年6月~7月にかけて実施した事業継続の取り組み に関するアンケート調査の集計結果 をもとに, 従業員数300人以下の企業(無回答を除 く)227社にしぼって計算してみると,「BCP について聞いたことがなく,知らない」と回 答した企業は99社,BCP を認知していた企業の中で「BCP を策定していない」と回答し た企業は65社で,全体の72.2%が BCP を策定していなかった。調査企業数や業種による差 はあるものの, この5年余りで中小企業の BCP 策定状況についてはほとんど変化がない といえる。 また,BCP を認知していながら「BCP を策定していない」と回答した中小企業の割合 は,同データをもとに算出すると50.8%であった。では,BCP を認知しているにもかかわ らず,ほぼ半数の企業が BCP を策定していないのはなぜだろうか。同アンケート調査結 果によると,「BCP 策定にかかるスキル・ノウハウ不足」が41.5%と最も多く,「人手不足」 と「自社の規模・事業内容の上で特に重要ではない」が共に35.4%, 次いで「経費上の問 題」(20.0%),「取引先から要請されない・連携できない」(12.3%)の順であった。これ とは逆に,BCP の取り組みを進めていた企業を対象に,BCP 策定の動機や背景を尋ねた ところ,「昨今の自然災害の発生を受けて必要性を感じた」が75.0%と最も高く, 次いで 「経営層による経営判断があった」(27.9%),「顧客への供給責任を重視した」(22.1%)の 順であった。 以上のことから,スキルやノウハウを含めた人的資源および財務的資源の不足が,BCP の策定を阻害する主な要因であるといえる。しかし,その一方で,BCP 策定の動機をみる と,「昨今の自然災害の発生を受けて必要性を感じた」とする回答が突出して多いことか ら,策定しない理由の根底には「そのような事態はまず発生しないだろう」という危機感 の欠如や,「いつ発生するかもわからない事態のために, 限られた経営資源を投入する必  三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング「平成23年度 中小企業のリスクマネジメントに関する 調査に係る委託事業〈報告書〉」http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2012fy/0025056.pdf (閲覧20181110)  公益社団法人中小企業研究センター(2017)「中小企業における事業継続の取組」調査報告 No.131. https://www.chukiken.or.jp/study/report/131.pdf(閲覧20181110)  同上,p.58.  同上,p.53.

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要はない」といった経営判断があるのではないかと考えらえる。BCP の策定は経営資源の 配分に関わるため,結局のところ,経営者の判断とリーダーシップに負うところが大きい。 経営者に中小企業のグッドプラクティス事例を紹介しながら,BCP の本質を説明していく 必要があるだろう。 尚,前出のアンケート調査によると,中小企業の中でも従業員規模の大きな企業ほどリ スク管理体制を整え,様々なリスクを想定しているが,実際にリスクが発生した企業の割 合は,従業員数51人以上100人以下の中規模の中小企業において高くなるという結果が出 ている。ゆえに,BCP を策定しない理由の一つに「(BCP は)自社の規模・事業内容の 上で特に重要ではない」との回答があったが,BCP は企業の規模に関わらず策定しておく ことが望まれる。

Ⅲ.EMS と BCP の一体化

1.BCP の有効性 中小企業における BCP 策定を推進するため,2006年に中小企業庁が公開した「中小企 業 BCP 策定運用指針」に続き, 都道府県や市町村,あるいは商工会議所などの経済団体 も独自に BCP 策定ガイドや事例集を作成し公開している。そのため, 企業がそれらのひ な形をもとに自力で BCP を策定できる環境は整備されつつあるが,重要なことは形式で はなく,BCP を有効なものとすることができるかどうかである。本節では,BCP を有効 に機能させるポイントがどこにあるのかを,先行研究をもとに論じる。 東日本大震災で大きな被害を受けた企業を対象に,東京商工リサーチと東京海上日動リ スクコンサルティングが共同で実施したアンケート調査 によると,「BCP が十分に機能 した」と回答した企業にその理由を問う設問では,「優先的に復旧する重要業務の絞り込 みができていた」と回答する企業が4割強,「想定外の事象にも応用して対応できた」が 3割強であった。 逆に「BCP が機能しなかった」と回答した企業において, その原因は 「想定外の被害だった」が5割を超えて最も多く,続いて「訓練が不十分」「地震対策が不 十分」「BCP の見直しが不十分」の順で,いずれも3割を超える回答があった。  同上,pp.2935.  東京商工リサーチ「東日本大震災と事業継続計画に関するアンケート調査」2011年11月25日。 http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis_before/2011/1214877_1903.html(閲覧2019128)

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また,三浦・別府・金子・上野(2011)は, 東日本大震災における BCP の有効性を検 証するために事例研究を行い,完全なマニュアルは必須ではなく,まずは組織内で認識を 共有し,県内外の同業他社と災害支援協定を結んでおくなど,平時からの連携が不可欠で あると述べている。この事例調査結果から,BCP 策定における重要事項として,以下の 5点を挙げることができる。 ① 社員の安否確認・顧客への対応などの初動対応手順の整備 ② 重要業務の特定と共有 ③ 資金繰り対策 ④ 自家発電器機の確保等のエネルギー対策 ⑤ サプライヤー・他府県を含めた同業他社との平時からの連携 ①~④は基本的に「自助」であり,⑤は「共助」の取り組みである。規模の小さい組織 では,代替拠点の確保が困難であることから,「自助」のみならず,連携という「共助」 も視野に入れて BCP を策定することが望まれる。 さらに,服部(2016)は,「BCP のレベル」または「BCP 運用の有無」が BCP の有効 性(平時の成果を含む)に与える影響について調査を行っており,その結果は次のとおり である ① BCP のレベルと有効性の関係 中小企業庁が作成した「中小企業 BCP 策定運用指針」では,入門,基本,中級,上級 の4つのコースが用意されている。 入門コースは,経営者が数時間で必要最低限の BCP を策定できるようにした初心者向けコースで,基本コースと比べてレベルに差があること から,「入門コース」と「基本/中級/上級コース」の2つに分けて BCP 策定の成果を比較 した。その結果,「危機対応力の強化」は共に9割近くであったが,「基本/中級/上級コー ス」を選択した企業は「取引先からの信用」を挙げる割合が高く,「入門コース」を30ポ イント以上引き離した。 一方,「入門コース」を選択した企業は,「結束力の醸成」「人材 育成」で他コースより10ポイント以上高い結果となった。(図1)  三浦和代・別府伸一・金子寛紀・上野均「中小企業のための事業継続計画(BCP)導入:東日 本大震災における事例」『リスクマネジメント TODAY 2012 年次大会特別号』p.186.  中小企業庁及び京都高度技術研究所の Web ページに掲載されている BCP 策定企業(中小企 業)156社を対象に調査を行った。(2016年2~3月実施,有効回答数51社) 調査結果①②については,服部(2016)pp.187188 より要約引用。

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② BCP 運用の有無と有効性の関係 BCP の運用の有無によって,もたらされる成果に違いがあるのか否かを検証するために 行ったクロス集計の結果,BCP を運用している企業では,「危機対応力の強化」が8割強 で最も高く,全体の傾向として様々な成果が挙げられたが,BCP を運用していない企業で は,「危機対応力の強化」が6割強,続いて「その他」が4割で,「その他」の内容は「効 果を実感していない」であった。また,BCP を運用していない企業で「融資や保険等の優 遇措置を受けられた」「結束力を醸成できた」「取引先からの信用が高まった」「地域貢献/ 地域との連携強化」を挙げた企業は1社もなかった。(図2) 図1 BCP のレベルと得られた成果(複数回答可) 出典)服部(2016)p.187. 図2 BCP 運用の有無と得られた成果(複数回答可) 出典)服部(2016)p.188.

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これらの先行研究から,取引先の信用を得ることが BCP 策定の主要目的であるなら, 入門コースをベースに策定した BCP では不十分であると言えるが, それ以外の成果は BCP のレベルにそれほど大きく影響されるものではなく,むしろ運用の有無が大きな鍵と なることがわかった。 また,BCP の中身については, 現実的には想定外の事態となるケースも多く, 完璧な BCP はないと思った方がよいだろう。したがって,最初から細かいシナリオを描いてひと つずつ対応策を準備するより, まずは前述の重要事項5点を押さえた BCP を策定して全 社で共有し,有事の際には迅速な対応が図れるよう教育・訓練を繰り返し行う中で,実態 に合わないところを修正し,かつ同業他社の優れた取り組み事例があればそれを参考にし て,自社の BCP を補強していくことが現実的であるといえる。 以上のことから,BCP は策定だけにとどめず,運用(訓練)と見直しが不可欠であり, そのためには PDCA サイクルを回すマネジメントシステムに統合させることが有効であ ると考えられる。2012年には事業継続マネジメントシステム(BCMS)の国際規格 ISO22301 が発行されているが,中小企業がいきなり取り組むにはハードルが高い。BCP が中小企業 に普及しない現状を踏まえれば,いきなり ISO22301 の導入を呼びかけても解決にはつな がらないだろう。また,その他に品質,労働安全衛生,情報セキュリティ,リスク,エネ ルギー,アセットなどの各種マネジメントシステム規格が ISO から発行されているが, BCP で地震や風水害などの自然災害を想定する企業が圧倒的に多く,かつ,規模や業種を 問わず中小企業にも定着している点から,EMS と BCP の一体化が相乗効果を生み,普及 に有効であると考えられる。 2.EMS 規格の改訂と BCP EMS を導入する上で, 組織が準拠する又は参考にする規格・基準には,国際規格の ISO14001,環境省が中小企業向けに作成したエコアクション21(EA21)のほかに,自治 体や NPO 法人等が作成した簡易版/地域版 EMS などいろいろあるが,ISO14001 と EA21 は特に普及率が高く, また近年の規格改訂で BCP と一体化しやすくなった。本節では, BCP に関連する両規格の要求事項について説明する。

 ISO14001

EMS に関する国際規格である ISO14001 は1996年に発行され,2004年に改訂されたが, このときは初版からの大幅な変更はなく,2015年に実質的な改訂が行われた。筆者は1999

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年から ISO14001 の審査活動に携わってきたが,根底にある「環境活動は事業活動とは別 物である」という意識をなかなか払拭できず,従業員のモチベーションが上がらないとい う実態を数多く見てきた。しかし,2015年の規格改訂で,EMS を運用管理レベルから経 営戦略レベルへ引き上げることを意図した要求事項が追加された。具体的に示すと,外部 及び内部の課題の決定(対応項番 4.1),リスク及び機会の決定(対応項番 6.1.1),トップ マネジメントの積極的関与(対応項番 5.1)などである。 リスク及び機会とは「潜在的で 有害な影響(脅威)及び潜在的で有益な影響(機会)」である。完全なリスクマネジメン トを要求しているわけではないが,経営者の強力なリリーダーシップのもと,リスクベー スの思考で EMS を推進することが求められるようになった。 外部及び内部の課題は「経営課題」と言い換えることもできるが,BCP との関連で言え ば, 組織に影響を与える可能性のある「自然災害の増加」「気候変動」なども含まれる。 システムの要素間のつながりは,この課題(4.1)がもたらすリスク及び機会(6.1.1)を明 確にして,どのように取り組むかを計画(6.1.4)し,緊急事態対応(8.2)に展開していく 流れとなる。8.2項では,緊急事態への準備及び対応のために必要なプロセスを確立し,実 施し, 維持することが要求されている。 必要なプロセスとは, 緊急時の連絡網や緊急事 態発生時の対応体制等を確立することであり,その対応を定期的にテストすることや,関 連する情報及び教育訓練を社内で働く人々をはじめとする利害関係者に提供することも含 まれている。計画した緊急事態の対応処置を定期的にテストすることが求められるため, BCP を計画で終わらせることなく,運用につなげることができる。BCP で策定する手順 の多くは,緊急事態対応(8.2)に組み込むことができるが,耐震補強工事や代替調達先の 確保など,準備に少し時間がかかるものについては目標・計画(6.2)を策定し,進捗状況 を管理していくことも可能である。  エコアクション21(EA21) EA21 は,1996年に環境省が ISO14001 をベースに中小企業向けの仕組みとして策定し たガイドラインである。ISO14001 の簡易版と言われるが,EA21 は環境経営レポート (2004年版では環境活動レポート)の作成・公表が要求されている。2004年に全面改定さ れて認証登録制度がスタートし,29年には分かりやすさとシステムの質的向上を目的  日本規格協会(編)(2016)『対訳 ISO14001:2015(JIS Q 14001:2015)環境マネジメントの国 際規格』日本規格協会,p.67 より引用。  同上,p.125.  同上,pp.125127.  笹徹(2007)『エコアクション21―環境認証を目指して』第一法規,p.2.

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に改訂が行われた。 さらに2017年の改訂では,「要求事項2.代表者による経営における課題とチャンスの 明確化」が新設され,環境活動を経営と連動させて経営全体をレベルアップする仕組みと なった。また,内容を補足するため,EA21 中央事務局による解釈を追加した「エコアク ション21ガイドライン 2017年版(解釈含む)」も併せて発行しており,そこには BCP に 関連する説明も加えられた。まず,EA21 を効率的,効果的に運用するためにマネジメン トシステムの統合を推奨し,その統合例として「環境上の緊急事態への対応を,消防計画, 労働安全上の緊急事態対応,又は事業継続計画(Business continuity planning:BCP) と一体的に行う」ことが挙げられている。また,「要求事項11.環境上の緊急事態への準 備及び対応」における解釈では,天災に対するリスク,事業継続性に対するリスクなどを 幅広く捉えて取り組むことで,EA21 が経営に役立つものとなることから,BCP を EA21 の緊急事態とすることも(EA21 を有効活用する)方法の一つであると述べている ISO14001 と同様に,新設された要求事項2の「課題とチャンス」に「自然災害の増加」 等を挙げることもできるが,EA21 の場合, 環境経営方針や環境経営目標及び計画は「課 題とチャンス」を踏まえたものとする必要があるため, この部分から BCP を組み込んで いくことに負担を感じる企業があるかもしれない。この点の判断は企業に任せるとして, 前述の解釈にあったとおり, 少なくとも BCP を「要求事項11.環境上の緊急事態への準 備及び対応」に組み込むことで一体化を図ることができる。 3.EMS への BCP の統合事例 本節では,先進的に BCP を EMS に統合して推進している中小企業2社を紹介する。 事例は,EMS に BCP を組み込むことの有効性を明らかにするために筆者が行ったインタ ビュー調査 の結果をまとめたもので,1 件は ISO14001 に,もう1件は EA21 に準拠し た EMS との統合例である。  環境省(2009)「エコアクション21ガイドライン2009年版」p.5. https://www.env.go.jp/policy/j-hiroba/ea21/guideline2009_ja.pdf(閲覧2019127)  同上,pp.1838 及び 環境省(2017)「エコアクション21ガイドライン2017年版」pp.1027. http://www.env.go.jp/policy/j-hiroba/ea21/guideline2017.pdf(閲覧2019127)を比較し た。  環境省(2017)「エコアクション21ガイドライン2017年版(解釈含む)」p.12.  同上,p.45.   高森商事株式会社の調査(訪問インタビュー)は2018年10月2日に実施した。〔対応者:専 務取締役 森純弥氏,業務係長 杉浦千鶴氏〕  平澤電機株式会社の調査(電話インタビュー)は2019年1月11日に実施した。〔対応者:総 務部長 浦野安明氏〕

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 ISO14001 への統合事例 静岡県御殿場市の高森商事株式会社(以下,高森商事)は,産業廃棄物収集運搬および 浄化槽保守点検・清掃を事業活動とする,従業員86名の企業である。 環境に対する取り組みは,廃タイヤの大手取引先から,ISO14001 の取り組みの有無に ついて尋ねられたことがきっかけとなり,2005年に ISO14001 の認証を取得した。一方, 東日本大震災後,高森商事の同業者である株式会社オイルプラントナトリ(宮城県名取市) の BCP が震災時に有効に機能したことを知り,講習会への参加をきっかけに BCP に取り 組むことになった。概ね2ヶ月に1度の割合で静岡県 BCP コンサルティング協同組合の コンサルタントにルールブック の作成まで指導を受け,あとは自力で1年半かけて策定 した。BCP は2014年から運用しているが,ISO14001 の規格改訂で,要求事項に「リスク」 が加わった(リスクベース志向の規格となった)ため,2018年4月の ISO14001(2015年 版)への移行の際に BCP を ISO14001 に統合した。ISO14001 の項番「6.1 リスク及び機 会への取組み」と「8.2 緊急事態への準備及び対応」を BCP で補強するかたちとなってい る。 BCP を含む EMS の推進体制は,環境管理責任者のもと,ISO 委員会と BCP 委員会が 設置され,5 つの部門を活動単位としている。(図3)  従業員数:2018年10月2日現在  「静岡県事業継続計画モデルプラン(第3版)」をベースにしたマニュアル 図3 高森商事の EMS 推進体制 出所)インタビューをもとに筆者作成

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BCP のインシデントは,「地震」「火災」「大雪」「感染症の蔓延」「火山噴火(富士山, 箱根山)」を想定し,BCP の発動基準は「震度5以上」「噴火レベル4以上」で,その他は 環境管理責任者が判断することになっているが, これまでに BCP を発動する事態は起き ていない。総合訓練を年1回実施するほか, 2 ヶ月に1回開催する BCP 委員会で机上訓 練を,月1回はアプリを使った安否確認のチェックを行っている。アプリは,株式会社ア バンセシステムと静岡大学・静岡県立大学が共同開発した安否情報システム ANPIC で, 通常の社内連絡にも使っている。 ISO14001 の効果としては,「業務効率の改善」「経費削減効果」「売上向上」「社員意識 の向上」が挙げられた。BCP については,それほど大きな効果を実感していないとのこと であるが,BCP は生活や仕事に直結するもので,ISO と比べるとそれほど難しくないこと から,BCP 構築時のグループワークでは活発に意見が出されるなど,積極的な取り組み姿 勢が見られ,「部門間コミュニケーションが円滑に行えるようになった」「防災に対する意 識が向上した」というソフト面の効果が得られたという。 BCP と ISO14001 の一体化がもたらすメリットとしては, 緊急事態における ISO 委員 会と BCP 委員会の役割が明確になったことが挙げられた。ISO と BCP を別々に取り組ん でいたときは,両者に共通するインシデントである「火災」と「地震」において,ISO 委 員会と BCP 委員会の役割が重複していて分かりにくかったが,一体化を図ったことで, 地震と火災は BCP 委員会が担当するものとし,役割を明確に分担できている。  EA21 への統合事例 長野県伊那市に所在する平澤電機株式会社(以下,平澤電機)は,金属切削加工,光学 機器・電子機器等の精密部品の組立・検査を事業活動とする,従業員60名の企業である 平澤電機では,同業他社との差別化を図っていくため,2000年に品質マネジメントシス テム規格 ISO9001 の認証を,2006年に EA21 の認証を取得した。(2017年4月に EA21:2017 年版へ移行済み)さらに CSR(企業の社会的責任)にも取り組み,2013年には EA21 に 組み込むかたちで BCP を策定し運用している。いずれも,大手取引先から取り組み状況 に関する調査票が送られてきたことがきっかけとなった。 EA21では,「電気料金削減」のほか,環境負荷低減と品質管理にもつながる「不良削減」 や「製造工程の短縮化」など本業とリンクした取り組みを推進し,システムは当初の期待  従業員数:2019.1.11現在

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どおり有効に活用されている。BCP は,中小企業向け事業継続計画(BCP)策定マニュア ル「あいち BCP モデル 中小製造業向け コンパクト版(第1版)」を参考にして策定さ れた。BCP の導入により,災害発生時の行動基準が具体的なものとなり,優先的に継続あ るいは早期に復旧すべき「重要業務」を決定したことで,全社員の向かうべきところが明 確になった。 BCP を含む EMS の推進体制は,図4のとおりである。 環境管理責任者は,BCP を含 めた環境の総責任者であり,トップマネジメント(代表取締役社長)が環境管理責任者を 兼任している。週2回開催される部長会議では,会社運営上のあらゆる事項が取り上げら れ,BCP を含めた環境マネジメントについても審議・決定が行われる。環境や安全衛生に かかわる決定事項は5S 会議で報告されるが,この会議の構成メンバーに環境管理責任者 である社長と部門長も含まれることから,5S会議の場で事案の検討・決定が行われるこ ともある。 統合の仕方としては,EA21 の要求事項「11.環境上の緊急事態への準備及び対応」に BCP を組み込んでいる。環境マニュアルの「11.環境上の緊急事態への準備及び対応」に おいて,「緊急事態発生後の対策等は『平澤電機 BCP 計画書』に従って行う」の一文が 明記され,EMS 文書体系では BCP 計画書が3次文書として位置付けられた。 図4 平澤電機の EMS 推進体制 出所)インタビューをもとに筆者作成  「平澤電機株式会社 2017年版環境マニュアル」p.17.

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平澤電機が想定するインシデントは「地震」であり,EA21 の緊急事態としては「火災」 「油漏れ」が特定されているが, 火災や油漏れは地震が発生したあとにも起こり得る事態 であるため,一連の流れで捉えている。BCP の発動基準は「大規模地震(震度6以上)の 発生」で,復旧目標は「電力回復・部品支給到着後5日以内の製造開始」である。これま でに BCP を発動したことはないが,「社内緊急連絡網」は平時においても部門の日常的な 連絡網として使用されている。 BCP と EA21 の一体化がもたらすメリットについては,「EA21 の緊急事態訓練と BCP の訓練を併せた,総合的な災害対策訓練が実施できること」,及び「BCP を EMS に埋め 込んでいるため,BCP は『事業継続計画』という Plan に終始することなく,教育や訓練 の実施(Do),有効な BCP となっているかどうかの検証(Check),マネジメントレビュー (Act)の PDCA サイクルが回るようになること」の2点が挙げられた。実際に,EA21の 緊急事態訓練を含む総合防災訓練は,全社員を対象に年1回実施され,訓練終了後には講 義形式の全体研修も行われている。環境管理責任者が訓練の評価を行い,全体研修で見直 し点を社員にフィードバックすると共に,改善点については5S会議で話し合い,次の訓 練で対応を図ってその有効性を検証するという流れで PDCA サイクルを回している。 以上,2 社の事例から,EMS に BCP を組み込むことによって,役割の明確化や BCP 部分についても PDCA サイクルが確実に廻るようになるなどの効果が得られることがわ かった。 しかし,現時点において,これ以上 EMS に BCP を統合した中小企業の事例を探し出 すことが容易ではなかったため,事業継続マネジメントシステム(BCMS)に環境の取り 組みをプラスした JPSMS(持続可能マネジメントシステム)の認証登録企業を対象に, 一体化の有効性に関する調査を行った。EMS か BCMS のどちらをベースに統合するかの 違いはあっても,マネジメントシステムとして一体化することによる相乗効果に大きな違 いはないと考えたからである。次章では,JPSMS の概要とその調査結果について述べる。

Ⅳ.事業継続マネジメントシステム(BCMS)と環境活動の一体化

1.JPSMS 認証登録制度の概要 中小企業でも取り組めるように,ISO22301(事業継続マネジメントシステム規格)の簡 易版をベースに,環境活動―特に気候変動防止への取り組みを盛り込んだマネジメントシ

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ステム規格 JPSMS の認証登録制度が2017年2月にスタートした。 JPSMS は, レジリエンス(復旧力・回復力・防御力=総合防災力)を持つ持続可能な 経営の枠組みを提供するため,滋賀県長浜市に拠点をもつ NGO 環境計画市民会議が提唱 し,大学関係者や滋賀県庁関係部署のメンバーらで構成された「持続可能経営システム試 行プログラム検討委員会」(委員長:滋賀県立大学名誉教授 小林圭介氏)が練り上げたも ので,現在,JPSMS ガイドライン2016年版が策定されている。本部事務局は滋賀県にあ るが,ガイドラインにしたがってシステムが構築され,原則として3ヶ月以上の運用実績 があれば,組織の所在地や規模,業種に関係なく,認証審査を受けることができる。 JPSMS の特徴は次の4点にまとめられる。 まず,JPSMS は目標復旧時間を設定する 仕組みにはなっているが,その主たる目的は必ずしも復旧時間の短縮ではなく,可能な限 り被害を最小限に抑える防災・減災を目指し,また「5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)」 「3M(ムリ・ムダ・ムラ)の排除」「確認・点検」などの日常的な活動の見直しと改善を 通じて,操業度合のレベルアップを図ることにある。 2 つ目の特徴は,「人命を守り, 安 全を確保する取組(自助)」「防災・減災につながる社会貢献活動(共助)」「気候変動防止 への取組」の3つの基本事項に係わる持続可能経営目標の設定を要求していることである。 続いて3つ目の特徴として,JPSMS は継続的改善を図るマネジメントシステムであるが, 要求事項の構成は計画( Plan )から始まる PDCA サイクルではなく,現状把握のための 検証(Verify)から始まる VPDC サイクルに従っていることが挙げられる。VPDC サイ クルは,近年,PDCA より現実的であると言われる CAPD(CAPDo)サイクルに準ずる ものと考えられる。そして4 つ目は,2  030年までに達成すべき SDGs( Sustainable De-velopment Goals:持続可能な開発目標)を実現するツールとしている点である。SDGs は,2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」 において掲げられた国際社会共通の17の目標であるが,JPSMS はその17の目標のうち, 「11. 住み続けられるまちづくりを」「13. 気候変動に具体的な対策を」「17.パートナー シップで目標を達成しよう」など8つの目標を実現するツールとしている。特に17の目標 実現のため,将来的にはブロックチェーン方式 を採用し,認証企業間で社会貢献活動を 中心とした情報を共有できるようにすることを目指している。  「JPSMS(持続可能マネジメントシステム)ガイドライン2016年版」pp.12. http://jpsms.info/jpeg/jpsmsgaidline2016.pdf(閲覧2019113)  ブロックチェーンとは,ビットコイン(仮想通貨)の管理・運営を行うための中核技術として 開発された分散化台帳技術のことをいう。ここでは,本来のブロックチェーン技術を採用するの ではなく,データの書き換えができないかたちで,事務局が一元管理せずに認証企業間で情報共 有できるようにする仕組みを意図している。

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2.JPSMS 認証登録企業の調査   調査概要 BCMS に環境活動を組み込んだ JPSMS の有効性を確認することを目的に,2018年9月 末時点で JPSMS の認証を取得している企業13社に対し,アンケート調査または面接調査 を実施した。(表1) 有効回答数9社の業種内訳は,建設業7社,製造業1社,機械設計業1社で,企業規模 はすべて中小企業であるが,小規模事業者には該当しない。また,JPSMS の認証登録時 期は2017年3月~2018年6月で,調査時点では認証登録からまだ半年も経過していない企 業も含まれている。  調査結果 主な調査項目とその結果は以下のとおりである。 ① JPSMS 導入以前の BCP と EMS の取組状況 BCP については,9 社のうち7社が JPSMS 導入前から取り組んでおり,また,EMS においては,9 社すべてが既に ISO14001 または EA21,若しくはその両方の認証を取得 している。 ② JPSMS に取り組んだ理由 「県や知り合いに勧められた」「入札時の加点になると聞いた」「(既に取り組んできた) 近畿 BCP と EA21 を合わせると JPSMS になるため,環境負荷削減の行き詰まりから, 環境活動を含んだ JPSMS に取り組むことにした」「環境に配慮した活動は十分に定着し 表1 調査実施概要 JPSMS の Web ページ に掲載されている JPSMS 認証登録企業13社。 尚,可能な限り危機管理責任者にご回答いただくよう依頼した。 調査対象 質問紙による郵送調査(11社)及び質問紙の項目をベースとした面接調査(2社) 調査方法 2018年9月19日(月)~10月19日(金) 実施時期 9社 有効回答数  中小企業及び小規模事業者の定義は,中小企業基本法に基づくものである。  JPSMS 事務局びわこ「セキュリティーマップ」http://jpsms.info/safetymap.html(閲覧 2018102)

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ており,さらに上を目指すには『リスク』への対応が必要であると判断した」などが挙げ られている。また「建設業は災害において特殊であり,初動活動として災害復旧のために 出動する立場であるため,ISO14001 とは別の観点で取り組んでいる」という記述も見ら れた。ISO14001 や EA21 の認証を取得しているにもかかわらず,EMS をベースに BCP を組み込まず,BCMS に環境活動を含めた JPSMS に取り組んだ背景には,そのような 建設業界特有の事情もうかがえる。 ③ 想定しているインシデント(複数回答可) すべての企業が地震と風水害を想定している。(表2) ④ 訓練の頻度 7社は年1回,2 社は半年に1回,訓練を行っている。また,全社の訓練は年1回とし ながらも,臨時サイト(建設現場)は毎月実施している企業もあった。 ⑤ JPSMS の構築・運用及び認証によって期待する効果(複数回答可) 9社すべてが複数の項目を選択している。うち8社が「危機対応力の強化」を含めてお り, 次に「地域への貢献/地域との連携強化」, 続いて「取引先からの信用向上」「従業員 の防災意識の向上」を挙げる企業が多かった。(表3) 表2 想定しているインシデント ※( )内の数字:回答企業数 地震(9),風水害(9) 1 交通事故(5) 2 火災(4),情報システム/インフラの障害(4) 3 土砂災害(3),重大な感染症(3),原発事故(3) 4 大雪(2) 5 液状化,雪崩,事故,危険物漏洩(各1) 6 表3 期待する効果 ※( )内の数字:回答企業数 危機対応力の強化(8) 1 地域への貢献/地域との連携強化(5) 2 取引先からの信用向上(4),従業員の防災意識の向上(4) 3 環境保全効果(1),業務改善・業務の効率化(1),経費削減(1) 新たなビジネスチャンスの獲得(1),従業員の環境意識の向上(1) 4

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⑥ 緊急時の効果 「緊急時(リスクが顕在化した際)に JPSMS が有効に機能したか」という設問に対し, 「はい」と回答した企業は2社,「いいえ」が1社であった。あとの6社は「リスクに該当 する事象は発生していないため,緊急時における JPSMS の有効性はわからない」を選択 している。有効に機能した具体例としては,2社共に2018年9月の「猛烈な」台風21号へ の対応を挙げ,「台風の影響で,現場では看板が飛んだり窓が割れたりする被害があった が,安否確認や情報収集をスムーズに行うことができた」「台風接近の前日に万全の対策 を講じ,当日は休業措置で対応できた」と述べている。「いいえ」と回答した企業につい ては,問題とその原因欄に記述がなかったため,詳細は不明である。 ⑦ 平時において JPSMS がもたらした効果(期待ではなく「成果」)(複数回答可) 3社は「平時の効果は特に実感していない」と回答しているが,あとの6社は表4に挙 げた効果が得られたとしている。「経費削減」「売上向上」「融資・保険等の優遇措置を受 けられた」などの効果は見られなかったが,危機対応力の強化,防災意識の向上,結束力 の醸成,人材育成など無形のソフト面の効果があったとしている。 ⑧ 防災・減災を含めたレジリエンス強化と環境活動を一体化して推進することによって 生じたメリット(複数回答可) 9社のうち6社は,「マネジメントシステムが一本化されて管理しやすい」(3社),次 いで「レジリエンス強化の取り組みが CO2 削減に貢献している」(2社)のほか,「経営層 や従業員の環境意識及び/又は防災意識が,単独で運用していた時より向上した」「環境活 動が戦略的に(本業と一体化したかたちで)進められるようになった」(各1社)を挙げ ている。 また,CO2 削減に貢献しているレジリエンス強化の取り組みとして,具体的に,高効率 表4 JPSMS がもたらした効果 ※( )内の数字:回答企業数 危機対応力の強化(4),従業員の防災意識の向上(4) 1 結束力を醸成することができた(3) 2 人材育成につながった(2) 3 コミュニケーションが円滑に行えるようになった(1), サプライヤーなど取引先との連 携を強化できた(1),取引先からの信用が高まった(1),従業員の環境意識が向上した (1),その他(1) 4

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かつ長寿命の LED 照明への更新,照明の使用時間が短い場所では人感センサーライトの 設置,ハイブリッドや電気自動車などの環境対応車への切り替えなどを行っていると述べ ている。 以上の調査結果から,JPSMS に期待する効果として挙げられていた「危機対応力の強 化」「従業員の防災意識の向上」「従業員の環境意識の向上」「取引先からの信用向上」は, 平時において JPSMS がもたらした効果にも挙がっており,また,レジリエンス強化と環 境の取り組みの一体化は,様々な相乗効果を生むこともわかった。服部(2016)は,環境 志向で BCP に取り組むことで CO2 削減とそれに伴う大幅なコスト削減を実現した大企業 の事例を紹介しているが,本調査により,中小企業においてもレジリエンス強化の取り組 みが CO2 削減に結びついているケースを確認できた。

Ⅴ.お わ り に

EMS に BCP を統合した2社の事例調査(Ⅲ章)からは,一体化によって BCP 部分に ついても PDCA サイクルが確実に回るようになり,EMS の緊急事態と BCP の両者を併 せた総合災害対策訓練が実施できること, また EMS と BCP で重複していた役割が整理 され,分担が明確になるなどの効果があることが確認できた。 また,簡易版 BCMS に環境の取り組みを統合した JPSMS 認証登録企業13社(有効回 答数9社)の回答結果(Ⅳ章)からは,「一本化されたことによる管理のしやすさ」「経営 層や従業員の環境意識及び/又は防災意識が,単独で運用していた時より向上した」「環境 活動が戦略的に(本業と一体化したかたちで)推進できるようになった」という無形の相 乗効果のみならず,「レジリエンス強化の取り組みが CO2 削減に貢献している」という, 環境保全効果に結びつくことも明らかとなった。尚,JPSMS のベースは EMS ではなく BCMS であるが,事業継続と環境の取り組みを一体化させたマネジメントシステムであることに 変わりはないため,EMS に BCP を統合することの有効性を検証する調査の対象に含め た。 以上,まだサンプル数は少ないものの一連の調査の結果から,中小企業に普及している EMS に BCP を組み込むことは,両者を有効に機能させることになるといえる。BCP を 計画にとどめず,教育・訓練を含めて運用を行うことで,非常事態発生時及び発生後に有 効に機能させることができ,また,一体化による平時の様々な相乗効果は経営者や従業員

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のモチベーションを高めることにもつながるだろう。中小企業へのさらなる普及策として, EMS との統合が有効であることを発信し提案していきたいと考えている。 謝     辞 最後に,ご多忙の中,調査にご協力くださった平澤電機㈱ 総務部長 浦野安明様,高森商事㈱ 専務 取締役 森純弥様,同社 業務係長の杉浦千鶴様,JPSMS 認証登録企業の皆様に深く感謝の意を表す る。 参 考 文 献 尾池和夫(2011)「1200年ぶりの活動期に突入!日本列島の大地震,大噴火は今後数十年つづく」『新 潮45』第30巻第5号,新潮社,pp.116121. 笹徹(2007)『エコアクション21―環境認証を目指して』第一法規 多々野裕一(2003)「災害リスクの特徴とそのマネジメント戦略」『社会技術研究論文集』Vol.1, pp.141 148. 中尾聡史・中野剛志・藤井聡(2012)「中小企業における事業継続計画の導入に関する研究」『土木学 会論文集 F4(建設マネジメント)』Vol.68, No.4, I_201I_208.

中島一郎 編著(2013)『ISO22301:2012 事業継続マネジメントシステム要求事項の解説』日本規格協 会 日本規格協会(編)(2016)『対訳 ISO14001:2015(JIS Q 14001:2015)環境マネジメントの国際規 格』日本規格協会 服部静枝(2016)「ISO14001:2015 の有効活用―事業継続計画(BCP)の導入」『京都精華大学紀要』 第49号,pp.173194. 松木 聡(2012)「中小企業と危機管理(BCP)―小規模事業者の BCP 策定率の現状と改善策につい て」 商工総合研究所 https://www.shokosoken.or.jp/jyosei/kenshou/r24nen/r24-2.pdf(閲覧2018-8-24) 丸谷浩明(2009)「中小企業への事業継続計画(BCP)普及の実情と今後の課題」『地域安全学会梗概 集』No.24, pp.1720. 三浦和代・別府伸一・金子寛紀・上野均「中小企業のための事業継続計画(BCP)導入:東日本大震 災における事例」『リスクマネジメント TODAY 2012 年次大会特別号』pp.183188. 山田國廣・服部静枝(2018)『環境問題「3つの対策」~地球温暖化・廃棄物・ビジネスリスク』日 本技能教育開発センター

参照

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