着陸待ち行列
石井 宏明 佐藤 真史 豊泉 洋 早稲田大学大学院 基幹理工学研究科
概要:航空機の着陸時における「着陸待ち行列」に関する考察を行う.この待ち行列は,カフェなどのレジと
は異なり、そもそも存在自体が明らかになっていないため、解析することが難しい.しかし,飛行中の民間航 空機の現在位置をリアルタイム表示するアプリケーションを用い,各便における最短飛行時間を抽出すること で,着陸待ち行列の構成・解析することに成功した.また,優先権付き待ち行列理論を使用することで,現在
管制官が指示する着陸順序よりも,1機あたりの待ち時間,燃費の面でより良い方法を提案する.
1.
はじめに私たちの身の回りに、待ち行列は非常に多く存在する.例えば,カフェのレジを待つ列,テーマ パークの人気アトラクションの行列,エスカレーターに乗る人々の行列,交差点における信号待ちの
車の列など,様々なものが挙げられる
[1].これら待ち行列に共通する性質は,待ち行列が「目に見
える」ということである.
夕暮れ時や夜間に空港の展望デッキに行くと,着陸に向けて降下する航空機の光を見たことがある 方は多いと思われる.しかし,その行列全体を目視することは不可能である.離陸を待つ航空機は地 上でタキシングをするため,待ち行列の存在を確認することができるが,着陸時に関しては,存在す るのかということすら明らかになっていない.航空機は渋滞状態で飛行間隔の調整を行っていること も,待ち行列を見えにくくしている原因の一つである.本研究では,航空機の運航情報データベース
である「Flightradar24」というアプリケーション
[2]
と,国土交通省が公開している航空機の大規模な飛行軌跡データ「CARATS Open Data」[3]を用い,成田国際空港に向けて飛行する航空機のデータ
を抽出し,シミュレーションをすることで,「着陸待ち行列」の存在を定義した
(図
1).
今後発着枠を拡大していくための議論は,すでに多く交わされている
[4].今日の航空管制では,管
制官と交信を開始した航空機から順に着陸させるという方法を採用している.要するに「先着順
(First
In First Out,以下
FIFO
と呼ぶ)」である.航空機の燃費は,同じ種類の航空機を使用した場合でも,1km
飛行するのに要する燃料の量は長距離便と中・短距離便で異なる[5].一般的に長距離便は座席
数が多く,貨物重量や搭載燃料も多いため,短距離便よりも総重量が重くなる,よって単位時間あた りに使用する燃料が多くなる,ということが挙げられる.このことより,本研究では「長距離便を優
先的に着陸する方が,燃費の面で
FIFO
よりも効率が良いのではないか」という仮説を検証する.待ち行列において客をいくつかのパターンに分類して考える際に有効なモデルとして,
Accumulating
Queue
モデル(以下
AQ)
がある.このモデルは主に病院で用いられ、病院の患者を「救急患者」と「一般患者」に分け,前者を優先的に診察するというものである
[6].本研究では,2017
年9
月30
日の成田国際空港における全着陸便
(貨物便を除く)236
便を,飛行時間が8
時間以上の「長距離便(計
64
便)」,8時間未満の「短距離便
(計
172
便)」の2
種類に分け,分析した.また,FIFOモデル,AQモデル,長距離便が飛来した場合は最優先で着陸させる長距離最優先モデル
(Priority Queue,以下
PQ)
の
3
種類のモデルを,待ち時間及び燃費の点で比較し,検討した.2.
着陸待ち行列の定義「Flightradar24」を用いることで,各航空機の着陸時刻
L
,離陸時刻D
を取得することができるが,待ち時間
W
や,待ち行列に到着する時刻T
は分からない.そこで,過去60
日間のうち最も早い飛行時間
F
で飛来したものを,着陸待ち時間が0
であると定義することにより,T
及びW
を明らかにすることに成功した
(図
2)[1].
実際の成田国際空港には滑走路は
2
本あり,どちらも着陸便及び離陸便を扱っている.しかし本研究では,単純化のために着陸専用,離陸専用の滑走路に分け,着陸時には
1
本の滑走路のみ使用すると仮定した.また,着陸待ち行列への到着時刻を推定するために,全機が最速飛行時間で滑走路に飛
来した場合を考え,シミュレーションを行った.着陸に要する時間
S
は,⃝
1滑走路進入端から1
マイルの地点(着陸または着陸復行を行うかの決断点)までの所要時間
⃝
2滑走路進入端を通過し,滑走路縁を通過するまでの所要時間
⃝
3滑走路を完全に出るまでに要する時間の合計で求められる(図
3).着
陸直前の航空機の速度を
200km
/
h
とすると,⃝
1は約30
秒となる.⃝
2を1
分,⃝
3を30
秒とし,着陸復行の確率を極力
0
にするために1
分間を加えると,S
は約3
分となる.よって本研究では,着陸に要する時間を一律で
3
分とする.次に,過去
60
回の飛行データより,各々の離陸時刻D
i,離陸から着陸終了までの飛行時間A
iを抽出し,待ちのない飛行時間
F
を次のように推定する.F
=
min
i
{
Ai
| |
Ai
−
E
[
A
]|
<
1
時間}
.
(1)
航空機の離陸時刻及び飛行時間は,その日の空港や天気の状況により毎回異なるため,各便における
平均離陸時刻
E
[
D
]
及び平均飛行時間E
[
A
]
を求め.過去60
日間における飛行時間のうち,最も短い飛行時間で成田国際空港に着陸したものを
F
とした.しかし,E
[
A
]
とF
の差が1
時間以上のものもあったため,これらは天候やその他何らかの要因により記録された異常値だとみなし,差が
1
時間以内のもののうち最も早い飛行時間を
F
とした(式
(1)).このとき,待ち行列退去時刻
L
,待ち時間W
,サービス開始時刻
X
は,L
=
D
+
A
=
D
+
F
+
W
+
S
,
(2)
W
=
L
−
S
−
T
,
(3)
X
=
L
−
S
(4)
で表せる.つまり,時刻
D
に出発,時刻T
にシステムに到着,行列にW
時間並び,サービス開始時刻
X
からS
時間サービスを受け,L
で待ち行列を出るとすることで,M/
D
/
1
モデルと同じような「仮想待ち行列」(図
2)
を考えることができる,実際の運航便にこの待ち行列を適用すると,図4
のようになる.こうして,一般的には存在すら確認されていない着陸待ち行列を定義することができた.
図3:着陸に要する時間の考え方
図4:AA153の最速ラップと待ち時間(2017年9月20日の高度データ)
3.
着陸順序の変更現在の世界の航空管制は,着陸機が管制官にコンタクトを開始した順番に着陸をさせるという方 法を採用している.しかし,単位距離当たりに使用する燃料は長距離便の方が短距離便よりも多いた め,長距離便を優先的に着陸させる方が燃料の面でより効率的である.しかし長距離便を優先し続け ると,短距離便の待ち時間が伸び過ぎる可能性がある.そこで,先述の着陸待ち行列に,待ち時間に
対して異なる重みを付けてサービス順序をコントロールする
Accumulating Queue
の適用を考える.図
5
において,横軸を時間t
,縦軸を優先度V
とし,待ち行列に到着した順番にA
nとする.また,重み
b
を長距離便と短距離便それぞれbn
=
{
1
(
F
n≥
8 : 00)
0
.
5
(
F
n<
8 : 00)
,
(5)
とする.このとき優先度は,
V
n(
t
)
=
b
n(
t
−
T
n)
,
(6)
に従う.いま.3番目に待ち行列に到着した短距離便
A3
が滑走路を使い終わった瞬間t
=
10
における他機の優先度を考える.FIFOモデルであれば,4番目に到着した短距離便
A4
がそのまま着陸するが,AQモデルにおいては,
V
5(10)
=
10
−
7
=
3
>
V
4(10)
=
0
.
5(10
−
6)
=
2
となるため,5番目に飛来した長距離便
A5
が着陸する.よって,A4が着陸できる順番は5
番目となる.このように考えると,また,FIFOモデルは,AQにおいて長距離便の優先度
bn
を全て1
としたもの,PQモデルは∞
にしたものと同じである.このとき図
6
より,PQモデルにおいては,短距離便が圧倒的に待たされてしまう場合があることが分かる.
t
=
10
図5:Accumulating Queue
]
図6: 各モデルごとの待ち行列(赤字:長距離便,黒字:短距離便)
4.
現モデルとAQ
及びPQ
の比較4.1.
待ち時間全着陸便における合計待ち時間は,保存則が成立するため
FIFO
モデルと変わらないが,短距離便と長距離便の平均値をそれぞれ見ると,AQモデルでの短距離便は
5
分19
秒余計に遅れてしまう一距離便は
30
分20
秒早く着陸できることが明らかになった(表
1).しかし,PQ
モデルにおける短距離便では,最大で
1
時間余計に待たなければならない便が生じてしまう一方で,AQモデルでは最大でも
30
分の待ち時間となった(表
2).
表1:各モデルにおける待ち時間Wnの比較(括弧内はFIFOとの差)
サービス順 全体 短距離 長距離
FIFO
0:31:44
0:30:18
0:35:36
AQ
0:31:44
0:35:37
(
+
0:05:19)
0:21:18
(-0:14:18)
PQ
0:31:44
0:41:35
(
+
0:11:17)
0:05:16
(-0:30:20)
表2:各モデルにおける最大待ち時間とFIFOモデルとの差分
AQ
PQ
短距離
+
0:30:00
+
1:00:00
長距離
-0:45:00
-1:30:00
図7:各モデルにおける待ち時間(短距離便) 図8:各モデルにおける待ち時間(長距離便)
4.2.
燃費着陸便
k
の燃費をα
k(km
/
h),平均燃費を
β
k(kg
/
km)
とする.待ち行列に並び,着陸開始を待っている時間
Wk
に消費する全236
機の総燃料は,236
∑
k=1
Wk
×
α
k×
β
k(7)
によって求められるが,この値は,巡航速度,燃費の各平均値より算出することも可能なので,
(全短距離便の消費燃費)
+
(全長距離便の消費燃料)
=
W
¯
k×
α
s×
β
s×
172
+
W
¯
k×
α
l×
β
l×
64
(8)
となる.ここで,全
236
機を機材ごとに分類すると,表3
のようになった[8][9].このデータより
短距離便の平均燃費
α
s,長距離便の平均燃費α
lを求めると,それぞれ4.91kg
/
km,7.93kg
/
km
となり,巡航速度は
861km
/
h,892km
/
h
となった(表
4).これらを式
(8)
に代入し,全消費燃料を計算すると,表
5
の結果が得られた.すなわち,AQ,PQを用いることによって,現行モデルのFIFO
よりも,32553.92kg,64137.76kg
もの燃料を削減できることが明らかになった.これらは,待ち時間に消費す表3:全便の機体数,巡航速度,燃費
短距離便 長距離便
機種 巡航速度
(km
/
h)
機体数 燃費(kg
/
km)
機体数 燃費(kg
/
km)
A320neo
833
2
2.79
0
no data
A320
829
24
3.12
0
no data
A321
829
13
3.61
0
no data
A332
871
4
6.00
3
6.40
A333
877
19
6.25
6
6.25
A343
871
1
6.81
3
7.32
A359
903
0
no data
1
7.07
A388
903
1
13.8
1
13.8
B738
838
31
3.17
0
no data
B739
838
2
3.42
0
no data
B744
933
2
10.8
1
11.1
B748
933
2
9.90
0
10.5
B752
854
3
4.60
0
no data
B763
850
27
5.38
3
5.51
B772
892
5
6.83
6
7.44
B773
892
3
7.88
0
8.49
B77L
892
0
no data
2
7.57
B77W
829
4
8.49
13
8.58
B788
903
21
5.26
12
5.38
B789
903
8
5.77
13
7.18
表4:平均燃費α¯ 及び平均巡航速度β¯
短距離便 長距離便 燃費
(kg
/
km)
4.91
7.93
巡航速度
(km
/
h)
861
892
積
(kg
/
h)
4227.51
7073.56
表5:待ち時間に消費する総燃料(kg)
AQ
PQ
短距離
64460.49
141627.79
長距離
-97014.42
-205765.55
差分
-32553.92
-64137.76
5.
成果・今後の課題最短飛行時間を抽出することで,存在すら明らかになっていない着陸待ち行列を新たに定義する ことに成功した.これにより
Accumulating Queue
を適用でき,現行のFirst In First Out
モデルとは異なった
2
つのモデルを構築することができた.これら
3
つのモデルを比較すると,FIFOモデルよりもAQ,PQ
両モデルを用いた場合の方が,全体の燃費という点で利点があることが明らかになった.しかし待ち時間という面では,長距離便が立
て続けに飛来した場合,短距離便の待ち時間は最大で
1
時間も伸びてしまう(表
2)
ため,PQモデルは良いものとは言えない.従って,燃費も一定の割合で削減でき,短距離便にもそれほどの余分な待
ち時間を与えない
AQ
モデルが,最も良いモデルと考えられる.今後の課題としては,到着便を
2
つのパターンだけでなく,飛行距離に応じて細かく分類し,それらに応じて優先レートを設定することで,より正確に燃費を計算することができる.さらには,滑走
路を
2
本にし,離陸便も含めることで,より現実に近い形でシミュレーションを行うことができるのではないかと感じた.
謝辞
参考文献
[1]
塩田 茂雄,河西 憲一,豊泉 洋,会田 雅樹,待ち行列理論の基礎と応用,共立出版,(2014).
[2] Flightradar24.com
-
Live
flight
tracker!
(2017,
September
30).
Retrieved
from
https:
//
www.flightradar24.com
/
[3]
国土交通省,CARATS Open Data 2014,(2014)[4]
二見康友,離着陸順序の実態からみた滑走路容量算定手法に関する研究 成田国際空港を対象として
, (2014).
[5] Antonio Filippone:
Advanced Aircraft Flight Performance
, Cambridge University Press, (2012),
p.454.
[6] David A. Stanford, Peter Taylor, Ilze Ziedins: Waiting time distributions in the accumulating
priori-tyqueue,
Queueing Syst
,
77
(2014), p. 297–330.
[7]
平松健志,平田輝満,屋井鉄雄,空港容量算定シミュレーションの開発と 容量拡大効果に関する研究, 運輸政策研究, (2006), 26–37.