犬 飼 重 仁
早稲田大学教授山 寺 智
アジア開発銀行 金融セクター主席専門官いぬかい・しげひと 年生まれ。慶大法卒。専門は金融資本市場の法規制システム やまでら・さとる 年生まれ。慶大法卒。年から現職
日 系 企 業 の 活 動 支 援 現 地 通 貨 調 達 、新 型 債 券 で 東南アジア諸国連合︵ASEAN︶では貿易面を中心に経済統合が進んでいるが、今後金融面でも統合に向けた動きが進展すると予測される。 従来ASEANは生産拠点としてみられることが多く、域内貿易が拡大しても最終的な輸出先は域外であるため、ASEAN企業の資金調達もドルベースだった。しかし、企業や金融機関の活動がASEAN域内全体に広がり、ASEAN自体が重要な市場となるにつれて、現地通貨での
資金需要が増している。 本稿では、企業や金融機関の現地通貨建て調達を支援する新たな枠組みである、ASEANと日中韓︵ASEAN+3︶による﹁多通貨建て国内債発行フレームワーク︵AMBIF︶﹂の意義と可能性を示す。
アジア開発銀行︵ADB︶は今年9月、AMBIFの適用に関する報告書を公表。これに基づき、みずほ銀行がタイでバーツ建てAMBIF債第1号を発行し、機関投資家向け債券市場﹁東京プロボンドマーケット﹂に上場した。 以下では、ASEAN+3域内の現地通貨建て債券発行と投資を促進するAMBIFの概要を説明する。そして、 AMBIF創設および域内の市場ルールづくりに官民の連携が不可欠であることや、AMBIFがASEAN域内の金融統合を促進するだけでなく、わが国企業や金融機関に とってもチャンスとなることを述べる。 アジア域内での現地通貨建て債券市場発展への取り組みは1997∼年のアジア通貨危機にる。短期ドル資金調達への過度な依存が危機を招いたため、アジア各国は現地通貨建て債券市場の育成に取り組み、日本も﹁アジア債券市場育成イニシアチブ﹂を通じてASEAN・中国・韓国の債券市場育成を支援してきた。その結果、域内の現地通貨建て債券市場︵日本を除く︶残高は約8兆6千億㌦と、日本の債券市場に匹敵するまでに成長した。 一方で、%台にまで拡大する域内貿易に比べて、域内相互間の証券投資は十数%と
小さく、域内資金の大半はいったん欧米に流れアジアに還流しているのが現状である。 膨大なインフラ需要のあるアジアでは、域内の貯蓄が域内のインフラ投資に向けられることが望ましい。そこで2010年秋、ADBを事務局として、規制当局・中央銀行・金融機関・決済機関・法律家など域内官民専門家が一堂 に会し、域内債券取引を円滑にするための方策を議論すべく、﹁ASEAN+3債券市場フォーラム﹂が創設された。 AMBIFは同フォーラムの重要議題の一つである。専門性の高い投資家と市場関係者のみが参加するプロ市場に焦点を当てることで、各国間の制度的な違いを極小化し、基本的にプロのみが参加する国際債券市場の慣行とも整合性を保つことを狙っている。すでにプロ向け市場を整備している香港、日本、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの6市場からAMBIFを始めることとなった。 AMBIFは、域内多通貨建て債券発行とそれへの投資を支援する。従って発行される債券は現地通貨建てとなる︵表参照︶。しかし、発行や上場にかかる手続きについては極力共通化・簡略化し、迅速化したい。そこで各国当局や取引所への提出書面を﹁単
一提出フォーマット﹂とした。これで当局の求めるすべての情報を網羅できるわけではないが、かなりの程度まで共通化が図られた。 またプロの市場参加者が対象なので、書面は基本的に英語となる。一方、債券発行手続きは市場ごとに異なるため、それらの手続きを明確化すべく、発行市場別の﹁適用ガイドライン﹂も策定した。
次に重要な点は、債券と発行体に関する情報はASEAN+3域内の市場で継続的に開示される必要があることだ。アジアの私募社債は流通市場がないだけでなく、債券情報を見つけることも困難なことが多い。われわれの狙いは、域内の年金や生命保険会社などの機関投資家が買える市場を創設することにあり、 各国当局の理解を得ながら調整を進めることができた。 現時点ではAMBIF債の必要条件ではないが、準拠法の扱いを柔軟に考えるとの提案もAMBIFの特徴だ。現地通貨建て債券である以上、債券決済や登録にかかる法律は現地法となるが、発行体と投資家の紛争解決にかかる法律は基本的にプロである両者の選択に委ねることが望ましい。こうした考え方はまだなじみが薄いが、徐々に各国当局の理解を得つつある。 将来、日系企業や子会社が現地通貨建て債券を日本のプロ投資家に向けて発行する場合、日本法を準拠法とすることもありえよう。関係当局の理解を十分に得る必要はあるが、こうしたことが想定できるのも政府間協議に基づく官民連携のメリットといえる。 このようにASEAN+3債券市場フォーラムは、債券市場育成に向けて継続的に議
論する場となっている。特に各国制度や国際的市場慣行にも配慮しつつ、新たな域内共通の制度づくりを進めるためには、域内の官民専門家の積極的な参加が不可欠である。 さらに、官民の議論がASEAN+3財務相・中央銀行総裁会議という政府間協力により運営される﹁アジア債券市場育成イニシアチブ﹂の下に明確に位置づけられていることも大きな特徴だ。 専門家により議論されたものが、当局から支援を得られるかは極めて重要だ。そしてADBが事務局を務めている点も、国を超えた官民の連携を円滑に進めることに貢献している。国際機関の調整機能が、同フォーラムの成功に不可欠な要素となっている。 今後、ASEANでは企業活動の広がりにあわせ、金融機関の域内相互参入が進み、 競争が激しくなる可能性が高い。銀行間の相互参入を企図する﹁ASEAN銀行統合フレームワーク﹂において認定されたASEANの銀行は、相手国で国内銀行と同等の地位を得られるようになる。その際、AMBIF債は金融機関にとって重要な現地通貨調達手段になると予想される。 また、AMBIFは国外の発行体や投資家を国内市場に呼び込むための仕組みでもあり、債券市場に厚みのない一部の国々でも債券発行を可能にするので、市場整備を進展させる可能性を秘めている。さらにAMBIFは異なる制度を標準化させるので、域内投資家は各国制度に精通しなくても投資が可能となろう。
ASEANの経済統合と金融市場の深化は、日本企業や金融機関にとってもチャンスである。日系企業はすでに独自のサプライチェーン︵供給網︶ネットワークを通じて、ASEAN各国と強い結びつきを持っている。市場としてのASEANの価値は、その人口構成の若さからみて増大することになろう。 日系企業も、ドルベースから現地通貨建ての資金調達にシフトしていくことになる。AMBIFを通じたアジア債券市場の拡大は新たな投資機会をもたらす。様々な規制や市場の狭さから、これまで日本の機関投資家はASEANの現地通貨建て債券投資に慎重だったが、ASEAN+3債券市場フォーラムでの官民連携の進展を通じて、各種の障害はクリアされつつある。 アジア域内の新たな市場づくりに、金融機関・企業・投資家の積極的な関与を通じ、わが国のリーダーシップが発揮されることを期待したい。