生物多様性保全をめざして野生動物を知る
大学院獣医学研究科 教授
坪田 敏男
つぼた としお
(獣医学部共同獣医学課程)
専門分野 : 野生動物医学
研究のキーワード : 哺乳類,クマ,生物多様性,保全,野生動物管理
HP アドレス : http://www.vetmed.hokudai.ac.jp/organization/ecol/index.html
何を目指しているのですか?
一言でいえば“生物多様性の保全”です。野生動 物は、種間あるいは種内で相互作用を持ちながら生 きています。また、生息する地形や気候、さらには 周辺の生物群集に応じて生き様を変化させ、環境に 適応しながら独自の生態系を形作っています。その 構成要素である野生動物は人間にとって益があるか ないかではなく、生態系の中で各々が重要な役割を もって生きています(右図)。その役割を明らかにす ることが、すなわち生物多様性の保全につながる一 歩だと考えています。また、野生動物には驚くよう な能力や特性(例えば、クマの冬眠など:右図)を 兼ね備えているものがおり、そのユニークで特徴的 な生態や生理を解き明かすこともわれわれのねらい です。
北海道には、今でも比較的豊かな自然が残っており、種々の野生動物が生息しています。 大型哺乳類でいえば、ヒグマ、シカ、アザラシといった動物がその代表です(下図)。わ れわれとしてはこれらの野生動物の保全(Conservation)や保護管理(Management)を めざして、その生態や生理を探究しています。また、野生動物は、進化の中で微生物との 共生をはたしてきた生き物です。けっして症状としては現さないが、保菌者として病原体 を維持する役割を担っています。ときに人や家畜に感染させたり、新たな野生動物との感 染を成立させたりするなど、新興あるいは再興の危険性をもっています。その侵淫状況を 把握しリスク評価をすることも大事な研究の一つです。
出身高校:大阪府立箕面高校 最終学歴:北海道大学大学院
獣医学研究科
環境系
ヒグマ エゾシカ(ニホンジカの1亜種) ゼニガタアザラシ
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どんな装置を使ってどんな実験をしているのですか?
多くの時間をフィールド調査に費やします。フィールドでは、大掛かりな装置や器械を 使って野生動物の調査に挑みます。例えば、ヒグマ調査の場合、体重が400kgもあるヒグ マを捕まえるために、大型の金属製オリを製作して山の中に設置しなければなりません。 ヒグマがオリに入った時に扉が閉まったことを合図する発信機を取り付け、札幌にまでそ の信号を送ってもらいます。ヒグマが捕まったらすぐに現地に駆けつけ、麻酔をかけてヒ グマに発信機を装着します(下図)。野に放たれたヒグマが移動する位置情報を研究室にあ るパソコン上で確認することができます。その後、どのような環境を多く利用しているの か、行動圏の広さはどのくらいなのか、個体同士での行動圏の重なりはあるのか、といっ た疑問についてパソコン上で地図やGIS(地理情報システム)を使って解析します。
一方、捕まったヒグマや有害駆除により捕殺されたヒグマ、さらには野生に生きるヒグ マより体毛や皮膚組織を採取し、DNAを抽出して遺伝子解析を行います。PCRやシーク エンス装置など、通常の遺伝子解析を使ってヒグマの遺伝的グループ分けや親子判定など を行っています。これらの研究成果を北海道の生物多様性保全に役立たせます。
次に何を目指しますか?
日本固有の生態系が未来永劫残るようさらに野生動物研究を続けます。日本にはとても 美しい自然があって、そこに息づく野生動物たちが暮らしています。美しい自然を作り上 げているのは、われわれが目にすることができる樹木や花、草、川、海といったものだけ でなくすべての生物とそれを取り巻く環境によって維持されています。その構成員のひと つである野生動物を将来にわたって地球上に残していく責務を果たしたいと思います。ま た、野生動物は人間の活動域とどうしても重複してしまいます。そのフロントラインでは 否が応でも軋轢が生じます。その軽減のために人間は英知を結集して、技術を駆使しなけ ればなりません。そのような仕事にも取り組んでいきたいと思います。
参考書
(1) 坪田敏男,『哺乳類の生物学③生理』,東京大学出版会(1998)
(2) 坪田敏男・山崎晃司編,『日本のクマ-ヒグマとツキノワグマの生物学-』,東京大学 出版会(2011)
(3) 梶光一・宮木雅美・宇野裕之編,『エゾシカの保全と管理』,北海道大学出版会(2006)
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