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脳に学ぶ −複雑系としての大規模情報ネットワークの制御方略

What to learn from the brain? ―Control strategy of the large-scale information network as complexity system

山 本 光 璋

Mitsuaki Yamamoto

「個性の輝くコミュニケーション―21 世紀の夢―」

(東北大学電気情報系 21 世紀企画実行委員編集) 東北大学出版会、第 3 章 (pp.196- 221、2001 年 12 月発行)を改変

Abs t r ac t : This article first describes brief reviews concerned with the

anatomical structure of the central nervous system and with various

biological phenomena observed during sleep. Subsequently, the time series of

single neuronal activity measured within the brain of animals in the state

where an intentional stimulus is not given, as well as the results of analyses

on dynamics of the time series measured, are shown. They indicate dynamics

alternation of the white and the 1/f noise-like power spectral density during

slow-wave sleep and REM sleep, respectively. Furthermore, pharmacological

and model-based interpretations of the dynamics alternation during sleep

are shown, indicating that the influence of brain serotonin is important for

stabilized single neuronal activity with the white-dynamics during slow

wave sleep; that withdrawal of serotonin of the brain under the condition of

cholinergic drive is substantial for the 1/f dynamics during REM sleep; and

that neural network models with both random perturbations and a global

inhibition simulating aminergic / cholinergic neuro-modulation are much

suggestive for the dynamics alternation. Finally, both function of sleep from

the viewpoint of single neuronal dynamics and significance of application of

the global neuro-modulation mechanisms to the control strategy of the

large-scale information network as complexity system are described.

1.はじめに

東北大学には,時間軸上における脳の自然史的研究を伝統的に行ってきた実績がある. 医学部における,本川による脳波の研究と,中浜による脳単一ニューロン活動の研究はそ の代表的なものである.筆者は 1965 年から後者の研究に多くの共同研究者とともに携わり, 現在も情報科学研究科においてそれを継承している.この研究の出発点における問題意識 は,脳の根源的事象と考えられる単一ニューロン活動を数量化することの重要性の認識に あった.また,脳が意識を有し内発的創造機能を果たしていることから,単一ニューロン

(2)

の自発活動の統計的性質を調べておくことは,未来の脳研究の基礎となるものと考えた. しかし,因果関係を求めないそうした脳研究は人々に理解されにくかった.ところが 1980 年代の後半に至り,自然に放置しておけば脳はやがて眠りだすという事実から想像される ように,その研究は睡眠生理学上の新事実の発見と,それを解釈するための神経回路網モ デルの創出に結びついた.

本稿ではまず,中枢神経系の解剖学的仕組みと,意識を支えている睡眠現象について概 説する.ついで観測者が意図的刺激を与えない状態(本稿ではこれを自然の状態と呼ぶ) における単一ニューロン活動時系列を,脳内の多様な部位から計測し,パワースペクトル 密度解析などのダイナミクス解析を行った結果を示す.さらにその解釈を,薬物投与実験 およびニューラルネットワークモデルを用いたシミュレーション実験により行い,睡眠の 機能と脳の大域的調節機構に関する新たな見解を得たことについて述べる.最後に,脳の 大域的調節機構を大規模情報ネットワークなどの複雑系の制御方略として応用することの 意義について述べる.

2.中枢神経系のなりたち

中枢神経系は脳と脊髄からなるが,感覚,運動,連合,認知,記憶,学習,情動,内臓 調節など,さまざまな機能を果たしている.脳と脊髄には当然のことながらこれらの機能 を迅速に実行するニューロン回路網が存在している.これらの回路網はアミノ酸を主要な 伝達物質とし,興奮性及び抑制性シナプス伝達を行うニューロン回路の連鎖が,フィード バックやフィードフォワードの機構を含みながら,複雑に絡み合ってなりたっている.こ れらのニューロン回路網を本稿では仮に“ 実行系( pr oc es s or sys t em) ” と呼ぶことにする.

2. 1 調節系とは

脳には実行系の他に“ 調節神経系” ( 単に調節系と呼ぶ) が存在する.ここでの調節系と は,実行系ニューロンの活動レベルを緩徐にバイアス調節しているセロトニンや,ノルア ドレナリンなどのアミン類,それにアセチルコリン( 単にコリンと呼ぶ) を分泌するニュー ロン群の集合として定義する( 1) .これらは長い神経線維を中枢神経系の広い領域に繁茂さ せ,実行系の活動を共通的(大域的)に調節するのに好都合な形態をなしている.調節系 の異常は血圧調節などの身体機能に異常をもたらすのみでなく,各種精神神経疾患の主要 な原因になっていると言っても過言ではない.なお,アミン系やコリン系による調節は神 経伝達性調節と呼ばれ,より緩徐なペプチドやホルモンによる調節とは区別されている( 2) .

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図1.ラットの中枢神経系内セロトニ ンニューロンの投射系.脳幹の縫線核

(正中部)を起始核とし,前脳の広範 な領域のほか,小脳や脊髄にも軸索を 伸ばしている.このニューロンが興奮 すると軸索終末のシナプス部だけで なく,軸索基幹部上のバリコーシティ と呼ばれる構造からもセロトニンが 分泌される.文献( 1).

2. 2 調節系ニューロンの分布と活動

図1は,調節系の代表例として,ラットのセロトニン系の中枢神経系内分布を水平断面 上に示したものである( 3) .脳幹の正中部に細胞体が分布し,そこからの神経線維が中枢神 経系,すなわち脳と脊髄の全域を網羅するように繁茂し分布していることが分かる.セロ トニン・ニューロンが活動すると,その受け持ち領域に広くセロトニンが分泌される.そ れでは,このセロトニンニューロンはどのような活動パターンを示すのであろうか.

セロトニン・ニューロンは一斉に,覚醒中は最大の活動を呈し,ノンレム睡眠(徐波睡 眠)に入るとそれを弱め,さらにレム睡眠に入ると実質的に活動停止状態になることが知 られている( 4) .このことはレム睡眠期にはセロトニンが脳内に分泌されないことを示唆し ている.さらに同じアミン類であるノルアドレナリンやヒスタミン・ニューロンも,類似 した睡眠依存性の活動を示す.ただし,コリンニューロンの場合は様相が異なり,ノンレ ム睡眠期には活動が一旦低下するが,レム睡眠に入ると再び上昇する.特に,レム睡眠の 発現機構が存在している橋網様体ではアセチルコリンの濃度が大きく上昇する( 5) .要する に,脳内にはこのように睡眠−覚醒の状態に依存して活動状態を変化させ,実行系ニュー ロン活動を大域的に調節していると見られるニューロン系が存在している.なお,ドーパ ミンニューロンも調節系に含まれるが,その活動は際立った睡眠−覚醒の状態依存性を示 さないことが知られている.

3.ノンレム睡眠とレム睡眠

睡眠の 2 状態,すなわち,ノンレム睡眠とレム睡眠について基礎的なことがらを説明す る.図2は脳波や筋電図等のポリグラフ記録である.覚醒している時,首の筋肉は緊張状 態にあるため振幅の大きな筋電図が見られ,脳波の振幅は全般に低く一見ランダムである. これは各部位の脳波が脱同期化しているためであり低振幅速波と呼ばれている.また,眼 電図から眼球に動きがあることがわかる.

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3. 1 ノンレム睡眠の特徴

ノンレム睡眠とはレム睡眠でない睡眠という意味である。首などの抗重力筋の筋電図が 減弱し,脳波にゆっくりした波すなわち徐波が現れるのが特徴的である.特に,高振幅徐 波すなわち δ 波(0. 5- 4Hz )が連続して現れる状態を徐波睡眠という.これは脳内各部位 のニューロンが同期化傾向を有しているからである.眼球の動きはほとんど見られず,呼 吸もゆっくりと規則的である.このとき脳も身体も最低の代謝状態,すなわち酸素消費量 が最低の状態にある.ノンレム睡眠の発現メカニズムにかかわることであるが,ノンレム 睡眠期に先行して活性化されるニューロンが脳の前方基底部に発見されており,脳はこの 睡眠を能動的に作り出していると見られている.しかも,このニューロンは体温上昇にも 感受性があり,ノンレム睡眠制御と低体温化制御とが連動していることが確かめられ,シ ステムモデルも提唱されている( 6) .

3. 2 レム睡眠の特徴

レム睡眠期には,図2の眼電図に見られるように急速眼球運動( r api d eye movement s ) が 頻繁に生ずるのでその頭文字からそう呼ばれるようになった.この時,生体内では実に多 様な現象が観測される.まず,重力に逆らって姿勢を維持している筋肉の緊張が消失し, 筋電図が平坦化する.大脳皮質の脳波は覚醒しているかのように低振幅速波を示す.この 逆説的現象のためレム睡眠のことを逆説睡眠と呼んだりもする.記憶機能を司る部位とし て知られる海馬には θ 波(4- 8Hz )と呼ばれる正弦波様の波が連続して現れる.また,脳 図2.睡眠−覚醒状態におけるポリグラフ記録例.W:覚醒,SWS:徐波睡眠,REMS:レム睡 眠,EMG:頸筋の筋電図,SI :大脳皮質体性感覚野脳波,HI PP:海馬脳波,EOG:眼電図,LGN: 外側膝状体脳波,RESP:呼吸曲線,REMs :急速眼球運動,PGO waves:PGO波

( pont o- geni c ul o- oc c i pi t al waves ) .

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図3.幼若ネコ中脳網様体のゴルジ染色標本の描画図.文献(8)

幹の橋網様体から発生する PGO波と呼ばれるスパイク状の波も脳内のさまざまな部位で観 測される.そして呼吸も不規則になる.図2には示されていないが,このほか心拍リズム の不規則化,筋肉の不規則な収縮,脳血流の増加,体温調節機能の低下,尿量の減少,勃 起や夢見現象など,枚挙に暇がない.重要なことは,これらの巨視的現象の下に前項で述 べたアミンニューロン活動の停止と,コリンニューロンの活性化現象があるのである.脳 内に荒唐無稽と思われるこのような多様な現象が起こることから,時実は 1960 年代に,“ レ ム睡眠は外眼筋や副交感神経に対してそれらを抑制するニューロンの働きが抑制された状 態,すなわち脱抑制( di s i nhi bi t i on) の状態である” ,“ レム睡眠時には脳や身体の神経支 配がなくなって,解発( r el ease) の状態になっている” と推測した( 7) .脳や身体の神経支 配がなくなってという表現にはもちろん異論があるが,この“ 時実仮説” ともいうべきレ ム睡眠の脱抑制仮説は本質を看破している.しかし,その神経生理学的実体はいまなお十 分には解明されていない.

以上,ノンレム睡眠とレム睡眠という全く異質な2種類の睡眠について説明した.次に 自然の状態における脳単一ニューロン活動のダイナミクス解析の結果を述べる.

4.中脳網様体単一ニューロン活動のダイナミクス

4. 1 代表的ニューロンの活動例

脳にはその核心部に網様体と呼ばれる構造が存在する.系統発生学的にはヒドラなどの 腔腸動物の網状神経系にその原型を見ることができる.図3に万年による幼若ネコ中脳網 様体のゴルジ染色標本の描画図を示した( 8) .網様体は,神経線維が網状に走りその中に細 胞体が相対的にまばらに分布し,脳内のさまざまの部位からの情報が収束し発散するとい う特徴を有している.中でも中脳網様体はその中心的部位として脳の要のような存在とし て重要視されてきた.図4は,自然の状態にあるネコの睡眠‐ 覚醒サイクルにおいて,中 脳網様体から記録した単一ニューロン活動(インパルス)時系列の代表例と,それをもと に計算した活動頻度時系列を示している( 9) .徐波睡眠期には活動頻度は低くゆらぎはあま り見られない.ところがレム睡眠になると活動頻度が単に上昇するだけでなく,活動のク ラスタリングに基づく多様なゆらぎを見せるようになる.さらに覚醒中,ネコが眼前の鳥 かごの小鳥に注意集中している時には,ゆらぎも見られるがその程度はレム睡眠に及ばな い.次に時系列のダイナミクス解析の結果を示す.

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図4.自然の状態下のネコ中脳網様体から記録した単一ニューロン活動時系列の例.上段は 100 秒間のインパルス時系列,下段はその頻度時系列を示す.SWS:徐波睡眠,REMS:レム睡 眠,WB:小鳥への注意集中状態,文献( 9) .

図5.A. 図4に示した中脳網様体単一ニューロン発火頻度時系列のパワースペクトル密度. B.同じ時系列に対する従属度解析の結果.SWS:徐波睡眠,REMS:レム睡眠,WB:小鳥への 注意集中状態,文献( 9) .

RE MS

4. 2 中脳網様体単一ニューロン活動のダイナミクス解析

図 5A は図 4 に示した活動頻度時系列のパワースペクトル密度(単にスペクトルと呼ぶ) を低周波帯域で求めたもの,また図 5B は同じ時系列データに対して、後述する従属度解析 を行った結果である( 9) .要するに,このニューロンの活動は,大略 0. 01- 1. 0Hz の帯域で, 徐波睡眠期には白色雑音様のスペクトルをもつ自己独立なダイナミクスを,またレム睡眠 期には 1/ f 雑音様のスペクトルをもつ自己従属なダイナミクスを示している.また,注意 集中状態では両者の中間的なダイナミクスとなっている.つまり,高い周波数領域では 1/ f 雑音様のスペクトルを示し,低い周波数領域ではそれが平坦になる傾向が見られる.

(7)

このような中脳網様体ニューロン活動ダイナミクスの状態依存性は,この1例だけでは なく,記録された全てのニューロンで,特に徐波睡眠とレム睡眠について普遍的に見られ たのである.このことは図6A に示した,スペクトルの平坦さの測度である等価帯域幅によ っても,また同図 B の簡易従属度によってもよく示されている.簡易従属度は自己時間従 属性すなわち時系列のマルコフ性の度合いを評価するための測度で,情報理論における平 均相互情報量に相当する( 10) .“ 簡易” とは正規分布を仮定しているという意味である. また,次々と現れる徐波睡眠とレム睡眠の交替に伴って単一ニューロン活動のダイナミク スも,それぞれ白色雑音様ダイナミクスと 1/ f 雑音様ダイナミクスの間を交替するので( 11) , この現象を睡眠期単一ニューロン活動ダイナミクスの交替現象と呼ぶことにする.

4. 3 平均活動頻度

これまでは,ニューロン活動のダイナミクスに注目して述べてきたが,活動量の絶対値, すなわち平均活動頻度についても述べておく必要がある.図 7 は記録した全ての中脳網様 体ニューロンの,平均活動頻度の状態依存性を示している.徐波睡眠期の平均活動頻度は レム睡眠のそれに比べたら有意に低いが,注意集中時に比べた場合はそうとは限らない. このことは,中脳網様体ではレム睡眠期のニューロンの活性化がほとんど全てのニューロ ンで起こっているのに対し,注意集中時には必ずしもそうではなく,低代謝の徐波睡眠期 よりもむしろ低い活動頻度を示すニューロンがかなり存在していることを示している.す なわち,注意集中状態では中脳網様体ニューロンの自発活動は抑制される傾向にあるもの 図6.A.記録したすべての中脳網様体ニューロン頻度時系列についての,パワースペクトル の等価帯域幅の状態依存性( n=18) . B.同じく簡易従属度の状態依存性.集合平均は両者と もすべての状態間で有意差がある(P<0. 001). SWS:徐波睡眠,REMS:レム睡眠,WB:小 鳥への注意集中状態,文献 9)

(8)

図7.記録した全ての中脳網様体ニューロン平均活動頻度の状態依存性.レム睡眠期の平 均活動頻度は徐波睡眠期に比べて有意に高いが( P<0. 01) ,その他の状態間では有意差は見 られない.注意集中時の活動が徐波睡眠期以下になっているニューロンが存在することは 注目に値する.文献( 9) .

R E MS

が少なくないことを示唆している.なお,活動頻度がレム睡眠期に有意に増加するという 現象についても,あらゆるニューロンに見られる普遍則ではないことを述べておく.視床 網様体( 17) や海馬錐体ニューロン( 13) の中にはそうした例外的ニューロンがかなり存在す る.しかしそうしたニューロンでも次節で述べるようにダイナミクスの交替現象自体は普 遍則となっている.

5.実行系単一ニューロン活動ダイナミクスの普遍性

脳内のさまざまな部位からの情報が,収束し発散するという構造上の特徴を有している 中脳網様体のニューロン活動が,徐波睡眠とレム睡眠の間で一貫したダイナミクスの交替 現象を示したということは,視床や大脳皮質,記憶系などの脳内のその他の領域に分布し ているニューロン群においても,類似した現象が見られることを予想させる.この予想が 正当であることを示すには,自発活動の記録実験を丹念に続けていくほかはない.最初に も述べたように,このような単なる記録実験は人々から理解されにくかった.しかし,脳 内の多様な部位を探索してきたところ,予想を支持する結果が計測した全ての“ 実行系” ニューロンから得られたのである.

図 8 は,中脳網様体を含め,記憶系に属す海馬 CA1 領域の θ 細胞群( 12) ,同錐体細胞群 ( 13) ,皮膚感覚の中継に関わる視床腹側基底核 13) ,皮膚感覚や筋肉感覚などに関わる大脳 皮質体性感覚野( 14) ,これら5つのニューロン群の単一ニューロン活動ダイナミクスを, スペクトルの等価帯域幅で評価したものである.どのニューロン群においても,2つの睡

(9)

図8.中脳網様体( MRF) ,視床腹側基底核( VB) ,大脳皮質体性感覚野( SI ) ,海馬錐体細胞群 ( HI P- P) ,同 θ 細胞群( HI P- θ ) ,これら5つのニューロン群の単一ニューロン活動ダイナミ クスを,パワースペクトルの等価帯域幅で評価したもの.徐波睡眠( SWS) とレム睡眠( REMS) の 間では全てのニューロン群で集合平均に統計的有意差が見られ,ダイナミクスの交替現象の 眠間で等価帯域幅の平均値には統計的有意差が見られ,ダイナミクスの交替現象の普遍性 が示されている( 15) .さらに,これらのニューロン群のほかに,大脳皮質補足運動野 16) , 第2次視覚野( 16) ,視床網様体( 17) ,視床外側膝状体( 18) ,小脳プルキンエ細胞( 19) ,に ついても検討した結果,観測した全てのニューロンでその普遍性は保たれていた.以上の 中脳網様体から小脳にいたる 10 ヶ所に及ぶニューロン群は,感覚,運動,連合,記憶,学 習等の,それぞれ異なる脳機能にかかわっていることは明らかである.したがって,睡眠 時単一ニューロン活動ダイナミクスの交替現象は脳内“ 実行系” の普遍則である可能性が 強まったと言ってよいであろう.さらに多くの部位のニューロンが,しかも種を越えて同 様の交替現象を示すとすれば,このような性質を示すニューロン群をもって“ 実行系” と 再定義できる可能性がある.一方,注意集中状態の実行系ニューロン活動のパターンは部 位によりまたニューロンにより様々であったが,中脳網様体ニューロンで見られたような パワースペクトルが低周波域で平坦化する傾向が多くのニューロンで観察された.これは, 覚醒時の脳が基本的に安定化しており,入力に応じて必要なタイミングで,必要な回路が 働くようにできていることを示しているものと,筆者は推測している.

(10)

6.薬物投与実験による解釈

脳単一ニューロン活動に見られるダイナミクスの交替現象が“ 実行系” ニューロンに見 られる普遍的現象であるとするならば,そのメカニズムは脳内の広範な部分に共通的に関 わる因子が関与していることが考えられる.この観点からすると,睡眠―覚醒サイクルに 伴って組織的に活動を変化させているアミン系やコリン系はその因子の有力候補である. この考えに基づいて,アミン系とコリン系に影響を与える薬物を動物に与えた後に実行系 単一ニューロン活動の計測と解析を行ったところ,少なくともセロトニンとアセチルコリ ンがダイナミクスの変容に密接に関与していることが示された( 12) .図9A は自然の状態に おける海馬 CA1 領域の θ ニューロンについてのダイナミクス解析の結果であるが,前述の とおり,徐波睡眠期に白色雑音様,レム睡眠期に 1/ f 雑音様のダイナミクス,注意集中時 にはどちらかといえば白色雑音様のダイナミクスを示している.次に薬物投与実験の結果 を示す.

図9.A. 海馬 CA1 領域の θ ニューロン活動ダイナミクスの状態依存性.左図は3状態にお けるスペクトル,右図は簡易従属度と活動頻度の変動係数との間の散布図. B. 薬物投与時 のダイナミクス.セロトニンの合成阻害剤( PCPA) を投与すると,動物はレム睡眠に酷似した 状態になる. 1/ f 雑音様スペクトルが現れている.この状態でセロトニン受容体の非選択的 作動薬( 5- MEODMT) を投与すると,白色雑音様スペクトルに変化する.さらに,PCPA を投与し た状態で,アトロピン( ATROPI NE) を投与した場合にも白色雑音様スペクトルになる.散布図 の比較からレム睡眠と PCPA 投与状態が良く似ている.PCPA 下では,5- MEODMT 投与でも ATROPI NE 投与でも,徐波睡眠に類似して白色雑音様スペクトルを示すようになることは注目 される.文献( 12)

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6. 1 レム睡眠様状態をもたらすセロトニンの合成阻害実験

PCPA と呼ばれるセロトニンの合成阻害剤(ノルアドレナリンやドーパミンの合成にも影 響があるとされる)を全身的に適当量投与すると,ほぼ 1 昼夜で脳内のセロトニンはあら かた枯渇された状態になる.この時動物は不眠状態を示すが,ポリグラフィックには急速 眼球運動,皮質脳波の脱同期化,海馬における θ 波の連続出現,PGO波活動などの点で, レム睡眠に酷似した状態になる.このとき海馬 θ ニューロン活動を調べると,図9B に示 したように,1/ f 雑音様ダイナミクスが現れる.この結果から,レム睡眠期においてもセロ トニンの脳内濃度の低下が 1/ f ダイナミクスを引き起こすことに関係しているのではない かと推測される.

PCPA を投与した状態でセロトニン受容体の非選択的作動薬( 5- MEODMT) を全身的に投与す ると,レム睡眠様の諸現象は消え,徐波睡眠に酷似した状態になる.非選択的作動薬とは セロトニン受容体の種類によらずセロトニン作用を示す薬剤のことである.この際,海馬 θ ニューロン活動も 1/ f 雑音様から白色雑音様スペクトルに変化する.この現象は,θ ニ ューロンに限られたものではなく,海馬錐体ニューロン,視床腹側基底核ニューロンでも 認められたことから,セロトニンが脳を大域的に安定化する作用を有しているとする作業 仮説が提唱された( 20) .もっと一般的には主語をセロトニンからアミンに置き換えた方が 良かろう.

さらに,PCPA を投与した状態で,アセチルコリン受容体の遮断薬であるアトロピンを全 身的に投与した場合にも白色雑音様スペクトルが現れる.これは,アセチルコリンによる 活性化がなければ海馬 θ ニューロンに 1/ f 雑音様ダイナミクスは現れることはないことを 示唆している.なお、別実験で,自然の状態においてアトロピンを投与した場合,レム睡 眠期以外で 1/ f 雑音様の状態が中脳網様体ニューロン活動に現れることが確かめられてい るが,その効果は長続きしない.これはセロトニンを含むアミンによる安定化作用が存在 しているためと解釈される.

6. 2 神経薬理学的解釈

ここで,自然の状態における実行系単一ニューロン活動の安定化とゆらぎの問題を,上 述の薬物投与実験の結果を踏まえセロトニンをアミンに置き換え,アミン系とコリン系の 活動との関連において議論しよう.まず覚醒中,アミン系及びコリン系ニューロンともに 最大活動している.したがって,実行系ニューロンには調節系ニューロンによる強力な安 定化のメカニズムが働いていることを想像させる.小鳥へ注意集中している時の海馬 θ ニ ューロン活動が,中脳網様体ニューロンの場合に比べて,白色雑音様ダイナミクスを呈す る傾向が強いことは,このニューロンが環境のゆらぎに特に頑健であることを意味してい る.記憶機能という海馬の特殊性を考えれば理解できそうである.

これに対し,ノンレム睡眠期にはアミン系もコリン系も活動は低下しその安定化機能は 弱体化すると見られる.それにもかかわらず実行系単一ニューロン活動に低周波ゆらぎが

(12)

見られないことは,睡眠中であることにより環境からの入力自体が低下していることが要 因の一つになっていると見られよう。また、それはノンレム睡眠が低体温化に向けて制御 された眠りであることによく整合している。

ところが,レム睡眠期にはアミン系の活動は実質的に停止状態になり,このため,睡眠 中であるにもかかわらず,実行系ニューロン回路網は大域的安定化機構から解放され,低 周波帯域に 1/ f ゆらぎが見られるようになると解釈すると,薬物投与実験結果とよく整合 する.この時コリン系による実行系ニューロンの再活性化が同時に起こる.したがって, これら両システムの相互作用を含むトータル効果が,実行系単一ニューロンの活動に 1/ f ゆらぎをもたらす理由になっているものと推測される.相互作用を含むトータル効果とは, レム睡眠の発現機構が存在する橋網様体における両システムの相互作用の結果と,両シス テムからの直接効果とが各部位の実行系ニューロン回路に及んでいることを暗に示してい る.たとえば,視床外側膝状体の中継ニューロンに対しては,橋網様体からのコリン系の 効果が,抑制性の介在ニューロンと視床網様体ニューロンの両者を抑制することによって 活性化(脱抑制)させていることが, 受容体レベルで明らかにされている( 21) .また,セロ トニン系がレム睡眠期に活動停止することの効果についても,上記抑制性ニューロンに対 する活性化の解除という,中継ニューロンの活性化を助けるメカニズムが存在しているこ とが明らかになっている( 21) .時実が推測した解発(脱抑制)の背景に,このようなアミ ン系とコリン系の両者が実行系を大域的に活性化する方向に働くニューロン機構が存在し ていたわというわけである.逆にいえば,レム睡眠期以外は,アミン系による脳の大域的 安定化機構が働いているということになる.

以上,薬物投与実験結果に基づいて,睡眠期実行系単一ニューロン活動ダイナミクスの 交替現象を解釈するとともに,脳の大域的安定化機構に関する考察を行った.しかし,上 述したようにアミン系とコリン系の間には,相互作用があることから,種々の薬物を駆使 して,実行系ニューロン回路網の大域的安定化機構と,1/ f ゆらぎの生成機構を解釈するこ とには,技術的に限界があるように思われる.そこで次にニューラルネットワークモデル を用いた計算機シミュレーションに基づく解釈論を紹介する.

(13)

7.大域的抑制入力を持つニューラルネットワークモデルによる解釈

ここでは,単純化した調節系の作用が“ 大域的抑制” であるものと仮定したニューラル ネットワークモデルにおいて,その抑制入力の大きさを変えることにより,白色−1/ f 雑音 様のダイナミクスの交替現象が起こるとする作業仮説を検証する.

7. 1 モデルの説明

まず,睡眠時の実行系ニューロン回路網を模擬するものとして,N個のニューロンから なる相互結合型ニューラルネットワークを考える( 22) .ニューロンモデルは形式ニューロ ンであり,各ニューロンは 0 または 1 の出力を有する.離散時刻 t におけるニューロン j の出力を xj ( t ) ,ニューロン i の出力を xi ( t ) とし,ニューロン i における情報の統合を考 える.ニューロン i 以外からの出力信号 xj ( t ) に重み(シナプス加重 wi j )を掛け,それら すべてを加算したものが膜電位として寄与するものとし,また,すべてのニューロンには 大域的抑制入力(- h)が与えられているものとする.これはアミン系やコリン系からのト ータルの実効的入力を模擬したものである.さらに各ニューロンには互いに独立なランダ ムノイズ ε i が膜電位の擾乱を模擬したものとして平等に与えられているとする.睡眠期 のモデルであるから外的入力は存在しない.以上の入力の総和をニューロン i の時刻 t +1 における膜電位 ui ( t +1) とする.これが,興奮の閾値 0 を越えれば興奮して出力 xi ( t +1) は 1 を,越えなければ 0 を出す.なお,ニューロン j から i へのシナプス加重 wi j は,回路網 に埋め込むM個の記憶パターン{xi ( m) }から計算される相関係数によって予め与えてお くものとする.mは記憶パターンの番号である.このように定義したニューロン回路網は, ランダムノイズに駆動されながら時間発展していく.

7. 2 シミュレーションの結果と解釈

図 10 に,ニューロン数を N=100,メモリパターンの数を M=30,ランダムノイズの標準偏 差を σ =0. 23 に固定した場合のシミュレーションの結果であり,100 個のニューロンすべて の時間発展すなわち( 0, 1) 状態時系列と,代表ニューロンのスペクトルを示している 23) . 上段の大域的強抑制状態( h=0. 5) の場合には,すべてのニューロンがおおむね均一な低頻度 興奮の時間発展を示すとともに,代表ニューロンは白色雑音様のスペクトルを示している. これは大域的抑制が強まり,0( 非興奮状態) にある確率が上がり,ニューロン間の相互作用 が低下したため各ニューロンが互いに独立に興奮する傾向が強まった結果と解釈される. これは,徐波睡眠期の神経回路網の状態をよく模擬している.

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一方,大域的弱抑制状態( h=0. 43) の場合には,多くのニューロンの時間発展は1( 興奮状 態) がクラスター状になって出現する傾向を示し,代表ニューロンの時間発展のスペクトル は 1/ f 雑音様を示している.これは大域的抑制が弱まり各部位のニューロンが1状態を取 る確率が上がったために,ニューロン間の相互作用が大きくなり,確率的協働現象が現れ た結果であると解釈される.これらはレム睡眠期の神経回路網の状態をよく模擬している.

以上により,大域的抑制入力を強めると相互結合型ニューラルネットワークの形式ニュ ーロンに白色雑音様のダイナミクスが,それを弱めると 1/ f 雑音様のダイナミクスが現れ ることが示された.これは,本節の最初に述べた作業仮設を肯定する結果である.すなわ ち,脳における実行系単一ニューロン活動におけるダイナミクスの交替現象が独立なラン ダム雑音入力と大域的抑制入力を持つ相互結合型ニューラルネットワークによってひとま ず模擬できたことになる.なお,実行系を非対称型ネットワークや,自己相似型ネットワ ークで模擬した場合,加える内的ランダムノイズに相関を持たせた場合,さらにはインパ ルスを発生するニューロンモデルを用いた場合等においても基本的には同様の結果が得ら れている.つまり大域的抑制入力効果は実行系回路網の性質には依存していないというこ とである.時実が唱えた脱抑制仮説は一層その信憑性が増したと言えよう.

以上,ニューラルネットワークモデルを用いたシミュレーション実験により,アミン系 やコリン系などの調節系のトータル効果は,脳を大域的に抑制する機能を有しているもの として抽象化できることが結論された.

図 10.各ニューロンが大域的抑制入力,及び,互いに独立なランダム雑音入力を持つ相互結 合型ニューラルネットワークモデルのシミュレーション例.ニューロン数を N=100,メモリパ ターンの数を M=30,ランダムノイズの標準偏差を σ =0. 23 に固定した場合. 左は 100 個の ニューロンすべての時間発展,右は代表的ニューロンの時間発展のスペクトルを示す.大域 的強抑制状態の場合には(h=0. 5),白色雑音様のスペクトル,大域的弱抑制状態の場合には

(h=0. 43),1/ f 雑音様スペクトルを示している.文献( 23)

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7. 3 夢見の神経回路理論的解釈

実行系単一ニューロン活動ダイナミクスの交替現象は,神経回路網の状態空間に作られ る“ アトラクタ” の幾何学的構造変化として解釈されている 24) .すなわち,大域的弱抑制 状態では,準安定ないくつかの平衡点が現れるアトラクタの状態にあり,回路網はこれら の間をランダムに遷移しつづけることになる.これは夢見現象の一つの解釈である.一方, 大域的強抑制状態ではこれらの準安定平衡点が不安定化するとともに,すべてのニューロ ンの活動がほとんど停止した状態である“ 0 状態” が強力なアトラクタとして現れる状態 となっている.

7. 4 覚醒期のシミュレーションに向けて

最後に,覚醒期の実行系単一ニューロン活動ダイナミクスを,ニューラルネットワーク モデルで解釈する問題を少し考察してみよう.この場合,特定の実行系ニューロン群を想 定し,脳内外からの外部入力回路と局所回路に加えて,アミン系,コリン系,ペプチド系 などの調節系を導入し,現実的な回路モデルを構成する必要がある.覚醒中の脳も基本的 に大域的安定化が図られるように調節系が働き,内外環境からの入力に応じて必要な回路 が機能するような仕組みと条件を見出すことが目標となろう.次に睡眠の機能について考 察する.

8.睡眠の機能と脳単一ニューロン活動ダイナミクス

8. 1 ノンレム睡眠の機能

ノンレム睡眠は大脳皮質を中心としたシステムの機能回復のための眠りであるとしばし ば言われてきた.大脳皮質の発達とともにノンレム睡眠量が増えていくことが一つの理由 である.すなわち,ヒトでは大脳皮質の基本構造が発達し終える 2, 3 歳頃にこの眠りの量 が最大になる.また,大脳皮質が成熟した状態で生まれてくるモルモットでは生後のノン レム睡眠量があまり変化しないといわれる.一方,最近の睡眠物質に関わる研究成果によ れば,ノンレム睡眠はニューロンの修復と解毒過程とみなされるという( 25) .これは機能 回復説を支持している.また,ノンレム睡眠期には脳代謝が最低になり低体温化が起こる ことも,この大脳皮質を中心とした脳の機能回復説を支持している.さらに,徐波睡眠期 に見られる実行系単一ニューロン活動の白色雑音様ダイナミクスは,アミン系やコリン系 のトータル作用としての大域的抑制作用が大きくなり,ネットワークを構成する実行系ニ ューロン間の相互作用が弱体化した結果として情報論的に解釈されることが示唆された ( 22, 23, 24) .したがってノンレム睡眠は,脳自らが,エネルギー的にも物質的にもまた情 報的にも,実行系ニューロンを休息させ,回復を図っている状態と解釈できる.なお,ノ

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ンレム睡眠が記憶機能を補強しているとする仮説に関する研究も行われていることを述べ ておく( 26) .

8. 2 レム睡眠の機能

一方,レム睡眠は受胎後最初に出現する“ 睡眠” であり,この時期のニューロン回路網 の発達にとって重要な意味を持っていると見られている.脳の回路網ができ上がっていく につれてレム睡眠の量は減少していき,ヒトでは 2, 3 歳を過ぎるころには睡眠全体に占め る割合は大人のそれとほぼ同じ約 20%になる.睡眠そのものの量は年齢とともに減少して いくが,レム睡眠の占める割合はおおむね不変であるといわれる.

このように脳が発達した後においてもレム睡眠が生涯にわたってなくならない理由は何 であろうか.レム睡眠の逆学習仮説は一時注目されたが,その生理学的実体は現在も不明 である( 27) .睡眠生理学の立場からレム睡眠は,脳波が低振幅速波を示し夢見現象が頻繁 に見られることかことから,大脳皮質の活性化のためのねむりであろうと推測されている ( 25) .この推測に関連して,1966 年に以下のような仮説が提唱されている( 28) .通常レム 睡眠はノンレム睡眠に引き続いて起こるが,これは,ノンレム睡眠が長く続くことが大脳 皮質や視床のニューロンにとって不都合なことであり,それを中断するためにレム睡眠が 起こるとする仮説である.シナプスの可塑性の立場からすればこの仮説は理解しやすい. つまり,実行系ニューロン間の相互作用の弱体化が起こるノンレム睡眠はシナプスの弱体 化過程でもあり,それは実行系ニューロン回路網にとって当然不都合なことである.した がってこの状態から脳を脱却させ,なおかつ,睡眠を維持する手段としてレム睡眠が機能 しているという作業仮説が考えられることになる.この際,脳全体に脱抑制がいきわたっ ているとすれば,獲得された実行系ニューロン回路網を大域的に維持強化するだけでなく, 自己組織化が不十分な既存の神経回路を活性化する手段としても,レム睡眠が機能してい ると見られよう.不規則に起こる急速眼球運動,協働しない相動性筋肉の収縮活動,自律 神経系の不安定性を示す心拍動のゆらぎや呼吸リズムのゆらぎ,そして時空間を超越した 荒唐無稽な夢見現象,これらの多様な巨視的現象と,微視的現象としての実行系単一ニュ ーロン活動の 1/ f 雑音様ダイナミクスとを重ねてみた時,この作業仮説には真実味がある. それは,そうした大域的に起こる現象を一元的に説明するためには,非因果的大域的脱抑 制のメカニズムは合理的であるとともに,調節系ニューロンという解剖学的,生理学的実 体を伴っているからである.

以上のこととは逆説的ではあるが,実行系ニューロン回路網のそれぞれは決してランダ ム回路網ではなく,因果的連鎖によって作られていることも事実である.したがって,レ ム睡眠期に見られる個々の脳内諸現象の生成メカニズムを明らかにすることは,覚醒中の 記憶,認知,思考,さらには意識などといった高次脳機能のメカニズムの解明へのブレー クスルーが生まれる可能性を示唆している.レム睡眠期には覚醒期に現れる単一ニューロ

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ン活動パターンが網羅されていると推測されるからである.この発想の下に最近当該研究 室ではヒトや動物実験でいくつかの現象を見出している( 29, 30, 31) .

以上,その出発点において,脳内で自発活動している単一ニューロン活動ダイナミクス を定量化することの重要性を認識し,未来の脳研究を夢見ながら行ってきた研究の道程を 述べたつもりである.最後に,この研究が脳を含む複雑系の制御方略に関係し得るもので あることについて論じてみたい.

9.複雑系の制御方略

9. 1 地球社会システムは今レム睡眠状態か?

1989 年にベルリンの壁が打ち破られたことに端を発し,東西の冷戦構造が解消されてか ら世界は一変し,一つの地球社会システムとして振舞い始めた.しかし,個人やその周り の社会,さらには国々の間の自由な相互作用が促進された半面,解決困難な新たな世界規 模の問題が政治,経済,社会の諸現象として次々と噴出しているように見える.地球社会 システムを脳のような複雑系と見立てるならば,この状態はあたかも制御のたがが外れた レム睡眠に類似した状態であると比喩的に見られなくもない.インターネットが発達した ことによって,個人間での情報交換はもとより,株式市場を中心とした経済活動が 24 時間 休みなく続いているなど,その状態に一層拍車がかかっている.

大規模情報ネットワーク社会で生活している多くの現代人は,高機能情報端末を,それ があたかも脳の一部であるかのように実生活に浸透させるとともに,サイバー空間の中で も機能させている.生物進化の道程が情報の創成過程であると考えるとき,情報端末と一 体化した脳の進化を止めることはできない.しかし,情報伝送速度が空間距離とは無関係 に飛躍的に大きくなり,地球化したネットワークシステムが 24 時間稼動状態になっている ことを考えると,これまでとは異質な脳への進化が起こることが予感される.少なくとも 現象論的には,この地球化したネットワークシステムの構成要素となった人間機械システ ムに,情報のクラスタリング現象が起こるであろう.つまり,全ての人間という訳ではな いにしろ情報の過度の集中が人間に起こることになる.その結果,人間と,ひいてはその 周辺社会に破綻の起こることが懸念される( 32) .それは生物学的存在である人間とその脳 は有限の時間的制約の下で生活しており,無限の情報処理能力を有しているわけではない からである.すでに小規模ながら,電子メールの到着頻度やインターネットのゲートウエ イを通過するパケットの密度には,情報のクラスタリングすなわち 1/ f ゆらぎが見られる ことが報告されている( 33, 34) .したがってこの心配はあながち無意味なものとも思われな い.

ネットワーク社会と直接に関係した事柄ではないが,生徒の校内暴力,いじめ,不登校, 自殺,学級・学校崩壊,私語による大学授業の不成立,青年の引きこもりなどのメンタル 異状,生活習慣病の若年化等,の一連の現象が,時間の経過とともに子供から大人へ,個

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人から社会の現象へと広がってきていることは明白である.子供の行動とその司令塔であ る脳は本来,太陽光に引き込まれた概日リズムの下で育まれる,からだの内部環境制御機 構の発達が健全であって初めて健全に発達するものである.内部環境制御は主としてホル モン系や免疫系によって概日リズムの支配下で自己調節的になされているが,それらに異 状や破壊が起こっていないとは誰も断言できない.24 時間型社会の中で子供や青年の生活 リズムが乱れていることはすでに指摘されているからである.地球社会システムの比喩的 レム睡眠状態と無縁ではなかろう.

9. 2 脳に学ぶべきこと

自由性の基本理念を持った,規制を排除した大規模情報ネットワークが 24 時間稼動して いるとした場合,比喩的レム睡眠状態は一層促進され,強固に継続するであろう.したが って何らかの方法を導入し,そこから脱却できる仕掛けを考案しておくことは意義がある ように思われる.もし脳に学ぶとしたら,アミン系やコリン系のような大域的安定化のメ カニズムを地球社会システムに導入し,相互作用をある程度弱体化することが必要かも知 れない.どのような方略が考えられるであろうか.進化していくインターネットを止めて しまうことはできないが,人間がそれを使わないように約束することはできるかもしれな い.

一つの提案は地球規模の人間活動に週休制度を導入することである.それはノンレム睡 眠に対応するであろうか.今まさに解決しなければならない地球環境問題のことを考える ならば,私たちは,エネルギー的,物質的,そして情報的な視点から,地球規模のノンレ ム睡眠制度を導入することが必要かもしれない.地球の有限性に気付かずに自然と対峙し, それを征服しようとしながら過ごした 20 世紀に失ったものが何であるかを考えながら,ネ ットワークを冷却する制度を日常的に設けることが,21 世紀初頭に生きている現代人,特 にグローバリゼーションを推進しようとしている現代人に求められているように思われる. 情報の大規模なクラスタリングを防ぐために週休3日でいいか4日にしなければならない か,あるいはもっと別のアイデアでも良いが,複雑化した地球社会システムを適切にモデ ル化し,シミュレーションしてみることが望まれる.

制度を決めて実施する場合,人々がどのような行動を取るかが重要となる.そこでも脳 に見習うならば,実行系ニューロンは己の脳及び内部環境の状態を,アミン系やコリン系 にとどまらず,ホルモン情報系や免疫情報系を通じても常時知らしめられている.したが って地球社会システムにおいても,地球全体の状態に関する時空間情報を常時人々に知ら しめることが重要となろう.自分の行動が地球全体の状態に整合しているかどうか判断す るための情報が実時間で与えられることにより,個々の人間の自己抑制を伴った地球人意 識が創成されることが期待される.ノンレム睡眠から覚醒(地球社会システムの稼動状態) に入るとき,抜け駆けを許さないシステムにしなければならないことなど,実際にはきめ の細かなシステム設計が重要である.どのような道程を通って目標システムの状態に達す

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ることができるであろうか.移行期の混乱を避けるためにその道程を最適設計しなければ ならない.

10. おわりに

I T 化がいよいよ佳境に入って行こうという時に,なかなか考えにくいことかも知れない が,インターネットの基本思想に反する提案をした.しかし,週休 3 日とか 4 日の生活(?) が,家族や地域社会との f ace- t o- f ac e のコミュニケーションの機会を復活させることは十 分に期待できることであり,それは同時に,心配される人間の内部及び外部環境破壊の防 止策にもなるであろう.21世紀の夢物語にしたくはないと思う.

稿を終えるに当たって,共同研究者各位に改めて謝意を表すものである.

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参照

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