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構造的失業とミスマッチ

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3

構造的失業とミスマッチ

西川正郎

要 旨

(2)
(3)

1

はじめに

失業は,その発生する理由によって,分けられることが多い.概念的に分 類すれば1)

1) マクロ的な景気後退期に労働需要が減退することによって生ずる需要不 足失業,

2) 転職者や新たな就業機会を求めて職探しを始めた際に,企業や労働者が それぞれもつ情報が不完全なことなどによって生じる摩擦的失業, 3) 労働市場全体としての需給は一致しているにもかかわらず,求人側の求

める人材と求職者の有する属性との間で条件が一致しないたために生じる ミスマッチ失業,とくにそれが固定的な条件で短期的にはミスマッチが解 消できないような場合には構造的失業となる,

に分けられる.

日本の失業率は,戦後長く 1%台の低位にあったが,高度成長の終わりと ともに,上昇傾向に入った.円高不況といわれた 1986 年に 2.9%まで高 まった後,バブルの発生にともない 1991 年には 2.0%まで低下した.バブ ルの崩壊後の長引く景気低迷期の間に,2002 年には 5.5%に達した.その後 の景気拡大期末の 2007 年央でも 3.6%までしか回復しなかった.失業率の 変動は,景気変動にとどまらず,労働市場の供給・需要・調整にかかわる多 様な要因によるが,とくに労働市場におけるミスマッチが指摘されるように なった.

70 年代には,二度の原油価格の高騰による相対価格の大幅なショックの

(4)

もとで,重厚長大から軽薄短小といわれる産業に雇用移動が必要とされた. 雇用のミスマッチに関心が高まったのは,80 年代後半に円高にともなって 日本経済の構造転換が課題とされた時期である.輸出主導型から内需主導型 への経済構造の転換を目指すなかで,構造調整による失業率が上昇しかねな いという懸念が生じた.90 年代には,経済のグローバル化,とくに対外直 接投資と急速な円高から製造業における空洞化が懸念された.その後,不良 債権問題処理が長引き,企業の円滑な退出が停滞した際に,労働力も効率的 でない配分が維持され,新たな産業分野での雇用拡大が見られなかった.

2002 年からの緩やかだが長い景気拡大期においては,地域間の格差が問 題2)になり,とくに有効求人倍率が景気回復後も 0.7 を超えない 7 道県が

残された(橘川[2006]).労働市場の現場では,技術革新の進展,長期雇用慣

行の弱まりのもとで,人的資本の技能と企業の要求するそれとの乖離が大き くなったといわれる.また,この間のもっとも顕著な変化は,就業形態の多 様化や非正規就業が拡大したことであろう.高度成長期以降の日本経済につ いては,部門を超えた雇用調整圧力の高まりがうかがわれる.

本稿では,こうした経済雇用動向を念頭に置きながら,ミスマッチによる 構造的失業を中心に検証する.その際,ミスマッチをどうとらえるか,ミク ロ的なミスマッチとマクロ的な景気循環を区別して把握できるのか,そもそ もマッチングはどのようにしてなされているのか,ミスマッチの本源的な原 因を何に帰するのか,などの課題について説明する.第 2 節では,構造的失 業についてのさまざまなアプローチによる研究を概観する.第 3 節では,構 造的失業を説明する仮説の 1 つの大きな柱となっている需要の部門間移動仮 説(sectoral shifts theory)について,その理論的展開と研究を概観すると ともに,地域間の雇用ばらつき指標をもとに検証した.第 4 節では,マクロ 的失業・求人の関係を規定する求職・求人のマッチング機能についての実証 分析を通じて,情報の非対称性の存在を確認する.第 5 節では,構造的失業 をめぐって,労働市場の枠組みやその環境に生じている変化と影響を考察す る.第 6 節において,構造的失業についての議論を整理し,今後を展望する.

(5)

2

労働移動と構造的失業

労働移動と構造的失業の研究を概観すると,構造的失業は UV 分析や自 然失業率を用いたフィリップス曲線によれば 2000 年代初頭まで増大してい たとの試算もできる.フロー分析は,90 年代の労働移動に産業による制約 があったことを示唆する.時系列分析は,ミクロ・ショックによる均衡失業 率の増加を支持する傾向がある.求人求職の分布等に基づくミスマッチ指標 からは,その拡大は見られず,むしろ 90 年代に縮小傾向が見られる.地域 別の雇用情勢のばらつきは 00 年代に拡大している.

2.1 失業欠員分析で見る構造的失業

失業と欠員の関係

構造的失業について,伝統的な分析手法として UV 分析(失業・欠員分 析)3)がある.労働市場における情報の不完全性や労働者の属性に不均一性 がなければ,労働力供給が労働力需要を上回るときは失業だけが存在し,需 要が供給を上回るときには欠員だけが存在するはずである.しかし,現実に は情報の不完全性や属性に差異があるため,供給超過であっても欠員が,需 要超過であっても失業が生じる.失業と欠員の併存関係を 2 次元にプロット したものが,UV 曲線である.欠員と失業は,右下がりの関係にあり,原点 に対して凸であるとされる.UV 分析では,45 度線との交点では失業者数 と欠員数が一致しており,労働需要と供給が総体として均衡していると見な す.またミスマッチを悪化させる要因が UV 曲線を外側にシフトさせる.

日本の UV 曲線を図表 3 1 に,欠員率として職業安定業務統計における 欠員率4)を横軸に,失業率として労働力調査の雇用失業率5)を縦軸に描い ている.1986 年まで景気後退にともなって左上方に移動した後,1990 年ま で景気の長期拡大にともない右下方に移動した.1994 年ごろまでバブル崩 壊後の生産縮小にともない左上方に移動した後,1997 年の景気の山の時点

3) Unemployment と Vacancy の頭文字をとっている.

4) 欠員率=(有効求人数−就職件数)/[(有効求人数−求職数)+雇用者数]

(6)

に向かって右上方に移動している.1999 年ごろには左上方に再び移動し, 2002 年からの景気の力強さには欠けたが長期の拡大にともないまた右下に 移動している.この間の UV 曲線は,景気循環に沿って左上方と右下方へ の移動をくり返しながら,同時に経時的に外側にシフトしているように見え る.

欠員率に雇用動向調査を用いた図表 3 2 では,UV 曲線の関係が 23 年間 にわたって安定的である.この場合,均衡にあるとされる 45 度線との交点 では,失業率と欠員率がおよそ 3%程度になっている.

欠員統計の比較

職業安定業務統計と雇用動向調査統計の推移を比較した図表 3 3 によれば, 1988 年と 94 年に両者は交差しており,90 年代末以降では,雇用動向調査に おける欠員率統計が景気にかかわらず低迷している一方,職業安定業務統計 ではバブル期を上回るほど大きく上昇している.

職業安定業務統計は,全国の公共職業安定所(ハローワーク)における職 業紹介業務の実績を集計した業務統計である.求人状況を把握する指標とし て,有効求人倍率などに幅広く用いられている.雇用動向調査は,従業員 5 名以上の常用雇用労働者を雇用する事業所(農林漁業・公務を含む)からの 無作為抽出による 1 万余の事業所を標本とした調査である.労働移動を研究 する際のもっとも基礎的な統計の 1 つとなっている.毎年 6 月末現在の「欠 員(仕事があるにもかかわらず,その仕事に従事する人がいない状態)を補 充するために行っている求人」とされる.両者については,産業別の動向な どから雇用動向調査の欠員の性格が変化している可能性が示唆される(藤井

[2008])一方,公共職業安定所の景気循環に逆サイクル的な機能発揮(中村

[2002])や,その他の充足手段の長期的な拡大の指摘(北浦ほか[2003])があ

る.

UV 曲線による構造的失業

(7)

率︵

(年)

1984 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 04 06

雇用動向調査欠員率(%) 職業安定業務統計欠員率(%)

0 1 2 3 4 5 6 7

図表 3 3 欠員統計の比較

注) 職業安定業務統計,雇用動向調査により作成.

2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 7.0

1.8 2.0 2.2 2.4 2.6 2.8 3.0 3.2 3.4 3.6 3.8 4.0

率︵

欠員率(%) 1984年

2007年 2002年

1997年

1986年 1990年

1994年

図表 3 1 失業率と欠員率(職業安定業務統計)の推移

注) 職業安定業務統計,労働力調査により作成.

率︵

欠員率(%) 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0 6.5 7.0

0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 7.0

1986年 2006年 2002年

1996年

1993年

1989年

図表 3 2 失業率と欠員率(雇用動向調査)の推移

(8)

によってもたらされており,また,失業率上昇の半分程度は構造的失業率の 高まりによると試算された.政府においては,『労働経済白書』(2002, p. 105)などで,ミスマッチによる構造的失業が推計されている.藤井[2008] は,『労働経済白書』の分析を UV 関係がより安定的な時期に延長して推計 を行い,シフト要因は特定せずに,長期にわたるシフトを推定した(図表 3 4).ミスマッチ要因で外側に移動することとマクロ的な景気後退で左上に 移動することとが,同時に発生しているとした.UV 関係は,各時期に右下 がりであり,80 年代以降の多くの時期は需要不足による失業増加があった とされる.

大竹・太田[2002]は,UV 曲線の外側へのシフト要因として,離職率,経 営上の都合による離職の割合,高齢失業者の割合,失業者のうち雇用保険受 給者の割合,トレンド項を取り上げ,推定している.北浦ほか[2003]では, シフト要因を,職業・産業上の要因,性・年齢要因,雇用保険関係の要因の 13 要因6)と広く取り上げ,シフトを検定している.

UV 分析による構造的失業率推計の一覧(図表 3 5)を見ると,2000 年を 前後して 3%弱から 4%弱まで幅のある結果と要約される.なお,91 年ごろ から実績とともに構造的失業率が上昇していることは共通である.

部門 UV 曲線によるミスマッチ推計

マクロでの UV 分析に対して,年齢によって分割された下位(サブ)の 労働市場を想定した UV 分析を佐々木[2004]は行っている.年齢階級ごと の UV 関係を推定して,年齢階級間のミスマッチが 1980 年から 2001 年の 間に UV 曲線をどれほどシフトさせたか推定した.マクロの UV 分析では 90 年代後半からの失業率の急上昇の一因として年齢間の雇用ミスマッチの 拡大があげられているが,この実証研究では年齢階級間でのミスマッチはむ しろ縮小傾向にあり,失業率の上昇は年齢階級間ミスマッチの拡大によるも のではないとしている.年齢間だけでなく,地域間のミスマッチにも拡大し

(9)

2003 2002 2001 2004 2000 2005 2006 ① 1967-75 ③ 1990-93 ② 1983-89 ④ 2001-06 2007 99 98 97 96 95 94 84 87 88 86 83 1985 86 83 85 82 89 90 91 92 80 75 76 93 81 79 77 66 65 64 67 72 68

6971 70

74 73 1985 78 6.5 6.0 5.5 5.0 4.5 4.0 3.5 3.0 2.5 2.0 0

1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0 6.5

欠員率(%) (%)

図表 3 4 シフトする UV 曲線

注) 藤井[2008](p. 24)による.失業率は雇用失業率,欠員率は職業安定業務統計による. いずれも季節調整値.

図表 3 5 UV 曲線に基づく構造的失業率

推計年 完全失業率(%)

実績 需要不足 構造的

大竹・太田[2002] 1999 4.7 1.4 3.2

樋口[2001] 2000 4.7 1.26 3.46

労働経済白書[2002] 2001 5.0 1.1 3.9

藤井[2008] 2001 5.0 1.3 3.5

2006 4.1 0.4 3.8

北浦ほか[2003] 2003 5.0 2 2.92 3.25

(10)

た試みもある(藤井[2008]).

UV 分析の限界

UV 分析については,1)上記の欠員統計の問題だけでなく,2)UV 曲線関 数の特定化の根拠が明確でないこと,3)そのシフトの特定化がされていない か恣意性があること(大橋・中村[2004], p. 195),4)45 度線の交点は需要不足 以外の要因による失業の理論的最大値であって現実の失業とは一致しないこ と(玄田[2004], p. 296),あるいは失業率=欠員率となる失業率が均衡失業率

になる保証がないこと(太田[2005], p. 76)などが指摘されている(玄田 [2004], pp. 294 296).UV 分析は,そのわかりやすいアプローチから用いら れてきたが,現在は UV 曲線の位置・形状を規定する大きな要因である マッチング関数に焦点がある.

2.2 地域別等からアプローチした雇用のばらつき

部門ごとの労働需給がどうなっているか,統計上把握しやすいこともあり, 地域別の需給を分析したアプローチがある.

地域別需給・賃金動向

地域ごとの労働需給の推移を全国 10 の地域ブロック別の新規求人倍率ま たは有効求人倍率の変動係数で見ると(図表 3 6),80 年代末から 2000 年代 初めまで一貫して下落傾向にあったが,最近はやや高まりが見られる.完全 失業率を労働力人口でウェイトづけした変動係数(図表 3 7)で見ても,近 時の上昇傾向を確認できる.

地域の雇用情勢格差についての研究を見ると,1980 年からの 20 年間の地 域間の失業率格差については,地域ごとの産業構造の違いや性年齢別の労働 力構造の違いによってかなり説明できるとされる(勇上[2005], p. 33).地域 の定義を雇用圏に則したものとなるよう,都市雇用圏により失業率統計を作 成した周[2005]では,1980 年から 20 年間の失業率の地域間格差は縮小傾向 にあり,その格差縮小には地域間の労働参加率の格差縮小が貢献していると された.

(11)

書第 12 章),バブル期から約 10 年間にわたって格差の縮小が続いた後, 2000 年代にはバブル期を凌ぐ,地域間での格差拡大傾向がある.90 年代の 縮小には,公共投資による下支え効果とともに,都道府県間の粗移動率は縮 小に転じているものの労働移動による需給バランスの調整機能が高まったこ とがあるとしている.

1983 85 87 89 91 93 95 97 99 2001 03 05 07(年)

新規求人倍率 有効求人倍率

0.45 0.40 0.35 0.30 0.25 0.20 0.15 0.10 0.05 0.00

図表 3 6 求人倍率で見た地域ブロック別労働需給のばらつき

注) 職業安定業務統計により作成.変動係数は,労働力人口でウェイトづけした標準偏差を算術平均 で除したもので,相対的なばらつきの大きさを示す.

1983 85 87 89 91 93 95 97 99 2001 03 05 07(年)

地域ブロック別 都道府県別

0.30

0.25

0.20

0.15

0.10

0.05

0.00

図表 3 7 失業率で見た地域ブロック・県別労働需給のばらつき

(12)

地域間移動

地域間の労働需給にばらつきがあるもとで,どのように労働移動が生じて いるか,雇用動向調査における,地域ブロックないし都道府県の外から当該 地域ブロックないし都道府県内で職を得た者の,当該地域で職を得た者全体 に対する割合を見ると(図表 3 8),80 年から長期的には下落傾向にあり, 勇上[2005]とあわせて見ると,直接的な転職行動というより産業構造の変化 などが地域間格差を縮小した可能性がある.2000 年代初めにはやはり高ま りが見られる.

時系列統計では,地域別の労働需給のばらつき度合いと地域外からの入職 割合には相関があるように見える.しかし,これをクロスセクションで観察 して見ると,需給の逼迫度と,移動との関係に明確な関係が認められない. 有効求人倍率と県内雇用者に占める県内移動者の比率を 2002 年と 2006 年に ついて見ると(図表 3 9),いずれの年でも明確な関係がない.『経済財政白

書』(2006, p. 242)でも,都道府県別失業率と住民人口の転出入の移動状況

を比較しているが,2002 年と 2005 年のいずれにおいても明確な関係がない としている.

産業の入職・離職

産業ごとの入職・離職の動向を見ると(図表 3 10),90 年代初頭から 2003 年ごろまで,サービス業ではほぼ一貫して入職率と離職率が一致して変動し ている,つまり増減員していないのに対し,製造業ではとくに 2000 年前後 を中心に離職率が入職率を大きく上回っており,失業増加の要因となってい たと見られる.この産業別の雇用増減の失業やミスマッチへの影響について はフロー分析や部門間移動仮説で検討されている.

一時点の産業間ないし職業間の移動状況については,最近の就業構造基本 調査によって把握できる.同調査による産業間移動・産業内移動を比較する と,産業をまたいで転職した場合の方が,賃金が下落しやすくまた離職期間 も長くなる傾向がある(『労働経済白書』2002, pp. 222 227).

2.3 構造的失業や均衡失業率の分析

(13)

0 5 10 15 20 25

1983 85 87 89 91 93 95 97 99 2001 03 05(年)

率︵

地域ブロック外 県外

図表 3 8 地域ブロック外・県外からの移動入職者割合

注) 雇用動向調査により作成.移動入職者割合=(他地域ブロックないし他県からの入職者数/ 入職者数).

0.00 0.20 0.40 0.60 0.80 1.00 0.00 5.00 10.00 15.00 20.00 25.00

0.00 0.50 1.00 1.50 2.00 0.00 5.00 10.00 15.00 20.00 25.00 30.00 35.00

有効求人倍率 有効求人倍率

2002年 2006年

図表 3 9 有効求人倍率と県内入職/雇用者比率

注) 職業安定業務統計,雇用動向調査,毎月勤労統計調査により作成.

1983 85 87 89 91 93 95 97 99 2001 03 05(年)

率︵

% ︶ 0 5 10 15 20 25

入職率産業計 入職率製造業 入職率サービス業

離職率産業計 離職率製造業 離職率サービス業

図表 3 10 入職率・離職率(産業別)

(14)

況をミクロデータを用いて詳細に点検するフロー分析,均衡失業率を時系列 分析の手法でマクロ統計から計測するアプローチ,自然失業率を入れたフィ リップス曲線の計測,ミスマッチ指標の計測がある.

失業をめぐるフロー分析

就業・失業間のフロー分析の枠組みにおいて労働力調査個票7)をもとに 部門間移動の分析を行い,マッチングやミスマッチの態様を見ると,産業を 超えて移動することの困難さがうかがえ,結果として産業内移動が多くなっ ている.

1988 99 年のフロー分析を行った阿部[2005](pp. 27 62)では,1990 年代 の失業率変動を産業特性の観点から見て,1)建設業,製造業,サービス業の 失業プールへの参入確率の悪化がマクロ失業率の悪化に大きく影響している. また,雇用者シェアが伸びている産業では同一産業内で転職する者が多い一 方で離職確率が高く,雇用者シェアの縮小している産業では離職確率が低く て産業間移動を余儀なくされている,2)失業プールにおける混雑効果が失業 率の変動を大きく規定している,3)混雑効果が強く影響する理由は,失業者 が同一産業内で職探しをするためであり,産業間移動が難しいからである, 4)1990 年代末期には,低学歴者,無業者,パートタイマーといったグルー プのインフロー確率に改善が見られるが,技術進歩との関係は不明としてい る.

産業間の移動状況を,労働力調査特別調査男子の個票を用いた Abe and Ohta[2001]は,1988 年と 1999 年の間の失業のプールをめぐるフローの労働 力の移動を分析した.失業プールへの流出入,産業ごとの寄与,産業をまた いだ移動,プロビット関数を用いた産業分断の効果などを分析した結果,1) この間の失業率の上昇には建設業が大きく寄与している.90 年代後半には 失業はサービス産業から主に発生している,2)転職の多くは同一産業内で起 きており,各産業の状況が当該産業からの失業確率や当該産業への再就職確 率に大きく影響する.労働市場の産業ごとの分割がどう規定されているかを

(15)

今後の検討課題としている.

この研究は,現実に発生した「失業変動にとって,産業間の再配分よりも, 産業内の労働再配分が,量的に重要であることを示唆する」(太田・玄田・照

山[2008], p. 10)と評価できる.一方,事前の調整については,「概して労働

者が失業プールに陥る確率が大きい産業ほど求人は減少している」(太田

[2005])とセクター固有のショックが示唆され,「そのような産業から生じ

た失業者は,全体の求人率が低下するだけでなく当該産業の求人率が低下し た場合にも,失業期間が長期化しがちになる.というのも失業を経験した労 働者でも前に属していた産業にもどることが多いからである」(同上)と, 部門間移動の困難さがうかがわれる.「これらの結果は,産業別労働市場が 存在しており,それが個々人の失業期間ひいては失業率に影響している可能 性を示唆している」(同上)研究であり,阿部[2005]と同旨である.失業の 因果関係を見るには産業間移動の困難度(失業期間)や態様などさらなる検 証が必要である.

月次データが使用可能な労働力調査の個票を用いた研究(太田・照山

[2003])では,90 年代の失業率上昇の背景としては,失業への流入確率の上

昇と流出確率の低下の双方がある,年齢等の属性にかかわらず失業への流入 確率が上昇している,男性が失業する確率の産業間・規模間格差が拡大して いることがあげられている.ここでの分析だけでは,ミスマッチによる失業 が増加しているかどうか判断しがたく,詳細な労働者属性による推移の分析 や創出喪失分析との関係の検討を必要としている.

産業を超えた移動が困難な背景には,高い転職コスト,とくに転職による 賃金低下がある.産業間の転職による賃金への影響について,1985 92 年の 転職時の賃金変化を雇用動向調査入職票を用いて検定した(阿部[2005], pp.

63 79)結果では,転職者が産業間を移動する場合には産業内で移動するよ

(16)

時系列データによる均衡失業率

失業や雇用の変動要因を,構造に先験的な制約が小さい時系列分析の手法 に基づいた研究が 90 年代に進んだ.そこでは,ミクロ的な構造についての 直接的な知見は用いずミクロ分析との補完が必要になる.宮川・玄田・出島 [1994]は,集計マッチング関数(AMF: Aggregate Matching Function)を 想定し就職動向の決定要因を分析している.同関数モデルのもとで,競争的 な労働市場で需給が一致しているような想定,つまり供給(求人)関数また は需要(求職)関数のいずれの変動も新規就職数を決める要因となっている 想定と,労働需要の大きさが就職数を決定して割り当て現象が生じているよ うな想定のいずれが,より現実のデータよりよく説明するか,共和分検定に より検証した.この結果,就職者数と求人数が 1 つの共通の確率トレンドに 従う(共和分関係にある)ことが確認され,就職動向は長期的には労働需要 側の要因のみにより規定されるとの示唆を得た.また,誤差修正 VAR モデ ルにより,集計マッチング関数を推定した結果では,常用労働者の就職者数 の均衡からの乖離は 1 年程度で調整されることや,短期的には失業者数(つ まり職がなく求職している者)や転職希望者数(在職しながら求職している 者)が,就職者数動向に逆方向に影響を与えている効果が得られた.

(17)

広範な急速改善)について,摩擦的移動の要因を除くと,マクロ的ショック によってとらえられていると考えられる.

構造的なショックを,景気循環,部門間,労働供給,合理化の 4 類型で想 定し,より最近時の 2001 年まで,構造 VAR モデルで失業率の変動要因を 分析した鎌田・真木[2003]では,90 年代後半以降の失業率の高止まりを, 負の景気循環ショック,正の部門間移動のショック,正の合理化ショックと いった,複数の要因による結果であるとしている.

フィリップス曲線と構造的失業

フィリップス曲線を賃金変化率 - 失業率平面に描くと,1970 年代・80 年 代の 20 年間と,90 年代の 10 年間では,長期的な関係が大きく変わり, フィリップス曲線の傾きがゆるやかになったように見える.しかし,これは フィリップス曲線がフラットになったというより,自然失業率が右にシフト したものと推定されている(大竹・太田[2002]).具体的には,先の UV 曲線 によって推定した構造的失業率と需要不足失業率をフィリップス曲線に導入 した場合の各種の推計結果の良好度を比較して,構造的失業率が自然失業率 (インフレ率がゼロのときの失業率)にかなり近いものであるとの推測を確

認している.

自然失業率の考え方を取り入れたフィリップス曲線について,デフレー ションや低インフレーションのもとでは,賃金の下方硬直性により短期的だ けでなく長期的にも総需要を減少させ,フィリップス曲線が非線型の L 字 型になるとの指摘がある(Akerlof [1996]).このモデルに基づく分析

(北浦ほか[2003])では,90 年代の日本のデフレーションが,柔軟な日本の

労働市場における賃金調整能力を上回っており,通常の垂直な自然失業率曲 線が右シフトしたと考えるより,長期の非線型フィリップスカーブに沿った 動きと解釈した方が適切としている.

他方,バブル崩壊後に,日本のフィリップス曲線が大きくフラット化した 原因として,名目賃金の下方硬直性の顕現化を指摘している分析(山本,本

書第 2 章)がある.賃金硬直性以外に就業意欲喪失効果が働いているとして

(18)

としている.

ミスマッチ指標

UV 曲線のシフトを表す指標を陽表的に計測する分析は,Jackman and Roper[1987]の指標8)を中心として行われている9).『労働経済白書』(2002,

pp. 108 112),大橋[2006]などの先行研究や他の指標を踏まえて,太田・玄

田・照山[2008](pp. 6 9)では,包括的に再推計を行い,「地域間・年齢階 層間・職業間のミスマッチの程度は,いずれも,90 年代以降の失業率の急 上昇期に,拡大の傾向を示すことなく,逆に多くの場合には,縮小傾向にあ ることが示される」,「ミスマッチの指標の先行研究が示した結果が,近年ま で延長したデータによっても再確認できた」としている.

3

部門間移動仮説と人的資本の特殊性

3.1 部門間移動の理論と実証

1980 年代のリアル・ビジネス・サイクル理論の一環として,需要の部門 間移動(sectoral shifts across sectors)から生じるミスマッチによる失業の 存在やその規模に注目が高まった.構造的失業率10)の実証的な基礎を検証 した Lilien[1982a, b]とそれをめぐる議論(Abraham and Katz[1986]など)が ある.

Lilien の仮説と反論

Lilien の仮説を要約すると,雇用へのショックは,部門により異なる部門 間ショックと,経済全体に同時に作用するマクロ・ショックがある.部門間 移動に際して労働者は失業のプールを一定期間経るから,より大きな部門間 ショックはより大きな構造的・摩擦的な失業を発生する.部門間ショックは, 部門ごとの雇用需要の伸び率のウェイトづけの標準偏差σ11)で説明される,

8) このミスマッチ指標は,部門間の求人と求職の分布の違いを見るもの,具体的には,各セク ターの求職者総数に占める割合と求人者総数に占める割合の差の絶対値の総和に 2 分の 1 を乗じ て算出している.

(19)

というものである.オリジナルの Lilien[1982a]の研究では,戦後の米国失 業率推移のかなりの部分,とくに 70 年代の 2%ポイントの上昇のほとんど が部門間移動により説明されるとされた.自然失業率をめぐるミルトン・フ リードマンの主張に,具体的に需要不足ではない失業の量について裏づけを 与えたとされたため,大きく注目された.

これに対し,Abraham and Katz[1986]では,産業間の労働需要の伸び率 のばらつきを表すσは,マクロ・ショックとも正の相関をとりうることを示

し,混濁した contaminated 指標であることを明らかにした.各部門の雇用 者数の伸び率に差異が生じるのは,部門特有のミクロ・ショックに影響され るだけではなく,各部門においてマクロ・ショックへの感応度に差が存在し たり,あるいは各部門のトレンド成長率に差があるからである.

Abraham and Katz[1986]は,同時に部門間ショックとマクロ・ショック は区別されることを認め,むしろ欠員情報を活用して区別することを提言し た.σがマクロ・ショックをとらえた指標か部門間ショックをとらえた指標

かを区別するために,σが失業率と正の相関があっても,1)もしσがマク

ロ・ショック指標であれば,UV 曲線に沿った移動であるはずで,欠員率と 負の相関があるはずであり,2)もしσが部門間ショックをとらえた指標であ

れば,UV の外へシフトがもたらされているはずで,欠員率と正の相関があ るはずとした.

この反論を嚆矢に,需要の部門間仮説については,その指標の拡張を中心 にさまざまな研究が展開されてきた.米国では,「セクトラルシフト仮説で は,部門間移動が失業の 25 40%を説明していると推計している.ただ,時 期によればより顕著に説明しているかもしれない.たとえば,1973 年の石 油危機から生じている部門間移動は,73 年から 75 年の 3.5%ポイントの失 業率上昇の 6 割を説明しているかもしれない」(Brainerd and Cutler[1993])

との紹介が教科書(Borjas[1999], p. 492)でなされている.

ばらつき指標の拡張

Lilien の提唱したばらつき指標を拡張した主な研究は以下である.

(20)

純化指標(purged index) Lilien[1982b],Neelin[1987]12),Samson[1990], Mills [1995]らは,ばらつき指標からマクロ変数の影響を除去する方向 で拡張した.マクロ・ショックを期待されない金融政策および期待された金 融政策13)としてとらえ,σをマクロ・ショックで説明される部分とそれ以 外に分割した.具体的には,各部門の雇用伸び率の平均からの乖離のうち, マクロ・ショック(期待されない貨幣増加率と期待された貨幣増加率)で説 明しきれない残差によって標準偏差を作成し,純化されたばらつき指標 purged dispersion index としている14)

水平指標(horizontal Index) 当該期以前の雇用調整方向との関係でどれほ ど雇用調整が高まっているかを勘案してばらつきを計測する方法(Davis

[1987])が提唱された.ある部門で雇用調整をしているときに,さらにその

部門の雇用に不利なミクロ・ショックがあれば,必要な再配分量を増し構造 的摩擦的な失業を増やすが,有利なミクロ・ショックであれば,雇用調整量 を縮減し構造的摩擦的な失業を抑制するだろうという観点に基づいている. 当期の伸び率と j 期(3 6 四半期程度)前の伸び率をもって標準偏差を計算 した.この場合,j 期前と同じ方向の当期の変化(同符号)がばらつきを増 すことになる.

景気局面効果指標(Stage-of-Business-Cycle effect index) 水平指標の発想 をさらに進め,マクロの景気局面による部門への効果の非対称性に着目した 指標である(Mills [1995], pp. 295,300 301).ミクロ・ショックは,不況 期には部門の雇用調整について拡大的に作用する一方,好況期には部門の雇 用調整を抑制するという非対称性が予想される.マクロ指標のトレンドから の下方乖離を 1 それ以外は零とした景気局面ダミーを作成し,σとの交差項

を用いる15).さらに全体の雇用調整の方向と同一でそれを上回った雇用調

12) Neelin(カナダ)や Samson(先進 8 カ国)についての研究を除けば,先行研究は米国につい て集中している.

13) 基本的には,バロー型(Barro[1977])の誘導型の貨幣増加関数を,政策決定関数の議論,あ るいは単位根検定や共和分検定(Johansen[1988])などを用いて,期待されない貨幣増加率と期 待された貨幣増加率を推定する(Nishikawa[1989],Mills [1995]および坂田[2003]など). 14) これに対し Lilien がもともと提唱した指標を生のばらつき指標(raw dispersion index)と呼

ぶことがある.

(21)

整をもってばらつきを計測する方法(Groshen and Potter[2003])などの提言 がある.

相対価格ショック指標 部門間ショックの原初的な要因が特定できるよう な場合には,そうした要因を直接取り込むというアプローチである.交易条 件 の 変 化 な ど が 考 え ら れ る が,米 国 に つ い て は,Loungani [1986], Hamilton[1983]が原油価格の相対価格変化を直接失業率の推定に取り込ん でいる.

要素市場情報によるばらつきの把握 要素市場の他の情報をもって,ばらつ きの情報を補足するアプローチである.Loungani [1990]や Brainard and Cutler[1993]では,金融面とくに株式市場における株価のばらつきを もって部門ごとのショックのばらつきを計測した.日本においては,これま で直接金融市場のウェイトが小さかったことや株式持ち合いがあったとこと なども16)あり,この方向の研究は乏しい.

労働市場については,雇用者数のシェアのトレンドを用いて,トレンドか らの乖離の程度をもって,恒久的シェアと一時的シェアに分解し,恒久的 シェアの変動が失業率を説明する力が高いとの研究がある(Neumann and Topel[1991],Rissman[1986]).同様に資本ストックの伸び率の業種間乖離度 を使用した研究(Toledo and Marquis[1993])がある.

3.2 日本における部門間移動仮説の検証

日本における先行研究

日本についても,Brunello[1990]は,1970 年から 1988・89 年までの,9 または 12 産業分類・四半期データによるオリジナルの Lilien の指標を用い て検証した.その結果部門間の生のばらつき指標は失業動向を説明しないと して,その理由に新卒採用における調整と出向転籍をあげた.

Lilien の指標に対するさまざまな批判を踏まえ,オリジナルの部門間指標 だけでなく,マクロ・ショックの影響を除去した純化された指標,水平指標,

16) 産業部門ごとの融資額伸びのばらつきは,追い貸しとされる貸出行動に見られるように部門 間ショックに「逆行」した動きを大きく含んだ「混濁」した部門間ばららつき指標と見なされる. 才田・関根[2001]では,こうした指標をむしろ資金市場における配分機能低下の証左として用い ている.日本の銀行が自己資本比率規制対応のために,不健全な企業への貸出をバブル崩壊後に

(22)

原油の相対価格変化を代表する指標などを用いて,1968 年から 1987 年まで の労働力調査の月次の 16 産業別雇用者の伸び率をもとに,部門間移動の仮 説を総合的に検定した結果(Nishikawa[1989])では,この間の日本の失業率 のゆるやかな上昇について,需要の部門間移動仮説は棄却された.仮説が棄 却された背景には,労働時間を中心とした雇用調整,労働参加率と雇用の相 関の高さ,失業給付が限定的であること,産業政策による産業支援,あるい は,転籍・出向などの長期雇用を可能にする制度的な要因を指摘した.

Prasad[1997]では,雇用者数の業種ごとのシェアを,一時的要素と恒久 的要素に分解し,恒久的要素の業種間乖離を労働の再配分にかかるショック の指標と見なして,生のばらつき指標と,水平的指標を算出した.この結果, 90 年代については労働再配分ショックが拡大したことはないとしている.

藤田[1998]では,事前の需要情報として,日本では長期にわたり利用可能 な職業安定業務統計における求人統計を用いた.90 年代の業種別シェアを HP フイルター(Hodrick and Prescott[1997])を用いて一時的要素と恒久的要 素に分解した.恒久的要素の変動ウェイトの増大や恒久的要素の業種間乖離 の拡大を確認した.また,労働再配分ショック,失業率,実質 GDP からな る構造 VAR モデルによれば,労働再配分ショックが他の 2 変数へ中長期的 な指標性をもっていること,歴史的要因分解をすると 90 年代前半の失業率 上昇や景気低迷には労働再配分ショックが大きな役割を果たしていたとして いる.

岡村[2005]では,地域別の失業率動向とばらつき指標について検定してい る.京阪神圏,南関東圏の各都府県におけるばらつき指標を 1970 2002 年の 雇用動向調査から作成する際に,Lilien の生のばらつき指標だけでなく,産 業間・地域間をまたいだ移動の難易度が反映されるばらつき指標を,カルマ ンフィルターによる移動コストで難易度を計測することにより算出している. 各圏域17)の失業率の 1 階の自己回帰モデルに,当期の各種ばらつき指標を 取り込み検定した結果,一部の地域では生のばらつき指標が有意であるが, ほとんどのケースで生のばらつき指標は有意ではなく,移動の難易度を表す ばらつき指標が有意であった.ミスマッチをもたらす移動コストやその時系

(23)

列的変化が失業に影響している可能性が示唆される.

人的資本蓄積と部門間移動仮説

需要の部門間移動仮説を,単位根検定と多変量時系列モデルにより本格的 に検証した最近の研究は,Sakata[2002]および坂田[2003]である.ばらつき 指標は,労働力調査における産業 13 分類の雇用者数から生のおよび純化さ れた指標と,景気局面効果指標を用いた.日本において支持されない傾向が あった部門間移動仮説について,失業グループに分けることなどにより,支 持する研究となった.Sakata[2002]で,男女別の分析(1975 99 年)を行い, 長期的関係はないものの,部門間ショックは男性失業率に短期的影響を与え るが,女性には短期的にも与えないとの結果を得た.さらに坂田[2003]では, 若年者(15 24 歳層)と高齢層(55 64 歳層)の失業率についても検定し, 長期的な各グループの失業率の動向と,部門間移動のばらつきの指標との間 にはやはり関係が見出されなかった.しかし,短期的には男子高齢層に関し ては部門間移動のショックが失業率を高めるという結果になった.また,内 閣府が景気動向指数研究会の議論を踏まえ設定しているマクロ経済全体の景 気循環日付18)に従って景気局面効果指標を用い,不況においては,失業全 体やどちらの層にも部門間移動のショックが与える影響の高まりが見られた. こうした結果は,人的資本の特殊性が高い男子高齢層には部門間ショックが 有意に働くことや,不況期においては部門間ショックが高まると結論してい る.

地域別ばらつき指標による部門間仮説の検証

産業別の Lilien 仮説についてはすでに坂田の先行研究があり19),2000 年 代には地域別雇用情勢の格差拡大が観察された.筆者は,地域別のばらつき 指標を用いて,部門間移動仮説を 1980 年代半ばから 2007 年の期間について 検証した.被説明変数には,人的資本の特殊性との関係から,全体の失業率 だけでなく,男子高齢者など 5 種類のグループの失業率を用いた.説明変数

18) 2009 年 3 月 1 日 http://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/di/di_ken.html

(24)

には,1)生のばらつき指標とマクロ・ショックの影響を除いて純化されたば らつき指標,2)ばらつき指標に景気局面による非対称性を加味した景気局面 効果指標(労働市場の景気局面効果指標を独自に作成),3)国際的なショッ クをとらえる輸入比率を用いた20)21)

労働力調査22)における 10 の各地域の雇用者数e

から,地域別のばらつ

き指標を作成した.Lilien の生のばらつき指標σは全国の雇用者数をE

して下記のとおりになる.

σ= ∑



e E

⋅Δlog (e) −Δlog (E)

純化されたばらつき指標を作成するマクロ・ショックを取り出すため,先 行研究と同様に,貨幣増加関数を作成した.変数としては,貨幣供給m

実質産出量y,長期金利r,物価上昇率p23)を取り上げ,各変数について,

単位根検定を行ったところいずれもI⑴の変数であった.ヨハンセン検定を

行ったところ,共和分関係が少なくとも 1 つあることがわかった.モデルの 次数については,AIC(赤池情報量基準)により,ラグ次数 2 とした.この 結果,図表 3 11 にあるような 2 期前までのラグをもつ誤差修正モデルを推 計した24).この推定された貨幣増加関数の残差を,期待されない貨幣増加 率 DMR とし,推定された伸び率を期待された貨幣増加率 DME とした. DMR はI ,DME はI⑴である.

各地域別雇用者の伸び率を,マクロ・ショックである期待されない貨幣増 加率と期待された貨幣増加率に回帰させた残差をeとすると,純化された

ばらつき指標は,

20) 実際には,後述するように輸入比率と失業率との階差 VAR モデルを推定している. 21) 金利を除きすべて季節調整した,四半期値を用いた.

22) 労働力調査では 10 地域別の結果を 1983 年から公表している.北海道,東北,南関東,北関 東・甲信,北陸,東海,近畿,中国,四国,九州・沖縄に分割されている.道州制などの議論に 見られるように,各地域が経済圏としてある程度 1 つの圏域となっているといえる.

23) M2+CD(実額季節調整値を平均値を指数化して対数変換),実質 GDP(2000 年基準季節調

整値実額指数化を対数変換),長期利子率(国債 10 年物四半期平均,%),消費者物価上昇率 (季節調整指数化対数変換前期差,%)である.

24) は,貨幣量に,産出量,長期金利,物価変化率を回帰した残差であり,この 4 変数の長

(25)

s= ∑



e E

e



と定義される.σsも,どちらも明確にI である.いずれも,2000 年代

に限って見ると上昇傾向がうかがえる(図表 3 12)25)

景気局面効果には,景気下降局面で 1,上昇局面で零とした景気局面ダ ミー変数を用い,それとσまたはsとの積をもって景気局面効果指標とした.

坂田[2003]と同様にして,内閣府の景気基準日付に基づくマクロ景気局面ダ ミー変数BMとの積で,マクロ景気局面効果指標BMσBMsを作成した.

しかし,景気局面効果は,本来労働市場における雇用調整を中心とした景 気局面に基づくと考えられる.日本のバブル崩壊後の労働市場は長く「氷河 期」とされる厳しい状況にあり,経済全体の在庫循環も含めた景気循環判断

25) σ,sについて,失業率全体との相関係数はいずれも−0.15 であり,欠員率(職業安定業務統

計査四半期)との相関係数はそれぞれ 0.17,0.13 と正である. 図表 3 11 貨幣増加関数

貨幣増加関数(誤差修正モデル)Δ m

係 数 t統計量

定数項 0.002 2.826*

Δ m 0.625 6.443*

Δ m 0.114 1.248

Δ y 0.117 2.203*

Δ y −0.010 0.186

Δ r 0.054 0.543

Δ r −0.078 0.807

Δ P −0.331 2.539*

Δ P −0.278 3.024*

e cm −0.005

決定係数 0.827

自由度修正済決定係数 0.811

残差自乗和 0.002

方程式標準誤差 0.004

赤池情報量基準 −8.124

シュバルツ情報量基準 −7.875

サンプルサイズ 108

推計期間 1981Q1 2007Q4

(26)

とは必ずしも一致しないと見られる26).このため,労働市場における景気 局面区分を新たに作成した.労働関係の指標(図表 3 13.1 および 2),新卒の 就職率(図表 3 24, pp. 124 125)27)を見ると,1992 年から 2003 年までが労働 市場の長期低迷期であり,雇用人員減が継続的にあった時期である.1998 年を境に雇用調整方法が大きく変化したとの指摘もあることから,1992 97 年を長期低迷期前半,1998 2003 年を長期低迷後半とすることもできる. 1987 1991 年を通じて労働市場では,バブル期と見る28)ことが可能である. 1983 年から 1986 年までをバブルの前という意味でバブル前期29)とする. 2003 年からは新規の雇用破壊が止まるが新規の雇用創出に乏しい弱い回復 期であった.各期を,マクロ経済・労働市場の代表的指標とともに図示した

(図表 3 14).バブル前期 1983 1986 年および長期低迷期 1992 2002 年を 1 と

26) 雇用者数の調整にかかわる指標は,マクロの景気循環指標のなかで主に遅行指標とされてい る.

27) コアの常用雇用の大きな部分を成す新規大卒者の就業率で見ても,人口減少が見込まれるに もかかわらず,1991 年 81.3%をピークとして,2003 年の 55.1%まで長期に一貫して下落してい た.

28) バブルの山は 1991 年の 2 月に付け,1991 年はマクロの景気循環では景気後退期とされるが, 1991 年全体としては,労働市場は引き続きタイトであったこと,景気の量感の高さとしてその 後の景気後退期の谷よりは低かった.

29) 1985 年 6 月を山とすると景気拡大期は,短くまた山が低かったことから,1986 年 11 月の谷 までを,景気が緩慢な時期と見なされる.

1980 1985 1990 1995 2000 2005(年)

0.002 0.004 0.006 0.008 0.010 0.012 0.014 0.016 0.018

PURGSGM SGM

図表 3 12 ばらつき指標と純化されたばらつき指標

(27)

して,バブル期 1987 1991 年および拡大期 2003 2007 年を零とした労働市場 景気局面ダミーBLを作成した.それとσまたはsの指標との積をもって労

働市場景気局面効果指標BLσBLsとした.

失業率については,全国の失業率を,男女計 UT,男子 UMT,女子 UFT, それらに加えて,坂田[2003]での結果や高い失業率水準から,男子若年 (15 24 歳層)UMYT と男子高年(55 64 歳層)UMST の五種類を取り上げ

た(図表 3 15).これらの変数は,推計においては Wallis[1987]の提案に従

い,ロジット変換して用いた30).いずれの失業率もI⑴である.

失業率を,部門間移動仮説の先行研究と同じく,バロー型の自己回帰モデ ルを用いて,推定した.外生変数は,ばらつきの指標(σまたはs),期待さ

れない金融政策,期待された金融政策およびそれらのラグ変数である.失業 率を短期的に変動させる変数として輸入比率を取り上げた31)32)輸入比率と 失業率は,各I⑴でありかつ共和分関係にないため,階差 VAR モデルを推

定した.ラグ次数は,赤池情報量基準により 4 とした.5 種類の失業率につ いて,ばらつきの指標の 2 種類(σまたはs)のいずれかと組み合わせた場

合,それらにそれぞれにマクロ景気局面効果指標(BMσBMs)または

労働市場局面効果指標(BLσBLs)を加えた場合の,30 ケースを同じ推

定式を用い推計した33).たとえば,生のばらつき指標にマクロ景気局面効 果指標を加え,推計した失業率関数は以下の形になる.

ΔUT= constant + ∑

αΔUT+ ∑ 

βΔIMP+ ∑ 

γσ

+ ∑

δBMσ+ ∑ 

ηDMR+ ∑ 

ϕDME+u

ばらつきの指標や景気局面効果指標の係数を取り出し比較した.ばらつきの 指標(σまたはs)だけと組み合わせた推計結果(図表 3 16,3 17)では,男

30) ロジット変換した方が,対数変換より推定量が望ましい.

31) 輸入比率は,国民経済計算における輸入等の国内総生産に対する比率.

32) 坂田,Mills とも,運転資本との代替の関係で短期金利を取り入れていた.短期金利は,ここ での推定期間の後半ではほぼ零近傍に張りついてしまっており失業率との関係が歪んでいること,

短期金利がI に転じていること,共和分関係をとると符号が予想と反対になることから,取り

入れなかった.

(28)

図表 3 13.1 労働市場の推移――マクロ・供給・需要

年 CI 指数一致 指数

鉱工業 生産指 数

国内総 生産対 前年増 減 率 (実質)

消費者 物価対 前年増 減率

労働力 人口実 数

(就業者 ÷15 歳 以 上 人 口)の比 率

完全失

業率 有効求人倍率 新規求人倍率

2005年=100 2000年=100 % % (千人) % %

1983 77.0 70.7 1.6 1.9 58,890 62.1 2.6 0.6 0.9

1984 82.6 77.4 3.1 2.3 59,270 61.7 2.7 0.7 1.0

1985 84.0 80.2 5.1 2.0 59,630 61.4 2.6 0.7 1.0

1986 80.8 80.0 3.0 0.6 60,200 61.1 2.8 0.6 0.9

1987 84.0 82.7 3.8 0.1 60,840 60.8 2.8 0.7 1.1

1988 93.1 90.7 6.8 0.7 61,660 61.0 2.5 1.0 1.5

1989 98.6 96.0 5.3 2.3 62,700 61.4 2.3 1.3 1.9

1990 102.2 99.9 5.2 3.1 63,840 61.9 2.1 1.4 2.1

1991 100.7 101.6 3.4 3.3 65,050 62.4 2.1 1.4 2.1

1992 89.9 95.4 1.0 1.6 65,780 62.6 2.2 1.1 1.6

1993 82.8 91.7 0.2 1.3 66,150 62.2 2.5 0.8 1.2

1994 83.4 92.6 1.1 0.7 66,450 61.8 2.9 0.6 1.1

1995 86.4 95.6 2.0 −0.1 66,660 61.4 3.2 0.6 1.1

1996 90.2 97.8 2.7 0.1 67,110 61.4 3.4 0.7 1.2

1997 94.3 101.3 1.6 1.8 67,870 61.5 3.4 0.7 1.2

1998 86.3 94.4 −2.0 0.6 67,930 60.7 4.1 0.5 0.9

1999 86.8 94.6 −0.1 −0.3 67,790 59.9 4.7 0.5 0.9

2000 93.0 100.0 2.9 −0.7 67,660 59.5 4.7 0.6 1.1

2001 88.6 93.2 0.2 −0.7 67,520 58.9 5.0 0.6 1.0

2002 87.5 92.0 0.3 −0.9 66,890 57.9 5.4 0.5 0.9

2003 91.7 95.0 1.4 −0.3 66,660 57.6 5.3 0.6 1.1

2004 97.9 100.2 2.7 0.0 66,420 57.6 4.7 0.8 1.3

2005 100.0 101.3 1.9 −0.3 66,500 57.7 4.4 1.0 1.5

2006 103.8 106.2 2.4 0.3 66,570 57.9 4.1 1.1 1.6

2007 104.8 109.1 2.1 0.0 66,690 58.1 3.9 1.0 1.5

1983 86 81.1 77.1 3.2 1.7 59,498 61.5 2.7 0.6 0.9

1987 91 95.7 94.2 4.9 1.9 62,818 61.5 2.4 1.2 1.7

1992 97 87.8 95.7 1.4 0.9 66,670 61.8 2.9 0.8 1.2

1998 2002 88.4 94.8 0.3 −0.4 67,558 59.4 4.8 0.5 1.0

2003 07 99.7 102.4 2.1 −0.1 66,568 57.8 4.5 0.9 1.4

(29)

図表 3 13.2 労働市場の推移――雇用量・賃金

年 雇用者対前年増減 率

常用雇用 指 数(調 査産業計 30 以上)

新規求人 数

所定内労 働 時 間 (調 査 産 業 計 30 人以上)

所定外労 働 時 間 (調 査 産 業 計 30 人以上)

現金給与 総 額(調 査産業計 30 人 以 上)対前年

実質賃金 (調 査 産 業 計 30 人 以 上) 対前年

春季賃上 げ(主 要 企 業)賃 上げ率 % 2005年=100 (千人) 2005年=100 2005年=100 % % %

1983 2.7 87.9 363.3 114.0 105.7 2.7 0.8 4.4

1984 1.4 88.5 397.5 114.5 112.6 3.6 1.4 4.5

1985 1.1 89.5 401.3 113.5 114.6 2.8 0.7 5.0

1986 1.5 90.1 380.8 113.3 111.4 2.7 2.3 4.6

1987 1.1 90.7 436.9 113.5 114.4 1.9 2.2 3.6

1988 2.5 92.1 559.1 113.0 123.5 3.5 3.0 4.4

1989 3.1 94.5 618.8 111.2 124.6 4.2 1.9 5.2

1990 3.3 97.6 644.6 110.0 124.5 4.7 1.5 5.9

1991 3.5 100.7 634.8 108.0 116.5 3.5 0.2 5.7

1992 2.3 102.9 554.0 106.4 99.5 1.7 0.1 5.0

1993 1.6 104.0 473.1 104.7 88.3 0.6 −0.6 3.9

1994 0.7 104.1 455.5 104.5 86.4 1.8 1.3 3.1

1995 0.5 103.5 474.5 104.6 89.7 1.8 2.1 2.8

1996 1.1 103.1 530.9 104.3 96.1 1.6 1.6 2.9

1997 1.3 103.8 558.6 102.9 99.0 2.0 0.4 2.9

1998 −0.4 104.3 492.1 102.5 90.3 −1.4 −2.1 2.7

1999 −0.7 103.7 488.5 101.5 89.0 −1.4 −1.0 2.2

2000 0.5 102.9 585.9 102.0 94.1 −0.3 0.6 2.1

2001 0.2 102.0 594.9 101.4 90.5 −0.9 0.0 2.0

2002 −0.7 100.4 598.5 100.5 91.3 −2.9 −1.8 1.7

2003 0.1 99.2 670.1 100.3 96.6 −0.1 0.2 1.6

2004 0.4 99.5 761.8 100.6 99.7 −0.8 −0.9 1.7

2005 0.7 100.0 825.7 100.0 100.0 1.0 1.5 1.7

2006 1.5 100.7 860.9 100.5 103.3 1.0 0.7 1.8

2007 0.9 102.1 805.6 100.3 105.2 −0.3 −0.4 1.9

1983 86 1.7 89.0 385.7 113.8 111.0 3.0 1.3 4.6

1987 91 2.7 95.1 578.8 111.1 121.0 3.6 1.8 5.0

1992 97 1.3 103.6 507.8 104.6 93.0 1.6 0.8 3.4

1998 2002 −0.2 102.7 552.0 101.6 91.0 −1.4 −0.9 2.1

(30)

Ⅴ Ⅳ

Ⅲ Ⅱ

完全失業率(逆サイクル) 有効求人倍率(除学卒)

生産指数(鉱工業) CI指数一致指数

(%) (指数)

0 20 40 60 80 100 120

(年) 0.00

1.00 2.00 3.00 4.00 5.00 6.00

05 03 2001 99 97 95 93 91 89 87 85

1983 07

図表 3 14 景気局面の分類

注) 労働力調査,職業安定業務統計,景気動向指数,鉱工業生産統計により作成.季節調整値.

0.00 0.02 0.04 0.06 0.08 0.10 0.12

1980 85 90 95 2000 05 (年)

UMYT UMST

UT UMT UFT

図表 3 15 失業率の推移

(31)

図表 3 16 ばらつき指標係数

UT UMT UFT UMYT UMST

σ 1.018 0.470 0.921 1.249 4.065

(0.751) (0.281) (0.455) (0.437) (1.564)

σ 0.193 0.874 −0.112 −0.562 1.272

(0.136) (0.500) (0.055) (0.192) (0.457)

σ 1.486 2.930 0.443 −2.984 6.226*

(1.075) (1.692) (0.222) (1.018) (2.291)

σ −2.372 −2.231 −2.255 1.287 −3.321

(1.806) (1.353) (1.184) (0.450) (1.286)

σ −0.369 −1.570 0.761 0.402 −6.580*

(0.273) (0.930) (0.395) (0.141) (2.466)

自由度修正済R0.290 0.214 0.095 0.038 0.253

標本数 95 95 95 95 95

説明変数の数(含む定数項) 24 24 24 24 24

AI −4.017 −3.579 −3.276 −2.530 −2.743

SIC −3.372 −2.943 −2.631 −1.885 −2.098

注) 図表 3 16 から 3 21 まで筆者作成.有意水準 5%で有意な係数に*を付した.( )内はt統計量の 絶対値.図表 3 21 まで同様.

図表 3 17 純化されたばらつき指標係数

UT UMT UFT UMYT UMST

S 0.177 −0.263 0.387 2.101 2.921

(0.134) (0.161) (0.198) (0.735) (1.133)

S 0.198 0.172 0.405 −0.509 0.025

(0.149) (0.104) (0.210) (0.177) (0.010)

S 1.865 3.815* −0.236 −3.092 6.686*

(1.391) (2.288) (0.121) (1.056) (2.556)

S −2.477 −2.507 −2.255 0.981 −3.812

(1.898) (−1.517) (1.203) (0.345) (1.446)

S 0.697 −0.205 1.594 1.601 −3.985

(0.512) (0.121) (0.819) (0.554) (1.449)

自由度修正済R0.295 0.229 0.099 0.042 0.227

標本数 95 95 95 95 95

説明変数の数(含む定数項) 24 24 24 24 24

AIC −4.024 −3.599 −3.281 −2.534 −2.709

(32)

子高齢者のσおよびsケース,ならびに男子のsのケースの 3 つのケースで,

2 期前のばらつきの指標が正で有意である.2 期前のばらつきの指標の係数 は,男子高齢者失業率関数では男子失業率関数の倍になっている.

さらに,マクロ景気局面効果指標BMσBMsまたは労働市場局面効果

指標BLσBLsを,ばらつきの指標に加えた場合の係数(図表 3 18,3 19

および図表 3 20,3 21)を見ると,まず符号について,各表の係数に関する

部分において上段より下段の方が負の推定値が少ない.上段全体では負の推 定値が 53 ある一方,下段の係数で負値をとるものは 39 と少なくなっている. つまり景気局面を加味した場合の方が期待された符号に近い34).4 つの表を 通して,有意な係数は,男子高齢者失業率の 2 期前に 5 つ,女子失業率の 1 期前に 4 つ,全体の失業率の 1 期前に 3 つ35),男子失業率の 2 期前に 1 つ となっている.男子高齢者は,ばらつきの指標とマクロ景気局面効果指標が 同時に有意である.女子失業率および全体失業率は景気局面効果指標として とらえたときのみばらつきの指標が有意になる.女子労働は,非基幹正社員 の割合が高く,景気局面が厳しくなったときに早く雇用調整の対象になりや すいということと整合的である.失業率の種類を通じて有意な係数がある場 合に着目すると,生のまたは純化されたばらつき指標にマクロ景気局面効果 指標を加えた場合に,マクロ景気局面効果指標の指標 2 期前が,男子高齢, 女子,全体の失業率とも有意であり,その大きさは,男子高齢者が全体の 2 倍の大きさになっており,女子が中間にある.若年失業率には景気局面効果 指標を加えても依然有意な係数がまったくない.また図表 3 16 から 3 21 を 通じて,男子若年の失業率関数の決定係数が低い.女子失業率は,ばらつき の指標だけでは決定係数が低いが,景気局面効果指標(マクロまたは労働) を加えると決定係数が改善している36)

以上,地域別に見たばらつきの指標をもとに,マクロ景気局面効果指標に 加えて労働市場景気局面効果指標をも作成し,部門間移動仮説を試した

34) 生のばらつき指標σを用い,労働景気局面効果指標を入れた,男子高齢者失業率関数の場合

には,有意な係数は 1 個にとどまるが,正符号係数が多く,係数のばらつきが小さい. 35) 10%水準では全体の失業率の有意な係数は 5 つになる.

36) 情報量基準を見ると,AIC では景気局面効果指標の追加によりすべて改善している.SIC (シュバルツ情報量基準)では純化されたばらつき指標に景気局面効果指標を追加した場合だけ

(33)

2007 年までの推定結果をまとめると,男子高齢者失業ほど部門間ショック の影響を受けている可能性が高くまたその程度が全体の倍近く大きいと見ら れる.女子失業率やおそらくそれを反映した全体失業率については,マクロ 景気局面が厳しい局面では部門間ショックが作用している可能性がある.男 子若年失業率は部門間ショックの影響が見られない.坂田[2003](p. 22)と 同じく,人的資本の特殊性との関係を考慮して検証してみると,部門間移動 仮説は男子若年層には当てはまらないが,男子高年齢層には部門間ショック が失業率を高める効果があることや,景気の下降局面には女子を通じて失業 率に影響を与えることがわかった.

部門間移動仮説の限界

先述の部門間ショック把握の問題のほかに,Lilien の提唱から始まったば らつきの指標の手法の限界についての指摘があるので,まとめておく.

1) 現実の統計上,どのような詳細度で部門分類を用いるかで結論が変 わってくるという実証上の問題がある.分類が詳しくなるほどより敏感に移 動を捕捉できると考えられる.

2) 部門ごとの雇用変動は需要だけでなく供給側の行動変化にもよる.ば らつきの指標は,結果であって必ずしも需要を現していない.部門への ショックでなく,労働供給行動側の変化が特定部門に顕現化している場合も ありうる.

3) 部門を先験的に決める手がかりは十分にない.移動する際に 1 回失業 のプールを経なければならないような顕著な移動障壁が存在する就業の場が 「部門(セクト)」を成すと見なしているが,どのような場が部門となるか先 験的な情報は必ずしも十分でない37).たとえば,失業を経ない子会社間の 出向・転職という移動で働く産業が変わるケースに対し,解雇されて失業し 再就職した場合に同一産業に移動するとのケースもある.

4) 各労働者が有する技能がどれほど部門固有の技能か,あるいは各部門 側がどれほど固有の技能を要求する就業機会であるかによって,同じ部門

(34)

ショックであっても失業に及ぼす効果が異なってくることが考慮されていな い(Abe and Ohta[2001], pp. 440 442,太田[2005], p. 79).

5) 失業期間の長さなど摩擦の態様については陽表的には考慮されておら ず,失業プールの混雑や失業への参入退出行動の変化が明示的には考慮され ない.

図表 3 18 生のばらつき指標とマクロ景気局面効果指標の係数

UT UMT UFT UMYT UMST

σ 0.288(0.207) −0.621(0.350) −0.827(0.396) −0.295(0.096) 3.228(1.144)

σ −0.353(0.244) 0.266(0.143) −1.598(0.778) −1.535(0.483) −0.984(0.327)

σ 1.981(1.374) 3.155(1.689) 0.774(0.373) −3.308(1.024) 8.367*(2.790)

σ −2.423(1.711) −1.631(0.901) −3.860(1.898) 1.186(0.366) −4.743(1.619)

σ −0.103(0.072) −1.321(0.731) 0.715(0.345) 0.349(0.108) −6.555*(2.134)

BMσ 1.416(1.191) 1.975(1.284) 0.958(0.564) 2.421(0.913) −1.329(0.554)

BMσ 3.252*(2.231) 2.570(1.355) 4.732*(2.286) 2.671(0.832) 6.930*(2.380)

BMσ −1.056(0.712) 0.080(0.043) −1.995(0.930) 0.098(0.030) −3.223(1.083)

BMσ −0.573(0.393) −0.881(0.478) 1.308(0.631) −0.973(0.311) −0.615(0.203)

BMσ −0.381(0.346) −0.763(0.552) 0.786(0.504) 0.247(0.106) 1.299(0.593)

自由度修正済R0.363 0.256 0.181 0.027 0.268

標本数 95 95 95 95 95

説明変数の数

(含む定数項) 29 29 29 29 29

AIC −4.092 −3.603 −3.345 −2.486 −2.731

SIC −3.313 −2.823 −2.565 −1.706 −1.951

図表 3 19 生のばらつき指標と労働景気局面効果指標の係数

UT UMT UFT UMYT UMST

σ 1.266(0.857) −0.630(0.335) 2.215(1.011) 2.944(0.895) 2.198(0.743)

σ −1.251(0.750) 1.270(0.600) −3.235(1.322) −2.439(0.665) 0.455(0.134)

σ −0.143(0.086) 1.583(0.756) −0.028(0.012) −4.352(1.160) 7.085*(2.105)

σ −0.077(0.050) 0.809(0.417) −1.116(0.503) 3.499(0.980) 1.458(0.451)

σ 1.092(0.725) −0.514(0.266) 2.705(1.248) 0.471(0.135) −4.590(1.457)

BLσ −0.114(0.079) 2.974(1.647) −2.154(1.015) −1.341(0.424) 3.840(1.355)

BLσ 2.292(1.428) −0.112(0.053) 5.495*(2.331) 4.003(1.103) 3.285(1.012)

BLσ 3.928*(2.302) 3.807(1.780) 2.630(1.057) 3.693(0.962) 1.663(0.494)

BLσ −1.418(0.877) −2.454(1.208) 1.372(0.592) −1.500(0.419) −0.594(0.191)

BLσ −0.918(0.625) 0.827(0.455) −1.819(0.863) 1.950(0.609) 2.036(0.738)

自由度修正済R0.407 0.317 0.267 0.112 0.341

標本数 95 95 95 95 95

説明変数の数

(含む定数項) 29 29 29 29 29

AIC −4.164 −3.687 −3.456 −2.577 −2.837

図表 3 13.1 労働市場の推移――マクロ・供給・需要 年 CI 指数一致 指数 鉱工業生産指数 国内総生産対前年増減 率 (実質) 消費者物価対前年増減率 労働力人口実数 (就業者÷15 歳以 上 人口)の比率 完全失業率 有効求人倍率 新規求人倍率 2005年=100 2000年=100 % % (千人) % % 1983 77.0 70.7 1.6 1.9 58,890 62.1 2.6 0.6 0.9 1984 82.6 77.4 3.1 2.3 59,270 61.7 2.7 0.7 1.0 1
図表 3 13.2 労働市場の推移――雇用量・賃金 年 雇用者対前年増減 率 常用雇用指 数(調査産業計 30 以上) 新規求人数 所定内労働 時 間(調 査 産業 計 30 人以上) 所定外労働 時 間(調 査 産業 計 30人以上) 現金給与総 額(調査産業計30 人 以上)対前年 実質賃金(調 査 産業 計 30 人 以 上)対前年 春季賃上げ(主 要企 業)賃上げ率 % 2005年=100 (千人) 2005年=100 2005年=100 % % % 1983 2.7 87.9 363.3 114.
図表 3 16 ばらつき指標係数
図表 3 18 生のばらつき指標とマクロ景気局面効果指標の係数
+2

参照

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