解説
ワイル・ディラック半金属や量子スピン液体探索の新しい指導原理
渡辺悠樹
東京大学物理工学専攻
[email protected] tokyo.ac.jp
金属や絶縁体,磁性体などの物性物理学 において古くから研究されてきた相の他に, 近年では「ワイル・ディラック半金属」や
「量子スピン液体」といった比較的新しい電 子状態の研究が興味を集め,物性物理学の 主要な研究テーマの一つとして世界中の研 究者を巻き込んだ研究が進められている.
ワイル半金属とは,3 次元空間において 伝導バンドと価電子バンドの計2 バンドが ブリルアン域内の一点で接触し,その近傍 で線形分散を示すバンド構造を持つ物質の ことである.ワイル半金属のバルクの電気 磁気応答はカイラル量子異常と関連してお り,これがどのような実験的シグナルとし て現れるのかが注目を集めている.さらに ワイル半金属の2 次元表面には,通常の 2 次元電子系ではあり得ない「閉じていない フェルミ面」が現れるという興味深い性質 を持つ.ワイル半金属に限らずより一般に, 3 次元空間において「面」ではなく「曲線」 や「点」で伝導バンドと価電バンドが接す る半金属は,通常のフェルミ面の場合とは 異なる物性を示すことが期待され,これを 実現する物質の探求が盛んに行われている.
一方,相互作用が強くバンド描像が成立 しない領域で注目されているのが量子スピ ン液体である.強い電子間相互作用によっ て電子が局在しモット絶縁体となると,残 されたスピンの自由度が問題となる.十分 低温では反強磁性秩序などの磁気秩序が生 じてしまうことが多いが,カゴメ格子など の幾何学的フラストレーションを持つ格子 では磁気秩序が抑制され,スピンの自由度 があたかも「液体」のように固まらずに残 ることがある.絶対零度においても磁気長 距離秩序を持たないスピン系は量子スピン
液体と総称されるが,一口に量子スピン液 体と言っても多種多様な可能性が残されて いる.例えば電子のスピンと電荷の自由度 が分離したり,ボソンでもフェルミオンで もないエニオン統計に従う準粒子励起が現 れる「トポロジカル秩序相」の一種となる 可能性が指摘されており,量子コンピュー ターや次世代デバイスへの将来的な応用が 期待されている.
理論的な興味だけでなく応用の可能性も 秘めるこれらの非自明な電子状態が「一体 どのような場合に実現するか」を明らかに することは,物質探索の指針となる指導原 理を与えたり,そこで起こる物理現象を深 く理解したりするために重要である.
これまで半世紀をかけて発展させられて きたLieb-Schultz-Mattis 定理は,量子多 体系が実現し得る可能な状態を「単位胞当 たりの電子数」に基づいて制限する非常に 一般的な定理である.例えば,単位胞当た り に 奇 数 個 の ス ピ ン を 含 む カ ゴ メ 格 子 上 のスピン模型が「磁気秩序などの長距離秩 序を示さず,かつギャップが開いている場 合には,トポロジカル秩序を持つ非自明な 量子スピン液体にならなければならないこ と」をこの定理は保証している.しかしこ の定理はスピンのどの成分も保存しない強 いスピン軌道相互作用がある系には適用で きなかった.本稿では,任意のスピン軌道 相互作用がある場合や,ノンシンモルフィッ クな空間群の対称性を有する場合にLieb- Schultz-Mattis 定理を拡張し,より広いク ラスの系に対してより厳しい制限を課せる ようにする.そしてその結果が量子スピン 液体やワイル・ディラック半金属の探索に どのように役立つのかについて紹介する.
1. Lieb-Schultz-Mattis 定理とその応用例
まず,1961 年に提案されて以降これまで様々な形で拡張 されてきたLieb-Schultz-Mattis 定理を振り返り,その多彩 な応用例を概観しよう.
1.1. エネルギー準位の構造とフィリング ν の関係 例えばバンド絶縁体や横磁場イジング模型の非秩序相(横 磁場が強い領域)などは,(i) 無限体積極限の励起エネルギー に有限のギャップがあり,かつ(ii) 基底状態が縮退していな い,という意味で単純な系である.本稿ではこれらの「有限 の励起ギャップを持ち,縮退していない基底状態」をまとめ て「非縮退ギャップ系」と呼ぶことにする(図1 参照).相互 作用する系も取り扱いたいので,問題にしているのは一粒 子エネルギー準位ではなく多体系としてのエネルギー準位 のことである.非縮退ギャップ系の最も単純な例はバンド絶 縁体であるが,トポロジカル絶縁体1)やそれを相互作用があ る系に一般化したSPT (Symmetry Protected Topological) 相もこれに含まれることに注意する.
さて,相互作用する粒子からなる任意の量子多体系を考 える.ただし系の全粒子数N が保存しかつ離散的な並進対 称性を持つと仮定する.合計Nuc個の単位胞(unit cell)を 含むように周期境界条件を課すと「単位胞あたりの平均粒 子数ν = N
Nuc」が定義でき,これをフィリングと呼ぶこと にする.無限体積極限(Nuc→ ∞)は ν を一定に保ったま まとるとする.相互作用は無限レンジ模型などの完全に長 距離なものは許さず,十分早く減衰するものとする.ここ では動き回る粒子からなる系を念頭に置いているが,局在 スピンからなるスピン系を扱うには,まずスピン1/2 を持 つ電子からなる系を考え適当な周期ポテンシャルや電子間 相互作用などの結果として電子が完全に局在したと見なせ ば良い.
実は非縮退ギャップ系を実現するためにはフィリングν に厳しい制約が課されることが知られている.
任意の空間次元d の量子多体系が粒子数保存と 離散的並進の対称性を持つとする.基底状態が 縮退せず,かつ有限の励起ギャップを持つため には,ν は整数でなければならない.
つまり,もしν が整数でないならば系は非縮退ギャップ系と なることができず,ギャップレスの励起が存在するか,もし くは基底状態が縮退しなければならないのである.相互作 用の強さや粒子の統計性(ボソンかフェルミオンか等)に よらずこのような定理が一般的に成立することは実に驚く べきことである.
この定理は,元々Lieb-Schultz-Mattis によってスピン 12 の一次元Heisenberg 模型の場合に示され2),Affleck-Lieb に よって一般の半整数スピン鎖に拡張された3).後に押川,山
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図1 系のエネルギースペクトルの模式図.基底状態に縮退があるか,有 限の励起ギャップがあるかどうかを問題にしている.縮退の起源は自発的 対称性の破れであることが多いが,後述する「トポロジカル縮退」の場合 の方が理論的にはより興味深い.同様に,ギャップレス励起の起源は自発 的対称性の破れに伴う南部ゴールドストーン励起やフェルミ面近傍の粒 子・正孔対励起であることが多いが,本稿ではこの他の場合に興味がある.
中,Affleck によって磁気プラトーの問題へ応用されたり4), スピン系に限らない一般の一次元粒子系に拡張された
5)
.さ らに2000 年以降になって押川6)やHastings7)によって2 次 元以上の高次元へと一般化された.本稿ではこれらの一般 化を経たものを総じて「LSM 定理」と呼ぶことにする.
このLSM 定理の意味するところをより具体的に理解す るために,いくつか例を見てみよう.
1.2. [例 1] 1 次元自由電子模型
最も単純な例として,1 次元格子の上を飛び移る自由電 子模型(tight-binding 模型)を考える.簡単のためにスピ ンはないものとする.周期Nucの周期境界条件を課すと, Bloch の定理により電子の一粒子状態は波数 k = N2π
ucai(i =
1, 2, . . . , Nuc; a は格子定数)で特徴付けられ,一粒子エネ ルギーε(k) はバンド構造をなす.バンド絶縁体を実現する ためには,幾つかのバンドを完全に占有しなければならな いが,それにはNucの整数倍の電子が必要になり,そのと きのフィリングν は占有するバンドの数と等しい整数にな る.しかし逆は真ではなく,ν が整数だからといって必ず しもバンド絶縁体になるわけではない.この場合は分散関 係ε(k) の詳細に依存する.
一方ν が非整数,例えば ν = 12とすると必ず中途半端に 占有されたバンドができ,励起ギャップがゼロになる.相 互作用まで含めると電荷密度波が生じ,格子間隔が2 倍に なるように並進対称性が自発的に破れることがあるが,そ の場合は自発的対称性の破れによって基底状態が2 重に縮 退していることに注意する.結局いずれの場合でも,ν が 整数でなければギャップレスの励起が存在するか基底状態 に縮退が生じるのである.
1.3. [例 2] ボース粒子系
LSM 定理はフェルミオン系だけでなくボソン系にも適用 できる.例として2 次元以上の自由空間内の有限密度ボー ス粒子系を考えよう.十分低温では通常,ボースアインシュ タイン凝縮が起き,粒子数保存の対称性が自発的に破れる. これに伴って基底状態が無限に縮退し,ギャップレスの南 部ゴールドストーン励起が現れる.これは連続並進対称性 をもつ自由空間ではν が整数になり得ず,非縮退ギャップ 系が許されないことから理解できる.
非縮退ギャップ系を実現するには系を格子上に定義すれ ばよい.正方格子上を飛び移り積分t で動き回るボース粒 子系を考える.ボソンの粒子密度は化学ポテンシャルµ に よって調節され,µ が大きいほど大きくなるが,1 つのサイ トに2 個以上粒子が入ると U に比例する斥力相互作用が働 くとする.この模型はボース・ハバート模型として知られ ており,パラメータt/U と µ/U を変化させた時の相図は例 えば文献
9)
を参照されたい.自由空間の場合と異なり,相 互作用が強い場合にはモット絶縁体相が実現されるが,こ の相ではサイトあたりの粒子数ν が整数となっており,確 かに非縮退ギャップ系のための条件を満たしている. 1.4. [例 3] 2 次元量子ホール系
より非自明な例として量子ホール系を考えよう.2 次元自 由空間内の電子系に垂直磁場B がかかっているとし,ここ でも簡単のためにスピンは無視する.有限の磁場がかかっ ているのでx, y 方向の無限小並進は交換しないが,磁束量 子Φ0= 2πℏ
e を囲むような離散並進は交換するのでこれを 採用する.すると単位胞の面積はAuc = Φ0
B になるので,
系全体の面積をA とすれば,系に含まれる単位胞の個数は Nuc=AAuc = BAΦ0 となる.この単位胞の数Nucは実はラン ダウ準位の縮退度NL=eBA
2πℏ = BA
Φ0 と一致している.した
がって単位胞あたりの平均粒子数ν = N
Nuc はランダウ準位
の占有率 N
NL と同一であることが分かる.
よく知られているように,ν が整数ならば整数量子ホー ル状態となる.周期境界条件の下ではエッジ状態は現れな いので励起ギャップは有限であり,基底状態も縮退してい ないので非縮退ギャップ系である.
一方,例えばν = 1
3 のとき,相互作用によって有限の励 起ギャップを持つ分数量子ホール状態が実現されたとする. ν が整数でないので LSM 定理より非縮退ギャップ系になる ことはできない.しかし励起ギャップが開いており,かつ 自発的対称性の破れは起こっていないので,基底状態はよ り非自明な機構によって縮退していなければいけない.実 はこのとき,基底状態には系が定義されている多様体(今 の場合は周期境界条件をとっているのでトーラスT2)の穴 の数などに依存する縮退が生じる.この縮退を「トポロジ カル縮退」と呼び,トポロジカル縮退を持つ系は「トポロ
ジカル秩序」を持つと言われる8).トポロジカル秩序相は理 論的に非常に興味深く,様々な非自明な性質を示す.例え ば系の準粒子励起が「分数電荷」や「分数統計」を持つこ とが知られており8),量子コンピューターなどへの将来的な 応用が期待されている.このν = 1
3の分数量子ホール状態
の例では,トーラス上で3 重縮退があり,電荷 e3を持つ準 粒子が現れる
8)
.少々紛らわしいが,トポロジカル絶縁体は トポロジカル秩序とは全く関係がなく,トポロジカル縮退 や分数電荷などを生じないことに注意する.
1.5. スピン 1/2 を持つ電子系の場合
ここまでは電子のスピンを無視していたが,現実の電子 はスピン 1
2を持つ.まずは簡単のためにスピン軌道相互作 用などはなく,スピン↑ の電子数とスピン ↓ の電子数がそ れぞれ独立に保存すると仮定してみよう.この保存するス ピンの向きをz と呼ぶことにする.この場合,スピン ↑ と
↓ のそれぞれの電子に独立に LSM 定理を適用できるので, ν↑とν↓がともに整数でなければ非縮退ギャップ系は実現で きない.さらに時間反転対称性T があるとすると, ˆˆ T はス ピンを入れ替えるので,ν↑ = ν↓でなければならない.言 い換えれば合計のフィリングν = ν↑+ ν↓は偶数でなけれ ばならないことになる.まとめると,
スピン1
2を持つ電子系を考える.電子数保存と 離散的並進対称性に加え,スピンのz 成分の保 存と時間反転対称性を仮定する.基底状態が縮 退せず,かつ有限の励起ギャップを持つために は,ν は偶数でなければならない.
このバージョンのLSM 定理が有効に使える例を 2 つほど 見てみよう.
1.6. [例 4] 1 次元反強磁性 Heisenberg 模型
Lieb-Schultz-Mattis の原論文2)でも扱われた1 次元反強 磁性Heisenberg 模型 ˆH = J∑iS⃗ˆi·S⃗ˆi+1(J > 0)を考える. この模型は時間反転対称性T を持ち,さらに ˆˆ Sz=∑iSˆiz が保存するため,定理の要件を全て満たしていることが確 認できる.
まず,S = 1
2のスピン鎖の場合は,単位胞あたり1 個の 電子があるのでν = 1(奇数)であり,非縮退ギャップ系を 実現することができない.実際,朝永ラッティンジャー流 体としてよく記述されるギャップレスの励起を持つことが 知られている.スピン相関関数は冪減衰を示すので自発的 な対称性の破れはなく,このギャップレス励起は南部ゴール ドストーン励起ではない.当然フェルミ液体でもないので, 図1 の分類では「エギゾチックな励起」としてまとめたも のに該当する.次近接相互作用を加えたManjumdar-Gorsh 模型も同じ対称性を持つが,この模型では隣り合った2 つ のスピンが一重項を組むVBS(valence-bond solid)状態
が基底状態となる10).この場合にはギャップレスの励起は 存在しないが,並進対称性を自発的に破っており,基底状 態が2 重に縮退している.
S = 1 のスピン鎖の場合には,単位胞あたり 2 個の電子 がスピンを合成しS = 1 を形成しているとみなすことが できるため,電子系としてはν = 2(偶数)である.する と非縮退ギャップ系となることが可能であり,実際これは Haldane 予想が主張するところである10).(周期境界条件を 課しているのでエッジ状態は現れない.)さらに,対称性を 保ったままハミルトニアンを少し変形したAKLT(Affleck- Lieb-Kennedy-Tasaki)模型では,励起ギャップがあり,か つ基底状態が縮退していないことが証明されている10). 1.7. [例 5] 量子スピン液体
次に2 次元のスピン模型を考えよう.特に,三角格子やカ ゴメ格子の上に定義されているS = 1
2 の反強磁性Heisen-
berg 模型や,それに次近接相互作用などを加えた一連の模 型を考えることにする.どちらの格子にも幾何学的フラス トレーションがあり,個々の具体的なモデルの厳密な基底 状態については諸説があるが,LSM 定理を用いるとフィリ ングに基づいて制限を課すことができる.三角格子の場合 には単位胞あたりにスピンが1 つ,カゴメ格子の場合には 単位胞あたりにスピンが3 つあるので,フィリングはそれ ぞれν = 1 と ν = 3 となり,どちらも奇数である.したがっ て少なくとも非縮退ギャップ系にはなり得ない.
カゴメ格子の場合,基底状態は磁気長距離秩序などの自 発的対称性の破れを示さず,かつ有限の励起ギャップを持つ という数値計算結果が知られている11).しかし非縮退ギャッ プ系にはなり得ないので,基底状態はトポロジカル縮退を 持たなければならない.そのためトポロジカル秩序を持つ
「量子スピン液体」12)の一種になると考えられている. 三角格子の場合には,120◦構造と呼ばれる磁気秩序状態 が基底状態となることもあるが,ここでは対称性を破らな い項を加えることによって磁気秩序やその他の対称性の破 れが抑制できたと仮定してみよう.すると,仮に励起ギャッ プが開いているならばトポロジカル縮退を持たねばならず, ギャップレスの場合でもエギゾチックな励起であるというこ とになり,いずれにしても非自明な「量子スピン液体」に なることになる.
実際,ハーバートスミス石13)や有機物モット絶縁体14)が, それぞれカゴメ格子や三角格子上の量子スピン液体を実現 する可能性が指摘されている.現実の物質では電子は完全 には局在しておらず厳密には局在スピン模型にならないが, LSM 定理は電子のフィリングだけを問題にしているので, モットギャップが小さく電荷揺らぎが大きい場合でも定理 自体は成立する.一方で,スピンの少なくとも1 つの成分 が保存するという仮定はLSM 定理において本質的であり,
イリジウム酸化物15)などのスピン軌道相互作用が強いと考 えられる物質にはこのままでは適用できない.
2. LSM 定理のさらなる拡張
ここまで様々な例を通して,LSM 定理が非常に多くの量 子多体系に適用できる一般的で有用な定理であることを見 てきた.本稿の主眼はこの定理をさらに強力なものに拡張 することである.一つ目の改善点は,スピンのz 成分の保 存という仮定を取り除き任意のスピン軌道相互作用が働い ている場合にも適用できるようにすることである.二つ目 の改善点は,これまで空間の対称性としては並進対称性だ けに着目していたのを,空間群のより詳細まで考慮に入れ ることによってν に関するより厳しい条件を導こうという ものである.
2.1. 強いスピン軌道相互作用がある場合への拡張
強いスピン軌道相互作用があり,スピンのどの成分も保 存しない場合を考えよう.既存のLSM 定理ではこの場合, 非縮退ギャップ系になるための必要条件として「ν が整数で なければならない」ということしか言えなかった.しかし 最近の研究で,実はスピンの保存という仮定は不要であり, より一般に「ν が偶数でなければならない」と言えること が分かった16).
スピン1
2を持つ電子系を考える.電子数保存と 離散的並進対称性,時間反転対称性を仮定する が,スピンの保存は仮定しない.この場合でも, 基底状態が縮退せず,かつ有限の励起ギャップ を持つためには,ν は偶数でなければならない. この結果は次のように簡単に説明できる.定義により,非 縮退ギャップ系は長距離相関やトポロジカル秩序を持たな い.そのため
系の大きさが相関長に比べて十分大きく,かつ 局所的にRdとみなせるならば,非縮退ギャッ プ系に対してはどのような境界条件をとったと しても基底状態は唯一のままであろう(∗)
と 期 待 で き る .と こ ろ が ,仮 にν が奇数の場合に非縮退 ギャップ系が実現できるとすると矛盾が起こる.というの も,ν が奇数のとき,Nucも奇数であるように周期境界条 件をとってみると合計の電子数N = νNucもまた奇数なの で,時間反転の反ユニタリ演算子T が ˆˆ T2= (−1)N = −1 を満たし,Kramers 縮退が生じてしまうのである.文献16) では量子エンタングルメントや行列積表示の手法を用いて この直感的な議論を裏付けている.この量子エンタングル メントによる議論は,一次元スピン模型についての先行研 究17)を粒子系や高次元系に拡張したものである.
この拡張によって,等方的Heisenberg 模型に限らずより 広い電子系に対して,単位胞あたり奇数個の電子しかない 場合には基底状態が縮退するかギャップレスの励起が存在 することが言えるようになった.三角格子やカゴメ格子上 の長距離秩序を持たないモット絶縁体は,仮に強いスピン 軌道相互作用があったとしても非自明な量子スピン液体と なることが結論できるのである.
2.2. 空間群
二つ目の拡張を説明するための準備として,まず空間群 について復習したい18).結晶が持つ対称性には離散的な並 進の他にも,離散的な回転や空間反転,映進など数多く存 在する.例えば2 次元正方格子は,並進操作に加えて,各 格子点周りの4 回回転操作や,各軸についての鏡映操作な ど多くの対称性を持つ.並進操作の集合が並進群をなすよ うに,並進操作に加えて回転操作などを追加した場合も操 作全体の集合は群をなす.3 次元空間におけるこれらの対称 操作のなす群は「空間群(space group)」と呼ばれ,全部で 230 種類あることが知られている18).2 次元空間の場合には wallpaper group や layer group などがあるが,適切な日本 語がないので空間次元に関わらず「空間群」と呼んでしま うことにする.以下では,点⃗x が空間群 G の元 g によって g(⃗x) = pg⃗x + ⃗tg(pgは実直交行列)へ移される時,⃗tgをg の並進部分と呼ぶことにする.
空間群の元の中でも,映進操作(グライド)とらせん操 作(スクリュー)は「半端な並進」を含むという点で特別 に興味深い.半端な並進といったのは,これらの操作の並 進部分⃗tgを基本並進ベクトル⃗am(m = 1, . . . , d) を用いて
⃗tg=∑di=1cm(g)⃗amと書いたとき,cm(g) の幾つかが整数 にならないのである.グライドとは,ある面で鏡映をとっ た後,続けてその面内方向に半端な並進を行う操作であり, スクリューとは,ある軸の周りに回転させた後,続けてその 軸に沿って半端な並進を行う操作である.(鏡映面や回転軸 に垂直な並進は原点を選び直すことで消すことができる.)
簡単な例として,グライド対称性を持つ2 次元構造の模 式図を図2 に示した.この足跡からなるパターンは,⃗a1,2
の整数倍だけ並進する対称性に加えて,y を反転させた後 で1
2⃗a1だけ並進するグライド対称性G = eˆ ℏiP ·⃗ˆ⃗a12 M を持つ.ˆ 原点をうまく選んで,空間群G の元がどれも半端な並進 を含まないようにできるとき,G はシンモルフィックであ ると言う.逆にどのように原点を選んでも必ず半端な並進 を含む元が残ってしまう時,G はノンシンモルフィックで あると言う.原点を選ぶといったのは,並進部分 ⃗tgは原点 の選び方に依存し,⃗x → ⃗x − ⃗x0のようにベクトルの起点を
⃗x0だけずらすと ⃗tg → ⃗tg+ pg⃗x0− ⃗x0と変化するからであ
る.230 個の空間群のうち大多数である 157 個がノンシン モルフィックで,シンモルフィックなのは残りの73 個だけ
M
1 2a1
a2
a1
図2 並進対称性に加えてグライド対称性 ˆG= eℏiPˆ⃗·
⃗a1
2 M を持つ足跡のˆ パターン.赤の点線は鏡映面,水色の長方形は単位胞を表している.
である18).ノンシンモルフィックな空間群は大抵グライド かスクリューを含むが,2 つだけ例外がある
19)
ことに注意 する.
2.3. LSM 定理の空間群への拡張
LSM 定理では空間群のうち並進部分群にしか着目してい なかった.回転なども含めた空間群のより詳細まで考慮に 入れるならば,より多くのことを仮定しているのでより強 いことが言えてもおかしくはない.実際,空間群がノンシ ンモルフィックの場合,ν により強い制約が課されることが 近年明らかにされた20).簡単のため,まずはスピンがない 場合を議論しよう.
空間群G の対称性を持ち,粒子数が保存する量 子多体系を考える.基底状態が縮退せず,かつ 有限の励起ギャップを持つためには,ν は整数 mGの倍数でなければならない.mGはG がシ ンモルフィックなら1,ノンシンモルフィックな らG に応じて 2, 3, 4, 6 の値をとる.
つまり,空間群がノンシンモルフィックの場合には,ν が整 数であるだけでは十分でなく,mG > 1 の倍数になってい ないといけないのである.この結果は押川の議論6)を少し 変更するだけで示すことができるので,少し詳しく紹介し たい.
まず押川によるLSM 定理の証明を振り返る.議論の方針 は,唯一の基底状態|G⟩ の上に(無限体積極限でも有限に 残る)励起ギャップを隔てて励起状態があると仮定してみ て,矛盾が生じないためのν の条件を探すというものであ る.その際,元々のLieb-Schultz-Mattis の議論2)では|G⟩ に直接「ひねり演算子U 」ˆ (以下参照)を作用させていたた めに高次元への拡張が困難だった.押川
6)
の革新的なアイ ディアは,このひねり演算子が「系に断熱的に印加した磁 束を抜くゲージ変換」と解釈できるというものであり,こ
れによって高次元化が達成された.
N 粒子量子多体系のハミルトニアン ˆH(ˆ⃗xi, ˆ⃗pi)(i は粒子 の添字)を考える.表記を簡単にするために空間は3 次元と しよう. ˆH は離散並進対称性を持つとし,各方向に Nm⃗am
(m = 1, 2, 3)だけ進むと元の点に戻るように周期境界条件 をとる. ˆH は各 ˆ⃗xiを⃗a1だけ並進する演算子T = eˆ ℏiP ·⃗⃗ˆa1 (P ≡⃗ˆ ∑Ni=1p⃗ˆi) と可換であり,基底状態 |G⟩ の ˆT の固有値 をλGとする.
次に,ハミルトニアンを少し変更してH(Φ) ≡ ˆˆ H(ˆ⃗xi, ˆ⃗pi−
eΦ
2πN1⃗b1) としてみる(⃗bn は 逆 格 子 ベ ク ト ル で⃗am· ⃗bn = 2πδm,n).これは物理的には磁束Φ を通したことに対応 している.Φ を断熱的に 0 から磁束量子 Φ0 = 2πℏe まで変 化させると,有限の励起ギャップの仮定によりH(0) の基底ˆ 状態|G⟩ = |Ψ(0)⟩ は, ˆH(Φ0) の基底状態 |Ψ(Φ0)⟩ へと連 続的に移り変わるだろう1.
ここで,pˆiを
ℏ
N1⃗b1だけ並進させる(ひねり)演算子U =ˆ e−
i N1
⃗ˆ X·⃗b1
(X ≡⃗ˆ ∑Ni=1⃗xˆi) を用いると ˆU ˆH(Φ0) ˆU† = ˆH(0) と 元 の ハ ミ ル ト ニ ア ン に 戻 す こ と が で き る .よって 状 態
|G′⟩ ≡ ˆU |Ψ(Φ0)⟩ は |G⟩ と同じく ˆH(0) の基底状態である. しかし基底状態は唯一であると仮定したので,これが許さ れるのは|G⟩ と |G′⟩ が同じ状態の場合だけである.
|G⟩ = |Ψ(0)⟩ と |G′⟩ = ˆU |Ψ(Φ0)⟩ が同じ状態であるた めには,特に両者のT の固有値が一致していなければなˆ らない.断熱変形の間T の固有値は一定に保たれるので,ˆ
|Ψ(Φ0)⟩ は |Ψ(0)⟩ と同じ固有値 λGを持っているが,|G′⟩ を得るにはU を作用させる必要がある.関係式ˆ
T ˆˆU ˆT−1= e−N1i (X+N⃗⃗ˆ a1)·⃗b1 = e−2πiN1N Uˆ (1)
を用いると|G′⟩ の ˆT の固有値は λG′ = λGe
−2πiN
N1 だと分
かるので,結局|G⟩ と |G′⟩ が同一であるためにはNN1 が整 数でなければならないことになる.今の境界条件では単位 胞の数はNuc= N1N2N3なので N
N1 = νN2N3と書けるが,
N2, N3が勝手に選べることを思い出すとこれはν が整数 であることを意味している.もしν が整数でなければ仮定 のどこかが間違っていたことになり,基底状態が縮退する か,励起ギャップが無限体積極限でゼロになるのである.
ここまでは元のLSM 定理であったが,ノンシンモルフィッ クな空間群の場合を調べるために,例としてS = eˆ ℏiP ·⃗ˆ ⃗a1nRˆ というスクリュー対称性がある場合を考えよう.ここにRˆ は⃗a1軸周りの回転で,⃗a2と⃗a3は⃗a1と直交しているとす る.n は 2, 3, 4, 6 のいずれかで,eℏiP ·ˆ⃗
⃗a1 n は ⃗a1
n だけ進む半
端な並進を表している.
さてこの場合にν の条件を導くには,実は式 (1) の ˆT の 代わりにS を用いるだけでよいˆ 20).|G⟩ と |G′⟩ が同じ状態 であるためには,両者のS の固有値が等しくなければならˆ
1この仮定の正当性については議論がある7).
a2
a1
a2
a1
(a) ࢺ࣮ࣛࢫࢆᑟࡃቃ⏺᮲௳ (b) ࢡࣛࣥࡢኑࢆᑟࡃቃ⏺᮲௳
図3 LSM 定理の拡張に使う境界条件.同一視される箇所を明示するた めに左下の一箇所をオレンジにした.系にグライド対称性がある場合に は,並進ではなくグライド操作によって赤線同士を同一視する境界条件を 考えることができる.その際,鏡映操作の分だけ進む方向が逆になる.
ないが,
S ˆˆU ˆS−1= e−iN11 ( ˆRX ˆ⃗ˆR−1+N
⃗a1
n)·⃗b1= e−2πi N
nN1Uˆ (2)
によると,そのためには N
nN1 が整数である必要があり,結 局ν は mG = n の倍数であることになる.並進が半端であ るために式(1) と比べて 1
n という係数が余分にかかってい ることがポイントである.グライド対称性の場合も同様に 議論でき,ν が偶数 (mG = 2) であることが結論される20).
この議論は元の証明を少し変更するだけなので分かりや すいが,G に含まれるグライドやスクリューのうち一つだ けしか活用できていない点が不十分であり,例えば例外的 な2 つのノンシンモルフィック空間群に対しては mG = 1 しか示せていなかった.ところが以下にみるようにG の複 数の操作を同時に活用すると,この例外的なケースも含め た多くの群に対しmGの値を改善することができる16).ま た,スピンを持つ電子系に対しては,スピンのz 成分が保 存する場合にはν↑, ν↓それぞれがmG倍数であることが必 要だと言えるが,スピンのどの成分も保存しないと合計の フィリングν が mGの倍数であることしか言えなかった. 2.4. スピン軌道相互作用が強い場合の空間群への拡張
最近の研究で,先述のKramers 縮退による議論と類似の 方法によって,これらの問題点が一挙に解決できることが 分かった
16)
. スピン1
2を持つ電子系を考える.電子数保存と 空間群G の対称性,時間反転対称性を仮定する が,スピンの保存は仮定しない.基底状態が縮 退せず,かつ有限の励起ギャップを持つために は,ν は 2mGの倍数でなければならない.
これを示すために,先に述べた非縮退ギャップ系に対す る物理的仮定(∗) を思い出そう.先ほどは Nucが奇数とな
るように周期境界条件を課すことによってν が偶数である ことを証明したが,実はさらに厳しい条件を導く境界条件 が存在する.
図2 に示したグライド対称性を持つ 2 次元系の場合の例 を使って説明する.まずは慣れ親しんだ周期境界条件を再 考してみよう.この境界条件をとるには,図3 (a) に示し たように赤線同士,青線同士を同一視すればよい.⃗amだ け並進する演算子Tˆm= eℏiP ·⃗⃗ˆam (m = 1, 2) を用いてより 数学的な言葉で言い直せば, ˆT
N1
1 やTˆ2N2 (N1,2は奇数) か らなる並進群Γ0≃ Z2を考え,平面R2内の点⃗x と像 g(⃗x) (g ∈ Γ0) を全て同一視していることになる.この結果,系 は二次元トーラスT2≃ R2/Γ0の上に定義され,このトー ラス内に含まれる単位胞の数はNuc= N1N2(図3 (a) の 場合には3 × 3 = 9 個)で与えられる.
グライド対称性G = eˆ ℏiP ·⃗ˆ⃗a12 M がある場合には, ˆˆ T1N1の 代わりに, ˆGN1とTˆN2
2 からなる空間群Γ を用い,平面 R2 内の点⃗x と g(⃗x) (g ∈ Γ) を全て同一視する境界条件を考え ることができる.この様子を絵で描くと図3 (b) のように なり,赤線同士を同一視するときに鏡映の分だけ逆向きに なっているのがポイントである.結果として系はトーラス ではなくクラインの壷K ≃ R2/Γ 上に定義されることにな る.ここで面白いのは,このクラインの壷内に含まれる単 位胞の数が半整数Nuc=N1N2
2 になることである(図3 (b)
の場合には 7×3
2 = 10.5 個).Kramers 縮退を避けるため には合計の電子数N = νNucが偶数にならないといけない が,Nucが半整数であるためにν が 4 の倍数でなければな らなくなるのである.
一般の空間群G の場合も,グライド対称性の例と同様に 議論できる.つまり,G の部分群 Γ を一つ選び,Rd 内の 点⃗x と g(⃗x) (g ∈ Γ) を全て同一視することで系を多様体 M ≡ Rd/Γ の上に乗せる.G に含まれる Γ を色々試し,ν に ついての最も厳しい条件を導くものを採用すればいい.た だしΓ は,その単位元以外の全ての元が固定点(g(⃗x) = ⃗x となる点)を一つも持たないように選ばなければならない. これは固定点があるとM に特異性が生じてしまう(例えば Γ に回転対称性があると M に円錐特異点が生じる)からで あり,逆に固定点がなければM は曲率を一切持たず局所 的にRdとみなせる.固定点を持たないΓ は 2 次元空間で は2 種類しかなく,それぞれトーラスとクラインの壷を導 く.3 次元では 10 種類あり,対応して平坦でコンパクトな 3 次元多様体は 10 種類ある21).この議論では空間群の複数 の操作を同時に活用できるので,文献20)によって扱われた スピンがない場合についてもmGの値を改善することがで きる.230 個の各空間群に対する具体的な mGの値や,一
般には向き付け可能でない多様体Rd/Γ 上にどのようにス ピンを持つ電子を乗せるのかといった詳細については,文 献16)を参照されたい.
例として議論したグライド対称性が一つだけの簡単な場 合には,「単位胞当たりの電子数ν」ではなく「サイト当たり の電子数ν」でみると ˜˜ ν が偶数であればいいという並進対 称性だけに着目していた時の条件に戻ってしまう.そのた め,より一般にν が偶数であることが条件なのではないか˜ と思われるかもしれないが,実はこの予想は正しくない.実 際,I213 という空間群の場合に,単位胞当たりのサイト数は 4, 6, 8, 10, 12, . . . 個の可能性があるが,実際に ν = 2mG = 4 のバンド絶縁体を構成することができ
22)
,ν ≤ 1 でも非縮˜ 退ギャップ系が実現できる反例となっている.
あるいは別の問題として,この方法によって得られたmG がさらに改良される可能性はないのか,という自然な疑問 が湧く.文献16, 22)では,230 個の空間群のうち 220 個に関 して,ν = 2mGというフィリングを持ち仮定された対称性 を全て満たす非縮退ギャップ系を実際に構成した.しかし 残りの10 個の空間群は未解決問題であり,mGの改良の余
地が残されている.
さて,このように拡張されたLSM 定理の具体的な応用例 として,ハイパーカゴメ反強磁性スピン模型を実現すると 考えられているNa4Ir3O8について簡単に触れたい23).こ の物質の空間群P 4132 に対しては 2mG = 8 であり,非縮 退ギャップ系を実現するためにはフィリングは8 の倍数で ある必要がある.しかし実際にはν = 12 なので,基底状態 が縮退するかギャップレス励起が存在しなければならない. 実験ではキュリー温度と比べて十分低温まで磁気秩序は見 られず,またモット絶縁体であると考えられるので,先に 議論したカゴメ格子の場合と同様に,この物質もトポロジ カル秩序を持つかエギゾチックなギャップレス励起を持つ 量子スピン液体を実現するだろうと期待できる23).
3. フィリングによって守られた半金属
ここまでで改善してきたLSM 定理がディラック・ワイル 半金属24)となる物質を探求するのにどのように役に立つの かの議論に移ろう.以下では,スピン1
2を持ち時間反転対
称性を有する自由電子系の一般的なバンド構造を考察する. 3.1. グライド対称性の例
簡単のため,ここでは空間は2 次元で,特に ⃗a1= (a1, 0),
⃗a2 = (0, a2) と仮定しよう.単位胞あたり軌道 2 自由度と スピン↑, ↓ がある 4 バンド模型を考える.時間反転対称性 の仮定により,時間反転不変な波数,例えば ⃗k = (0, 0) や (±aπ1, 0) などにおいて Kramers 縮退が起こる.しかし一般 にはそれ以上の縮退はなく,図4 (a) のように下 2 バンド と上2 バンドの間にギャップを開けることができる.
一方グライド対称性G = eˆ
i ℏ
ˆ⃗
P ·⃗a12 M がある場合,バンˆ
ド絶縁体を含む「非縮退ギャップ系」を実現するにはν は 2mG = 4 の倍数でなければならないのであった.もし下 2
(b) ࢢࣛࢻᑐ⛠ᛶ㛫㌿ᑐ⛠ᛶ (a) ୪㐍ᑐ⛠ᛶ㛫㌿ᑐ⛠ᛶ
ε(k1 ,0)
k1 k1
0 ̟/a1 0
–̟/a1 –̟/a1 ̟/a1
ε(k1 ,0)
G = –1 G = –1
G = +1 G = ± i
G = +1 G = ± i
図4 2 次元自由電子系のバンド分散 ε(k1, k2) の k2= 0 の断面.時間 反転対称性のためにk1 = 0, ±aπ
1 にKramers 縮退(オレンジの点)が 現れている.水色で示されたフェルミレベル以下の状態が占有されている とすると,フィリングはν= 2 となる.グライド対称性がある場合には, バンド絶縁体ができるためにはν は4 の倍数である必要があるので,(b) のように4 バンドが互いに交差し ν = 2 はギャップレスとなる.
バンドと上2 バンドの間にギャップが開いているとすると, ν = 2 のバンド絶縁体が可能となってしまい,一般的な定 理と反してしまう.したがってバンド構造は図4 (b) のよ うに,4 バンド全てが互いに交差していなければならない. 4 バンドが直接交差しなくても,「下2 バンドの最大エネル ギー」が「上2 バンドの底」を超えていれば構わないのでは ないかと思われるかもしれない.しかしその場合には,直 接ギャップがあるようにバンド構造を連続的に変形できて しまうので,やはり矛盾してしまうのである.
4 バンドが互いに交差することはグライド操作 ˆG の固有 値に着目することによってより直接示すことができる25).鏡 映操作M は波数 ⃗k = (kˆ 1, k2) を (k1, −k2) に変えるので, 例えばk2 = 0 の線上で一粒子ハミルトニアン ˆH(k1, k2) とG は交換し,同時対角化できる.スピンˆ 12 を持つ一電 子に対してはMˆ2= −1 なので,グライド演算子の 2 乗は Gˆ2= −eℏiP ·⃗⃗ˆa1となり,並進演算子に負号をかけたものと一 致する.よってk2= 0 の線上での ˆG の固有値は ±ieik1a12 であり,このei
k1a1
2 というk1依存性が鍵となる.
G の固有値が G = +ieˆ ik1a12 であるブロッホ状態(の一 つ)|+, k1⟩ に着目しよう. ˆG と ˆT は交換するので,この状 態の時間反転ペアT |+, kˆ 1⟩ は固有値 G∗を持つ.k2= 0 の 線に沿ってk1を−π
a1から+
π
a1まで増やしていくと,初めは
G = +ie−iπ2 = +1 であったのが最後は G = +ie+iπ2 = −1 になる.ところがk1= ±π
a1 はブリルアン域の同じ点であ るので,これが矛盾しないためには図4 (b) のように少なく とも4 バンドが交差している必要がある25).結果的に,図 4 (b) の赤点線丸で囲んだようなディラック型の分散関係が k2= 0 の線上のどこかに現れる.
3.2. 一般のノンシンモルフィックな空間群 G の場合 より一般に,スピン 1
2を持つ時間反転対称な自由電子系 では,少なくとも2mG本のバンドが互いに交差し合わなけ ればならないことが拡張されたLSM 定理から分かる.この 結果自身はより実直に,ブリルアン域の対称性が高い ⃗k 点
における既約表現を列挙し,異なる ⃗k 点間の既約表現を適 合関係
18)
に注意して結びつけることで直接示すことができ る27).ノンシンモルフィックな空間群に対しては2mG ≥ 4 であったことを思い出すと,これはKramers 縮退に加えて さらなるバンド交差がブリルアン域のどこかで起こらなけ ればならないことを意味している.このとき,例えばν = 2 の近傍では空間がd 次元のとき d − 2 または d − 3 次元の バンド交差になることが多い.
このことはLuttinger の定理26)からも理解できる.自由 電子系や,そこに相互作用を断熱的に印加した「フェルミ 流体」に対しては,「フェルミ面が囲む体積VFSをブリルア ン域の体積VBZで割った量は,相互作用に依らずにフィリ ングν と一致する」という Luttinger の定理が知られてい る.(ν の整数部分は完全に占有されたバンド数と解釈され る.VBZは単位胞の体積Vucを用いてVBZ=
(2π)d Vuc と表せ
るので,「 VFS
(2π)dが電子数密度n = ν
Vuc と等しい」と言い換え
ることもできる.)Luttinger の定理によれば ν が整数でな ければ必ずフェルミ面が存在する.逆にν が整数であれば フェルミ面が存在しないか,したとしても電子ポケットと 正孔ポケットが打ち消し合っていなければならない.フェ ルミ面が存在しない場合,最も単純には図4 (a) のように ギャップを開けてしまうことが考えられるが,いまの場合 ν = 2 では必ずバンド交差が起こらなければならないので 図4 (b) のような点での接触が期待できるのである.もち ろんLuttinger の定理からは,ν が奇数の場合にもこのよ うな分散関係が期待され,実際図4 (a) においても下 2 バ ンドが接する点(k1 = 0, ±π
a1)に線形分散が現れている. しかしν が奇数だとするとスピン軌道相互作用が小さい極 限でスピン↑, ↓ の電子がそれぞれ VFS=12VBZという大き
なフェルミ面を持つことになるため,スピン軌道相互作用 が十分大きくなければ良い半金属とはならない.上述の偶 数のν の場合にはこの問題がうまく回避できている.
実際ノンシンモルフィックな空間群によってディラック・ ワイル半金属やノーダル半金属が守られることを示す研究 や,それを実現する具体的な物質を提案する研究が近年活 発に行なわれている28, 29).応用上は,ディラック・ワイル 点のエネルギーが上下せずフェルミ準位近傍に現れること が重要であり,このためにカイラル対称性が仮定されるこ とも多いが,詳細は参考文献を参照されたい.
3.3. ハニカム格子とダイアモンド格子のディラック分散の 比較
系のバルクにディラック型の線形バンド分散を持つ最も 有名な例はグラフェンだろう.グラフェンは2 次元ハニカ ム格子をとり,ブリルアン域のK 点と K’ 点に線形分散を 持つ.しかし電子にスピンがある場合,スピン軌道相互作 用を含めるとK, K’ 点にギャップが開いてしまうため,グ
ラフェンのディラック分散はスピン軌道相互作用に対して 安定ではない.実際,適当なスピン軌道相互作用によって ギャップを開けた系は量子スピンホール効果を示す2 次元 トポロジカル絶縁体の雛形として知られている1).
一方で,3 次元ダイアモンド格子の tight-binding 模型も X 点にディラック分散を持つことが知られている28).ダイ アモンド格子は空間反転対称性を持ち,今は時間反転対称 性も仮定しているため,X 点では 4 本のバンドが縮退して いる.このダイアモンド格子のディラック分散はスピン軌 道相互作用に対して安定であり,空間群の対称性を破らな い限りギャップを開けない.(むしろスピン軌道相互作用を 含めないと特定の方向の速度がゼロになってしまう.)
実はこのディラック分散の性質の違いも改善されたLSM 定理から理解することができる.ハニカム格子の空間群は シンモルフィックなので,2mG = 2 であり,ν = 2 にギャッ プを開けてバンド絶縁体を構成できる.一方,ダイアモン ド格子の空間群F d3m はノンシンモルフィックであり,特 に2mG = 4 であることが分かっている16).このため空間群 の対称性を壊さない限りν = 2 にギャップを開けることは できないのである.スピン軌道相互作用のみならず電子間 相互作用に対する安定性も議論でき,摂動的にはディラッ ク分散にギャップを開けることはできない.もし非摂動的 な相互作用の結果としてギャップが開いたとすると,系は トポロジカル秩序相にならなければならず,これも一つの 理論的な可能性としては興味深い.
4. むすびに
本稿では,スピン軌道相互作用がある場合や空間群の詳 細まで考慮に入れる場合にどのようにLSM 定理が改善でき るのかについてまとめ,それが量子スピン液体やディラッ ク・ワイル半金属探索にどのように役に立ち得るかについ て,様々な例を通して議論した.紙面の関係で触れられな かったが,スピン軌道相互作用と空間群が複雑に絡み合っ た結果として,“filling-enforced quantum band insulator” という,「直積状態と断熱的に繋がらない」のみならずそも そも「同じ対称性とフィリングの直積状態が存在しない」 ようなトポロジカル結晶絶縁体が存在することも分かって きた22).空間群に着目する研究は近年盛んに行われており, まだまだ未解決の問題が数多く残されていると筆者は考え ている.
本稿は指導教官であるAshvin Vishwanath や Hoi Chun Po, Mike Zaletel らとの共同研究に基づいており,この場 を借りて感謝の意を述べたい.
5. *
参考文献
1) 安藤陽一: 『トポロジカル絶縁体入門』(講談社, 2014)
2) E. H. Lieb, T. Schultz, and D. J. Mattis: Ann. Phys. 16 (1961) 407.
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Lett. 79 (1997) 1110;押川正毅,戸塚圭介,山中雅則: 日本 物理学会誌54(1999) 814.
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8) 押川正毅: 数理科学528(2007) 56.
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11) H. C. Jiang, Z. Y. Weng, and D. N. Sheng: Phys. Rev. Lett. 101 (2008) 117203; S. Yan, D. A. Huse, S. R. White: Science 332 (2011) 1173; H.-C. Jiang, Z. Wang and L. Balents: Nat. Phys. 8 (2012) 902.
12) L. Balents: Nature 464 (2010) 199; L. Savary, L. Balents: arXiv:1601.03742;小形正男:日本物理学会誌69(2014) 130; 那須譲治, 宇田川将文,求幸年: 日本物理学会誌70(2015) 776.
13) 例えば最近の実験としてM. Fu, T. Imai, T.-H. Han, Y. S. Lee: Science 350 (2015) 655.
14) K. Kanoda, R. Kato: Annu. Rev. Condens. Matter Phys. 2(2011) 167.
15) 山地洋平,今田正俊: 日本物理学会誌71(2016) 146. 16) H. Watanabe, H. C. Po, A. Vishwanath, and M. Zaletel:
Proc. Natl. Acad. Sci. 112 (2015) 14551.
17) X. Chen, Z.-C. Gu, and X.-G. Wen: Phys. Rev. B 83 (2011) 035107.
18) 教 科 書 は 犬 井 鉄 郎 ,田 辺 行 人 ,小 野 寺 嘉 孝: 『 応 用 群 論 』 (裳華房, 1980)が詳しく,個々の空間群の詳細はT. Hahn:
“International Tables for Crystallography, Vol. A: Space- Group Symmetry” (2006)にまとめられている.
19) A. K¨onig, N. D. Mermin: Proc. Natl. Acad. Sci. 96 (1999) 3502.
20) S. A. Parameswaran, A. M. Turner, D. P. Arovas, and A. Vishwanath: Nat. Phys. 9 (2013) 299; R. Roy: arXiv:1212.2944 (2012).
21) J. H. Conway, J. P. Rossetti: arXiv:math/0311476. 22) H. C. Po, H. Watanabe, M. Zaletel, and A. Vishwanath:
Sci. Adv. 2 (2016) e1501782.
23) Y. Okamoto, M. Nohara, H. Aruga-Katori, and H. Takagi: Phys. Rev. Lett. 99 (2007) 137207.
24) A. M. Turner and A. Vishwanath: Topological Insula- tors (Elsevier, 2013); W. Witczak-Krempa, G. Chen, Y. B. Kim, and L. Balents: Annu. Rev. Cond. Matt. Phys. 5 (2014) 57; O. Vafek and A. Vishwanath: Annu. Rev. Cond. Matt. Phys. 5 (2014) 83.
25) L. Michel and J. Zak: Phys. Rep. 341 (2001) 377やS. M. Young and C. L. Kane: Phys. Rev. Lett. 115 (2015) 126803など.
26) J. M. Luttinger: Phys. Rev. 119 (1960) 1153;押川正毅, 山中雅則: 固体物理35(2000) 428.
27) H. Watanabe, H. C. Po, M. Zaletel, and A. Vishwanath: Phys. Rev. Lett. 117, 096404 (2016).
28) L. Fu, C. L. Kane, and E. J. Mele: Phys. Rev. Lett. 98 (2007) 106803, S. M. Young, S. Zaheer, J. C. Y. Teo, C. L. Kane, E. J. Mele, and A. M. Rappe: Phys. Rev. Lett. 108(2012) 140405.
29) Q. D. Gibson, L. M. Schoop, L. Muechler, L. S. Xie, M. Hirschberger, N. P. Ong, R. Car, and R. J. Cava: Phys. Rev. B 91, 205128 (2015); C. Fang, Y. Chen, H.-Y. Kee, and L. Fu: Phys. Rev. B 92 (2015) 081201(R); B.-J. Yang, T. Morimoto, and A. Furusaki: Phys. Rev. B 92 (2015) 165120; Q.-F. Liang, J. Zhou, R. Yu, Z. Wang, and H. Weng: Phys. Rev. B 93 (2016) 085427; B. J. Wieder, Y. Kim, A. M. Rappe, and C. L. Kane: Phys. Rev. Lett. 116 (2016) 186402; Y. Chen, H.-S. Kim, and H.-Y. Kee: Phys. Rev. B 93 (2016) 155140; H. Kim and S. Murakami, Phys. Rev. B 93 (2016) 195138; B. J. Wieder and C. L. Kane: arXiv:1604.08630など.
著者紹介または非会員著者の紹介
渡辺悠樹氏:物性理論,特に対称性を用いた議論で多彩な物理現 象を統一的に理解することに興味がある.
(2017年1月6日原稿受付) New Guiding Principle in Searching for Dirac/Weyl Semimetals and Quantum Spin Liquids
Haruki Watanabe
abstract: The Lieb-Schultz-Mattis theorem is a powerful the- orem that puts nonperturbative restriction on possible phases of quantum many-body systems based on the filling fraction. We review recent extensions of the theorem to the systems with nonsymmorphic space groups and/or strong spin-orbit interac- tions, emphasizing their applications in search for Dirac/Weyl semimetals and quantum spin liquids.