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第5回 3章 あなたの秘密を知る
ときがきた? (1)
コリンズ「遺伝子医療革命」を読む
日紫喜 光良
基礎分子生物学講義
2011.11.1
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この章の概要(1)
• イントロ
– パーキンソン病とは?
– 遺伝的リスクはどうやって測定するのか?
– リスクがわかるとどのような対応をする人がいるか?
– 個人のイニシアティブが病気の研究を進めることがあるのか?
• 「よくある病気」の因子をゲノムに探す
– よくある病気とは?
– ゲノムスキャンとは?
• 最初の成功例は黄斑変性
– 黄斑変性とは?
• 発見の洪水
– データはどこで見られるのか?
• 糖尿病の場合は
– どのくらいの数の遺伝子の変異が2型糖尿病と相関しているのか? – そのような遺伝子で機能から関係を説明できるものがあるか?
• リスク予測と RBI 方程式
今日はここまで3
この章の概要(2)
• 残りの遺伝因子はゲノムのどこに?
• 消費者直販の遺伝子検査
• 受けると決めたら注意すべきことは?
• 個人ゲノムスキャン時代への公共課題
• まとめ
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サーゲイ・ブリン
(Sergey Brin, 1973~)
• ラリー・ペイジ (Lawrence Edward "Larry"
Page) と共同で Google を創立 (1998)
– PageRank アルゴリズム
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23&Me
• 2006 年~
• Anne Wojcicki と Linda Avey が創立
• 代表的な "Direct-to-Consumer Genomics"
の会社
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パーキンソン病
• 神経系が徐々に変性していく病気 (変性疾患)
– 大脳基底核の黒質細胞の変性 – ドーパミン(神経伝達物質)の減少
• 主な症状
– 安静時振戦(筋肉が使われていないときに起こるふるえ)
– 随意運動が遅くなること(動作緩慢)
– 筋肉の緊張度が高まること(筋 強剛)
• 40 歳以上ではおよそ 250 人に 1 人
• 65 歳以上ではおよそ 100 人に 1 人
– 50 〜 79 歳で発症することが多い。
– 日本人では 10 万人に 100~150 人(難病情報センターによる)
– 白人>黒人
• 治療薬: レボドーパ、カルビドーパなど
• (参考)パーキンソン症候群とは、さまざまな原因で、パーキンソン病
の症状の一部またはすべてが現れることをいう。
– 治療は、まず、原因の除去
メルクマニュアル家庭版から7
パーキンソン病の症状
振戦 筋強剛(筋固縮)
姿勢反射障害
動作緩慢(無動)
http://www.parkinson.gr.jp/howto/symptom/
患者さん・ご家族のためのパーキンソン病よろず相談所(ファイザー・キッセイ提供)より
(バランスがとりづらくなる)
(他動的に動かすと筋肉 がこわばっているのがわ かる)
(ふるえ)
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パーキンソン病の遺伝的リスク
• 症例対照研究(発見段階で患者: 5333 人、対照: 12019 人、反
復( replication )段階で患者: 7053 人、対照: 9007 人)
• 11 個の遺伝子のいずれかの変異がリスクの 60% を占める
( combined population-attributable risk (combined PAR) )。
– LRRK2 遺伝子もそのひとつ
– リスク:変異をもつことによって病気がおこりやすくなる程度
• PAR=(相対的な)リスクの減少:変異がない場合に、変異があるよりも病気 を有する割合がどのくらい減るか。
• ある変異で説明できないリスクの割合:1-PAR
• Combined PAR: 11個の遺伝子の変異で説明できるリスクの割合
– (1-PAR)を11個の遺伝子に対して乗算し、1から引く
International Parkinson Disease Genomics Consortium. Imputation of sequence variants for identification of genetic risks for Parkinson's disease: a meta-
analysis of genome-wide association studies.
The Lancet, Volume 377, Issue 9766, Pages 641 - 649, 19 February 2011
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LRRK2 遺伝子の変異に関連したパーキンソン病
• 例: Gly2019Ser
• 優性の形質
• 変異をもっていて実際に発症する割合(浸透度 ,
penetrance )は対象集団によって違う
– 30~45% (ある部族社会内で) ,
– 67%( 複数の患者がいる家族内で )
• 年齢とともに発症する割合が高まる
– 50 歳未満では ~8% ( 複数の患者がいる家族内で )
– 75 歳では >55% ( 複数の患者がいる家族内で )
GeneReviews: LRRK2-Related Parkinson Diseaseを参照 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK1208/
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サーゲイ・ブリンのブログより(1)
http://googlesystem.blogspot.com/2008/09/sergey-brin-launches-personal-blog.html
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サーゲイ・ブリンのブログより(2)
http://too.blogspot.com/
1.パーキンソン病が発病する確率を低くするために生活を変えることができる。 2.パーキンソン病の研究を支援することができる。
3.自分は幸運だ。自分がなりやすい病気を知り、それに対する準備ができる。
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パーキンソン病研究の支援
( Michael J. Fox Foundation )
http://www.pdonlineresearch.org/
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23&Me とパーキンソン病研究
多数の対照例が 集められた。
ゲノムスキャンの結果、症例と 関係のある一塩基多型がみ
つかった。 Michael J. Fox財団とも連携
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よくある病気( Common Diseases )
• ⇔まれな疾患( Rare
Diseases )
– 単一の遺伝子の変異が疾患
をひきおこす
– 遺伝性が高い
• よくある病気の例
– 糖尿病、がん、心臓病、
脳卒中、精神障害、 etc
よくある病気の因子をゲノムに探す
「よくある病気」のリスクを知るために家族歴は重要である。
「よくある病気」は遺伝傾向を示すがきまった遺伝形式を示すわけ
ではない。上の図では、優性に見えるが浸透度は 100 %ではない。
乳がん
卵巣がん BRCA1
変異の 無症候キャリア
BRCA1 変異をもつ家系
図はhttp://www.uvm.edu/~cgep/Education/Inheritance2.htmlより。
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「よくある病気」の遺伝性
• 遺伝リスク因子と環境リスク因子がある
– 急速に特定されつつある
• リスク因子の発見は治療法や予防法の開発
に新しい可能性を与えている
• 自分のリスク因子を知ることが重要
– 生活習慣の調整
– 早期に徴候に気づく可能性が高い
本書98頁より
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2型糖尿病:特徴
• 米国の糖尿病患者の約90%
• はっきりとした症状のないまま徐々に進行→一般健
康診断で見つかることが多い
– 多くの患者は数週間の間多尿症、多渇症を呈する。
• 特徴:高血糖、インスリン抵抗性、インスリン分泌の
相対的不全
• 生命の維持のためにインスリンを必要とすることは
少ない
– インスリン分泌によるケトン体生成が抑制され、糖尿病性
ケトアシドーシスの進行が遅い
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2型糖尿病:診断
• 高血糖症(空腹時血糖値>125mg /dL )
• ケトアシドーシスは少ない
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2型糖尿病:インスリン抵抗性
• 肝臓、脂肪、骨格筋などで通常にインスリン
濃度に対する適切な反応性が低下
– 肝臓におけるグルコース産生の制御ができない
– 骨格筋や脂肪組織でグルコース取込が低下
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肥満とインスリン抵抗性
イラストレーテッド生化学 図25.7 正常なヒトと肥満のヒトの血中インスリン濃度と血糖値
肥満の人は血糖値を正常範囲 ( B )におさめるため
に、より多くのインスリンを必要としている ( A) 。
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2型糖尿病の発症の条件
• インスリン抵抗性
• β細胞の障害
• インスリン抵抗性とそれに続く2型糖尿病の
進行は、高齢者や肥満で運動しない人や、3
~5%の妊娠糖尿病の女性でみられる。
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2型糖尿病:経過
• 1.糖尿病発症より10年かそれ以上先行して
インスリン抵抗性が肥満の人で進行する。
• 2.2型糖尿病患者の初期には代償的高イン
スリン血症を伴うインスリン抵抗性がみられる。
• 3.続いて、インスリン分泌の減少と高血糖症
の悪化という特徴をもつβ細胞の機能不全
が起こる。
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2型糖尿病:血糖値とインスリン濃度の経過
イラストレーテッド生化学 図25.8 糖尿病の年数
血糖
インスリン分泌
診断まで
~10年
インスリン抵抗性が先行
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2型糖尿病の遺伝性
きょうだいに2型糖尿病がいる未発症者
→発症リスクは平均より3倍高い(本書98頁)
エスニックグループ間で
の発症率の違い
家族に患者がいる場合
のリスク
図はhttp://www.genetichealth.com/DBTS_What_Is_Type_2_Diabetes.shtmlから。
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2型糖尿病:多遺伝子性疾患
• なりやすさは、多種類の遺伝子バリアント(配
列のバリエーション)がきめる
– それぞれのリスクは小さい
• 互いに影響しあって病気を発症させる多数の
遺伝子からなる遺伝子群は「多遺伝子
( polygene )」とよばれる
– そのような遺伝子群によって受け継がれる性質
は「多遺伝子性 (polygenic) 」であるという
• バリアントの組み合わせで2型糖尿病のリス
クが平均より高くも低くもなる。
本書98頁
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多遺伝子疾患のリスク遺伝子探し
• 候補遺伝子戦略
• ゲノムスキャン
– Genome Wide Association Study, ゲノムワイド相関解析 ,
GWAS などとよばれる。
– 患者群によく見られて、対照群にあまり見られない DNA の
バリアントを、ゲノムに含まれるバリアント全体について調
べることで発見する戦略
• 例:患者群 1000 人、対照群 1000 人
– DNA のバリアント:よくあるバリアントとまれなバリアント
• よくあるバリアント:およそ 1000 万箇所-ほとんどが個人間の単一
塩基の差異(一塩基多型: Single Nucleotide Polymorphism,
SNP )
本書101頁
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GWAS を可能にした要因
• HapMap プロジェクトによる代表的な SNP の同定
– 1本の染色体上の SNP (など)のセットを「ハプロタイプ」と
いう。
– 減数分裂で精子や卵を作る時にハプロタイプは(ちょうど
トランプを切るように)シャッフルされる(乗換え→相同組
換えによる)が、人類のこれまでの世代数は、完全に
シャッフルできるほど多くない。
• ハプロタイプには、シャッフルされないかたまりのまま受け継が
れてきた部分が残っている(ハプロタイプブロック)。
– 同じ「ハプロタイプブロック」にある SNP 群については、代
表的な SNP (タグ SNP )の型だけ判定すればよい
• ラボ作業コストの急落
– DNA チップ
本書103頁
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黄斑変性(加齢黄斑変性症)
• 高齢者の失明原因となる病気の一つ
– 欧米では失明原因の第一位
– 日本でも近年増加する傾向にあ る
• その他の主要な原因は、(1)緑内障と(2)糖尿病性網膜症
最初の成功は黄斑変性
http://www.kareiouhan.com/about/ 加齢黄斑ドットコム(ノバルティス提供)
発症時の見え方:
1.中心がゆがむ
2.中心が暗い
3.中心がぼやける
4.中心が不鮮明
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黄斑変性の病態(1)
http://www.kareiouhan.com/about/ 加齢黄斑ドットコム(ノバルティス提供)
黄斑:網膜の中心部分。ものを見る時にもっとも重要なはたらきをする。
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黄斑変性の病態(2)
http://www.kareiouhan.com/about/ 加齢黄斑ドットコム(ノバルティス提供)
乾性黄斑変性:黄斑の組織が細
胞の消失とともに薄くなっていく
湿性黄斑変性:黄斑の下の組
織層に異常な新しい血管がで
きる(血管新生)。
網膜の下でこれらの血管か
ら液体や血液が漏れると、盛り
上がった瘢痕(はんこん)組織
ができる。(左に図示)
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黄斑変性の遺伝
• 2つの遺伝因子+2つの環境因子(喫煙と肥
満)でリスクの 80% が説明できる(本書)
• そのうちの1つは HTRA1 遺伝子のプロモー
ター領域 [1]
– 遺伝子の 5' 端(開始部分)の上流
– 転写を調節するタンパク質が結合する部分
• もう1つは LOC387715/ARMS2 遺伝子 [2]
[1] Dewan A et al. HTRA1 promoter polymorphism in wet age-related macular degeneration. Science. 2006 Nov 10;314(5801):989-92.
[2] Rivera A et al. Hypothetical LOC387715 is a second major susceptibility gene for age-related macular degeneration, contributing independently of complement factor H to disease risk. Hum Mol Genet. 2005 Nov 1;14(21):3227-36.
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黄斑変性の治療
• 炎症を抑える?
• clinicaltrials.gov を age-related macular
degeneration で検索→700件以上ヒットする
– 抗体薬
– 抗酸化薬
– など
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データを検索するには
• NCBI Phenotype-Genotype Integrator (PheGenI)
– http://www.ncbi.nlm.nih.gov/gap/PheGenI
発見の洪水
検索条件
ヒット件数
染色体上に図示
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データの一覧を入手する
• Genome.gov: National Human Genome Institute
– Office of Population Genomics
• A Catalog of Published Genome-Wide Association Studies
• http://www.genome.gov/gwastudies/
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発見の爆発的な連続( 2007 年)
• ” There have been few, if any, similar bursts of
discovery in the history of medical research. "[1]
• Breakthrough of the Year. Human genetic
variation [2]
[1] Hunter DJ, Kraft P. Drinking from the fire hose--statistical issues in
genomewide association studies. N Engl J Med. 2007 Aug 2;357(5):436-9
[2] Pennisi E. Breakthrough of the year. Human genetic variation. Science. 2007 Dec 21;318(5858):1842-3..
例:2型糖尿病と関連のある遺伝子のヴァリエーション(色線)([2]より)
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2型糖尿病に関与する遺伝子群
糖尿病の場合は
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/gap/PheGenI
検索条件: Traits: Diabetes Mellitus, Type 2, p-value < 10-10
164 SNPs, 175 genes
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関連遺伝子の例
11番染色体の KCNQ1 遺伝子
膵島β細胞の ATP
感受性カリウムチャ
ンネルの一部
タンパク質を コードする
図:日経メディカルオンライン(稲垣、清野
(対談))より。
スルホニルウレア (SU)薬