生物資源の基礎数学教材

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生物資源の基礎数学教材 筑波大学生物資源学類 平成 29 年度 秋学期 i はじめに これは, 筑波大学生物資源学類 1, 2 年生を対象とす る, 農学・環境学を学ぶための数学の教科書である。 基 礎数学 II」「数理科学演習」「実用解析 I」などの授業で 以上を達成することを優先し, そのかわり, 理系大 学のオーソドックスな初年次数学教育のカリキュラ 使用する。 ムにはこだわらない。有用・必要ならば, 高度な内 容であってもとりあげ, そうでなければ基本的な事 数学をなぜ勉強するのか? 役に立つから, そして楽し 項であっても割愛する。 いからである。諸君がどんな分野に進むのであれ, 数学 ができると楽しいし, 有利である。数学は広くて素晴ら しい世界を教えてくれる。しかし, 数学の勉強には辛抱 と時間が必要である。諸君は, 数学だけを勉強しに大学 へ来たのではなく, 限られた青春の時間の中で, 他にも やるべき多くのことに直面している。 本書は, そのような諸君が, 将来に役に立つ (であろ う) 数学を, できるだけ短い時間で学べるように工夫し て作った。本書の特徴は以下のとおりである: 生物資源学類「数学リメディアル教材」の続編であ る。読者が同書を完全に習得していることを前提と 諸君が今後, 必要とする可能性が特に高い数学は, 主 に以下の 5 つだろう: 1) 誤差伝播の法則 (独立な確率変数の分散が加算でき ること。)2) 微分方程式 (現象を, 微小量同士の関係によって表 現し, 解析すること) 3) 重ね合わせの原理 (多くの自然法則で成り立つ数学 的構造。フーリエ級数等の基礎) 4) 対称行列の理論と応用 (5) ベクトル解析 (空間的に広がりを持つ現象の解析の する。必要に応じて同書を参照する。 数学自体の持つ体系性を大切にする。個々の題材の 相互の関連性を強調する。それによって, 積み重ね て学ぶことの重要性を強調する。 厳密性にはこだわらない。例えば微分積分の極限操 作は, 数学類で学ぶような ϵ −δ 論法には依らず, 近 似的・直感的な理解で良しとする。 基礎) 1) は統計学の基礎であり, 数学リメディアル教材」 で学んだ。統計学のほとんどのアイデアは, ここから派 生する。(2) は, 物理学・化学・生物学・経済学等の様々 な科学において, 法則を定量的に記述し, それをもとに 現象を予測 (シミュレーション) する方法論である。(3) は, 2) とも関係するが, この世の自然法則の多くに共 通するシンプルで強力な性質であり, 現象の理解に役立 つ。(4) は, 1),3) にも関係し, 多変量の統計学 (特に 生物資源学類の教育・研究で実際に役立つ内容を重 主成分分析) や量子力学, 材料学等で決定的な働きをす 数学的概念を重点的に学ぶ。数学以外の学問や実用 は, 水理学, つまり水の動きの物理学の基礎であり, 農学 視する。特に, 多くの様々な分野で共通して必要な 例への「出口」をできる限り示す。 コンピュータを活用し, 実際の数値にこだわる。そ れによって, 農学や環境学などの応用科学者・実務 家に必要な, 定量的議論をするためのスキルを養う。 そのため「数理科学演習」の履修を勧める (実際, こ のテキストは「数理科学演習」でも参照される)。る。(5) は電磁気学や流体力学の基礎であり(流体力学 や食品科学で重要である),また, 経済学等で現れる最 適化問題の基礎でもある。 本書は, これらの数学を重点的に提示する。諸君がこ れらを自分の言葉できちんと説明できるくらいに理解し ていれば, とりあえず, どんな分野に行っても「数学が わからなくて脱落する」というようなことは少ないだろ う。 はじめに ii あなたは今後, それらを使った計測をしないのです 「今や大学はレジャーランドである」と嘆く声がある。 か? カメラ, 分光計, レーザー測距儀, 蛍光タンパク質, しかしレジャーランドはそもそも遊びを通じて感動を 顕微鏡とか。化学でこれから習う電子軌道も波ですよ。 人々に与える場である。学問は, 本来, 知的な遊びであ p 軌道, s 軌道, π 軌道とか。 り, 人々に感動を与える。従って, 学問の府たる大学は そもそも「知のレジャーランド」なのであり, 数学は, そ のアトラクションの一つなのだ。 数理科学演習をとらなくても大丈夫でしょうか? とってください。基礎数学 II は数理科学演習と強く リンクしています。ここで理論を学び, 演習で実感する, ただし, このレジャーランドを楽しむには, コツが必 要である。物理学者の Richard P. Feynman は, 以下の という学習サイクルは必要です。週 1 回の講義だけで数 学ができると思ってはいけません。 ようなことを述べている: The best teaching can be done only when there 私は生物学コースに行こうと思うので, 基礎数学 II」は履修する必要無いと思うのですが, どうでしょ is a direct individual relationship between a student うか? and a good teacher —a situation in which the student discusses the ideas, think about the things, and talk 何を履修するかは, あなた自身で決めればよいと思い about the things. It’s impossible to learn very much ます。ただ, 生物学には, 数学を必要としない分野も, 数 by simply sitting in a lecture, or even by simply do- 学を必要とする分野もあります (素数ゼミって知ってい ing problems that are assigned.”The Feynmann ますか?)それはどのコースでも同じ。「数学ができな Lectures on Physics”より いと, xxx コースは無理」とか, xxx コース以外に行く ならば数学は不要」などと考えるのは正しくない。この つまり, 教師と学生の 1 対 1 の対話に勝る教育は無い, というのだ。だから, 学生諸君には, 臆することなく教 文章の「数学」の部分を「物理学」 化学」 生物学」 経 済学」などに置き換えても同様のことが言えます。 師を訪ねて質問をぶつけ, 数学を楽しんで欲しい。 よくある質問 教材を見て, 難しそうでついていけるか不安になり ました。 そりゃ難しいですよ。大学なんだから当たり前。小 でも, 何もかも全てを勉強するのは無理ですよね? だからこそ, 基礎を学ぶのです。基礎は多くの学問に 共通する考え方です。基礎がきちんとしていれば, 必要 なことを必要な時に手際よく学ぶことができます。 中高のおさらいをするために筑波大学に来たんじゃない でしょ? 皆さんの先輩は, この教材をクリアしたのです。 皆さんにもできますよ。 謝辞: 本書は, 2003 年度以降現在までの, 生物資源学類 1 年 次科目「基礎数学」 基礎数学演習」 数理科学演習」の教材と して発展した。 よくある質問」や, 章末の「一問一答」は, そ 数学は勉強したいけど, 物理学は勉強する気は無い ので, 物理学に関連するテーマは避けて下さい。 れらの授業のアンケートなどから得た。受講生と TA から多 くのフィードバック(質問や間違いの指摘)を得て, 助けられ た。 本書は, 波動や電磁気学など, 物理学・物理学実験に 関連するテーマもたくさんとりあげます。物理学は, 数 学がわかると非常に楽に勉強できるので, 食わず嫌い」 をやめて, この機会に勉強しましょう。実際, 物理学は 注: 本書は「数学リメディアル教材」(全 16 章) の続編なの で, 第 17 章から始まる。問題番号が問 501 からはじまるのは, 数学リメディアル教材」の問題と区別するためである。 全ての理系の基礎です。春学期の「化学 I」は, 実質的に はほとんどが物理学の内容だったでしょ? でも, 光とか波とか, 正直, 興味無いです。 2017 年 11 月 22 日 奈佐原 (西田) 顕郎 iii 目次 第 17 章 指数関数・対数関数の応用 1 17.1 ランベルト・ベールの法則 .1 17.2 温度計の感度 .4 17.3 抵抗とコンデンサー .5 17.4 コンデンサーの充放電 .6 17.5 ポアソン分布 .7 17.6 情報数学 .8 17.7 双曲線関数 .11 17.8 解答 .13 微分方程式をコンピュータで解く 17 18.1 微分方程式の数値解 .17 18.2 ロジスティック方程式 .18 18.3 カオス .19 18.4 ロトカ・ヴォルテラ方程式 .20 18.5 化学反応速度論 .22 18.6 運動方程式の数値解 .24 18.7 解答 .26 線型代数 2: 線型空間 31 19.1 閉じている」とは .31 19.2 体 .31 19.3 線型空間 .31 19.4 線型結合と重ね合わせ .37 19.5 解答 .38 線型同次微分方程式 39 20.1 線型同次方程式 .39 20.2 線型同次微分方程式 .39 20.3 演算子法 .40 20.4 常微分方程式と偏微分方程式 43 20.5 重ね合わせの原理 45 20.6 解答 .48 線型代数 3: 線型写像と線型微分演算子 51 21.1 写像 .51 21.2 線型写像 .53 第 18 章 第 19 章 第 20 章 第 21 章 目次 iv 21.3 線型微分演算子 .55 21.4 線型微分方程式 .56 21.5 解答 .59 線型代数 4: 線型独立・基底・座標 61 22.1 線型独立 .61 22.2 基底と次元 .64 22.3 座標 .65 22.4 線型写像を行列で表現する .66 22.5 解答 .68 線型代数 5: 計量空間 71 23.1 内積 .71 23.2 計量空間 .72 23.3 クロネッカーのデルタ .75 23.4 正規直交基底 .75 23.5 フーリエ級数 .77 23.6 複素計量空間 .79 23.7 解答 .82 線型偏微分方程式 1: 波動方程式 87 24.1 波動方程式 .87 24.2 弦を伝わる波 .89 24.3 人口の年齢構成 .90 24.4 正弦波 .92 24.5 解答 .94 線型偏微分方程式 2: 波動方程式の応用 97 25.1 津波 .97 25.2 音波 .99 25.3 面を伝わる波の波動方程式 .101 25.4 解答 .103 線型偏微分方程式 3: 変数分離法 105 26.1 線型偏微分方程式の変数分離法 .105 26.2 初期条件・境界条件 .107 26.3 熱伝導方程式・拡散方程式 .111 26.4 変数分離法で拡散方程式を解く .112 26.5 初期条件・境界条件 .113 26.6 線型偏微分方程式と固有値・固有関数 .113 26.7 解答 .115 量子力学入門 119 27.1 状態ベクトル .119 27.2 状態ベクトルの時間変化 .121 27.3 シュレーディンガー方程式 (行列表示) 122 第 22 章 第 23 章 第 24 章 第 25 章 第 26 章 第 27 章 v 27.4 定常状態とエネルギー .123 27.5 分子軌道法 .123 27.6 固有状態の直交性 27.7 シュレーディンガー方程式 (偏微分方程式) 27.8 波動方程式・拡散方程式とシュレーディンガー方程式 27.9 量子力学の旅 .127 27.10 解答 .128 線型代数 6: 行列式 129 第 28 章 125 125 127 28.1 2 次の行列式と面積 .129 28.2 3 次の行列式と体積 .132 28.3 外積(ベクトル積) 28.4 n 次の行列式 .136 28.5 解答 .139 ベクトル解析 1 143 29.1 スカラー場とベクトル場 .143 29.2 2 次元極座標上での積分 .144 29.3 3 次元の極座標 .146 29.4 3 次元極座標上での積分 .148 29.5 ヤコビアン .29.6 発展) 原子内の電子軌道 .149 29.7 解答 .150 ベクトル解析 2 155 30.1 ナブラ演算子と勾配・発散・回転 .155 30.2 勾配 .156 30.3 線積分 .159 30.4 ポテンシャルエネルギーと力 30.5 電場・電位・電圧 30.6 解答 .163 ベクトル解析 3 165 31.1 フラックス .165 31.2 面の向きとフラックス .165 31.3 流れの向きとフラックス .167 31.4 内積による面積分 31.5 発散 .169 31.6 拡散方程式 .171 31.7 ラプラシアン .172 31.8 解答 .173 ベクトル解析 4 175 第 29 章 第 30 章 第 31 章 第 32 章 134 148 161 162 168 32.1 ガウスの発散定理 32.2 回転 (rotation) 177 32.3 回転 (rotation) の意味 .179 175 目次 vi 32.4 ストークスの定理 32.5 注意: 掛け算の順序について .183 32.6 解答 .184 マクスウェル方程式と電磁気学 187 33.1 マクスウェル方程式 .187 33.2 点電荷まわりの電場 (クーロンの法則) 188 33.3 直線電流のまわりの磁束密度 33.4 電磁誘導 .190 33.5 電荷の保存則 .191 33.6 電磁波 .191 33.7 解答 .194 第 33 章 索引 181 189 195 1 第 17 章 指数関数・対数関数の応用 指数関数 ex は, 大学で極めて頻繁に現れる。「化学」で学 る。光源からは, 様々な波長の光が出る。その光はセル んだ一次反応に指数関数が出てきたのはまだ序の口だ。指数 に当たる。セルは, ガラスや石英等の素材でできた, 透 関数は正規分布の確率密度関数にも出てきた。「生物学」では 海水中の日射量が深さとともに指数関数的に減衰することを 明な容器である。セルには, ユーザーが, 計測したい溶 学んだ。後に学ぶが, 生物の個体群動態に指数関数は現れるの 液試料を入れる。セルに当たった光(入射光)は, セル だ。オイラーの公式を使えば, 三角関数までもが指数関数の 内の溶液の中を進むにつれて, 溶質によって吸収され, 仲間」である。 減衰していくので, セルを抜け出た光 (透過光)は, 入射 なぜ世の中は指数関数にあふれているのだろうか? その答 えは自然を創った造物主 (しか知らないが, 強いて推測すれ 光よりも弱くなっている。透過光の強さをセンサーで測 るのである。 ば, 自然界に現れる微分方程式の多くが指数関数的な解を持つ 透過光が, 入射光に対してどのくらい弱まるか, とい からだろう。特に, 後に学ぶ「線型微分方程式」では, 指数関 うことを, 溶液の濃度と関連付けてみよう: 光の進行方 数は中心的な役割を果たす。そこで, ここでは指数関数と, そ 向に沿って x 軸をとり, 位置 x での光の強さを I(x) と の逆関数である対数関数について, もう少し理解を深めよう。 する。光は, 溶液の中を微小距離 dx だけ通過すると, 溶 液の濃度 c, 進んだ距離 dx, そして光自身の強度 I に比 17.1 ランベルト・ベールの法則 例して強度を失うと考えられる。従って, 位置 x +dx における光の強さは, 位置 x における光の強さから, 化学物質の定量法 (量や濃度を測る方法) のひとつに, κ I c dx だけ弱くなっているはずだ (κ は溶質の種類や 吸光度測定」というものがある。これは, 溶液, つまり 光の波長によって決まる適当な正の定数)。これを式で 化学物質が溶け込んでいる液体 (水とか有機溶媒.エタ ノールやアセトンなど) に, その化学物質に特徴的な波 長の光を当てて, その光がどのくらい減衰するかを調べ, それによって化学物質の量(濃度)を見積る手法である。 その原理を考えよう: 書けば, I(x +dx) I(x) κ c I dx 17.1) となる。式 (17.1) を変形すると, I(x +dx) I(x) κ c I dx 17.2) となる。両辺を dx で割ると, I(x +dx) I(x) κ c I dx 17.3) となる。dx を十分に小さい距離で考えれば, この左辺は I(x) の微分(導関数)になるので, dI =κ c I dx 図 17.1 分光光度計の内部の概念図 図 17.1 は, 吸光度測定に使う「分光光度計」という 17.4) となる。この式 (17.4) が, 溶液中での光強度の変化(減 衰)を説明する微分方程式である。 装置の概念図である。分光光度計の内部は, おおまかに 言って, 光源・セル・センサーの 3 つの部分で構成され 問 501 式 (17.4) を解いて次式を示せ (ヒント: 数学 第 17 章 指数関数・対数関数の応用 2 リメディアル教材)。以上にするために, マイナスの符号をつけるのです。 I(x) I(0) exp (κ c x) 17.5) これらの式 (17.4) や (17.5) を, ランベルト・ベール Lambert-Beer) の法則 という。Lambert のことをラ ンバートと言ったり, Beer のことをビアーと言ったりす ることもあり, また, Lambert と Beer の順番をひっく り返して言うこともあるので, ビアー・ランバートの 法則」とか「ランバート・ビアーの法則」とか, いろん な風に呼ばれる。混乱しないように注意しよう。κ は化 学物質の種類と溶媒の種類, そして光の波長によって決 まる数値であり, c や x にはよらない定数である。 問 502 次の 2 つの式を導け: κ c x/ ln 10 I(x) I(0) 10 κ c x =log10 ln 10 I(0) I(x) 17.6) 17.7) れは実験的に計測可能な量である。x を特定の値 d に 設定するとき (化学実験では d =1 cm が一般的),式 17.7) の右辺を「吸光度 (absorbance)」と呼び, 多くの 場合, A と表記される。すなわち, である。 問 503 I(0) c= A (κ/ ln 10)d 17.9) 17.10) となる。κ/ ln 10 は, モル吸収係数と呼ばれ, 既に多くの 物質について多くの化学者が実験によって正確な値を決 定し, 公表している。d は前述のように既知 (実験条件 で設定する値) である。従って, 式 (17.10) の右辺の A に対する係数 (ln 10/(κd))は, 実験条件で既に決まって いる。それを K と書くと, 17.11) となり, 溶液の濃度 c と吸光度 A の間の簡単な比例関係 が得られる。これによって, 吸光度の測定値から溶液の 濃度を知ることができるのだ。 入射光の強さで割ったもの, すなわち透過率であり, こ I(d) κ cd =A ln 10 c=KA 式 (17.7) の右辺の中の I(x)/I(0) は, 透過光の強さを A :log10 x =d のとき, 式 (17.7),式 (17.8) によって, 普通, 分光光度計で吸光度を測定するときは, 1 cm ×1 cm の正方形の底面を持つ, 角柱状のセルを用いる。そ れが, d =1 cm とする理由である。セルは, ガラスもし くは石英で作られることが多い。石英製のセルはガラス より高価だが, 波長の短い光(紫外線等)を使う場合に は必要である。 問 504 80 %ア セ ト ン・20 %純 水 の 混 合 液 を 溶 17.8) 媒 と す る と き, そ の 中 に あ る ク ロ ロ フ ィ ル a の モ ル 吸 収 係 数 は, 波 長 663.3 nm の 光 に 対 し て, 76.8 mmol−1 dm3 cm−1 である。ある, クロロフィル a 以下の問に答えよ: 1) 透過光 I(d) が入射光 I(0) の半分であるとき, 吸光 度 A はいくらか? 2) 透過光 I(d) が入射光 I(0) の 1/10 であるとき, 吸 光度 A はいくらか? だけが溶け込んだ 80 %アセトン・20 %純水混合溶液に おいて, 波長 663.3 nm の光に対する吸光度 (d =1 cm) が, 分光光度計によって, A663.3 =0.2 と測定された。こ の溶液中のクロロフィル a の濃度を求めよ。注: mmol は「ミリモル」すなわち 0.001 モルのこと。dm3 は立方 デシメートル, すなわち (0.1 m)3 ,すなわち 0.001 m3 ,すなわち 1 L のこと。 よくある質問 1 吸光度の定義式 (17.8) には, なぜマイナス がついているのですか? 一言で言えば, 慣習。I(x) は I(0) 多くの場合, 溶液には複数の種類の溶質(化学物質) 以下(透過光の強度は入射光の強度以下)なので, I(x)/I(0) が溶け込んでいる。その場合, それぞれの化学物質が光 は 1 以下になり, 従って, ln{I(x)/I(0)}は 0 以下になります。 を吸収するため, 事情はやや複雑になる。例えばクロロ 光がたくさん吸収されて透過光が弱くなるほどれば I(x)/I(0) フィル a が溶け込んだ溶液というのは, 普通, 植物体を は 0 に近づきますが, そのとき ln{I(x)/I(0)}は絶対値の大 粉砕・抽出して作る試料であり, 他の色素, 特にクロロ きな負の値になります。ところが「吸光度」は, その名のとお フィル b なども一緒に溶け込んでいることが多い。そ り, 溶液が光を吸収する程度を表す指標なので, 値が負だと直 のような場合は, 式 (17.11) を単純に使うわけにはいか 感的にわかりにくい。そこで, わかりやすくするために値を 0 ない。そこで式 (17.1) に戻って考える。今, 物質 1, 物 17.1 ランベルト・ベールの法則 3 質 2 という 2 種類の溶質が溶け込んでいるとすると, 式 17.1) は以下のように修正される: 17.11) の拡張といえる。 問 505 80 %アセトン・20 %純水の混合液中の, ク I(x +dx) I(x) κ1 c1 I dx −κ2 c2 I dx (17.12) ロロフィル a とクロロフィル b を物質 1, 物質 2 とし, 2 ここで, κ1 κ2 はそれぞれ物質 1, 2 による光吸収の度合 つの波長を λ1 =663.3 nm, λ2 =646.6 nm とすると, いを表す正の定数であり, c1 ,c2 はそれぞれ物質 1, 2 の 式 (17.18) の右辺の行列は, 濃度である。このように拡張した式をもとに, 上述の論 理を再構成すると, 式 (17.9) が, κ2 κ1 c1 d +c2 d =A ln 10 ln 10 17.13) と修正される。未知数は c1 ,c2 という 2 つであり, 式は この 1 つだけなので, このままでは c1 ,c2 を実験的に決 定することはできない! そこでどうするかというと, 複数の波長の光を使うの だ。物質によって, 吸収しやすい波長」は違うので, 波 長を変えれば κ1 ,κ2 の値も変わる。そこで, 異なる 2 つ の波長 λ1 ,λ2 の光について, 吸光度を計測する。それを 12.25 µg/ml −4.91 µg/ml 2.85 µg/ml 20.31 µg/ml 17.21) であることが知られている*1 。各波長における吸光度 が, A1 =0.30, A2 =0.13 であるときの, クロロフィル a とクロロフィル b の濃度を求めよ。 実際の環境計測や食品工学における化学分析では, 2 種類どころか, もっともっと多くの種類の物質が混入す る溶液を扱うことになる。その場合でも, 上の理論は単 純に拡張できる。つまり, 式 (17.16) や式 (17.18) の数 ベクトルと行列の次数(次元)を増やせばよいのだ。 A1 ,A2 とすると, 式 (17.13) のような式が 2 つできる: κ11 c1 d +ln 10 κ21 c1 d +ln 10 κ12 c2 d =A1 ln 10 κ22 c2 d =A2 ln 10 17.14) 17.15) 収の度合いを表す正の定数である (i, j はそれぞれ 1 又 は 2)。式 (17.14),式 (17.15) を, 数ベクトルと行列で書 きなおすと, κ11 d/ ln 10 κ21 d/ ln 10 未知数 c1 ,c2 に関する連立一次方程式である。これを解 くには, 式 (17.16) の両辺に, 左から, 式 (17.16) の中の 行列の逆行列をかければよい。すなわち, κ11 d/ ln 10 κ21 d/ ln 10 1 [κ12 d/ ln 10 K11 =κ22 d/ ln 10 K21 場合を避けるためには, 波長 1 と波長 2 はどのように選 ランベルト・ベールの法則は, 化学物質の定量だけで なく, 世の中のありとあらゆる「光の減衰」に関する現 象にみられる法則である。例えば上空から海面に差し込 ベールの法則で説明される。 問 507 液体の水 (純水) において, 式 (17.5) の κc の値は, 光の波長に依存する。可視光(ヒトの目に見え る光)では, 波長が長い光ほど, κc の値は大きい。例え ば, 青色の光 (波長約 0.48 µm):κc ≒0.01 m−1 K12 K22 17.17) とすれば, c1 K11 =c2 K21 することができないのはどのような場合か? そのような む日射が海水中でどのように減衰するかはランベルト・ κ12 d/ ln 10 c1 A1 =17.16) κ22 d/ ln 10 c2 A2 となる。式 (17.14),式 (17.15) や, 式 (17.16) は, 2 つの 式 (17.16) から式 (17.18) のような式を導出 択すべきか? ヒント: 逆行列が存在するか否か。 ここで κij は, 波長 λi の光に対する, 物質 j による光吸 問 506 緑色の光 (波長約 0.55 µm):κc ≒0.05 m−1 赤色の光 (波長約 0.68 µm):κc ≒0.5 m−1 である。 1) 深さ 1 m の水を透過したとき, 青・緑・赤のそれぞ K12 K22 A1 A2 れの光の透過率を求めよ。 17.18) ぞれの光の透過率を求めよ。 である。あるいは, 同じ事だが, c1 =K11 A1 +K12 A2 c2 =K21 A1 +K22 A2 2) 深さ 10 m の水を透過したとき, 青・緑・赤のそれ 17.19) 17.20) と な る 。式 (17.18) や 式 (17.19),式 (17.20) は, 式 上の問題から, 海がなぜ青いか説明できる: 赤や緑の 光は, 長距離の水中を通過すると, 吸収されてしまい, 透 *1 田中亮一「色素の分析」低温科学, 67, 315-325, 2009 第 17 章 指数関数・対数関数の応用 4 過できない。従って, 太陽からの光がそれなりに深い海 に入ると, 赤や緑の光は吸収されてしまう。青の光は吸 収されにくく, 一部が海中の塵や海底で反射・散乱され て, 海上に出てくる。それが海を青く見せるのだ。(注: 白色の可視光線は, おおざっぱにいって赤・緑・青の 3 種類の光の混合とみなせる) K(T1 −T (t))dt/C だけ変化する。それを式にすると, T (t +dt) T (t) うので, 赤や青をよく吸収する。相対的に緑はあまり吸 収しないため, 葉に当たった光は, 主に緑色の光だけが 反射・透過するのだ。 17.24) となる。これを変形すると, T (t +dt) T (t) ところで, 陸上植物は光合成には青と赤の光を主に使 K(T1 −T (t))dt C K(T1 −T (t))dt C 17.25) となる。両辺を dt で割ると, K(T1 −T (t))T (t +dt) T (t) dt C 17.26) となる。dt は微小時間なので, 左辺は T の微分(導関 数)である。従って, 問 508 海藻には赤や褐色のものが存在するのはな ぜか? ヒント: 深い海底に棲む海藻は, 赤い光を吸収す dT K(T1 −T (t))dt C 17.27) となる。これが, 温度計のセンサー部の温度を説明する る必要はあるだろうか? 微分方程式である。 17.2 温度計の感度 問 509 式 (17.27) を解いてみよう。 温度計で気温を測ることを考える。温度計が正しく気 温の値を指すには, 温度計のセンサー部分が気温と同じ 温度にならなくてはならない。そのためには, 空気とセ ンサーの間で熱交換する必要があるが, それにはある程 時刻 t における温度計のセンサー部の温度を T (t) と する。最初は T は T0 であり, 急に温度 T1 の空気にさ らされたとしよう(T0 ̸T1 とする) その後, 温度計の センサー部の温度が時刻 t とともにどのように変化する か, 考えよう。 物理の基本法則として, 温度が高いものから温度が低 いものに向かって熱は移動する (熱力学第 2 法則)。い ま, 温度 T1 の空気から温度 T (t) のセンサーへは, 温度 差 T1 −T (t) に比例して熱が流れるとする。その係数を K とすると, 単位時間あたりに流れる熱量 J は, 17.22) となる。従って, 微小時間 dt の間に流れる熱量は, J(t) dt =K(T1 −T (t))dt dT K =dt T1 −T (t) C 17.28) 2) 前小問をもとに次式を示せ(D は任意の数):度の時間がかかる。 J(t) K(T1 −T (t))1) 式 (17.27) を変形して次式を示せ: 17.23) となる。また, 温度計の熱容量(単位温度だけ上げるの に必要な熱量)を C とすると, 温度計の温度は, 流 れてきた熱量/C 」のぶんだけ変化する。従って, 時刻 t +dt における温度は, 時刻 t における温度に比べて, ln |T1 −T (t)|K t+D C 17.29) 3) 前小問をもとに次式を示せ: K T1 −T (t) exp −t −D C 17.30) 4) 初期条件(t =0 の状況)を考えて, 前小問をもとに 次式を示せ: T1 −T0 =exp(−D) 17.31) 5) 式 (17.30),式 (17.31) をもとに, 次式を示せ: K )T1 −T =T1 −T0 )exp −t C 17.32) K )T =T0 −T1 )exp −t +T1 C 17.33) 6) 前小問をもとに次式を示せ: 式 (17.33) によって, 温度計のセンサー部の温度変化 が説明できる。ここで, C =τ K 17.34) 17.3 抵抗とコンデンサー 5 とおくと, 式 (17.33) は次式のように書き換えられる: t) T1 T (t) T0 −T1 )exp −τ 17.35) τ は「時定数」(time constant) と呼ばれる。「時定数」 17.3 抵抗とコンデンサー 電気回路は, 様々な電子機器や計測装置の基本的な部 品として重要である。電気回路はおおまかに言って, 電 源・配線・素子から構成される。素子とは, 電子回路を は, この例だけでなく, 多くの現象について考えられる概 構成する, 電源・配線以外の部品である。主な素子の種 念である。すなわち, 時間的に変化する量が, exp(−t/τ )類として, 抵抗・コイル(インダクタンス)・コンデン の関数形(もしくはそれに定数を足したり掛けたりした サーなどがある(他にも, ダイオードやトランジスタな 形),で表現されるとき, τ を時定数という(時定数の一 どもある)。物理学実験 I」のテーマ IV のエレクトロ 般的な定義) ニクスでは, 電気回路の性質を理解するために, コンデ ンサーと抵抗(と電源)からなる単純な回路の性質を調 問 510 温度計のセンサー部の温度変化, すなわち式 17.35) について, 1) T (0) T0 となることを確かめよ。また, T (T1 となることを確かめよ。 2) T を t の関数とみなして, そのグラフをかけ。注: べることになっている。ここでは, それを数学的に検討 しよう。 ある素子に電圧 V をかけると, それに比例した電流 I が流れるとする。すなわち, R を, ある正の定数として, V =RI 17.36) T0 >T1 の場合と T0 T1 の場合)。T 17.8) より, A =log10 (1/2) log10 2 =0.301 ·17.81) T1 2) 題意より, I(d)/I(0) 1/10 となる。従って, 式 T0 17.8) より, A =log10 (1/10) log10 10 =1 17.82) 図 17.8 注: 吸光度は無次元量なので単位は不要。 答 504 (計算過程は省略。レポートではきちんと書くこ と。)2.6 µmol/dm3 答 505 (計算過程は省略。レポートではきちんと書くこ と。)クロロフィル a は 3.30 µg/ml, クロロフィル b は 1.17 µg/ml。 τ 0 2τ t 3τ 温度計の温度の変化(T0
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