人は一生の内にいつかは、自分の人生の意味や目的、何をなすべきか自問する。モーセは王子の資格を失い、ファラオの手を逃れてミディアンの土地に落ち着くが、神に召されて渋々エジプトへ戻り、民を導くことになった。洗礼者ヨハネしかり、イエスも宣教活動の前に自分の使命を果たす前に試練を受けている。四旬節第一主日の朗読箇所は、まるで救いの歴史全体を網羅する予告編のように私た ちにイエスを提示してくれる。
三つの誘惑の最初、空腹を覚えたイエスに石をパンに変えるように誘惑する。このことは、イエスも私たちと同様の飢え、そして誘惑を受けられた人間性を示すものであろう。しかし、イエスが私たちと違うのは、この誘惑へ特別な仕方で答えている。それは悪魔自身の言葉にある
・・ら・ 。 ﹁神の子な
。るあでのな にそ私たちの間れ住まわた神の子 スこエう方イな平凡なではない。 たエスは私イちと同じよ﹂ 後に聖パウロはこう述べている。﹁キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思われず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました﹂︵フィリピ
。るあで人 エる。すなわち、イスは神であり、 私いてれさ示にちたでるすり取形 エス誘惑は、イ誰がであるかを先 ︶6︱7・これらの2
それでは、イエスのこの世での使命とは何であろうか。第一朗読の創世記では、アダムの創造の後 すぐに、人は誘惑に負けて、園の木の果実を食べてしまった。そうして男女とも悪の奴隷になってしまう。
さて、悪魔はイエスをも誘惑する。アダムは堕ちたが、イエスは堕ちることはない。アダムの罪をあがなうためにイエスは来たのである。﹁つまり、アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになるのです﹂︵Ⅰコリント
15・ 22
︶換言すれば、イエスは第二のアダムであり、第一のアダムの過ちを正すために来られたのである。同じコリント書で聖パウロは﹁最初の人は土ででき、地に属する者であり、第二の人は天に属する者です。土からできた者たちはすべて、土からできたその人に等しく、天に属する者たちはすべて、天に属するその人に等しいのです。私たちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなるのです﹂︵Ⅰコリント
15・ 47︱
。るあでのたれら来 ムにめたるなにダアいし新の類人 ︶いし新はスエイ49 イエスの荒野での誘惑は救いの歴史を予告編のように私たちに示してくれる。四旬節から聖週間にかけて、救いの歴史全体、聖書全体を黙想したいものである。
かてどらるの鐘
2014年 御復活号 第 701 号
カトリック北一条教会
〒060 -0031 札幌市中央区北 1 条東 6 丁目
TEL 011−231−4189 FAX 011−231−4191
〝 第
二
の
ア
ダ
ム 〟
フランシスコ・ザベリオ
祐 川 郁 生 神 父
四 月 行 事 予 定
●典礼行事
六日 四旬節第五主日 聖週間始ま
る ︵詳細は下段︶ 十三日 受難の主日︵枝の主日︶ 世界青年の日 二十日 復活の主日㉀ 二十七日 復活節第二主日 ︵神のいつくしみの主日︶
●教区および札幌地区行事
ホームレス食事提供 当教会当
番
四日㈮、九日㈬
●北一条教会行事
六日 信徒月例会・地区集会・部会
十二日㈯第十五回カテドラル コンサート
︵三ページ参照︶
二十七日 運営委員会
※この他の行事予定は
教会ホームページをご覧下さい https:
//sites.google.com/
site
/katedoraru99/
カトリック北一条教会 検索
★ 聖 週 間 の 典 礼
十三日 受難の主日︵枝の主日︶ 十五日 受難の火曜日 聖香油ミサ
11時 十七日 聖木曜日 主の晩餐のミサ
18時 30分 十八日 聖金曜日︵大斎・小斎︶ 主の受難
18時 聖地のための献金 30分 十九日 聖土曜日 復活徹夜祭・光の祭儀 洗礼式
18時 30分
二十日 復活の主日
★
信仰弘布会・一粒会三月分報告信仰弘布会 四七
一粒会四三 、 六〇〇円
、 二〇〇円
★ 第 十 一 回 運 営 委 員 会 報 告
日時 二月二十二日 一〇時三〇分∼場所 カテドラルホール二階出席 阿部委員長、小板︵副、C︶、櫻谷︵副、典礼、チャリティー︶、田中︵副︶、柳澤︵総務︶、河西︵広報︶、遠藤︵福祉︶、石井︵宣教・養成︶、土田︵施設・営繕︶、大野︵オルガン︶、平中︵一六会︶、鈴木︵外国人信徒
︶、
桶田︵A︶、岡澤、櫻谷︵B︶、大石︵D︶協議・報告事項
一、聖園幼稚園移転計画概要
︵報告︶ 二、絵手紙の作成送付︵報告︶ 三、ミニバザー︵報告︶ 四、かてどらる祭出店計画︵報告︶ 五
、 四旬節黙想会内容︵報告︶ 六、第十五回カテドラルコンサートチケット販売︵報告︶ 七
、 一六会活動予定︵報告︶ 八、レターボックス管理規定
︵協議︶
★ 帰 天 や す ら か に
二月二十五日
マキシミリアノ・マリア・コルベ中居 博 様︵享年六十三歳︶︵B地区︶
★
第二バチカン公会議の学びのすすめ︵司教協議会発表︶
司教協議会は、第二バチカン公会議の
︶六後記二つ各は八三円︵税込 うて学び直すよいに勧めてます。 に代世界憲章﹂てつ、あらためい 教大きく変え﹁た会章﹂と﹁現憲 の公会議後姿教会のをに、特た。 世分代界憲章の﹂冊を発行しまし 章関する教義憲﹂、﹁﹂、﹁教会憲章現 、﹁典神章憲憲礼に章﹂、﹁の啓示 本に続き、そのの中重要な四つの 全公文書のの面改訂邦訳16
★ 司 祭 異
祭◦司任主会教別登・蘭室東 は居※︵前内住︶は字太地任 ︵︶付日一十二月四
動
および引き続き教区事務局長兼務
上杉 昌弘 師︵円山・山鼻・真駒内主任司祭︶◦元町・八雲・江差教会主任司祭 今田 玄五 師︵手稲・花川・倶知安主任司祭︶◦宮前町・湯川教会主任司祭
千徳 康雄 師︵居住は未定︶︵千歳・恵庭・北広島主任司祭︶◦札幌地区協力司祭[月寒]
ロー・ジュール 師︵元町主任司祭︶ 九、パート職員費用求償︵協議︶
十、祭壇奉仕者選任式︵確認︶十一、灰の水曜日︵確認︶
第15回カテドラルコンサート
フランソワ・クープラン
ルソン・ド・テネーブル全曲演奏会
2014年4月12日(土)
15:00開演
会場 当 教 会
出演者:ソプラノ 小林木綿 陣内麻友美
バス・ドゥ・ヴィオール 宇田川貞夫
リュート 高本一郎
オルガン 廣野嗣雄
プログラム:フランソワ・クープラン ルソン・ド・テネーブル全3曲
水曜日のための第1課 第2課 2声の第3課 カトリック教会では、復活祭の前一週間を「聖週間」とし、 キリスト受難の典礼が音楽とともに行われる。エレミアの
「哀歌」がこの典礼で読誦させられるようになると、数多 くの作曲家がこの哀歌に美しい曲を書いた。
公共交通機関で おいでください
入場料 1,000円
★
太
陽
の
賛
歌
ジョルジュ 桶田 達也 アシジの聖フランシスコは﹁平和の祈り﹂が有名ですが、もうひとつ
。すまいてれら 分死﹂という部加を筆したと伝え 姉される間際、﹁あ妹る肉体ので た見えなくなっ作時にられ、帰天 どが目ん病ほ、てし化悪が眼のと ま。すいてのこラ詩はフンシスコ ると呼ばれていっ﹁宗教詩﹂を作 賛年﹁太陽の晩歌︵ラウダ︶﹂、 イタリア最古の抒情詩、﹁聖書以来もっとも美しい詩﹂と称えられ
、 昨年末訪問した
。たしま 大れれ切にさるていわことがに窺 が幾やポスターつも見られ、大切 しフにのた絵チー壁モ詩こ、もを 営コ修道会が経﹂しいる施設でて オ教者の聖ゲのルギオフランスシ 、 ド殉の﹁ツイ すで詩い。 にらたき頂てっわ味節季のこるれ じの最感もを息主、吹息の然自吹 望春の訪ち、むこの季節れ待を
太
陽
の
賛
歌
神よ、造られたものすべてによって、私はあなたを賛美します。 私たちの兄弟、太陽によってあなたを賛美します。 太陽は光をもって私たちを照らし、その輝きはあなたの姿を現わします。
私たちの姉妹、月と星によってあなたを賛美します。 月と星はあなたの気高さを受けています。 私たちの兄弟、風によってあなたを賛美します。 風は命のあるものを支えます。 私達の姉妹、水によってあなたを賛美します。
水は私たちを清め、力づけます。 私たちの兄弟、火によってあなたを賛美します。
火は私たちを暖め、喜ばせます。 私たちの姉妹、母なる大地によって賛美します。
大地は草や木を育て、実らせます。 神よ、あなたの愛のために許し合い、病と苦しみを耐え忍ぶ者によって、私はあなたを賛美します。
終わりまで安らかに耐え抜く者は、あなたから永遠の冠を受けます。 私たちの姉妹、体の死によって、あなたを賛美します。 この世に生を受けた者は、この姉妹から逃れることができません。 大罪のうちに死ぬ人は不幸な者です。 神よ、あなたの尊い御旨を果たして死ぬ人は幸いな者です。 第二の死は、彼を損なうことがありません。 神よ、造られたものすべてによって、私は深くへりくだってあなたを賛美し、感謝します。
四旬節とフィリピンの聖週間
メリッサ・オカンポ 大多数がカトリック教徒のフィリピンでは数10年、いえ数世紀にわたり四旬節の伝統が守られてきまし た。今でもこのユニークな文化は廃れることなく未来にも受け継がれることでしょう。受難の月曜日は厳粛に始まります。聖週間中は聖土曜日(黒の土曜日)までパーティーなどせず家で静か にすごし祈ります。でも私はじっとしていられませんでした。顔を覆いざんげのため竹などの鞭で打ちなが ら歩く人たちはそれで罪が許されると思います。受難の朗読はイエスの生涯、受難,死そして復活が語られ ます。それぞれの地区で語りを面白くする工夫がされており、子供の時はこのコンクールが聖週間で一番の 楽しみでした。私も参加し‘受難’を歌いました。受難劇に参加できなくなり20年が経ちましたがこの時 期何か物足りなく感じます。日本でもこのような伝統ができたら、と思います。
聖木曜日(主の晩餐)では、弟子の足を洗う場面が再現され、聖体顕示の行列は最後に祭壇へと続きます。 終日信者は教会を巡り、たいてい聖体顕示の祭壇を含む7ヶ所以上を夕方まで十字架の道行を黙想します。 私の家族にはこの日は特別でした。毎年、父は祭壇上で弟子の一人を演じたからです。
聖金曜日(主の受難)では荘重な十字架の道行とイエス最後の7つの言葉を思い起こします。幼い頃、お 年寄りから教わったのは‘聖金曜日に、お風呂には入ってはダメ’。それでフィリピンの暑さにでも私は次 の日までお風呂をがまんしました。今思うに何か犠牲を払うという意味だったのでしょう。この日には又、 senakuloというイエスの復活に至るまでの生涯を描いた劇がありますが、一部、異教徒的な自虐的信者の苦 行もあります。私の故郷北ルソン島で行われています。これもよく見たものです。
聖土曜日は前日の静寂と荘厳さが残り、夕方からは復活徹夜際の準備です。裏切者イスカリオテのユダの 人形を吊るすのもあり、つい最近まで焼いたり花火と一緒に火をつけました。教会裏の我が家のいい場所で 見ていましたが11歳のとき突然終了。子供だった私はどうしてとは聞けずに・・・。
復活の主日はイエス・キリストの復活ですから聖週間の中でも一番大切な日です。この喜ばしいお祝いが Salubong(出会い)といわれるのは、母マリアと復活したイエスの再会をイメージさせるからです。高所か らロープでつるされた天使姿の子どもが嘆く母マリアの喪のベールを上げます。私はこの役目はしませんで したが、いつも天使の聖歌隊でこのお祝いに加わり、とてもよい経験でした。当時人々はパーティーをし、 外出しましたが、それは教会のミサに行くことでした。私は一昔前の聖週間の習慣が好きです。待ち遠しい 祝いの一つでした。近所の人たちと夜中まで歌い遊び、受難を演じた歌手のためのおいしい家庭料理を食べ ました。当時はもっと厳粛かつ穏やかで、聖土曜日はテレビ、ラジオ番組は少なく、あっても宗教的な番組 やまじめな映画ばかりでした。今はケーブルTVがあり、多くの人たちは休暇と称し浜辺に出かけます。私 の悔い改めは聖週間に限りません。大切なことは誠意を持って行動し、そして試練があってもイエスと共に 歩む道だと受け止めるのです。いずれにしても聖週間とはイエスが私たちの罪を贖うために苦しみ死に至り、 そして蘇られた事を思い起こす行事なのです。四旬節の過ごし方はそれぞれですが、主を忘れず平和で恵み ある時を送りましょう。 (翻訳:編集部)
Lenten Season: How do we celebrate Holy Week in the Philippines?
Merissa Ocampo The majorities of the people of the Philippines are Catholics and for decades or even centuries, their traditions are being upheld every Lenten season. And they will probably stay on to future generations.Holy Monday starts solemnly since Filipinos observe the Week quietly until Black Saturday. Most would avoid parties and just stay home and pray. I had never done so during my childhood. Some walk through the streets with their faces covered and perform self-penitence by lashing themselves with sticks usually made of bamboo. They do this in the belief that their sins would be forgiven. Pabása ng Pasyón involves chanting of the narrative of the life, passion, death, and resurrection of Jesus Christ. I enjoyed this very much because each wards in my city has each own ways to make the
“pabasa” interesting. During my childhood, “pabasa competition” was always the most awaited part of my Holy Week as I could participate and sing. I spent my whole childhood life in singing “pasyon”. It has been 20 years now not participating in “reading of the Passion”, and to be honest, I feel my Lenten celebration incomplete. How I wish I could do this kind of tradition in Japan.
Maundy Thursday usually includes a re-enactment of the Washing the Feet of the Apostles, followed by the procession of the Blessed Sacrament before placed in the Alter of Repose. The faithful observe the pious custom of "visita Iglesia, going to seven or more churches to meditate on the Way of the Cross by evening. Maundy Thursday was very special day for my family because every year, I witnessed my father on the altar as one of the apostles.
Good Friday commemorated with solemn street processions, the Way of the Cross, and of Jesus' Seven Last Words. One interesting custom I learned from old folks as a kid is “we were not allowed to take a bath during “Good Friday”. Therefore, even how hot the weather in the Philippines, I did not take a bath during the day but waited until the next. Looking back, I partly did it as a kind of sacrifice. There is also what we call ºsenakulo", a play depicting the life of Jesus Christ until his resurrection. And part of it is the flagellants where believers scourge themselves in a paganistic manner. This is commonly practiced in the northern Luzon where I came from.
Holy Saturday continues the silence and solemnity of the previous day. Preparations are made for the Easter Vigil in that evening. Some parishes hang a dummy of Judas Iscariot for his betrayal of Christ; until recently, the dummy would also be burnt or set alight with firecrackers. I used to watch this show until I reached 11 years old. Since our house was just behind the church, I could easily get a nice position to see the show. However, this show suddenly disappeared and as a child, I did not dare to ask.
Easter Sunday is the most important as it is the celebration of the resurrection of Jesus Christ. The joyous celebration is called “Salubong (meeting)” that re-enacts the imagined reunion of Christ and his mother after the Resurrection. A child dressed as an angel is pulled-down by ropes from a high platform to lift the mourning veil of the grieving Mother. Not that part, though, I was always a member of “Angel Choir.” These days’ people would party, go out and for most, visit the church for mass I really liked the Holy Week observance more than a decade ago. It was one of my most awaited celebrations during my childhood. We could sing, play until midnight with neighbors and eat delicious home-cooked food for the “passion” singers. It was more solemn and peaceful. Even on Black Saturday, it was still quiet, with few TV and radio programs, and if they were on, religious programs and solemn movies only. Nowadays, there is cable TV and many take advantage of the holidays for a vacation and go off to beaches. I have my own penance not only during Holy Week but the most important is the sincerity and honesty in what we are doing then accept that the trials we have are ways to walk along with Jesus. In any case, the Holy Week is the observance and remembering of the passion of Christ when he suffered, died, and resurrected to pay for our sins. It is totally up to us how to observe the Lenten season but let us not forget about Him. Have a peaceful and blessed Lenten season.
9 時 ミ サ 表
主 日 4月6日(A地区)
四旬節第五主日
4月13日(B地区) 受難の主日(枝の主日)
4月20日(C地区) 復活の主日
4月27日(D地区) 復活節第二主日
司 式 祐川神父 祐川神父 勝谷司教 祐川神父
受 付 佐々木典子髙野 祥子 関 節子清水 唯 大宮 睦子髙橋しのぶ 琴崎美知子三角 則子
奉 納 佐々木典子髙野 祥子 関 節子清水 唯 大宮 睦子髙橋しのぶ 琴崎美知子三角 則子
先 唱 柳澤美砂子 小板 幸子 小嶋 浩子 及川しづ子
朗読
第 1 吉田 房子 泉 ちづる 伊藤 敦子
第 2 伊藤裕佳子 口田 実 寄木 俊子
オルガン 中橋 栄子 東海林淳子 大野 敦子 小林 令子
聖 歌
入 祭 典 40 枝の式 典 315 典 316 典 345 典 4
答 唱 典 117①③④ 典 176①②③④ 典 87①②③ 典 87①②③
アレルヤ ――― ――― 続唱 典 351 典 266(主の復活) 続唱 典 351 典 264(第2)
詠 唱 典 262(第5) 典 317 ――― ―――
奉 納 典 65①③ 典 175①②③ 典 141 典 96
拝 領 典 82 典 9 典 18 典 164
閉 祭 補 37 補 44 典 410 補 12
ミサ曲 典 215∼217 典 216∼217 典 203∼206 典 203∼206
ロザリオ 苦しみの神秘⑤ 苦しみの神秘① 栄えの神秘① 栄えの神秘②
編 集 者 カトリック北一条教会 広報部 発行責任者 主任司祭 祐川 郁生 印 刷
所 有限会社 天使印刷所 ﹁かてどらるの鐘 す日で日集編が』十二月四『
五は号月﹂
*原稿は一週間前の十三日迄に広報
担当へ
聖なる過越の三日間
4月17日 聖木曜日(主の晩餐)
4月18日 聖金曜日(主の受難)
4月19日
聖土曜日(復活徹夜祭)
司 式 勝谷司教 勝谷司教 勝谷司教
先 唱 及川しづ子 石井満智子 小板 幸子
朗読
第 1 伊藤 敦子 宮本登美緒 光の
祭儀
典 341
第 2 森 孝一 田口 まり 典 342
― 受難朗読 A 高野 祥子
C 柿島 洋子
聖 歌
入 祭 典 402 ―
答 唱 典 97①②③ 典 145①②③④
詠 唱 典 262(主の晩餐) 典 317
アレルヤ ― ― 典 12①②③
奉 納 典 61 十字架の礼拝 典 331、332、336 典 134
拝 領 補 1 補 8 典 82 典 56
閉 祭 聖体安置式 カト 247、521、561、523 ― カト 203
ミサ曲 典 203∼206 ― 典 204∼206
第1 大久保利江子
第2 小野寺雄一
受難 朗読
C 岡澤 邦彦 A 中橋 栄子
ことばの典礼
第1朗読 阿部 博道 典 46②④ 第3朗読 伊藤 善允 典 79①②③ 第7朗読 鈴木 庸子 典 7①③ 使徒書の朗読 森 孝一